木村祐志

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
木村 祐志 Football pictogram.svg
名前
愛称 ユウジ[1]
カタカナ キムラ ユウジ
ラテン文字 KIMURA Yuji
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-10-05) 1987年10月5日(31歳)
出身地 日本 東京都港区[2]
身長 177cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 水戸ホーリーホック
ポジション MF
背番号 10
利き足 右足[1]
ユース
0000-1999 風の子SC(芝浦小学校
2000-2002 川崎U-15(三田中学校
2003-2005 川崎U-18(三田高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2010 川崎フロンターレ 7 (0)
2011-2012 ギラヴァンツ北九州 79 (3)
2013-2014 大分トリニータ 45 (1)
2015-2017 徳島ヴォルティス 75 (8)
2017 ロアッソ熊本(loan) 6 (0)
2018- 水戸ホーリーホック
1. 国内リーグ戦に限る。2017年12月29日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

木村 祐志(きむら ゆうじ、1987年10月5日 - )は東京都港区出身のプロサッカー選手Jリーグ水戸ホーリーホック所属。ポジションはミッドフィールダー(トップ下)[1]

経歴[編集]

2歳年長の兄がサッカーをしており、その影響で自らも3歳の頃からボールをけり始めたという[3]。その後港区所在の風の子サッカークラブに入団し、小学生時代はそこでボランチとしてプレーした。6年次に複数のクラブのセレクションを受験し、うち川崎フロンターレのU-15チームに合格、「家からも近い」という理由で入団[3]。当時の川崎アカデミーは1年おきに監督が代わっていっており、木村はそこで大木武を含む指導者たちから様々なサッカースタイルを学ぶ機会に恵まれた[3]

2006年にトップチームへ昇格。同年度と2007年度の2年間は試合出場の機会に恵まれなかったが、木村は「自分はまだまだだ」と考え、腐ることなく練習に打ち込んだ[3]。2008年5月25日、Jリーグヤマザキナビスコカップグループリーグ第4節(対戦相手: 柏レイソル)86分、大橋正博との交代でピッチに立ち[4]公式戦デビューした。翌2009年5月16日にはリーグ戦第12節(対戦相手: ジュビロ磐田)74分に交代出場しリーグ戦デビュー[5]。2010年度はリーグ戦5試合に出場した[6]が、同年度終了後契約満了に伴い退団した[7]

川崎退団後は移籍先を探して湘南ベルマーレの練習に参加したりなどしていたが、最終的にギラヴァンツ北九州へ移籍加入することとなった[3]。北九州で初めて試合に続けて出場する状況に身を置くことになった結果「試合勘や慣れ」[3]を得、また加入早々主将に任命されたことで「チームのために戦う」[3]という思いをもって試合に臨んだ。加入1年目の2011年度は38試合に出場し、うち10月23日開催の第32節(対戦相手: ザスパ草津)と10月26日開催の第7節[脚注 1](対戦相手: FC岐阜)で計2得点を挙げた[8]

北九州での活躍によって他クラブからの木村への注目が高まるようになった[9]。木村本人も「またJ1でプレーしたい」「J1で出場したい」という思いを抱えており[3]、2012年度シーズン終了後、次年度よりJ1昇格が決定していた大分トリニータに移籍した。練習試合の経験があり、チームの雰囲気を知っていたことで「スムーズに入っていけるのではないか」と考えたのも移籍理由のひとつであった[3]

大分ではサッカーの質が向上し面白さを感じる事が出来た[3]一方で度重なる怪我に悩まされることとなる。2013年4月6日、リーグ戦第5節(対戦相手: ヴァンフォーレ甲府)にて左足関節の骨挫傷を負い約1か月間戦線を離脱[10]。翌2014年にも右足首関節遊離体の除去手術を受けて約1か月離脱した[11]。2014年度シーズン終了後、契約満了に伴い大分を退団した[12]

大分退団の約1か月後、J2に降格したばかりの徳島ヴォルティスへの加入が決定した[13]。「ボールをうまくさばきながらボランチやサイドハーフ」としてプレーできる選手」であった事が獲得の理由であった[3]。2015年3月21日、同年度リーグ戦第3節(対戦相手: FC岐阜)戦で徳島移籍後初先発初得点を記録したのをはじめ、30試合5得点を挙げた[14]。翌2016年度にはチーム内最多タイ記録となる41試合に出場した[15][脚注 2]

2017年シーズンは監督交代により出番を失った。同年8月にロアッソ熊本期限付き移籍[17]したがわずか6試合の出場に留まった。11月27日に期限付き移籍満了が発表され、徳島側からも同日に契約満了が発表された。

2018年、水戸ホーリーホックへ完全移籍[18]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006 川崎 30 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2007 0 0 0 0 0 0 0 0
2008 0 0 2 0 0 0 2 0
2009 22 2 0 0 0 4 1 6 1
2010 5 0 0 0 1 1 6 1
2011 北九州 17 J2 38 2 - 2 0 40 2
2012 7 41 1 - 1 0 41 1
2013 大分 J1 24 1 3 0 4 0 31 1
2014 J2 21 0 - 1 0 22 0
2015 徳島 30 5 - 0 0 30 5
2016 41 3 - 2 0 42 3
2017 4 0 - 1 0 5 0
熊本 24 6 0 - - 6 0
2018 水戸 10 -
通算 日本 J1 31 1 5 0 9 2 45 3
日本 J2 181 11 - 7 0 188 11
総通算 212 9 5 0 16 2 223 11
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2007 川崎 30 1 0
2009 22 1 0
2010 3 0
通算 AFC 5 0

脚注[編集]

  1. ^ 東日本大震災に伴う変則開催。
  2. ^ もうひとりの最多出場記録保持者は渡大生[16]

文献[編集]

  1. ^ a b c 『2016 J1&J2&J3 選手名鑑』 吉田治良、日本スポーツ企画出版社、東京都、2016年3月25日、211頁。ISBN 978-4-905411-33-8
  2. ^ SEASON 2010 MF22 木村祐志 川崎フロンターレ公式サイト 2017.1.1 22:25 (UTC) 閲覧
  3. ^ a b c d e f g h i j k 柏原敏「INTERVIEW MF 7 木村 祐志」 エル・ゴラッソ No. 1632(2016年8月12日)pp. 8-9
  4. ^ J LEAGUE YAMAZAKI NABISCO CUP 2008 第4節 川崎フロンターレ公式サイト 2017.3.28 22:00 (UTC) 閲覧
  5. ^ J LEAGUE DIVISION 1 2009 第12節 川崎フロンターレ公式サイト 2017.3.28 22:05 (UTC) 閲覧
  6. ^ 選手出場記録 川崎フロンターレ 2010Jリーグ ディヴィジョン1 Jリーグ公式サイト 2017.3.28 22:25 (UTC) 閲覧
  7. ^ 契約満了選手のお知らせ 川崎フロンターレ公式サイト 2010.12.7付ニュースリリース
  8. ^ 選手出場記録 ギラヴァンツ北九州 2011Jリーグ ディヴィジョン2 Jリーグ公式サイト 2017.3.28 22:35 (UTC) 閲覧
  9. ^ 大分 北九州主将・木村に照準 他クラブも触手争奪戦のもよう 西日本新聞 2012.11.27付記事[リンク切れ]
  10. ^ 木村 祐志選手 怪我の診断結果について Jリーグ公式サイト 2013.4.16付ニュースリリース
  11. ^ 木村祐志選手の怪我について Jリーグ公式サイト 2017.3.28 23:50 (UTC) 閲覧
  12. ^ 大分、元日本代表DF高木ら4選手を戦力外 ゲキサカ 2014.11.28付記事
  13. ^ 徳島が大分から木村を獲得…エステバンも完全移籍 ゲキサカ 2014.12.27付記事
  14. ^ 成績・データ 2015明治安田生命J2リーグ 徳島ヴォルティス Jリーグ公式サイト 2017.3.29 01:30 (UTC) 閲覧 ※「2015年、J2リーグ、徳島」で要検索
  15. ^ 徳島ヴォルティス2017 J1復帰へ出陣 選手紹介 徳島新聞 2017.3.29 01:35 (UTC) 閲覧
  16. ^ 選手 プロフィール FW 16 渡 大生 徳島ヴォルティス公式サイト 2017.3.28 01:40 (UTC) 閲覧
  17. ^ 木村 祐志選手、徳島ヴォルティスより期限付き移籍加入のお知らせ ロアッソ熊本公式サイト 2017.8.17閲覧
  18. ^ 木村 祐志選手 徳島ヴォルティスより完全移籍加入のお知らせ 水戸ホーリーホック公式サイト 2017.12.29閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]