東口順昭

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東口 順昭 Football pictogram.svg
Masaaki Higashiguchi 20180612 (cropped).jpg
日本代表での東口(2018年)
名前
愛称 ヒガシ
カタカナ ヒガシグチ マサアキ
ラテン文字 HIGASHIGUCHI Masaaki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-05-12) 1986年5月12日(32歳)
出身地 大阪府高槻市
身長 184cm
体重 78kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ガンバ大阪
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2013 アルビレックス新潟 84 (0)
2014- ガンバ大阪 164 (0)
代表歴2
2015- 日本の旗 日本 7 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年12月1日現在。
2. 2018年10月16日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

東口 順昭(ひがしぐち まさあき、1986年5月12日 - )は、大阪府高槻市出身のプロサッカー選手Jリーグガンバ大阪所属。ポジションはゴールキーパー日本代表

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

7歳から大阪でサッカーを始める。小学校時代はフォワードだったがある試合でチームメートとのじゃんけんに負けた事でゴールキーパーとしてプレーする機会を得た。当初はゴールキーパーとしてプレーするのが嫌で監督に「フォワードとしてプレーさせてくれ」と頼んだ事もあるというが、プレーの内容がよかったことから重要な試合でゴールキーパーとしてプレーする機会が増えていった[1]。芝谷中学校時代はガンバ大阪ジュニアユースでプレーしていたが、身長が低いこと(当時は170cm以下と小柄だった)などの理由からユースへの昇格は見送られ、京都洛南高校(当時金光大阪高校のセレクションに落選している[2])を経て福井工業大学に進学。しかし、2年時にサッカー部が解散したため、新潟経営大学に転入。2007年にはユニバーシアード代表に選出され、2008年デンソーカップを受賞するなど徐々に頭角を現し、アルビレックス新潟特別指定選手に登録された。

アルビレックス新潟[編集]

プロ入りに際しては古巣のG大阪からもオファーが来たが、大学卒業後は自ら「サッカー人生の転機になった」と語る新潟に加入。6月7日にナビスコ杯予選リーグ第6節サンフレッチェ広島戦にて公式戦デビューを果たしたが、5失点を喫した。

2010年黒河貴矢高木貴弘に次ぐ第3GKと目されていたが、高木が開幕前に負傷離脱し、黒河もJ1第2節ジュビロ磐田戦で負傷退場したため、急きょ途中出場しJリーグデビューを果たした。試合は1-0とリードした場面で同点ゴールを決められるというほろ苦いものであった(試合は1-1のまま終了)。その後はレギュラーの座を譲らなかったが、J1第14節ベガルタ仙台戦で左眼窩壁骨折および鼻骨骨折の全治3ヶ月の重傷を負い一時戦列を離れた。怪我から復帰するとレギュラーに返り咲き、最終的にリーグ戦25試合に出場。飛躍の1年となった。

2011年はプロ入り後初めて開幕スタメン入りを果たすなど先発出場を続けていたが、8月28日に行われたファン感謝イベントのサマーフェスタ2011のリラックスゲームで右ひざ前十字靭帯損傷、全治8ヶ月の重傷を負い[3]、急きょ移籍加入した武田洋平を登録するため、9月9日付けで選手登録を抹消された[4]

2012年はリハビリからのスタートとなったが、4月4日のナビスコ杯予選リーグ第2節清水エスパルス戦で約7ヶ月ぶりに先発復帰を果たした。また、7月21日に行われた東日本大震災復興支援 2012JリーグスペシャルマッチのJリーグ選抜メンバーに選出[5]。前半45分間に出場し、Jリーグ TEAM AS ONEの元イタリア代表FWアレッサンドロ・デル・ピエロと対戦した。チームが得点力不足で苦しむ中でも安定した守りで鼓舞していたが、10月13日ザスパ草津U-23とのトレーニングマッチで負傷。右ひざ前十字靭帯再断裂ならびに内側側副靭帯損傷で全治8ヶ月となり、2年連続での長期離脱となった[6]

2013年7月6日のJ1第14節柏レイソル戦で、約9カ月ぶりに公式戦復帰を果たした。復帰以降は守護神として後半戦を首位で乗り切ったチームを支え、第33節横浜F・マリノス戦では好セーブを連発し、マリノスのリーグ優勝を阻止する活躍を見せた。

ガンバ大阪[編集]

2013年12月16日、ガンバ大阪へ完全移籍[7][8]。ジュニアユース時代を過ごしたガンバへ13年ぶりに復帰となった。1年通して大きな怪我なくプロ入り後では初めてリーグ戦全試合にフル出場。リーグ優勝がかかったシーズン終盤の第32節浦和戦や第33節神戸戦ではファインセーブを連発し、11月・12月のJリーグ月間MVPを受賞[9]。シーズン通して安定したセービングを披露し、失点数はリーグ2位タイの31失点に抑え、完封試合はガンバのクラブ新記録となる14試合を記録するなど、ガンバのリーグ優勝さらには国内三冠達成に大きく貢献[10]。監督の長谷川健太からはチームのMVPに指名され[11]、同年度の日刊スポーツ 提供「黄金の脚賞」を受賞。また、ガンバの公式応援番組『GAMBA TV〜青と黒〜』の年末特別企画「ガンバTVアウォーズ」ではMVPに選出された。

2015年も前年に劣らぬ高いパフォーマンスを見せ、1年通して大きな怪我無く過ごした。代表召集期間と重なったナビスコカップ準々決勝・準決勝、スルガ銀行CSを除く公式戦全試合に出場し2年連続でガンバTVアウォーズのMVPを受賞。CS準決勝浦和戦ではビッグセーブを連発して浦和の猛攻を防ぎ、さらに丹羽大輝のあわやオウンゴールになりかけたバックパスをわずかに足先で触れることで軌道を逸らし失点を防ぐと、そこから自身がつなげたボールが藤春廣輝の決勝点を呼び込む活躍を見せ、Jリーグが選ぶ同試合のMOMに選出された[12]。天皇杯決勝の浦和戦でも味方の倍以上のシュートを浴びながら1失点に抑えガンバの天皇杯連覇に貢献した。

2018年4月21日に行われたセレッソ大阪戦で、味方の三浦弦太と接触し、右頬骨と右眼窩底を骨折。怪我から3週間で練習に復帰し、5月12日の横浜F・マリノス戦にて先発復帰を果たし[13]、危ぶまれたロシアW杯メンバーにも選出された。

日本代表[編集]

2011年AFCアジアカップ日本代表予備登録メンバーに選出された。3月29日の「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」では日本代表の本メンバーに選出される。試合には川島永嗣西川周作に次いで交代出場し、国際AマッチではないもののA代表デビューを果たす。出場時間帯にJリーグ選抜のFW三浦知良に得点を献上した[14]。同年行われたキリンカップにも招集された。

前述の負傷による長期離脱を経験して以降はA代表からは遠ざかっていたが、2014年11月に約3年ぶりに日本代表に招集される。12月には自身にとって初の国際大会となるAFCアジアカップ2015の代表メンバーに選出された。2015年8月9日東アジアカップ2015の対中国戦で初召集から約4年越しで国際Aマッチ初デビューを飾った。

2018年ロシアワールドカップのメンバー入りを果たした[15]。大会中は、正GKの川島のパフォーマンスが安定しなかった事もあり、メディアから東口や中村航輔を推す声も出た[16]が、出場機会は無かった。その後、9月10日に放送された『GAMBA TV〜青と黒〜』で、ゲスト出演したW杯で監督だった西野朗にVTRで「どうしたら使われたんですか?」と直球の質問をし、「(東口は)最高の準備をしたと思う。ただ、キーパーは継続して使う、代えて好転させる、(2つ選択肢がある中で)自分は継続を選んでしまいました」と西野から川島を起用し続けた理由を聞いている[17]。9月に日本代表監督に就任した森保一の初陣のメンバーに選ばれ、初戦のコスタリカ戦ではスタメンとして出場している。

人物・エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006 福井工大 21 - - 1 0 1 0
2008 新潟経大 1 - - 1 0 1 0
2009 新潟 21 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2010 25 0 5 0 2 0 32 0
2011 14 0 0 0 - 14 0
2012 24 0 4 0 0 0 28 0
2013 21 0 0 0 1 0 22 0
2014 G大阪 1 34 0 10 0 6 0 50 0
2015 34 0 1 0 4 0 39 0
2016 34 0 1 0 1 0 36 0
2017 33 0 1 0 2 0 36 0
2018 29 0 3 0 0 0 32 0
通算 日本 J1 248 0 26 0 16 0 290 0
日本 その他 - - 2 0 2 0
総通算 248 0 26 0 18 0 292 0
  • 2008年は特別指定選手としての出場はなし
その他の公式戦
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2015 G大阪 1 12 0
2016 5 0
2017 5 0
通算 AFC 22 0
出場歴

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ガンバ大阪

個人[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 7試合(2015年 - )


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2015 1 0
2016 1 0
2017 2 0
2018 3 0
通算 7 0

出典[編集]

  1. ^ 野口智美「GK 21 東口 順昭 日々是進化。」エル・ゴラッソ関西版 No. 943(2010.1.20)p. 13
  2. ^ 東口順昭“日本一のGKへ”vol.3「ユースに昇格できず…本田、家長ら“個が強い”同期との思い出」 ゲキサカ 2017年8月04日
  3. ^ 東口順昭選手の負傷について アルビレックス新潟公式サイト 2011年9月2日
  4. ^ 登録選手追加・変更・抹消のお知らせ Jリーグ公式サイト 2011年9月9日 Archived 2011年9月26日, at the Wayback Machine.
  5. ^ 東口 順昭選手 「東日本大震災復興支援 2012Jリーグスペシャルマッチ」 Jリーグ選抜メンバーに選出 アルビレックス新潟公式サイト 2012年7月6日
  6. ^ 東口順昭選手の負傷について アルビレックス新潟公式HP 2012年10月14日
  7. ^ GK 東口 順昭選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ ガンバ大阪公式HP 2013年12月16日
  8. ^ 東口 順昭選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ アルビレックス新潟公式HP 2013年12月16日
  9. ^ 【2014Jリーグ J1リーグ戦/J2リーグ戦】11・12月度の「コカ・コーラJリーグ月間MVP」決定 ~ J1:東口 順昭選手(ガンバ大阪)”. Jリーグ公式サイト (2014年12月8日). 2014年12月19日閲覧。
  10. ^ “守護神・東口、古巣に9年ぶりVもたらす「1歩ずつ乗り越えてきた結果」”. フットボールチャンネル. (2014年12月6日). http://www.footballchannel.jp/2014/12/06/post59558/ 2014年12月19日閲覧。 
  11. ^ “フットボールチャンネルが選ぶ2014年ベスト30。日本一のGKへ―。大阪の雄が誇る“守護神”東口順昭(3位)”. フットボールチャンネル. (2014年12月26日). http://www.footballchannel.jp/2014/12/26/post62623/ 2014年12月29日閲覧。 
  12. ^ “明治安田生命2015Jリーグチャンピオンシップ 決勝進出クラブ決定!! 決勝はサンフレッチェ広島 vs ガンバ大阪 ~準決勝のMOMは、東口 順昭選手が獲得~” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2015年11月28日), http://www.jleague.jp/release/post-40676/ 2016年1月10日閲覧。 
  13. ^ GK東口順昭が怪我で得た割り切り。「絶対止めなあかん」が強すぎた?Number 2018年6月25日
  14. ^ 東口、複雑なフル代表デビュー Goal.com 2011年3月30日
  15. ^ 苦労の連続、糧に成長 ロシアW杯へ・東口順昭選手京都新聞 2018年6月14日
  16. ^ GK川島の「落ち度」とは W杯失点に不安、次戦は交代? j-cast(2018年6月20日)
  17. ^ 西野前監督 今明かすベルギー戦後の沈黙の理由とは…「2―0が一番危ないのに」スポニチ 2018年09月07日
  18. ^ 東口順昭“日本一のGKへ”vol.2「ジュニアユース時代の挫折と“えげつない”ライバル」 ゲキサカ 2017年7月21日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]