レノファ山口FC

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レノファ山口FC
原語表記 レノファ山口FC
呼称 レノファ山口FC[1]
愛称 レノファ
クラブカラー      オレンジ[1]
創設年 1949年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J2リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 山口市下関市山陽小野田市宇部市防府市周南市を中心とする山口県全県[1]
ホームスタジアム
Ishin Memorial Park Stadium Seating assignment.JPG
維新百年記念公園陸上競技場[1]
収容人数 14,850人[1]
運営法人 株式会社レノファ山口[1]
代表者 河村孝[1]
監督 日本の旗 上野展裕
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社レノファ山口
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
753-0067
山口県山口市赤妻町3-5[2]
設立 2013年11月1日
事業内容 スポーツ振興、子供の健全育成
代表者 河村孝(代表取締役社長)
資本金 8,300万円(2016年1月期)[3]
売上高 3億8,400万円(2016年1月期)[3]
営業利益 2,600万円(2016年1月期)[3]
経常利益 2,800万円(2016年1月期)[3]
純利益 2,800万円(2016年1月期)[3]
純資産 6,900万円(2016年1月期)[3]
総資産 2億9,000万円(2016年1月期)[3]
決算期 1月
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レノファ山口FC(レノファやまぐちエフシー、Renofa Yamaguchi FC)は、日本山口市下関市山陽小野田市宇部市防府市周南市を中心とする山口県全県をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概要[編集]

1949年創設の「山口県サッカー教員団」を起源とし、2006年にクラブチーム化して発足した。クラブ名称の「レノファ」は、「renovation(維新)」の頭文字「レノ」と「fight(戦う)」や「fine(元気)」の「ファ」を合わせて作られた造語である。「山口県民に愛され、山口県民へ感動・勇気・元気を与える山口県民による真の地元クラブを創造する」ことをチーム理念としている[4]

運営母体は2006年から2010年までは任意団体「レノファ山口FC」、2011年から2013年は「特定非営利活動法人山口アスレチッククラブ」(YAC)、2014年以降は「株式会社レノファ山口」である。なおトップチームの運営から離れたYACはスポーツ振興くじ (toto) を活用したサッカー教室を行っている[5]

ホームタウンは、Jリーグ準加盟時は「山口市を中心とする全県」であった[6] が、Jリーグへの正式入会を前にした2014年9月に、ホームゲームを開催している下関市と練習場のある山陽小野田市をホームタウンの中心となる自治体に追加。さらに「Jリーグ加盟に向けたクラブを取り巻く環境の拡大」をテーマに、主催試合を開催する山口市と下関市の県内2大都市を結ぶ、山陽小野田市と宇部市を重点的なホームタウン活動地域と位置付け[7]、宇部市の承諾が得られたことから、2015年7月に宇部市もホームタウンの中心となる自治体に追加している[8]。2016年9月には県中部の防府市と周南市をホームタウンの中心となる自治体に追加している[9]

クラブエンブレムは2013年3月に一新されたもので、一般公募約30点の中から周南市在住のウェブデザイナーである斉藤寛和がデザインしたものが採用された[10]。山口市のシンボルの一つである瑠璃光寺五重塔国宝)のシルエットをバックに、中心のサッカーボールには長州藩毛利氏)の紋章(一文字に三つ星)をアレンジした模様が描かれ、外枠はをイメージした形となっている[10]。チームカラーは山口県を代表する色の一つでもあるオレンジ。

オフィシャルマスコットは2016年1月30日に発表。戦う“獅子”と維新の“志士”をモチーフとしたキャラクターで、防府市のデザイン会社2社が制作した[11]。キャラクター名は公募で決められ、「レノ丸(レノまる)」に決定している[12]

歴史[編集]

前史[編集]

1949年に創設された山口県内の教員を中心に「山口県サッカー教員団」(山口教員団、山口KFC)として発足。1976年第56回天皇杯に中国地区代表として初出場を果たす。1980年中国サッカーリーグに昇格、FW宮成隆の活躍もあって1982年1989年には全国地域サッカーリーグ決勝大会(地域決勝)に進出する(いずれも1次ラウンド敗退)などの成績を収めた。1997年に中国リーグで最下位となり山口県リーグへ降格したが、2000年に中国リーグへ復帰。2003年にも再度県リーグに降格したが、2005年に中国リーグへ復帰している。

2006年 - 2013年(中国リーグ)[編集]

2006年2月20日、山口県サッカー協会が山口教員団を母体とする、山口県からJリーグ参入を目指すクラブの創設を発表[13]。2011年の第66回国民体育大会(おいでませ!山口国体)での優勝と、2015年からのJ1昇格を目標に掲げた。GM兼監督にはクラブOBの宮成隆が就任することになり、4月に任意団体として「レノファ山口FC」が発足した。

2008年
同年の中国リーグを無敗で制し、山口教員団時代を通じて初優勝[14]第32回地域決勝では1次ラウンドグループCで静岡FC(現藤枝MYFC)・グルージャ盛岡松本山雅FCを下して決勝ラウンドへ進出するが、FC町田ゼルビアV・ファーレン長崎ホンダロック相手に1得点も挙げられず4位となり、日本フットボールリーグ (JFL) 昇格を逃す。
2009年
チームスローガン:「粘り勝つ! 常昇[15]
G大阪伊藤博幹ら経験者を中心に11名を補強[15]同年の中国リーグでは連覇は逃したが、優勝した佐川急便中国地域決勝出場を辞退したため、繰り上げで2年連続で地域決勝に進出。1次ラウンドグループCで沖縄かりゆしFCにPK戦で勝利し、浜松大学FCに勝利するも松本山雅FCに敗れてグループ2位となり敗退。
第89回天皇杯では三菱水島FCを下して初勝利を上げ、Jリーグ勢との対戦を実現させた(川崎フロンターレに敗戦)。
宮成はこの年限りで監督を退任、教職を辞して総監督・GMに専念することとなった。
2010年
J1広島元コーチの月岡利明を新監督に迎え、同年の中国リーグで2年ぶりに優勝。第34回地域決勝に3年連続で出場を果たすが、1次ラウンドグループAでY.S.C.C.HOYO Atletico ELAN大分に連敗しこの時点でグループ敗退が決定。SC相模原には意地を見せたものの、結局グループ最下位で終了。
2011年
チームスローガン:「GO for All[16]
5月24日、本格的にJリーグ入りを目指すべく、運営母体となる特定非営利活動法人(NPO法人)山口アスレチック・クラブを設立。同日より運営を同団体に移管した[17]
チーム発足時の目標の一つに挙げた山口国体では、初戦で鹿児島県代表(鹿屋体育大学)に4-2で破れ一回戦敗退に終わる[18]
同年の中国リーグではデッツォーラ島根に次ぐ2位となり地域決勝進出を逃す。月岡はこの年で監督を退任。
2012年
監督に山口県出身でレオーネ山口代表の河村孝が就任。同年の中国リーグでは4位にとどまり、同年度の全社でも2回戦敗退でJFL昇格を逃すなど低迷。河村はこの年で監督を退任し、宮成の後任としてGMに就任した[19]
12月3日には山口市道場門前にアンテナショップをオープン。グッズ販売や展示を行う[20]
2013年
チームスローガン:「異体同心[10]
監督には前年までレノファでプレーし、2012年限りで現役を引退した中山元気が就任[21]。J3創設が発表されたことを受け、クラブはJ3入りに向けて大きく舵を切ることになる。6月10日にJリーグ準加盟申請が受理され[22]8月20日Jリーグ準加盟クラブとして承認された。また、11月1日には財務面の強化を目的として運営母体をNPO山口アスレチック・クラブから株式会社レノファ山口に移管[23]、社長にGMの河村孝が就任した。
同年の中国リーグファジアーノ岡山ネクスト、デッツォーラ島根に次ぐ3位の成績。第49回全国社会人サッカー選手権大会で初優勝したことで第37回地域決勝への出場権を獲得したが、地域決勝は1次ラウンド3位の成績で敗退した。なお、地域決勝を制したグルージャ盛岡が地域リーグ勢で唯一J3入会が承認され、レノファは「J3入会審査に及ばず」との結論でJ3入会は成らなかった。
その一方で、J3入会希望と並行してJFLのチーム数減に伴う入会希望申請も行っており、12月4日のJFL理事会で、入会希望申請チーム枠の1つとして2014年度からのJFL入会が承認された[24]

2014年(JFL)[編集]

前年監督の中山元気が所持する指導者ライセンスではJFLの監督に就任できないことから監督を退任(U-18監督兼トップチームコーチに転出)、後任としてJ1新潟のユースチーム監督で、トップチーム監督代行の経験もある上野展裕が就任した[25]

一方、15選手が契約満了等により退団。新戦力としてJFL・滋賀からGK永冨裕尚、JFL・V大分からFW島屋八徳、J3琉球からFW鳥養祐矢とMF三浦旭人をいずれも完全移籍で、松本からMF岩渕良太、J3町田からFW岸田和人をいずれも期限付き移籍でそれぞれ獲得。大卒のGK一森純関西学院大)、DF菊本侑希中京大)、DF池永航大体大)、FW三橋隼斗(明治大)と高卒のDF小池龍太JFAアカデミー福島)の5名が新加入となった。また、開幕後にJFL・栃木Uを退団したDF宮城雅史とJ3町田を退団したDF吉弘充志が共に完全移籍で、福岡からMFジャン・ジョンウォンが期限付き移籍でそれぞれ加入した。また、夏の移籍時期に流経大からMF黒田拓真が新加入、新潟からMF小塚和季長崎からMF西森正明熊本からDF藤本大・FWジョン・ミンヒョク・MF山崎侑輝が期限付き移籍でそれぞれ加入する一方で、MF佐藤亨が退団し、MF福原康太が山口県リーグ1部・FCバレイン下関に、MF田村隆生が中国リーグ・デッツォーラ島根に期限付き移籍した。

ファーストステージは7勝5敗1分けで6位にとどまるものの、セカンドステージは第2節からの6連勝を含む9勝2敗2分けで佐川印刷京都に次ぐ2位。年間順位でHonda FC・佐川印刷京都・鹿児島ユナイテッドFCに次ぐ4位となり、平均観客数も2297人で来季J3の昇格基準である「JFL年間4位以内、且つJリーグ百年構想クラブ内で2位以内、平均観客数が原則2,000人以上」の条件をクリア[26]、11月19日のJリーグ理事会でJリーグ入会(J3参入)が認められた[27]。新加入の岸田はJFL得点王にも輝いた。

2015年(J3)[編集]

チームスローガン:「ALL for TEAM[28]

上野体制2年目。契約満了等によりMF飯塚亮、GK寺田賢人、DF高田健吾、MF三浦旭人、DF孫正倫、MF坂本博、DF吉弘充志、MF松元亮仁、DF内山勇斗、FW岡本秀雄、期限付き移籍中だったMF福原康太とMF田村隆生が退団。また、期限付き移籍期間満了により熊本から加入していたMF山崎侑輝(JFL・栃木Uに完全移籍)、DF藤本大(熊本に復帰)、FWジョン・ミンヒョク(熊本も退団)、福岡から加入していたMFジャン・ジョンウォン(福岡も退団)、長崎から加入していたMF西森正明(引退)、松本から加入していたMF岩渕良太琉球に期限付き移籍)がいずれもチームを離れた。加えて、GK永冨裕尚がJFL・滋賀に、FW三橋隼斗がJFL・横河武蔵野にそれぞれ完全移籍することになった。これにより、中国リーグ時代からの選手はDF碇野壱馬(2010年加入)とMF平林輝良寛(2013年加入)の2名だけとなった。

一方、町田から期限付き加入中だった前年JFL得点王のFW岸田和人が完全移籍加入、MF小塚和季新潟からの期限付き移籍期間を延長、JFL・V大分からDF黒木恭平とMF福満隆貴讃岐からGK森田耕一郎、町田からMF庄司悦大をそれぞれ完全移籍で、広島からMFキム・ジョンソク(前年は熊本に期限付き移籍)、横浜FMからMF松本翔Kリーグクラシック水原三星からMFチェ・ジュヨンをそれぞれ期限付き移籍でそれぞれ獲得。また、MF浦紘史佐賀大学)、FW原口拓人関西大学)、DF古澤慶太桐蔭横浜大学)、DF香川勇気阪南大学)、DF廣木雄磨東京学芸大学)、DF泉悠哉徳山大学)、GK村上昌謙大阪体育大学)の大卒7名が新加入となった。開幕後、特別指定選手としてFW川口真史(山口大学)が加入。夏の移籍期間にはMFキム・ジョンソクが広島からの期限付き加入を終了し、DF古澤慶太と共に東海リーグFC刈谷に期限付き移籍した一方で、琉球からDF前田晃一を完全移籍で、愛媛からDF代健司を期限付き移籍で獲得した。

Jリーグ経験者をあまり補強せず、開幕節・鳥取戦のスターティングメンバー11名のうち9名がJリーグ初出場となる顔ぶれで臨んだJ3参入初年度[29] の下馬評は決して高くなかったが、前年から引き続き“細かくパスをつないで崩すサッカー”を徹底[30] し、第2節・J-22戦ではJリーグ記録タイとなる8-0で圧勝する[31] など前線の4人を中心に全員が連動する攻撃的サッカーを展開。第1クール(第1節-第13節)を10勝2敗、第2クール(第14節-第26節)を10勝1分1敗とリーグを席巻する。

しかし、第3クール初戦の第27節・秋田戦に敗れると2度の連敗を喫するなど調子を落とし(第38節までの11試合で5勝1分5敗)、2位町田の猛追もあって第36節終了時点には最大で12あった勝ち点差がなくなるという展開にもつれ込む。迎えた11月23日の最終節、山口は鳥取戦で1-2としてリードされて迎えた後半のアディショナルタイム6分(90+6分)、MF平林輝良寛のゴールに同点に追いつき2-2の引き分け、2位の町田も1-1で長野に引き分けたため、得失点差により参入1年目でのJ3初優勝とJ2初昇格権利を手中に収めた[32]。終わってみれば、得失点差の関係で3位だった第1節を除き最後まで首位をキープしつづけ、36試合で総得点96点・得失点差+60、無得点試合がわずかに2試合、得点ランキング上位をFW岸田和人・MF福満隆貴・MF島屋八徳で独占するという圧倒的攻撃力を印象づけたシーズンとなった[33]

2016年 -(J2)[編集]

2016年
チームスローガン:「志 今から未来へ[34]
上野体制3年目。新たにコーチとして元金沢コーチの山根巌が就任。
契約満了等により、DF池永航、DF泉悠哉(以上JFL・滋賀へ移籍)、DF碇野壱馬(現役引退しアカデミーのスタッフに転身)、MF黒田拓真東海リーグFC刈谷へ移籍)、DF前田晃一藤枝へ移籍)、DF菊本侑希(JFL・浦安へ移籍)、MF浦紘史関西リーグ2部・FCティアモ枚方へ移籍)、GK森田耕一郎の8名が退団。期限付き加入中だったMF松本翔横浜FMも契約満了)、MFチェ・ジュヨンKリーグクラシック水原三星に復帰)、DF代健司富山へ完全移籍)、MF小塚和季新潟に復帰)が期限付き移籍満了となった。また、期限付き移籍中だったDF古澤慶太は新たにJFL・東京武蔵野への期限付き移籍となった。
戦力補強として、秋田からDF島川俊郎鳥取からMF安藤由翔とFW中山仁斗東京VからDF福井諒司、JFL・SP京都からMF加藤大樹福島からDF星雄次盛岡からGK田端信成、Kリーグクラシック・大田からDFユン・シンヨン、元相模原のMF三幸秀稔をそれぞれ完全移籍で、名古屋からMF望月嶺臣、横浜FMからDF北谷史孝をそれぞれ期限付き移籍で獲得。また、DF奥山政幸早稲田大学)とMF篠原宏仁関西大学)が新加入。
シーズン途中には出場機会のなかったDF福井諒司が水戸へ、DF島川俊郎が栃木へそれぞれ期限付き移籍する一方で、FC東京からMF幸野志有人育成型期限付き移籍で、岡山からFW岡本英也を期限付き移籍で、プリメーラB(チリ2部)スペイン語版CDラ・セレナスペイン語版からアルゼンチン人のMFルシアーノを完全移籍でそれぞれ獲得した。
J2に上がっても前年までの「攻撃的パスサッカー」を継続。堅守速攻型の多いJ2では異色のチームスタイルでシーズン序盤はリーグを席捲し、アウェイで昇格候補のC大阪に逆転勝利するなど一時は3位にまで順位を上げる[35]。しかし得点力と裏腹に序盤から失点も多く、中盤以降他チームに攻撃パターンを研究されるようになってからは得点力も低下し、第28節以降の終盤15試合では2勝5分け8敗(うち無得点試合7試合、複数失点9試合)と大きく負け越し、J2初年度は12位で終えた。
シードチームとして出場した第96回天皇杯は2回戦でアビスパ福岡にPK戦の末勝利し、初めてJ1クラブから勝ち星を挙げた。
2017年
上野体制4年目。
前シーズン全試合出場のDF小池龍太に完全移籍。GK田端信成が現役引退。MFルシアーノ、DF黒木恭平、MF安藤由翔、FW原口拓人、MF篠原宏仁、MF平林輝良寛の6名が契約満了により退団、期限付き加入中だったDF北谷史孝横浜FMも契約満了)が期限付き移籍満了となった。

チーム成績・歴代監督[編集]

山口県サッカー教員団[編集]

所属 順位 勝点 PK
PK
得点 失点 監督
1980 中国 6位 11 4 3 7 27 30 -
1981 7位 10 3 4 7 29 31
1982 2位 19 8 3 3 34 21
1983 2位 19 8 3 3 35 23
1984 4位 17 8 5 1 38 27
1985 5位 13 6 1 7 30 29
1986 3位 17 7 3 4 34 24
1987 3位 14 6 2 4 18 16
1988 3位 17 7 3 6 34 26
1989 2位 17 7 3 2 28 15
1990 4位 17 7 3 6 32 25 山本貴司
1991 4位 22 7 1 6 31 28
1992 6位 13 4 1 9 19 28
1993 3位 22 6 4 4 23 18
1994 6位 17 4 5 5 27 23
1995 8位 11 2 5 7 26 30
1996 6位 15 3 6 5 17 35
1997 8位 7 1 1 2 10 14 31
1998 山口県
1999
2000 中国 5位 20 6 1 7 20 34
2001 7位 12 3 1 1 7 17 30
2002 4位 12 3 1 1 5 17 31
2003 8位 11 1 3 2 8 8 22
2004 山口県1部 優勝 8 2
2005 中国 7位 9 1 2 2 6 11 21

レノファ山口FC[編集]

年度 所属 順位 勝点 得点 失点 天皇杯 監督
2006 中国 4位 25 7 4 25 28 県予選敗退 日本の旗 宮成隆
2007 3位 25 7 4 6 37 41 1回戦敗退
2008 優勝 38 11 5 0 45 15 県予選敗退
2009 2位 40 13 1 4 53 21 2回戦敗退
2010 優勝 43 14 1 3 51 16 2回戦敗退 日本の旗 月岡利明
2011 2位 41 13 2 3 54 17 1回戦敗退
2012 4位 32 9 5 4 47 22 県予選敗退 日本の旗 河村孝
2013 3位 42 13 3 2 53 13 1回戦敗退 日本の旗 中山元気
2014 JFL 4位 51 16 3 7 51 27 県予選敗退 日本の旗 上野展裕
2015 J3 優勝 78 25 3 8 96 36 1回戦敗退
2016 J2 12位 53 14 11 17 55 63 3回戦敗退
  • ※:PK戦1勝2敗

通算対戦成績と得失点[編集]

2016年シーズン終了時点

対戦クラブ J2   J3
北海道コンサドーレ札幌 0 0 2 2 5   - - - - -
グルージャ盛岡 - - - - - 3 0 0 9 1
ブラウブリッツ秋田 - - - - - 2 0 1 6 5
モンテディオ山形 0 1 1 3 4 - - - - -
福島ユナイテッドFC - - - - - 2 0 1 8 5
水戸ホーリーホック 2 0 0 3 0 - - - - -
ザスパクサツ群馬 1 0 1 2 2 - - - - -
ジェフユナイテッド千葉 1 1 0 5 3 - - - - -
東京ヴェルディ 1 1 0 5 3 - - - - -
FC町田ゼルビア 1 0 1 3 4 1 0 2 4 4
横浜FC 0 0 2 0 4 - - - - -
Y.S.C.C.横浜 - - - - - 3 0 0 11 1
SC相模原 - - - - - 3 0 0 10 0
AC長野パルセイロ - - - - - 1 0 2 5 6
松本山雅FC 0 2 0 3 3 - - - - -
カターレ富山 - - - - - 2 0 1 7 4
ツエーゲン金沢 0 0 2 0 2 - - - - -
清水エスパルス 0 1 1 2 6 - - - - -
藤枝MYFC - - - - - 2 0 1 9 3
FC岐阜 1 0 1 4 4 - - - - -
京都サンガF.C. 0 1 1 1 4 - - - - -
セレッソ大阪 1 0 1 4 4 - - - - -
ガイナーレ鳥取 - - - - - 1 2 0 5 4
ファジアーノ岡山 0 1 1 1 2 - - - - -
カマタマーレ讃岐 2 0 0 3 0 - - - - -
徳島ヴォルティス 1 1 0 3 2 - - - - -
愛媛FC 0 2 0 2 2 - - - - -
ギラヴァンツ北九州 2 0 0 6 1 - - - - -
V・ファーレン長崎 0 0 2 1 5 - - - - -
ロアッソ熊本 1 0 1 2 3 - - - - -
FC琉球 - - - - - 3 0 0 11 3
Jリーグ・アンダー22選抜 - - - - - 2 1 0 11 0

タイトル[編集]

リーグ戦[編集]

カップ戦他[編集]

個人[編集]

スタジアム・練習場[編集]

ホームスタジアムは維新百年記念公園陸上競技場山口市、収容人員14,850人)で[1]下関市営下関陸上競技場下関市)でもホームゲームを行う。2013年シーズンは維新百年記念公園ラグビー・サッカー場(収容人員3,850人)を、2012年までは やまぐちサッカー交流広場(山口市徳地)や 山口県立おのだサッカー交流公園山陽小野田市)等も使用していた。

練習場はやまぐちサッカー交流広場[1]、山口県立おのだサッカー交流公園[1]山口きらら博記念公園(山口市阿知須[1] であり、下部組織は アディダスフットサルパーク山口(山口市下小鯖)も使用する。Jリーグ参入後は、天然芝グラウンドのあるおのだサッカー交流公園、山口きらら博記念公園、維新百年記念公園ラグビー・サッカー場、同補助競技場、山口県セミナーパーク(山口市)を使用する機会が増えている。

2016年シーズンまではJ1ライセンスに必要となる「優先利用できる天然芝の練習場」と「クラブハウス」を所持していなかったが、レノファ山口FCでは常用練習場確保に向けて県や山陽小野田市と協議。これに対し、山陽小野田市は2015年10月8日に市内の赤崎運動広場を芝生化して天然芝コート2面を新設し、レノファが優先利用できる練習場に充てることが可能になったことを報告。クラブハウス機能については、同市が指定管理者の一員である山口県立おのだサッカー交流公園の交流施設(管理棟)を充てることを想定していた[36][37] が、おのだサッカー交流公園の所有者である山口県(スポーツ・文化局)が「一企業に対して県有施設を優先的に使用させることは出来ない」と同公園の活用に難色を示しているとの報道[38] もあって対応を再検討。2016年6月17日に村岡嗣政山口県知事や畑原基成山口県議会議長が河村孝社長と会談した際、村岡知事は山陽小野田市がおのだサッカー交流公園内に新たにクラブハウスを整備し、県が公園内の天然芝グラウンド1面をレノファが優先利用できるグラウンドとして提供すること、維新百年記念公園陸上競技場の客席数を増設することで、レノファのJ1ライセンス基準充足を支援することを表明した[39]。これらの施設整備にめどが立ったことから、2016年9月28日発表されたクラブライセンスの審査結果では、J1ライセンスを取得することとなった[40]

年度別入場者数[編集]

※2014年のJFLリーグ加盟以後。
年度 所属 合計
入場者数
最多入場者数 最少入場者数 平均
入場者数
試合数 ホームゲーム
開催スタジアム
入場者数 相手 会場 入場者数 相手 会場
2014 JFL 29,856 4,568 Honda 維新陸 701 沼津 下関 2,297 13 維新陸10、下関3
2015 J3 87,348 8,474 琉球 維新陸 1,697 藤枝 維新陸 4,368 20 維新陸17、下関3
2016 J2 139,732 14,532 C大阪 維新陸 3,629 愛媛 維新陸 6,654 21 維新陸20、下関1

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) オレンジ
FP(2nd) グレー グレー
GK(1st)
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
ユーピーアール upr 2014年 -
背中上部 山口マツダ 山口マツダ 2016年 - 2014年 - 2015年はパンツ
背中下部[注 1] ビ・メーク VAN-VEAL 2016年 - 2006年・2007年・2013年は袖[注 2]
2012年・2014年・2015年は背中上部[注 2]
マエダ商事 ME 2014年 - 2013年はパンツ
パンツ マックスバリュ西日本 MaxValu(1st)
BIG(2nd)
2016年 -

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
2006 山口銀行 シティコンタクト 解禁前 美・メーク ほっぷ asics
2007 - -
2008 富士商 赤崎興産 MC Fujiyama
2009 10shiro
2010
2011
2012 PIECE IS PEACE - -
2013 ヒューモア ビ・メーク ME DIADORA
2014 upr VAN-VEAL ME 山口マツダ FINTA
2015
2016 山口マツダ VAN-VEAL MaxValu(1st)
BIG(2nd)

下部組織[編集]

クラブ設立時には育成組織(アカデミー)を持っていなかったが、2014年に現GMの河村孝が設立した独立系のユース・ジュニアユースクラブであるレオーネ山口のU-18チームを移管して、レノファ山口FC U-18となった。高円宮杯U-18サッカーリーグ山口県ユースリーグに所属。

2015年にはレオーネ山口と本格的な提携を行い、同クラブが2015年4月1日以降「レノファ山口FCアカデミー」に名称変更して[42] レノファ山口FCの下部組織の一つとなった。レオーネ時代から引き続いてU-15(トップ / セカンド)、U-13、U-12(トップ / レオーネ)、プリマヴェーラ(小3-小5クラス)、バンビーノ(小学校低学年)、レディース(女子)の各チームを有する。サッカー以外にはテニスフットサルの部門を有する。運営はNPO法人レノファ山口スポーツクラブ。

2016年、レディースチームの運営をレノファ山口FCアカデミーからレノファ山口本体に移管し、「レノファ山口FCレディース」として日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)への参戦を本格的に目指す方針を明らかにした[43]

メディア[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

脚注[編集]

注記[編集]

  1. ^ 2016年シーズンよりユニフォーム背中裾への広告掲出が可能になった[41]
  2. ^ a b 2006年・2007年は「美・メーク」表記、2012年は「PIECE IS PEACE」表記、2013年は「ビ・メーク」表記。

出典[編集]

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  2. ^ “事務所移転について” (プレスリリース), レノファ山口FC, (2016年2月16日), http://www.renofa.com/archives/7812/ 2016年3月3日閲覧。 
  3. ^ a b c d e f g “2015年度の決算数値について” (プレスリリース), レノファ山口FC, (2016年5月27日), http://www.renofa.com/archives/11616/ 2016年5月29日閲覧。 
  4. ^ レノファ山口FC 短・中・長期経営計画(2013~2020) (PDF) - レノファ山口FC公式サイト内
  5. ^ 特定非営利活動法人山口アスレチック・クラブ 平成26年度活動報告 (PDF)
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]