ジャン・ティガナ

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ジャン・ティガナ Football pictogram.svg
Jean Tigana.jpg
名前
本名 ジャン・アマドゥ・ティガナ
愛称 ティティ
ラテン文字 Jean Amadou Tigana
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
マリ共和国の旗 マリ
生年月日 1955年6月23日(58歳)
出身地 マリ共和国の旗 マリバマコ
身長 168cm
体重 62kg
選手情報
ポジション MF
代表歴
1980-1988 フランスの旗 フランス 52 (1)
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ジャン・ティガナJean Tigana1955年6月23日 - )は、マリバマコ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。元フランス代表。ポジションはMF

経歴[編集]

マリで生まれ、地元のクラブチームであるレアル・バマコに入団。フィジカルの強さと卓越した戦術眼を発揮して攻守に貢献し、1975年に渡仏しスポルタン・トゥーロン・ヴァールに入団。1978年にはオリンピック・リヨンへ移籍し評価をさらに高めると、1980年5月23日ソ連戦でフランス代表デビューを飾り、翌年にはFCジロンダン・ボルドーへ移籍。

1982年スペインW杯では5試合に出場してベスト4入りに貢献すると、2年後のEURO1984ではフランスに優勝をもたらし、ミシェル・プラティニアラン・ジレスらとともに黄金の中盤を形成した。また、在籍していたボルドーでも1983-1984、1984-1985シーズンのリーグ連覇、1986-1987シーズンのリーグとカップの二冠をそれぞれ経験している。また1986年メキシコW杯では3位入賞に貢献した。

1989年オリンピック・マルセイユへ移籍。ここでも1989-1990、1990-1991シーズンとリーグ連覇を果たし、「優勝請負人」として活躍すると同時に現役を引退。

引退後はリヨンやモナコの監督を務め、稲本潤一が在籍していたフラムFCの監督も務めた。2005-2006シーズンからは2シーズンに渡りトルコリーグ・ベシクタシュJKで指揮を執った。2010年からはフランス代表監督に就任したローラン・ブランの後任として、かつて所属をしたボルドーの監督に就任したが、不振のためシーズン途中で辞任した。2012シーズンから中国スーパーリーグ上海申花で指揮を執ったが、成績不振のため、わずか4カ月で辞任した。

所属クラブ[編集]

指導者経歴[編集]

獲得タイトル[編集]

選手として[編集]

FCジロンダン・ボルドー
オリンピック・マルセイユ

監督として[編集]

ASモナコ
フルハムFC
ベシクタシュJK
  • トルコ・カップ優勝 1回 (2005-06)