成岡翔

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成岡 翔 Football pictogram.svg
名前
愛称 ショウ、ステルス
カタカナ ナルオカ ショウ
ラテン文字 NARUOKA Sho
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-05-31) 1984年5月31日(32歳)
出身地 静岡県島田市
身長 175cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 アルビレックス新潟
ポジション MF
背番号 18
利き足 両足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2010 日本の旗 ジュビロ磐田 163 (22)
2011-2012 日本の旗 アビスパ福岡 64 (9)
2013- 日本の旗 アルビレックス新潟 101 (10)
1. 国内リーグ戦に限る。2015年12月23日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

成岡 翔(なるおか しょう、1984年5月31日 - )は、静岡県島田市出身のプロサッカー選手Jリーグアルビレックス新潟所属。ポジションはミッドフィールダー

来歴[編集]

静岡県の強豪、藤枝東高校で中心選手として活躍。高校在学中から各年代の日本代表に選出された。藤枝東高の同期には磐田時代のチームメイトであった大井健太郎岡田隆(岡田とはアビスパ福岡、大井とはアルビレックス新潟でもチームメイトとなる)、1学年先輩には長谷部誠岡田佑樹、2年後輩に赤星貴文がいる。

ワールドユースに出場したユース代表でも中心選手として活躍し将来を嘱望されていたが、高校時代の目立ったタイトルはないため「無冠の帝王」と呼ばれていた。高校卒業時、Jリーグの各クラブが獲得に名乗りを上げたが、最終的に当時Jリーグ二強を誇った鹿島アントラーズ強化指定選手に登録されていたジュビロ磐田に進路を絞る。

2003年に磐田へ入団。1年目からリーグ戦に出場し、プレースタイルを模索しつつも着実に経験を積んでいった。アテネ五輪を目指すU-22代表にも選出されるが控えがほとんどで出番は限られていた。アジア最終予選のUAEラウンドでは出番はなかったものの控え選手として帯同し、UAEラウンド最終戦で左サイドの森崎浩司が累積警告を受けると、次戦である日本ラウンドでは出番が回ってくるかと思われた。しかしUAE遠征で発生した集団食中毒からの回復が遅れ招集メンバーから外れる。チームは本大会出場を決めるがその後招集されることはなく、本大会メンバーからも選外となった。その後代表には縁がない。

2006年には、名古屋に移籍した藤田俊哉が長年つけていた背番号10を与えられた。黄金期を支えた選手の移籍が相次ぐ中、2007年は課題といわれた試合中の接触プレー等による負傷離脱も克服し、中心選手の1人として活躍するなど「ずっとライバルだと思っている」(前田遼一と行ったトークライブでの成岡自身の発言)高校時代の先輩でプロの実績では先行している長谷部誠の後を追っている。

2007年11月20日、幼なじみの女性と入籍。

2010年オフに磐田からの契約延長オファーを断り、アビスパ福岡へ移籍。2013年、磐田時代にも指導を受けた柳下正明が指揮を執るアルビレックス新潟へ完全移籍。新潟では磐田の同期入団である大井・菊地直哉と再びチームメイトとなった。

エピソード[編集]

元来人見知りらしく、大井健太郎は高校時代は話しにくいオーラがあったと話している。 しかし二度の移籍を経て「大人になった」らしく、新潟では早く打ち解けている(成岡曰く「新潟は上も下も話しかけてくれるから」)[1]

磐田時代、同期入団の大井健太郎、菊地直哉と共に3人の頭文字を取った「おお・きく・なる」といわれていた。 その後菊地がシエナ、大井が湘南、成岡が福岡に移籍するが、その後新潟に三人が所属する事になり「おおきくなる」が再び再結成される事になる。 しかし本人達は直接言われた事がないらしく、成岡は新潟に来てから初めてその事実を知った(菊地と大井は知っていた)[2]

クレバーであるが、真面目、謙虚すぎると評されている[3]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2003 磐田 19 J1 12 0 5 1 4 2 21 3
2004 20 1 6 1 1 0 27 2
2005 18 2 1 0 3 1 22 3
2006 10 16 3 8 1 0 0 24 4
2007 30 8 4 0 2 1 36 9
2008 15 2 6 0 2 0 23 2
2009 19 3 4 0 3 0 26 3
2010 33 3 9 2 2 0 44 5
2011 福岡 19 27 3 1 0 2 0 30 3
2012 J2 37 6 - 1 0 38 6
2013 新潟 18 J1 34 4 4 0 0 0 38 4
2014 23 3 3 0 2 1 28 4
2015 26 1 6 0 1 0 33 1
2016 18 2 4 0 2 1 24 3
通算 日本 J1 291 35 61 5 24 6 376 46
日本 J2 37 6 - 1 0 38 6
総通算 328 41 61 5 25 6 414 52
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2004 磐田 19 5 2
2005 3 0
通算 AFC 8 2
  • 強化指定選手としての公式戦出場はなし

代表歴[編集]

  • 2000年 U-16アジアユース代表
  • 2001年 U-17世界選手権代表
  • 2002年 U-20アジア選手権代表
  • 2003年 U-20ワールドユース代表
  • 2004年 アテネオリンピック予選代表

脚注[編集]

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出典
  1. ^ アルビプレビュー開幕編2013 28ページ
  2. ^ アルビプレビュー開幕編2013 27,28ページ
  3. ^ アルビプレビュー開幕編2013 29ページ

関連項目[編集]