近藤直也

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近藤 直也 Football pictogram.svg
名前
愛称 ドゥー
カタカナ コンドウ ナオヤ
ラテン文字 KONDO Naoya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-10-03) 1983年10月3日(35歳)
出身地 栃木県宇都宮市
身長 182cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ジェフユナイテッド千葉
ポジション DFCB
背番号 3
利き足 右足
ユース
1999-2001 柏レイソルユース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2015 柏レイソル 246 (11)
2016- ジェフユナイテッド千葉 73 (6)
代表歴2
2003 日本の旗 日本U-20
2004 日本の旗 日本U-23
2012 日本の旗 日本 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年12月31日現在。
2. 2012年2月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

近藤 直也(こんどう なおや、1983年10月3日 - )は、栃木県宇都宮市出身のサッカー選手Jリーグジェフユナイテッド市原・千葉所属。元日本代表。ポジションはディフェンダーCB)。

来歴[編集]

栃木県宇都宮市出身[1]。父は大学教授、兄は後にキャリア官僚となるエリート一家に生まれ、3歳の時に1年間アメリカで生活した[1][2]

帰国後は茨城県つくば市に居住[1]。兄の影響で幼稚園生の時にサッカーを始め、小学校入学後、地元のサッカークラブ「竹園西FC」に入団[1]。2学年後輩にカレン・ロバートがいた[1]。小学5年生の時には柏レイソルジュニアのセレクションに合格したが、本人曰く「小学生だったので柏まで通えないと思った」という理由で入団を断念した[1]

つくば市立竹園東中学校入学後はサッカー部に所属[1]。中学2年生の夏休みには、知人を介して柏レイソルジュニアユースの練習に参加した[1]。同中学校サッカー部では目立った成績を残せなかったが、1999年、柏レイソルユースのセレクションに合格し、入団を決めた[1]

同中学校卒業後は、茨城県内屈指の進学校である茨城県立竹園高等学校へ進学[2]。放課後に電車で往復3時間かけて柏市の練習場まで通う生活を送りながらも、学業面は非常に優秀で、高校3年間の成績は5段階評価で平均「4.7」であった[2]。学校からは早稲田大学慶応大学への推薦入学も勧められたが、プロサッカー選手の道を選び、2002年、トップチームへ昇格した[2]

2003年J11stステージ第2節鹿島アントラーズ戦で公式戦初出場。2ndステージ第8節ジュビロ磐田戦で公式戦初得点を記録した。同年、U-20日本代表に選出され、2003 FIFAワールドユース選手権トゥーロン国際大会に出場。トゥーロンではポルトガルと対戦し、後のバロンドールクリスティアーノ・ロナウドを完封した[2]

2004年、レギュラーポジションを獲得し、リーグ戦27試合に出場。U-23日本代表に選出され、アテネ五輪アジア最終予選を戦ったが、本大会メンバーには残らなかった。

2005年、夏にグロインペイン症候群を発症[3]。復帰直後には右膝前十字靭帯断裂の大怪我を負い、長期離脱を余儀なくされた[4]

怪我を克服した2007年、開幕から順調なパフォーマンスを続け、5月には初めて日本代表候補に選出されたが、直後に再び3ヶ月の負傷離脱[2]。その後も左膝内側側副靭帯損傷などの怪我が相次ぎ[5]、出場機会を大きく減らした。

2009年、徐々に出場機会を増やし、リーグ戦22試合に出場したが、チームは不振に喘ぎ、J2降格の憂き目に遭った。

2010年、完全にレギュラーポジションを取り戻し、累積警告・退場による出場停止を除くリーグ戦全34試合にフル出場。シーズン通算24失点(1試合平均0.67失点)という鉄壁の守備を支え、クラブ初のJ2優勝・1年でのJ1昇格に貢献した。

2011年、チーム最多となるリーグ戦31試合にフル出場。Jリーグ史上初となる昇格初年度でのJ1優勝を達成し、自身もJリーグベストイレブンに初選出された。2011 FIFAクラブワールドカップでも全4試合に出場した。

2012年、日本代表に初選出され、同じ柏所属の田中順也と共にキリンチャレンジカップアイスランド戦で国際Aマッチ初出場。10月には左太腿裏肉離れによる負傷離脱もあったが[6]、引き続きレギュラーとしてリーグ戦26試合に出場した。

2015年11月22日に行われた明治安田生命J1リーグ 2ndステージ 第17節 アルビレックス新潟戦の試合後の最終戦セレモニーで2015年シーズンをもって契約を終了することを発表した[7]。12月30日、ジェフユナイテッド市原・千葉への完全移籍が発表された [8]

2017年シーズンより、千葉のキャプテンに就任することが発表された[9]

プレースタイル[編集]

屈強なフィジカルと高い危機察知能力を持つ、対人守備に優れたストッパー[2][10]

ディフェンダーながら攻撃意識が高く、相手ディフェンスラインの背後を突くロブパス、一気に中盤を飛ばす鋭いグラウンダーパスなど、硬軟多彩で正確なフィードフォワードに供給出来る[10]

人物・エピソード[編集]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002 26 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2003 15 1 2 0 0 0 18 1
2004 26 1 5 0 1 0 32 1
2005 12 0 4 0 0 0 16 0
2006 3 J2 3 0 - 2 0 5 0
2007 J1 16 1 2 0 1 0 19 1
2008 5 0 3 0 0 0 8 0
2009 22 0 2 0 2 0 26 0
2010 J2 34 3 - 3 1 37 4
2011 J1 31 1 2 0 3 0 36 1
2012 26 2 4 0 5 0 35 2
2013 31 2 5 0 2 0 38 2
2014 18 0 8 0 1 0 27 0
2015 7 0 1 0 0 0 8 0
2016 千葉 J2 35 2 - 0 0 35 2
2017 38 4 - 1 0 39 4
2018 -
通算 日本 J1 209 8 37 0 15 0 261 8
日本 J2 110 9 - 6 1 116 10
総通算 319 17 37 0 21 1 377 18

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFCACLクラブW杯
2011 3 - 4 0
2012 4 0 -
2013 11 1 -
通算 AFC 15 1 4 0

タイトル[編集]

クラブ[編集]

柏レイソル

個人[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(2012年)


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2012 1 0
通算 1 0

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i on the way Player's Biography 01 近藤直也 - 柏レイソル公式サイト
  2. ^ a b c d e f g h 柏レイソルJ1復帰記念連載 : 「頭脳派」守備スキなし - YOMIURI ONLINE (読売新聞) - 2010年11月10日
  3. ^ 近藤直也選手の手術について - 柏レイソル公式サイト 2005年8月30日
  4. ^ 近藤直也選手の負傷について - 柏レイソル公式サイト 2005年10月14日
  5. ^ 近藤直也選手の負傷について - 柏レイソル公式サイト 2008年3月22日
  6. ^ 近藤直也選手の負傷について - 柏レイソル公式サイト 2012年10月16日
  7. ^ 近藤 直也選手 契約満了のお知らせ - 柏レイソル公式サイト 2015年11月22日
  8. ^ 近藤直也選手加入のお知らせ ジェフユナイテッド市原・千葉公式サイト (2015年12月30日 閲覧)
  9. ^ 2017シーズン新キャプテン決定のお知らせ - ジェフユナイテッド市原・千葉 2017年1月18日
  10. ^ a b 「縦への意識」を強く持つ、栗原勇蔵と近藤直也 - Number Web 2013年1月5日
  11. ^ 近藤直也選手が入籍 - 柏レイソル公式サイト 2009年7月7日
  12. ^ 近藤直也選手に第1子(長女)誕生 - 柏レイソル公式サイト 2010年6月2日
  13. ^ 近藤直也選手に第2子(長男)誕生 - 柏レイソル公式サイト 2013年1月11日
  14. ^ JFAの定めた サッカー競技規則 によれば、レッドカードを示された競技者は、フィールド周辺及びテクニカルエリア周辺から離れなければならない。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]