八重山日報

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
八重山日報
Yaeyama Nippo Logo.svg
種類 日刊紙

事業者 八重山日報社
本社 石垣市
代表者 代表取締役 宮良薫[1]
言語 日本語
価格 1部 70円
月極 1,750円[2]
発行数 約6,000部[3]
ウェブサイト http://www.yaeyama-nippo.co.jp/
株式会社 八重山日報社
Yaeyama Nippo
本社所在地 日本の旗 日本
〒907-0023
沖縄県石垣市字石垣486-1 NTT八重山ビル 2F[1]
事業内容 日刊紙発行
設立 1977年8月1日[1]
業種 情報・通信業
資本金 1,000万円
従業員数 36名(2018年10月時点)[1]
テンプレートを表示

八重山日報(やえやまにっぽう)は、沖縄県石垣市に本社を置く株式会社八重山日報社が発行する、朝刊単売の日刊紙である。

概要[編集]

沖縄県八重山列島を対象とする地域新聞である。八重山列島の地域新聞は他に八重山毎日新聞もあり、県紙2紙(琉球新報及び沖縄タイムス)を含めると、八重山列島では4紙が競合している。

沿革[編集]

本紙を発行する八重山日報社は、かつて沖縄タイムスの社会部長などを歴任したジャーナリスト宮良長欣(みやら ちょうきん)によって、1977年8月1日に設立された[4]。同年10月21日に八重山日報を創刊[5]

2013年6月1日付にて、産経新聞社と八重山地方記事と東京の沖縄関連記事の相互交換の提携を実施[6]

沖縄本島版[編集]

八重山日報社は、2017年4月1日沖縄本島で八重山日報沖縄本島版の発行と朝刊配達を開始した。産経新聞は、沖縄タイムスが4月3日に販売店に対して八重山日報の配達禁止を通達したと報じた[3]。沖縄本島版は1年11ヶ月にわたり発行されたが、八重山日報社は2019年3月1日に沖縄本島版を八重山版と統合して統合版とするとともに、沖縄本島での配達を中止し郵送に切り替えた。ただし、電子版の沖縄本島版の配信は継続される[7]

年表[編集]

  • 1977年
  • 2013年6月1日 - 産経新聞社との間で、八重山地方記事と東京の沖縄関連記事との相互交換の提携を実施。
  • 2017年4月1日 - 沖縄本島で沖縄本島版の発行と朝刊配達を開始。
  • 2019年
    • 3月1日 - 沖縄本島版を八重山版と統合して統合版とするとともに、沖縄本島での配達を中止。
    • 8月2日 - 本社を石垣市字石垣159番地[1]から、石垣市字石垣486-1に移転[8]

特色[編集]

本紙と提携する産経新聞編集委員は、本紙について、琉球新報や沖縄タイムス等の沖縄県のメディアに見られる反米論調とは一線を画す報道姿勢を取っていると評している[9]

現編集長の仲新城誠は2013年4月、産経新聞の取材に対し、「沖縄の地元大手メディアは反日左翼的な反戦平和反米姿勢の報道をしており、多くの県民が洗脳状態にあるなか、それらの沖縄世論とは一線を画した公正中立な報道姿勢を貫いている」と主張している[10]。仲新城は、近年県内外の左派勢力や、翁長雄志沖縄県知事(当時)の支持基盤でもある反基地団体等から取材妨害を受ける等度々攻撃の対象とされていると主張している[注釈 1]

2013年まで論説委員長を務めていた惠隆之介[12]は、論説委員長を辞任した理由に、自身の就任後本社宛に左派勢力からの妨害電話が相次ぎ業務に支障を来したことを挙げている。

尖閣諸島問題[編集]

八重山日報社が本社を置く石垣市に属する尖閣諸島領有権問題に関する報道に力を入れている。

2012年8月には中国の主張の一つである「の時代は中国領だった」とする論が誤りである、とする長崎純心大学石井望准教授の主張を報じた[13]

2012年9月には、編集委員長であった惠による当時の東京都知事石原慎太郎へのインタビュー記事を掲載した[14]

2017年4月には、仲新城が本紙編集長としての産経新聞への寄稿で、尖閣問題の取材に石垣島を訪れる外国ジャーナリストと頻繁に意見交換していることや、中国の意図は尖閣にとどまらず石垣本島や沖縄本島、ひいては太平洋全域への覇権にあるとの見方を示した[15]

八重山地区教科書問題[編集]

2011年に八重山地区で育鵬社版の中学校公民教科書が採択答申された後の八重山教科書問題では、教科書問題取材班を作り特集を組み、育鵬社版の採択に反対した竹富町採択委の主張だけでなく、採択に賛成の立場をとった石垣市採択委・与那国町採択委の意見も併せて報道した[16]

また、従来の沖縄の教科書採択が現場教員の採択調査員のランク付け報告書をもとに採択答申をしており、事実上教職員が教科書を選択(一種絞り込み)していることを報じ[4]8月2日[要出典]に沖縄県教委義務教育課長の狩俣智が、大手マスメディアの反対キャンペーンに押される形で、本来中立を保たれるはずの採択協議会に日程の延期とメンバーの追加の要請をしたことを不当介入だと主張した[4]

琉球新報「パンドラの箱」掲載拒否問題[編集]

2012年1月22日、ドキュメンタリー作家上原正稔が琉球新報を言論封殺であるとして訴えた「パンドラの箱掲載拒否訴訟」の内情を、沖縄県下の新聞としては初めて江崎孝の投稿の形で掲載した[17][18]

上原は琉球新報から沖縄戦を主題とした連載作品を依頼され、2006年4月から年末に掛けて、第一話「戦争を生き残った者の記録」(全147回)を同紙に掲載した。しかし、2007年5月末から始まった第二話「パンドラの箱を開ける時」の連載開始冒頭に

第二話 慶良間で何が起きたのかは今、世間の注目を浴びている“集団自決”についてアメリカ兵の目撃者や事件の主人公たちの知られざる証言を基に事件の核心を突くものになるだろう。

と予告したところ、突如琉球新報担当者から掲載の拒否を言い渡された[19]。その後4ヶ月の休載後、集団自決に言及した「慶良間で何が起きたのか」は飛ばして連載が再開し、2008年8月に連載終了を琉球新報社から言い渡され、連載は終了する。連載終了時、上原は再度「慶良間で何が起きたのか」の掲載を申し入れるが拒否され、またそのことを発表しようとする記者会見を行うことも「やめてくれ」と琉球新報社より言われる[19]。そのため2011年1月31日に上原は憲法で保障された言論の自由を侵害されたとして琉球新報社を提訴した[20]。その後、この掲載拒否事件は沖縄県下の大手メディアでは一切報道されることはなかった(『WiLL』や沖縄の文芸誌『うえそら文藝』の中で“これが沖縄の言論封殺だ”という題で触れられたことはある)が、沖縄の日刊紙では八重山日報が初めて報道した[17][18]。 この一方的な掲載拒否問題の原因について、江崎はその投稿の中で

当時(2007年)の社会的背景を知るものなら、だれでも容易に想像できる。当時、大江健三郎岩波書店を被告とする“沖縄集団自決訴訟”が係争中であり、被告である岩波書店がR紙(琉球新報)に連載中の「パンドラの箱が開く時」に注目していたとしても想像に難くはない。[18][21]

と考察している。

誤報[編集]

2017年12月1日に沖縄自動車道で発生した自動車事故について、12月11日付朝刊に、「米海兵隊曹長がクラッシュした車から日本人を救出した」とした上で、沖縄タイムスと琉球新報を「報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」と批判した産経新聞の報道を転載するとともに、救出された日本人男性が米兵に感謝していると、関係者とされる談話を独自に掲載した[22]

しかし、その後の琉球新報の取材に対して、米海兵隊は曹長は救助行為はしていないと回答[23]。産経新聞は2018年2月8日付紙面で、取材が不十分であったとして記事を削除したことを受け[24]、八重山日報は2月9日付紙面でお詫びを掲載した。また、朝日新聞、琉球新報、沖縄タイムスの取材に対し、事実関係の誤りについて「取材の詰めが甘かった」、「今後は事実関係も含めて慎重を期する」、「対応に問題があったと反省している」等と話すとともに、沖縄タイムスと琉球新報を批判した記事の流用については「編集段階で行き過ぎた部分については、削除するなどの配慮が必要だった」等と述べた[25][22][26]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 仲新城は、キャンプ・シュワブ周辺で取材を行った際、反基地活動家から「八重山日報は右翼だ」等と罵声を浴びせられたという[11]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 会社概要”. 株式会社八重山日報社. 2018年10月1日閲覧。
  2. ^ 八重山版 購読料改定のお知らせ”. 株式会社八重山日報社. 2018年10月1日閲覧。
  3. ^ a b 高木桂一・沖縄支局長兼編集委員 (2017年5月22日). “沖縄「第3の県紙」八重山日報 報道に新風 発刊から1カ月余で購読申し込み殺到…配達員確保に悲鳴 (3/4ページ)”. 産経新聞. https://www.sankei.com/politics/news/170522/plt1705220012-n3.html 2017年7月16日閲覧。 
  4. ^ a b c 仲新城誠『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』産経新聞出版、2013年3月、初版。ISBN 978-4-8191-1204-8
  5. ^ 八重山近・現代史年表 昭和47年5月15日~昭和64年1月7日まで”. 石垣市. 2019年4月11日閲覧。
  6. ^ 産経新聞 2013年6月1日付朝刊
  7. ^ “沖縄本島版 朝刊配達中止のお知らせ” (プレスリリース), 株式会社八重山日報社, (2019年2月1日), オリジナルの2019年3月1日時点によるアーカイブ。, https://archive.fo/xUWvC 
  8. ^ “本社移転に伴う臨時休刊日のお知らせ” (プレスリリース), 八重山日報社, (2019年7月27日), http://www.yaeyama-nippo.co.jp/archives/news/%e6%9c%ac%e7%a4%be%e7%a7%bb%e8%bb%a2%e3%81%ab%e4%bc%b4%e3%81%86%e8%87%a8%e6%99%82%e4%bc%91%e5%88%8a%e6%97%a5%e3%81%ae%e3%81%8a%e7%9f%a5%e3%82%89%e3%81%9b 
  9. ^ 高木桂一・沖縄支局長兼編集委員 (2017年5月22日). “沖縄「第3の県紙」八重山日報 報道に新風 発刊から1カ月余で購読申し込み殺到…配達員確保に悲鳴(4/4ページ)”. 産経新聞. https://www.sankei.com/politics/news/170522/plt1705220012-n4.html 2017年9月9日閲覧。 
  10. ^ 河合龍一 (2013年4月6日). “『仲新城誠(なかしんじょう・まこと)さん(39) 八重山教科書問題検証本を執筆 「法の上に世論。違法まかり通る」』”. 産経新聞. https://www.sankei.com/life/news/130406/lif1304060016-n1.html 2013年4月8日閲覧。 
  11. ^ 仲新城誠 (2015年6月15日). “沖縄本島人は呑気で平和ボケ”. BLOGOS. LINE株式会社. 2016年3月25日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2019年3月3日閲覧。
  12. ^ 惠隆之介について”. 惠隆之介アソシエイト. 2019年2月26日閲覧。
  13. ^ 八重山日報 (2013年8月3日). “尖閣前史-無主地の一角に領有史料有り-①-長崎純心大准教授-石井望”. 2013年4月10日閲覧。
  14. ^ 八重山日報 (2012年9月28日). “尖閣の実効支配強化を-石原都知事インタビュー”. 2013年4月8日閲覧。
  15. ^ “【寄稿】八重山日報編集長 仲新城誠「尖閣奪取は中国の太平洋進出の一里塚」”. 産経新聞朝刊. (2017年4月2日). https://www.sankei.com/premium/news/170401/prm1704010038-n1.html 
  16. ^ 八重山日報. “八重山地区教科書選定問題”. 2013年4月9日閲覧。
  17. ^ a b 江崎孝 (ブログ狼魔人日記管理人) (2012年1月22日). “ドキュメンタリー作家上原正稔の挑戦 R紙の言論封殺との戦い 江崎孝”. 八重山日報. http://www.yaeyama-nippo.com/2012/03/21/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%BC%E4%BD%9C%E5%AE%B6%E4%B8%8A%E5%8E%9F%E6%AD%A3%E7%A8%94%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6%EF%BC%92-%E7%AC%AC%EF%BC%96%E5%9B%9E%E5%8F%A3%E9%A0%AD%E5%BC%81%E8%AB%96%E5%82%8D%E8%81%B4%E8%A8%98%E2%91%A0-%E6%B1%9F%E5%B4%8E-%E5%AD%9D/ 2013年4月15日閲覧。 
  18. ^ a b c ドキュメンタリー作家上原正稔の戦い (PDF)”. 江崎孝 (2012年1月22日). 2013年4月19日閲覧。
  19. ^ a b 八重山日報; 上原正稔 (2012年4月26日). “慶良間で何が起きたのか”. 2013年4月15日閲覧。
  20. ^ 慶良間で何が起きたのか - 人間の尊厳を懸けた戦い (PDF)”. 上原正稔 (2012年4月26日). 2013年4月17日閲覧。
  21. ^ 八重山日報; 江崎孝 (ブログ狼魔人日記管理人) (2012年1月24日). “ドキュメンタリー作家上原正稔の挑戦2 第6回口頭弁論傍聴記 江崎孝”. 2013年4月19日閲覧。
  22. ^ a b “八重山日報がおわび 米兵日本人救出報道「伝聞だけで載せた」”. 琉球新報. (2018年2月11日). オリジナルの2018年2月11日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180211000257/https://ryukyushimpo.jp/news/entry-663200.html 
  23. ^ “産経報道「米兵が救助」米軍が否定 昨年12月沖縄自動車道多重事故”. 琉球新報. (2018年1月30日). https://ryukyushimpo.jp/news/entry-655697.html 
  24. ^ “沖縄米兵の救出報道 おわびと削除”. 産経新聞. (2018年2月8日). https://www.sankei.com/affairs/news/180208/afr1802080005-n1.html 
  25. ^ “沖縄の事故めぐる産経記事を転載、八重山日報「おわび」 -沖縄”. 朝日新聞. (2018年2月12日). オリジナルの2018年2月12日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180212145133/https://www.asahi.com/articles/ASL2D5VCSL2DTPOB003.html 
  26. ^ “八重山日報もおわび 救われた男性が「米兵に感謝」 関係者が事実を否定”. 沖縄タイムス+プラス. (2018年2月10日). オリジナルの2018年2月10日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180209230505/http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/207743 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯24度20分51秒 東経124度9分31.5秒 / 北緯24.34750度 東経124.158750度 / 24.34750; 124.158750