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水原三星ブルーウィングス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
水原三星スウォン サムソンブルーウィングス
수원 삼성 블루윙즈
原語表記 수원 삼성 블루윙즈 축구단
愛称 青白赤軍團、青翼、Blue Wing、
Blue-White-Red Corps、SSB
クラブカラー     青(ブルー)
    白(ホワイト)
    赤(レッド)
創設年 1995年
所属リーグ Kリーグ2
ホームタウン 京畿道水原市
ホームスタジアム 水原ワールドカップ競技場
収容人数 43,959
運営法人 株式会社水原三星サッカー団
第一企画の子会社)
代表者 大韓民国の旗 姜又榮
監督 大韓民国の旗 李侹曉朝鮮語版
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
水原三星ブルーウィングス
各種表記
ハングル 수원 삼성 블루윙즈
漢字 水原三星 블루윙즈
RR式 Suwon Samseong Beulluwingjeu
MR式 Suwŏn Samsŏng Pŭlluwingjŭ
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水原三星ブルーウィングス(スウォン・サムソン・ブルーウィングス、: 수원 삼성 블루윙즈: Suwon Samsung Bluewings)は、大韓民国の北西部、京畿道水原市をホームタウンとするプロサッカークラブである。

概要・歴史

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クラブ創設まで

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1995年2月22日サムスングループ水原市をホームタウンに韓国9番目のプロサッカークラブとして創設[1][2]、翌年からKリーグに参入した。

サムスングループは過去にもサッカークラブ運営に関わっており、1962年大邱市をホームタウンとして「第一毛織FC朝鮮語版」を創設していた。第一毛織FCは1971年を以て解散し、以降しばらくはサッカークラブ運営からは離れていたが、2002 FIFAワールドカップ招致に向けた大韓民国政府からの要請と、当時のサムスングループ会長李健熙国際オリンピック委員会の委員に選出されたことを受け、再びサッカークラブ運営に乗り出した[3][4]。当初、親会社はサムスン重工業と報道されていたが[5]、のちにサムスン電子に決定した。

当初は1994年10月に創設し、1995年からのKリーグ参入を目指していたが[6]、選手獲得方式を巡って既存のKリーグクラブと対立し、創設およびKリーグ参入が延期された[7]。また、韓国プロサッカー連盟朝鮮語版と大韓民国政府が2002 FIFAワールドカップ招致に向けて実施した「ソウル縁故空洞化政策朝鮮語版」により、ソウル特別市からホームタウン移転を余儀なくされた一和天馬(現・城南FC)、油公コッキリ(現・済州SK FC)、LGチータース(現・FCソウル)が、ソウルに近い水原を移転先に希望した。連盟が定める「既存クラブのホームタウン移転先が新規クラブと同じ場合、既存クラブに優先権を与える」という条項により、サムスングループの主要企業が位置する水原をホームタウンとすることができない可能性が生じたため、サムスンは水原および水原市議会と協定書を交わし、ホームタウンの固守に動いた[8]。さらに、韓国プロサッカー連盟が50億から100億ウォンに上る巨額の「プロサッカー発展基金」の支払いを要求し、これを支払わない場合、翌年からのKリーグ参入を拒否する方針を決めたことに対し、サムスン側が「全南ドラゴンズと全北ダイノス(現・全北現代モータース)がKリーグに参入する過程では、拠出金は1億ウォンほどしか求められなかった。新人ドラフトを目前に控えたタイミングで、突然巨額の拠出金を要求するのは不公平だ」と反発[9][10][11][12]文化体育観光部が仲裁に乗り出し、連盟に対して拠出金の減額を求める事態にまで発展した[13]。結局、連盟は文体部からの減額要請を受け入れ、11月27日にKリーグ参入を承認した[14]

1996年 - 2023年(Kリーグ)

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1995年

2月22日、韓国最大の財閥であるサムスングループによって創設。1994年ワールドカップアメリカ大会韓国代表の指揮を執った金皓を初代監督に迎え、1996年からKリーグに加盟した。

2004年

金皓の後任監督に車範根を招聘。就任初年度にリーグ優勝を果たす。

2005年

AFCチャンピオンズリーグ2005ACL初出場するとグループリーグで深圳健力宝足球倶楽部(中国)、ジュビロ磐田(日本)、ホアンアイン・ザライFC(ベトナム)のグループEを4勝1分1敗の2位で終えグループリーグで敗退した。

2007年

1月、日韓W杯で国民的スターとなったフォワード安貞桓が加入した。

2008年

1月、ヴィッセル神戸へ移籍した金南一の穴を埋めるべく安英学を獲得。リーグチャンピオンシップでFCソウルを破り、4年ぶりにリーグ優勝。

2009年

4年ぶりで2回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2009のグループリーグで鹿島アントラーズ(日本)、上海申花聯盛足球倶楽部(中国)、シンガポール・アームド・フォーシズFC(シンガポール)のグループGを4勝2敗で2位通過して初の決勝トーナメントに進出した。ラウンド16で名古屋グランパスエイト(日本)と対戦した。アウェイで1-2で敗れ敗退した。

リーグ戦で10位と低迷しプレーオフ進出を逃したが、FAカップで4年ぶり2度目の優勝を達成した。

2010年

2年連続の3回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2010のグループリーグでガンバ大阪(日本)、シンガポール・アームド・フォーシズFC(シンガポール)、河南建業足球倶楽部(中国)のグループGを4勝1分1敗で首位通過して決勝トーナメントに進出した。ラウンド16で北京国安足球倶楽部(中国)と対戦した。ホームで2-0で勝利し準々決勝に進出した。準々決勝で城南一和天馬(韓国)と対戦した。アウェイの第1戦を1-4で敗れるとホームの第2戦では2-0で勝利したが合計スコア3-4で準々決勝で敗退が決定した。

5月の時点でリーグ戦最下位に低迷し、車範根が監督を辞任、最終順位も7位にとどまった。だが、FAカップで2年連続3度目の優勝を果たし、AFCチャンピオンズリーグ2011の出場を決めた。

2011年

3年連続の4回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2011のグループリーグで鹿島アントラーズ(日本)、シドニーFC(オーストラリア)、上海申花聯盛足球倶楽部(中国)のグループHを3勝3分で首位通過して決勝トーナメントに進出した。ラウンド16で名古屋グランパス(日本)と対戦した。ホームで2-0で勝利し準々決勝に進出した。準々決勝でゾブ・アハン・エスファハーンFC(イラン)と対戦した。ホームの第1戦を1-1で引き分けるとアウェイの第2戦では2-1で勝利し合計スコア3-2で準決勝に進出した。準決勝でアル・サッド(カタール)と対戦した。ホームの第1戦を0-2で敗れるとアウェイの第2戦では1-0で勝利したが合計スコア1-2で準決勝で敗退が決定した。

2013年

2年ぶりで5回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2013のグループリーグで柏レイソル(日本)、セントラルコースト・マリナーズFC(オーストラリア)、貴州人和国酒茅台足球倶楽部(中国)のグループHを4分2敗の最下位で終えグループリーグで敗退した。

2014年

オーナーがこれまでのサムスン電子から子会社で韓国最大手の広告代理店である第一企画に代わり、クラブ運営会社の法人名も「サムスン電子サッカー団株式会社」から「株式会社水原三星サッカー団」に改称[15]。サムスン電子などサムスングループの企業は引き続きスポンサーを務めるものの事業規模が縮小することになり、この年以降の成績低迷の一因となる。

2015年

2年ぶりで6回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2015のグループリーグで北京国安足球倶楽部(中国)、ブリスベン・ロアーFC(オーストラリア)、浦和レッドダイヤモンズ(日本)のグループGを3勝2分1敗の2位で決勝トーナメントに進出した。ラウンド16で柏レイソル(日本)と対戦した。ホームの第1戦を2-3で敗れるとアウェイの第2戦では2-1で勝利したが合計スコア4-4のアウェーゴールルールでラウンド16で敗退が決定した。シーズン途中で鄭大世清水エスパルスへ移籍し、シーズン終了後に鄭成龍川崎フロンターレへ移籍するなど、主力選手が流出した。

2016年

2年連続の7回目の出場となったAFCチャンピオンズリーグ2016のグループリーグで上海上港集団足球倶楽部(中国)、メルボルン・ビクトリーFC(オーストラリア)、ガンバ大阪(日本)のグループGを2勝3分1敗の3位で終えグループリーグで敗退した。Kリーグクラシックでは7位に終わった。

12月3日、韓国FAカップ決勝でFCソウルを下し、2010年以来6年ぶりとなる4度目の韓国FAカップ優勝を決めた。

2018年

AFCチャンピオンズリーグ2018ではプレーオフでのFLCタインホアFC(ベトナム)に5-1で圧勝し本戦行きを決めた。グループリーグで鹿島アントラーズ(日本)、シドニーFC(オーストラリア)、上海緑地申花足球倶楽部(中国)のグループHを3勝1分2敗で終え、グループリーグを1位突破した。ラウンド16で蔚山現代FC(韓国)と対戦した。アウェイの第1戦で0-1で敗れるとホームで3-0と勝利し合計スコア3-1で準々決勝に進出した。準々決勝で全北現代モータース(韓国)と対戦した。アウェイの第1戦で3-0で勝利するとホームで0-3で敗れ合計スコア3-3でPK戦(4-2)の末、準決勝に進出した。準決勝で鹿島アントラーズ(日本)と対戦した。アウェイの第1戦で2-0とリードするも、その後逆転を許し2-3で敗れた。ホームの第2戦では先制されるも一時3-1と逆転したが後半終了間際に同点ゴールを決められ、3-3で引き分けた。合計スコア5-6で準決勝敗退が決まった。

2020年

Kリーグ1第22節時点で降格圏内の11位と低迷し、第23節以降はファイナルB(7位から12位のグループ)での戦いとなった[16]。最終的には8位でシーズンを終えた。

2022年

Kリーグ1で10位に沈み、入れ替え戦の末に辛くも残留を決めた。

2023年

シーズン序盤から成績不振に陥り、第4節終了時点で最下位に転落する。その後も成績は向上せず最下位のままシーズンが終了、クラブ史上初めてのKリーグ2降格が決定した[17][18]

2024年 - 2025年 (Kリーグ2)

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2024年

Kリーグ2で6位となり、昇格プレーオフに進出できなかった。

2025年

Kリーグ2で2位となり昇格プレーオフに進出するも、済州SK FCに敗れ残留となった。

タイトル

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国内タイトル

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Kリーグ1:4回
1998, 1999, 2004, 2008
韓国FAカップ:5回
2002, 2009, 2010, 2016, 2019
韓国スーパーカップ:3回
1999, 2000, 2005
韓国リーグカップ:6回
1999(アディダスカップ), 1999(大韓火災カップ), 2000(アディダスカップ), 2001, 2005, 2008

国際タイトル

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AFCチャンピオンズリーグ(旧アジアクラブ選手権を含む):2回
2001, 2002
アジアスーパーカップ:2回
2001, 2002
パンパシフィックチャンピオンシップ:1回
2009
A3チャンピオンズカップ:1回
2005

過去の成績

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シーズン ディビジョン 韓国FAカップ チャンピオンシップ
リーグ順位
1996 Kリーグ321895573363前期3位
後期1位
準優勝準優勝
1997 Kリーグ187742323285位準々決勝敗退大会なし
1998 Kリーグ2013163422351位準々決勝敗退優勝
1999 Kリーグ2923066026641回戦敗退優勝
2000 Kリーグ27140134843365位準々決勝敗退資格なし
2001 Kリーグ27125104035413位1回戦敗退大会なし
2002 Kリーグ271296402645優勝大会なし
2003 Kリーグ44191510594672ベスト32大会なし
2004 Kリーグ271467322446前期4位
後期優勝
ベスト16優勝
2005 Kリーグ246108293228前期9位
後期8位
ベスト16資格なし
2006 Kリーグ2912107312546前期8位
後期優勝
準優勝準優勝
2007 Kリーグ2715663625513位ベスト163位
2008 Kリーグ2818464926581位ベスト16優勝
2009 Kリーグ28881229323210位優勝資格なし
2010 Kリーグ28125113944417位優勝資格なし
2011 Kリーグ3017495133554位準優勝2回戦敗退
2012 Kリーグ442013116151734位準々決勝敗退大会なし
2013 Kクラシック38158155043535位ベスト16
2014 Kクラシック38191095237672位ベスト32
2015 Kクラシック3819109604367ベスト32
2016 Kクラシック381018105659487位優勝
2017 Kクラシック38171386341643位準決勝敗退
2018 Kリーグ1381311145354505位準決勝敗退
2019 Kリーグ1381212144649488位優勝
2020 Kリーグ12787123127308位準々決勝敗退
2021 Kリーグ1

現所属メンバー

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2026年4月30日現在

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
1 GK 大韓民国 金旻準
2 DF 大韓民国 張碩桓朝鮮語版
3 DF 大韓民国 牟景彬朝鮮語版
4 DF 大韓民国 宋株熏
5 DF 大韓民国 高種現朝鮮語版
6 MF 大韓民国 イム・ジフン朝鮮語版
7 FW ブラジル フェシン英語版
9 FW ドイツ イリュチェンコ (ロシアの旗)
10 MF ブラジル ヘイス英語版
11 DF 大韓民国 李準宰朝鮮語版
13 DF 大韓民国 ヨ・ミンジュン
14 MF 大韓民国 鄭好淵朝鮮語版
15 DF 大韓民国 鄭盛敏朝鮮語版
16 MF 大韓民国 博賢賓朝鮮語版
17 MF 大韓民国 姜鉉默朝鮮語版
18 DF 大韓民国 チェ・ジムク朝鮮語版
19 MF 大韓民国 金成柱朝鮮語版
20 DF 大韓民国 洪正好
No. Pos. 選手名
21 GK 大韓民国 梁馨模朝鮮語版
22 FW 大韓民国 姜成進朝鮮語版
23 MF 大韓民国 金旻佑朝鮮語版
24 MF 大韓民国 高丞範朝鮮語版
27 DF 大韓民国 李建熙朝鮮語版
28 DF 大韓民国 倫槿榮朝鮮語版
30 GK 大韓民国 金峻弘朝鮮語版
31 GK 大韓民国 理敬浚朝鮮語版
32 DF 大韓民国 鄭東潤朝鮮語版
33 DF 大韓民国 朴大元朝鮮語版
42 MF 大韓民国 イ・ジュヌ
58 FW ブラジル ブルーノ・シウヴァ英語版
77 FW 大韓民国 金智賢
80 MF 大韓民国 金志成
91 FW 大韓民国 朴祉原朝鮮語版
92 FW 大韓民国 イ・サンミン朝鮮語版
96 FW ブラジル パウリーニョ朝鮮語版
99 FW 大韓民国 金度姸朝鮮語版

期限付き移籍

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注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
DF 大韓民国 郭成勳朝鮮語版光州FCへ)
FW 大韓民国 金主贊朝鮮語版金泉尚武FCへ)
FW 大韓民国 キム・ジホ朝鮮語版マレーシアの旗 セランゴールFCへ)

歴代監督

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歴代所属選手

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アカデミー

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2008年に韓国プロサッカー連盟によって全てのKリーグクラブがアカデミー(下部組織)の創設と運営を義務付けられたことから、U-18チームに関しては同年から2005年に創立されたばかりの梅灘高等学校朝鮮語版と協約を締結して同校のサッカー部の運営を行っている。U-15チームに関しては2009年に創立された梅灘中学校朝鮮語版のサッカー部を同年から運営してきたが、中学校運動部の合宿所生活禁止などで全国から優秀な選手を集めることが困難になったため2019年限りで協約を解消し、2020年から学校の部活動からクラブチームに転換して活動している[19]

脚注

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  1. “삼성축구단, 22일 공식 출범”. 聯合ニュース. (1995年2月22日) 2026年4月30日閲覧。
  2. “삼성 프로축구단 창단식”. 朝鮮日報. (1995年2月23日) 2026年4月30日閲覧。
  3. “<신년특집>-②월드컵유치활동”. 聯合ニュース. (1995年1月14日) 2026年4月30日閲覧。
  4. “재벌그룹‘스포츠 주도권 전쟁’치열”. 聯合ニュース. (1996年7月18日) 2026年4月30日閲覧。
  5. “스포츠에까지 뻗친'문어발'”. ハンギョレ. (1994年12月12日) 2026年4月30日閲覧。
  6. “삼성,프로축구 제9구단 창단 사실상 확정”. 聯合ニュース. (1994年9月23日) 2026年4月30日閲覧。
  7. “기존구단,삼성축구팀 창단조건에 강경”. 聯合ニュース. (1994年12月19日) 2026年4月30日閲覧。
  8. “프로축구 水原삼성 블루윙즈 창단”. 京仁日報朝鮮語版. (1995年12月4日) 2026年4月30日閲覧。
  9. “삼성축구팀 창단 발전기금문제로 난항”. 聯合ニュース. (1995年11月9日) 2026年4月30日閲覧。
  10. “삼성축구「발전기금 100억」논란”. 東亜日報. (1995年11月10日) 2026年4月30日閲覧。
  11. “프로축구연맹 삼성에 거액「기금」강요 월드컵 유치붐에"찬물"”. 京郷新聞. (1995年11月11日) 2026年4月30日閲覧。
  12. “프로축구 발전기금‘실랑이’”. 朝鮮日報. (1995年11月11日) 2026年4月30日閲覧。
  13. “<풍향계>문체부,`축구발전기금 재고' 요청”. 聯合ニュース. (1995年11月14日) 2026年4月30日閲覧。
  14. “'삼성 블루윙스'창단승인 프로축구연맹”. ハンギョレ. (1995年11月28日) 2026年4月30日閲覧。
  15. 慎武宏 (2016年2月3日). サムスン電子から切り離された水原三星、真価が問われるシーズン”. サーチコリアニュース. 2024年12月25日閲覧。
  16. 慎武宏 (2020年9月30日). 【アジア最前線:韓国 #4】降格圏内に沈む名門・水原三星に何が起こっている?”. サッカーキング. 2024年12月25日閲覧。
  17. How the mighty have fallen: Suwon Samsung Bluewings relegated to K League 2 amid falling payroll”. Yonhap News Agency (2023年12月2日). 2024年1月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月2日閲覧。
  18. Bluewings' relegation is latest chapter in Samsung's fall from sporting glory”. Korea JoongAng Daily (2023年12月8日). 2024年1月11日閲覧。
  19. “수원 삼성 유스팀 매탄중 해체...화성 화도중서 클럽팀으로 재탄생”. 中部日報朝鮮語版. (2019年12月5日) 2026年4月30日閲覧。

外部リンク

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