世界日報 (日本)

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世界日報
種類 日刊紙
サイズ ブランケット判

事業者 株式会社世界日報社
本社 (東京都渋谷区宇田川町37-17→)
(東京都渋谷区桜丘町18-6→)
(東京都板橋区舟渡2-6-25→)
東京都中央区日本橋茅場町1-5-2
代表者 黒木正博
創刊 1975年(昭和50年)1月1日
言語 日本語
価格 月極 (紙面)2,776円
(電子版)1,080円
ウェブサイト http://www.worldtimes.co.jp/
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世界日報(せかいにっぽう)は、日本の世界日報社により発行される1975年創刊の保守新聞。日刊紙は関東地方の一部、及び沖縄県の一部を配布地域としており、他に日本全国向けの週刊紙、サンデー世界日報がある。

なお本稿では、本紙及び発行会社の母体となっている日本国籍宗教法人世界基督教統一神霊協会(現・世界平和統一家庭連合)を「統一協会」、その上層部である韓国の組織、およびその思想全体を「統一教会」と分けて書くことにする。

概要[編集]

1975年(昭和50年)1月1日付で創刊。本社および編集局は東京都渋谷区宇田川町にあった。その後、本社は2006年(平成18年)にJR山手線渋谷駅近くの渋谷区桜丘町に移転するが、その後板橋区舟渡の自社印刷拠点と統合する形で再度移転し、現在は中央区日本橋茅場町に拠点を移す。[1]2018年(平成30年)現在の代表取締役社長は黒木正博である。

韓国の全国紙『韓国紙世界日報(セゲイルボ)』、ワシントン・タイムズ(米国)やネパール・リパブリック・メディアと提携している。(姉妹紙を参照)

世界日報読者向けに1983年(昭和58年)5月18日に設立された世日クラブというものがあり、講演会を行っている。そこでは八木秀次高橋史朗小林正中西輝政櫻井よしこなどの著名な保守系の評論家や森昭雄の講演などが行われている。

なお、日本では1946年-1948年に同名の新聞「世界日報」が存在した。この新聞は、題号を「世界経済新聞」(1948年10月1日 - 1950年2月28日)、「夕刊世界経済新聞」(1950年3月1日 - 12月31日)と改めた後、1951年(昭和26年)に産業経済新聞(現・産経新聞東京本社版)に紙面統合されて終刊した。題字と地紋は現・世界日報が同一のものを使用している。

紙面[2][編集]

  • 総合面=1面
  • 総合面(政治内政)=2面、3面
  • 国際面=4面、5面
  • 経済関連=国内経済、海外経済、証券、産業
  • オピニオン=最終面
  • 論壇時評、機関紙論評、写真簿
  • 沖縄のページ
  • 教育、文化面
  • スポーツ面、社会面

論調[編集]

冷戦真っ只中に創刊され、一貫して親米保守反共主義の路線をとってきた。これは、発行母体たる統一教会の政治姿勢を踏襲しており、その一貫性は保守系言論紙のなかでも突出している。ただし、母体が母体ゆえ必ずしも日本の保守勢力の全てが評価している訳ではなく、同じく保守系メディアとして知られる産経新聞読売新聞であっても本紙に対し批判的な立場に回ることや、逆に本紙がそれら保守系大手紙の論調にブレがあるなどと批判することもある。

この新聞の最大の特徴は、韓国、朝鮮民主主義人民共和国などの東アジアの記事が多い事に見られるように国際報道の重視である。また、世界の主要紙の論調などの翻訳記事を定期的に掲載している。一方で、教科用図書検定で「侵略」を「進出」と書き換えさせたことが誤報であるといち早く報道する等に代表されるような、保守派の利益となるスクープ報道(下記の主なスクープ参照)に精力を注ぐことでも知られている。

なお、自社取材以外の国内一般ニュースは時事通信社と契約し供給を受けている。

国内政治[編集]

日本国内では、国際勝共連合が推薦している「勝共推進」議員ないしは候補者を超党派で支持するのが基本である。

勝共推進関係者の所属政党は自民党が多いものの、自民党議員全員が必ずしも勝共推進で一致している訳ではなく、反米保守ないしは統一教会の思想と相容れないことを理由に支援を受けていない者もいる。野党でも国民民主党では旧民社党の流れを汲む民社協会系を中心に、日本維新の会日本のこころなどにも勝共連合との関わりを持つ者がいる。

対米報道[編集]

アメリカ合衆国の二大政党のうち、共和党の考え方をほぼ完全支持し追従、またネオコンの立場を代弁する論調で知られている。同じく統一教会系の姉妹紙『ワシントン・タイムズ』も保守系言論紙として共和党の政策を一貫して支持してきている(ちなみに、ロナルド・レーガンがアメリカ合衆国大統領に当選した時に、日本の世界日報は号外を発行し、東京で配布している)。

本紙においても、国連での合意を経ずにイラク戦争を始めたアメリカへの批判が強かった頃も、一貫してジョージ・ウォーカー・ブッシュ政権のイラク侵略戦争を正当であると論じてきた。

中東情勢報道でも米国擁護、親イスラエル路線を明確にしており、これらと対立するアラブ・イスラーム諸国、またはイスラーム主義には批判的である。例えばパレスチナで、初の普通選挙にてハマースが勝利した際には、“パレスチナ住民の教育水準が低く政治的思考力が欠けているためにテロ組織を第一党に選んでしまった”として、米国・イスラエルの保守派と同じ主張を行った。

統一教会・新宗教[編集]

また、母体である統一教会の影響から、その関係者・関連団体の活動が記事にされることが頻繁にあり、更に新宗教に親和的な内容がしばしばみられる。[要出典]

新宗教の擁護の一例として、同紙は1994年(平成6年)9月25日10月30日付の二回、「文春『オウム真理教攻撃』のウソ」と題して、資産家拉致・監禁事件にオウム真理教信者が関わったとする『週刊文春』の報道を批判し、実際は被害者であった長女夫妻や四女らによる資産目当ての犯行と論じ、オウム真理教を擁護した[3][4]。さらに地下鉄サリン事件を機に当時の政権が提案した「宗教基本法案」に対する反対キャンペーンを展開した(結局同法案は廃案となり、オウム真理教と後継団体のみを非合法化するオウム新法としてまとまった)。

ちなみに、国際勝共連合には統一教会以外の教派の関係者も参加していて、それらの団体に対しても擁護する記述がなされることがある。[要出典]

近年においては、キリスト教根本主義宗教右派勢力から支持されていると言われる「インテリジェント・デザイン」(ID)理論に肯定的な記事もしばしば載せている。[要出典]

教育問題については、幼少期からの科学的な見地に基づく性教育について、「性交のすすめ」につながり「快楽の性」や「性の自己決定権」を教え込む過激な性教育だとして反対し、伝統的家庭の価値観を重視し、ジェンダーフリー批判や公立高等学校での一律男女共学化批判(「別学の良さを否定するのはおかしい」)、中高生に対する子宮頸がん予防ワクチン接種推進に反対し性交渉を控えさせる教育を主張する[5]など、保守的な道徳・倫理観を称揚する紙面作りがなされている。

一方、女性天皇問題においては、日本紙が女子皇族の皇位継承に反対と主張したのに対し、韓国紙は逆に女性天皇を認めるべきと主張するという“ねじれ現象”が生じた。

左派批判[編集]

親米反共の立場から、容共思想ないしは新左翼勢力、さらには左派系論客に対しても厳しい監視の目を光らせるという立場で一貫している。中でも日本共産党に対しては「共産党ウォッチ」という連載が続けられている。

対朝鮮半島報道[編集]

韓国に本拠を置く統一教会が母体である故、韓国の報道機関が使っている自称を世界日報でも使うことがあった。実際に以前は、北朝鮮を「北韓」と呼称しており、現在でも稀に使用される。また、朝鮮半島を「韓半島」と呼び変えることもある。

主なスクープ[編集]

世界日報事件[編集]

1983年(昭和58年)10月1日、当時の編集局長ら(副島嘉和と営業局長井上博明)による、統一教会色を薄め一般紙を志向する路線を会社の乗っ取りであると反発した「国際勝共連合理事長梶栗玄太郎ら約百人が、東京都渋谷区宇田川町のワールドビル(当時)内にあった世界日報社事務所に押しかけて社内を占拠し、社員を監禁・暴行した。

一新聞社の元編集長が内部告発の後に殺されかけるというこの事件を「読売」、「朝日」、「毎日」の各紙が報じたが、『世界日報』は記者が病院に駆けつけていながらこの事件を一切報道しなかった。結局、犯人を特定できないまま、この事件は時効を迎えた。この影響で、それまで『世界日報』に執筆していた文化人たちの中にも距離を置く者が少なからず出た。その後は統一協会の責任役員石井光治と梶栗の二人を共同社長とした体制で再刊されたが、事件の前よりも統一教会色が強い新聞となった。[要出典]

主な海外支局[編集]

世界日報社が発行するその他の主な媒体[編集]

  • 週刊新聞『サンデー世界日報』
  • 月刊誌『ビューポイント』

姉妹紙[編集]

契約通信社[編集]

主な寄稿者[編集]

番組表[編集]

テレビ
沖縄テレビと琉球放送は東京からの空輸便での配達で、朝刊より遅い時間に配達される事に配慮して12:00から掲載し、翌朝の5:00-12:00の番組も掲載。沖縄県最後発の琉球朝日放送は収録されていない。
ラジオ
特記事項
  • 電子版はラテ面と広告は削除されている。

その他[編集]

  • 2000年頃まで、長年渋谷駅ハチ公口広場に面したビルの屋上に巨大な広告看板があった(会社概要のページに当時の写真がある[8])。また明治神宮野球場のフェンスにも1970年代から1980年代前半にかけて広告看板を掲示していた時期もあった。
  • 一時期、駅前やバス停付近のガードレール等に新聞スタンドを固定して、無人販売していた。
  • 他の一般紙とは異なり、図書館で閲覧できることはほとんどない(寄贈紙が置かれている場合はある)。

脚注[編集]

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  1. ^ 会社案内-世界日報の歩み”. www.worldtimes.co.jp. 2018年11月14日閲覧。
  2. ^ 会社案内-日刊「世界日報」”. www.worldtimes.co.jp. 2018年10月2日閲覧。
  3. ^ 『週刊文春』1994年11月17日号[要ページ番号]参照
  4. ^ 江川紹子著『「オウム真理教」追跡2200日』文藝春秋、1995年7月、ISBN 4-16-350580-6 第三章参照
  5. ^ 社説 子宮頸がん/ワクチン接種推進を見直せ(2013年5月13日時点のアーカイブ
  6. ^ 「極めて衝撃的なスクープが『世界日報』の一面トップを飾った」『文藝春秋』昭和62年(1987年)5月号
  7. ^ “本紙、ネパール紙と姉妹提携 | 世界日報” (日本語). 世界日報. http://www.worldtimes.co.jp/info/89467.html 2018年10月1日閲覧。 
  8. ^ 会社案内-会社概要(2007年3月13日時点のアーカイブ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]