上関町

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かみのせきちょう
上関町
日本の旗 日本
地方 中国地方
山陽地方山陰地方
中国・四国地方
都道府県 山口県
熊毛郡
団体コード 35341-8
法人番号 1000020353418
面積 34.69 km²
総人口 2,626
推計人口、2017年3月1日)
人口密度 75.7人/km²
隣接自治体 柳井市熊毛郡平生町
町の木 びゃくしん
町の花 のじぎく
市の魚
上関町役場
所在地 742-1402
山口県熊毛郡上関町大字長島503
北緯33度49分51.9秒東経132度6分38.9秒座標: 北緯33度49分51.9秒 東経132度6分38.9秒
Kaminoseki town hall.JPG
外部リンク 上関町役場

上関町位置図

― 市 / ― 町

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
上関町上盛山からの上関町中心部の展望。手前が長島、奥が室津。
上関町田ノ浦と対岸の祝島
上関城山歴史公園 さくらまつり
長島から見た天田島
上関大橋

上関町(かみのせきちょう)は、山口県南東部にある町。

地理[編集]

瀬戸内海の西部に位置する。四方をほぼ海に囲まれるため、気候は温暖である。町域は室津半島先端および長島祝島八島などの島で構成され、町の中心部は半島先端部の室津(むろつ)地区、および室津地区の対岸で、上関大橋で本土と陸続きになっている長島になる。

隣接している自治体[編集]

人口[編集]

Demography35341.svg
上関町と全国の年齢別人口分布(2005年) 上関町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 上関町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
上関町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 8,308人
1975年 7,494人
1980年 6,773人
1985年 6,155人
1990年 5,516人
1995年 4,845人
2000年 4,307人
2005年 3,706人
2010年 3,332人
2015年 2,803人
総務省統計局 国勢調査より

歴史[編集]

かつて瀬戸内海西部には船の荷を検査する番所が設置されていた。現在の山口県に当たる部分においても、都に近いほうから「上関」「中関」「下関」が設置されていた。このうち、「上関」が設置されていたのが当所であったため、この地名がついた。

平安時代から室町中期にかけてはもっぱら「竈戸(かまど)」「竈戸関」と呼ばれた[1]。史料に残される最も古い記録としては、966年(康保3年)の『清胤王書状』に、長島近辺の集落がイカの塩辛を皇室に進納する御厨として記載されている。また、平安後期には風待ちとして記録が残っている。

平安末期になると、竈戸は賀茂別雷神社社領となり、竈戸関と呼ばれるようになった。鎌倉時代には地頭が配属されて関所としての機能が強まり、海上交通の要衝となっていった[1]室町時代には大内氏が竈戸関を支配したが、海上勢力の活動も活発であり、竈戸関は倭寇の拠点として海外にも認識されていた[1]。1445年(文安2年)の東大寺への年貢船の記録に初めて「上関」の名が現れ、以後多く使われるようになった。

沿革[編集]

行政[編集]

町政[編集]

警察[編集]

消防[編集]

  • 柳井地区広域消防組合(管理者:柳井市長)

産業[編集]

商業[編集]

農業[編集]

漁業[編集]

金融機関[編集]

教育[編集]

小学校[編集]

町立

中学校[編集]

町立
  • 上関中学校
  • 祝島中学校

交通[編集]

道の駅上関海峡

道路[編集]

航路[編集]

  • 祝島航路(柳井港 - 室津 - 上関 - 祝島
  • 八島航路(室津 - 古浦 - 八島)

バス[編集]

防長交通が柳井駅前と長島の間を結ぶ。かつては長島の島内にも路線があったが、廃止され、現在は上関町営バスが代替運行している。

出身有名人[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 金谷匡人『海賊たちの中世』<歴史文化ライブラリー> 吉川弘文館 1998年、ISBN 4642054561 pp.116-149.

参考文献[編集]

  • 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

外部リンク[編集]