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柱谷哲二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
柱谷 哲二
2023年のサイン
名前
愛称 闘将、テツ
カタカナ ハシラタニ テツジ
ラテン文字 HASHIRATANI Tetsuji
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1964-07-15) 1964年7月15日(61歳)[1]
出身地 京都府京都市
身長 182cm
体重 70kg
選手情報
ポジション MF / DF
利き足 右足
ユース
1980-1982 日本の旗 京都商業高校
1983-1986 日本の旗 国士舘大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1987-1992 日本の旗 日産自動車 97 (2)
1992-1998 日本の旗 ヴェルディ川崎 183 (13)
通算 280 (15)
代表歴
1988-1995 日本の旗 日本 72 (6)
監督歴
2002 日本の旗 コンサドーレ札幌
2008 日本の旗 東京ヴェルディ
2011-2015 日本の旗 水戸ホーリーホック
2016 日本の旗 ガイナーレ鳥取
2017 日本の旗 ヴァンラーレ八戸
2018 日本の旗 ギラヴァンツ北九州
2026- 日本の旗 明海大学
1. 国内リーグ戦に限る。2006年12月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

柱谷 哲二(はしらたに てつじ、1964年7月15日 - )は、京都府京都市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者・解説者。現役時代のポジションはディフェンダーミッドフィールダー。元日本代表

プロサッカー選手でサッカー指導者の柱谷幸一は実兄。

出場時の多くはキャプテンとしての出場であり、チームを激しく鼓舞するその姿から「闘将」と呼ばれた[2]。現役引退後はJリーグ選手協会[3]Jリーグ選手OB会それぞれの初代会長を務める[4]

経歴

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選手として

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日産自動車サッカー部ヴェルディ川崎日本代表等でセンターバック、守備的MFを務め長年活躍。日産では加茂周監督の下、「ボランチ」という言葉が日本国内に普及する以前に中盤の底の役割を確立し、1992年にはこのポジションの選手としては初となるJSL年間最優秀選手に選出された[5]。しかし1991-92年シーズンのJSLの終了後、日産のライバルチームである読売ヴェルディに移籍、すぐにJリーグカップ優勝を経験するなど[6]、チームの中心メンバーの一人として1998年まで在籍した。1993年5月15日、Jリーグ開幕戦となったマリノス戦に出場、5月29日の浦和戦でJリーグ初ゴールを挙げた[7]1998年のシーズン終了後、高年俸だったことと、チームの若返りを図る意図からV川崎から「0円提示」。現役続行の意思を表明していたが、他チームからオファーが来ずそのまま現役を引退した[8]。Jリーグでは通算183試合に出場、13ゴールを挙げた[7]

1988年1月27日のアラブ首長国連邦戦で代表デビューを果たすと[9]この試合で代表初ゴールを挙げた。1992年からのオフトジャパン時代にはキャプテンに指名される[10]。1993年開催のワールドカップアメリカ大会アジア最終予選のイラク戦でも主将として先発フル出場[9]ドーハの悲劇を経験した。加茂ジャパン発足後もでもキャプテンに指名されていた。1996年オーストラリア遠征の代表メンバーに選出されていたが、この時はコンディションの悪さから参加を辞退、以降は怪我もあり代表から遠ざかった[11]。1988年から1995年までの間に日本代表に選出され、Aマッチ72試合に出場した[12]

引退後

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その後NHKなどで解説者を務めていた。

2002年岡田武史の後任としてコンサドーレ札幌監督に内定。前年に講習を受けていたS級ライセンス取得後に正式に就任となった。J1リーグ戦と ナビスコカップを含めた公式戦13試合で2勝と低迷し、2002 FIFAワールドカップ開催中の6月に解任された。札幌は16チーム中最下位でJ2リーグへ降格した。

2001年から2002年まで国士舘大学サッカー部のコーチに就任したが、天皇杯国見高校に敗れた。

2003年浦和レッドダイヤモンズのコーチに就任し、主にサテライトを中心に指導。

2005年にJ2・東京ヴェルディ1969のコーチに就任。2006年から監督を務めるラモス瑠偉をサポートし2年がかりでのJ1復帰を果たした。

2008年からラモスの監督退任に伴い東京Vの監督に就任。札幌時代以来、6年ぶりとなるJ1クラブの指揮を執ることになった。最終節の敗戦を受けて、18チーム中17位と降格が決定。シーズン終了後に監督を退任した。

2009年Jリーグ選手OB会初代会長に就任した[4]

2011年シーズンより、J2・水戸ホーリーホック監督に就任。2015年6月、成績不振により解任された[13]

2016年シーズンより、J3ガイナーレ鳥取監督に就任[14] したが、同シーズン限りでの退任が11月に発表された[15]

2017年シーズンより、JFLヴァンラーレ八戸監督に就任[16]。2017年11月、昇格を果たせなかったことなどを理由として八戸の監督を退任した[17]

2018年3月、花巻東高校サッカー部のテクニカルアドバイザーに就任[18]

同年6月20日、J3・ギラヴァンツ北九州の監督に就任[19]。11月2日、契約満了により北九州の監督を退任すると発表された[20]

エピソード

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  • 横浜F・マリノスへのライバル心が強く、試合後の会見で「1993年Jリーグ開幕節で負けたときのことを今でも覚えている。その時の悔しさが少しでも晴れたのかと」とコメントしている[21] が、柱谷はJリーグ開幕前までは日産の選手であり、チームに溶け込むのに時間がかかったほどである[22]
  • 1994年W杯予選中に、選手、監督が瓦解しそうになるが、キャプテンとしてラモス瑠偉を始めチームメイトとの話し合いを重ね、チームを1つにまとめ上げた[23]
  • 2012年4月8日の千葉戦ではレフェリーの判定に対して納得がいかず、ペットボトルを叩きつけたことによって退席処分、1試合のベンチ入り禁止処分を受けている[24]

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本リーグ戦JSL杯/ナビスコ杯天皇杯期間通算
1987-88日産16JSL1部1200030150
1988-892205050320
1989-9042124050302
1990-91520040
1991-9222030
1992V川崎-J-11050160
19933131020343
19944023020452
1995465-20485
199622210000322
199751603020210
19982812030331
通算日本J 1831330016022913
日本JSL1部 972160
総通算 2800

その他の公式戦

個人タイトル

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代表歴

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試合数

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  • 国際Aマッチ 72試合 6得点[1]
日本代表国際Aマッチ
出場得点
198851
1989100
199061
199121
1992110
1993142
199491
1995150
通算 726

出場

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No.開催日開催都市スタジアム対戦相手結果監督大会
1.1988年01月27日アラブ首長国連邦の旗ドバイ アラブ首長国連邦△1-1横山謙三国際親善試合
2.1988年01月30日アラブ首長国連邦の旗アブダビ アラブ首長国連邦●0-2国際親善試合
3.1988年02月02日オマーンの旗マスカット オマーン△1-1国際親善試合
4.1988年06月02日日本の旗愛知県名古屋市瑞穂公園陸上競技場 中華人民共和国●0-3キリンカップ
5.1988年10月26日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 韓国●0-1日韓定期戦
6.1989年01月20日イランの旗テヘラン イラン△2-2国際親善試合
7.1989年05月05日大韓民国の旗ソウル 韓国●0-1日韓定期戦
8.1989年05月10日日本の旗東京都国立西が丘サッカー場 中華人民共和国△2-2国際親善試合
9.1989年05月13日日本の旗岡山県岡山県総合グラウンド陸上競技場 中華人民共和国○2-0国際親善試合
10.1989年05月22日香港の旗香港 香港△0-0ワールドカップ予選
11.1989年05月28日インドネシアの旗インドネシア インドネシア△0-0ワールドカップ予選
12.1989年06月04日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 北朝鮮○2-1ワールドカップ予選
13.1989年06月11日日本の旗東京都国立西が丘サッカー場 インドネシア○5-0ワールドカップ予選
14.1989年06月18日日本の旗愛知県神戸総合運動公園ユニバー記念競技場 香港△0-0ワールドカップ予選
15.1989年06月25日朝鮮民主主義人民共和国の旗平壌 北朝鮮●0-2ワールドカップ予選
16.1990年07月27日中華人民共和国の旗北京 韓国●0-2ダイナスティカップ
17.1990年07月29日中華人民共和国の旗北京 中華人民共和国●0-1ダイナスティカップ
18.1990年07月31日中華人民共和国の旗北京 北朝鮮●0-1ダイナスティカップ
19.1990年09月26日中華人民共和国の旗北京 バングラデシュ○3-0アジア大会
20.1990年09月28日中華人民共和国の旗北京 サウジアラビア●0-2アジア大会
21.1990年10月01日中華人民共和国の旗北京 イラン●0-1アジア大会
22.1991年06月02日日本の旗山形県山形県総合運動公園陸上競技場 タイ○1-0キリンカップ
23.1991年07月27日日本の旗長崎県長崎県立総合運動公園陸上競技場 韓国●0-1日韓定期戦
24.1992年05月31日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 アルゼンチン●0-1ハンス・オフトキリンカップ
25.1992年06月07日日本の旗愛媛県愛媛県総合運動公園陸上競技場 ウェールズ●0-1キリンカップ
26.1992年08月22日中華人民共和国の旗北京 韓国△0-0ダイナスティカップ
27.1992年08月24日中華人民共和国の旗北京 中華人民共和国○2-0ダイナスティカップ
28.1992年08月26日中華人民共和国の旗北京 北朝鮮○4-1ダイナスティカップ
29.1992年08月29日中華人民共和国の旗北京 韓国△2-2(PK4-2)ダイナスティカップ
30.1992年10月30日日本の旗広島県広島県立びんご運動公園陸上競技場 アラブ首長国連邦△0-0アジアカップ
31.1992年11月01日日本の旗広島県広島広域公園陸上競技場 北朝鮮△1-1アジアカップ
32.1992年11月03日日本の旗広島県広島広域公園陸上競技場 イラン○1-0アジアカップ
33.1992年11月06日日本の旗広島県広島県総合グランドメインスタジアム 中華人民共和国○3-2アジアカップ
34.1992年11月08日日本の旗広島県広島広域公園陸上競技場 サウジアラビア○1-0アジアカップ
35.1993年04月08日日本の旗愛知県神戸総合運動公園ユニバー記念競技場 タイ○1-0ワールドカップ予選
36.1993年04月11日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 バングラデシュ○8-0ワールドカップ予選
37.1993年04月15日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 スリランカ○5-0ワールドカップ予選
38.1993年04月18日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 アラブ首長国連邦○2-0ワールドカップ予選
39.1993年04月28日アラブ首長国連邦の旗ドバイ タイ○1-0ワールドカップ予選
40.1993年04月30日アラブ首長国連邦の旗ドバイ バングラデシュ○4-1ワールドカップ予選
41.1993年05月05日アラブ首長国連邦の旗ドバイ スリランカ○6-0ワールドカップ予選
42.1993年05月07日アラブ首長国連邦の旗アル・アイン アラブ首長国連邦△1-1ワールドカップ予選
43.1993年10月04日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 コートジボワール○1-0(延長)アフロ・アジア選手権
44.1993年10月15日カタールの旗ドーハ サウジアラビア△0-0ワールドカップ予選
45.1993年10月18日カタールの旗ドーハ イラン●1-2ワールドカップ予選
46.1993年10月21日カタールの旗ドーハ 北朝鮮○3-0ワールドカップ予選
47.1993年10月25日カタールの旗ドーハ 韓国○1-0ワールドカップ予選
48.1993年10月28日カタールの旗ドーハ イラク△2-2ワールドカップ予選
49.1994年05月22日日本の旗広島県広島広域公園陸上競技場 オーストラリア△1-1パウロ・ロベルト・ファルカンキリンカップ
50.1994年05月29日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 フランス●1-4キリンカップ
51.1994年07月08日日本の旗愛知県名古屋市瑞穂公園陸上競技場 ガーナ○3-2アシックスカップ
52.1994年07月14日日本の旗愛知県神戸総合運動公園ユニバー記念競技場 ガーナ○2-1アシックスカップ
53.1994年09月27日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 オーストラリア△0-0国際親善試合
54.1994年10月03日日本の旗広島県みよし運動公園陸上競技場 アラブ首長国連邦△1-1アジア大会
55.1994年10月05日日本の旗広島県広島県総合グランドメインスタジアム カタール△1-1アジア大会
56.1994年10月09日日本の旗広島県広島県立びんご運動公園陸上競技場 ミャンマー○5-0アジア大会
57.1994年10月11日日本の旗広島県広島県総合グランドメインスタジアム 韓国●2-3アジア大会
58.1995年01月06日サウジアラビアの旗リヤド ナイジェリア●0-3加茂周インターコンチネンタル選手権
59.1995年01月08日サウジアラビアの旗リヤド アルゼンチン●1-5インターコンチネンタル選手権
60.1995年02月15日オーストラリアの旗シドニー オーストラリア●1-2国際親善試合
61.1995年02月21日香港の旗香港 韓国△1-1ダイナスティカップ
62.1995年02月23日香港の旗香港 中華人民共和国○2-1ダイナスティカップ
63.1995年02月26日香港の旗香港 韓国△2-2(PK5-3)ダイナスティカップ
64.1995年05月21日日本の旗広島県広島広域公園陸上競技場 スコットランド△0-0キリンカップ
65.1995年05月28日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 エクアドル○3-0キリンカップ
66.1995年06月03日イングランドの旗ロンドン イングランド●1-2アンブロカップ
67.1995年06月10日イングランドの旗ノッティンガム スウェーデン△2-2アンブロカップ
68.1995年08月06日日本の旗京都府京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場 コスタリカ○3-0国際親善試合
69.1995年08月09日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 ブラジル●1-5サン・スパークカップ
70.1995年09月20日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 パラグアイ●1-2デサント・アディダスマッチ
71.1995年10月24日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 サウジアラビア○2-1デサント・アディダスマッチ
72.1995年10月28日日本の旗愛媛県愛媛県総合運動公園陸上競技場 サウジアラビア○2-1デサント・アディダスマッチ

得点数

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#月日開催地対戦相手スコア試合概要
11988年1月27日アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦ドバイアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦1-1国際親善試合
21990年9月26日中華人民共和国の旗 中国北京市バングラデシュの旗 バングラデシュ3-01990年アジア競技大会
31991年6月2日日本の旗 日本天童市タイ王国の旗 タイ1-0キリンカップサッカー
41993年4月15日日本の旗 日本、東京スリランカの旗 スリランカ5-01994 FIFAワールドカップ・アジア予選
54月18日アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦2-0
61994年10月5日日本の旗 日本尾道市ミャンマーの旗 ミャンマー5-01994年アジア競技大会

指導歴

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監督成績

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年度所属クラブリーグ戦カップ戦備考
順位勝点試合Jリーグカップ天皇杯
2002J1札幌-37106予選リーグ敗退-途中解任
2008東京V17位373410717予選リーグ敗退4回戦敗退
2011J2水戸17位423811918-ベスト16
201213位5642151116-3回戦敗退
201315位5542141315-3回戦敗退
201415位5042121416-3回戦敗退
201521位13173410--途中解任
2016J3鳥取15位30308616-2回戦敗退
2017JFL八戸5位51301569-3回戦敗退
2018J3北九州--途中就任
J1通算--4111723---
J2通算--177555175---
J3通算--308616---
JFL通算--301569---
総通算--2487470114---

書籍

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著書

[編集]

脚注

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 柱谷 哲二氏 来季監督就任のお知らせ』(プレスリリース)水戸ホーリーホック、2010年11月10日2013年6月29日閲覧
  2. 元日本代表主将・柱谷哲二氏、花巻東高サッカー部アドバイザー就任/東北スポーツ”. SANSPO.COM (2018年3月4日). 2020年7月20日閲覧。
  3. JPFAとは|歴史”. JPFA 日本プロサッカー選手会. 2020年7月20日閲覧。
  4. 1 2 JリーグOB会設立へ、会長は柱谷哲二氏”. 日刊スポーツ (2009年10月13日). 2020年7月20日閲覧。
  5. 【日本代表ボランチの系譜】柱谷哲二から遠藤保仁まで。変移する“ハンドル”の理想形は「遠藤+今野」の資質を持つ人材?”. サッカーダイジェストWeb (2015年10月23日). 2020年7月20日閲覧。
  6. 1992 Jリーグ ヤマザキナビスコカップ決勝”. data.j-league. 2021年4月3日閲覧。
  7. 1 2 柱谷哲二”. data.j-league. 2021年4月3日閲覧。
  8. 「レジェンド!」「頼れる闘将」柱谷哲二氏がツイッターを始動!「現役時代から大好き」と往年のファンも反応”. サッカーダイジェスト (2020年4月12日). 2020年7月15日閲覧。
  9. 1 2 1993年10月28日 vsイラク”. samuraiblue. 2021年4月3日閲覧。
  10. 柱谷哲二の最重要ミッションは「監督と選手の仲を取り持つこと」だった”. web Sportiva (2020年1月30日). 2020年7月20日閲覧。
  11. 「テツ!絶対に勝てよ!」衝撃だった川淵三郎との出会い、オフトvsラモスの衝突…柱谷哲二が語るドーハの悲劇とW杯を諦めた瞬間”. Number (2020年1月31日). 2022年5月28日閲覧。
  12. J3北九州監督に柱谷哲二氏 元日本代表”. 西日本スポーツ. 2021年4月3日閲覧。
  13. 柱谷 哲二監督 解任のお知らせ』(プレスリリース)水戸ホーリーホック、2015年6月7日2015年6月7日閲覧
  14. 柱谷 哲二氏 監督就任のお知らせ』(プレスリリース)ガイナーレ鳥取、2015年12月13日2015年12月13日閲覧
  15. 柱谷哲二監督 来季の契約について』(プレスリリース)ガイナーレ鳥取、2016年11月1日2016年11月1日閲覧
  16. 監督就任のお知らせ』(プレスリリース)ヴァンラーレ八戸、2016年12月7日2016年12月7日閲覧
  17. 柱谷哲二監督 退任のお知らせ』(プレスリリース)ヴァンラーレ八戸、2017年11月22日2017年11月23日閲覧
  18. 柱谷哲二氏、花巻東のテクニカルアドバイザーに就任 4日から指導開始”. デイリースポーツ (2018年3月2日). 2018年3月2日閲覧。
  19. 柱谷 哲二 氏 監督就任のお知らせ”. ギラヴァンツ北九州 (2018年6月20日). 2018年6月20日閲覧。
  20. 柱谷 哲二 監督 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)ギラヴァンツ北九州、2018年11月2日2018年12月12日閲覧
  21. J1:第10節 東京V vs 横浜FM”. J's Goal. 2013年6月30日閲覧。
  22. [93年カルビーサッカーカードのNo.147より]
  23. 日本代表を世界基準に向けさせた初の外国人監督 ハンス・オフト(上)』(プレスリリース)賀川サッカーライブラリー、2005年11月1日2017年11月12日閲覧
  24. [水戸]柱谷監督「レフェリーに問題がある」 - サッカー専門新聞エル・ゴラッソweb版 BLOGOLA、2012年4月18日。(2012年4月22日時点のアーカイブ
  25. 花巻東高サッカー部テクニカルアドバイザーとの兼任

関連項目

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外部リンク

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