三重郡

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三重県三重郡の範囲(1.菰野町 2.朝日町 3.川越町 薄緑・水色:後に他郡から編入した区域)

三重郡(みえぐん)は、三重県伊勢国)の

人口66,200人、面積121.73km²、人口密度544人/km²。(2017年10月1日、推計人口

以下の3町を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。

  • 四日市市の大部分(南小松町・鹿間町・和無田町・水沢野田町および概ね羽津、富士町、城山町、羽津山町、山手町、緑丘町、垂坂町、垂坂新町、中村町、萱生町、あかつき台、山城町、札場町、小牧町、中野町以北を除く)
  • 菰野町の大部分(永井・竹成・小島・田口・田口新田・田光・杉谷・切畑・榊・根の平を除く)

歴史[編集]

明治5年(1872年)に三重県庁が置かれ、本郡の名が県名の由来となった。翌明治6年(1873年)に県庁は安濃津に移転したが、県名は変更されないまま現在に至る。

近世以降の沿革[編集]

町村制以降の沿革[編集]

1.四日市町 2.日永村 3.塩浜村 4.楠村 5.河原田村 6.内部村 7.小山田村 8.水沢村 9.四郷村 10.常磐村 11.川島村 12.神前村 13.桜村 14.菰野村 15.千種村 16.鵜川原村 17.県村 18.三重村 19.海蔵村 21.羽津村 22.富田村 23.富洲原村 24.川越村 25.朝日村 26.大矢知村 27.八郷村 28.下野村 29.保々村 30.竹永村 31.朝上村(紫:四日市市 桃:菰野町 青:合併なし)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。特記以外は全域が現・四日市市。(1町18村)
    • 四日市町 ← 四日市町[8]、浜田村、浜一色村、末永村[鳥居町]、赤堀村[字新正]
    • 日永村 ← 日永村、泊村、六呂見村[大部分]
    • 塩浜村 ← 塩浜村、馳出村、旭村、六呂見村[一部]
    • 楠村 ← 北一色村、小倉村、本郷村、吉崎村、北五味塚村、南五味塚村、南川村
    • 河原田村 ← 川原田村、貝塚村、内堀村、川尻村、大治田村
    • 内部村 ← 波木村、貝家村、采女村、北小松村、小古曽村
    • 小山田村 ← 小山村、山田村、六名村、堂箇山村
    • 水沢村(単独村制)
    • 四郷村 ← 東日野村、西日野村、室山村、八王子村
    • 常磐村 ← 大井手村、松本村、伊倉村、赤堀村[字新正を除く]、中川原村、久保田村、芝田村
    • 川島村 ← 川島村、小生村
    • 神前村 ← 曽井村、高角村、寺方村、西野村、尾平村
    • 桜村 ← 佐倉村、智積村
    • 菰野村 ← 菰野村、宿野村、福村、神森村(現・菰野町)
    • 千種村 ← 潤田村、音羽村、千草村(現・菰野町)
    • 鵜川原村 ← 吉沢村、下鵜川原村、川北村、大強原村、池底村(現・菰野町)
    • 県村 ← 黒田村、江村、北野村、平尾村、赤水村、上海老原村、下海老原村
    • 三重村 ← 東坂部村、西坂部村、山之一色村、生桑村、小杉村
    • 海蔵村 ← 末永村[鳥居町を除く]、西阿倉川村、東阿倉川村、野田村
  • 明治29年(1896年)4月1日 - 郡制の施行のため、三重郡・朝明郡の区域をもって、改めて三重郡が発足。羽津村富田村富洲原村(現・四日市市)、川越村(現・川越町)、朝日村(現・朝日町)、大矢知村八郷村下野村保々村(現・四日市市)、竹永村朝上村(現・菰野町)が本郡の所属となる。(1町29村)
  • 明治30年(1897年
    • 8月1日 - 四日市町が市制施行して四日市市となり、郡より離脱。(29村)
    • 9月1日 - 郡制を施行。郡役所を四日市市に設置。
  • 大正元年(1912年11月10日 - 富田村が町制施行して富田町となる。(1町28村)
  • 大正12年(1923年
    • 1月1日 - 富洲原村が町制施行して富洲原町となる。(2町27村)
    • 4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和3年(1928年10月1日 - 菰野村が町制施行して菰野町となる。(3町26村)
  • 昭和5年(1930年)1月1日 - 海蔵村・塩浜村が四日市市に編入。(3町24村)
  • 昭和15年(1940年2月11日 - 楠村が町制施行して楠町となる。(4町23村)
  • 昭和16年(1941年)2月11日 - 日永村・常磐村・羽津村・富田町・富洲原町が四日市市に編入。(2町20村)
  • 昭和18年(1943年9月15日 - 四郷村・内部村が四日市市に編入。(2町18村)
  • 昭和29年(1954年
    • 3月31日 - 小山田村が四日市市に編入。(2町17村)
    • 7月1日 - 川島村・神前村・桜村・三重村・県村・八郷村・下野村・大矢知村・河原田村が四日市市に編入。(2町8村)
    • 10月17日 - 朝日村が町制施行して朝日町となる。(3町7村)
  • 昭和30年(1955年)4月1日 - 朝上村・千種村が合併して朝明村が発足。(3町6村)
  • 昭和31年(1956年9月30日 - 菰野町・鵜川原村・竹永村が合併し、改めて菰野町が発足。(3町4村)
  • 昭和32年(1957年
    • 1月15日 - 朝明村が菰野町に編入。(3町3村)
    • 4月15日 - 水沢村・保々村が四日市市に編入。(3町1村)
  • 昭和36年(1961年
    • 5月1日 - 川越村が町制施行して川越町となる。(4町)
    • 11月27日 - 朝日町の一部(新当新田・新縄生)が川越町に、川越町の一部(川越当新田・川越縄生)が朝日町にそれぞれ編入。
  • 平成17年(2005年2月7日 - 楠町が四日市市に編入。(3町)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 記載は四日市村。伝馬地廻船屋敷免許があり。
  2. ^ a b 宮橋家除地が所在。
  3. ^ 現在の四日市市午起に所在。水害により亡所。本項では村数に数えない。
  4. ^ 赤堀村・赤堀新田に分かれて記載。
  5. ^ 便宜上、幕府領を南川尻村、桑名藩領を北川尻村と称した。
  6. ^ 4月25日(1868年6月15日)とする資料もあるが、ここでは「角川日本地名大辞典」の記述によった。
  7. ^ もともと1村として扱われていたとの資料もあり、詳細不明。
  8. ^ この時点では四日市比丘尼町、四日市西町、四日市久六町、四日市川原町、四日市南町、四日市北町、四日市堅町、四日市中町、四日市八幡町、四日市境町、四日市浜町、四日市北条町、四日市蔵町、四日市北納屋町、四日市中納屋町、四日市桶之町、四日市袋町、四日市南納屋町、四日市新町、四日市下新町、四日市四ツ谷新町、四日市中新町、四日市南新町、四日市上新町、四日市稲葉町、四日市高砂町が存在。

参考文献[編集]

関連項目[編集]