KEIRINグランプリ

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KEIRINグランプリ
概要
開催時期 12月30日
開催地域 持ち回り
愛称 グランプリ
分野 競輪
カテゴリー GP
形態 一発勝負
主催者 持ち回り
歴史
初回開催年 1985年
開催回数 33回(2017年)
初代優勝者 中野浩一
最多優勝者 井上茂徳山田裕仁(3回)
直近優勝者 浅井康太(2017年)
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KEIRINグランプリ(ケイリングランプリ)とは、毎年12月30日に開催される競輪GP競走(レース)である(ただし1989年は労使交渉の決裂から開催中止、1990年はテレビ中継の関係で12月29日に開催)。

正賞は、経済産業大臣賞、日本放送協会杯、主催者市長賞、主催者議会議長賞、全国競輪施行者協議会会長賞、JKA会長賞、自転車競技会全国協議会会長賞、日本競輪選手会理事長賞、全国競輪場施設協会会長賞、日本自転車競技会会長賞。

概要[編集]

このレースは通常のトーナメント方式ではなく、一定の条件により選ばれた9人のS級選手による1レースのみの一発勝負である。

2001年に競輪のグレード制が導入されてからは、GIよりも格の高いグレードとして『GP』が用意されるなど、競輪における最上位のレースと位置付けられており、その年の競輪界の「真の実力日本一決定戦」とも認識されることもある[1]

2007年までは、各種公営競技を代表する年末のビッグレース(中山大障害有馬記念東京大賞典賞金王決定戦競走スーパースター王座決定戦・KEIRINグランプリ)の中でも最後に行われてきたことから、その年の「ギャンブル総決算」、あるいは「公営競技界最後の大一番」の意味合いを持つレースとして位置付けられてきた[2]。2008年以降はオートレースの「スーパースター王座決定戦」が、また2014年以降は競艇の賞金女王決定戦競走がそれぞれ大晦日に行われるようになったため、こうした「総決算」や「大一番」の座をそちらに譲ることになった。ただ競輪界においては、GPがその年の開催場の、シリーズ最終日の最終レースに行なわれるため、「グランプリファイナル」とも言われている。

現在は、毎年12月28日から12月30日までの3日間が「グランプリシリーズ」と題して寺内大吉記念杯競輪がアンダーカードとして行われており、各日最終11レースが「グランプリ」レースとなっている(初日である12月28日がオッズパーク杯ガールズグランプリ、2日目である12月29日がヤンググランプリ、最終日である12月30日がKEIRINグランプリ)。

レース[編集]

2825m(400mバンク7周)で行われる。ほとんどのレースでは1625mないし2025m、GIの決勝でも2425m(競輪場により周長が異なるため微差あり)で行われるため、競輪における全レース中で最も周回が多いレースとなっている。

賞金[編集]

1着賞金は、第1回1985年)が1000万円であったが、以後少しずつ増額され第13回1997年)から7000万円となり、第20回2004年)からは先駆けて1億円とした競艇賞金王決定戦競走に合わせて1億円[3]に増額された。2014年はさらに170万円増額されて1億170万円となった(史上最高額)が、2015年以降は10万円減額されて1億160万円となっている。

なお、この優勝賞金の1億円(米ドルに直すと現在のレートで100万ドル程度)は競艇の賞金王決定戦と共に1レースの優勝額としては世界最高額としてギネス世界記録に認定されている(いずれも副賞込みの金額)。

近年の各着順における賞金額は、以下の通り。( )内は副賞(1着に授与)を含んだ金額。

大会(年) 1着 2着 3着 4着 5着 6着 7着 8着 9着
第32回(2016年)[4] 9,660万円(1億160万円) 2054万円 1242万円 837万円 695万円 603万円 573万円 552万円 532万円
第33回(2017年)[5] 9,660万円(1億160万円[6] 2054万円 1242万円 837万円 695万円 603万円 573万円 552万円 532万円

開催場[編集]

開催場は固定ではなく、各競輪場による持ち回りである。ただ、GP自体がビッグレースであり、開催当日は1万人以上もの大量の観客が訪れるため、2013年までは立川競輪場をメインとした、南関東(競輪での地区区分では関東および南関東地区)の競輪場のみの開催に限られていた。こうした事情から、2013年までに開催実績があるのは立川競輪場平塚競輪場京王閣競輪場の3場のみであった。

競輪では「1競輪場では1年間で1グレード(GIII以上)レースのみ」が前提のため、従来は立川競輪場での開催を基本としながら、立川で日本選手権競輪など他のGIレースが開催される年のみ、平塚競輪場にて開催された。2003年に初めて京王閣で開催して以降、基本的に京王閣 → 立川 → 平塚の順で3場を3年周期のローテーションで開催してきたが、近年ではこれら3場以外でも開催していることから、ローテーションは崩されている。また、現状ではGIII(記念競輪)の開催も可能となっている。

関東以外での開催も過去に検討されたこともあり、1988年には甲子園競輪場兵庫県西宮市)での開催が一度は決まったものの、警備面など諸問題がクリアできず結局立ち消えとなった。

2014年は、上記3場以外および西日本で初となる岸和田競輪場大阪府岸和田市)で開催された[7]

2018年は、上記4場以外では初となる静岡競輪場静岡県静岡市)での開催が予定されている[8]

出場資格[編集]

後述するように、その年のグランプリ開催日においてS級に所属し、かつその年のGIで優勝した選手および獲得賞金額の上位選手である。ただ例外的に、当年における世界選手権自転車競技大会夏季オリンピックでの自転車トラックレース競技個人種目成績優秀者(メダリスト)にも出場資格が与えられることがある。

ただし1月から10月までの間に40R未満しか出走していない選手は選考から除外される基準がある[9] 。また選考期間内に「あっせん停止[10] 」に処された者は選考から除外される慣例がある(過去には井上茂徳内林久徳などが除外された)。

KEIRINグランプリ2017からは、新たに以下に該当する者を選考から除外することになった[11][12][13]

  • 選考期間内のGI・GIIで失格を3回以上した者
  • 選考期間内の全レースで11条失格(過度けん制など)・58条失格(誘導員早期追抜)を犯した者(但し内容を精査の上で決定)

なお、不祥事や怪我・病気に伴う斡旋・出場停止、出場辞退が起こると賞金獲得者上位者の次点が補充選手として出場するが、斡旋・出場停止、出場辞退選手はS級S班から陥落する。

出場特典[編集]

  • 優勝者は、翌年のKEIRINグランプリ直前までの1年間、出場するすべてのレースで1番枠に固定される特典が与えられる(第18回より制定)。
  • 出場者全員が翌年のKEIRINグランプリ直前までS級S班在籍となり、また翌年の全GIレースにおいても優先出走資格が与えられる(第23回より制定)。
  • 「グランプリチャンピオンユニフォーム」(優勝者)「グランプリユニフォーム」(優勝者以外)を、翌年の朝日新聞社杯競輪祭まで着用することができる。グランプリチャンピオンユニフォームのデザインは毎年変わる。また、グランプリユニフォームはシリーズ初日のSSカップみのりでも出場選手全員が着用する他、SSカップみのり優勝者専用のユニフォーム(デザインは1番枠とほぼ同じだが、一部のパーツが金色になっている)も用意されている。

レース名[編集]

設立当時のレース名は「KEIRINグランプリ'●●」(●●には開催西暦年の下2桁が入る)であったが、2000年には「KEIRINグランプリ2000」というレース名で開催、2001年から2009年までは「KEIRINグランプリ●●」(●●には開催西暦年の下2桁が入る。1999年以前と異なり年を表す数の前に「'」が入らない)、2010年以降はそのまま西暦4桁を入れた「KEIRINグランプリ●●●●」というレース名で呼称されている。

  • 西暦年の読み方は、2000年までは日本語(例「KEIRINグランプリ99」=きゅうじゅうきゅう)であったが、2001年から2009年までは英語(例「KEIRINグランプリ09」=ゼロナイン)に変更されていた。2010年以降はそのまま日本語で「KEIRINグランプリ2010」=「にせんじゅう」などとしている。

前夜祭[編集]

毎年、開催1週間ほど前の夜、関係者や応募抽選によるファン等を呼んで都内ホテルで実施。

KEIRINグランプリ2015までは、レース車番の公開抽選を行っていた時期もあった[14]

歴史[編集]

1981年に事実上史上初めて競輪の売り上げが対前年比割れとなり、その後も4年連続して対前年比割れが続いたことを踏まえ、売り上げ減少防止のためのカンフル剤の意味で1985年に当時5番目の特別競輪として全日本選抜競輪を創設、同年8月に開催を行った。だが全日本選抜競輪の売り上げは芳しくなく、1985年度の上半期(4月 - 9月の売り上げ状況からみて5年連続の売り上げ減少は避けて通れない情勢となっていた。そこで当時の監督省である通商産業省の車両課長だった西川禎一が、「中央競馬有馬記念に匹敵するグランプリレースを競輪でも行えないものか?」と発案したのが当レースであった[15]

しかしながら、最初から1レースのみの一発勝負で決するレースという形にしようとは考えていなかった。当時は特別競輪ならば6日間、記念競輪ならば3日間のトーナメント戦形式だった事を踏まえ、東日本の競輪場と西日本の競輪場で各々1レースずつ予選を行い、そこから勝ち上がった選手を再度頂上決戦というべきレースに出場させるという案がまずは浮上した。

だが有馬記念は1レースのみで王者を決するものであり、またそうした方が盛り上がるのではないかという案が通産省内でも多勢を占めることになったため、同年10月頃、集客が多く見込める首都圏の競輪場で1回限りの開催という形で大筋の話はまとまった。しかし急な決定につき開催地に手を上げる競輪場がなかなか現れなかったため、通産省は多くの観客を収容できるスタンドを持つ立川競輪場に開催地のターゲットを絞って交渉を重ねた結果、立川競輪場を主催する立川市と合意に達したことから同年の競輪祭終了後、同年の特別競輪優勝者5人、同世界自転車選手権優勝者1人、競走得点上位者3人の計9人により同年12月30日、立川競輪場にて予選なしの一発勝負の形式によるKEIRINグランプリを開催するというプレスリリースを行ったことで、ようやく当レースの全貌が明らかになった。

しかしながら急な決定ということも重なり、場外発売を引き受ける競輪場はほとんどなく、せいぜい10場程度しかなかった(とりわけ、中部以西の競輪場はほとんど引き受けるところがなかった)。また、地上波テレビ中継についても開催直前まで難航し、なんとか当時特別競輪決勝戦の中継を担当していたテレビ東京に引き受けてもらうことで決着した。

そして主催者の立川市および日本競輪選手会も盛り上がりを懸念し、公営競技としては当時初めてグランプリに出場する9選手がレース当日、立川競輪場の正門前に集まってファンをお出迎えするというサービスを行うことになった。だがそうした懸念は杞憂となり、立川競輪場は39019人のファンで埋め尽くされ、加えて売り上げも当時としては当レースだけでも画期的とも言える10億円を超えた。

さらにグランプリの売り上げが功を奏し、1985年の競輪の売り上げは5年ぶりに前年対比増に転じ、以後1991年まで対前年比増を続けることになる。

当レースの創設は他の公営競技にも影響を与え、競艇では1986年から賞金王決定戦競走が、またオートレースは1987年からスーパースター王座決定戦という、それぞれの競技の年間チャンピオン決定戦を誕生している。

KEIRINグランプリ07以降は、GP出場9選手はS級S班としてレース本番に臨むこととなった。

出場選手選抜方法[編集]

KEIRINグランプリの出場選手(通称:グランプリレーサー)は、以下の優先順位に従って正選手9人・補欠1人が選抜される。

  • 選考期間…当年1月〜競輪祭最終日、選考…競輪祭終了直後、最低出走回数…40出走(当年1月〜10月までの10か月間)
1.GI競走優勝者(現在は以下の6つがあてはまる。( )内は決勝戦が行われる月)
読売新聞社杯全日本選抜競輪(2月)
日本選手権競輪(5月)
高松宮記念杯競輪(6月)
オールスター競輪(8月)
寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント(10月)
朝日新聞社杯競輪祭(11月)
2.当年に夏季オリンピックが開催された場合は、その夏季オリンピックにおけるトラックレース競技個人種目メダリスト
過去には以下が該当した。
十文字貴信1996年アトランタオリンピック 自転車競技1,000mタイムトライアル銅メダル)
永井清史2008年北京オリンピック 自転車競技ケイリン銅メダル)
3.当年の世界選手権自転車競技大会トラックレース競技個人種目優勝者など選考委員から特別に認められた選手
過去には以下が該当した。
中野浩一1985年1986年 世界選手権プロ・スプリント優勝)
俵信之1987年 世界選手権プロ・スプリント優勝)
本田晴美1987年 世界選手権ケイリン優勝)
4.残余は賞金獲得額上位者を順次選抜する[16]
同額の場合は、当年1月〜10月までの10か月間における平均競走得点上位者を優先

なお、補欠選手は正選手を除く賞金獲得額上位者からさらに順次選抜される。

ただし、グランプリ開催当日の時点でS級に在籍していることが条件で、同年中のGI競走に優勝してもグランプリ当日の時点でA級に降格されている場合と引退・怪我・病気に伴い出場を辞退した選手[17]、また選手選考期間内のGⅠ・GⅡを対象として、失格を3回以上した選手はグランプリ出場資格を失う。競技規則第 11 条又は第 58 条により失格した選手はグランプリ出場資格を失う場合がある。

過去の開催場・優勝者・優勝賞金・入場者・売上額[編集]

これまで計22人が優勝している。

  • 開催日は、第6回大会(KEIRINグランプリ'90)のみ12月29日で、他は12月30日
  • 車番の色は、開催日のユニフォームに準拠
  • 優勝者の年齢・所属は開催日時点
  • 優勝賞金 = 副賞込み(単位:万円)
  • 入場者数 = 本場(単位:人)
  • 年齢・優勝賞金・入場者数・売上額のうち太字は過去最高
開催

優勝者

優勝
賞金
入場
者数
売上額
(万円)
 
01 1985年 立川 1 中野浩一 30 40福岡 01,000 39,019 12億0577
02 1986年 2 いa井上茂徳 28 41佐賀 01,500 40,371 28億4953
03 1987年 平塚 1 たa滝澤正光 27 16112千葉 01,700 37,782 40億6653
04 1988年 立川  7  いa井上茂徳 30 41佐賀 38,480 57億7382
05 1989年 - ※中止 - - - - -
06 1990年 1 坂本勉 28 02青森 02,500 36,483 58億5734
07 1991年  7  鈴木誠 26 16112千葉 03,000 42,528 66億4564
08 1992年 平塚 2 吉岡稔真 22 40福岡 03,220 37,300 79億3756
09 1993年 立川  7  たa滝澤正光 33 16112千葉 03,560 38,588 82億6129
10 1994年  5  いa井上茂徳 36 41佐賀 35,768 90億1217
11 1995年 1 吉岡稔真 25 40福岡 05,060 40,621 81億6077
12 1996年  7  こb小橋正義 29 33岡山 06,000 39,793 999106億4770
13 1997年  7  やb山田裕仁 29 21岐阜 07,000 35,065 98億9259
14 1998年 8 やa山口幸二 30 38,071 98億0189
15 1999年  9  おa太田真一 24 11埼玉 35,531 91億3783
16 2000年  9  こa児玉広志 31 37香川 34,358 85億6746
17 2001年 平塚  5  伏見俊昭 25 07福島 34,173 82億9995
18 2002年 立川 9 やb山田裕仁 34 21岐阜 35,030 73億9456
19 2003年 京王閣 6 35 25,333 70億0269
20 2004年 立川 9 おb小野俊之 28 44大分 10,000 29,014 64億8339
21 2005年 平塚 4 かa加藤慎平 27 21岐阜 20,619 66億1921
22 2006年 京王閣 5 あb有坂直樹 37 05秋田 25,294 63億0478
23 2007年 立川 3 伏見俊昭 31 07福島 20,201 63億8341
24 2008年 平塚 7 いb井上昌己 29 42長崎 20,154 57億1300
25 2009年 京王閣 9 海老根恵太 32 16112千葉 19,819 52億9775
26 2010年 立川 7 むa村上博幸 31 26京都 15,909 49億0674
27 2011年 平塚 2 やa山口幸二 43 21岐阜 18,496 51億4546
28 2012年 京王閣 4 むb村上義弘 38 26京都 15,642 50億7515
29 2013年 立川 3 かb金子貴志 38 25123愛知 16,682 55億0942
30 2014年 岸和田 2 たb武田豊樹 40 08茨城 10,170 11,911 54億6018
31 2015年 京王閣 6 あa浅井康太 31 25324三重 10,160 17,764 52億4240
32 2016年 立川 3 むb村上義弘 42 26京都 15,370 48億6384
33 2017年 平塚 9 あa浅井康太 33 24三重 16,742 50億6186
各回のエピソードについては、各項目を参照のこと。

開催場における特色[編集]

共通[編集]

発走時刻は概ね16:30前後に設定されているが、特に関東地方ではこの時期の日没が発走時刻とほぼ重なるため、広義の薄暮競走で行われ、なおかつそれぞれに照明設備があるため、実質「ナイター競走」と同等である(但し立川競輪場と岸和田競輪場では現在ナイター開催は行っていない)。なお、2003年以降は現在に至るまで、3年周期で京王閣競輪場 → 立川競輪場 → 平塚競輪場の順で開催されているが、2014年のみ平塚競輪場に代わり岸和田競輪場で開催された。そのため、2017年は平塚競輪場で6年ぶりに開催された。

立川競輪場[編集]

1985年から開催されたKEIRINグランプリ発祥の地であり、通算20回開催。第1回の開催において4万弱の来場者を集めたほどの集客力があることから、最もグランプリの開催地というイメージが強い。なお過去には立川で他の特別競輪が開催されるときのみ京王閣または平塚での開催が行われていたが、近年はその原則が崩れている。立川で開催される年のグランプリのポスターには、毎回立川競輪場のシンボルマークとして使われている白頭鷲が描かれている。

京王閣競輪場[編集]

2003年からKEIRINグランプリの開催場に加わり、通算5回開催。集客力は立川に並ぶ程であり、比較的新しい観戦スタンドのチケット人気は高い。2009年の開催では、平塚と同じように表彰式の一般開放を行った(但し、バンク内にファンが出向く平塚とは異なり、フェンスそばのスタンドに設営した特設表彰台に選手が出向く形とした)。

平塚競輪場[編集]

1987年からKEIRINグランプリを開催しており、通算6回開催。都心から離れていることから集客力では劣るが、イベントなどの開催で盛り上げを図っており、2005年の開催からは以下のセレモニーが実施されている。

  • 表彰式の一般開放
    レース終了後、バンクとスタンドを隔てるフェンスを取り払ってバンクを一般開放して表彰式を行い、ファンは表彰台手前まで近づいて優勝者を祝福できるようにした。優勝者によるシャンパンファイトも行われている。
  • レース終了後、選手との懇親会を実施。
    グランプリ当日、特別観覧席入場者の中から抽選で選ばれた数十人程度をレース終了後の懇親会(立食式のパーティ)に招待した。当選者は表彰式終了後、選手宿舎内の食堂にて1時間程度、グランプリ出場選手との懇親会を楽しんだ(なお2005年の場合、実際に出席したのは加藤慎平、小嶋敬二、後閑信一のみ)。

岸和田競輪場[編集]

2014年にKEIRINグランプリを開催しており、通算1回開催。2014年は西日本で初開催となったため、1年間に渡ってグランプリのキャンペーンを展開していた。イメージアーティストに長渕剛を、イメージソングに長渕の「走る」をそれぞれ起用。長渕もグランプリシリーズ初日(12月28日)に来場し、開会式で「走る」をバンク内で披露した。

静岡競輪場[編集]

2018年に初開催の予定。

実況中継[編集]

テレビ(地上波)
  • 2007年までテレビ東京系列と一部の地方局で放送されていた[18]が、2008年からは日本テレビ製作・キー局とした日本テレビ系列向けの全国中継、および日テレ製作協力(実質裏送り)して、BS日テレ千葉テレビ(立川・京王閣開催時)、テレビ神奈川(平塚開催時)をキーとしておよび独立UHF局系列向けのものの2種類の中継が放送されている(一部地域除く)。
  • 日テレ系の中継はレースの展望や事前情報よりも、出場選手の密着取材ドキュメンタリーに比重が置かれている。2011・2012年は『ブラマヨ自転車部 賞金1億円なんてどうかしてるぜ!』、2013年以降は『坂上忍の勝たせてあげたいTV』のタイトルで事前番組も放送されている。
  • 一方独立県域局のものはスタンダードなレース展望・情報が主である。なお、テレビ東京が中継を担当していた時は、事前レースである『阿佐田哲也杯』まで、千葉テレビ(立川・京王閣開催時)、テレビ神奈川(平塚開催時)制作で放送していた。
テレビ(BS)
  • NHKBS1にて中継されている[19]。NHKで中継される唯一の競輪のレース(さらに言えば中央競馬以外の公営競技で唯一放送されているレースでもある)。
  • BS日テレでは、NHK BS1と重ならない時間帯で放送を行っている。なお、BS日テレでの中継では、グランプリシリーズのその日のメインカード(1日目「ガールズグランプリ決勝戦」、2日目「ヤンググランプリ」)も生中継している。
テレビ(CS)
ラジオ

2009年大会までの全出場者・全着順[編集]

H H H K H K H K
8
5
8
6
8
7
8
8
9
0
9
1
9
2
9
3
9
4
9
5
9
6
9
7
9
8
9
9
0
0
0
1
0
2
0
3
0
4
0
5
0
6
0
7
0
8
0
9
 
5 なb 中野浩一 1 3 2 5 2 001 中野
9 いのa 井上茂徳 2 1 1 6 5 2 4 1 3 002 井上
6 ささ 佐々木昭彦 3 8 4 4 8 6 3-1佐々木
1 おさ 尾崎雅彦 4 4-1尾崎
2 いと 伊藤豊明 5 7 5-1伊藤
5 やく 山口健治 6 4 3 2 7 2-2山口
1 たかは 高橋健二 7 7-1高橋
10 たき 滝澤正光 8 6 1 3 5 2 6 1 2 8 003 滝澤
3 清嶋彰一 9 2 8 2-1清嶋
1 すか 菅田順和 5 5-2菅田
4 本田晴美 9 6 9 6 6-1本田
2 はは 馬場進 X 8 8-1馬場
4 たわ 俵信之 7 9 7 8 7-2信之
1 こか 小門洋一 5 5-3小門
3 さか 坂本勉 7 1 4 004 坂本
1 さこ 佐古雅俊 6 6-2佐古
1 みやa 三宅勝彦 3 3-2三宅
7 すす 鈴木誠 4 1 7 7 8 4 8 005 鈴木
14 かみ 神山雄一郎 8 3 5 6 2 2 2 2 X 5 9 9 6 4 2 222神山
1 さか 坂巻正巳 9 9-1坂巻
10 こは 小橋正義 3 7 6 1 6 3 3 8 5 3 007 小橋
10 吉岡稔真 1 2 3 1 4 r 5 6 2 9 006 吉岡
4 たかき 高木隆弘 4 3 7 6 3-3高木
1 かし 梶應弘樹 5 5-4梶應
8 やた 山田裕仁 9 5 1 4 4 2 1 1 008 山田
5 松本整 8 6 7 X 9 6-3松本
2 かい 海田和裕 9 r 9-2 海田
2 たかは 高橋光宏 4 4 4-2高橋
2 いな 稲村成浩 9 3 3-4稲村
7 こた 児玉広志 5 r 7 r 2 1 7 011 児玉
3 みやb 三宅伸 9 r 9 9-3三宅
1 十文字貴信 r r十文字
4 こか 後閑信一 3 X 2 6 2-3後閑
2 はま 濱口高彰 3 4 3-5濱口
2 ひか 東出剛 5 4 4-3東出
1 かく 加倉正義 8 8-2加倉
2 やく 山口幸二 1 5 009 山口
2 おく 小倉竜二 r 5 5-5小倉
2 かねb 金古将人 7 3 3-6金古
3 おお 太田真一 1 8 3 010 太田
5 こし 小嶋敬二 9 8 7 2 3 2-4小嶋
4 おか 岡部芳幸 2 5 6 2 2 2岡部
2 いけ 池尻浩一 6 6 6-4池尻
1 かねa 金子真也 7 7-3金子
7 伏見俊昭 1 7 6 5 1 7 3 012 伏見
3 むら 村上義弘 3 9 4 019 村上
3 おの 小野俊之 4 4 1 013 小野
1 戸邉英雄 7 7-4戸邉
1 やく 山口富生 2 2-5山口
3 渡邉晴智 8 4 5 4-4渡邉
4 さとa 佐藤慎太郎 5 7 r 3 3-7佐藤
1 さい 齋藤登志信 5 5-6齋藤
1 内林久徳 8 8-3内林
2 かと 加藤慎平 1 6 014 加藤
1 むら 村本大輔 4 4-5村本
2 たけ 武田豊樹 3 2 021 武田
4 やさ 山崎芳仁 7 6 6 5 5-7山崎
1 こう 合志正臣 4 4-6合志
2 有坂直樹 1 5 015 有坂
2 手島慶介 2 9 2-6手島
2 いのb 井上昌己 8 1 016 井上
2 さとb 佐藤友和 8 4 4-7佐藤
1 いい 飯嶋則之 3 3-8飯嶋
1 ひよ 兵藤一也 7 7-5兵藤
2 ひら 平原康多 2 9 2-7平原
2 なa 永井清史 8 7 7-6永井
1 いし 石丸寛之 8 8-4石丸
1 海老根恵太 1 017 海老根
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特記事項[編集]

データ[編集]

  • 第28回(2012年)で村上義弘が4番車で優勝するまでは、4番車、6番車、8番車(いわゆるヨーロッパ)が1回ずつ優勝していた。因みにいずれも岐阜所属の選手[20]が優勝していた。
  • 連続優勝は山田裕仁のみ。第21回(2002年)と第22回(2003年)を連覇[21]
  • 最年少優勝は吉岡稔真で、第8回(1992年)での22歳。一方、最年長優勝は山口幸二で、第27回(2011年)での43歳[21]
  • 第1回(1985年)の開始以来、関東勢の出場がゼロだった年は一度もない[22]。ただし優勝者は、小橋正義(新潟)、太田真一(埼玉)・武田豊樹(茨城)の各1回である。また、8地区のうち中国勢のみ優勝者がいない。
  • 神山雄一郎は、11回連続出場の最多記録を持つ(1991年の第7回から2001年の第17回まで)[23]。うち、第11回(1995年)から第14回(1998年)まで4大会連続で2着であった。

その他[編集]

  • 開催時の特別観覧席は、はがき・開催競輪場・インターネットでの抽選などによる発売となる。ただし第21回(2005年、平塚競輪場)と第22回(2006年、京王閣競輪場)のメインスタンド席は先着順にて販売された。
  • 現在は1着賞金が1億円以上あるため、KEIRINグランプリを優勝することがそのまま当年の年間賞金王へと繋がっている(2000年の第16回以降の賞金王は全て、当年のKEIRINグランプリ優勝者)。
  • 例年1月末ごろ、年間の「最優秀選手賞」がJKAから発表されるが、グランプリ覇者以外が選ばれる年もある(GIを複数獲得した選手が優先される場合など)。
  • 中止となった第5回の出場予定選手のうち、波潟和男郡山久二小川博美工正信の4名は、他年度のGPにも出場する機会が一度もなかった。
  • 第14回(1998年)のメンバーは各選手自身によるデザインにより翌年の後半の約半年間[24]、1999年と2000年はコシノジュンコによるデザインで翌年のダービーからの約8-9ヶ月間[25][26]、特注ユニフォームを着用した。
  • 第18回の直前に実施したネット投票の結果、「グランプリレーサーオリジナルユニフォーム」のデザインが決定。高田延彦が監修した。翌年1月の競輪祭から約1年間、グランプリメンバーが着用するようになった[27]

脚注[編集]

  1. ^ 但し競輪界の名誉としては、格式や歴史を考慮しても「春の日本一決定戦」ダービーとする説も根強い他、GPグレードはこのレースのみなので、GIもGPとほぼ同等の最高権威とみなす事も出来る。
  2. ^ 2002年のキャッチフレーズは「全てのギャンブラーに捧げるワンモアチャンス」であった。
  3. ^ 実際は本賞金が9500万円で、副賞の500万円と合わせて1億円としていた。
  4. ^ KEIRINグランプリ(S1G) 副賞を含まない金額
  5. ^ KEIRINグランプリ2017(S1G) 副賞を含まない金額
  6. ^ 日刊スポーツ大阪本社版2017年12月28日10面
  7. ^ 平成26年度GP・GI・GII等開催場・日程の決定について - KEIRIN.JP 2013年4月17日
  8. ^ 平成30年度GP・GI・GII等開催場・日程の決定について - KEIRIN.JP、2017年3月30日
  9. ^ 選考基準・KEIRINグランプリ(GP) - KEIRIN.JP
  10. ^ 競輪に係る業務の方法に関する規程・第135条の適用者。
  11. ^ KEIRINグランプリに係る「特別競輪等(GP・GI・GII)出場選手の選抜方法に関する申し合わせ」(出場選手選考除外規定)の見直しについて
  12. ^ 競輪GPの除外規定失格数などでアウト - 西日本新聞、2017年2月15日
  13. ^ 【記者コラム】選手の責任だけを重くする改革に疑問 - スポーツニッポン、2017年4月17日
  14. ^ 平原康多-武田豊樹で競輪祭ワンツー再現/GP会見 - 日刊スポーツ、2016年12月22日
  15. ^ 参考文献:立川競輪場発行フリーペーパー「とらいふぇくた」
  16. ^ 第18回2002年)のみGI決勝での着順によるポイント制(次の表)が採用されたが、既権利者がポイントを大量獲得したため制度が成り立たたくなったことから、結局その年限りで廃止された。
    着順 ダービー
    オールスター
    全日本選抜 その他のGI
    1着 無条件でグランプリ出場
    2着 10.5 12 10
    3着 8.5 10 8
    4着 6
    5着 5
    6着 4
    7着 3
    8着 2
    9着 1
    競走中止 0.5
    失格 0
    • 2・3着は大会によってポイントが変動するが4着以下は全大会共通のポイントとなる。
  17. ^ かつては当時最上位であったS級1班在籍が条件であり、開催当日でS級2班以下であれば出場資格を失っていた(1994年における出口眞浩の例がある)。
  18. ^ エンディングはベートーヴェン第九が必ず流れた。
  19. ^ これは、優勝杯をNHKから提供しているのと、優勝賞金や入場収入などの収益金を(社福)NHK厚生文化事業団に寄贈し、障害者・高齢者福祉や国内外災害復旧支援に充てているため。2006年までは衛星ハイビジョンでも中継されていた。このため、NHKからも、スポーツ報道センター長、ないしは放送総局長が表彰式に列席し、NHK杯を贈呈している。
  20. ^ 4番車=加藤慎平(第21回、2005年)。6番車=山田裕仁(第19回、2003年)。8番車=山口幸二(第14回、1998年)。
  21. ^ a b 連覇は山田裕仁ただ1人/GPアラカルト - 日刊スポーツ KEIRINグランプリ2013特集
  22. ^ 【小倉競輪祭】平原 盟友ワンツーでV3!武田とGP切符獲得 - スポニチ、2016年11月28日
  23. ^ Data of KEIRIN No.1 H24
  24. ^ ’98GP出場選手ユニフォーム
  25. ^ ’99GP出場選手ユニフォーム
  26. ^ ’00GP出場選手ユニフォーム
  27. ^ グランプリレーサーオリジナルユニフォームのデザインの決定! - Keirin JP、配信日:2002年12月13日

今後の開催予定[編集]

  • 第34回(KEIRINグランプリ2018) - 2018年12月30日 - 静岡競輪場(初開催)
  • 第35回(KEIRINグランプリ2019) - 2019年12月30日 - 立川競輪場(3年ぶり20度目)

外部リンク[編集]

関連項目[編集]