伊勢新聞

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伊勢新聞
Ise Shimbun headquarters 2020-11 ac.jpg
伊勢新聞社の社屋
種類 日刊紙

本社 津市
代表者 代表取締役 小林千三
創刊 1878年1月17日
言語 日本語
価格 1部 140円
月極 3,200円
発行数 10万180部
ウェブサイト 公式サイト
伊勢新聞社
本社所在地 日本の旗 日本
〒514-0831
三重県津市本町34番6号
設立 1928年(昭和3年)8月[1]
創業:1878年(明治11年)1月17日[1]
業種 情報・通信業
資本金 7433万3500円
売上高 5億6,000万円(2013年3月期実績[1]
従業員数 50名(2014年3月末日現在)
関係する人物 松本宗一(創業者)
外部リンク www.isenp.co.jp/
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伊勢新聞(いせしんぶん)は、三重県の県紙。伊勢新聞社によって発行され、同一題字で日本最古の日刊新聞である。

概要[編集]

創業は1878年(明治11年)1月17日西南戦争の翌年に松本宗一により創刊され、不平士族が中心であった[2]。社名は三重県の一部の旧国名である「伊勢国」に由来している[3]

朝刊のみの発行で、夕刊はない。

社員数は2006年6月末現在約100名と、地方紙の中では規模が小さく、県内シェアも中日新聞の後塵を拝している。

記者不足を補完するため、ホームライターなる主婦を中心としたアルバイト記者を大量に採用している[4]

共同通信社日本新聞協会に加盟。

論調[編集]

概ね保守的である。社説はないが、週に一度掲載される「論壇」や塚本三郎コラムなどで政治的なテーマを扱う事がある。

2001年8月13日小泉純一郎内閣総理大臣による靖国神社参拝を積極的に支持した[5]2006年(平成18年)の教育基本法改定にも積極的な姿勢であった。

日本のほとんどの新聞は「西暦元号)」と表記されているが、伊勢新聞は「元号(西暦)」という表記方法を採用している。

歴史[編集]

ロゴ
1月に創刊。発行当初は週2回発行で、5月より隔日発行、10月より日刊となった[6]
第1回衆議院選挙公報を発行。
紙齢1万号。
株式会社に法人化。
伊勢年鑑を創刊。
1月に創刊50周年、秋に紙齢2万号。
戦時報道統制により、北勢朝日三重新聞南勢新聞などを吸収合併。一県一紙の新聞体制を確立。
7月28日津市大空襲で本社が全焼。8月30日に復興第1号を発行。
社屋を津市大門町の大門ビルから丸之内本町に新築移転。
ラジオ三重開局。後に近畿東海放送と局名を改め、1960年に発展解消して東海ラジオ放送に。
第1回三重文化賞を制定。
伊勢式超高速度輪転機を導入。
創業85周年を機に写真伝送受信機、漢字テレタイプ、ファックスを設置。
現在地に鉄筋3階建ての新社屋完成。
紙齢3万号。
三重テレビ放送三重テレビニュース火曜日金曜日放送分に記者、論説員を派遣。(〜1976年3月)
創業100年周年を迎える。
電算写植機を導入。
コンピュータ組版システムを導入。
カラーオフ輪転機を導入。
紙齢4万号。
富士通製コンピュータ編集システムを導入。現場記者のワープロによる記事入力から本社での組版までをオンライン化。
創業120周年を記念して式典を開催。
デジタルカメラの全面的導入。
活字を大型化。社屋の全面的改修が完了。
新聞を12段化[7]。活字をさらに大型化。イメージキャラクターが決定。
紙面を拡充して全20面とする。
カラーオフ輪転機を増設。
特大60頁企画「三重を元気にする!!」を発行。
株式面を増設。
「伊勢新聞」の題字を大型化。
編集新システムを全面更新。
日本新聞協会制定の毎月1回[8]行っている新聞休刊日とは別に、4月より原則として毎月第4土曜日を自主的な新聞休刊日とし、その翌日の日曜日付け朝刊を休刊とすることを社告にて発表[9]

事業所[編集]

本社[編集]

三重県津市本町34-6

支社[編集]

総局[編集]

  • 北勢四日市市北浜田町12-5 北浜田マンションB907
  • 松阪紀勢:松阪市本町2176
  • 伊勢志摩:伊勢市岩渕1-8-15
  • 伊賀:伊賀市平野北谷439-3 桜道コートA202

支局[編集]

通信部[編集]

紙面[編集]

題字の「新」の文字は、「木」の部分に横棒が一本多く「未」のようになった字体を使用している(日本の新聞#題字の「新」の字体参照)。記事中の数は漢数字が使われる。

番組表[編集]

最終面の番組表には中京広域圏の各局のうち、テレビ愛知以外の各局(NHK総合NHK Eテレ東海テレビCBCテレビメ〜テレ中京テレビ)をフルサイズで掲載。また三重テレビテレビ愛知をハーフサイズ。

なお、テレビ愛知(愛知県以外は中継局が設けられないためだが、伊賀・紀州地方の一部以外では概ね直接受信が可能)を除く各局には、アナログ放送終了前日の2011年(平成23年)7月23日までは名張鳥羽熊野の各中継局のチャンネルを併記していた。デジタル移行後は全県共通で各局ごとのプリセットID番号が統一されているため、中継局の記述は割愛されている。

中面は地域版見開き形式となっており、左のページ上段には中京広域圏のラジオ各局(NHK第1NHK第2東海ラジオCBCラジオNHK-FMFM AICHIFM三重ZIP-FMをハーフサイズ、ラジオNIKKEIは3分の2サイズ)、下段にはNHK Eテレのデジタル独自番組(サブチャンネル)を極小サイズ、WOWOWプライムと関西広域圏のうち、カンテレMBSテレビABCテレビ読売テレビの各テレビ局をハーフサイズにて、それぞれ掲載[10]

右面はデジタル衛星各局(NHKNHK BS1NHK BSプレミアムと在京キー局系BS)をハーフサイズで掲載している。なお、BSアナログ放送が実施されていた時期はNHKのBS2つとWOWOWはアナログ・デジタル重複掲載をしていた。

天気予報[編集]

1面題字下に長年赤福提供による「まんが天気予報」というコーナーがあり、県内を北・中部、南部、伊賀の3地域に分けて、それぞれに赤福のCMキャラクターの「赤太郎」のイラストを挿入した天気が掲載されてきた。

2007年(平成19年)10月12日には赤福の製造日不正表示が発覚し、10月13日からしばらくは赤福がテレビCMを自粛した。このため「赤太郎」を登場させた天気予報は休載し、代わりに一般的な天気イラストのみを掲載した県内の天気を掲載した。しかし、自粛期間中でありながら2008年(平成20年)1月5日の新聞で誤って「赤福提供」の天気予報を掲載してしまい、1月6日の社告で訂正した。

上記のイラスト入り天気予報は、2017年(平成29年)4月1日より正式に復活したが、表題については「まんが天気予報」を用いず、3月31日まで使われていた「きょうの天気」をそのまま引き継いだ。また「赤太郎」のイラストについては、紙面のカラー化に合わせ、着色が施されたものになった。

なお、「まんが天気予報」時代より天気図・気象衛星写真・概況・全国の天気予報は社会面に掲載されている。

地域版[編集]

地域版は大きく3つのブロックに分かれており、それぞれ1ページずつ併載されている。

ブロック 対象エリア
北勢 桑名市いなべ市四日市市鈴鹿市亀山市桑名郡員弁郡三重郡
中勢伊賀 津市伊賀市名張市松阪市多気郡
伊勢志摩東紀州 伊勢市鳥羽市尾鷲市熊野市志摩市度会郡北牟婁郡南牟婁郡

スポーツ欄[編集]

スポーツ欄には津競艇四日市競輪松阪競輪名古屋競馬笠松競馬の出走表(予想つき)および結果が掲載されている。また土日には中央競馬のメインレースの出走表(馬柱つき)が掲載される。

連載[編集]

  • ドン小西のDONトライ』(2008年(平成20年)4月22日より連載)

販売[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c (株)伊勢新聞社”. マイナビ2015 (2014年9月8日). 2014年12月18日閲覧。
  2. ^ 当時、論説文を書きえたのはだけであった
  3. ^ 三重県は伊賀国志摩国紀伊国だった地域も含むが、伊勢新聞はそれらの地域でも発行される。
  4. ^ 当初はニュースレディと呼ばれていたが、「男女雇用機会均等法に抵触する」との当局の指導で改めた。
  5. ^ 伊勢新聞の他に内閣総理大臣の靖国神社参拝を支持した日本の新聞は、産経新聞神社新報東海新報の3紙である。これら4紙は記事中の年号表記が元号中心というのも共通している。
  6. ^ 稲本ほか(2000):267ページ
  7. ^ 新聞業界初
  8. ^ 原則として日曜日。一部祝日の月あり
  9. ^ 伊勢新聞が自主休刊日 4月から毎月1回」『静岡新聞』2020年3月21日
  10. ^ テレビ大阪は三重県ではケーブルテレビを含め受信することが不可能であるため載せていない。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]