大門 (津市)

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大門
大門(2011年3月) 大門商店街(だいたてアーケード街)
大門(2011年3月)
大門商店街(だいたてアーケード街)
大門の位置(三重県内)
大門
大門
大門の位置
北緯34度43分10.77秒 東経136度30分48.05秒 / 北緯34.7196583度 東経136.5133472度 / 34.7196583; 136.5133472
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Mie Prefecture.svg 三重県
市町村 Flag of Tsu, Mie.svg 津市
地域 津地域
町名制定[1] 1972年(昭和47年)5月1日
面積
 • 合計 0.181815237km2
人口
2019年(令和元年)6月30日現在)[WEB 2]
 • 合計 544人
 • 密度 3,000/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
514-0027[WEB 3]
市外局番 059(津MA[WEB 4]
ナンバープレート 三重
津観音

大門(だいもん)は三重県津市の地名であり、津における歓楽街繁華街。丁番を持たない単独町名である。津観音(恵日山観音寺、日本三大観音の一)を中心に発達した街区で、だいたてアーケード街を中心とした商店街飲食店街とが複合している。県を代表する繁華街として以前は活況を呈していたが、津市の玄関口である津駅津新町駅両駅のちょうど中間点にあるという元来のアクセスの不便さ、他都市同様郊外型ショッピングセンターの立地による中心市街地空洞化により、近年衰退が著しい。

毎年10月上旬に行われる津まつりでは大門地区を中心に多くの露店が並び、3日間の祭り期間中の人出は、延べ30万人程度と津市の中心街・繁華街としての面目を保っている。[WEB 5]

また、2007年に中部国際空港への海上アクセス港である津なぎさまちから津市を代表する大通りであるフェニックス通り上にLRT(次世代型路面電車)を通し、大門地区、津駅前をへて西部丘陵地を結ぶ計画が百五銀行シンクタンクの百五経済研究所によって提案された。だが、この提案から10年が経ってもLRT(次世代型路面電車)の導入には至っては無い。

フェニックス通りをはさんで隣接する東丸之内には、中勢地区以南唯一の百貨店である津松菱(大門を発祥の地とする)があり、大門からは徒歩圏内である。津市は元来津城跡を中心とした業務街、繁華街である丸之内地区とこの大門地区を中心街としており、近年は更に津駅と三重県庁をひかえた栄町地区が新たな繁華街、業務街を形成しつつある。


地理[編集]

津市東部、旧津市の中央部に位置する。かつては塔世川(とうせがわ)が地内を流れていたが津城の築城により同川がになったため流れなくなった[2]

北は新立町津・東町津・新東町塔世、東は乙部、南は東丸之内、西は中央と接する。南東端で寿町、南西端で丸之内、北西端で北丸之内と一点で接する。

歴史[編集]

総論[編集]

江戸時代には津城下町の1町・大門町であった。伊勢神宮へ向かう参宮客で賑わい、宿場問屋に任命された千切屋進伴左衛門の本陣[3]津藩の要人をもてなす施設である御客屋が置かれ伝馬所役を勤めた本役が49軒あったという[4]。御客屋には安政5年(1858年)に「修文館」という庶民学校が併設され、読み書きや算術が教授された[3]。たびたび火災が発生しており、寛文2年(1662年)の津大火の際には41軒、元禄11年(1698年)には44軒が消失している[4]

明治時代初頭には津の中心として安濃津県庁(旧御客屋を利用)、津郵便局三重県警察津出張所(後の津警察署)が相次いで設置された[4]。千切屋進伴左衛門本陣跡には1879年(明治12年)に元津藩の城代家老であった藤堂仁右衛門高泰を頭取とする第百五国立銀行が開設された[3]。この銀行は現在、三重県最大手の地方銀行である百五銀行になっている。後には伊勢参宮街道国道1号に指定され、芝居小屋・映画館が多数できたが、1920年大正9年)の新・岩田橋架橋により国道ではなくなったため、街は商店街に姿を変えた[4]商業が活発であったことから、津商工会議所も1916年(大正5年)から1945年(昭和20年)までこの地に置かれた[4]1936年(昭和11年)5月1日には、三重県初の大型百貨店である大門百貨店(津松菱の前身)が開業した[5]。建物は、総工費15万円、地上5階建・鉄筋コンクリート造・タイル張りで、当時三重県で最も高い建築物であり、県内初のエレベーターも設置された[6]。開店にあたって、南海高島屋から商品の陳列法や接客の指導を受けた[5]。地元小売業者は対抗措置として、市街地商業組合と洋服商業組合を結成した[7]。ただし、組合側は百貨店への対抗を表面上は否定していた[7]

1945年(昭和20年)7月、津市は空襲を受け大門は灰になってしまったが、戦後復帰を果たした[4]1964年(昭和39年)には全蓋式アーケードが落成。1979年(昭和54年)に大門にあった津市役所が西丸之内に移転した[8]。大門の映画館は津東宝が2001年(平成13年)に閉館して一時消滅し、津大門シネマとして2004年(平成16年)に復活したものの、2009年(平成21年)7月20日にオーナーの健康上の理由により閉館した[WEB 6]2018年(平成30年)5月、老朽化により全蓋式アーケードを撤去。

沿革[編集]

地名の由来[編集]

津観音の仁王門の門前町であったことから命名された[4]。大門の名自体は津観音が天正8年(1580年)頃に当地に移転する前から阿漕地区で使われていたが、当地に移転したことにより、この地区の名前になった[4]

町名の変遷[編集]

実施後 実施年月日 実施前
大門 1972年(昭和47年)5月1日[1] 大字津の一部
(字中之番町・字千歳町・字蔵町・字新中町・字沢之上町・字入江町・字堀川町の全域および字宝禄町・字西来寺町・字立町・字丸之内〔本町・蔦町〕・字大門町・字宿屋町・字魚町・字北浜町・字片浜町・字東町の一部)

大字津興の一部
(字上堀廻の全域および字中堀廻の一部)
大字乙部の一部
(字川田・字寺町・字札ノ木の一部)

世帯数と人口[編集]

2019年(令和元年)6月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 2]

町丁 世帯数 人口
大門 328世帯 544人

人口の変遷[編集]

1665年以降の人口の推移。なお、1995年以降は国勢調査による推移。

1665年(寛文5年) 471人 [4]
1977年(昭和52年) 1,533人 [4]
1980年(昭和55年) 1,355人 [9]
1995年(平成7年) 853人 [WEB 7]
2000年(平成12年) 714人 [WEB 8]
2005年(平成17年) 708人 [WEB 9]
2010年(平成22年) 586人 [WEB 10]
2015年(平成27年) 536人 [WEB 11]

世帯数の変遷[編集]

1977年以降の世帯数の推移。なお、1995年以降は国勢調査による推移。

1977年(昭和52年) 541世帯 [4]
1980年(昭和55年) 495世帯 [9]
1995年(平成7年) 336世帯 [WEB 7]
2000年(平成12年) 298世帯 [WEB 8]
2005年(平成17年) 346世帯 [WEB 9]
2010年(平成22年) 292世帯 [WEB 10]
2015年(平成27年) 278世帯 [WEB 11]

(注)大門の範囲は変遷しているため、一概に比較することはできない。

学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[WEB 12]。なお、町内は共通学区と分類されている。

小学校 中学校
津市立養正小学校
津市立敬和小学校
津市立西橋内中学校
津市立東橋内中学校

交通[編集]

道路[編集]

路線バス[編集]

三重交通中勢営業所管内)三重会館前バス停※厳密には下り線(☆)のバス停のみが大門にあるが、ここでは上り線のバス停分についても記述する。
ぐるっと・つーバスコミュニティバス)だいたてアーケード前バス停
  • 津新町駅(循環)

施設[編集]

その他[編集]

日本郵便[編集]

脚注[編集]

WEB[編集]

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  1. ^ 三重県津市の町丁・字一覧” (日本語). 人口統計ラボ. 2019年8月15日閲覧。
  2. ^ a b 人口(男女別)・世帯数 - 住民基本台帳世帯数および人口 (各月末現在)” (日本語). 津市 (2019年7月31日). 2019年8月15日閲覧。
  3. ^ a b 大門の郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
  5. ^ http://www.info.city.tsu.mie.jp/www/contents/1001000014562/index.html
  6. ^ 全国新聞ネット『津大門シネマきょう限り 不景気、新型インフル・・・閉館へ』2009年7月20日(2010年3月19日閲覧。)
  7. ^ a b 平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
  8. ^ a b 平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
  9. ^ a b 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
  10. ^ a b 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
  11. ^ a b 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
  12. ^ 津市学区一覧表”. 津市. 2019年8月17日閲覧。
  13. ^ 郵便番号簿 2018年度版 (PDF)” (日本語). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。

文献[編集]

  1. ^ a b c d 昭和47年4月25日三重県告示第233号
  2. ^ 有限会社平凡社地方資料センター 1983, p. 369.
  3. ^ a b c 有限会社平凡社地方資料センター 1983, p. 370.
  4. ^ a b c d e f g h i j k 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 647.
  5. ^ a b 三重県(1988):1085ページ
  6. ^ 三重県(1988):1086ページ
  7. ^ a b 三重県(1988):1086 - 1087ページ
  8. ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 648.
  9. ^ a b 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 1149.

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 24 三重県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1983年6月8日(日本語)。ISBN 4-04-001240-2
  • 『「三重県の地名」日本歴史地名大系24』有限会社平凡社地方資料センター、平凡社、1983年5月20日(日本語)。ISBN 4-58-249024-7
  • 三重県編『三重県史 資料編 近代3 産業・経済』三重県発行、昭和63年3月31日、1198pp.

外部リンク[編集]

  • 大門どっとこむ(大門商店街ホームページ)
  • [1](津市都市計画部都市整備課の報告書:平成21年度)