ACキエーヴォ・ヴェローナ

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ACキエーヴォ・ヴェローナ
原語表記 Associazione Calcio ChievoVerona
愛称 Clivensi(キエーヴォ人)
Squadra della diga(ダムのチーム)
Mussi volanti(空飛ぶロバ)
クラブカラー 600px Giallo e Blu (Bordato)2.png 青と黄
創設年 1929年
所属リーグ セリエA
ホームタウン ヴェローナ
ホームスタジアム スタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ
収容人数 39,211
代表者 イタリアの旗 ルカ・カンペデッリイタリア語版
監督 イタリアの旗 ロランド・マランイタリア語版
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

アッソチャツィオーネ・カルチョ・キエーヴォ・ヴェローナAssociazione Calcio ChievoVerona)は、イタリアヴェローナを本拠地とするサッカークラブチーム。2015-16シーズンはセリエAに所属している。

概略[編集]

キエーヴォというのはヴェローナの地区名の一つ[1]。同じくヴェローナのスタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディをホームスタジアムとしているエラス・ヴェローナFC[1]との試合はダービーマッチとして盛り上がる。一地方都市の、その一地区を本拠に置くクラブがトップカテゴリーに昇格したのは長いイタリアサッカー史においても、このクラブが初である。

チームは1929年に設立、2001-02シーズンでセリエAに初昇格した[1]。昇格初シーズンは5位でシーズンを終え、一時は首位に立つなどその躍進は"ミラクル・キエーヴォ"と呼ばれた。2005-06シーズンは当初は7位でUEFAカップの出場が決まっていたが、ユヴェントスFCSSラツィオACFフィオレンティーナが不正事件でUEFAチャンピオンズリーグ出場権を剥奪されたため繰り上がり、4位扱いでクラブ史上初めてCL出場権を得ることになった。だが2006-07シーズンは低迷。最終節でカルチョ・カターニアに0-2で敗れセリエB降格が決まった。翌2007-08シーズンはセリエBで優勝し、1年でのセリエA復帰に成功。

キエーヴォの背番号30は自動車事故のため26歳で死亡したFWジェイソン・マイェレen:Jason Mayélé)に敬意を表して永久欠番になっている。

チームカラー[編集]

ワンマン・オーナーのチームによく見られる金に物を言わせる大型補強は全くと言って良いほどせず、収支に合ったクラブ経営をしている。

典型的なプロヴィンチャであるが故、ワールドクラスの選手は皆無に等しい。無名の若手か、他のクラブで「もう終わった」と烙印を押されて追い出された選手で構成されている。しかし、若手選手の育成と伸び悩んでいる選手の再生には実績があり、このクラブをきっかけにビッグクラブに移籍したり、選手としてもう一華咲かせる選手を毎年の様に輩出している。

また、そういった選手が移籍する時に発生する莫大な移籍金や、若手選手をセリエB、セリエC等の下部カテゴリーにレンタルする際に発生するレンタル料でチーム財政を成立させている。

これはチームの親会社である「パルアーニ」(it:Paluani)が、イタリアでは有名な菓子メーカーだが年間売上高が日本円にして50億円しかない故、チームの補強に無駄な金は使えず、知恵と情報を使った補強を余儀なくされているからである。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • セリエB:1回 Coppa Ali della Vittoria.png
    • 2007–08
  • セリエC1:1回
    • 1993-94(ジローネA)
  • セリエC2:1回
    • 1988-89(ジローネB)
  • カンピオナート・インテッレジョナーレ:1回
    • 1985-86(ジローネC)
  • プロモツィオーネ・ヴェネータ:1回
    • 1974-75(ジローネA)
  • セコンダ・カテゴリア・ヴェネータ:4回
    • 1958-60(ジローネA), 1964-65(ジローネA), 1967-68(ジローネA), 1968-69(ジローネA)
  • セコンダ・ディヴィジオーネ・ヴェネータ:1回
    • 1950-51(ジローネA)
  • セコンダ・カテゴリア・ヴェロネーゼ・セツィオーネ・プロパガンダFIGC:2回
    • 1934-35(ジローネ・ウーニコ), 1935-36(ジローネ・ウーニコ)
  • セコンダ・カテゴリア・ヴェロネーゼ・ウニオーネ・リベーラ・イタリアーナ・デル・カルチョ:2回
    • 1932-33(ジローネA), 1934-35(ジローネ・ウーニコ)
ユース

国際タイトル[編集]

なし

過去の成績[編集]

  • 1975-76 セリエD 10位
  • 1976-77 セリエD 14位
  • 1977-78 セリエD 8位
  • 1978-79 セリエD 11位
  • 1979-80 セリエD 13位
  • 1980-81 セリエD 11位
  • 1981-82 カンピオナート・インテッレジョナーレ 8位
  • 1982-83 カンピオナート・インテッレジョナーレ 12位
  • 1983-84 カンピオナート・インテッレジョナーレ 9位
  • 1984-85 カンピオナート・インテッレジョナーレ 7位
  • 1985-86 カンピオナート・インテッレジョナーレ 1位 昇格
  • 1986-87 セリエC2 4位
  • 1987-88 セリエC2 4位
  • 1988-89 セリエC2 1位 昇格
  • 1989-90 セリエC1 6位
  • 1990-91 セリエC1 14位
  • 1991-92 セリエC1 7位
  • 1992-93 セリエC1 7位
  • 1993-94 セリエC1 1位 昇格
  • 1994-95 セリエB 13位
  • 1995-96 セリエB 14位
  • 1996-97 セリエB 7位
  • 1997-98 セリエB 10位
  • 1998-99 セリエB 11位
  • 1999-2000 セリエB 15位
  • 2000-01 セリエB 3位 昇格
  • 2001-02 セリエA 5位
  • 2002-03 セリエA 7位
  • 2003-04 セリエA 9位
  • 2004-05 セリエA 15位
  • 2005-06 セリエA 7位→4位
  • 2006-07 セリエA 18位 降格
  • 2007-08 セリエB 1位 昇格
  • 2008-09 セリエA 16位
  • 2009-10 セリエA 14位
  • 2010-11 セリエA 11位
  • 2011-12 セリエA 10位
  • 2012-13 セリエA 12位
  • 2013-14 セリエA 16位
  • 2014-15 セリエA 14位
  • 2015-16 セリエA 9位

現所属メンバー[編集]

2016年8月26日現在
No. Pos. 選手名
1 オランダの旗 MF ジョナサン・デ・グズマン (Flag of Canada.svg) (Flag of the Philippines.svg) (Flag of Jamaica.svg)
2 アルゼンチンの旗 DF ニコラス・スポッリ (Flag of Italy.svg)
3 イタリアの旗 DF ダリオ・ダイネッリ
4 イタリアの旗 MF ニコラ・リゴーニ
5 イタリアの旗 DF アレッサンドロ・ガンベリーニ
8 セルビアの旗 MF イヴァン・ラドヴァノヴィッチ
12 スロベニアの旗 DF ボシュティアン・ツェサル
13 アルゼンチンの旗 MF マリアーノ・イスコ (Flag of Italy.svg)
18 イタリアの旗 DF マッシモ・ゴッビ
19 アルゼンチンの旗 MF ルーカス・カストロ
20 イタリアの旗 DF ジェンナーロ・サルド
21 フランスの旗 DF ニコラ・フレイ (副主将)
23 スロベニアの旗 MF ヴァルテル・ビルサ
No. Pos. 選手名
27 イタリアの旗 MF ヴィットリオ・パルギーニ
29 イタリアの旗 DF ファブリツィオ・カッチャトーレ
31 イタリアの旗 FW セルジオ・ペリッシエール主将 Captain sports.svg
32 イタリアの旗 GK ワルテル・ブレッサン
36 イタリアの旗 DF フィリッポ・コスタ
45 イタリアの旗 FW ロベルト・イングレーゼ
56 フィンランドの旗 MF ペルパリム・ヘテマイ (Flag of Kosovo.svg)
69 イタリアの旗 FW リッカルド・メッジョリーニ
70 イタリアの旗 GK ステファノ・ソレンティーノ
83 イタリアの旗 FW アントニオ・フローロ・フローレス
90 イタリアの旗 GK アンドレア・セクリン
95 ガンビアの旗 FW ラミン・ジャロー

括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

永久欠番

レンタル移籍[編集]

in
No. Pos. 選手名
1 オランダの旗 MF ジョナサン・デ・グズマン (ナポリ)
No. Pos. 選手名
out
No. Pos. 選手名
-- イタリアの旗 GK イヴァン・プロヴェーデル (プロ・ヴェルチェッリ)
-- イタリアの旗 DF マルコ・カルデローニ (ノヴァーラ)
-- イタリアの旗 DF ラッファエーレ・プチーノ (ヴィチェンツァ)
-- イタリアの旗 DF マッテオ・ソリーニ (アレッツォ)
-- イタリアの旗 DF ダヴィデ・サーヴィ (レナーテ)
-- イタリアの旗 MF ヴィクトル・ダ・シウヴァ (ペルージャ)
No. Pos. 選手名
-- イタリアの旗 MF マリオ・ガルジューロ (ルッケーゼ)
-- フランスの旗 MF アルトゥール・ヤンガ (アレッツォ)
-- ガーナの旗 FW カレブ・エクバン (パルチザニ・ティラナ)
-- ガンビアの旗 FW アリ・ソウ (プラート)
-- コンゴ民主共和国の旗 FW ポール=ジョゼ・ムポク (パナシナイコス)
-- スロベニアの旗 FW ダミール・バルトゥロヴィッチ (コモ)

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

エンブレム[編集]

1980年代、チームはヴェローナ県の紋章にある梯子をデザインしたエンブレムを用いていた。しかし同地区を本拠とするエラスのサポーターもシンボルマークに梯子を使っていたため、変更せざるを得なくなった。梯子は元々、13世紀頃に当地を支配したスカラ家の紋章に由来していたが、変更にあたりスカラ家の廟にあるカングランデ1世・デッラ・スカラ騎馬像をモチーフに採用した[1]

この頃、当時の会長が「いつかヴェローナでダービーマッチをやりたい」と発言した。これに対しエラスのサポーターが「キエーヴォとダービーをやるようになったらロバも羽を生やして飛んでいくよ(つまり、そんな事は絶対にありえないという事)」とからかった。この出来事の後、5部に所属していたキエーヴォは順調に昇格を果たし、2001年11月18日についにダービーは実現した[1]

厳密にはエンブレムの動物は馬だが、この出来事以来サポーターからは「il musso volanto(空飛ぶロバ)」と呼ばれ、クラブのマスコットもロバである。ただし、クラブはエンブレムの動物が何であるか公式な見解を示していない[1]

関連項目[編集]

2005年5月より、コーチング留学。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f エンブレムの世界 キエーボ『サッカーマガジン』2012年5月8日号、ベースボール・マガジン社、斉藤健仁、2012年、雑誌23882-5/8, 055頁。

外部リンク[編集]