テレビ熊本

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株式会社テレビ熊本
TV-Kumamoto Co., Ltd.
Tku logo.svg
JOZH-TV Kumamoto 2011.JPG
本社(熊本市北区徳王1丁目)
種類 株式会社
略称 TKU
本社所在地 日本の旗 日本
861-5592
熊本県熊本市北区徳王1丁目8番1号
設立 1968年昭和43年)3月
業種 情報・通信業
事業内容 テレビジョン放送事業(フジテレビジョン系列)
放送番組の制作・放送時間の販売・スポーツ・文化事業
代表者 代表取締役会長 本松 賢
代表取締役社長 河津 延雄
資本金 3億円
売上高 62億100万円(2012年度)
経常利益 7億12百万円(2007年度)
従業員数 73名(2013年10月末現在)
主要株主 フジ・メディア・ホールディングス(19.2%)
主要子会社 株式会社TKUヒューマン
株式会社熊本リビング新聞社
関係する人物 河津寅雄
外部リンク http://www.tku.co.jp/
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テレビ熊本
英名 TV-Kumamoto Co., Ltd.
放送対象地域 熊本県
ニュース系列 FNN
番組供給系列 FNS
略称 TKU
愛称 TKU、テレビくまもと
呼出符号 JOZH-DTV
呼出名称 テレビくまもとデジタルテレビジョン
開局日 1969年4月1日
本社 〒861-5592
熊本県熊本市北区徳王1丁目8番1号
演奏所 本社と同じ
リモコンキーID 8
デジタル親局 熊本(金峰山) 42ch
アナログ親局 熊本(金峰山) 34ch
ガイドチャンネル 34ch
主なデジタル中継局 人吉 19ch 10W
水俣 27ch 100W
主なアナログ中継局 水俣 38ch 500W
人吉 42ch 100W ほか
公式サイト http://www.tku.co.jp/
特記事項:
2006年12月1日に地上デジタル放送を開始。
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株式会社テレビ熊本(テレビくまもと、: TV-Kumamoto Co., Ltd.) は、熊本県放送対象地域としたテレビジョン放送事業を行っている、特定地上基幹放送事業者である。

略称はTKU。一般的な表記はひらがなで、「テレビくまもと」としている。コールサインはJOZH-DTV1968年10月に設立し、翌1969年4月1日に開局した。フジテレビ系列局。

放送局概要[ソースを編集]

テレビネットワークはフジテレビFNNFNS系列であるが、くまもと県民テレビ(KKT)開局までは日本テレビ系列熊本朝日放送(KAB)開局まではテレビ朝日(ANN)系列とのクロスネット局でもあった。

局キャラクターとして、局名(社名)にちなみ「てれくまくん」を採用している。

西日本新聞産経新聞などと親密で、また朝日新聞読売新聞毎日新聞も出資している。

なお、設立発起人の一人で同局のオーナーでもある河津龍介も発行済み株式を1割強保有する大株主として名を連ねている。

2012年1月からのキャッチコピーは、「水の国くまもと 応援プロジェクト進行中。TKU」

資本構成[ソースを編集]

企業・団体の名称、個人の肩書は当時のもの。出典:[1][2][3][4][5]

概要[ソースを編集]

フジテレビ日本テレビテレビ朝日のトリプルクロスネット時代には、西日本新聞社と同比率で読売新聞社務臺光雄)と朝日新聞社広岡知男)の社長が個人大株主となっていた、

2015年10月1日[ソースを編集]

株主 比率
フジ・メディア・ホールディングス 19.2%

2015年3月31日[ソースを編集]

資本金 授権資本 1株 発行済株式総数 株主数
3億円 12億円 500円 600,000株 59
株主 株式数 比率
フジ・メディア・ホールディングス 113,000株 18.83%
関西テレビ放送 056,000株 09.33%
河津悦子 043,000株 07.16%
朝日新聞社 036,000株 06.00%
西日本新聞社 030,000株 05.00%

2003年3月31日[ソースを編集]

資本金 授権資本 1株 発行済株式総数 株主数
3億円 12億円 500円 600,000株 61
株主 株式数 比率
日枝久 [6] 73,000株 12.16%
河津龍介 [7] 60,000株 10.00%
河津悦子 43,000株 07.16%
出馬迪男 [8] 36,000株 06.00%
西日本新聞社 30,000株 05.00%

1992年3月31日[ソースを編集]

資本金 授権資本 1株 発行済株式総数 株主数
3億円 12億円 500円 600,000株 65
株主 株式数 比率
河津龍介 [9] 60,000株 10.00%
右田道夫 [10] 36,000株 06.00%
河津悦子 35,000株 05.83%
西日本新聞社 30,000株 05.00%

1978年3月31日[ソースを編集]

資本金 授権資本 1株 発行済株式総数
3億円 12億円 500円 600,000株
株主 株式数 比率
河津寅雄 [9] 60,000株 10.0%
山内忠次郎 [11] 36,000株 06.0%
佐喜本陽太郎 [11] 36,000株 06.0%
西日本新聞社 30,000株 05.0%
務臺光雄 30,000株 05.0%
広岡知男 30,000株 05.0%
河野春人 [11] 30,000株 05.0%

沿革[ソースを編集]

  • 1967年昭和42年)
    • 10月13日 - 熊本にUHF民放局への電波割り当てが決定される[12]
      • 1962年から1967年10月の電波割り当てまでに、11社が放送局の設置申請を行っていた。TKUの母体となる「熊本中央テレビ」(河津寅雄系)は最後発(1967年7月29日)の申請であった[13]
    • 10月21日 - 免許申請の一本化調整を開始。「新熊本放送」(日本社会党森中守義系)以外の10社が受け入れる[14]
    • 11月14日 - 前日(11月13日)に新熊本放送が免許申請を取り下げたことを受け、熊本中央テレビに対し予備免許が交付される[15]。当時のキャッチフレーズは「新しき光と音の誕生」で武者小路実篤の作であった[16]
  • 1968年(昭和43年)
    • 1月5日 - 創立事務所を熊本市桜町2-9(当時の熊本県町村自治会館隣)に設置[17]
    • 3月12日 - 創立総会を開催[17]
    • 5月18日 - 第1回株主総会を開催。社名を熊本中央テレビ株式会社から、現在の株式会社テレビ熊本へすることを決定する(NHK熊本中央放送局との混同が理由)。同時に略称もTKUと決定された[18]
    • 12月3日 - ネット系列をフジテレビ系中心とすることを決定。
      • フジテレビはTKUへの全面支援と、RKKで放送されている番組の全面切り替えを約束した。一方で、日本テレビは巨人戦中継をRKKに残す意向があった上に、NETテレビ(現在のテレビ朝日)は「好きな番組をネットしても良い」とのスタンスであった[19]
  • 1969年(昭和44年)
    • 3月1日 - 正午からテストパターンを発射[20]
    • 3月17日 - サービス放送を開始[20]
    • 4月1日 - 午前8時10分に熊本県内2番目のテレビ局として開局[21]
      • 先発局(NHK・RKK)は県域放送局の指定がなかったため金峰山送信所は無指向性で送信されていたが、TKUは熊本県域局として開局した関係で、北から310度(おおむね北西、佐賀県方面)には送信アンテナが設置されなかった。このため、熊本県北の有明海沿岸ではゴースト障害が発生していた[22]
    • 4月6日 - TKU初の自主制作番組『TKU週間展望』放送開始。1週間のニュースを取り上げ社説風に解説する15分番組[23]
    • 9月18日 - 矢部中継局(TKU初の中継局)が開局[24]
    • 9月20日 - 高森中継局(後の南阿蘇中継局)がVHF局として開局[24]
      • 高森局(南阿蘇局)と小国局がVHF局として開局したのは、チャンネル割り当てに空きがあったためである。1969年当時はUHF局の受信に別途UHFコンバーターが必要であることが一般的であり、VHFでの開局は視聴者側の対策(コンバーターの設置)が不要という点で優位であった[24]
  • 1974年(昭和49年)10月 - テレビ中継局数がRKKと同数になる[25]
  • 1976年(昭和51年)10月 - 熊本県北地域の受信対策として玉名中継局が開局[26]
    • 金峰山送信所へのアンテナ増設はサガテレビが同意しなかったため断念し、中継局設置により受信対策を実施した。玉東中継局も同様の目的で1978年3月に設置。これにより玉名・玉東局でカバーされない荒尾市を除き、受信障害はおおむね解消された[26]
  • 1981年(昭和56年)12月14日 - 新キャッチフレーズ「くまもとが好き だからTKU」を公表。放送上では翌1982年から使用される[27]
  • 1982年(昭和57年)12月 - 本社の増築棟竣工。(運用は翌年4月から[28]
  • 1983年(昭和58年)
    • 3月18日 - 新マスターが稼動開始し、同時に音声多重放送も開始される[28]
    • 6月 - 開局以来初の視聴率三冠を獲得する[29]
    • 8月 - 「くまもとが好き だからTKU」が楽曲として使用開始される。メロディーは公募によるもので、約800点から当時18歳の男性の作品が選定された[27]
    • 10月 - 旧マスター室を報道センターに改修[30]
  • 1984年(昭和59年)
    • 4月 - ワイドニュース番組『TKUニュースアイ』放送開始[30]
    • 12月 - 金峰山送信所に北面アンテナ(北から315度)が設置される(出力は1/10の1kW)。なお、1982年に開局したKKTは当初から北面にもアンテナが設けられていた[31]
  • 1986年(昭和61年)7月 - TKUとKKTの金峰山送信所が全方向フルパワー化される[31]
    • サガテレビや九州朝日放送(KBCテレビ。TKUと同じ34chを使用する中継局があった)からの了解も得られた上で実施。北面アンテナはスピルオーバー防止対策として、主ビームを足元に向けるように調節された[31]
    • 金峰山送信所のフルパワー化に伴い、玉名中継局の位置付けが「熊本県北地域の主要中継局」から「二岳、三岳の山陰になる地域のための中継局」に変更、出力は7月19日[32]に30Wから10Wに減力された[31]
  • 1987年(昭和62年)4月3日 - 『若っ人ランド』が金曜深夜の番組として放送開始(同年10月より土曜17時に番組枠を移動)[33]
  • 1989年(昭和64年/平成元年)
    • 1月1日 - Visual Identity(VI)導入に伴い、開局20周年マークとして「TKU」ロゴを現行の物(2代目)に変更[34]、呼称「テレビくまもと」の使用開始[35]スターダストレビュー作詞・作曲のイメージソング『NEW DAY BEGIN ~愛は風にのって』も使用開始[36]
    • 4月1日 - 開局20周年を迎える。第1回TKUの日を開催[37]
  • 1998年(平成10年)
    • 10月1日 - 開局30周年記念キャッチコピー「ドラマちっくTKU」およびイメージソング『ドラマちっくTKU~輝いて~』を使用開始。オープニング(1日の放送開始映像)も同日から変更される。イメージソングはサーカス(TKU主催「音楽畑コンサート」の常連アーティストであった)によるもの[38]
  • 2006年(平成18年)
  • 2009年(平成21年)
    • 1月1日 - 地上デジタル放送でウォーターマークの表示を開始(ただし、ワンセグでは非表示)。
    • 4月1日 - 開局40周年を迎える。この年、開局40年記念として、地球環境をテーマにしたキャッチコピー「明日(アース)のために、できること。」が1年間使用された。
  • 2011年(平成23年)7月24日 - 正午(午後0時)地上アナログ放送終了。その後、7月25日の午前0時までにアナログ放送は停波。地デジに完全移行し、現在に至る。

ネットワークの移り変わり[ソースを編集]

開局当初のプライムタイムの番組編成(1969年4月)[ソースを編集]

フジ・日テレ・テレ朝トリプルネット末期のプライムタイムの番組編成(1982年3月)[ソースを編集]

フジ・テレ朝クロスネット末期のプライムタイムの番組編成(1989年9月)[ソースを編集]

主な送信所[ソースを編集]

フジテレビ系列のリモコンキーID地図

リモコンキーID - 8

親局
名称 識別信号 チャンネル 空中線電力
熊本 JOZH-DTV 42ch 1kW
送信機はNEC製。アナログ時代とは異なり、熊本放送の施設を間借りし県内全民放テレビ局とエフエム熊本(FMラジオ)と共に施設を共同使用している。
中継局
名称 チャンネル 空中線電力
人吉 19ch 10W
水俣 27ch 100W
天草牛深 27ch 0.3W
阿蘇 42ch 1W
阿蘇北 19ch 0.3W
南阿蘇 23ch 3W
肥後小国 18ch 1W
清和 35ch 1W
蘇陽 43ch 1W
矢部 20ch 1W
三加和 42ch 0.3W
砥用 38ch 1W
菊水 35ch 0.1W
三角 33ch 0.3W
湯浦 42ch 0.3W
芦北 42ch 0.3W
立田山 27ch 0.3W
波野 42ch 1W
熊本託麻 18ch 0.3W
玉名 42ch 1W
玉東 42ch 0.3W
牛深魚貫 32ch 0.1W
新和 27ch 0.3W
崎津 28ch 0.1W
河浦 14ch 0.3W
水上 30ch 0.1W
鹿北 31ch 0.3W
本渡北 37ch 0.3W
本渡 48ch 0.3W
倉岳 42ch 1W
栖本 18ch 0.1W
有明上津浦 43ch 0.1W
御所浦 14ch 0.1W
19ch 0.1W
小川海東 39ch 0.1W
松島教良木 43ch 0.1W

アナログ放送[ソースを編集]

2011年7月24日停波時点

旧・金峰山送信所(アナログ、2015年撮影)
蘇陽中継局(アナログ)

アナログ中継局の内小国中継局南阿蘇中継局のみVHF波で送信していた。

  • 熊本(親局):34ch 10kW JOZH-TV 金峰山 送信機は東芝
  • 水俣:38ch 500W
  • 小国[39]:8ch
  • 南阿蘇:4ch
  • 人吉:42ch

ケーブルテレビ再送信局[ソースを編集]

長崎県ケーブルテレビジョン島原(カボチャテレビ)では、テレビ熊本のアナログテレビの再送信を行ってきたが、2011年7月24日のアナログ放送終了をもって同社での再送信も終了した。これでテレビ熊本は、熊本県の民放4局の中で唯一、県外のケーブルテレビ局による再送信が実施されていないことになる。

主な番組[ソースを編集]

アナウンサー[ソースを編集]

男性[ソースを編集]

女性[ソースを編集]

過去に在籍していたアナウンサー[ソースを編集]

男性[ソースを編集]

  • 安藤博之
  • 佐々木義尊
  • 千々波明輝
  • 友枝孝介
  • 三浦彰
  • 渡邊哲夫(静岡県民放送〈通称:静岡けんみんテレビ、現:静岡朝日テレビ〉を経てフリー
  • 福田浩一(2007年5月より事業部へ異動)
  • 山本琢也(在籍時に急性くも膜下出血で死去)
  • 守田喬(1969年 - 2011年)

女性[ソースを編集]

自社主催イベント[ソースを編集]

関連施設[ソースを編集]

オープニング・クロージング[ソースを編集]

※開局時のOP/CLは不明。
  • 1982年頃までのOP/CLは、子供たちが朝焼け(夕焼け)をしばらく眺めた後→君が代演奏と日章旗掲揚が流れる→社屋の空撮映像
  • 同時期(1980年代初期)のCLには熊本城のズームダウン→日章旗掲揚(君が代演奏)→有明海、阿蘇山、熊本市街地などの映像をリレーで写したのち、日章旗のズームアップ→テレビ熊本社屋(この時画面中央から右下に「JOZH-TVテレビ熊本」(当時のロゴ)が青文字で入る)→パラボラから再び日章旗掲揚を写すというパターンもあった。
  • 1983年頃~1989年頃 - 先代の映像の2代目、BGMは「くまもとが好き。だから…TKU」(OPは女性ボーカル、CLはインスト)
  • 1989年頃 - 開局20周年記念。スターダストレビューの「New Day Begin~愛は風にのって~」をBGMとして日の出→日章旗→金峰山_(熊本県)送信所から熊本市街地方面の空撮→熊本県各地の映像を流していた。オープニング・クロージング同一映像。
  • 1990年頃~1997年4月 - OPは映像はスターダストレビューの時と同じだが[40]BGMが加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ'91(ボーカル:峠恵子)の『風に吹かれて』に変更。ラストにキャッチコピーの「くまもとが好き。だから…TKU」という一節を加えている。CLもOPとBGMは同一であるが、映像ロケ地は鈴鹿サーキット。TKUの広告がなされたホンダ4代目シビックレーシングカー(ちなみにゼッケンは親局chの34ではなく39だった)が走る姿を映していた。
  • 1997年5月 - 1997年世界男子ハンドボール選手権の熊本開催に合わせ、OP・CLともに選手権PRを兼ねたものに変更された。
  • 1997年6月1998年9月30日- OP・CL共にTKUジュニアゴルフスクール[41]。のレッスン光景。BGMは1990年~1997年4月までのバージョン(「風に吹かれて」)に戻る。
  • 1998年10月1日2006年10月31日 - 開局30周年記念。いずれも局のイメージソング(サーカス)をBGMとして調整室の映像を流していた。最後に「ドラマちっくTKU」と歌っているが、局のキャッチフレーズが2003年「LOVE LIFE」2004年「ば。が生まれるテレビ」などと変更されていく中でも歌詞の変更は行われず。オープニング・クロージング同一映像。
  • 2006年11月1日~2013年末 - 地上デジタル放送サービス放送開始に併せて変更。最初のナレーションは異なるが(オープニング「おはようございます。今日もテレビ熊本の番組をお楽しみください」、クロージング「今日もテレビ熊本の番組をご覧いただきありがとうございました」)、映像は同一である。前半はTKU本社と熊本の四季の映像を、後半では調整室の映像(前作に似ている)や熊本の四季やイベント(山鹿灯籠まつり火振り神事)の映像、TKU本社を映している。また映像の始めと終わりに画面右下に表示される字幕はデジタルとアナログで異なる。アナログは「JOZH-TV テレビ熊本」、デジタルは「JOZH-DTV テレビくまもとデジタルテレビジョン」と表示される。
  • 現行(2014年~) - 最初のナレーションは異なるが(オープニング「おはようございます。今日もテレビ熊本の番組をお楽しみください」、クロージング「今日もテレビ熊本の番組をご覧いただきありがとうございました」)、映像は同一である。てれくまくんがTKU本社正面玄関の前であいさつの後、阿蘇の白川水源かたらんね米の田植え、熊本城のライトアップ、最後にTKU本社を映している。

また、2008年7月24日からアナログ放送終了までは、アナログ放送のみオープニング・クロージング映像の途中に、アナログ放送終了に関する告知をロールテロップで流し、さらにオープニング後とクロージング前に地上アナログ放送終了告知画面(30秒、アナウンス付き)を放送していた(地上デジタル放送ではこの間、日本民間放送連盟地デジカのCMが流れる)。なお告知画面は紺色に光が当たった静止画を使用している。また目立つように電話番号は赤色で表記している。

特色[ソースを編集]

  • ローカル制作番組強化の一つとして、1993年から熊本県出身の偉人を発掘・顕彰して後世に伝えようと大型ドキュメンタリードラマ「郷土の偉人シリーズ」を制作、毎年11月3日文化の日)前後に合わせてFNS九州各局で放送している。また、2013年4月から月~金曜日に朝の情報番組「英太郎のかたらんね」をスタートさせるなど、自社制作番組の強化やニュース番組の充実に取り組んでおり「英太郎のかたらんね」が3年連続同時間帯視聴率トップ独走中、また「TKUみんなのニュース」も同時間帯で月間平均視聴率トップをとるなど自社番組の視聴率も好調である。
  • 2004年に熊本の放送局で初めて国際標準規格ISO 14001を取得している。
  • 本社所在地は1991年に編入によって熊本市(現在の熊本市北区)になるまで飽託郡北部町であり、全国的にも珍しい郡部(町または村)に社屋を持つ放送局で、民間放送局としては唯一郡部(町または村)に本社を置く放送局であった[42]

補足[ソースを編集]

熊本県内の放送局[ソースを編集]

関連人物[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ 総務省 電波利用ホームページ”. 総務省. 2016年1月1日閲覧。
  2. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2015』 コーケン出版、2015年11月20日、444頁。
  3. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2003』 コーケン出版、2003年11月、471頁。
  4. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑'92』 コーケン出版、1992年11月、439頁。
  5. ^ 日本民間放送連盟 『日本放送年鑑'78』 洋文社、1978年12月、301頁。
  6. ^ フジテレビジョン 代表取締役会長
  7. ^ テレビ熊本 代表取締役会長
  8. ^ 関西テレビ放送 代表取締役社長
  9. ^ a b テレビ熊本 代表取締役社長
  10. ^ テレビ熊本 非常勤取締役
  11. ^ a b c テレビ熊本 取締役
  12. ^ 『テレビ熊本30年史』p.20
  13. ^ 『テレビ熊本30年史』p.21
  14. ^ 『テレビ熊本30年史』p.22
  15. ^ 『テレビ熊本30年史』p.23
  16. ^ 『テレビ熊本30年史』p.24
  17. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.25
  18. ^ 『テレビ熊本30年史』p.28
  19. ^ 『テレビ熊本30年史』pp.33-35
  20. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.38
  21. ^ 『テレビ熊本30年史』p.43
  22. ^ 『テレビ熊本30年史』p.74
  23. ^ 『テレビ熊本30年史』pp.48-49
  24. ^ a b c d 『テレビ熊本30年史』p.53
  25. ^ 『テレビ熊本30年史』p.73
  26. ^ a b 『テレビ熊本30年史』pp.75-76
  27. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.109
  28. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.112
  29. ^ 『テレビ熊本30年史』p.124
  30. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.118
  31. ^ a b c d 『テレビ熊本30年史』pp.147-148
  32. ^ 『テレビ熊本30年史』p.320
  33. ^ 『テレビ熊本30年史』p.167
  34. ^ ただし、ロゴ変更から1998年までは現在の物より細かった。
  35. ^ 『テレビ熊本30年史』p.158
  36. ^ 『テレビ熊本30年史』p.159
  37. ^ 『テレビ熊本30年史』p.160
  38. ^ 『テレビ熊本30年史』pp.212-213
  39. ^ アナログ放送ではNHKを除いて旧国名の「肥後」を中継局名に加えていなかった。
  40. ^ ただし、最初のテロップが差し替えているほか、ラストの社屋の空撮も差し替えている。
  41. ^ 坂田信弘主催の『坂田ジュニアゴルフ塾』熊本校。
  42. ^ 同様の事例はNHK沖縄放送局(沖縄県島尻郡豊見城村)でもあるが、こちらは合併ではなく移転(那覇市おもろまち)による。なお豊見城村は後に市に昇格している。
  43. ^ 2004年のFNS27時間テレビ出演時岡村先生にいじられクローズアップされる。

参考文献[ソースを編集]

  • 30年史編纂委員会『テレビ熊本30年史』テレビ熊本、2001年。

外部リンク[ソースを編集]