新田均

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新田 均(にった ひとし、1958年6月19日 - )は、日本歴史学者神道学者皇學館大学現代日本社会学部教授。専門は日本近代政教関係史。長野県出身。

略歴[編集]

  • 1977年、長野県長野高等学校卒業。
  • 1982年、早稲田大学政治経済学部卒業。
  • 1988年、 早稲田大学大学院政治学研究科博士課程満期中退。皇學館大学神道研究所助手。学部学生時代から小林昭三に師事。憲法学専攻新しい歴史教科書をつくる会の第3代目会長であった八木秀次高崎経済大学教授)はゼミの後輩にあたる。
  • 大学では早稲田文化新聞に所属、民族派学生組織にも関係した。大学院時代は、原書房の高校日本史教科書『新編日本史』の編集を手伝った[1]
  • 1998年5月、「近代政教関係の基礎的研究」により國學院大學より博士(神道学)の学位を取得[要出典]
  • 1999年7月、雑誌『正論[2]で、立花隆が『文芸春秋』に書いた「天皇『神格化』への道」[3]を批判。
  • 2000年8月、山折哲雄が『中央公論』に執筆した「森喜朗首相に与う 『鎮守の森』は泣いている」を『諸君![4]で批判。山折との間で、『中央公論』[5]と『諸君!』[6]を舞台に論争となる。
  • 2003年4月、『正論』で梅原猛の「教育勅語」をめぐる言説[7]を批判[8]
  • 2005年の暮れに、新しい歴史教科書をつくる会の運営を巡り、創設者西尾幹二を批判。このことが西尾の同会離脱へとつながり、2006年4月、同会は内紛の末、八木秀次を同会会長から解任。八木解任に伴い、新しい歴史教科書をつくる会の理事を辞任[要出典]
  • 2006年2月、田中卓が『諸君!』に発表した女系容認論[9]を批判[10]。田中との間で論争となる[11]
  • 2006年4月ー7月 新しい歴史教科書をつくる会の分裂の内幕を描いたブログ「つくる会の体質を正す会」(通称「新田ブログ」)を主催[要出典]
  • 2006年10月、八木秀次らと日本教育再生機構を立ち上げた。現在は同会の理事[要出典]
  • 2008年5月、『正論』で原武史の皇室論[12]を批判[13]
  • 2008年8月、西尾幹二の皇太子・同妃批判を批判(『正論』)[14]
  • 2010年4月、皇位継承問題をめぐって、女系容認論者の小林よしのりと論争を展開。隔週刊行雑誌(『サピオ』、小林)と衛星放送(「日本文化チャンネル桜」、新田)という異質な媒体による論争が話題となる。
  • 2011年1月、小林よしのりとの論争をまとめた「墜ちたゴーマニズムー小林よしのり氏の皇統論を糺す」を『別冊正論』Extra.14に発表。
  • 2011年3月、検定合格した中学校社会科用教科書『新しい日本の歴史』『新しいみんなの公民』(育鵬社)に著作関係者として名を連ねる。
  • 2012年6月、『わしズム』30号(2012年3月)に掲載された田中卓の女系天皇論[15]を再び批判[16]
  • 2012年11月、「ジョン・ブリーン著『儀礼と権力ー天皇の明治維新』を吟味するー「語り」によって隠されたものは何かー」を『明治聖徳記念学会紀要』に発表して、国際日本文化研究センター海外研究交流室教授のジョン・ブリーンを批判。同紀要には英訳の「A Critique of Girei to Kenryoku:Tenno no Meiji Ishin(Ritual and Power:The Emperor's Meiji Restoration)by John Breen-What ❝Narative❞Conceala」も同時に掲載された。

政治活動[編集]

主張[編集]

著書[編集]

単著[編集]

共著[編集]

  • 『神道学論文集』(国書刊行会、1995年)
  • 『近代憲法への問いかけ─憲法学の周縁世界』(成蹊堂、1999年)
  • 小堀桂一郎監修『名画にみる国史の歩み』(近代出版社2000年
  • 『Shinto in History ,ways of the kami, edited by Jhon Breen and Mark Teeuwen』(Curson Press、2000年)
  • 靖国神社をどう考えるか─公式参拝の是非をめぐって─』(小学館、2001年)
  • 『教育黒書 : 学校はわが子に何を教えているか』(PHP研究所、2002年)
  • 渡部昇一八木秀次)『日本を貶める人々-「愛国の徒」を装う「売国の輩」を撃つ』(PHP研究所、2004年
  • 『YASUKUNI the War Dead and the Struggle for Japan's past』(HURST,2007)
  • 田中英道責任編集『日本史の中の世界一』(育鵬社、2009年)
  • 渡部昇一ほか『日本通』(育鵬社、2010年)
  • 『反日宗教の真実』(オークラ出版、2013年)
  • 『別冊正論23 層復習「日韓併合」』(産経新聞社、2015年)

監修[編集]

  • 『子供たちに伝えたい日本の建国』(明成社、2004年)

翻訳(単・共)[編集]

  • アンドレ・オー『人生でいちばんの贈りもの』(日本教文社、1993年)
  • H・B・エアハート『日本宗教の世界─一つの聖なる道─』(朱鷺書房、1994年)

講演録[編集]

  • 『皇學館大学講演叢書(96)近代と神社』(皇學館大学出版部、1998年
  • 『皇學館大学講演叢書(97)「国民の祝日」の意義を考える――建国記念の日を迎えるにあたって』(皇學館大学出版部、1999年
  • 『皇學館大学講演叢書(158)現代日本社会学部が目指すもの』(皇學館大学出版部、2015年

脚注[編集]

  1. ^ 「私の写真館」『正論』2004年10月
  2. ^ 「イデオロギーに陥った立花隆」
  3. ^ 「私の東大論」1999年6月号
  4. ^ 「『中央公論』七月号論文・山折哲雄氏に異議あり
  5. ^ 「それでも『鎮守の森は泣いている』2000年10月号
  6. ^ 『中央公論』十月号『山折哲雄論文』にモノ申す」2000年11月号
  7. ^ 朝日新聞」2002年11月17日
  8. ^ 「梅原猛氏の『日本学』に異議あり!」
  9. ^ 寬仁親王殿下へー歴史学の泰斗からの諫言・女系天皇で問題ありません」2006年3月号
  10. ^ 「師・田中卓氏への諫言・女系天皇はなりません」
  11. ^ 田中卓「新田均氏への返書・“女系天皇”の是非は君子の論争でー」『諸君!』2006年5月号。新田均「まさしく『女系天皇論』は“君子の論争”で」『神社新報社』2002年4月24日
  12. ^ 「皇太子一家『新しい神話づくり』の始まりー宮中祭祀の廃止も検討すべき時がきた」『月刊現代』2008年5月号
  13. ^ 「皇太子ご夫妻の苦悩に託けた“暴論”を糺す・『21世紀の皇室』のためにという詭弁」
  14. ^ 「皇太子さまへの『御忠言』の前に考える・君と臣の分限について」
  15. ^ 「女系天皇公認の歴史的正統性ー『皇室典範』より遥かに思い天照大神の『神勅』に還ろう」
  16. ^ 「女系天皇容認で自説を裏切った『古代史の泰斗』」
  17. ^ a b 女性宮家案『粉砕すべきだ』 日本会議議員懇で強い反対、朝日新聞、2017年5月23日
  18. ^ 竹田恒泰責任編集『日本を元気にする本』学研、2013年9月

外部リンク[編集]