コンテンツにスキップ

ヨアン・グルキュフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヨアン・グルキュフ
リヨンでのグルキュフ(2015年)
名前
本名 ヨアン・ミシェル・グルキュフ
Yoann Miguel Gourcuff
愛称 プチ・ジダン[1]、貴公子
ラテン文字 Yoann GOURCUFF
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1986-07-11) 1986年7月11日(40歳)
出身地 ロリアン
身長 186cm
体重 79kg
選手情報
ポジション MF (OMF)
利き足 右足
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2003-2006 フランスの旗 レンヌ 94 (6)
2006-2008 イタリアの旗 ACミラン 36 (2)
2008-2010 フランスの旗 ボルドー 69 (24)
2010-2015 フランスの旗 オリンピック・リヨン 90 (14)
2015-2018 フランスの旗 レンヌ 49 (7)
2018-2019 フランスの旗 ディジョンFCO 8 (0)
通算 318 (47)
代表歴
2002-2003  フランス U-16 1 (0)
2002-2003  フランス U-17 12 (2)
2003  フランス U-18 4 (1)
2004-2005  フランス U-19 17 (7)
2006-2018  フランス U-21 18 (3)
2008-2013 フランスの旗 フランス 31 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年1月15日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

ヨアン・グルキュフ(Yoann Miguel Gourcuff, 1986年7月11日 - )は、フランス・モルビアン県ロリアン出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。元フランス代表。

経歴

[編集]

クラブ

[編集]

元サッカー選手で指導者であった父のクリスティアン・グルキュフがFCロリアンで監督をしていたことから、同チームのユースに所属。その後、父と共にスタッド・レンヌのユースへ移り、2003年に同チームでプロデビューした。2005年に開催されたU-19欧州選手権ではハットトリックを決める活躍などでチームの優勝に貢献、ヨーロッパのビッグクラブから注目を集める存在となった。2005-06シーズンは19歳ながら背番号10を背負うと、国内リーグでは7得点を決め、UEFAカップでもプレーをした。

オフシーズンにはアーセナル、バレンシア、アヤックスなど多くのクラブが獲得合戦を繰り広げたが、2006年5月27日に移籍金450万ユーロ(約6億3000万円)[2]でイタリアのACミランへ移籍した。

2006-07シーズンのチャンピオンズリーググループリーグ第1節AEKアテネFC戦でチャンピオンズリーグ初得点を決めた。しかしながらアンドレア・ピルロやジェンナーロ・ガットゥーゾなどの実力者の前にレギュラーポジションを掴めず、2008年6月4日に出場機会を求めて母国のFCジロンダン・ボルドーへレンタル移籍した。

2008-09シーズンには12得点10アシストでチームの10シーズンぶりのリーグ制覇に貢献し、リーグ・アン最優秀選手に選ばれた。その活躍が評価され、レアル・マドリードなどのクラブが興味を示したが、ボルドーが完全移籍オプションの移籍金1340万ユーロをミランに支払い、完全移籍した[3]。2009年にはフランス年間最優秀選手賞に選出された。

2010年8月23日にオリンピック・リヨンへ2200万ユーロ(約24億1000万円)で移籍した[4]。背番号は29。由来は故郷フィニステール県の県番号にちなんだもの。移籍後は毎年深刻な負傷を繰り返し、あまり出場機会は得られなかった。2014年夏には減俸に同意した上で残留した[5]が、翌年退団した。

2015-16シーズンは古巣であるレンヌへ所属している。加入後はリヨン時代に負った負傷により試合から遠ざかっていたが、20節のロリアン戦で後半30分から途中出場し、実戦復帰している。

2018年7月20日、ディジョンFCOにフリーで加入した[6]。翌年1月24日に契約解除、その後、現役を引退。

引退後は、幼少期からの趣味であったテニスに転向、アマチュアプレイヤーとして地域大会などに参加している[7]。

代表

[編集]

フランス代表としては、UEFA U-19欧州選手権優勝メンバーの一人である。UEFA U-21欧州選手権も経験している。2008年8月20日にスウェーデン戦でA代表デビューすると、この試合で高い評価を受けた。10月11日、ルーマニア戦でフランク・リベリーのパスを受けて豪快なロングシュートを決め、代表初得点を記録した。2010 FIFAワールドカップではリベリーからいじめを受けたと報じられ[8][9]、またプレーでもグループリーグ第3戦の南アフリカ戦で前半26分にレッドカードを受け一発退場するなどいいところがなく、チームも1勝もできぬまま大会を去った。その後も代表の試合に出場してはいるものの、EURO2012[10]、2014 FIFAワールドカップには招集されていない。

人物

[編集]

強靭ではないが、人一倍持久力があり、疲労や故障を起こしにくい[11]と評されていたが、オリンピック・リヨン移籍以降は故障に悩まされている。

端正な顔立ちから女性はもちろんゲイにも人気があり、2010年に行われたフランスのゲイ雑誌『テチュ』のアンケートでは「リーグ・アンで最もセクシーな選手」の1位に断トツで選ばれた[12]。また礼儀正しく[8]、インタビューなどでも真面目な受け答えをすることから年配層にも印象が良く「貴公子」[8]や「理想の花婿」と呼ばれている[12]。

一方、性格は父のクリスティアンが「内向的で人とは違う」と表現したのをはじめ、パオロ・マルディーニが「自己管理ができておらず、チームに馴染もうとしない」[1]、カルロ・アンチェロッティが「才能はあるがとても自己中心的で変な奴」と言ったような批判もある[12]。後に代理人もグルキュフの内向的で思い詰めやすい性格が負傷の多さにも繋がっていたとの見解を示している。

個人成績

[編集]
2019年1月23日現在
2009年8月、トレーニング中のグルキュフ

クラブ

[編集]
クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ 国際大会 その他 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
レンヌ 2003-04900000——90
2004-052101010——230
2005-06366501050—476
通算66660205000796
ミラン 2006-0721140—91—342
2007-0815120—3000201
通算36260—12100543
ボルドー 2008-093712103172104915
2009-1029620318210439
2010-11300000——30
通算69183062154209524
リヨン 2010-11243101071—334
2011-12132302050—232
2012-1318310003110234
2013-14183212280—306
2014-15173101000—193
通算901481622321012819
レンヌ 2015-16122————122
2016-172740010——284
2017-181010030——131
通算49700400000537
ディジョン 2018-1980————80
総通算318472311845573042759

代表歴

[編集]

出場大会

[編集]

試合数

[編集]
  • 国際Aマッチ 31試合 4得点(2008年-2013年)[13]
フランス代表国際Aマッチ
年出場得点
200861
2009100
201092
201131
201220
201310
通算314

タイトル

[編集]
フランス代表でのグルキュフ

クラブ

[編集]

代表

[編集]

個人タイトル

[編集]
  • リーグ・アン年間最優秀選手賞 : 2008-09
  • リーグ・アンベストイレブン : 2008-09, 2009-10
  • リーグ・アン・ゴール・オブ・ザ・イヤー : 2008-09
  • フランス年間最優秀選手 : 2009

脚注

[編集]
  1. 1 2 “インテリで内向的な超イケメン、グルキュフの苦悩”. スポーツニッポン (2011年4月29日). 2012年12月29日閲覧。
  2. ↑ ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、 2010年2月4日号、67頁
  3. ↑ グルキュフがボルドーに完全移籍livedoorスポーツ、2009年5月29日
  4. ↑ リヨンが仏代表MFグルキュフ獲得で合意 日刊スポーツ 2010年8月25日
  5. ↑ ラカゼットが契約延長、グルキュフは減俸に合意 Goal.com 2014年9月3日
  6. ↑ “Yoann Gourcuff rejoint le DFCO !” (フランス語). 2018年7月20日. 2018年7月21日閲覧.
  7. ↑ “ガラスの天才”グルキュフが引退後の生活を語る「とても充実している」 超WORLDサッカー!、2023年4月24日
  8. 1 2 3 “貴公子”グルキュフ、リベリとの関係を問われ激怒Livedoorスポーツ 2010年9月13日
  9. ↑ 代表復帰のリベリに仏サポーターから大ブーイングの洗礼 Livedoorスポーツ2011年3月30日
  10. ↑ ブラン監督「グルキュフには不確定要素が多過ぎた」 Soccer King 2012年5月31日
  11. ↑ 「悦びに満たされて」ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、 2010年2月4日号、68-71頁
  12. 1 2 3 “理想の花婿”グルキュフがどうして嫌われる?Livedoorスポーツ 2010年12月9日
  13. ↑ ヨアン・グルキュフ - National-Football-Teams.com

外部リンク

[編集]