ジェルヴィーニョ

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ジェルヴィーニョ Football pictogram.svg
Colombia and Ivory Coast match at the FIFA World Cup 2014-06-19 (15).jpg
コートジボワール代表でのジェルヴィーニョ (2014年)
名前
本名 ジェルヴェ・ヤオ・クアッシ
Gervais Yao Kouassi
ラテン文字 Gervinho
基本情報
国籍 コートジボワールの旗 コートジボワール
生年月日 1987年5月27日(29歳)
出身地 ラギューヌ州アニャマ
身長 179cm[1]
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 中華人民共和国の旗 河北華夏幸福
ポジション FW
背番号 9
利き足 右足
ユース
1998-2002 コートジボワールの旗 ASECミモザ
2002-2004 コートジボワールの旗 トゥモディ
2004-2005 ベルギーの旗 ベヴェレン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2007 ベルギーの旗 ベヴェレン 61 (14)
2007-2009 フランスの旗 ル・マン 59 (8)
2009-2011 フランスの旗 リール 67 (28)
2011-2013 イングランドの旗 アーセナル 46 (9)
2013-2016 イタリアの旗 ローマ 71 (17)
2016- 中華人民共和国の旗 河北華夏幸福 1 (1)
代表歴2
コートジボワールの旗 コートジボワール U-21
2007- コートジボワールの旗 コートジボワール 76 (22)
1. 国内リーグ戦に限る。2015年12月5日現在。
2. 2016年10月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
アーセナル時代

ジェルヴィーニョGervinho)ことジェルヴェ・ヤオ・クアッシGervais Yao Kouassi1987年5月27日 - )は、コートジボワール・アニャマ出身のサッカー選手中国サッカー・スーパーリーグ河北華夏幸福所属。コートジボワール代表。ポジションはフォワード

経歴[編集]

クラブ[編集]

アルナ・コネなどと同じアニャマ出身である。育成の名門であるASECミモザの下部組織に5年間所属し、ブラジル人監督からポルトガル語のジェルヴィーニョというニックネームを授かった[2]。その後、Ivorian Deuxieme Division Zone FourのToumodi FCに移籍し、トゥーレ兄弟(コロヤヤ)の弟のイブラヒム・トゥーレとチームメイトになった。Toumodi FCで2シーズン過ごした後、ASECミモザと提携しており、コートジボワール人選手を多数受け入れているベルギー・ジュピラーリーグKSKベヴェレンに移籍した。

2007年7月2日フランスル・マンUCと3年契約を結び、2007-08シーズンは同郷のロマリッチらとともにプレーした。2008年5月にはフランスのASモナコパリ・サンジェルマンFCオリンピック・マルセイユ、イングランドのアーセナルFCがジェルヴィーニョの動向を追っていると報道された。この報道によるとアーセナルは長い間ジェルヴィーニョを評価し続け、ベルギーでプレーしていた2006-07シーズンにもオファーが出されたとされた。ル・マンUCでは2シーズンで59試合に出場し9得点を記録した。また、日本代表松井大輔とも同僚であった。

2009年7月21日、移籍金600万ユーロでLOSCリール・メトロポールと契約した。2010-11シーズンはリーグ5位タイとなる15得点と10アシストを挙げてリールの2冠に貢献し[3]、ベストイレブンに選ばれた。

2011年7月11日、移籍金推定1060万ポンドでアーセナルに移籍[3]。しかし、2シーズンで45試合に出て9得点と結果は芳しくなかった。

2013年8月、リール時代の恩師、リュディ・ガルシア率いるASローマに移籍が決定[4]

2016年1月26日、中国サッカー・スーパーリーグ河北華夏幸福へ移籍することが発表された。

代表[編集]

U-23コートジボワール代表ではキャプテンを務め、2007年9月の北京オリンピックアフリカ予選のU-23マリ代表戦(3-1)ではペナルティキックを決めて勝利に貢献した。同年11月、アンゴラ代表カタール代表との親善試合のために初めてコートジボワールA代表に招集され、アンゴラ代表戦でA代表デビューした。

2008年にはガーナで開催されたアフリカネイションズカップ2008に背番号97で出場し、2試合に途中出場した。同年にはU-23コートジボワール代表として北京オリンピック本大会にも出場し、グループリーグ2戦目のU-23セルビア代表戦(3-2)で1得点2アシストの活躍を見せた[5]

2009年11月14日2010 FIFAワールドカップ・アフリカ予選ギニア代表戦でA代表初得点を含む2得点を決めた。2010年1月にはアフリカネイションズカップ2010に出場し、グループリーグのガーナ代表戦で得点した。同年6月には2010 FIFAワールドカップに出場するメンバーに選ばれ、ポルトガルとのグループリーグ初戦に82分間出場した。

2014 FIFAワールドカップでは、コートジボワール代表に招集され、グループステージの日本代表戦で逆転ゴールを挙げるなどの活躍をしたが、グループステージ敗退に終わった。

プレースタイル[編集]

左右両サイドのウィングでプレーし、時にはセンターフォワードも務める。スピード溢れるドリブルが持ち味で、同じセリエAでプレーする長友佑都は、「普通に走るのとドリブルスピードが変わらない」とコメントする[6]。なんといっても、止まった状態から加速できるところが魅力で、どんな状況でも仕掛けることができる。イタリア紙「ガゼッタ・デロ・スポルト」によると、2014年ブラジルW杯にて最大時速32.3kmを記録。昨年、サンシーロでは最大時速35kmというスピードを叩きだしたという[7]。現在、人類最速の男である陸上競技選手ウサイン・ボルトは100mを平均すると時速35.578km。レース中の最高スピードは時速44kmにも及ぶ。しかし、ジェルビーニョ本人は「僕が思うに、ボールなしで競争したら、ウサイン・ボルトが勝つだろう。でも、僕らの前にボールがあれば、僕が勝つよ」と自信のコメントを発している[8]課題は決定力で、アーセナル時代よりは改善がみられるが、ドリブルで切り崩していくものの、フィニッシュに精細を欠く場面が多々見られる。[要出典]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

クラブでの出場記録[編集]

2011年6月15日時点
クラブ シーズン 国内リーグ 国内カップ[nb 1] 欧州カップ[nb 2] 通算
出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト
ル・マンUC 2007–08 26 2 5 4 4 0 0 0 0 30 6 5
2008–09 33 7 3 4 1 0 0 0 0 37 8 3
通算 59 9 8 8 5 0 0 0 0 67 14 8
LOSCリール・メトロポール 2009–10 32 13 4 0 0 0 0 0 0 32 13 4
2010–11 35 15 10 8 3 0 0 0 0 43 18 10
通算 67 28 14 8 3 0 0 0 0 75 31 14
通算 126 37 22 16 8 0 0 0 0 142 45 12

代表[編集]


コートジボワール代表 国際Aマッチ
出場 得点
2007 1 0
2008 2 0
2009 5 2
2010 12 2
2011 7 3
2012 11 2
2013 10 4
2014 11 5
2015 12 2
2016 5 2
通算 76 22

代表でのゴール[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

個人[編集]

脚注[編集]

注釈
出典

外部リンク[編集]