コンテンツにスキップ

マルコ・ジャンパオロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マルコ・ジャンパオロ
名前
ラテン文字 Marco Giampaolo
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1967-08-02) 1967年8月2日(59歳)
出身地 スイスの旗 スイスベッリンツォーナ
選手情報
ポジション MF
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1986-1990 イタリアの旗 ジュリアノーヴァ英語版 109 (0)
1990-1992 イタリアの旗 グッビオ 43 (0)
1992-1993 イタリアの旗 リカータイタリア語版 34 (1)
1993-1995 イタリアの旗 シラクーザ英語版 49 (2)
1995-1996 イタリアの旗 アンドリア 36 (1)
1996-1997 イタリアの旗 グアルドイタリア語版 18 (0)
通算 289 (4)
監督歴
2000-2001 イタリアの旗 ペスカーラ (アシスタント)
2001-2002 イタリアの旗 ジュリアノーヴァ (アシスタント)
2002-2004 イタリアの旗 トレヴィーゾ (アシスタント)
2004-2005 イタリアの旗 アスコリ
2005-2006 イタリアの旗 アスコリ (アシスタント)
2006 イタリアの旗 カリアリ
2007 イタリアの旗 カリアリ
2008-2009 イタリアの旗 シエーナ
2010-2011 イタリアの旗 カターニア
2011 イタリアの旗 チェゼーナ
2013 イタリアの旗 ブレシア
2014-2015 イタリアの旗 クレモネーゼ
2015-2016 イタリアの旗 エンポリ
2016-2019 イタリアの旗 サンプドリア
2019 イタリアの旗 ミラン
2020-2021 イタリアの旗 トリノ
2022 イタリアの旗 サンプドリア
2024-2025 イタリアの旗 レッチェ
2026- イタリアの旗 クレモネーゼ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マルコ・ジャンパオロMarco Giampaolo1967年8月2日- )は、スイスベッリンツォーナ出身のイタリア人サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはMF

人物

[編集]

スイスベッリンツォーナ生まれだがイタリアジュリアノーヴァで育った。セリエCジュリアノーヴァ・カルチョASグッビオ1910リカータ・カルチョUSシラクーザでプレイした後、1995年にASアンドリアBATセリエBデビュー、1997年にグアルド・カルチョで怪我もあり現役を引退した。

引退後はペスカーラ・カルチョのスカウトを務め、2000年にはアシスタントコーチに就任した。2001年にセリエC1のジュリアノーヴァ・カルチョのアシスタントコーチとなりチームはプレーオフにも出場したがチームフロントとの関係が悪化したため2002年4月に退団、セリエC1のトレヴィーゾFCのアシスタントコーチとなった。2002-03シーズン、チームはセリエBに昇格し翌シーズンもセリエBに残留した。

2004年、彼はアスコリ・カルチョに移りセリエB6位の成績を残した。この時点でも彼はアシスタントコーチであったがこれはコーチライセンスをこの時点で彼が取得していなかったためでありヘッドコーチに代わり実質的には彼が指揮を執っていた。昇格プレーオフでトリノFCに敗退するも、八百長疑惑で優勝したジェノアCFCがセリエC1降格処分になったこと、2位であったトリノFCが経営破綻し、昇格が取り消されたこともあり、セリエAに昇格。財政基盤が弱く、戦力も貧弱だったことから圧倒的な降格候補に挙げられたが、年間通して安定した成績を残し、降格を回避したことで名声を上げた。2006年からはカリアリ・カルチョで監督を務めるも、後述の確執で2度解任された。

その後、2008年からはACシエナの監督に就任し、2008-09シーズンは見事に残留を果たしたが、2009-10シーズンは開幕から低迷し続け2009年11月に解任(その後、シエナはセリエBに降格となった)。2010年にはカルチョ・カターニアの監督に就任。しかし、2011年1月18日にまたしても成績不振により解任された。2011年6月4日、ACチェゼーナの監督に就任。しかし、チームは開幕から低迷し10月30日に三度途中解任となった。

2015年6月15日、エンポリFCの監督に就任した。契約は1年間[1]

2016年7月4日、UCサンプドリアの監督に就任した。

2019年6月19日、7月1日よりACミランの監督に就任することが発表された[2]。2021年6月までの2年契約で、1年間の延長オプションが付帯している。しかし、リーグ開幕から7節で4敗を喫するなどチームは低迷し、10月9日にACミランの監督職を解任された[3][4]

2020年8月7日、トリノFCの監督に就任[5]。2021年1月18日に解任された[6]

2022年1月19日、UCサンプドリアの監督に2年半振りに就任[7]。リーグ開幕から7節、未勝利で最下位となり10月2日に解任された[8]

カリアリ会長との確執

[編集]

カリアリ・カルチョの監督在任中、2シーズンでジャンパオロは2度解任の憂き目にあっている。 元々、監督を頻繁に解任することで有名な、カリアリ・カルチョの会長のマッシモ・チェッリーノイタリア語版との確執が原因で、1度目は2006-07シーズン途中、「ジャンパオロは人間的に信用できない。」という理由で解任されたものの、後任のフランコ・コロンバが結果を出せず、降格の危機が迫ったため復帰。残留に成功したため翌シーズンも指揮を執った。しかし、2007年11月、ジャンパオロの選手起用が気に食わないという理由で解任。これに怒ったジャンパオロは2008年1月、後任のネド・ソネッティが解任された際、復帰の要請を受けたもののこれを拒否。その際、ジャンパオロは「私は、給料よりも自分の尊厳を選ぶ。」と発言し、カリアリのチェッリーノ会長の監督に対する敬意の欠如を痛烈に批判した。

監督成績

[編集]
2025年6月10日現在
クラブ 就任 退任 記録
勝率
アスコリ イタリアの旗 2004年6月14日 2005年6月20日 471812175558−3038.30
カリアリ イタリアの旗 2006年6月13日 2006年12月19日 1941051719−2021.05
カリアリ イタリアの旗 2007年2月26日 2007年11月13日 2685132937−8030.77
シエーナ イタリアの旗 2008年5月27日 2009年10月29日 501410264561−16028.00
カターニア イタリアの旗 2010年5月30日 2011年1月18日 237792731−4030.43
チェゼーナ イタリアの旗 2011年6月4日 2011年10月30日 10136412−8010.00
ブレシア イタリアの旗 2013年7月2日 2013年9月23日 723298+1028.57
クレモネーゼ イタリアの旗 2014年11月17日 2015年6月15日 2691073330+3034.62
エンポリ イタリアの旗 2015年6月15日 2016年5月26日 391210174050−10030.77
サンプドリア イタリアの旗 2016年7月4日 2019年6月15日 123492648183177+6039.84
ミラン イタリアの旗 2019年6月19日 2019年10月8日 730469−3042.86
トリノ イタリアの旗 2020年8月7日 2021年1月18日 214893136−5019.05
サンプドリア イタリアの旗 2022年1月19日 2022年10月2日 2563162239−17024.00
レッチェ イタリアの旗 2024年11月11日 2025年6月10日 2667132237−15023.08
合計 449143114192523604−81031.85

脚注

[編集]
  1. UFFICIALE: Empoli, Giampaolo il nuovo tecnico. Contratto annuale”. TuttoMercatoWeb.com (2015年6月15日). 2015年11月5日閲覧。
  2. GIAMPAOLO APPOINTED AS AC MILAN'S NEW COACH”. AC Milan (2019年6月19日). 2019年10月9日閲覧。
  3. COMUNICATO UFFICIALE: MARCO GIAMPAOLO”. AC Milan (2019年10月8日). 2019年10月9日閲覧。
  4. ミランがジャンパオロ監督解任を発表…13位と低迷、わずか4カ月で再び指揮官交代”. Goal.com (2019年10月9日). 2019年10月9日閲覧。
  5. トリノ、ミラン解任のジャンパオロ氏を招へい”. 超ワールドサッカー (2020年8月7日). 2020年8月8日閲覧。
  6. “18試合でわずか2勝…降格圏に沈むトリノ、ジャンパオロ監督を解任”. サッカーキング. 2021年1月19日. 2022年10月3日閲覧.
  7. “吉田麻也所属のサンプドリア、ジャンパオロ監督が2年半ぶりに帰還! 延長OP付き半年契約”. サッカーキング. 2022年1月19日. 2022年10月3日閲覧.
  8. “セリエA未勝利が続くサンプドリアがジャンパオロ監督を解任…後任はラニエリ氏が有力か”. 超ワールドサッカー. 2022年10月3日. 2022年10月3日閲覧.