クラブ・ブルッヘ

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クラブ・ブルッヘ
原語表記 Club Brugge Koninklijke Voetbalvereniging
愛称 Blauw-Zwart (青と黒),
Club, FCB
クラブカラー 青・黒
創設年 1891年
所属リーグ ジュピラー・プロ・リーグ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン ブルッヘ
ホームスタジアム ヤン・ブレイデルスタディオン
収容人数 29.042 [1]
代表者 ベルギーの旗 Bart Verhaeghe
監督 ベルギーの旗 ミシェル・プロドーム
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

クラブ・ブルッヘオランダ語: Club Brugge Koninklijke Voetbalverenigingオランダ語発音: [klʏb ˈbrʏɣə ˈkoːnɪŋkləkə ˈvudbɑlvəˈreːnəɣɪŋ])は、ベルギーブルッヘに本拠地を置くサッカークラブである。ブルッヘはオランダ語圏のフランデレン地域に位置するが、フランス語読みでクラブ・ブリュージュと呼ばれることもある。RSCアンデルレヒトブリュッセル首都圏地域)、スタンダール・リエージュワロン地域)と並んでベルギーを代表する強豪クラブである。

国内大会のみならず、国際舞台でも大きな成功を収めており、欧州カップ戦の決勝に2回、さらに準決勝に2回到達している。UEFAチャンピオンズカップの決勝に進出したことがあるベルギー唯一のクラブである。1977-78シーズンの同大会で決勝に進出したが、リヴァプールFC(イングランド)に敗れて準優勝に終わった。1975-76シーズンのUEFAカップ決勝でもやはりリヴァプールに敗れている。

歴史[ソースを編集]

1890年、「Broeders Xaverianen」というカトリック学校と「Koninklijk Atheneum」という一般学校の卒業生によってブルフスヘFC (Brugsche FC) が形作られ、1891年11月13日が公式な設立日となった。「Mens sana in corpore sano (健全なる精神は健全なる身体に宿る)[注釈 1]」をクラブのモットーとして採用した[2]。1892年には公式に役員が任命されたが、1894年にはブルフスヘFCの一部のメンバーが離反してFCブルジョワ (FC Brugeois) を設立した[2]。ブルフスヘFCもFCブルジョワも深刻な財政難にあったため、1895年にはブルフスヘFCのメンバーが第3のクラブとしてヴラームスフFC (Vlaamsche FC) も設立している[2]。FCブルジョワは1895年に開始されたベルギー・ファーストディビジョン(1部)に参加して1895-96シーズンを戦ったが、財政難を理由に1シーズン限りで脱退した。1897年、FCブルジョワがブルフスヘFCに合流する形で合併したが、クラブ名はFCブルジョワが採用された[2]。1899年にはヴラームスフFCがラピドFCと合併してサークル・ブルッヘとなり、今日におけるブルッヘの2大クラブが成立した[2]

1910-11シーズンのファーストディビジョンではライバルのCSブルジョワに勝ち点1差の2位だった。1912年には市南西部のトルハウツェステーンにある新グラウンドに移転し、9年間の賃貸契約(年額1,760ベルギーフラン)を結んだ[2]。1913-14シーズン、FCブルジョワはベルギー・カップの決勝に進出したが、ユニオンSGに1-2で敗れて準優勝に終わった。リーグ戦では5回も2位を経験していたが、ファーストディビジョンで初優勝を飾ったのは第一次世界大戦後初のシーズンとなった1919-20シーズンだった[2]。この時代にはハルレス・カンビールやトルテン・フティンクなどが活躍し、ふたりはベルギー代表にも選出されている[2]。1920年にはグラウンドの賃貸契約が終了したため、Albert Dyserynck新会長は40,000ベルギーフランでデ・クロッケ[注釈 2]を購入する決定を下した[2]。1926年にはベルギーサッカー協会がクラブの登録制度を開始し、登録番号3番を得てロイヤルFCブルジョワ (Royal Football Club Brugeois) に改名した。1928年には初めて2部リーグに降格し、1930年、Dyserynck会長はクラブを非営利団体に変更したが[2]、1931年には自動車事故で死去。生前の功績が称えられ、スタジアム名がAlbert Dyserynck Stadionに変更されたほか、メイン入場口近くに銅像が建てられた[2]。1930年代にはロヘル・ヴァンホーヴェなどがプレーし、ヴァンホーヴェはベルギー代表として2キャップを記録した[2]

1957年にルーマニア人のノルベルト・ホフリング監督が就任すると転機を迎え、1959年にファーストディビジョンに昇格してからは一度も2部リーグ以下への降格を経験していない。1967-68シーズンのベルギーカップでは、決勝でRベールスホットACオランダ語版を1-1 (PK 7-6) で下して初優勝を飾った。1972年にはクラブ名称をフラマン語クラブ・ブルッヘ (Club Brugge KV) に変更し、1972-73シーズンには53シーズンぶりとなるファーストディビジョン優勝を果たした。1975年、Albert Dyserynckstadionからオリンピア・シュタディオンにホームスタジアムを移転した。1975-76シーズンのUEFAカップはオーストリア人のエルンスト・ハッペル監督に率いられ、クラブ初の欧州カップ戦決勝進出を果たしたが、リヴァプールFC(イングランド)に2試合合計3-4で敗れた。同シーズンから1977-78シーズンまで国内リーグ3連覇を達成し、その最終シーズンにはベルギーのクラブとして初めて(そして唯一)UEFAチャンピオンズカップで決勝まで駒を進めた。2シーズン前と同様にリヴァプールと対戦したが、0-1で敗れて準優勝に終わった。1987-88シーズンにはUEFAカップで準決勝に進出したが、FCバルセロナ(スペイン)に敗れた。1992-93シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグに出場し、PFC CSKAモスクワ戦でダニエル・アモカチが同大会(名称変更後)初得点を決めた。1998年、UEFA EURO 2000開催のためにオリンピア・シュタディオンの拡張工事が行なわれ、名称がヤン・ブレイデルスタディオンに変更された。2006年、ベルギーのサッカークラブとして初の公式TVチャンネル (CLUBtv) を開設した。 2015-16シーズンからは胸スポンサーをダイキン工業が務めている。

クラブ名の変遷[ソースを編集]

  • 1891-1897 ブルフスヘFC (Brugsche FC)
(1892 FCブルジョワ設立)
  • 1897-1920 FCブルジョワ (Football Club Brugeois)
  • 1920-1972 ロイヤルFCブルジョワ (Royal Football Club Brugeois)
  • 1972- クラブ・ブルッヘ (Club Brugge Koninklijke Voetbalvereniging)

文化[ソースを編集]

ヤン・ブレイデルスタディオン

29,472人収容のヤン・ブレイデルスタディオンをホームスタジアムとしている。2012-13シーズンの1試合平均観客数は25,502人であり、2位のスタンダール・リエージュ(22,225人)や3位のRSCアンデルレヒト(21,100人)を抑えて5シーズンぶりに平均観客数リーグ1位となった。このスタジアムは同じくブルッヘのクラブであるサークル・ブルッヘと共有しており、両クラブの対戦はブルッヘ・ダービーと呼ばれる。最大のライバルはアンデルレヒトである。

ジュピラー・プロリーグの強豪クラブの1試合平均観客数[3][注釈 3]
シーズン 平均観客数
クラブ・ブルッヘ スタンダール アンデルレヒト ヘント
2007-08 26,367人 25,847人 24,874人 23,272人(4位)
2008-09 26,085人 26,471人 23,654人 22,044人(4位)
2009-10 24,963人 26,250人 23,171人 19,945人(4位)
2010-11 24,535人 25,771人 23,042人 20,723人(4位)
2011-12 24,344人 25,113人 22,349人 21,942人(4位)
2012-13 25,502人 22,225人 21,100人 19,954人(4位)
欠番
  • 12 - サポーターの背番号
  • 23 - ベルギーの旗 François Sterchele
2007年から2008年に所属したストライカー。2008年5月8日に自動車事故で死去した。

タイトル[ソースを編集]

国内タイトル[ソースを編集]

  • ベルギー・カップ : 11回
    • 1967-68, 1969-70, 1976-77, 1985-86, 1990-91, 1994-95, 1995-96, 2001-02, 2003-04, 2006-07, 2014-15

国際タイトル[ソースを編集]

成績[ソースを編集]

過去の成績[ソースを編集]

シーズン リーグ レギュラーシーズン プレーオフ 国内カップ 欧州カップ その他
試合 得点 失点 勝ち点 順位
2002-03 JL 32 25 4 3 96 33 63 1位 導入前 UEFAチャンピオンズリーググループリーグ敗退
UEFAカップ3回戦敗退
BSC優勝
2003-04 JL 34 22 6 6 77 31 72 2位 優勝 UEFAチャンピオンズリーググループリーグ敗退
UEFAカップ4回戦敗退
BSC優勝
2004-05 JL 34 24 7 3 83 25 79 1位 準優勝 UEFAチャンピオンズリーグ予選3回戦敗退
UEFAカップグループリーグ敗退
BSC優勝
2005-06 JL 34 18 10 6 51 33 64 3位 UEFAチャンピオンズリーググループリーグ敗退
UEFAカップベスト32
2006-07 JL 34 14 9 11 58 40 51 6位 優勝 UEFAカップグループリーグ敗退 BSC準優勝
2007-08 JL 34 20 7 7 45 30 67 3位 UEFAカップ1回戦敗退
2008-09 JPL 34 18 5 11 59 50 59 3位 UEFAカップグループリーグ敗退
2009-10 JPL 28 17 6 5 52 33 57 2位 3位 UEFAヨーロッパリーグベスト32
2010-11 JPL 28 16 5 9 60 35 53 4位 4位 UEFAヨーロッパリーグ予選3回戦敗退
2011-12 JPL 30 19 4 7 51 32 61 2位 2位 UEFAヨーロッパリーグベスト32
2012-13 JPL 30 15 9 6 66 43 54 4位 3位 UEFAチャンピオンズリーグ予選3回戦敗退
UEFAヨーロッパリーググループリーグ敗退
2013-14 JPL 30 19 6 5 54 28 63 2位 3位 UEFAヨーロッパリーグ予選3回戦敗退
2014-15 JPL 30 17 10 3 52 29 61 1位 2位 優勝 UEFAヨーロッパリーグ準々決勝敗退
2015-16 JPL 30 21 1 8 64 30 64 1位 準優勝 UEFAチャンピオンズリーグ予選プレーオフ敗退
UEFAヨーロッパリーググループリーグ敗退
BSC準優勝

欧州カップ[ソースを編集]

2011年8月19日時点
大会 出場回数 試合数 勝利 引分 敗北 得点 失点
UEFAチャンピオンズリーグ
(UEFAチャンピオンズカップ)
14 77 32 16 29 106 93
UEFAカップウィナーズカップ 6 28 15 3 10 41 33
UEFAヨーロッパリーグ
(UEFAカップ)
24 126 59 26 41 226 166

試合一覧[ソースを編集]

欧州カップ戦での好成績[ソースを編集]

ベスト8以上の成績を挙げた大会のリストである。

現所属メンバー[ソースを編集]

UEFAチャンピオンズリーグ 2015-16 プレーオフ 第1戦
マンチェスター・ユナイテッドFC vs クラブ・ブルッヘ フォーメーション

Soccer.Field Transparant.png

ブリュッゼス
# 16
コールス
# 21
ドゥアルテ
# 4
メヘレ
# 44
デ・ボック
# 28
シモンス(C)
# 3
フォルマー
# 25
ビクトル・バスケス
# 7
ディールクス
# 55
ボリンゴリ・ンボンボ
# 63
ディアビ
# 10
2015年8月31日現在
No. Pos. 選手名
2 ベルギーの旗 DF ダヴィ・デ・ファウ
3 ベルギーの旗 MF ティミー・シモンス (Captain sports.svg)
4 コスタリカの旗 DF オスカル・ドゥアルテ (Flag of Nicaragua.svg) ★
5 フランスの旗 DF ジャン・シャルル・カステレット
6 ブラジルの旗 MF クラウデミール (Flag of the Netherlands.svg)
7 スペインの旗 MF ビクトール・バスケス
8 イスラエルの旗 FW リオル・ラファエロフ
9 ベルギーの旗 FW イェレ・ヴォセン
10 マリ共和国の旗 FW アブドゥライ・ディアビ (Flag of France.svg)
11 オーストラリアの旗 FW バーニー・イビニ=イセイ (Flag of Nigeria.svg)
16 ベルギーの旗 GK セバスティアン・ブルッツェーゼ (Flag of Italy.svg)
18 ブラジルの旗 MF フェリペ・ゲドズ (Flag of Uruguay.svg) ★
19 ベルギーの旗 DF トーマス・メウニエル
20 ベルギーの旗 MF ハンス・ヴァナーケン
21 ベルギーの旗 DF ディオン・クールズ (Flag of Malaysia.svg)
No. Pos. 選手名
22 コロンビアの旗 FW ホセ・イシキエルド
24 オランダの旗 DF ステファノ・デンスヴィル (Flag of Suriname.svg)
25 オランダの旗 MF ルード・フォルメル
27 ベルギーの旗 GK ミシャエル・コルディエ
28 ベルギーの旗 DF ローレンス・デ・ボック
38 トルコの旗 GK シナン・ボラト (Flag of Belgium.svg)
40 ベルギーの旗 DF ビョルン・エンゲルス
42 ベルギーの旗 FW ニコラ・ストーム
43 ベルギーの旗 MF サンデル・コープマン
44 ベルギーの旗 DF ブランドン・メシェレ
46 ベルギーの旗 FW ディラン・シーズ
55 ベルギーの旗 FW トゥール・ディエルクス
57 ベルギーの旗 MF ヤニック・レウテン
63 ベルギーの旗 DF ボリ・ボリンゴリ=ンボンボ (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg)
-- オランダの旗 DF ファン・ライン

括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

ローン移籍選手[ソースを編集]

in
No. Pos. 選手名
38 トルコの旗 GK シナン・ボラト (ポルト)
out
No. Pos. 選手名
17 ポーランドの旗 FW ヴァルデマール・ソボタ (ザンクトパウリ)
25 ラトビアの旗 FW ヴァレリイス・シャバラ (ヤブロネツ)
29 ベルギーの旗 FW ジーニョ・ガノ (ムスクロン=ペルウェルツ)
30 チリの旗 FW ニコラス・カスティージョ (マインツ)
No. Pos. 選手名
41 ベルギーの旗 MF ビルゲル・ヴェルストラエテ (ムスクロン=ペルウェルツ)
50 ベルギーの旗 GK スヴェン・ドーエスト (ムスクロン=ペルウェルツ)
-- ベルギーの旗 FW ジミー・デ・ヨンゲ (ルーセラーレ)
-- ノルウェーの旗 MF ムシャガ・バケンガ (モルデ)

歴代会長[ソースを編集]

  • ベルギーの旗 Philippe Delescluze 1891-1900
  • ベルギーの旗 Albert Seligmann 1900-1902
  • ベルギーの旗 Alfons De Meulemeester 1903-1914
  • ベルギーの旗 Albert Dyserynck 1919-1931
  • ベルギーの旗 Fernand Hanssens 1932-1937
  • ベルギーの旗 Emile De Clerck 1937-1959
  • ベルギーの旗 André De Clerck 1959-1973
  • ベルギーの旗 Fernand De Clerck 1973-1999
  • ベルギーの旗 Michel Van Maele 1999-2003
  • ベルギーの旗 Michel D'Hooghe 2003-2009
  • ベルギーの旗 Pol Jonckheere 2009-2011
  • ベルギーの旗 Bart Verhaeghe 2011-


歴代監督[ソースを編集]


歴代所属選手[ソースを編集]

歴代主将[ソースを編集]


GK[ソースを編集]

DF[ソースを編集]


MF[ソースを編集]


FW[ソースを編集]


脚注[ソースを編集]

注釈[ソースを編集]

  1. ^ ユウェナリスが『風刺詩集』で残した格言。
  2. ^ 「鐘」の意味
  3. ^ いずれもレギュラーシーズンのみ

脚注[ソースを編集]

  1. ^ UEFA EUROPA LEAGUE | Season 2011/12 | Group DUEFA.com
  2. ^ a b c d e f g h i j k l “History Tour”. クラブ・ブルッヘ公式サイト. http://clubbrugge.be/en/the-club/history/tour 2013年4月29日閲覧。 
  3. ^ Eerste klasse AttendanceWorld Football.net

外部リンク[ソースを編集]