湯之上隆

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ゆのがみ たかし
湯之上 隆
生誕 日本の旗 日本 静岡県
国籍 日本の旗 日本
出身校 京都大学原子核工学科修士課程
職業 半導体産業と電機産業のコンサルタントおよびジャーナリスト
社会科学者
半導体技術者

湯之上 隆(ゆのがみ たかし、1961年 - )は、日本半導体産業と電機産業のコンサルタントおよびジャーナリスト。微細加工研究所の所長、メデイアタブレット取締役、京大原子核工学、阪大工、阪大基礎工、東北大工の非常勤講師。静岡県島田市出身。

略歴[編集]

  • 島田市立島田第三小学校、静岡大学教育学部附属島田中学校静岡県立清水東高等学校理数科卒業。[1]
  • 1987年3月、京都大学大学院工学研究科修士課程原子核工学専攻を修了。
  • 1987年4月 - 2002年10月、16年間に渡り、日立製作所・中央研究所、半導体事業部、デバイス開発センター、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて、半導体の微細加工技術開発に従事。
  • 2000年1月、京都大学より、工学博士。学位論文は、「半導体素子の微細化の課題に関する研究開発」。
  • 2002年10月 - 2003年3月、株式会社半導体エネルギー研究所
  • 2003年4月 - 2009年3月、長岡技術科学大学・極限エネルギー密度工学研究センターにて、客員教授として、高密度プラズマを用いた新材料の創生に関する工学研究に従事。
  • 2003年10月 - 2008年3月、同志社大学にて、専任フェローとして、技術者の視点から、半導体産業の社会科学研究に従事。
  • 2007年7月 - 9月、「半導体の微細化が止まった世界」の研究のため、世界一周調査。
  • 2008年4月 - 9月、株式会社オムニ研究所イノベーション推進本部本部長。
  • 2008年末 - 2011年9月、株式会社エフエーサービス半導体事業部技術主幹。
  • 2009年8月、光文社より『日本「半導体」敗戦』を出版。
  • 2009年年末、株式会社メデイアタブレット取締役
  • 2010年夏、微細加工研究所を設立、所長(主たる業務はコンサルタント、調査・研究)。
  • 2011年8月、界面ナノ電子化学研究会(通称NICE)の公認アドバイザー
  • 2011年9月、第三種放射線取扱主任者の国家資格取得
  • 2011年10月 - 2012年7月、株式会社エアージャッジCTO

人物・来歴・エピソード[編集]

  • 1985年、京大工学部原子核工学科の修士課程に進学。大阪府泉南郡熊取町にある原子炉実験所で超冷中性子を研究テーマに選ぶ。1987年に修士課程を卒業。
  • 1987年4月、日立製作所に入社。最初の配属先は東京国分寺市の中央研究所。最初の研究テーマは半導体の微細加工に用いるドライエッチング装置のプラズマダメージの研究。次に荷電粒子を用いない中性粒子によるドライエッチング装置の研究開発を行う。
  • 1995年、半導体事業部の武蔵工場に異動。プロセス技術開発部のドライエッチング・グループに所属し、4~16M-DRAMの生産技術と、強誘電体メモリー「FeRAM」の開発に関わる。特にFeRAM用電極材料のプラチナ(Pt)エッチングに成功し、学会に名前が知れ渡った。
  • 1998年、デバイス開発センタへ異動。プロセス開発部のドライエッチング・グループに所属し、Cu/Low-kデユアルダマシン配線加工技術の開発と、1G-DRAM用微細加工技術の開発に関わった。
  • 2000年、日立とNECによるDRAM合弁会社、エルピーダメモリへ、ドライエッチング・グループリーダーとして出向(最出向社員800人中、志願者は湯之上ただ一人だった)。NECと大バトルを繰り広げる。(詳細が2012年1月から開始したメルマガに書かれている)
  • 2000年1月、京都大学より工学博士授与。学位論文は、「半導体素子の微細化の課題に関する研究開発」。
  • 2002年10月、株式会社半導体エネルギー研究所へ転職。特許のギネス記録を持つ山﨑舜平社長と波長が合わず、2003年1月には「明日から来ないでくれ」と言われ、2003年3月に退職。
  • 2003年4月 - 2009年3月、長岡技術科学大学の極限エネルギー密度工学研究センターの客員教授に就任。高密度プラズマを用いた新材料の創生に関する工学研究とその修士課程の学生指導に従事。
  • 2003年10月 - 2008年3月、同志社大学に新設された技術・企業・国際競争力研究センターの専任フェローに就任。技術者の視点から、半導体産業の社会科学研究に従事。
  • 2007年7月 - 9月、「半導体の微細化が止まった世界」の研究のため、世界一周調査旅行を敢行。
  • 2008年4月 - 9月、株式会社オムニ研究所イノベーション推進本部本部長。
  • 2008年末 - 2011年9月、株式会社エフエーサービス半導体事業部技術主幹。
  • 2009年年末、株式会社メデイアタブレット取締役
  • 2010年夏、微細加工研究所を設立、所長(主たる業務はコンサルタント、調査・研究)。
  • 2011年8月、界面ナノ電子化学研究会(通称NICE)の公認アドバイザー
  • 2011年9月、第三種放射線取扱主任者の国家資格取得
  • 2011年10月、株式会社エアージャッジを設立、CTO、放射線検出器の開発、販売、製造( - 2012年7月)。

著書[編集]

編著[編集]

  • 『世界金融恐慌に打ち克つ半導体技術とは? DRAM 1ドル時代の幕開け』編著 電子ジャーナル 2009
  • 最新 CMP技術と周辺部材、共著(技術情報協会、2008年)
  • Recovering from Success : Innovation and Technology Management in Japan、Co-author(Oxford University Press,2006)

連載[編集]

【紙媒体】

  • 伊勢新聞『半導体漫遊記』
  • 月刊 Electronic Journal『Focus』

【電子媒体】

脚注[編集]

外部リンク[編集]