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城南FC

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
城南ソンナムFC
Seongnam FC
原語表記 성남 시민 프로 축구단
愛称 カササギ軍団(까치군단)
ブラック戦士(블랙전사)
クラブカラー  
創設年 1988年
所属リーグ Kリーグ2
ホームタウン 京畿道城南市
ホームスタジアム 炭川総合運動場
収容人数 16,406
運営法人 株式会社城南市民プロサッカー団
代表者 大韓民国の旗 申相珍朝鮮語版(城南市長)
大韓民国の旗 張源宰朝鮮語版(代表取締役)
監督 大韓民国の旗 全慶埈朝鮮語版
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

城南FC(ソンナムFC、韓国語: 성남 FC英語: Seongnam FC)は、大韓民国の北西部、京畿道城南市をホームタウンとするサッカークラブである。2025年からKリーグ2に所属している。

概要

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もともとは、「世界基督教統一神霊協会」(旧統一教会、現・世界平和統一家庭連合)設立者・総裁で熱烈なサッカーファンであった文鮮明が主導して立ち上げたクラブ。高麗人参濃縮茶やメッコールの製造元で、統一教会系企業の一和(イルファ)をスポンサーとしており、クラブにも教団の色が現れていた。炭川総合運動場をホームスタジアムに使用している。

しかし文鮮明が2012年9月に死去した後、統一教会グループはスポーツ関連事業から手を引き、チームの財政自立を求めた。また、チームの財政難が深刻なこともあるため、2013シーズンをもって「城南一和天馬」の名前が消えることが濃厚となっていた。ホームタウンを安山市へと移転する案もあったが、2013年10月2日、当時李在明が市長を務めていた城南市は市民クラブとして城南一和を買収して再生させることを発表した。城南FCへのクラブ名変更に伴い、エンブレムもペガサス(天馬)からカササギ(城南市の鳥)に変更されている。球団主(オーナー)職は市長が兼任するため、李在明が初代球団主に就任している。なお、李在明は2025年6月4日から大韓民国第21代大統領を務めているが、プロスポーツクラブの球団主を務めた人物が韓国大統領になるのは史上初のことである[1]

一時は女子チーム「忠南一和天馬朝鮮語版」を持ちWKリーグに参加していたが、2012年シーズン終了後に解散している。

歴史

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1975年、文鮮明がサッカークラブ創設を構想、その後、1986年に統一教会グループが公式にプロサッカーチーム創設計画を明らかにした。当時は大韓民国体育部朝鮮語版1987年から8クラブによるプロリーグを実現させる案を検討していた頃で、忠清道を本拠地とするクラブとして候補に挙がったが[2]、敬虔なキリスト教徒であった当時の大韓サッカー協会会長崔淳永朝鮮語版の反対により実現しなかった。その後、1988年1月27日金宇中が新たな大韓サッカー協会会長に就任すると、教団のサッカークラブ創設が本格化した。1988年ソウルオリンピックを目前に控えた時期であったため、オリンピック終了後にクラブを創設するよう計画が推進された[3]

1988年9月20日、一和天馬(イルファ・チョンマ、일화 천마)のクラブ名で創設された。当初はプロサッカーブームの醸成のため、まだプロサッカークラブが存在しなかった湖南地域朝鮮語版をホームタウンとする計画であり、選手も湖南地域出身者を中心に編成していたが、この地域は韓国の中でもとりわけキリスト教の勢力が強い地域であり、統一教会系のクラブがホームタウンとすることに対し地元キリスト教界を中心に強い反発が起こった。また、湖南地域をホームタウンとするクラブの創設の可能性もあったため[注釈 1]韓国プロサッカー委員会朝鮮語版の助言もあり、ソウル特別市江北地域朝鮮語版をホームタウンとすることになった[4]1993年から国内リーグを3連覇、1995年にはアジアクラブ選手権にも優勝して、1996年AFC選定年間最優秀クラブ賞を受賞した[5]

1996年にホームタウンを天安市に移し、天安一和天馬(チョナン・イルファ・チョンマ、천안 일화 천마)に改称。1998年から2年連続で最下位になるなど低迷した。2000年からはホームタウンを城南市に移し、城南一和天馬(ソンナム・イルファ・チョンマ、성남 일화 천마)に改称。2001年からリーグを3連覇した。豊富な資金力で次々とスター選手を獲得したことから、この時期は「韓国版レアル・マドリード」と呼ばれた[6]

AFCチャンピオンズリーグには2002年2003年開催の第1回大会で初出場したが、この時はグループリーグで敗退。続く2004年第2回大会にも出場し、決勝進出。決勝戦ではアル・イテハドサウジアラビア)と対戦し、アウェーでの第1戦を3-1で勝利するが、続くホームでの第2戦を0-5で落とし、逆転で優勝を逃す。その後、2年連続で出場を逃したが、2007年大会で3年ぶりの出場。この時は準決勝で浦和レッズ日本)と対戦し、第1戦・第2戦ともに2-2で引き分け、アウェーゴールも同点となり延長戦でも決着せず。PK戦にまでもつれ込んだが、そのPK戦を3-5で落とした。3年後の2010年大会では2度目の決勝進出。日本(国立霞ヶ丘競技場陸上競技場)で行われた決勝戦ではゾブ・アハン・エスファハーンFCイラン)を3-1で降し、初優勝。アジア代表として同年のFIFAクラブワールドカップに出場し、4位となる。

2013年を以て統一教会グループがクラブの運営から手を引いたことから、2014年より城南FC(ソンナムFC、성남 FC)に改称した。2016年はKリーグクラシック11位で昇降プレーオフに出場し江原FCに敗れ、2017年からクラブ史上初のKリーグチャレンジ降格となった。

2018年、Kリーグ2で2位となり、同年1位だった牙山ムグンファFCKリーグ1へ昇格する資格がなかったため、2019年より3年ぶりにKリーグ1へ復帰した。

2022年7月、城南市長交代に伴い球団代表が新市長の申相珍朝鮮語版に交代すると、市の予算の100億ウォンを費やしKリーグ1で残留争いを続けるチームを敵視する発言を繰り返し、クラブの解体もしくは売却、アマチュア化しK4リーグへの自主降格などを示唆されるようになる。それに対し、城南FCサポータークラブ一同団体blacklistが猛反対と抗議活動が活発化、Kリーグ各クラブのサポーター団体もそれに呼応し城南FCの存続を願う運動が行われている[7]

タイトル

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国内タイトル

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国際タイトル

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過去の成績

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シーズン ディビジョン 韓国FAカップ チャンピオンシップ
リーグ順位
1989 Kリーグ5位-大会なし
1990 Kリーグ6位-大会なし
1991 Kリーグ5位-大会なし
1992 Kリーグ2位-大会なし
1993 Kリーグ優勝-大会なし
1994 Kリーグ優勝-大会なし
1995 Kリーグ前期1位
後期7位
-優勝
1996 Kリーグ前期9位
後期5位
準々決勝敗退資格なし
1997 Kリーグ8位準優勝大会なし
1998 Kリーグ10位準々決勝敗退資格なし
1999 Kリーグ10位優勝資格なし
2000 Kリーグ3位準優勝3位
2001 Kリーグ優勝準々決勝敗退大会なし
2002 Kリーグ優勝準決勝敗退大会なし
2003 Kリーグ優勝ベスト16大会なし
2004 Kリーグ前期8位
後期9位
ベスト32資格なし
2005 Kリーグ前期6位
後期1位
ベスト161回戦敗退
2006 Kリーグ前期1位
後期9位
ベスト32優勝
2007 Kリーグ2位ベスト16準優勝
2008 Kリーグ5位準々決勝敗退1回戦敗退
2009 Kリーグ2位準々決勝敗退準優勝
2010 Kリーグ5位準々決勝敗退2回戦敗退
2011 Kリーグ30981343473510位優勝資格なし
2012 Kリーグ4414102047565212位ベスト16大会なし
2013 Kクラシック38179125142608位ベスト16
2014 Kクラシック38913163239409位優勝
2015 Kクラシック38151584133605位準々決勝敗退
2016 Kクラシック3811101747514311位準々決勝敗退
2017 Kチャレンジ371314103831534位準々決勝敗退
2018 Kリーグ236181174936652位ベスト32
2019 Kリーグ138129173040459位ベスト32
2020 Kリーグ127771324372810位準決勝敗退
2021 Kリーグ13811111634464410位ベスト16
2022 Kリーグ137782233662912位ベスト16

現所属メンバー

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2026年4月28日現在

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
1 GK 大韓民国 李光淵朝鮮語版
2 DF 大韓民国 黄淅記朝鮮語版
3 DF 大韓民国 有民竣朝鮮語版
4 DF ブラジル ヴェニーシオ朝鮮語版
5 DF 大韓民国 愉善朝鮮語版
7 MF 大韓民国 弘昌汎朝鮮語版
8 FW 大韓民国 李正斌朝鮮語版
9 FW ブラジル アンジェロッティ
10 FW コロンビア ビジェーロ英語版
11 FW 大韓民国 李俊尚朝鮮語版
13 MF 大韓民国 ホン・ソキョン朝鮮語版
14 FW ブラジル フレイタス朝鮮語版
16 MF 大韓民国 柳俊善
17 MF 大韓民国 朴炳奎
18 FW 大韓民国 金珉材
19 MF 大韓民国 梁太陽朝鮮語版
No. Pos. 選手名
20 DF 大韓民国 李相旻朝鮮語版
21 MF 大韓民国 朴相赫朝鮮語版
22 DF 大韓民国 鄭昇勇朝鮮語版
23 FW 大韓民国 柳宙岸朝鮮語版
25 DF 日本 駿
27 DF 大韓民国 權炳準
28 GK 大韓民国 鄭明題朝鮮語版
32 FW 大韓民国 尹旼顥朝鮮語版
33 MF 大韓民国 朴秀彬
36 MF 大韓民国 李在昱朝鮮語版
41 GK 大韓民国 チェ・ソジュン
52 DF 日本 亮志
66 DF 大韓民国 金泳漢
91 GK 大韓民国 安材民
94 DF 大韓民国 李知勳朝鮮語版

期限付き移籍

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注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
大韓民国 鞠關羽 (慶州韓国水力原子力FCへ)
大韓民国 張英基朝鮮語版 (アメリカ合衆国の旗) (昌原FC朝鮮語版へ)

歴代監督

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歴代所属選手

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関連項目

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脚注

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注釈

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  1. 実際に1991年全北現代モータースの前身にあたる「完山チンドッケ」が全羅北道全域をホームタウンとして創設されている。
  2. 1 2 ただし、韓国プロサッカー連盟朝鮮語版には公式な監督代行とは認められていない。

出典

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  1. “「初の球団主出身大統領」 韓国スポーツ界が期待感”. 中央日報. 2025年6月5日. 2025年6月17日閲覧.
  2. “프로축구 3개팀 늘린다|8팀 목표 빠르면 이달대 확정 ,내년실시”. 中央日報. 1986年7月3日. 2026年4月28日閲覧.
  3. “[창간특집] 스포츠서울 창간 당시 '최고 스타' 박종환 감독”. スポーツソウル. 2009年6月21日. 2013年9月21日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年4月28日閲覧.
  4. "공격축구로 바람일으키겠다" 1일 창단 一和(일화)프로축구팀 朴鍾煥(박종환)감독”. 東亜日報. 1988年10月29日. 2026年4月28日閲覧.
  5. Award 1996”. アジアサッカー連盟. 2008年6月7日閲覧。
  6. 吉崎 英治『週刊サッカーマガジン』(ベースボールマガジン社、2004年02月17日号 No.960、108ページ)
  7. '서명 운동부터 걸개까지' 성남FC와 수원FC 서포터스가 뭉친 사연”. 스포츠니어스. 2022年8月28日. 2022年8月31日閲覧.

外部リンク

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