西日本スポーツ

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西日本スポーツ
Nishinippon Shimbun - Headquarters - 01.JPG
西日本スポーツ発行元の西日本新聞社の本社
福岡市中央区天神
種類 日刊紙
サイズ ブランケット判

事業者 西日本新聞社
本社 福岡市
代表者 川崎隆生
創刊 1955年2月21日
言語 日本語
価格 1部 140円
月極 3,250円
発行数 10万5632部
ウェブサイト http://www.nishinippon.co.jp/nsp
株式会社西日本新聞社
本社所在地 日本の旗 日本
〒810-8721
福岡県福岡市中央区天神1-4-1
業種 情報・通信業
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西日本スポーツにしにっぽん-)は福岡県福岡市西日本新聞社から発行されているスポーツ新聞。略称は西スポ

概要[編集]

1955年昭和30年)2月21日九州で初のスポーツ新聞[1]として創刊。九州各県(主に北部九州地方)のスポーツ(主に福岡ソフトバンクホークスアビスパ福岡大分トリニータサガン鳥栖ロアッソ熊本ギラヴァンツ北九州V・ファーレン長崎鹿児島ユナイテッドFC)の情報に力を入れている。フクニチ新聞が発行していたフクニチスポーツが廃刊されるまでは、福岡県内においては西スポ・フクスポで熾烈な読者獲得争いが繰り広げられていた。

特に福岡ソフトバンクホークスについては、他に大きな出来事があっても、1面に持ってくるほど力を入れており、2006年からは「1面から3面まで…まるごとホークス!!」と銘打って、従来よりもさらにホークス情報に力を注いでいる(過去にキャッチフレーズとして「野球はホークス、新聞は西日本!」というものがあった)。現在は一面の「西日本スポーツ」題字の発行所住所の下に「ホークス情報満載!」と表記されている。

西鉄ライオンズの投手だった稲尾和久の通称として知られる“神様・仏様・稲尾様”は、当紙の見出しで表記されたのが最初である。

中央競馬面は中日スポーツからの記事・予想提供で編集。芸能社会面、福岡ソフトバンク以外のプロ野球面、北部九州地区以外の一般スポーツ面は西日本新聞社と同じブロック紙3社連合に加盟する中日新聞社が発行する東京中日スポーツから記事・紙面を提供されている。(2015年7月より芸能社会面は神戸新聞社が発行するデイリースポーツからの記事・紙面へと変更された。)中央競馬面は2013年4月1日付まではサンケイスポーツ(大阪本社版)が製作していた。(それぞれの記事の字体がサンスポやトーチュウと同じであるところから判断できる[2])。

松本零士の漫画「新竹取物語 1000年女王」を産経新聞と同時連載していた(この連載があった当時、産経新聞が九州地区では発行されていなかったため。[3]また松本は福岡県出身である。)。

創刊当初はアダルト面もあったが、後に廃止されている。

西スポは中日スポーツ、東京中日スポーツ、デイリースポーツの3紙との共同連載企画や、4紙共同の読者プレゼント企画「アタック4」を実施するなど、ブロック紙・地方紙系スポーツ紙との連携を強めている。

発刊の経緯と功績[編集]

西日本パイレーツの経営問題で、読売及び巨人軍首脳に煮え湯を呑まされた西日本新聞社首脳は、当時デイリースポーツを売っていたが、他のスポーツ新聞を売るくらいなら、ライオンズを中心に据えた新聞を作って売ればいいんじゃないか、という考えから、試合の主催及び広告、宣伝面でライオンズを支えるため、新しいスポーツ新聞の発行を計画した。当時はテレビも普及していない時代で、みんながみんな球場で野球を観る機会もないから、多くの人にとってライオンズは新聞で知るしかない。西日本スポーツの発行で九州全域にワッとファンを増やしておいて、それから読者を獲得していこうという狙いがあった。もともと九州は、野球ファンの多い広島四国名古屋などと違って、どちらかといえば野球に対して冷めた土地柄であった。それは、春夏の甲子園大会に象徴される戦前の中等学校野球大会、戦後の選抜夏選手権で全国制覇を狙える強いチームが少なかったせいでもあるが、そのため野球ファンの熱気がそのままプロ野球人気になだれ込むとい構図にはならなかった。ところが、そうした土壌の外側から、西日本スポーツはプロ野球人気という熱気を、ライオンズファンの獲得という形で九州に吹き込んでいった[4]

テレビ欄[編集]

テレビ欄では、遅版(4版)ではNHK総合TNCTVQRKBKBCFBSサガテレビKTNをフルサイズで、その他の局(NHK EテレとKTN以外の長崎・熊本の民放テレビ局)を1/4サイズで掲載している。ただし、早版(3版)ではNHK総合とTNCのみフルサイズ掲載で、その他の局(EテレとTNC以外の福岡含む九州全県の民放テレビ局)はハーフまたは1/4サイズで掲載。

2011年7月24日の地上デジタル放送完全移行に伴うテレビ欄刷新で、これまで掲載されていなかったBSデジタル放送局(NHK BS1NHK BSプレミアムWOWOWプライムを除く)全局の番組表が掲載できるようになった。1980年代まではNHK-FMFM福岡の番組欄も掲載されていた。

コラム「斜光線」[編集]

かつて1面に三行風刺コラム「斜光線」があり、人気を博していたが、たびたび球団や選手を中傷する記事が少なくなく、読者から抗議の電話が相次いでいた。2001年4月25日付けのコラムで阪神タイガース野村克也監督と日本ハムファイターズ大島康徳監督を中傷する記事を掲載して、両球団から抗議があり、2001年4月29日限りで打ち切りになった。

投書コーナー「FAXプラザ」[編集]

1990年頃にスポーツ新聞では初となる投書欄「FAXプラザ」が設けられた。投稿者のほとんどは、ラジオ番組のハガキ職人で構成されていた。現在ではエフエム滋賀エフエム石川放送作家として活躍している投稿者もいた。画期的なコーナーだったが、憂さ晴らしで投書する読者が少なくなかったことと、投稿者の住所を詳しく載せていた(「福岡県」や「別府市」などの表記でなく、「滋賀県大津市西ノ庄」となっていた)事で、投稿者の家に不幸の手紙が舞い込んでいた事、デスクが投書欄の縮小を図ったことに加え、98年に発覚した福岡ダイエーホークスのスパイ行為で、正常な状態を維持する事ができなかった事から、自然消滅した。

レース欄について[編集]

野球評論家[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 同じ時期に、スポーツニッポン毎日新聞系)が西部本社版を創刊したが、九州に本社を置く地方新聞社では初めて。ブロック紙及び地方紙系の新聞社が発行するスポーツ新聞としてはデイリースポーツ神戸新聞社)、中日スポーツ中日新聞社)に次いで3番目に創刊した。
  2. ^ 同じことは道新スポーツ北海道新聞社)でも言える。北海道の地場記事以外のサンスポ提供記事の字体がサンスポ本体と同じであるため
  3. ^ 但し、西日本新聞エリアセンターへの委託販売という形で大阪本社発行で夕方18時(午後6時)締め切りの早版(6版)が発売されていた。2009年10月1日付から九州・山口特別版を創刊させ、従来通り西日本新聞エリアセンター(※北九州市やその他の九州・山口地区は、毎日新聞販売店)からの配達が行われる。なお競馬面で提携していたサンスポの九州・山口版の発行は当面ない。
  4. ^ 立石泰則『魔術師 三原脩と西鉄ライオンズ』文藝春秋、1999年、159-163、196、197頁

沿革[編集]

関係紙[編集]

発売地域[編集]

  • 過去には山口県でもJRの駅を中心に各地で販売されていたが、2009年3月31日付を以って西日本新聞と共に山口県内に於いての販売を終了した。しかし、九州本土との交流が濃い下関市宇部市山口市などでは、「西スポをコンビニだけでもいいから販売を再開させてほしい」との地元読者の意見も少なくない。

出典[編集]

外部リンク[編集]