オリンピック・マルセイユ

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オリンピック・マルセイユ
原語表記 Olympique de Marseille
愛称 Les Phocéens, L'OM, Les Olympiens, OM, Marseille
クラブカラー 水色
創設年 1899年
所属リーグ Ligue de Football Professionnel (LFP)
所属ディビジョン リーグ・アン
ホームタウン マルセイユ
ホームスタジアム Stade Vélodrome (20150405).jpgスタッド・ヴェロドローム
収容人数 67,394
代表者 フランスの旗 ジャック=アンリ・エイローフランス語版
監督 ポルトガルの旗 アンドレ・ビラス・ボアス
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

オランピク・ドゥ・マルセイユ: Olympique de Marseilleフランス語発音: [ɔlɛ̃pik də maʁsɛj]現地発音: [ɔlɛ̃pikə də mɑχsɛjə])は、フランスマルセイユに本拠地を置くサッカークラブチーム。英語読みのオリンピック・マルセイユl'OMIPA: [lo.ɛm], 現地発音: [lo.ɛmə])、単にマルセイユとも呼ばれる。

1899年に設立。リーグ・アンにおいてサンテティエンヌの10回に次ぐ9回の優勝経験を有する。ル・クラスィク(またはフランスダービー)と呼ばれるパリ・サンジェルマンとの一戦は大変な盛り上がりをみせ、フランス中の注目を集める。またオリンピック・リヨンとの対戦はショック・ドゥ・オランピック(オリンピック・ダービー)と呼ばれる。

概要[編集]

フランスプロフットボールリーグ (LFP) のトップディヴィジョン・リーグ・アンに所属している。愛称はロエム (L'OM)、クラブのスローガンは "Droit Au Butゴールへ一直線)" であり、エンブレムやユニフォームにその文字が窺える。

過去に、エリック・カントナディディエ・デシャンディディエ・ドログバフェルナンド・モリエンテスフランク・リベリーサミル・ナスリらが在籍してきた。フランスのクラブとしてはパリ・サンジェルマンFCと共に欧州でも最も人気のあるサッカークラブの一つである(2006年の調査)[1]

2013年2月、『デロイト』が公表したデロイト・フットボール・マネー・リーグによると、2011-12シーズンのクラブ収入は1億4350万ユーロ(約161億円)であり、欧州第16位である。当時はフランスで最も収入の高いクラブであったが、2010年代は慢性的な財政難を抱えるようになり、2020年のランキングでは宿敵パリ・サンジェルマンFCオリンピック・リヨンに抜かれトップ20圏外となっている[2][3]

歴史[編集]

ルネ・デュフォール・ドゥ・モンミライユ

オランピク・ドゥ・マルセイユはフランスのスポーツ指導者ルネ・デュフォール・ドゥ・モンミライユフランス語版によって総合スポーツクラブとして1892年に設立された。設立後の5年間はSporting Club, US Phocéenne and Football Club de Marseilleと呼ばれた。1899年に、ポカイアからのギリシャ人が25世紀前にマッサリア(現在のマルセイユ)に入植したことに敬意を表して、古代オリンピックから単語Olympiqueを取ってクラブ名を「Olympique de Marseille」とした。

当初は、ラグビーユニオンがクラブの最も重要なチームスポーツであり、 「Droit Au But」(ゴールへ一直線)という標語はラグビーから来ている。1898年からフランススポーツ競技連合英語版(USFSA)に加盟し、イングランド人とドイツ人のおかげで1902年にようやくフットボールがプレーされるようになった。1904年、オランピク・ドゥ・マルセイユはマルセイユと近郊のチームが参加する初のChampionnat du Littoralで優勝し、第11回のフランス全国選手権で最終ラウンドに参加した。当時、「football」という単語はラグビーを意味しており、人々はサッカーを「Association」と呼んでいた。

1911年のチーム

1920年代、オランピク・ドゥ・マルセイユはフランスで重要なチームとなり、1924年、1926年、1927年にクープ・ドゥ・フランスで優勝した。1929年にはClub Françaisを破り、フランス全国選手権で優勝した。

黄金期[編集]

UEFAチャンピオンズリーグ 1992-93決勝のスターティングメンバー

1986年に会長に就任したベルナール・タピの豊富な財力により欧州王座を目標に、1980年代後半から1990年代初頭にかけてアラン・ジレスカールハインツ・フェルスタージャン=ピエール・パパンクリス・ワドルエンツォ・フランチェスコリらを獲得、またディエゴ・マラドーナをも獲得すべく触手したが、獲得は出来なかった[4]。リーグ4連覇、更に1990-91シーズンにUEFAチャンピオンズリーグで決勝まで進出し[5]、1991-92シーズンを最後にパパン、ワドルらが退団したが、ルディ・フェラーらを獲得した1992-93シーズン、UEFAチャンピオンズリーグ決勝でACミランバジール・ボリのゴールで1-0と破り[6]、同大会ではフランスのクラブとしては初の優勝を飾った。

しかし、リーグでの八百長発覚により1992-93シーズンのリーグ・アン優勝を剥奪され、同年のチャンピオンズリーグ優勝についても、タイトル自体は剥奪されなかったものの、チャンピオンとして活動する権利を奪われ、トヨタカップへの出場権が剥奪され[7]、同時に当時の会長の脱税などスキャンダルが相次ぎ、アレン・ボクシッチマルセル・デサイーフランク・ソゼーパウロ・フットレらがシーズン途中に移籍、シーズン終了後チームは八百長のペナルティーにより2部降格となった。1994-95シーズン、ディディエ・デシャンファビアン・バルテズら一部の主力選手は残留して優勝するも、ペナルティは続いたため昇格が認められず、1995-96シーズンに2位という結果で1部復帰を果たした。

ドレフュス会長時代[編集]

1996年、フランス人実業家ロベール・ルイ・ドレフュス英語版が会長に就任すると、移籍市場ではローラン・ブランウィリアム・ギャラスファブリッツィオ・ラバネッリら実力者を次々に獲得してチームの立て直しと戦力強化を図る。

1998-99シーズン、自国開催のワールドカップ優勝メンバーだったクリストフ・デュガリーロベール・ピレスがチームに加入。リーグでは2位、UEFAカップでは決勝へ進出するも、ブランのバックパスミスからの失点などでパルマ相手に敗れて準優勝。

1999-00シーズン、ブランをインテルへ放出したことで、チームのバランスが崩れてリーグでは低迷する。UEFAチャンピオンズリーグでは2次グループリーグラウンドまで進出するもラツィオチェルシーFCフェイエノールトと同組となり最下位での敗退。主力選手を次々に放出したことで戦力低下し、以降リーグ優勝から遠ざかった。

2001年には元会長のタピがスポーツディレクターとして復帰。アフリカの有望選手や若手など積極的に補強するも低迷は続いた。リーグ・アンにおける2000年代はリヨンが2001-02シーズン以降2007-08シーズンまで7連覇を記録したが、その間もリーグ・アンの平均観客動員数1位の座はマルセイユが守り続けていた。近年は安定して5万人を超える平均観客動員数を誇っており(2003-04から2007-08シーズン間の過去5シーズンで4シーズン達成)、フランス国内における人気の程が覗える。

過渡期[編集]

2004-05シーズンには元日本代表監督フィリップ・トルシエが指揮を執り、その縁もあって中田浩二も在籍した。

欧州カップ戦においては、2003-04、2007-08シーズンにチャンピオンズリーグに出場をしているが、いずれもグループリーグラウンドで敗退を喫している。もっとも2003-04シーズンでは、出場したチャンピオンズリーグのグループリーグで3位に入り、決勝トーナメントより出場の権利を得たUEFAカップにて準優勝(決勝でバレンシアに0-2で敗れる)しており、2000年代の欧州カップ戦において目覚しい活躍がないわけではない。

2006-07シーズンはリヨンに次ぐ2位に入り、4シーズンぶりのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得したものの、首位リヨンとの勝ち点差は17であった。MFフランク・リベリーバイエルン・ミュンヘンに約49億円[8]の移籍金で移籍させ、MFカリム・ジアニ、MFボウデヴィン・ゼンデン、MFブノワ・シェイル、DFガエル・ジヴェなどを獲得した。しかし、開幕から不振が続き、2007年9月にアルベール・エモン監督が解任された。一時期は19位まで低迷したチームを後任のエリック・ゲレツ監督が立て直し、GKセドリック・カラッソからポジションを奪ったGKスティーヴ・マンダンダなどが台頭し、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。

2008年夏にはMFサミル・ナスリアーセナルに放出したが、ライバルのリヨンからMFハテム・ベン・アルファを獲得した。DFイウトン、FWバカリ・コネなどの新戦力がレギュラーに定着し、2009年1月にシャフタール・ドネツクから獲得したFWブランドンが後半戦だけで7得点するなど、新加入選手が軒並み期待通りの働きを見せた。31節から35節まで首位を守り、ボルドー、リヨンと最終節まで優勝を争ったが、勝ち点3差で優勝を逃した。しかし、敗戦数は2007-08シーズンの10から5に減らした。

久方ぶりの歓喜[編集]

2009年7月4日、約13年間に渡ってクラブの筆頭株主であったロベール・ルイ・ドレフュスが白血病により死去した[9]。遺言により夫人のマルガリータ・ルイ・ドレフュス英語版がクラブ株式を相続し筆頭株主となった。2009年夏、クラブのアイドルであるディディエ・デシャンを監督に招聘し、MFルイス・ゴンサレス、DFガブリエル・エインセ、DFスレイマン・ディアワラ、FWフェルナンド・モリエンテスなど大型補強を施した。UEFAチャンピオンズリーグからの敗退が決まってからは尻上がりに調子を上げ、リーグカップ優勝で18シーズンぶりのタイトルを獲得するとリーグ優勝も果たした[10]

2010年夏、セサル・アスピリクエタを補強していたマルセイユは移籍期限直前にトゥールーズFCからFWアンドレ=ピエール・ジニャックOGCニースからFWロイク・レミーの2人を約3000万ユーロの資金を使って補強した[11][12]。この年は1992-93年度以来18年ぶりにチャンピオンズリーグで決勝トーナメントに進出。リーグ戦は2連覇こそ逃したものの、5年連続でチャンピオンズリーグ出場権を獲得、リーグカップ2連覇も果たした。

低迷期[編集]

2011年夏、ガブリエル・エインセエドゥアール・シセ、そしてチーム最古参選手だったタイエ・タイウォが退団。ボルドーからMFアルー・ディアラFCロリアンからDFジェレミー・モレル、MFモルガン・アマルフィターノASモナコからDFニコラ・ヌクルが入団した。しかしこのシーズンも序盤では不振で、第7節のETG戦がリーグ戦初勝利であった。シーズン中盤にはリーグ戦13試合不敗という記録を残したが、後半戦になって成績が低迷し、サポーターのストライキもしばしばあった。[13]リーグでは10位という結果に終わったが、チャンピオンズリーグではインテル・ミラノを破ってベスト8に進出した。また、リーグカップ3連覇も果たした。

2012年夏、監督のディディエ・デシャンフランス代表監督に就任し、代わりにエリ・ボーを招聘。しかしCL出場権も逃し、財政難に見舞われていた[14]マルセイユは、緊縮財政でセサル・アスピリクエタチェルシーへ、アルー・ディアラウェストハム・ユナイテッドFCへ、ステファーヌ・エムビアクイーンズ・パーク・レンジャーズFC(QPR)へ放出。QPRから元イングランド代表MFジョーイ・バートンをレンタルで獲得した。

2014年5月2日、マルセロ・ビエルサ2014-2015シーズンからの監督就任が合意したことを発表した。戦術マニアと評されるビエルサに率いられたチームは得点ランキング2位となる21ゴールを挙げたFWアンドレ=ピエール・ジニャックや、ディミトリ・ペイェらが活躍し、シーズンを4位で終える。

2015-2016シーズン、ディミトリ・ペイェウェストハム・ユナイテッドFCマリオ・レミナユベントスに、ジャネリ・インビュラFCポルトアンドレ・アイェウスウォンジ・シティフロリアン・トヴァンニューカッスル・ユナイテッドに放出し、一方ニューカッスルからレミ・カベッラを獲得したのを始め、ロランド・フォンセカカリム・レキクなどを獲得した。しかし2015年8月の第1節SMカーン戦の敗戦後にビエルサが電撃辞任する波乱の幕開けとなる。クラブは急遽、前オリンピアコスFC監督のミチェルを新監督に招聘し、2016年冬の移籍市場でトヴァンをレンタルで復帰させるも、前シーズンの立役者であったジニャックの退団などの影響もあり低迷。2016年4月の第34節時点で15位という極度の成績不振により、フランス・カップ準決勝の前夜にミチェルを解任、後任にはアシスタントコーチを務めていたフランク・パッシを昇格させた。フランス・カップは9年ぶりに決勝戦に進出したがパリ・サンジェルマンに4-2で敗れた。リーグでは13位となり、これはクラブにとって15年間で最悪の結果となった。シーズン終盤にはサポーターによる抗議行動なども起こった中、2016年4月にマルガリータ・ルイ・ドレフュスがクラブの身売りの意向を表明、7月にはヴァンサン・ラブルン会長も辞任した。

新たなオーナーと再生[編集]

2016-2017シーズンをフランク・パッシ暫定監督のもとでスタートさせ、夏の移籍市場では多くの主要選手を売却しクラブ売却のため財政的な清算を進めた。長年チームを支えていたGKスティーヴ・マンダンダクリスタル・パレスへ、前シーズンに台頭したFWミシー・バチュアイをクラブ最高額となる4000万ユーロでチェルシーへ売却した。補強面ではハノーファー96からDF酒井宏樹スウォンジ・シティからバフェティンビ・ゴミスらを獲得した。

2016年8月、かつてMLBロサンゼルス・ドジャースのオーナーを務めたアメリカ人実業家フランク・マッコート英語版によるクラブ買収の合意が発表された。同年10月に正式に調印され、マッコートにクラブ株式の95%が4,500万ユーロで譲渡され、ドレフュス家は引き続き5%を保有することとなった。フランス人実業家でユーロディズニーやインターネット事業の経営に携わっていたジャック=アンリ・エイロー英語版が新会長に就任。またシーズン第9節時点で12位と低迷していたフランク・パッシを解任し、新監督に元ASローマ監督のリュディ・ガルシアを起用、アンドニ・スビサレッタをスポーツディレクターに任命した。冬の移籍市場ではユベントスからDFパトリス・エヴラを獲得。ストライカーのバフェティンビ・ゴミスが21ゴール、フロリアン・トヴァンが15ゴールを挙げ、リーグ順位は5位となりUEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得した。

2017-2018シーズンは、セビージャからDFアディル・ラミヴォルフスブルクからMFルイス・グスタヴォモナコ所属のFWヴァレール・ジェルマンを獲得。またGKスティーヴ・マンダンダが1年ぶりに復帰した。また冬の移籍市場でディミトリ・ペイェが1年半ぶりに復帰した。リーグ・アンは22勝で最終順位は4位。またヨーロッパリーグでは準決勝でレッドブル・ザルツブルクを3-2で破り、2004年のバレンシア戦以来14年ぶりの欧州カップ戦の決勝進出を果たしたが、ファイナルではアトレティコ・マドリードに0-3で敗れた。

2018年夏、チームの主力であったMFザンボ・アンギサフラムFCに売却し、後釜としてガルシア監督下のASローマでプレーしていたオランダ代表MFケヴィン・ストロートマンをクラブ史上2番目の移籍金で獲得した。しかしヨーロッパリーグはグループステージで敗退、2018-2019シーズンのリーグ・アンは18勝7分13敗の5位に終わり、リュディ・ガルシアは監督を辞任した。

2019年5月、新監督にアンドレ・ビラス・ボアスが就任した[15]。9000万ユーロを超える赤字を抱えるマルセイユは、ロランド・フォンセカバロテッリアイメン・アブデヌールアディル・ラミトマーシュ・フボチャンルイス・グスタヴォらを放出または契約延長せず、2019-2020シーズンを迎えたが、世界的なコロナウイルスの大流行のために10試合を残した3月8日の第28節でシーズン終了となり、16勝を挙げたマルセイユは一試合平均勝点による順位決定方式で2位となった。この結果、2013-2014シーズン以来のUEFAチャンピオンズリーグ出場権を得た[16]

2020年6月19日、UEFAクラブ財務管理機関は、1年前に署名された合意に従わなかったことを理由に、マルセイユに300万ユーロの罰金と、2020-2021〜2021-2022シーズンのUEFAヨーロッパ大会への参加にともなう収入の15%の徴収を課し、2022/2023シーズンまでクラブの登録選手人数に制限を加えると発表した[17]

2020-2021シーズン、アンドニ・スビサレッタがスポーツディレクターを退任し、バレンシアCFの近年の躍進を支えたスポーツディレクターであったパブロ・ロンゴリアが後任となった[18]。夏の移籍市場では、若手のDFレオナルド・バレルディボルシア・ドルトムントからローン移籍)やMFパプ・グエイェ[19]、フリー移籍でベテランDF長友佑都を獲得した。

ユニフォーム[編集]

オリンピック・マルセイユのホームユニフォームを基調とし、襟や手首部分にチームカラーの水色のストライプが入る。アウェイユニフォームはチームカラーの水色を基調としている。

ホームカラー
1932-1935
1971-1972
1987-1989
1989-1991
1991-1994
1994-1996
1996-1997
1997-1998
1998-1999
1999-2000
2000-2001
2001-2002
2002-2003
2003-2004
2004-2005
2005-2006
2006-2007
2007-2008
2008-2009
2009-2010
2010-2011
2011-2012
2012-2013
2013-2014
2014-2015
2015-2016
2016-2017
2017-2018
2018–2019

ライバル[編集]

ル・クラスィク(ザ・クラシックの意[20]、フランス・ダービーやル・クラシコとも呼ばれる)[21][22]は、パリ・サンジェルマンとオリンピック・マルセイユの間で行われるダービーマッチの名称で、フランスにおけるナショナル・ダービーである。対戦の名称は、レアル・マドリードFCバルセロナ(ともにスペイン)が対戦するエル・クラシコに由来している。 PSGとマルセイユのライバル意識が1980年代後半から1990年代初頭にかけて激しさを増すと、有料テレビ局でPSGの元オーナー・Canal+とマルセイユのベルナール・タピ会長が両者の対立を煽り、フランス中のサッカーファンにとって興味深い試合に仕立て上げた[23]。 両クラブはスタッド・ヴェロドローム(マルセイユ)とパルク・デ・プランス(PSG)という世界クラスのスタジアムを持ち、白熱した雰囲気や熱烈なサポーターを持つことで名高い。両クラブのサポーターは憎しみ合っており、両クラブサポーターの衝突を防ぐために万全の警備体制が敷かれるが、それでも両者が出会うと暴力事件に事欠かない[24]

マルセイユの国章

それぞれの本拠地であるパリマルセイユは、フランスで最も大きな2都市である。両クラブのタイトル数を合わせると、リーグ・アンで11回優勝、クープ・ドゥ・フランスで18回優勝、クープ・ドゥ・ラ・リーグで6回優勝、トロフェ・デ・シャンピオンで5回優勝している。ヨーロッパの主要大会で優勝経験があるのは、PSG(1995-96シーズンのUEFAカップウィナーズカップ)とマルセイユ(1992-93シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ)のみである。両者がリーグ・アンの覇権を握っており、真に全国的なクラブであり忠実で情熱的なファンクラブを持つ。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

国際タイトル[編集]

過去の成績[編集]

シーズン ディビジョン クープ・ドゥ・フランス クープ・ドゥ・ラ・リーグ 欧州カップ
リーグ 順位
1968-69 ディヴィジョン・アン 34 12 9 13 51 48 33 7位 優勝
1969-70 ディヴィジョン・アン 34 18 9 7 75 41 45 2位 ベスト64 UEFAカップウィナーズカップ ベスト8
1970-71 ディヴィジョン・アン 38 23 9 6 94 48 55 1位 準決勝敗退
1971-72 ディヴィジョン・アン 38 24 8 6 78 37 56 1位 優勝 UEFAチャンピオンズカップ 2回戦敗退
1972-73 ディヴィジョン・アン 38 19 10 9 64 37 48 3位 準々決勝敗退 UEFAチャンピオンズカップ 1回戦敗退
1973-74 ディヴィジョン・アン 38 13 9 16 58 62 35 12位 ベスト64 UEFAカップ 2回戦敗退
1974-75 ディヴィジョン・アン 38 18 9 11 65 45 45 2位 準々決勝敗退
1975-76 ディヴィジョン・アン 38 20 1 17 60 60 41 9位 優勝 UEFAカップ 1回戦敗退
1976-77 ディヴィジョン・アン 38 14 8 16 48 63 36 12位 ベスト64 UEFAカップウィナーズカップ 1回戦敗退
1977-78 ディヴィジョン・アン 38 20 7 11 70 41 47 4位 準々決勝敗退
1978-79 ディヴィジョン・アン 38 12 13 13 50 55 37 12位 準々決勝敗退
1979-80 ディヴィジョン・アン 38 9 6 23 45 78 24 19位 ベスト64
1980-81 ディヴィジョン・ドゥA 34 16 7 11 40 33 39 6位 6回戦敗退
1981-82 ディヴィジョン・ドゥA 34 14 15 5 48 33 43 3位 ベスト16
1982-83 ディヴィジョン・ドゥB 34 16 9 9 38 24 41 4位 ベスト32
1983-84 ディヴィジョン・ドゥA 36 22 12 2 92 32 34 1位 ベスト64
1984-85 ディヴィジョン・アン 38 13 5 20 51 67 31 17位 ベスト32
1985-86 ディヴィジョン・アン 38 11 12 15 43 39 34 12位 準優勝
1986-87 ディヴィジョン・アン 38 18 13 7 52 33 49 2位 準優勝
1987-88 ディヴィジョン・アン 38 18 5 15 49 43 41 6位 ベスト64 UEFAカップウィナーズカップ ベスト4
1988-89 ディヴィジョン・アン 38 20 13 5 56 35 73 1位 優勝
1989-90 ディヴィジョン・アン 38 22 9 7 75 34 53 1位 準決勝敗退 UEFAチャンピオンズカップ ベスト4
1990-91 ディヴィジョン・アン 38 22 11 5 67 28 55 1位 準優勝 UEFAチャンピオンズカップ 準優勝
1991-92 ディヴィジョン・アン 38 23 12 3 67 21 58 1位 準決勝敗退 UEFAチャンピオンズカップ 2回戦敗退
1992-93 ディヴィジョン・アン 38 22 9 7 71 36 53 1位 準々決勝敗退 UEFAチャンピオンズリーグ 優勝
1993-94 ディヴィジョン・アン 38 19 13 6 56 33 51 2位 準々決勝敗退
1994-95 ディヴィジョン・ドゥ 42 25 9 8 72 34 84 1位 準決勝敗退 1回戦敗退 UEFAカップ 2回戦敗退
1995-96 ディヴィジョン・ドゥ 42 23 11 8 69 35 80 2位 準決勝敗退 準々決勝敗退
1996-97 ディヴィジョン・アン 38 12 13 13 43 48 49 11位 ベスト64 ベスト16
1997-98 ディヴィジョン・アン 34 16 9 9 47 27 57 4位 ベスト16 準々決勝敗退
1998-99 ディヴィジョン・アン 34 21 8 5 56 28 71 2位 ベスト32 ベスト32 UEFAカップ 準優勝
1999-00 ディヴィジョン・アン 34 9 15 10 45 45 42 15位 ベスト32 ベスト32 UEFAチャンピオンズリーグ 2次GL敗退
2000-01 ディヴィジョン・アン 34 11 7 16 31 40 40 15位 ベスト32 ベスト32
2001-02 ディヴィジョン・アン 34 11 11 12 34 39 44 9位 ベスト16 ベスト16
2002-03 リーグ・アン 38 19 8 11 41 36 65 3位 ベスト32 準決勝敗退
2003-04 リーグ・アン 38 17 6 15 51 45 57 7位 ベスト32 ベスト16 UEFAチャンピオンズリーグ GS敗退
UEFAカップ 準優勝
2004-05 リーグ・アン 38 15 10 13 47 42 55 5位 ベスト64 ベスト32
2005-06 リーグ・アン 38 16 12 10 44 35 60 5位 準優勝 ベスト32 UEFAインタートトカップ 優勝
UEFAカップ ベスト16
2006-07 リーグ・アン 38 19 7 12 53 38 64 2位 準優勝 ベスト16 UEFAインタートトカップ 優勝
UEFAカップ 1回戦敗退
2007-08 リーグ・アン 38 17 11 10 58 45 62 3位 ベスト16 準々決勝敗退 UEFAチャンピオンズリーグ GS敗退
UEFAカップ ベスト16
2008-09 リーグ・アン 38 22 11 5 67 35 77 2位 ベスト32 ベスト32 UEFAチャンピオンズリーグ GS敗退
UEFAカップ ベスト8
2009-10 リーグ・アン 38 23 9 6 69 36 78 1位 ベスト32 優勝 UEFAチャンピオンズリーグ GS敗退
UEFAヨーロッパリーグ ベスト16
2010-11 リーグ・アン 38 18 14 6 62 39 68 2位 ベスト64 優勝 UEFAチャンピオンズリーグ ベスト16
2011-12 リーグ・アン 38 12 12 14 45 41 48 10位 準々決勝敗退 優勝 UEFAチャンピオンズリーグ ベスト8
2012-13 リーグ・アン 38 21 8 9 42 36 71 2位 ベスト16 ベスト16 UEFAヨーロッパリーグ GS敗退
2013-14 リーグ・アン 38 16 12 10 53 40 60 6位 ベスト32 準々決勝敗退 UEFAチャンピオンズリーグ GS敗退
2014-15 リーグ・アン 38 21 6 11 76 42 69 4位 ベスト64 3回戦敗退
2015-16 リーグ・アン 38 10 12 10 48 42 48 13位 準優勝 準々決勝敗退 UEFAヨーロッパリーグ ベスト32
2016-17 リーグ・アン 38 17 11 10 57 41 62 5位 ベスト16 ベスト16
2017-18 リーグ・アン 38 22 11 5 80 47 77 4位 準々決勝敗退 ベスト16 UEFAヨーロッパリーグ 準優勝
2018-19 リーグ・アン 38 18 7 13 60 52 61 5位 ベスト64 ベスト16 UEFAヨーロッパリーグ GS敗退
2019-20 リーグ・アン 28 16 8 4 41 29 56 2位 準々決勝敗退 ベスト32
2020-21 リーグ・アン 38 UEFAチャンピオンズリーグ グループ

現所属メンバー[編集]

2019-20シーズンフォーメーション

Soccer Field Transparant.svg

2020年10月6日現在[25]
No. Pos. 選手名
1 カメルーンの旗 GK シモン・エンガパンドゥエトンブ
2 日本の旗 DF 酒井宏樹
3 スペインの旗 DF アルバロ・ゴンサレス
4 フランスの旗 DF ブバカル・カマラ
5 アルゼンチンの旗 DF レオナルド・バレルディ
6 オランダの旗 MF ケヴィン・ストロートマン
7 セルビアの旗 MF ネマニャ・ラドニッチ
8 フランスの旗 MF モルガン・サンソン
9 アルゼンチンの旗 FW ダリオ・ベネデット
10 フランスの旗 MF ディミトリ・ペイェ (Captain sports.svg)
11 ブラジルの旗 FW ルイス・エンヒキ
15 クロアチアの旗 DF ドゥイェ・チャレタ=ツァル
16 フランスの旗 GK ヨアン・プレ
17 フランスの旗 MF ミケール・キュイザンス
18 フランスの旗 DF ジョルダン・アマヴィ
20 フランスの旗 DF クリストフェル・ロッキア
21 フランスの旗 MF ヴァランタン・ロンジエ
No. Pos. 選手名
22 フランスの旗 MF パプ・グエイェ
23 フランスの旗 MF マルレ・アケ
24 チュニジアの旗 MF サイフ=エディン・ハウイ
25 日本の旗 DF 長友佑都
26 フランスの旗 MF フロリアン・トヴァン
28 フランスの旗 FW ヴァレール・ジェルマン
29 フランスの旗 FW フロリアン・シャブロル
30 フランスの旗 GK スティーヴ・マンダンダ
32 フランスの旗 DF ルカ・ペラン
34 フランスの旗 MF アレクサンドル・フリポノー
37 フランスの旗 DF アーロン・カマルダン
38 フランスの旗 MF ウゴ・ベルテッリ
39 フランスの旗 MF ジョレス・ラウ
41 フランスの旗 MF シェク・スアレ
42 フランスの旗 DF リシュカル・リシャル
43 フランスの旗 MF ナッシム・アーメド
監督

レンタル移籍[編集]

in
No. Pos. 選手名
5 アルゼンチンの旗 DF レオナルド・バレルディ (ボルシア・ドルトムント)
No. Pos. 選手名
17 フランスの旗 MF ミケール・キュイザンス (FCバイエルン・ミュンヘン)
out
No. Pos. 選手名
11 ギリシャの旗 FW コンスタンティノス・ミトログル (PSVアイントホーフェン)
27 フランスの旗 MF マキシム・ロペス (USサッスオーロ・カルチョ)
No. Pos. 選手名
31 コモロの旗 DF アブダラー・アリ・モハメド (SVズルテ・ワレヘム)
40 フランスの旗 GK アーマドゥ・ディア (FCドルトレヒト)

歴代監督[編集]

  • イングランドの旗 ピーター・ファーマー 1923-1924
  • スコットランドの旗 ビクター・ギブソン 1925-1929
  • イングランドの旗 チャーリー・ベル 1932-1933
  • オーストリアの旗 ヴィンツェンツ・ディートリッヒ 1933-1935
  • ハンガリーの旗 エイセンホッフェル・ヨージェフ 1935-1938, 1939-1941
  • ハンガリーの旗 コフト・ヴィルモシュ 1938
  • フランスの旗 アンドレ・ガスカール 1938-1939, 1941-1942
  • フランスの旗 ポール・セツ 1942
  • フランスの旗 アンドレ・ブラン 1942-1943
  • フランスの旗 ローラン・アンリ 1943-1944
  • フランスの旗 ジョゼフ・ゴンサレス 1943, 1944
  • フランスの旗 ポール・ワルテル 1944-1947
  • イタリアの旗 ジュゼッペ・ジリッツィ 1947-1949, 1958
  • フランスの旗 オーギュスト・ジョルダン 1949-1950
  • フランスの旗 アンリ・ルスラー 1950-1954
  • フランスの旗 ロジェール・ロリオン 1954-1956
  • フランスの旗 ジャン・ロビン 1956-1958, 1963-1964
  • スイスの旗 ルイス・マウレール 1958-1959
  • フランスの旗 リュシアン・トルペル 1959-1962
  • ブラジルの旗 オットー・グロリア 1962
  • フランスの旗 アルマン・ペンヴェルヌ 1962
  • スペインの旗 ルイス・ミロ 1962
  • フランスの旗 ロベール・ドメルグ 1966-1968
  • フランスの旗 ジャン・ジョルカエフ 1968
  • フランスの旗 リュシアン・ルデュク 1970-1972
  • ドイツの旗 クルト・リンダー 1972-1973
  • フランスの旗 マリオ・ザテッリ 1964-1966, 1968-1970, 1972, 1973-1974
  • フランスの旗 ジョゼフ・ボネル 1973
  • チリの旗 フェルナンド・リエラ 1973-1974
  • フランスの旗 ホセ・アリバス 1976-1977
  • ユーゴスラビアの旗 イヴァン・マルコヴィッチ 1977-1978
  • フランスの旗 ジュレ・ズヴンカ 1974-1976, 1978-1980


歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]


MF[編集]


FW[編集]


脚注[編集]

  1. ^ Según una investigación, Boca no es la mitad más uno” (スペイン語). minutouno (2008年2月26日). 2013年10月17日閲覧。
  2. ^ [1] 2013年2月に国際監査法人『デロイト』が公表した2010-11シーズンの欧州サッカーのクラブ収入ランキング。
  3. ^ [2]2020年1月に『デロイト』が公表した2018-19シーズンの欧州サッカーのクラブ収入ランキング。
  4. ^ サッカーマガジン 1989年12月号 no.368 p.137 ベースボールマガジン社
  5. ^ “HOW JEAN-PIERRE PAPIN BECAME ONE OF THE GREATEST GOALSCORERS IN FRENCH FOOTBALL HISTORY”. thesefootballtimes.co. https://thesefootballtimes.co/2019/05/09/how-jean-pierre-papin-became-one-of-the-greatest-goalscorers-in-french-football-history/ 2020年5月3日閲覧。 
  6. ^ Les notes de Marseille-Milan 1993, avec un Boli époustouflant”. www.francefootball.fr. 2020年4月26日閲覧。
  7. ^ “サッカー世界遺産「トリデンテの魔法を使ったマルセイユ」【連載第13回】”. soccermagazine. https://soccermagazine.jp/_ct/17361067/p3 2020年4月1日閲覧。 
  8. ^ Goal.com世界の富裕選手リスト2013
  9. ^ マルセイユの筆頭株主ドレフュス氏が死去uefa.com、2009年7月5日
  10. ^ マルセイユ、18年ぶりのリーグ優勝達成uefa.com、2010年5月5日
  11. ^ http://web.gekisaka.jp/264281_61887_foreign
  12. ^ http://web.gekisaka.jp/265213_61618_foreign
  13. ^ http://lci.tf1.fr/sport/les-supporters-de-l-om-font-la-greve-des-encouragements-6779235.html
  14. ^ http://www.afpbb.com/article/sports/soccer/france/2886591/9177526
  15. ^ co.,Ltd, FromOne. “マルセイユがヴィラス・ボアス氏の監督就任を発表「AVBの哲学で理想のOMに」” (日本語). サッカーキング. 2020年9月7日閲覧。
  16. ^ co.,Ltd, FromOne. “リーグ・アンの今季打ち切りが正式発表…首位PSG、3年連続9度目の優勝決定” (日本語). サッカーキング. 2020年9月7日閲覧。
  17. ^ UEFA.com (2020年6月19日). “CFCB Adjudicatory Chamber renders decision in Olympique de Marseille case | Inside UEFA” (英語). UEFA.com. 2020年9月7日閲覧。
  18. ^ Marseille have chosen Pablo Longoria as Head of Football | Get French Football News”. www.getfootballnewsfrance.com. 2020年9月7日閲覧。
  19. ^ Transferts : Pape Gueye à l'OM (officiel) - Foot - Transferts” (フランス語). L'Équipe. 2020年9月7日閲覧。
  20. ^ “Second time lucky as Marseille face PSG in Ligue 1's Le Classique”. 101 Great Goals. (2009年11月19日). http://www.101greatgoals.com/second-time-lucky-as-marseille-face-psg-in-ligue-1s-le-classique/41027/ 2010年4月23日閲覧。 
  21. ^ “Ligue 1 Preview: Paris Saint-Germain – Olympique de Marseille”. Goal.com. (2010年2月26日). http://goal.com/en/news/90/france/2010/02/26/1808160/ligue-1-preview-paris-saint-germain-olympique-de-marseille 2010年2月28日閲覧。 
  22. ^ “Paris s'impose dans la douleur dans le Classico”. ActuPSG. (2012年4月8日). http://www.actupsg.fr/afficher_actu.php?affiche_actu=3549 2012年4月22日閲覧。 
  23. ^ “Rewind to 1993: The shame of Marseille”. ESPNsoccernet. (2011年3月10日). http://soccernet.espn.go.com/columns/story/_/id/894439/rewind-to-1993:-the-shame-of-marseille?cc=3888 2011年10月8日閲覧。 
  24. ^ “OM-PSG D-2: The match that divides a nation”. リーグ・アン公式サイト. (2009年10月23日). http://www.ligue1.com/ligue1/article/om-psg-d-2-the-match-that-divides-a-nation.htm 2009年10月25日閲覧。 
  25. ^ Équipes - OM”. オリンピック・マルセイユ. 2020年11月1日閲覧。

外部リンク[編集]