アレッサンドロ・ディアマンティ

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アレッサンドロ・ディアマンティ Football pictogram.svg
Diamanti102009.jpg
名前
本名 Alessandro Diamanti
カタカナ アレッサンドロ・ディアマンティ
ラテン文字 Alessandro DIAMANTI
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1983年5月2日(30歳)
出身地 プラート
身長 180cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 中華人民共和国の旗 広州恒大足球倶楽部
ポジション MF (OH) / FW
背番号 23
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999-2004
2000-2001
2001-2002
2003
2004-2006
2006
2006-2007
2007-2009
2009-2010
2010-2011
2011-2014
2014-
イタリアの旗 プラート
イタリアの旗 エンポリ (loan)
イタリアの旗 フチェッキオ (loan)
イタリアの旗 フィオレンティーナ(loan)
イタリアの旗 アルビーノレッフェ
イタリアの旗 プラート (loan)
イタリアの旗 プラート
イタリアの旗 リヴォルノ
イングランドの旗 ウェストハム
イタリアの旗 ブレシア
イタリアの旗 ボローニャ
中華人民共和国の旗 広州恒大
23 0(4)
0 0(0)
24 0(3)
3 0(0)
26 0(0)
11 0(4)
38 (15)
63 (24)
28 0(7)
32 0(6)
75 (15)
代表歴2
2010- イタリアの旗 イタリア 17 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2012-13シーズン終了時現在。
2. 2013年11月18日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

アレッサンドロ・ディアマンティ(Alessandro Diamanti, 1983年5月2日 - )は、イタリアプラート出身のサッカー選手。ポジションは攻撃的ミッドフィルダーフォワード中国サッカー・スーパーリーグ広州恒大足球倶楽部所属。

来歴[編集]

ACプラート

1999年に生まれ故郷のクラブであるACプラートでデビュー。エンポリFCACFフィオレンティーナへのレンタル移籍を経験した後、2004年UCアルビーノレッフェに共同保有権が譲渡される。同チームで1シーズン半プレーした後、2006年にACプラートが保有権を買い戻した。2006-07シーズンは3シーズンぶりに復帰した古巣でセリエC2を舞台に戦い、31試合で15得点を挙げた。

リヴォルノ

この活躍が認められ、2007年夏にセリエAASリヴォルノ・カルチョへ完全移籍。1年目から14試合に先発し12試合で途中出場したが、チームは最下位に終わりセリエB降格。2年目はリーグ戦とカップ戦で計39試合に出場して20得点を挙げるなど攻撃の中心を担い、チームのセリエA復帰の原動力となった。これによりインテルをはじめとする国内外のクラブの注目を集め、2009年夏の移籍市場でその動向が注目された。

ウェストハム

2009-10シーズン開幕直後に同国人のジャンフランコ・ゾラが率いるプレミアリーグウェストハム・ユナイテッドFCに5年契約で完全移籍[1]。サポーターによるシーズンMVP投票ではスコット・パーカーに次ぐ2位に選ばれたが[2]、ゾラ監督が解任されたこともありわずか1年で国内復帰を決意する。

ブレシア

2010年夏の移籍市場でブレシア・カルチョに移籍。移籍金は220万ユーロ(約2億4000万円)[3]。32試合に出場しアンドレア・カラッチョロに次いでチーム内2位の6得点を挙げたが、チームは19位でシーズンを終えセリエBに降格した。

ボローニャ

2011年夏の移籍市場でボローニャFCに共同保有権が譲渡され、2011-12シーズンは同チームでプレーすることになった[4]。2012年4月12日のカリアリ戦では決勝点となるフリーキックを決め、チームの一部残留を手繰り寄せた[5]。なお、このゴールを祝う際にユニフォームを脱いで愛妻へのメッセージが書かれたアンダーシャツを見せたが、この行為でイエローカードを受けている。

広州恒大

2014年2月7日、中国スーパーリーグ広州恒大足球倶楽部への移籍が発表された[6]

代表歴[編集]

EURO 2012準々決勝イングランド戦でイタリアの勝利を決めたディアマンティのPK

2010年11月17日、ルーマニアとの親善試合でイタリア代表デビューを果たし、前半のみで退いた。

代表歴わずか1キャップで予選にも出場していなかったが、チェザーレ・プランデッリ監督によりEURO2012のメンバーに抜擢される。グループリーグ第3戦のアイルランド戦に途中出場すると、コーナーキックからマリオ・バロテッリのゴールをアシストした。準々決勝のイングランド戦でも後半にアントニオ・カッサーノとの交代で出場。延長戦ではクロスがポストを叩く惜しい場面を演出し、PK戦では5人目のキッカーを任されると落ち着いてこれを決め、チームの準決勝進出に貢献した。

FIFAコンフェデレーションズカップ2013の3位決定戦、ウルグアイ戦で代表初得点を挙げた。

プレースタイル[編集]

トップ下(トレクァルティスタ)でのプレーを得意とする左利きのファンタジスタ[7][8]。好不調の波は激しいが、運動量豊富で創造性も確かと評される[9]。キックの精度が高く、流れの中からでも無回転シュートを放つことができる。

所属クラブ[編集]

イタリアの旗 エンポリFC 2000-2001 (on loan)
イタリアの旗 ACフチェッキオ 2001-2002 (on loan)
イタリアの旗 ACFフィオレンティーナ 2003 (on loan)
イタリアの旗 ACプラート 2006 (on loan)

脚注[編集]

外部リンク[編集]