SSDパルマ・カルチョ1913

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SSDパルマ・カルチョ1913
原語表記 Società Sportiva Dilettantistica Parma Calcio 1913
愛称 Crociati, Ducali, Gialloblù, Parmensi
クラブカラー 白と黒 / 黄と青
創設年 1913年
所属リーグ セリエD・ジローネD
所属ディビジョン 4部
ホームタウン パルマ
ホームスタジアム スタディオ・エンニオ・タルディーニ
収容人数 27,906
代表者 イタリアの旗 ネヴィオ・スカラ
監督 イタリアの旗 ルイジ・アポローニ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

SSDパルマ・カルチョ1913 (イタリア語: Società Sportiva Dilettantistica Parma Calcio 1913) は、イタリアエミリア=ロマーニャ州パルマをホームタウンとするサッカークラブである。2015-16シーズンはセリエD・ジローネDに所属。

ニックネームはクロチャーティ十字軍戦士)とジャッロブルー(黄色&青)。

歴史[編集]

1913年7月27日、パルマ近郊に生まれた音楽家ジュゼッペ・ヴェルディの名を取り、ヴェルディ・フットボール・クラブ(Verdi Football Club)として誕生。1968年には、Parma Associazione Calcio s.p.a.パルマAC)に改称。

1990年代に入って地元パルマの食品会社パルマラットカリスト・タンツィがオーナーになり、1990年、セリエA昇格を果たした。以後、名将ネヴィオ・スカラ時代(1990-1996)を中心に何度もリーグの優勝争いに絡み、国内および国際タイトルを獲得するほどの強豪クラブに躍進、「ミラクル・パルマ」と呼ばれるようになる。

しかし2003年にパルマラットは破産、クラブは破産管財人の管理下に置かれることとなった。2004年にParma Associazione Calcio s.p.a.)に改称。

その後、2005年に前レアル・マドリード会長ロレンソ・サンスがクラブの買収を試みるも、資金不足が露呈し買収は不成立。その後は売却先にスイスの起業家であるガエターノ・バレンツァや、セリエC1のチームの一つカルペネドロのオーナーで鉄鋼業に携わるトンマーゾ・ギラルディなどの名前が挙がるが、交渉は難航。クラブは競売にかけられ、ようやく2007年1月24日にギラルディへ譲渡されることとなった。

2007-08シーズンは19位と低迷し、セリエBに降格。しかも最終節での敗戦によりパルマのセリエB降格が決定すると同時に、目の前でインテル・ミラノに優勝を決められた。

2008-09シーズンは、フランチェスコ・グイドリン監督の下で、1年でセリエAへの復帰を達成した。

2013-14シーズンに創立100周年を迎え、エンブレムに「100」を加えた。このシーズンでは最終節で6位に滑り込み、UEFAヨーロッパリーグへの出場権を獲得したが、所得税の納付遅延を理由にイタリアサッカー連盟はUEFAライセンスを認可せず、UEFAヨーロッパリーグは7位のトリノFCが繰り上がりで出場した[1]。このためギラルディは決定を不服とし、会長職の辞任とクラブの売却を表明した[2]

2014年12月にロシアキプロス複合企業に買収された[3]が、財政難は解消されず、給料未払いを理由にアントニオ・カッサーノフェリペがパルマとの契約を解除したのをはじめ[4][5]、2014-15シーズンの冬の移籍市場で6人の選手を放出した[6]。2015年2月、クラブは再び売却され、ジャンピエトロ・マネンティが新会長となった[6]。しかし財政難は更に深刻となり、2月22日に開催予定だったウディネーゼ戦の試合開催費用が払えないために延期になるという、降格を通り越してクラブ存続が危ぶまれる事態となる[7]。そして3月19日についに破産を宣言。負債総額は2億1844万6754.61ユーロ(約281億円)。

一部では破産宣告決定以降の試合はすべて没収試合となり、相手チームに勝ち点3が与えられる[8]との報道があったが、その後も公式戦は開催された[9]

経営面でのサポートを請け負ったデメトリオ・アルベルティーニは、2015-16シーズンにセリエBへの降格[注 1]にとどまるようにするために、新たな受け皿となるスポンサーや選手の確保などの最善策を講じる考えを示していた[10]が、6月22日午後2時の締め切り時刻までオファーがなく破産が決定した[11]

これに伴い所属している選手らは、全員リーグの規定により自由契約(移籍金発生なし)となることが決まり、「パルマFC」は消滅した。このようなケースは、2002年に経営破たんし、同様に4部降格となった「ACFフィオレンティーナ」(2002年の降格の際「フロレンティーナ・ビオラ」と一旦改め、その後管財人よりフィオレンティーナの名称を購入したためチーム名復帰。2004-05シーズンにセリエA復帰)となったケースと、2004年にやはり財政難を理由にセリエC1(3部)に降格したSSCナポリ(降格後一旦「ナポリ・サッカーチーム」と改めたのち、2005-06シーズンの3部優勝後2部復帰を果たした際、管財人よりチーム名を購入し、再び「SSCナポリ」に変更、2006-07シーズンに1部復帰)のケースがある[12]

2015年7月、ネヴィオ・スカラが代表者となってSSDパルマ・カルチョ1913 (Società Sportiva Dilettantistica Parma Calcio 1913) が創設され、セリエD(4部リーグ)へ所属することとなった[13]

タイトル[編集]

スタディオ・エンニオ・タルディーニ

国内タイトル[編集]

国際タイトル[編集]

過去の成績[編集]

  • 1946-47 セリエB 14位
  • 1947-48 セリエB 7位
  • 1948-49 セリエB 19位 降格
  • 1949-50 セリエC・ジローネB 2位
  • 1950-51 セリエC・ジローネB 3位
  • 1951-52 セリエC・ジローネB 2位
  • 1952-53 セリエC 6位
  • 1953-54 セリエC 1位 昇格
  • 1954-55 セリエB 9位
  • 1955-56 セリエB 15位
  • 1956-57 セリエB 12位
  • 1957-58 セリエB 18位
  • 1958-59 セリエB 18位
  • 1959-60 セリエB 14位
  • 1960-61 セリエB 13位
  • 1961-62 セリエB 12位
  • 1962-63 セリエB 13位
  • 1963-64 セリエB 15位
  • 1964-65 セリエB 20位 降格
  • 1965-66 セリエC・ジローネA 17位 降格
  • 1966-67 セリエD・ジローネC 6位
  • 1967-68 セリエD・ジローネB 6位
  • 1968-69 セリエD・ジローネB 14位
  • 1969-70 セリエD・ジローネB 1位 昇格
  • 1970-71 セリエC・ジローネA 5位
  • 1971-72 セリエC・ジローネB 2位
  • 1972-73 セリエC・ジローネA 1位 昇格
  • 1973-74 セリエB 5位
  • 1974-75 セリエB 20位 降格
  • 1975-76 セリエC・ジローネB 2位
  • 1976-77 セリエC・ジローネB 2位
  • 1977-78 セリエC・ジローネB 3位
  • 1978-79 セリエC1・ジローネA 2位 昇格
  • 1979-80 セリエB 19位 降格
  • 1980-81 セリエC1・ジローネA 13位
  • 1981-82 セリエC1・ジローネA 8位
  • 1982-83 セリエC1・ジローネA 6位
  • 1983-84 セリエC1・ジローネA 1位 昇格
  • 1984-85 セリエB 18位 降格
  • 1985-86 セリエC1・ジローネA 1位 昇格
  • 1986-87 セリエB 7位
  • 1987-88 セリエB 10位
  • 1988-89 セリエB 10位
  • 1989-90 セリエB 4位 昇格
  • 1990-91 セリエA 5位
  • 1991-92 セリエA 6位
  • 1992-93 セリエA 3位
  • 1993-94 セリエA 5位
  • 1994-95 セリエA 2位
  • 1995-96 セリエA 5位
  • 1996-97 セリエA 2位
  • 1997-98 セリエA 6位
  • 1998-99 セリエA 4位
  • 1999-2000 セリエA 5位
  • 2000-01 セリエA 4位
  • 2001-02 セリエA 10位
  • 2002-03 セリエA 5位
  • 2003-04 セリエA 5位
  • 2004-05 セリエA 17位
  • 2005-06 セリエA 7位
  • 2006-07 セリエA 12位
  • 2007-08 セリエA 19位 降格
  • 2008-09 セリエB 2位 昇格
  • 2009-10 セリエA 8位
  • 2010-11 セリエA 12位
  • 2011-12 セリエA 8位
  • 2012-13 セリエA 10位
  • 2013-14 セリエA 6位
  • 2014-15 セリエA 20位 降格
  • 2015-16 セリエD・ジローネD

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ セリエAにおいては、チームが経営破綻した場合、新たな受け皿企業が見つかっても、基本的にセリエAの次シーズンへの残留が認められていない。

出典[編集]

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  1. ^ “パルマ、欧州L出場権剥奪”. 日刊スポーツ. (2014年5月31日). http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/p-sc-tp3-20140531-1309854.html 2014年6月1日閲覧。 
  2. ^ “パルマ会長が激怒しクラブ売却へ「恥を知れ。私は自分の村に戻る」”. サンケイスポーツ. (2014年5月31日). http://www.sanspo.com/soccer/news/20140531/ser14053115590006-n1.html 2014年6月1日閲覧。 
  3. ^ 財政難のパルマ、クラブの売却がようやく決定”. Qoly Football Web Magazine (2014年12月12日). 2015年2月10日閲覧。
  4. ^ セリエA最下位パルマ、カッサーノが退団”. Goal.com (2015年1月27日). 2015年2月10日閲覧。
  5. ^ パルマ、フェリペも契約解除に 主力の相次ぐ離脱でセリエB降格が現実味”. SoccerMagazine ZONE WEB (2015年2月3日). 2015年2月10日閲覧。
  6. ^ a b 瀕死の名門 2カ月間で2度も1ユーロで売却されたパルマ”. SoccerMagazine ZONE WEB (2015年2月10日). 2015年2月10日閲覧。
  7. ^ クラブ存続危機か…パルマ、試合開催費用捻出できず延期決定”. ゲキサカ (2015年2月21日). 2015年2月22日閲覧。
  8. ^ 名門の凋落…パルマの破産が決定 負債総額は281億円”. ゲキサカ (2015年3月20日). 2015年3月20日閲覧。
  9. ^ “失う物はないパルマ、ドローの次は勝利…ウディネーゼを下す”. goal.com. (2015年4月9日). http://www.goal.com/jp/match/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%9E-vs-%E3%82%A6%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%BC/1836577/report 2015年6月23日閲覧。 
  10. ^ “アルベルティーニ氏、パルマ支援に尽力「セリエBからの再出発に全力尽くす」”. サンケイスポーツ. (2015年4月4日). http://www.sanspo.com/soccer/news/20150404/ser15040415300012-n1.html 2015年6月23日閲覧。 
  11. ^ “パルマが破産発表。来季からアマリーグの4部へ”. フットボールチャンネル. (2015年6月22日). http://www.footballchannel.jp/2015/06/22/post93994/ 2015年6月23日閲覧。 
  12. ^ セリエAの名門パルマが破産 来季アマリーグ出直し”. 日刊スポーツ (2015年6月24日). 2015年7月23日閲覧。
  13. ^ パルマ破産から4ヶ月……新クラブ「パルマ1913」が4部から再出発”. フットボールチャンネル (2015年7月28日). 2015年8月17日閲覧。

外部リンク[編集]