アンドレ=ピエール・ジニャック

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アンドレ=ピエール・ジニャック Football pictogram.svg
André-Pierre Gignac 2013.jpg
名前
愛称 Dédé[1][2]
ラテン文字 André-Pierre Gignac
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1985-12-05) 1985年12月5日(32歳)
出身地 マルティーグ
身長 186cm
体重 84kg
選手情報
在籍チーム メキシコの旗 ティグレス
ポジション FW
背番号 10
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2007 フランスの旗 ロリアン 51 (11)
2005-2006 フランスの旗 ポー (Loan) 18 (8)
2007-2010 フランスの旗 トゥールーズ 98 (34)
2010-2015 フランスの旗 マルセイユ 155 (59)
2015- メキシコの旗 ティグレス 48 (32)
代表歴2
2009- フランスの旗 フランス 36 (7)
1. 国内リーグ戦に限る。2015年9月13日現在。
2. 2016年10月10日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アンドレ=ピエール・ジニャックAndré-Pierre Gignac1985年12月5日 - )は、フランスブーシュ=デュ=ローヌ県マルティーグ出身のサッカー選手ティグレス所属。ポジションはFWロマにルーツを持つ。

経歴[編集]

クラブ[編集]

FCロリアン[編集]

地元のES Fos-sur-Merでキャリアをスタートさせ、5シーズン在籍した後にFCマルティーグの下部組織に移った。FCマルティーグでは約7年間プレーしたが、他クラブに売られそうになるとこれを拒否し、1000km以上も離れたブルターニュ地域圏FCロリアンの下部組織に移った[3]。2シーズンかけて各カテゴリーを昇格していき、2004-05シーズンにクリスティアン・グルキュフ監督率いるトップチームに到達した。

2004年8月13日LBシャトールー戦 (2-1) の78分に途中出場してトップチームデビューを果たし、出場してすぐに決勝点を決めた[4]。得点シーンは「ロナウドのようだ」と評され、続く試合でも控え選手の一番手として途中出場の機会を与えられた。10月29日スタッド・ランス戦(4-1)ではシーズン2得点目を決め、この得点がシーズン最後の得点となった[5]。スタッド・ランス戦の翌週のル・マンUC戦 (1-2) では初めて先発出場して70分までプレーした[6]

2005-06シーズンのロリアンは調子が良く、最終的には2位でリーグ・アン(1部)昇格を果たすが、ジニャクは2006年冬の移籍市場でフランスアマチュア選手権ポーFCにレンタル移籍したため、歓喜の瞬間には立ち会っていない。ロリアンでは半年間で1試合しか出場できなかったが、ポーFCではレギュラーポジションを得て、リーグ戦20試合に出場して8得点を挙げた。2得点を挙げたスポルティング・トゥーロン戦やハットトリックを達成したSOシャテルロー (SO Châtellerault) 戦で活躍を見せ[7][8]、SOシャテルロー戦の1週間前のSOロモランタン (SO Romorantin) 戦 (1-1) では同点弾を決めている[9]

フォワードとしての自信を付けてFCロリアンに復帰し、2006-07シーズンはレギュラーに定着。シーズン開始当初の3試合は途中出場だったが、ブルターニュ・ダービー (Derby Breton) となった4節のFCナント戦 (3-1) に先発出場すると、27分間でハットトリックを達成してグルキュフ監督に報いた[10]11月4日オリンピック・マルセイユ戦では決勝点を挙げ[11]12月9日CSスダン戦と12月17日AJオセール戦では2試合連続得点を決めた[12][13]。最終的にリーグ戦37試合に出場し、チーム最高の9得点を挙げた。

トゥールーズFC[編集]

2007-08シーズン

2007年6月25日トゥールーズFCと4年契約を結んだ[14]。しかし、ロリアンは移籍金450万ユーロでLOSCリール・メトロポールと合意に達し、選手本人もすでにリールとの仮契約を済ませていたことがすぐに明るみになった[15]。それにも関わらず、トゥールーズはリールが提示した年俸の2倍以上をちらつかせ、ジニャクにリールとの仮契約を破棄させたことが明らかになった[15]。トゥールーズはリールがジニャクと結んだ仮契約の合法性を指摘し、リールはトゥールーズが執った手段の倫理面の問題を指摘するなど、両クラブは言葉による戦争状態に陥った[15]。最終的には、トゥールーズ移籍の正当性が法的に認められた。

UEFAチャンピオンズリーグ予選3回戦のリヴァプールFC戦で公式戦デビューし、65分に途中出場したが0-1で敗れた。2試合合計は0-5となり、大会からの敗退が決まった。10月4日UEFAカップグループリーグのPFC CSKAソフィア戦でヨハン・エルマンデルとの交代で出場すると、ロスタイムに得点してクラウジネイ (Claudinei) に許した先制点を帳消しにし、アウェーゴール差での勝ち抜けに貢献した[16]。しかし同シーズンのリーグ戦ではクラブ同様失望のシーズンとなり、体重の問題で苦しんだこともあって[17]、ジニャクは28試合に出場してわずか2得点に終わった。トゥールーCは降格圏からわずか勝ち点1差の17位でシーズンを終え、低迷の戦犯に挙げるメディアもあった。本来のセンターフォワードではなく右サイドハーフで起用されるなど、エリ・ボー監督の評価が低かったことも不振の原因であった[要出典]

2008-09シーズン
プレシーズンマッチでのジニャク(2008年)

2008年になるとエルマンデルがボルトン・ワンダラーズFCに移籍。それによってセンターフォワードのファーストチョイスとなり、その得点能力を開花させた。ル・アーヴルAC戦 (2-1) では88分に決勝点を挙げ、2008-09シーズン開幕から2試合目にして初得点を挙げた[18]。その後も重要な得点をいくつも決めており、9月28日ヴァランシエンヌFC戦ではロスタイムに決勝点となる先制点を挙げ、FCソショー戦、グルノーブル・フット38戦、ASサンテティエンヌ戦、オリンピック・マルセイユ戦、OGCニース戦では1試合2得点を決めた[19][20][21][22][23][24]アラン・カサノヴァ(Alain Casanova)新監督の信頼を得て前半戦のみで12得点を挙げ、前年度チーム得点王のエルマンデルが記録した11得点を早くも超えた。2009年3月7日FCジロンダン・ボルドー戦ではジニャックの得点などで3-0で快勝したが、ボルドーは次の試合から13戦連続勝利で優勝を決めている。得点ペースは最後まで衰えず、最終的には24得点でリーグ・アン得点王を獲得した。2位のカリム・ベンゼマらに7得点差をつける独走で、その得点のほとんどが右足のシュートによるものだった。2008年9月と2009年3月にはリーグ月間最優秀選手賞を受賞し、シーズン終了後にはリーグのチーム・オブ・ザ・イヤーも受賞した。リーグ最優秀選手賞にもノミネートされたが、結局FCジロンダン・ボルドーのヨアン・グルキュフが受賞した[25][26][27]

2009-10シーズン

2009年夏にはオリンピック・リヨンから1500万ユーロのオファーを受けたが、クラブはこれを拒絶。しかし、ビッグクラブへの移籍を望んでいたジニャックは抗議のために練習をボイコットした[28]。このほかにもプレミアリーグアーセナルマンチェスター・ユナイテッドFCセリエAユヴェントスACミランに興味を示された[29][30][31][32]。この年から背番号を10に変更し、8月14日にはクラブとの契約を1年間延長して2013年までとした[33][34]

8月15日ASサンテティエンヌ戦 (3-1) でシーズン初得点を決め[35]、5日後のUEFAヨーロッパリーグ予備予選トラブゾンスポル戦ファーストレグでは2得点して勝ちぬけに貢献した[36]。同大会ではグループリーグのクラブ・ブルッヘ戦 (2-2) でも得点した[37]。リーグ戦では7節まで無得点が続いたが、10月24日RCランス戦 (2-0) でチームの2点目を決め[38]11月8日スタッド・レンヌ戦では決勝点を決めた[39]12月10日のソショー戦 (2-0) では2得点を挙げ[40]2010年1月16日ヴァランシエンヌFC戦 (3-1) ではチームの全3得点をアシストした。春になると、負傷により大半の試合を欠場したが、2009-10シーズンもチーム得点王となった。シーズン終了後には、FCバルセロナへ移籍したダビド・ビジャの後釜としてバレンシアCFへの移籍が噂された[41]

オリンピック・マルセイユ[編集]

2010-11シーズン

2010年8月20日、オリンピック・マルセイユのジャン=クロード・ダシエル会長はロイク・レミーの入団発表記者会見に先立ち、ジニャックの獲得が内定したことを明らかにした。日にメディカルチェックを受け5年契約を結んだ[42][43]。移籍金は明らかにされていないが、1600万から1800万ユーロの間だと報じられている[44][45][46]。背番号10を受け取り、8月29日のボルドー戦でデビューした[47]。移籍後初得点はデビューから2ヶ月後のASサンテティエンヌ戦 (1-1) であり[48]、11月3日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ、グループリーグのMSKジリナ戦 (7-0) ではハットトリックを達成した。しかし、前半戦は荒れたピッチコンディションに苦しみ、地元メディアやサポーターに批判され、かつてマルセイユの選手だったジャン=ピエール・パパンには「ジニャクのプレーはとても退屈だ」と評されたが[49][50]、本人は批判をもっともな意見だとし、以下のように切り返した。

2011年には本当のジニャクを見せるよ[51]

ウィンターブレーク後には宣言を実践に移し、リーグ再開初戦となった2011年1月16日のFCジロンダン・ボルドー戦 (2-1) で得点を決めた[52]。1月19日、リーグカップ準決勝のAJオセール戦 (2-0) ではチームの2点目を決め[53]、決勝に進出した。2月5日ACアルル・アヴィニョン戦 (1-0) では決勝点を決め、翌週のソショー戦 (2-1) では2得点を挙げてUEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得圏内復帰を果たした[54][55]。最終的にはリーグ戦で30試合に出場して8得点、UEFAチャンピオンズリーグでは5試合に出場して3得点を挙げたが、エースとして期待されたほどの活躍はできず、シーズン終盤戦は左サイドハーフに追いやられた[要出典]

2011-12シーズン

フラムFCマルティン・ヨル監督によると、移籍期限の2011年8月31日にフラムFCへの移籍で合意間近であったが、マルセイユ側が移籍に合意しなかった。11月24日、チャンピオンズリーグ・オリンピアコスFC戦でスタメンを外されたことを知り、指揮官であるデシャンに激怒。この試合には出場したが後日リザーブチーム行きを宣告された。[56]その後も出場機会には恵まれず、21試合でわずか1得点に終わった。

2012-2013シーズン

2年間あまりに不甲斐ない出来だったジニャックだが、監督がトゥールーズFC時代にも一緒だったエリ・ボーになると、ボー監督は負傷が長引いていたロイク・レミーに代わってジニャックをトップに起用し、レギュラー奪取に成功。すると、開幕から4試合で3ゴールを挙げるなど期待に答え、見放されていたファンからも徐々に信頼を得た。また、9節のパリ・サンジェルマンFCとのル・クラスィクでは相手のズラタン・イブラヒモヴィッチとジニャックの両エースが共に2ゴールを挙げた。

ティグレス[編集]

2015年6月20日、マルセイユを契約満了となるシーズン終了後、メキシコのリーガMXUANLティグレスに加入することが発表された[57]。移籍初年度は39試合で28得点を記録し、MVPと得点王を獲得した[58][59]

代表[編集]

フランスのアンダー代表経験はない[60]。母方の祖母はアルジェリア人であり、アルジェリア代表でプレーする資格も持っていたが、フランス代表を選択。2009年3月20日レイモン・ドメネク監督から2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選リトアニア戦に招集された[17]4月1日に行われたホームでのリトアニア戦 (1-0) で途中出場してデビューし、フランク・リベリーの決勝点をアシストした[61][62][63]8月12日の同予選・フェロー諸島戦 (1-0) ではワントップ気味のポジションで先発出場し、42分に代表初ゴールとなる決勝点を決めた[64]。この試合では再三チャンスを演出し、セルビアとの首位争いにとどまった。10月10日ガンガンで行われたホームでのフェロー諸島戦 (5-0) では立て続けに2得点を決め、5-0で快勝した。ガンガンでの試合の4日後に行われたオーストリア戦 (3-1) では後半にティエリ・アンリとの交代で出場し、駄目押しとなる得点を決めた。

2010年5月11日には2010 FIFAワールドカップのための30人の代表候補に選ばれ、後に23人の出場メンバーに選ばれた。背番号11を受け取り、ウルグアイとのグループリーグ初戦 (0-0) ではシドニー・ゴブとの交代で85分に途中出場した。グループリーグ最終戦の南アフリカ戦には先発出場したが、フランス代表は1-2で敗れて1分け2敗でグループリーグ敗退が決まった。 2016年のユーロフランス大会でも代表に選ばれた[65]

人物[編集]

家族[編集]

南フランス、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏マルティーグ (Martigues) に生まれた。父母ともにフランス人であるが、母親はアルジェリアにルーツを持つ[66]

既婚者であり、2007年6月20日に息子が生まれた。

フランス・フットボール誌のインタビューでロマにルーツを持つことを明らかにしているが、「僕はマヌーシュ[67]とともに育ち、妻がマヌーシュであるため、息子は自動的にマヌーシュとみなされる。僕の家族はキャラバンで生活し、市場で働いている。服が欲しかったら義母が売ってくれる。僕はときどき彼女に会いに行って露店の後ろに立っているよ」と発言している。

グルノーブル・フット38に所属するディフェンダーのジャック・アバルドナド (Jacques Abardonado) 、SMカーンに所属するウイングのヨアン・モロはそれぞれ従兄弟である[68]

プレースタイル[編集]

本来のポジションはセンターフォワードだが、ウイングとしてもプレーできる[69]。2010-11シーズンはオリンピック・マルセイユで左サイドハーフとしてプレーすることもあった。「力強く危険なストライカー」と表現され、空中戦に強みを発揮する[70][71]

1984年にフランスがUEFA欧州選手権で初優勝したときのメンバーであるドミニク・ロシュトーは、ジニャックに対して「彼はほとんどスペースを必要とせず、素早くシュートが打てる」と述べている[72]。フランス代表のチームメイトであるティエリ・アンリは「彼は必要があればボールを持つ度にゴールを狙う、少し古い時代のストライカーを思い起こさせる。練習でも始終ゴールを強く望む、凄い奴だ」と語っている[73]

個人成績[編集]

クラブでの出場記録[編集]

クラブ シーズン 国内リーグ 国内カップ[nb 1] 欧州カップ[nb 2] 通算
出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト
FCロリアン 2004-05 13 2 2 1 0 0 0 0 0 14 2 2
2005-06 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0
2006-07 37 9 5 1 0 0 0 0 0 38 9 5
通算 51 11 7 2 0 0 0 0 0 53 11 7
ポーFC 2005-06 18 8 4 0 0 0 0 0 0 18 8 4
通算 18 8 4 0 0 0 0 0 0 18 8 4
トゥールーズFC
2007-08 28 2 2 2 0 0 7 1 0 37 3 2
2008-09 38 24 5 5 1 0 0 0 0 43 25 5
2009-10 31 8 4 0 0 0 4 3 0 35 11 4
2010-11 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0
通算 98 34 11 7 1 0 11 4 0 116 38 11
オリンピック・マルセイユ
2010-11 30 8 3 2 1 0 5 3 0 37 12 3
2011-12 21 1 0 2 1 0 4 0 0 27 2 0
2012-13 31 13 0 3 2 0 6 3 1 33 16 1
2013-14 35 16 3 4 6 2 5 0 0 44 22 5
通算 117 38 9 11 10 2 20 6 1 148 54 12
通算 284 91 31 20 11 2 31 9 1 335 111 34

代表での年別出場試合数[編集]

2016年10月10日時点[74]


フランス代表国際Aマッチ
出場得点
2009 10 4
2010 6 0
2011 0 0
2012 0 0
2013 1 0
2014 4 1
2015 2 1
2016 13 1
通算 36 7

代表での得点[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

  • オリンピック・マルセイユ
クープ・ドゥ・ラ・リーグ (1) : 2010-2011

個人[編集]

注釈[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Dédé Gignac mise sur son clanpour reprendre son envol” (French). Paroles de Foot (2010年9月4日). 2011年2月10日閲覧。
  2. ^ Anigo: "Dédé c’est une occasion, un but!"” (French). 20 Minutes (2010年11月19日). 2011年2月10日閲覧。
  3. ^ Andre Pierre Gignac un Martegal de plus” (French). La Provence. 2010年6月6日閲覧。
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外部リンク[編集]