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アタランタBC

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アタランタBC
原語表記 Atalanta Bergamasca Calcio S.p.A.
愛称 Nerazzurri (黒と青)
La Dea (女神様)
クラブカラー     黒
    青
創設年 1907年
所属リーグ セリエA
所属ディビジョン 1部(2026-27)
昨季リーグ順位 7位(2025-26)
ホームタウン ベルガモ
ホームスタジアム
ニューバランス・アリーナ
収容人数 23,439
代表者 イタリアの旗 アントニオ・ペルカッシ
監督 イタリアの旗 マウリツィオ・サッリ
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ

アタランタ・ベルガマスカ・カルチョ(Atalanta Bergamasca Calcio)は、イタリアのロンバルディア州ベルガモを本拠地とするサッカークラブである。チーム名のアタランタとはギリシア神話のアタランテーのこと。

歴史

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レストランでの会合がきっかけとなって、1907年10月17日、ジノとフェルッチョのアマティ兄弟、エウジェニオ・エリオ、ジョバンニ・ロベルティ、アレッサンドロ・フォルリニの5人の男達によって創設された。この頃のユニフォームの配色は白と黒。戦争などの中断期間を経た後、1920年の全国選手権はベルガモから出場できるのは1チームだけという規定があったので同じ市内のライバルチームであるベルガマスカとブレシアで試合をおこない2-0と破った後、4月4日にベルガマスカと合併。この時にユニフォームの配色がアタランタの黒とベルガマスカの青を組み合わせて青黒になった[1]。

定評ある選手育成においては、ロベルト・ドナドーニ、ドメニコ・モルフェオら、数々の優秀な選手を輩出している。ビッグクラブで出場機会の少ない有望な若手などの有力な(レンタル)移籍先ともなっている。フィリッポ・インザーギが得点王を獲得し、スターダムへ駆け昇るきっかけとなったクラブでもある。またマルチェロ・リッピ、チェーザレ・プランデッリ、フランチェスコ・グイドリンなど優れた指導者を輩出するクラブでもある。1999年から2003年まで、下部組織からチーム作りに携わってきたジョヴァンニ・ヴァヴァッソーリが監督を務めた。2004-05シーズンにアンドレア・マンドルリーニの下でセリエAに昇格したが、同シーズン終了時に降格となった。

2006-07シーズンはセリエA昇格1年目ながら8位に食い込んだ。2007年夏には昇格と残留の立役者であるステファノ・コラントゥオーノ監督がUSチッタ・ディ・パレルモに引き抜かれ、ルイジ・デルネーリ監督を招聘した。財政難からDFシモーネ・ロリア、MFジュリオ・ミリアッチョ、FWニコラ・ヴェントラなどの主力選手を手放すこととなったが、司令塔のクリスティアーノ・ドニの引き留めに成功した。最終ラインを高く保ち、ボールを素早くつなぐカウンターで9位に入り、難なく残留を決めた。

2008年夏にはDFモリス・カロッツィエーリやFWアントニオ・ランジェッラなどの主力を売却し、その穴埋めとしてMFハイメ・バルデスやFWクリスティアン・ビエリを移籍金なしで獲得した。さらにMFルカ・チガリーニ、MFアレッシオ・チェルチなど期待の若手も加え、フロントの優秀さを際立たせることとなった。

2008-09シーズンはFWセルジオ・フロッカリがキャリア初の二桁得点を記録し、36歳になったクリスティアーノ・ドニが9得点5アシストの活躍を見せ、11位でシーズンを終えた。

2009年夏にはエースのセルジオ・フロッカリとプレーメーカーのルカ・チガリーニを合わせて約32億円で売却したが、その1/4程度の値段でFWロベルト・アクアフレスカ、MFエドガル・バレットを獲得して穴を埋めた。サンプドリア監督に転身したルイジ・デルネーリ監督に代わってアンジェロ・グレグッチ監督が就任したが、前回のセリエA挑戦(2005年、USレッチェ)の際は5試合で解任されているため、手腕を疑問視する声もあった。開幕から不振が続いたため、9月21日にグレグッチ監督を解任し、アントニオ・コンテ監督を招聘した。しかしコンテはチームを立て直すことが出来ず、2010年1月7日に辞任。1月11日、ボルトロ・ムッティが新監督に任命されたものの、18位でセリエB降格となった。

コラントゥオーノ監督が復帰した2010-11シーズンは、セリエBで優勝し1年でセリエA復帰を決めた。2011-12シーズンは2011年8月9日、下部リーグの八百長に関与したとして、勝ち点が6減点され、キャプテンのクリスティアーノ・ドニに3年半の出場停止処分が下された[2]。しかし最初の3試合で勝ち点7を獲得し、ペナルティを早々に帳消しにした。最終的には12位に入り、難なく残留を決めた。八百長スキャンダルの影響でやはり勝ち点減点2からのスタートとなった翌2012-13シーズンも、代表に初招集されたジャコモ・ボナヴェントゥーラの活躍もあり、序盤戦でACミランやインテルを撃破。15位で2年連続のセリエA残留を果たした。

以降はセリエA定着と中位を目指すシーズンが続いていたが、2016年に就任したジャン・ピエロ・ガスペリーニが3バックを軸に対戦相手によって中盤と攻撃陣を柔軟に変化させるシステムを採用し[3]、快進撃を披露。さらにロベルト・ガリアルディーニ、マッティア・カルダーラ、レオナルド・スピナッツォーラ、アンドレア・コンティなど下部組織出身を含む多くの若手選手が台頭した。2018-19シーズンはサパタが23ゴール、イリチッチが13ゴールとツートップが好調を維持し、冬の移籍市場で選手の引き抜きにあいながらもナポリ、インテル、ASローマなどの上位陣を撃破。クラブ史上最高となる3位でシーズンを終え、クラブ史上初となるUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。

2019-20シーズン、UEFAチャンピオンズリーグでは3連敗でスタートしたが、その後は勝ち点を重ね大逆転で決勝トーナメントに進出、決勝トーナメント1回戦のバレンシアCF戦ではファーストレグを4-1、セカンドレグではイリチッチが4ゴールを挙げ4-3とそれぞれ勝利、2戦合計8-4としクラブ史上初の準々決勝に進出した[4]。一発勝負となった準々決勝では、パリSGを相手に90分までリードするも、その後2得点を許しベスト8で敗退した[5]。

2020-21シーズン、12月頃にキャプテンのパプ・ゴメスとガスペリーニ監督との不仲が表面化。ゴメスは冬の移籍市場でセビージャFCに放出された。

2021-22シーズン、主力選手のGKピエルルイジ・ゴッリーニとDFクリスティアン・ロメロの両名がトッテナム・ホットスパーFCに移籍。ウディネーゼからGKフアン・ムッソ、ユヴェントスからDFメリフ・デミラルの両名を獲得してその穴を埋めた。しかし、パプ・ゴメスという大黒柱を失ったアタランタは当時パフォーマンスが低調気味だったイリチッチに復調を期待したが全盛期のようなプレーはできずチームは8位でそのシーズンを終えた。

22−23シーズン、ホイルンドやルックマン、エデルソンなど積極的補強でチーム全体の復調を図った。

2023-24シーズンは、UEFAヨーロッパリーグ決勝で公式戦51戦無敗だったレヴァークーゼンを3-0で破り、クラブ初の欧州タイトルを獲得した[6]。

2024-25シーズンをもってガスペリーニは退任した。2025-26シーズンからイヴァン・ユリッチが監督に就任したが、成績不振により11月に解任されラッファエレ・パッラディーノが監督に就任した。UEFAカンファレンスリーグ出場圏内の7位でシーズンは終えたものの、シーズン終了限りでの退任を発表。2026-27シーズンからは、ユベントス時代にセリエA優勝経験のある、マウリツィオ・サッリが監督として就任している。

タイトル

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国内タイトル

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国際タイトル

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過去の成績

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シーズン リーグ戦 コッパ・
イタリア
ディビジョン試勝分敗得失点順位
1945-46 セリエA 267712212821 9位
1946-47 38111512405237 8位
1947-48 40161212484144 5位
1948-49 3811918405831 15位
1949-50 3817615666040 8位
1950-51 38101216486932 14位
1951-52 3813817546134 12位
1952-53 34101212525332 8位
1953-54 34101113545331 10位
1954-55 3481214353828 15位
1955-56 3411914505531 15位
1956-57 3491312364431 14位
1957-58 3461612294928 17位
1958-59 セリエB 3818155623051 1位 ベスト16
1959-60 セリエA 3491312313931 11位 準々決勝敗退
1960-61 3491312354131 9位 2回戦敗退
1961-62 3413129393838 6位 2回戦敗退
1962-63 34121012434434 8位 優勝
1963-64 3471611264330 8位 準々決勝敗退
1964-65 3471611192830 11位 3回戦敗退
1965-66 3491114243729 12位 3回戦敗退
1966-67 3491312284331 11位 1回戦敗退
1967-68 3010515264225 12位 2回戦敗退
1968-69 3041115254519 16位 GS敗退
1969-70 セリエB 3881713302933 15位 GS敗退
1970-71 3815176412547 2位 GS敗退
1971-72 セリエA 309813212626 10位 GS敗退
1972-73 3051411163324 14位 2GS敗退
1973-74 セリエB 38111413242436 11位 2GS敗退
1974-75 38141113373639 6位 GS敗退
1975-76 38131213262438 9位 GS敗退
1976-77 3819118442649 2位 GS敗退
1977-78 セリエA 306159283227 9位 GS敗退
1978-79 3061212203324 15位 GS敗退
1979-80 セリエB 38111611292438 9位 GS敗退
1980-81 3891217284030 18位 GS敗退
1981-82 セリエC1
・ジローネA
3417152421549 1位
1982-83 セリエB 38101711302737 8位 GS敗退
1983-84 3816175492849 1位 GS敗退
1984-85 セリエA 305187203228 10位 GS敗退
1985-86 307158272629 8位 ベスト16
1986-87 307716162221 15位 準優勝
1987-88 セリエB 3814195503447 4位 GS敗退
1988-89 セリエA 3411149373236 6位 準決勝敗退
1989-90 34121111364335 7位 GS敗退
1990-91 34111310383735 10位 ベスト16
1991-92 34101410313334 11位 ベスト16
1992-93 3414812424436 8位 2回戦敗退
1993-94 3451118356521 17位 ベスト16
1994-95 セリエB 3817156493666 4位 2回戦敗退
1995-96 セリエA 3411617385039 13位 準優勝
1996-97 34111112444644 10位 1回戦敗退
1997-98 3471116254832 16位 ベスト16
1998-99 セリエB 3814195442732 6位 準々決勝敗退
1999-00 3817129513463 2位 ベスト16
2000-01 セリエA 34101410383444 7位 準々決勝敗退
2001-02 3412913415045 9位 準々決勝敗退
2002-03 3481412354738 15位 ベスト32
2003-04 セリエB 4619207593677 5位 GS敗退
2004-05 セリエA 3881119344535 20位 準々決勝敗退
2005-06 セリエB 422499613981 1位 ベスト16
2006-07 セリエA 38121412565450 8位 3回戦敗退
2007-08 38121214525648 9位 3回戦敗退
2008-09 3813817454847 11位 4回戦敗退
2009-10 389821375335 18位 4回戦敗退
2010-11 セリエB 4222137613579 1位 3回戦敗退
2011-12 セリエA 38131312414346 12位 3回戦敗退
2012-13 3811918395640 15位 ベスト16
2013-14 3815518435150 11位 ベスト16
2014-15 3871615385737 17位 ベスト16
2015-16 38111215414745 13位 4回戦敗退
2016-17 382198624172 4位 ベスト16
2017-18 38161210573960 7位 準決勝敗退
2018-19 382099774669 3位 準優勝
2019-20 382396984878 3位 ベスト16
2020-21 382396904778 3位 準優勝
2021-22 38161111654859 8位 準々決勝敗退
2022-23 3819712664864 5位 準々決勝敗退
2023-24 3821611724269 4位 準優勝
2024-25 382288783774 3位 準々決勝敗退
2025-26 38151495136597位ベスト4

記録

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欧州の成績

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1963-2000

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2000-

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欧州での記録

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2022年4月14日現在
大会試勝分敗得失差勝率
UEFAチャンピオンズカップ / UEFAチャンピオンズリーグ 238694043−3034.78
UEFAカップ / UEFAヨーロッパリーグ 30141245124+27046.67
UEFAカップウィナーズカップ 114161414+0036.36
総通算 6426191910581+24040.63

現所属メンバー

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2025-26シーズン 開幕フォーメーション(3-6-1)
2025年2月3日現在[7]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
3 DF コートジボワール オディロン・コスヌ ★
4 DF スウェーデン イサク・ヒエン ()
5 MF オランダ ミッチェル・バッケル
6 MF アメリカ合衆国 ユヌス・ムサ
7 MF ガーナ カマルディーン・スレマナ ★
8 MF クロアチア マリオ・パシャリッチ
9 FW イタリア ジャンルカ・スカマッカ
10 MF セルビア ラザール・サマルジッチ ()
11 FW ナイジェリア アデモラ・ルックマン ()★
13 MF ブラジル エデルソン ★
15 MF オランダ マルテン・デ・ローン ()
16 DF イタリア ラウル・ベッラノーヴァ
17 MF ベルギー シャルル・デ・ケテラーレ
19 DF アルバニア ベラト・ジムシティ ()★
No. Pos. 選手名
23 DF ボスニア・ヘルツェゴビナ セアド・コラシナツ ()
29 GK イタリア マルコ・カルネセッキ
31 GK イタリア フランチェスコ・ロッシ
42 DF イタリア ジョルジョ・スカルヴィーニ
44 MF イタリア マルコ・ブレシャニーニ
70 FW イタリア ダニエル・マルディーニ
77 DF イタリア ダヴィデ・ザッパコスタ
-- DF イングランド ベン・ゴッドフリー ()

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

レンタル移籍

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in

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
6 MF アメリカ合衆国 ユヌス・ムサ (ミラン)
No. Pos. 選手名
out

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
-- DF イタリア マルコ・パレストラ
-- MF ガーナ イブラヒム・スレマナ ★
-- FW マリ共和国 エル・ビラル・トゥーレ (ボローニャ)()
No. Pos. 選手名

歴代監督

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歴代所属選手

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サポーター

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オーストリア・ブンデスリーガのFCヴァッカー・インスブルックのサポーターズクラブと友好関係を結んでおり、定期的に交流が行われている。

脚注

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  1. ↑ “STORIA SOCIETÀ”. 2020年3月13日閲覧。
  2. ↑ “アタランタ勝ち点減点6 八百長問題で処分”. スポーツニッポン (2011年8月10日). 2018年3月18日閲覧。
  3. ↑ なぜアタランタは躍進したのか?特異な3バックを徹底分析 - footballista 2017年7月12日
  4. ↑ “メッシ&C・ロナウドに続き…アタランタFWが史上3人目の“合計5得点達成者”に”. フットボール チャンネル (2020年3月11日). 2020年3月11日閲覧。
  5. ↑ “[CL準々決勝 アタランタvsパリSG LIVEスコア]”. 2021年10月28日閲覧。
  6. ↑ “アタランタがEL初優勝!ルックマン圧巻のハットでレヴァークーゼン無敗記録をついにストップ | Goal.com 日本”. www.goal.com (2024年5月22日). 2024年5月23日閲覧。
  7. ↑ “Rosa-Atalanta” (イタリア語). Atalanta BC. 2023年11月14日閲覧。

外部リンク

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