SSDパルマ・カルチョ1913

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
パルマFCから転送)
移動先: 案内検索
SSDパルマ・カルチョ1913
原語表記 Società Sportiva Dilettantistica Parma Calcio 1913
愛称 Crociati十字軍騎士)
Ducali公爵
Gialloblù(黄と青)
Parmensiパルマ人)
クラブカラー 600px flag Black White Blue Yellow HEX-000000 HEX-FFFFFF HEX-0A5282 HEX-FEC435.svg 白と黒 / 黄と青
創設年 1913年
所属リーグ レガ・プロ
ホームタウン パルマ
ホームスタジアム スタディオ・エンニオ・タルディーニ
収容人数 22,352
代表者 イタリアの旗 ネヴィオ・スカラ
監督 イタリアの旗 ルイジ・アポローニ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

ソチェタ・スポルティーヴァ・ディレッタンティスティカ・パルマ・カルチョ1913 (イタリア語: Società Sportiva Dilettantistica Parma Calcio 1913) は、イタリアエミリア=ロマーニャ州パルマをホームタウンとするサッカークラブである。

ニックネームはクロチャーティ十字軍戦士)とジャッロブルー(黄色と青)。

歴史[編集]

1913年7月27日、パルマ公国出身の音楽家ジュゼッペ・ヴェルディの名を取り、ヴェルディ・フットボール・クラブ (Verdi Football Club) として創設。1968年にパルマAC (Parma Associazione Calcio s.p.a.) に改称。

1990年代に入ってパルマの食品会社パルマラット代表のカリスト・タンツィ英語版がオーナーに就任。また、1990年にネヴィオ・スカラが監督に就任してセリエAへ昇格。1996年にスカラが退任するまで何度もリーグ優勝を争い、国内および国際タイトルも獲得。「ミラクル・パルマ」と呼ばれた。

2003年にパルマラットが破産、クラブは破産管財人の管理下に置かれた。2004年にパルマFC (Parma Football Club SpA) に改称。2005年に前レアル・マドリード会長のロレンソ・サンスが買収を試みるも、資金不足が露呈し買収は不成立。また、スイスの起業家であるガエターノ・バレンツァや、ACカルペネドロ英語版の元オーナーで鉄鋼業を営むトンマゾ・ギラルディ英語版などの名前が挙がり、競売の末に2007年1月24日にギラルディが買収した。

2007-08シーズンにセリエBに降格したが、2008-09シーズンは、フランチェスコ・グイドリン監督の下で、1年でセリエAへ復帰した。

2013-14シーズンに創立100周年を迎え、エンブレムに「100」を加えた。リーグ戦は6位となりUEFAヨーロッパリーグへの出場権を獲得したが、所得税の納付遅延を理由にイタリアサッカー連盟はUEFAライセンスを認可せず、リーグ戦7位のトリノFCが繰り上がりで出場した[1]。この決定を不服としたギラルディは、会長職の辞任とクラブの売却を表明した[2]

2014年12月にロシアキプロス複合企業に買収された[3]が、財政難は解消されず、給料未払いを理由にアントニオ・カッサーノフェリペら合計8人の選手を2014-15シーズンの冬の移籍市場で放出した[4]

2015年2月、ジャンピエトロ・マネンティがクラブを買収して会長に就任[4]したが、2月22日のウディネーゼ・カルチョ戦の試合開催費用が払えず(試合は延期)、資金の逼迫が表面化[5]。3月19日に破産した。負債総額は2億1,844万6,754.61ユーロ(約281億円)[6]。なお、破産後も公式戦は開催された[7]

経営面でのサポートを請け負ったデメトリオ・アルベルティーニは、2015-16シーズンにセリエBへの降格[注 1]にとどまるようにするために、新たな受け皿となるスポンサーや選手の確保などの最善策を講じる考えを示していた[8]が、6月22日午後2時の締め切り時刻までオファーがなく破産となり、「パルマFC」は消滅した[9]

「パルマFC」の消滅に伴い所属選手は、全員リーグの規定により自由契約(移籍金発生なし)となった。同様の事例としてACFフィオレンティーナ2002年)、SSCナポリ2004年)がある[10]

2015年7月、ネヴィオ・スカラが代表者となってSSDパルマ・カルチョ1913 (Società Sportiva Dilettantistica Parma Calcio 1913) が創設され、セリエDへ所属することとなった[11]

タイトル[編集]

スタディオ・エンニオ・タルディーニ

国内タイトル[編集]

国際タイトル[編集]

過去の成績[編集]

  • 1946-47 セリエB 14位
  • 1947-48 セリエB 7位
  • 1948-49 セリエB 19位
  • 1949-50 セリエC・ジローネB 2位
  • 1950-51 セリエC・ジローネB 3位
  • 1951-52 セリエC・ジローネB 2位
  • 1952-53 セリエC 6位
  • 1953-54 セリエC 優勝
  • 1954-55 セリエB 9位
  • 1955-56 セリエB 15位
  • 1956-57 セリエB 12位
  • 1957-58 セリエB 18位
  • 1958-59 セリエB 18位
  • 1959-60 セリエB 14位
  • 1960-61 セリエB 13位
  • 1961-62 セリエB 12位
  • 1962-63 セリエB 13位
  • 1963-64 セリエB 15位
  • 1964-65 セリエB 20位
  • 1965-66 セリエC・ジローネA 17位
  • 1966-67 セリエD・ジローネC 6位
  • 1967-68 セリエD・ジローネB 6位
  • 1968-69 セリエD・ジローネB 14位
  • 1969-70 セリエD・ジローネB 優勝
  • 1970-71 セリエC・ジローネA 5位
  • 1971-72 セリエC・ジローネB 2位
  • 1972-73 セリエC・ジローネA 優勝
  • 1973-74 セリエB 5位
  • 1974-75 セリエB 20位 降格
  • 1975-76 セリエC・ジローネB 2位
  • 1976-77 セリエC・ジローネB 2位
  • 1977-78 セリエC・ジローネB 3位
  • 1978-79 セリエC1・ジローネA 2位
  • 1979-80 セリエB 19位
  • 1980-81 セリエC1・ジローネA 13位
  • 1981-82 セリエC1・ジローネA 8位
  • 1982-83 セリエC1・ジローネA 6位
  • 1983-84 セリエC1・ジローネA 優勝
  • 1984-85 セリエB 18位
  • 1985-86 セリエC1・ジローネA 優勝
  • 1986-87 セリエB 7位
  • 1987-88 セリエB 10位
  • 1988-89 セリエB 10位
  • 1989-90 セリエB 4位
  • 1990-91 セリエA 5位
  • 1991-92 セリエA 6位
  • 1992-93 セリエA 3位
  • 1993-94 セリエA 5位
  • 1994-95 セリエA 2位
  • 1995-96 セリエA 5位
  • 1996-97 セリエA 2位
  • 1997-98 セリエA 6位
  • 1998-99 セリエA 4位
  • 1999-2000 セリエA 5位
  • 2000-01 セリエA 4位
  • 2001-02 セリエA 10位
  • 2002-03 セリエA 5位
  • 2003-04 セリエA 5位
  • 2004-05 セリエA 17位
  • 2005-06 セリエA 7位
  • 2006-07 セリエA 12位
  • 2007-08 セリエA 19位
  • 2008-09 セリエB 2位
  • 2009-10 セリエA 8位
  • 2010-11 セリエA 12位
  • 2011-12 セリエA 8位
  • 2012-13 セリエA 10位
  • 2013-14 セリエA 6位
  • 2014-15 セリエA 20位
  • 2015-16 セリエD・ジローネD 優勝
  • 2016-17 レガ・プロ

現所属メンバー[編集]

2016年2月15日現在[12]
No. Pos. 選手名
セネガルの旗 GK アリューヌ・ファール
ラトビアの旗 GK クリスタプス・ゾンメルス
イタリアの旗 DF ロレンツォ・アドールニ
イタリアの旗 DF アレッシオ・アグリフォーリ
イタリアの旗 DF マイコール・ベナッシ
イタリアの旗 DF ルーカ・カチョーリ
イタリアの旗 DF アレッサンドロ・ルカレッリ (Captain sports.svg)
イタリアの旗 DF ミケーレ・メッシーナ
イタリアの旗 DF ジューリオ・ムーラス
イタリアの旗 DF ジャーコモ・リッチ
イタリアの旗 DF ロレンソ・サポレッティ
イタリアの旗 MF フランチェースコ・コラーピ
イタリアの旗 MF ダーヴィデ・ジョルジーノ
イタリアの旗 MF クロチェフィッソ・ミリェッタ
No. Pos. 選手名
イタリアの旗 MF ニッコロ・モリナーロ
パラグアイの旗 MF ワルテル・ロドリゲス
イタリアの旗 MF ロレンツォ・シモネッティ
ガンビアの旗 MF ムサ・バッラ・ソウ
ブルガリアの旗 MF ディミタール・トライコフ
セネガルの旗 FW イヴ・バライ
イタリアの旗 FW ファビオ・ラウーリア
イタリアの旗 FW クリスティアン・ロンゴバルディ
イタリアの旗 FW マッテーオ・グアッツォ
イタリアの旗 FW パスクアーレ・マッツォッキ
イタリアの旗 FW ダニエーレ・メラーンドリ
イタリアの旗 FW リッカルド・ムセッティ
イタリアの旗 FW マルチェッロ・セレーニ

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ セリエAにおいては、クラブが経営破綻した場合、新たな受け皿企業が見つかっても、基本的にセリエAの次シーズンへの残留が認められていない。

出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ “パルマ、欧州L出場権剥奪”. 日刊スポーツ. (2014年5月31日). http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/p-sc-tp3-20140531-1309854.html 2014年6月1日閲覧。 
  2. ^ “パルマ会長が激怒しクラブ売却へ「恥を知れ。私は自分の村に戻る」”. サンケイスポーツ. (2014年5月31日). http://www.sanspo.com/soccer/news/20140531/ser14053115590006-n1.html 2014年6月1日閲覧。 
  3. ^ 財政難のパルマ、クラブの売却がようやく決定”. Qoly Football Web Magazine (2014年12月12日). 2015年2月10日閲覧。
  4. ^ a b 瀕死の名門 2カ月間で2度も1ユーロで売却されたパルマ”. SoccerMagazine ZONE WEB (2015年2月10日). 2015年2月10日閲覧。
  5. ^ クラブ存続危機か…パルマ、試合開催費用捻出できず延期決定”. ゲキサカ (2015年2月21日). 2015年2月22日閲覧。
  6. ^ 名門の凋落…パルマの破産が決定 負債総額は281億円”. ゲキサカ (2015年3月20日). 2015年3月20日閲覧。
  7. ^ “失う物はないパルマ、ドローの次は勝利…ウディネーゼを下す”. goal.com. (2015年4月9日). http://www.goal.com/jp/match/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%9E-vs-%E3%82%A6%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%BC/1836577/report 2015年6月23日閲覧。 
  8. ^ “アルベルティーニ氏、パルマ支援に尽力「セリエBからの再出発に全力尽くす」”. サンケイスポーツ. (2015年4月4日). http://www.sanspo.com/soccer/news/20150404/ser15040415300012-n1.html 2015年6月23日閲覧。 
  9. ^ “パルマが破産発表。来季からアマリーグの4部へ”. フットボールチャンネル. (2015年6月22日). http://www.footballchannel.jp/2015/06/22/post93994/ 2015年6月23日閲覧。 
  10. ^ セリエAの名門パルマが破産 来季アマリーグ出直し”. 日刊スポーツ (2015年6月24日). 2015年7月23日閲覧。
  11. ^ パルマ破産から4ヶ月……新クラブ「パルマ1913」が4部から再出発”. フットボールチャンネル (2015年7月28日). 2015年8月17日閲覧。
  12. ^ Parma Calcio 1913 Prima squadra”. 2016年2月15日閲覧。

外部リンク[編集]