エルディス・フェルナンド・ダマショ

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フェルナンジーニョ Football pictogram.svg
名前
本名 エルディス・フェルナンド・ダマショ
Éldis Fernando Damasio
愛称 フェル
ラテン文字 FERNANDINHO
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1981-01-13) 1981年1月13日(37歳)
出身地 フロリアノーポリス
身長 162cm
体重 67kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ガイナーレ鳥取
ポジション MF / FW
背番号 8
利き足 右足
ユース
ブラジルの旗 フェロヴィアリア
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001 ブラジルの旗 グアラチンゲタ
2002 ブラジルの旗 フィゲイレンセ
2002 ブラジルの旗 トゥパンFC
2003 ブラジルの旗 フィゲイレンセ 20 (9)
2004 ブラジルの旗 サンカエターノ
2004-2006 日本の旗 ガンバ大阪 81 (23)
2007-2008 日本の旗 清水エスパルス 46 (10)
2008 日本の旗 京都サンガF.C. 16 (3)
2009 ブラジルの旗 ヴァスコ・ダ・ガマ 6 (0)
2009 日本の旗 大分トリニータ 15 (3)
2010 日本の旗 ベガルタ仙台 26 (8)
2011-2012 ブラジルの旗 モジミリン
2012 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 17 (1)
2013-2014 ブラジルの旗 リネンセ
2014-2016 日本の旗 ガイナーレ鳥取 55 (19)
2017 ブラジルの旗 フェロヴィアリア
2018- 日本の旗 ガイナーレ鳥取
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月21日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

フェルナンジーニョ(Fernandinho)ことエルディス・フェルナンド・ダマショ(Éldis Fernando Damasio、1981年1月13日 - )は、ブラジルサンタカタリーナ州フロリアノーポリス出身のプロサッカー選手ポジションミッドフィールダー

経歴[編集]

水戸ホーリーホック横浜FCでプレーしたアンデルソンとは、フェロヴィアリアというブラジルのクラブのジュニアユース時代から4年間チームメイトだった。

2004年にブラジルのサンカエターノからJリーグガンバ大阪へ完全移籍で加入。2005年、J1リーグベストイレブンに選ばれるなど大活躍をみせ、ガンバ大阪のJリーグ初優勝に貢献。しかし2006年シーズンは中盤以降、西野朗監督の構想から外れ、出場機会が激減した。

2007年清水エスパルス期限付き移籍することになった。清水ではトップ下の位置を確保。レギュラーとして活躍した。

2008年、ガンバ大阪から清水に完全移籍したが、チームの不振と共に長谷川健太監督の構想から外れ、シーズン途中の同年6月に京都サンガF.C.へ期限付き移籍する。京都では、特に柳沢敦と絶妙なコンビネーションを見せるなど短期間ながら活躍し、10月1日に負傷で離脱するまで残留に貢献した。しかし、ドリブルに拘ってパスを出すタイミングが遅くなる癖は京都でも治せず、2008年をもって、レンタル先の京都、レンタル元の清水両者から戦力外とされ、京都を退団してブラジルへ帰国した。

2009年からはブラジルのヴァスコ・ダ・ガマに所属していたが、同年7月、深刻な低迷で降格危機に瀕しており、得点源を探していた大分トリニータへ期限付き移籍で加入。移籍後しばらくはチームにフィットできずベンチを暖める日々が続いていたが、チームの降格決定後は3試合連続ゴールを決めるなど、かつての実力の片鱗を見せた。

2010年、ヴァスコからベガルタ仙台に完全移籍で加入した[1]。当初大分に完全移籍で加入する予定であったが、2009年に発覚した大分の財政危機の経営整理の際に契約を取り消されてしまう。しかし、大分に高額な違約金及び年俸支払いの義務が残っており、財政の厳しい大分単独では弁済は困難なため、完全移籍の形を取りつつ仙台に年俸の一部を負担してもらう、実質的な1年間のレンタル移籍であった。ここでもベンチスタートが多かったが、チームのJ1残留に貢献した。しかし、ややディフェンスに欠ける面を露呈したことに加え、前述の経緯による高年俸がネックとなり、この年限りで契約終了となった。

2011年からはモジミリンECに所属し、2012年7月からヴァンフォーレ甲府へ移籍[2]。甲府のJ2優勝に貢献した。2013年1月、契約満了により退団[3]。同年2月、CAリネンセへ移籍[4]

2014年6月、ガイナーレ鳥取へ移籍[5]

2017年より、プロ選手としてのキャリアをスタートしたアソシアソン・フェロヴィアリア・ジ・エスポルテスへ移籍[6]。シーズン終了後に引退を決意したが、12月にガイナーレ鳥取への復帰が発表された[7]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2001 グアラチンゲタ
2002 フィゲイレンセ セリエA
2002 トゥパン
2003 フィゲイレンセ セリエA 20 9
2004 サンカエターノ
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2004 G大阪 8 J1 28 10 7 2 4 1 39 13
2005 34 7 11 3 2 0 47 10
2006 19 6 2 0 0 0 21 6
2007 清水 17 33 9 4 0 2 0 39 9
2008 13 1 3 2 - 16 3
京都 10 16 3 - 1 0 17 3
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2009 ヴァスコ 8 セリエB 6 0
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2009 大分 17 J1 15 3 - 2 0 17 3
2010 仙台 20 26 8 4 1 0 0 30 9
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2011 モジミリン
2012
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012 甲府 20 J2 17 1 - 1 0 18 1
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2013 リネンセ
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2014 鳥取 10 J3 15 7 - - 15 7
2015 14 5 - 0 0 14 5
2016 26 7 - 2 1 28 8
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2017 フェロヴィアリア
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2018 鳥取 8 J3 -
通算 ブラジル セリエA
ブラジル セリエB
日本 J1 184 47 31 8 11 1 226 56
日本 J2 17 1 - 1 0 18 1
日本 J3 55 19 - 2 1 57 20
総通算 256 67 31 8 14 2 301 77

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2006 G大阪 8 6 5
通算 AFC 6 5

その他の国際公式戦

タイトル[編集]

クラブ[編集]

フィゲイレンセ
サンカエターノ
ガンバ大阪
ヴァンフォーレ甲府

個人[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]