ル・クラスィク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
2006年のクープ・ドゥ・フランス決勝戦で両チームのサポーターが作り上げたコレオグラフィ(左:オリンピック・マルセイユ、右:パリ・サンジェルマン)

ル・クラスィクフランス語: Le Classique 英語: The Classic)は、フランスオリンピック・マルセイユパリ・サンジェルマンFCの間で行われるサッカーの試合のことを指す。英語風にフランス・ダービー(France Derby)と呼ばれることもある。

概要[編集]

1899年創立のオリンピック・マルセイユは国内2位のリーグ・アン優勝9度を誇るフランス屈指の名門クラブであり、パリ・サンジェルマンFCは歴史は浅いもののフランスカップ優勝8度を誇る強豪クラブである。この2クラブはフランス南部の大都市マルセイユとフランスの首都パリに本拠地を置き、文化・民族性などが大きく異なる2都市の対立意識がダービーの根底にある[1]。試合におけるライバル意識の他に、互いのクラブへの嫌悪感情はピッチの外まで広がっている。

1980年代後半、マルセイユのベルナール・タピ会長がパリ・サンジェルマンとの対戦をスペインのエル・クラシコに倣って「ル・クラスィク」と名付け、メディアに大きく取り上げられるようになった[1]。1990年代前半にはパリ・サンジェルマンが黄金期を迎え、1990年代後半から2000年代前半にはマルセイユが欧州カップ戦で躍進したことから、順位表の上位に位置する両者の対戦はいっそう過熱することになった。ダービー当日には普段の何倍もの警備隊が配置され、スタジアム周辺は緊迫した雰囲気が漂う[1]

ホームスタジアム[編集]

チーム名 スタジアム名
命名権名称)
収容人員 画像 備考
オリンピック・マルセイユ スタッド・ヴェロドローム 60,031人
Stade Vélodrome (Marseille).jpg
パリ・サンジェルマンFC パルク・デ・プランス 48,712人
Paris-Parc-des-Princes.jpg

出来事[編集]

ダービー時の暴動などで逮捕者が出ることは珍しくなく、これまでにゆうに100人を越える数の両軍サポーターが逮捕されている。サポーターや警官が負傷する事件もたびたびおこり、2010年には死者が出ている。

1988-89シーズンのリーグ・アンは34節を終えてパリ・サンジェルマンがマルセイユに勝ち点1差をつけて首位に立っていた。第35節のフランスダービーは試合終盤まで0-0の白熱した試合が続いたが、試合終了直前のゴールでマルセイユが勝利し、首位に浮上して勢いづいたマルセイユは17シーズンぶりのリーグ戦優勝を果たした[2]。2005-06シーズン第29節、パリ・サンジェルマンのホームで開催されたフランスダービーではセキュリティ上の問題からアウェーサポーターへのチケット販売が制限され、これに反発したマルセイユはパリにリザーブチームを送り込んだ[2]。パリ・サンジェルマンにとってはホームの利・経験の差などの有利点があったにもかかわらず、試合は0-0の引き分けに終わった。その後、両クラブは勝ち点1ずつを剥奪された[2]。2009年後半は新型インフルエンザがフランスでも流行した。2009-10シーズン第10節のフランスダービーのためにパリから多くのファンがマルセイユを訪れたが、パリで新型インフルエンザの3人目の感染者が出たことから、試合開始わずか6時間前に試合の延期が発表された[3][2]。この決定に激怒したパリ・サンジェルマンのファンが暴動を起こし、16人が逮捕される事態になった[2]。延期された試合を行うに当たって、パリ・サンジェルマンFCはサポーターの暴走を懸念し、列車を借り切って700人のサポーターをマルセイユまで運んだ[4]。2010年2月28日にはダービー時にはパリ・サンジェルマンFCのサポーターにひとりが昏睡状態に陥り、このサポーターは3月18日に死亡した。

人気の比較[編集]

2009年8月にル・ポイント(Le Point)によって行われた調査によると、オリンピック・マルセイユはフランス国内の全サッカーファンの内20%のサポーターを持つクラブである。パリ・サンジェルマンFCオリンピック・リヨンが11%でマルセイユに続き、FCジロンダン・ボルドーの10%が続いている。マルセイユは世界で最も人気のあるフランスのクラブであり、パリ・サンジェルマンFCとリヨンが続いている。2010年4月の調べによると、財政面の豊かさでマルセイユとパリ・サンジェルマンを凌ぐフランスのクラブはリヨンだけである(なおパリ・サンジェルマンはその後カタールの投資ファンド所有(実質カタール王族所有)となり、マンチェスター・シティと並び世界1位2位を争う大金持ちクラブにステップアップ。あり余るオイルマネーを背景にチャンピオンズ・リーグ優勝を目指して凄まじい補強を行っている)。このふたつのクラブはヨーロッパのビッグクラブが集まって結成されたG-14の設立時からのメンバーであった。2008-09シーズンの平均観客数を見ると、マルセイユが52,276人でリーグ・アン最高の数値を記録し、パリ・サンジェルマンFCが40,902人でマルセイユに続いている。

1994年にはIFFHS世界クラブランキングでパリ・サンジェルマンFCが1位となり、1998年にはUEFAチームランキングで1位となった。パリ・サンジェルマンFCはこれらのランキングで1位となったフランス唯一のクラブであるが、1991年にはマルセイユがUEFAチームランキングで3位となっている。1993年から1997年まで、パリ・サンジェルマンFCは世界クラブランキングでトップ10入りしている。

戦績[編集]

全公式試合.
オリンピック・マルセイユ 引き分け パリ・サンジェルマンFC

統計[編集]

移籍[編集]

両クラブでプレーした経験のある選手がそれぞれのファンから敵意を持たれるのはもっともなことであるが、両クラブ間で直接移籍することはより強い反逆行為とみなされる。この“反逆行為”は移籍金を伴っての獲得や契約満了による獲得、トレードなどで起こりうる。トレードの例としては、1990年にフランス期待の若手だったJocelyn AnglomaがBernard Pardo、Bruno Germain、Laurent Fournierとの交換でパリ・サンジェルマンFCからマルセイユに移籍したことがあげられる。

2004年にはパリ・サンジェルマンFCの副キャプテンであったフレデリック・デウが、UEFAチャンピオンズリーグでプレーする機会を捨ててまでマルセイユに移籍した。2005年にはパリ・サンジェルマンFCで監督の交代があり、それによってロリック・カナの出場機会が減少したことから、カナはマルセイユに移籍した。2006年にはモデスト・エムバミが、2009年にはガブリエル・エインセが、どちらもオリンピック・マルセイユでは絶対にプレーしないと言っていたにもかかわらずマルセイユへの移籍を果たしている。

名前 ポジション パリSG マルセイユ
期間 出場 得点 期間 出場 得点
アルゼンチンの旗 ガブリエル・エインセ DF 2001–2004 128 7 2009–2011 36 6
フランスの旗 エドゥアール・シセ MF 1997–1998,1999–2002,
2004–2007
247 9 2009–2011 45 1
フランスの旗 ファブリス・アブリエル MF 1999–2001 3 0 2009–2011 35 2
カメルーンの旗 モデスト・エムバミ MF 2003–2006 101 1 2006–2009 100 1
アルバニアの旗 ロリック・カナ MF 2000–2005 71 2 2005–2009 175 8
フランスの旗 ファブリス・フィオレーゼ FW 2002–2004 84 14 2004–2005,2007 21 3
フランスの旗 フレデリック・デウ MF 2000–2004 138 7 2004–2006 62 2
フランスの旗 パスカル・ノウマ FW 1988–1992,1994–1996 88 14 2001–2002 11 1
フランスの旗 ブルーノ・エンゴティ DF 1995–1998 80 7 2001–2002 32 0
フランスの旗 ジェローム・ルロワ MF 1996–1999 84 4 1999–2002 51 8
リベリアの旗 ジョージ・ウェア FW 1992–1995 138 55 2000–2001 20 5
アルジェリアの旗 ジャメル・ベルマディ MF 1995–1996 1 0 1997–1998,2000–2003 63 9
フランスの旗 シリル・プジェ FW 1997–1998 14 2 1999–2001 23 5
フランスの旗 ダニエル・ブラボー MF 1989–1996 217 23 1998–1999 20 1
フランスの旗 フロリアン・モーリス FW 1997–1998 29 7 1998–2001 62 23
フランスの旗 パトリック・コルテール DF 1991–1996 157 1 1997–1999 41 0
フランスの旗 グザヴィエ・グラヴレーヌ MF 1993–1994 34 4 1996–1998 69 26
フランスの旗 ブルーノ・ジェルマン MF 1991–1993 43 3 1994–1995 37 3
フランスの旗 ジョスリン・アングロマ DF 1990–1991 36 6 1991–1994 86 3
フランスの旗 ウイリアム・アヤシュ DF 1986–1987 24 0 1987–1988,1991 25 0
フランスの旗 クロード・ロウィッツ DF 1985–1987 28 0 1987–1988 22 0
セネガルの旗 ザール・ブバカル MF 1979–1983 98 30 1983–1985 33 22
名前 ポジション マルセイユ パリSG
期間 出場 得点 期間 出場 得点
フランスの旗 クロード・マケレレ MF 1997–1998 36 3 2008–2011 98 1
フランスの旗 ペギー・リュインドゥラ FW 2004–2005 42 10 2007–2012 138 29
フランスの旗 ズマナ・カマラ DF 2000–2002 42 1 2007–2015 153 4
ブラジルの旗 アンドレ・ルイス・モレイラ MF 2001–2002 22 2 2002–2003 17 1
フランスの旗 ジェローム・ルロワ MF 1999–2002 51 8 2002–2003 52 8
フランスの旗 ジェローム・アロンゾ GK 1995–1997 57 0 2001–2008 94 0
フランスの旗 ステファン・ダルマ MF 1999–2000 29 1 2000 19 1
フランスの旗 ペテル・リュクサン MF 1998–2000 73 2 2000–2001 36 2
ギニアの旗 カバ・ディアワラ FW 1999 15 0 2000,2003 17 0
フランスの旗 グザヴィエ・グラヴレーヌ MF 1996–1998 69 26 1999 9 0
フランスの旗 ベノア・コウエ MF 1987–1990 33 1 1996–1997 35 4
フランスの旗 アラン・ロシュ DF 1989–1990 27 0 1992–1998 216 15
フランスの旗 ローラン・フルニエ MF 1990–1991 17 2 1991–1998 195 11
フランスの旗 ブルーノ・ペドロス MF 1989–1991 117 11 1991–1993 43 3
フランスの旗 ベルナール・パルドゥ MF 1990–1991 26 1 1991–1992 6 0
フランスの旗 イヴォン・ルルー MF 1987–1989 63 4 1989–1990 13 1
フランスの旗 Marcel De Falco MF 1979–1983 133 12 1983–1984 4 1
フランスの旗 Michel N'Gom FW 1977–1981 60 26 1981–1984 72 22
セネガルの旗 ザール・ブバカル MF 1975–1979 105 36 1979–1983 98 30
カメルーンの旗 ジャン・ピエール・トコト FW 1968–1969,1971–1972 12 2 1975–1978 50 12
フランスの旗 ジャン・ピエール・ドリアーニ FW 1961–1964 62 17 1973–1976 90 23
フランスの旗 ジャン・ジョルカエフ MF 1966–1970 139 12 1970–1972 68 7
フランスの旗 Jean-Pierre Destrumelle DF 1966–1970 116 2 1970–1972 32 0

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「国が燃える フランス版クラシコ、その魅力とは?」footballista、ソルメディア、2010年11月10日号、24頁
  2. ^ a b c d e 「国が燃える フランス版クラシコ、その魅力とは?」footballista、ソルメディア、2010年11月10日号、25頁
  3. ^ 「フランスダービー 延期のてん末は…」 footballista、ソルメディア、2009年11月11日号、19頁
  4. ^ 「延期されたフランスダービー第1Rはマルセイユが消極的なPSGに勝利」 footballista、ソルメディア、2009年12月2日号、25頁
  5. ^ クープ・ドゥ・ラ・リーグが創設され、Challenge des Championsがトロフェ・デ・シャンピオンに名称変更された
  6. ^ リーグ名称がリーグ・アンに変更された
  7. ^ PK戦での勝利は引き分けとみなしている