ファビオ・ペッキア

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ファビオ・ペッキア Football pictogram.svg
Fabio Pecchia.jpg
名前
愛称 アッヴォカート(弁護士)
ラテン文字 Fabio Pecchia
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1973-08-24) 1973年8月24日(46歳)
出身地 フォルミア
身長 171cm
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1991-1993 イタリアの旗 アヴェッリーノ 33 (1)
1993-1997 イタリアの旗 ナポリ 125 (15)
1997-1998 イタリアの旗 ユヴェントス 21 (1)
1998-1999 イタリアの旗 サンプドリア 26 (1)
1999-2001 イタリアの旗 トリノ 22 (1)
2000-2001 イタリアの旗 (loan) ナポリ 27 (6)
2001-2006 イタリアの旗 ボローニャ 92 (12)
2002-2003 イタリアの旗(loan) コモ 27 (6)
2004-2005 イタリアの旗(loan) シエーナ 23 (2)
2006-2007 イタリアの旗 アスコリ 6 (0)
2007 イタリアの旗 グッビオ 18 (4)
2007-2008 イタリアの旗 フロジノーネ 26 (1)
2008-2009 イタリアの旗 グッビオ 24 (1)
代表歴2
1993-1996 イタリアの旗 イタリア U-21 11 (0)
監督歴
2011 イタリアの旗 グッビオ
2012-2013 イタリアの旗 ラティーナ
2013-2015 イタリアの旗 ナポリ(アシスタント)
2015-2016 スペインの旗 レアル・マドリード(アシスタント)
2016 イングランドの旗 ニューカッスル・ユナイテッド(アシスタント)
2016-2018 イタリアの旗 エラス・ヴェローナ
2019 日本の旗 アビスパ福岡
2019- イタリアの旗 U-23ユヴェントスFC
1. 国内リーグ戦に限る。2018年12月14日現在。
2. 2018年12月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ファビオ・ペッキアFabio Pecchia, 1973年8月24日 - )は、イタリアラツィオ州フォルミア出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。U-23ユヴェントスFC監督。ナポリ大学で法学の学位を取得したばかりでなく、「l'avvocato(アッヴォカート)」(イタリア語の弁護士)としても知られていた。

経歴[編集]

選手時代[編集]

キャリアで実に11のクラブを渡り歩いた流浪人。 1991年アヴェッリーノで選手生活をスタートした。93年に当時マルチェロ・リッピ率いるSSCナポリへ移籍しセリエAデビュー。多才な能力を兼ね備えナポリの攻撃の要となり、96年からはキャプテンを務めた。

97年にユヴェントスへ移籍し再びリッピの下でプレー。スーペルコッパ・イタリアーナセリエA制覇やUEFAチャンピオンズリーグ準優勝に貢献した。しかし当時ユヴェントスの中盤にはジネディーヌ・ジダンエドガー・ダーヴィッツという絶対的な存在がいたため、1年でUCサンプドリアにレンタル移籍した。 99年にはライバルのトリノFCに移籍した。

2001年にボローニャFCに移籍し、2004年に加入した中田英寿とは同僚であった。その後はイタリア国内の様々なクラブを経て、2009年に現役を引退した。セリエA通算337試合41得点。

A代表の出場経験は無かったものの、年代別代表でアトランタ・オリンピックには出場している。

指導者時代[編集]

引退後はすぐにフォッジャ・カルチョのアシスタントコーチに就任。

2011年6月にセリエBグッビオの監督に就任したが、同年中に解任された。

翌年セリエC1ラティーナの監督に就任し、1年でのセリエB昇格を果たした。

2013年6月からはラファエル・ベニテスの下、SSCナポリのアシスタントコーチに就任。 2015年にはベニテスと共にレアル・マドリード、翌年にはニューカッスル・ユナイテッドのアシスタントコーチを歴任。

2016年6月からはセリエBエラス・ヴェローナの監督に就任し、1年目にも関わらずリーグ2位の成績でチームを自動昇格圏内に導いた。2年目のセリエAでは19位に終わり、同シーズン限りで退任した。

2018年12月14日、アビスパ福岡の監督に就任すると発表された[1]

2019年6月29日、選手時代に所属していたユヴェントスFCのユースチーム監督に就任したことが発表された[2]

タイトル[編集]

選手時代[編集]

ユヴェントス

脚注[編集]

外部リンク[編集]