FC岐阜

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FC岐阜
原語表記 FC岐阜
呼称 FC岐阜
クラブカラー     [1]
創設年 2001年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J2リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 岐阜市を中心とする岐阜県全県[1]
ホームスタジアム
Nagaragawa150506-3.JPG
岐阜メモリアルセンター長良川競技場[1]
収容人数 16,300[1]
運営法人 株式会社岐阜フットボールクラブ[1]
代表者 宮田博之[1]
監督 日本の旗 大木武
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社岐阜フットボールクラブ
Gifu Football Club Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 未上場
本社所在地 502-0841[1]
岐阜県岐阜市長良福光青襖2070-7
岐阜県長良川スポーツプラザ1F[1]
設立 2006年8月30日[2]
業種 サービス業
法人番号 4200001008456
事業内容 サッカークラブの運営他
代表者 宮田博之[3]
資本金 2億6,900万円 (2016年1月期)[4]
売上高 9億9,900万円(2016年1月期)[4]
営業利益 700万円 (2016年1月期)[4]
経常利益 700万円 (2016年1月期)[4]
純利益 300万円 (2016年1月期)[4]
純資産 9,100万円 (2016年1月期)[4]
総資産 1億4,500万円 (2016年1月期)[4]
決算期 1月期
主要株主 藤澤信義 49.55%[5]
関係する人物 今西和男薫田大二郎恩田聖敬
外部リンク http://www.fc-gifu.com
特記事項:2006年にNPO法人スティックルバックスポーツクラブから運営を承継。
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FC岐阜(エフシーぎふ)は、日本岐阜市を中心とする岐阜県全県をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブである。

概要[編集]

運営会社は株式会社岐阜フットボールクラブであり[1]、2007年3月にJリーグ準加盟クラブとして承認され[6]、2008年にJリーグへ加盟した[1]。チームカラーやエンブレムなどは岐阜県花である「レンゲソウ」と「木曽三川」をモチーフとして、は情熱、は知性、は調和をそれぞれ表している[2]

ホームスタジアムは、岐阜メモリアルセンター長良川競技場、練習場は岐阜メモリアルセンター長良川球技メドウや岐阜市北西部運動公園などである[1](詳細は#スタジアム・練習場を参照)。

なお、2013年4月28日から第67回国民体育大会(ぎふ清流国体)のマスコットの「ミナモ」が[7]、また2014年3月21日より日本一ソフトウェアのマスコット「プリニー」がそれぞれ期限付きで応援マスコットとなっている[8]。その後、2017年7月22日、公式マスコットキャラクターを「ギッフィー」へ正式に決定。なお、ホームゲームや各種イベントへの登場は10月を予定している[9]

歴史[編集]

創設の経緯[編集]

2001年4月、国民体育大会に向けて強化する目的で岐阜県サッカー協会により創設[1]。2002年、岐阜経済大学が中心となって地域に根ざした総合スポーツクラブの実現を目指して設立され、特定非営利活動法人(NPO法人)スティックルバックスポーツクラブ(SSC)が運営母体となった。SSCはまず陸上競技部門とサッカー部門、2004年からラグビー部門を設立(サッカー部門の監督に西濃運輸サッカー部元監督の勝野正之が就任)。サッカー部門のトップチームはJリーグ加盟を目指すため、運営会社となる株式会社岐阜フットボールクラブ(岐阜FC)を2006年8月30日に設立した[1]。初代代表に岐阜経済大学教授、鈴木誠が就任。これに伴いSSCのサッカー部門の育成普及事業を岐阜FCに移管、SSCは名称を「NPO法人FC岐阜スティックルバック」に変更した[10]

2005年 - 2006年(東海リーグ)[編集]

2005年
広島総監督の今西和男が顧問に就任。
名古屋森山泰行が入団。東海社会人サッカーリーグ2部は、最終節前節まで3位だったが最終節に7-0で勝利し、得失点差「1」で2位となり、東海リーグ1部に昇格。
2006年
戸塚哲也が監督に就任。8月30日、運営会社となる株式会社岐阜フットボールクラブを設立[1]。東海リーグ1部で優勝、全国地域サッカーリーグ決勝大会で準優勝(優勝はTDKサッカー部)。入替戦でホンダロックSCに連勝して、2007年からの日本フットボールリーグ(JFL)昇格を決めた。岐阜県のチームが社会人の全国リーグに所属することは、西濃運輸以来である。

2007年(JFL)[編集]

Jリーグ入会を祝って岐阜市
庁舎に掲げられた横断幕

戸塚体制2年目。1月、今西和男ゼネラルマネージャー(GM)に就任。2月20日、申請していたJリーグ準加盟はJリーグの理事会で常勤役員1名、常勤スタッフ2名の確保という条項を満たしておらず継続審議[11]。3月の再審議で準加盟が承認されたが、「経営基盤の強化」の条件付で8月末までの経営の改善が求められた[6]。クラブは9月に正式な準加盟承認を目指すとしたが、Jリーグがそれを見送り、12月まで猶予となった。

リーグ戦は、6月21日(第17節)から戸塚に代わって松永英機が監督に就任。12月2日のアルテ高崎戦に勝利して、シーズン3位に入り、Jリーグ加盟条件のリーグ戦4位以内が確定。12月3日のJリーグ臨時理事会で2008年のJリーグ加盟が承認され、J2昇格が決定した[1]。なお、東海3県では名古屋についで2クラブ目のJリーグクラブとなった。

2008年 - (J2)[編集]

2008年[編集]

チームスローガン:「Chance! Challenge! Change!」

松永体制2年目。

J2に昇格して初のシーズンとなり、序盤戦は4月12日の福岡戦で5分間で4点を奪って逆転勝ち[12] するなど、第4節で3位、1巡目終了時には8位に付けた。7月12日 - 9月23日の間までは13試合勝ちなし(5分8敗、うち8月24日 - 9月23日までは6連敗)となり、9月7日の広島戦で7点、同月15日のC大阪戦で6点を失点した。なお、J2初年度は13位。10勝のうちホームは3勝。3戦3敗を喫したC大阪からは3試合で合計12失点した。

シーズン終了後、経営危機から12月1日にはレギュラー選手を含む15人が退団。

2009年[編集]

太字の選手は天皇杯準々決勝の
スターティングメンバー。
チームスローガン:「Challenge to…!」

松永体制3年目。

大卒9人、高卒2人を含む15人の選手を獲得。一方で、6月に片桐淳至甲府へ移籍。リーグ戦は2008年度はホームゲームで、5月2日の東京V戦の引き分けから8月16日の札幌戦で敗れるまで、11戦負け無しを記録(2008年度はホームゲームで3勝)し、目標の10位には届かなかったが、昨年度より1つ上の12位。

天皇杯全日本サッカー選手権大会は、4回戦でJ1千葉に勝利。準々決勝で名古屋に敗北したが、ベスト8入りを果たした。

2010年[編集]

チームスローガン:「前進し続けること STEP BY STEP BY STEP」

監督に倉田安治が、ヘッドコーチに元FC刈谷監督の浮氣哲郎が就任。また服部順一がGMに就き、今西は社長業に専念することとなった。

高木和正栃木へ完全移籍)、橋内竜真JFLMIO草津レンタル移籍)、大友慧らが退団、村尾龍矢フラビオ・ペレイラらが加入し、吉本一謙押谷祐樹のレンタル移籍期間が延長した。また、岐阜市の姉妹都市であるブラジルカンピーナスとの交流事業の一環として同市のサッカー選手サイモン・ガブリエルを獲得。7月にはFC刈谷池上礼一を獲得、大宮より新井涼平をレンタル移籍で獲得。リーグ戦は昨年の12位より順位を2つ下げて14位。

2011年[編集]

チームスローガン:「共に創る STEP BY STEP BY STEP」

強化方針の相違により倉田が監督を退任[13] したため、強化部長に就任することが内定していた元広島監督の木村孝洋が後任の監督に就任した。これに伴い強化部長は服部がGMと兼任し、チームOBの山田正道が強化部に入った。

朴基棟Kリーグ光州FCへ移籍、吉本一謙がレンタル移籍期間満了につきFC東京に復帰、朴俊慶が退団(その後引退)。三田光徳島から完全移籍)、李漢宰(札幌から完全移籍)、野田明弘らが加入した。また、6月に川浪吾郎(柏)が期限付き移籍で加入した。

リーグ戦は第11節(5試合目)で最下位に転落。また、第20節から6試合連続での無得点負け。成績はクラブ史上初のJ2最下位。なお、シーズン終了後に木村が監督を退任した。天皇杯は初戦(2回戦)で北九州に敗退。

2012年[編集]

チームスローガン:「MOVing こころ、ひとつに。」

清水ブータン代表元監督の行徳浩二が監督に就任。

秋田英義嶋田正吾押谷祐樹(期限付き移籍期間満了で磐田に復帰)、新井涼平(北九州に完全移籍)、菅和範(栃木に完全移籍)らが退団。元日本代表の服部年宏鳥取から完全移籍)、時久省吾(北九州から完全移籍)、関田寛士地主園秀美らが加入。

シーズン開幕から7試合連続勝ちなし、第3節からは4連敗、第6節、第7節と最下位に沈む。第8節で北九州からシーズン初勝利を挙げて最下位を脱出。第10節から3連敗、第11節から第17節まで再び最下位。第18節で最下位から脱したが、J2・JFL入れ替え戦出場圏内の21位でシーズンを終えた。なお、2012年度のJFLでJ2入会基準を満たしたクラブが長崎(JFL優勝)のみであったため、J2に残留した。天皇杯は初戦で熊本に敗退。

9月には経営問題が深刻化し、今西和男が運営会社の代表を辞任。元岐阜県助役の薫田大二郎が後任代表に就任。

この年より松本および富山と組んでダービーマッチとして「TOP OF 北アルプス」を開始した。

2013年[編集]

チームスローガン:「岐阜力 -FOR THE NEXT-」

行徳体制2年目。

チーム得点王の佐藤洸一長崎に完全移籍した他野田恭平樋口寛規(期限付き移籍期間満了で清水に復帰→4月に岐阜に再加入)、川島眞也(引退)、梅田直哉(引退)らが退団。杉山新横浜FC)、美尾敦(鳥取)、高木貴弘(札幌)、益山司松本)、デズモンド(JFL藤枝から期限付き移籍)、清本拓己フェイエノールトユース)らが新加入した。また、2007年から3年間監督を務めた松永英機が、統括副本部長兼チーム統括部長として4年ぶりに復帰した。

シーズンは第1節から単独最下位(22位)となり、第8節松本戦でシーズン初勝利を挙げるまで7戦勝利なし、初勝利後も再び9戦勝利なしとなるなど低迷。前半戦終盤となる6月は3勝1分1敗であったが、後半戦初戦のホームG大阪戦で、J2最多失点記録となる2-8で敗北するなどし、第19節と第26節で21位に上がった他は長く最下位に沈んだ。

後半戦から木谷公亮鳥栖から期限付き移籍)、中村祐輝スティッペらが加入。第29節終了後の8月19日に行徳が解任され、トップチームのアシスタントコーチ兼FC岐阜SECOND監督の辛島啓珠が後任の監督に就任。監督交替後3試合は勝ちがなかったが、第33節から6月以来シーズン2度目となる連勝を果たし、第34節終了時に鳥取と入れ替わり最下位を脱出して、J2・JFL入れ替え戦出場圏内の21位でシーズンを終えた。なお、2013年度のJFLで入れ替え戦出場基準を満たしたクラブが讃岐(JFL2位)のみだったため、J2に残留した。シーズン終了後、辛島が監督を退任した。天皇杯は2回戦敗退。

2014年[編集]

チームスローガン:「共進共闘! BOLA PRA FRENTE GIFU!」

監督にビーチサッカー日本代表元監督のラモス瑠偉が就任。Jトラスト社長の藤澤信義が個人的に強化費を投入(#経営問題にて後述)し、川口能活(磐田)、髙地系治(横浜FC)、難波宏明(横浜FC)、宮沢正史(大分)、三都主アレサンドロ(栃木)ら実績のあるベテランを補強。木谷の期限付き移籍期間が延長、ヘニキナザリト阿部正紀らが加入。チーム最年長であった服部が引退、樋口(清水に復帰)、李漢宰(町田に完全移籍)、染矢一樹岡山に完全移籍)らが退団した。

4月、Jトラスト元経営戦略部長の恩田聖敬が運営会社の社長に就任した。シーズン中に地主園秀美、スティッペ、ド・ドンヒョンが退団。須藤右介岩崎陽平が完全移籍で、クレイトン・ドミンゲス森勇介が期限付き移籍で加入。

シーズンは第36節磐田戦から5連敗を喫するなど終盤に息切れしたものの、開幕前の評判通りの高い攻撃力を発揮し、残留争いに巻き込まれることなく前年から4つ順位を上げた17位でシーズンを終えた。TOP OF 北アルプスに初勝利した。集客面での成長が著しく、J2主催試合における総入場者数は前年から64,227人増の159,259人、平均入場者数も3,059人増の7,584人であった。天皇杯は2回戦敗退。

2015年[編集]

チームスローガン:「共進共闘! ぎふを元気に!ぎふをひとつに!」

ラモス体制2年目。

高木和道(大分)、岡根直哉(清水)、冨士祐樹(北九州)、レオミネイロ(期限付き移籍)らが加入、期限付き移籍の水野泰輔を完全移籍で獲得した。一方、前年チーム得点王のナザリト(札幌へ完全移籍)、生え抜きの田中秀人(JFL・鹿児島へ完全移籍)ら16名が退団、木谷と美尾が引退。シーズン途中には風間宏矢砂川誠ジウシーニョらが期限付き移籍で加入した。

シーズンを通して得点力、守備力両面で振るわなかった。23敗、総得点37、総失点71、得失点差マイナス34はいずれも降格対象の2チームよりも悪い数字であったが、大分・栃木の迷走にも助けられ20位でシーズンを終えた。

かねてからALSの症状が進行していた恩田は、11月23日のアビスパ福岡戦で社長職を退任すると発表[14]。12月14日には12月1日から顧問に就任していた宮田博之が後継社長として就任した[3]

2016年[編集]

チームスローガン:「思いはひとつ 願いも一つ energy to communication」

ラモス体制3年目。

高木義成(名古屋)、田森大己(京都)、田中パウロ淳一金沢)、秋葉勝(山形)、ポープ・ウィリアム(東京Vから期限付き移籍)、エヴァンドロ(大分)、レオナルド・ロシャらが移籍加入。田代雅也、昨シーズン特別指定選手だった鈴木潤青木翼が新卒で加入、期限付き移籍中の風間宏矢を完全移籍で獲得した。一方、昨シーズンの主将だった深谷友基愛媛に完全移籍)、川口能活(相模原に完全移籍)、高木和道(磐田に完全移籍)ら14選手が退団、宮沢と砂川が引退。

第1節、第2節とも0-4で大敗し最下位になるが、第3節ホーム北九州戦、89分のレオナルド・ロシャのゴールでシーズン初勝利を挙げると、同節から4連勝で、第6節終了時には一旦5位にまで順位を上げる。しかしこれがシーズン最高順位となり、第13節アウェー岡山戦での勝利の後、第14節から第31節までの18試合で僅か勝点8(1勝5分12敗)しか挙げられず、第20節から5連敗となった第24節の後の7月22日、ラモス監督が解任され、後任にはヘッドコーチの吉田恵が就任する。

監督交代後も連敗は7、連続試合未勝利は12まで伸び、第27節終了時には20位まで順位を下げた。吉田体制初勝利は第32節の愛媛FC戦で、リーグ戦では3か月ぶり、ホームゲームでは実に半年ぶりの勝利となった。第33節も勝利し、連勝したものの、第34節から5連敗。第38、39節終了後には第2節以来の最下位となる。しかし、第39、40節を連勝し19位に再浮上、第41節で敗れ20位となるが最終節の東京V戦に勝利し、12勝7分23敗の勝点43、2シーズン連続の20位でシーズンを終えた。

失点がJ2リーグワーストの71(次点は群馬の66)、敗戦数も23とワースト(次点は熊本、北九州の20)だったものの、得点がJ2リーグ12位の47で、勝利数も12位タイの12だった。

シーズン終了後、吉田監督が退任した。

2017年[編集]

チームスローガン:「挑戦!Challenge!」

元日本代表コーチで、甲府や京都などを率いた経験のある大木武が新監督に就任。チーム得点王のレオミネイロがレンタル期間満了となったのを始め、特別指定選手時代から在籍していた野垣内俊、主将の髙地系治、岡根直哉ら主力を含む19選手が退団。2014・2015年に在籍したヘニキが完全移籍で復帰。加えて新外国人としてスペイン人のシシーニョビクトルブラジル人クリスチャンを完全移籍で獲得。日本人ではレンタル移籍で野澤英之FC東京)、永島悠史京都)、福村貴幸清水)が、完全移籍では山口の主力であった庄司悦大、前長野山田晃平が加入。昨シーズン特別指定選手だった甲斐健太郎ら大学生3名が加入した。シーズン途中には、中島賢星がレンタル移籍で加入。

シーズン開幕直後の3月27日、田代雅也飲酒運転による自損事故を引き起こしたことが発覚、3月31日付けで契約解除[15]、また代表取締役社長とチーム統括部長は減給処分となった。

成績[編集]

タイトル[編集]

リーグ戦[編集]

スタジアム・練習場[編集]

開催スタジアム[編集]

岐阜メモリアルセンター長良川球技メドウ

ホームスタジアムは岐阜メモリアルセンター長良川競技場(以下、長良川競技場)である。なお、過去のホームゲーム開催スタジアムは「当項目」を参照のこと。

2010年第67回国民体育大会(ぎふ清流国体)による長良川競技場の改修工事により岐阜メモリアルセンター長良川球技メドウ(以下「長良川球」)でホームゲームを15試合開催した。なお、シーズン前は一部の試合を愛知県一宮市光明寺公園球技場を使用する予定もあった[16] が、全て長良川球で開催された。なお、Jリーグは近隣にJリーグ基準を満たしたスタジアムが無いことを理由として長良川球と光明寺での開催を特例で認めたとしている[17]

練習場[編集]

練習場は以下の通り。

なお、J1ライセンス取得の要件の一つである専用練習場の設置について、岐阜市市長細江茂光は2014年9月1日の定例会見で、それの建設の判断を2014年内までに行う方針を固めた[18]

FC岐阜では、岐阜市に対し、岐阜市北西部運動公園の敷地内にクラブハウスを併設した練習場の建設・整備を要望しており、それの実現へ向けた募金・署名運動「ぎふJ1チャレンジ」[19] を進めている[20]。同11月2日、岐阜新聞の取材に答えた細江が、クラブハウスを整備する方針を固めたことを明らかにした[21]。その後、多くの署名と募金に基づき、市が約3億円をかけて、2016年1月にクラブハウス機能を備えた「岐阜市スポーツ交流センター」を完成。センターは鉄骨平屋約657平方メートル。岐阜市北西部運動公園の隣に建設されている。クラブが常時優先使用できる部分は、メディカルルームや更衣室、浴槽付きシャワー室などで施設全体の4分の1程度。運動公園のグラウンド使用時は、会議室と談話室を優先的に利用でき、トレーニングルームやストレッチルームは常時、市民と共用する形となる[22][23][24][25]

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st) オレンジ オレンジ オレンジ
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

  •     [1]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
日本特殊陶業 NGK/NTK
日本特殊陶業
2014年 -
背中上部 西濃運輸 SEINO 西濃運輸 2016年 - 2014年はパンツ
(「セイノーホールディングス」名義)
2015年は袖
(『SEINO』名義)
背中下部 シーシーアイ CCI シーシーアイ 2016年 - 2009年途中は胸
(『AmetVi』名義)
2016年は「CCI SMART MIST」表記
岐阜市信長公450
プロジェクト実行委員会
信長公450 2017年 -
パンツ COPIN COPIN 2010年 - 2012年
2015年 -
2013年は袖

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
2006 アクトス アサヒ給湯 解禁前 - - Lotto
2007 - アクトス
2008 - - /
名進研
Mizuno
2009 - /
AmetVi
- /
サン・メイト
名進研 /
山中製菓
2010 REALWORLD - /
鈴木栄光堂
EIDEN COPIN
2011 ぎふ清流国体 EIDEN 鈴木栄光堂
2012 - - /
RAY Field
2013 ヒマラヤ KCカード COPIN アクティブG gol.
2014 NGK/NTK
日本特殊陶業
J TRUST Valor SEINO
2015 SEINO COPIN
2016 SEINO 西濃運輸 CCI SMART MIST -
2017 シーシーアイ 信長公450 New Balance

※2011年胸スポンサーの「ぎふ清流国体」は契約金の発生しない無償掲出[27]

スポンサー[編集]

下部組織[編集]

  • アカデミー(育成) - 2008年、NPO法人FC岐阜スティックルバックのジュニアユースおよびサッカースクールから移管。
    • U-18、U-15、U-12(サッカースクール)[1]
  • FC岐阜BELTA
    • 「岐阜女子フットボールクラブ」(1985年創設)が2005年に「FC岐阜BELTA」へ名称を変更して発足。トップチームは東海女子サッカーリーグ に所属しているが、2011年に女子小中学生サッカーチームを「FC岐阜ベルタセカンド」として分割した(2012年より「岐阜女子FCフェニックス」へ名称変更)。

経営[編集]

経営問題[編集]

債務超過(2008年)[編集]

FC岐阜はJリーグ準加盟時に「経営状況の改善」が付帯事項に掲げられる(前述)など、経営問題を抱えながらのクラブ運営を行っていた。2007年にはJリーグ経営諮問委員会でクラブを運営する株式会社岐阜フットボールクラブ(岐阜FC)の経営状態が指摘されたことを受け、同年10月に岐阜市内の製菓会社社長を理事長とする「FC岐阜個人持株会」を設立し、1口5万円での出資募集を開始[28]。しかし、個人持株会も大口スポンサーとはなりえず、2008年のシーズン終了時には3億366万円の累積赤字と1億4,616万円の債務超過となった。

公式試合安定開催基金からの融資(2009年から2010年)[編集]

岐阜FCは2008年シーズン終了後にJリーグより公式試合安定開催基金から5,000万円の融資を受けた(ザスパ草津に次いで2例目)[29]。さらに2009年6月24日、入場者数が当初の予想より大幅に下回っていることと、このままの状況が推移すれば当初の予想興行収入である1億円を下回り、公式試合安定開催基金より借入した5,000万円の融資を返済した後、選手やスタッフに給与の支払いができなくなるほど資金が底を突く可能性があると発表[29]、存続を願う地元ファンや企業から2,800万円を集めて何とかしのぎ、2009年に「公式試合安定開催基金」から融資を受けている5,000万円の返済期限の延期をJリーグに申し入れ[16] た後、2010年4月16日、公式試合安定開催基金から融資を受けていた5,000万円を返済[30] し、同年には単年度黒字を計上した。

予算管理団体指定と今西和男社長の退任(2011年から2012年)[編集]

しかし累積赤字・債務超過の状況が解消されたわけではなく、2011年度には7,100万円の単年度赤字を計上(過去5期中4期が赤字)。これを受け2012年4月18日、将来のクラブライセンス制度の導入を見据える形で、岐阜FCがJリーグから予算管理団体の指定を受け、経営状態について随時指導を受けることになった[31][32]。さらに同年6月20日、岐阜FCは2012年シーズン終了までに1億5,000万円の資金が不足し、7月末までに1,000万円の資金ショートが発生するとの見通しを示した。これを受けて、県内の企業・団体などはFC岐阜に資金支援する意向を表明、岐阜県や岐阜市は直接の資金援助(税金投入)は否定したものの、側面支援を約束した[33]。岐阜FC社長の今西和男は社長給与を40%削減するとともに、「私は岐阜出身ではなく、コネもないので、私のポスト(社長)には岐阜出身者のほうがいいのではないか」と提案、近い将来の退任を示唆した[34]。また、経費削減のために、2012年シーズンは山形戦と九州でのアウェー戦以外の遠征はすべてチームバスで行った[35]。2012年8月20日、クラブライセンスの可否を判断するためのクラブへの事前ヒアリングにおいて、Jリーグは経営が悪化している岐阜FCについて2013年度のライセンス交付に厳しい姿勢を示した[36]。結果的にこの年はJ2ライセンスの交付を受けたが、同時に債務超過の解消や単年度黒字計画の策定を求めるための是正を通達された[37]。今西は8月末日付けで社長を退任、後任に岐阜県庁出身の薫田大二郎が就任した[38]

藤澤信義Jトラスト社長の支援(2013年から2014年)[編集]

これまで大口スポンサーを持たなかったFC岐阜だったが、2012年シーズンオフに岐阜出身でJトラスト社長の藤澤信義がクラブ支援に乗り出すことを表明。2013年については個人で1億5,000万円を拠出(寄付)する方針を明らかにした[39]。また、JトラストグループのKCカードが2013年シーズンのユニフォームスポンサーに就くことも決まった[40]

2013年4月24日、岐阜FCの株主総会が開催され、2012年度決算が4,800万円の赤字で、債務超過額が1億9100万円へ増加したことが明らかとなった。2015年1月までに債務超過を解消しなければクラブライセンスが発給されずJリーグ退会となるため、増資も検討していると発表した[41]。債務超過については、2014年度のクラブライセンス交付時にJリーグ側から「債務超過の解消に向け、(1)今期損益見通し詳細を報告し、Jリーグの指導を受けること(2)2014年度予算編成に際し、Jリーグの事前指導を受けること」との是正通達が付帯された[42]。債務超過解消について、藤澤は「地元財界の支援による債務超過解消が前提」とコメントし、債務超過が解消されればさらなる資金援助を行う意向を表明した。

2013年12月、藤澤による追加支援の条件となっていた「地元での債務超過の解消」に目処が付いたことが明らかになる[43]。具体的な債務超過解消策については明らかになっていないが、FC岐阜のメインバンクである十六銀行が債務の圧縮に応じたものが大きいとみられている[44]。これを受けて「無制限の強化費用の支援を行う」という藤澤の方針がメディアにより報じられた[45]

2014年4月24日、岐阜FCは同日行った株主総会で2億4,000万円の第三者割当増資を承認。これを藤澤が個人で引き受け、藤澤が岐阜FCの49.95%の株式を保有する筆頭株主となった。経営問題にめどがついたことを受けて、同日の株主総会をもって社長の薫田が代表権のない会長に退き、後任の社長にJトラスト出身の恩田聖敬が就任した[5][44]

決算[編集]

FC岐阜の決算は、つぎのとおり。

損益[編集]

年度 収入 広告料 入場料 配分 その他 費用 事業費 人件費 管理費 利益 純利益
2008 401 115 80 108 97 477 385 178 92 -76 -86
2009 420 115 71 104 129 464 327 156 137 -45 -56
2010 519 188 77 98 156 505 298 186 207 14 1
  • 金額の単位: 百万円
  • 人件費は事業費に含まれる。

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 200820092010

年度 収益 広告料 入場料 配分 育成 その他 費用 人件費 試合 トップ 育成 女子 販売 利益 純利益
2011 448 153 59 106 31 99 510 192 43 54 18 0 203 -62 -71
2012 528 193 73 100 32 130 568 212 46 75 18 0 217 -40 -49
2013 576 266 74 90 41 105 611 241 67 101 33 0 169 -35 88
2014 831 380 140 95 89 127 979 503 90 140 48 0 198 -148 -63
2015 999 516 131 85 47 220 992 468 84 124 35 0 281 7 3
  • 金額の単位: 百万円

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 20112012201320142015

年度 収益 広告料 入場料 配分 育成 物販 その他 費用 人件費 試合 トップ 育成 女子 物販 販売 利益 純利益
2016 932 522 128 86 43 57 96 924 419 88 114 37 0 45 221 8 3
  • 金額の単位: 百万円

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 2016

資産[編集]

年度 総資産 総負債 純資産 資本金
2008 82 224 -141 79
2009 122 255 -133 111
2010 81 177 -95 130
2011 70 217 -147 140
2012 80 272 -192 142
2013 129 222 -93 147
2014 226 138 89 269
2015 145 54 91 269
2016 186 92 94 269
  • 金額の単位: 百万円

出典: 各年度のJ1 クラブ決算一覧。 200820092010201120122013201420152016

メディア[編集]

テレビ[編集]

岐阜放送
  • ゴォール!FC岐阜 毎週日曜日 22:54 - 23:00(2015年3月8日放送再開)
  • Jリーグ昇格以前から不定期にホーム戦中継を行っていたが、2015年よりテレビ・ラジオ合わせてのホーム全試合中継を開始した(テレビは編成の都合により、一部録画中継あり)。
NHK岐阜放送局
  • ほっとイブニングぎふ
    • 毎週月曜日 18:30 - 19:00(「WEEKLY FC岐阜」で主に試合のハイライトを放送)
    • 毎週金曜日 18:30 - 19:00(「Forza!FC岐阜」で主に次節の試合告知や練習風景等を放送)
シーシーエヌ(チャンネル長良川)
  • 緑の話を聞け!
    • 毎週金曜 19:55 - 20:00(リピート放送あり)

ラジオ[編集]

東海ラジオ放送
エフエム岐阜
シティエフエムぎふ(FMわっち)
  • Fight Together For GIFU(長良川競技場からホームゲームを生中継)
JFL
岐阜放送が2006年度のシーズン中に数回中継。ケーブルテレビのシーシーエヌがホーム戦を主に中継し、応援番組も放送。
2006年12月のJFL入れ替え戦(FC岐阜×ホンダロックSC)を、17日は岐阜放送ラジオ局、シーシーエヌ、23日は岐阜放送テレビ、シーシーエヌが生中継した。
Jリーグ
2008年2月24日に開催された『プレシーズンマッチFC岐阜×名古屋グランパス』の地上波中継は名古屋テレビ放送(メ〜テレ)が深夜に録画中継を行ったほか、岐阜放送がスカパー向けに制作し、後日パーフェクト・チョイスにて無料放送された。レギュラーシーズンはNHK岐阜放送局(J2開幕戦3月9日の生中継が最初)と岐阜放送(3月16日の生中継が最初)とメ〜テレ(3月23日の録画中継が最初)で中継が行われた。
スカパー中継は、Jリーグからの委託を受けて、岐阜放送とメ〜テレが試合ごとに映像を製作。ラジオは主に地元コミュニティFM放送のFMわっちが生中継を行い、2009年7月19日の対横浜FC戦の中継より会場限定のミニFM局を開設した。2015年より岐阜放送ラジオでもホーム戦の生放送を行う予定。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x FC岐阜 (プロフィール欄)”. 日本プロサッカーリーグ. 2016年7月22日閲覧。
  2. ^ a b クラブプロフィール”. FC岐阜. 2017年10月8日閲覧。
  3. ^ a b 宮田博之氏、代表取締役社長就任のお知らせ”. FC岐阜. 2015年12月16日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g 2015年度(平成27年度)Jクラブ個別情報開示資料”. 日本プロサッカーリーグ. 2016年7月22日閲覧。
  5. ^ a b “FC岐阜、2.4億円増資 社長に恩田氏が就任”. 岐阜新聞. (2014年4月25日). http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20140425/201404250923_22403.shtml 2014年7月31日閲覧。 
  6. ^ a b “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2007年3月16日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00001617.html 2013年5月11日閲覧。 
  7. ^ “応援マスコット「ミナモ」期限付き移籍記者会見” (プレスリリース), FC岐阜, (2013年4月29日), http://www.fc-gifu.com/news/post-2219.html 2013年5月10日閲覧。 
  8. ^ “日本一ソフトウェアのキャラクター「プリニー」が応援マスコットへ就任!” (プレスリリース), FC岐阜, (2014年3月21日), http://www.fc-gifu.com/news/post-2776.html 2014年3月29日閲覧。 
  9. ^ “FC岐阜公式マスコットキャラクター決定のお知らせ” (プレスリリース), 公式サイト, (2017年7月22日), http://www.fc-gifu.com/information/21545 2017年7月23日閲覧。 
  10. ^ 岐阜経済大学は、株式会社岐阜フットボールクラブと連携協定を締結しました 岐阜経済大学リリース、 2008年5月25日
  11. ^ “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2007年2月20日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00001572.html 2013年5月11日閲覧。 
  12. ^ 2008 J2 第7節 福岡 vs 岐阜 J's GOAL ゲームサマリー
  13. ^ 倉田安治監督、退任のお知らせ”. FC岐阜 (2010年12月27日). 2013年11月28日閲覧。
  14. ^ 代表取締役社長からFC岐阜に関わる皆様へのご挨拶”. FC岐阜. 2015年12月16日閲覧。
  15. ^ “田代雅也選手との契約について” (プレスリリース), FC岐阜, (2017年3月31日), http://www.fc-gifu.com/information/19277 2017年8月8日閲覧。 
  16. ^ a b “Jリーグ公式試合安定開催基金、返済期限について” (プレスリリース), FC岐阜, (2009年11月17日), http://www.fc-gifu.com/news/j-3.html 2012年12月8日閲覧。 
  17. ^ 中日新聞:FC岐阜、長良川球技メドウにホーム変更:岐阜(CHUNICHI Web)
  18. ^ FC岐阜クラブハウス建設 岐阜市長「年内判断」(岐阜新聞2014年9月1日 10月3日閲覧)
  19. ^ スポーツでぎふを元気に!ぎふをひとつに!「ぎふJ1チャレンジ」
  20. ^ FC岐阜、署名開始後初練習 拠点化要望の運動公園(中日新聞2014年9月4日 10月3日閲覧)
  21. ^ FC岐阜クラブハウス建設 岐阜市長が整備方針(岐阜新聞2014年11月3日 12月20日閲覧)
  22. ^ “1/30(土)岐阜市スポーツ交流センター完成式レポート” (プレスリリース), 公式サイト, (2016年1月31日), http://www.fc-gifu.com/information/11975 2017年8月27日閲覧。 
  23. ^ “FC岐阜待望のクラブハウス 岐阜市に完成” (プレスリリース), 岐阜新聞, (2016年1月31日), http://www.gifu-np.co.jp/fc_gifu/news/2016/01/31/8794 2017年8月27日閲覧。 
  24. ^ “FC岐阜、J1昇格に必要なクラブハウス完成” (プレスリリース), Viewpoint, (2016年2月22日), http://vpoint.jp/photonews/60735.html 2017年8月27日閲覧。 
  25. ^ “FC岐阜観戦” (プレスリリース), ええとこたんと岐阜市, http://www.cool-gifucity.jp/experience/experience03/ 2017年8月27日閲覧。 
  26. ^ “株式会社ニューバランス ジャパンと2017シーズンユニフォームサプライヤー契約合意のお知らせ” (プレスリリース), (2016年10月20日), http://www.fc-gifu.com/information/15776 2016年10月21日閲覧。 
  27. ^ “2011年オフィシャルユニフォームスポンサー決定のお知らせ” (プレスリリース), FC岐阜, (2011年2月24日), http://www.fc-gifu.com/news/post-883.html 2012年12月8日閲覧。 
  28. ^ “FC岐阜サポーター「個人持株会」設立 財政「補強」Jへ後押し”. 岐阜新聞. (2007年10月16日). https://www.gifu-np.co.jp/kikaku/focus/fo20071016.shtml 
  29. ^ a b 木村元彦. “Jリーグ 地方クラブの現実 The real of JLeague 【FC岐阜】今西和男が広島でやり残したこと”. Sportiva. 集英社. 2014年5月10日閲覧。
  30. ^ “Jリーグ公式試合安定開催基金返済について” (プレスリリース), FC岐阜, (2010年4月19日), http://www.fc-gifu.com/news/post-315.html 2012年12月8日閲覧。 
  31. ^ “FC岐阜、予算管理団体に Jリーグ、経営改善へ指定”. 岐阜新聞. (2012年4月18日). http://www.gifu-np.co.jp/fc_gifu/news/2012/04/19/5239 2014年5月10日閲覧。 
  32. ^ 当クラブ「予算管理団体」の指定について FC岐阜公式ホームページ 2012年4月18日
  33. ^ “FC岐阜、今季1億5千万円不足 県や経済界が支援へ”. 岐阜新聞. (2012年6月21日). http://www.gifu-np.co.jp/fc_gifu/news/2012/06/21/5441 2014年5月10日閲覧。 
  34. ^ FC岐阜 経済界が資金支援へ(2012年6月21日・朝日新聞岐阜県版 同7月4日閲覧)
  35. ^ 東海ラジオ 1332kHz | 7月2日 | 放送 | 週刊!サカ・ラジ 東海ラジオ週刊!サカラジ』2012年7月2日放送分における服部年宏へのインタビューより
  36. ^ “FC岐阜に厳しい姿勢 Jリーグ、来季参加資格検討へ聴取”. 岐阜新聞. (2012年8月21日). http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20120821/201208211114_17847.shtml 2012年8月23日閲覧。 
  37. ^ サッカー:Jリーグ FC岐阜にライセンス 債務超過解消など求める /岐阜(毎日新聞2012年9月29日付け。同9月30日閲覧)
  38. ^ “「現場を最大限支える」 FC岐阜・薫田新社長が意気込み”. 岐阜新聞. (2012年9月4日). http://www.gifu-np.co.jp/fc_gifu/news/2012/09/04/5692 2014年5月10日閲覧。 
  39. ^ “藤澤信義氏・Jトラスト(株)代表取締役社長によるFC岐阜支援のお知らせ” (プレスリリース), FC岐阜, (2012年12月25日), http://www.fc-gifu.com/news/post-2028.html 2014年5月10日閲覧。 
  40. ^ “当社連結子会社によるJ2リーグ「FC岐阜」とのユニフォームスポンサー契約に関するお知らせ” (PDF) (プレスリリース), Jトラスト, (2013年5月22日), http://www.jt-corp.co.jp/news/pdf/36/H25022101.pdf 2014年5月10日閲覧。 
  41. ^ “FC岐阜「債務超過解消厳しい」”. 中日新聞. (2013年4月25日). オリジナル2013年4月28日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130428015857/http://www.chunichi.co.jp/article/gifu/20130425/CK2013042502000051.html 2014年5月10日閲覧。 
  42. ^ “2014シーズンJリーグクラブライセンス交付について” (プレスリリース), FC岐阜オフィシャルサイト, (2013年10月1日), http://www.fc-gifu.com/news/post-2467.html 2013年10月3日閲覧。 
  43. ^ “薫田社長「新FC岐阜つくれる」”. 中日新聞. (2013年12月26日). オリジナル2014年1月16日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20140116190103/http://www.chunichi.co.jp/article/gifu/20131226/CK2013122602000016.html 2014年5月10日閲覧。 
  44. ^ a b “FC岐阜が債務超過解消にめど 新社長に恩田氏”. 中日新聞. (2014年4月25日). http://www.chunichi.co.jp/article/gifu/20140425/CK2014042502000031.html 2014年5月10日閲覧。 
  45. ^ “ラモス岐阜誕生、J1昇格へ無制限支援”. デイリースポーツ. (2013年12月26日). http://www.daily.co.jp/soccer/2013/12/26/0006596997.shtml 2014年5月10日閲覧。 
  46. ^ 2012年12月30日放送「崖っぷちの戦い ~Jリーグ残留を決めたFC岐阜の一年」等

関連項目[編集]

外部リンク[編集]