中国朝鮮関係史

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朝鮮歷史
朝鮮の歴史
考古学 櫛目文土器時代 8000 BC-1500 BC
無文土器時代 1500 BC-300 AD
伝説 檀君朝鮮
史前 箕子朝鮮
辰国 衛氏朝鮮
原三国 辰韓 弁韓 漢四郡
馬韓 帯方郡 楽浪郡

三国 伽耶
42-
562
百済
前18-660
高句麗
前37-668
新羅
前57-
南北国 熊津安東都護府
統一新羅
鶏林州都督府
676-892
安東
都護府
668-756
渤海
698
-926
後三国 新羅
-935

百済

892
-936
後高句麗
901
-918
女真
統一
王朝
高麗 918-
遼陽行省
東寧双城耽羅
元朝
高麗 1356-1392
李氏朝鮮 1392-1897
大韓帝国 1897-1910
近代 日本統治 1910-1945
現代 連合軍軍政期 1945-1948
大韓民国
1948-
朝鮮民主主義
人民共和国

1948-
Portal:朝鮮
箕子

中国朝鮮関係史(ちゅうごくちょうせんかんけいし)は、中国朝鮮との関係の歴史である。なお、どの範囲を中国や朝鮮とするかについても議論があるが、その点についても説明する。また、など中国の征服王朝も含める。

古代から現代に至るまで、朝鮮は中国の圧倒的に大きな影響を受け続けてきた。政治的には、朝貢冊封関係を続け、元号も中国の元号を使い、漢姓漢名だった。そこから脱するのは、日清戦争で日本の勝利による。朝鮮は日清戦争結果によって独立門が建てられた。 文化的には、朱子学小中華主義などがある。朝鮮は長い間朝鮮語を表す独自の文字を持たず、15世紀にようやく訓民正音を作った後も、漢文を正式とし、訓民正音は諺文と呼ばれ下等なものとされ続けた。日本統治時代になって朝鮮語の辞書や正書法が作られ、訓民正音はハングルとして普及し、創氏改名も行われた。

紀元前[編集]

漢四郡

朝鮮史の始期から、中朝間には深い関係があった。70万年前、朝鮮半島・満州地域に人が住み始める[1]。はじめて朝鮮に統一的な勢力を形成したのは、神を信じる部族とクマを崇敬する部族の二つの部族だったという。そして両者が連合して檀君王倹を戴き、檀君朝鮮を建国したという[2]。他方、これは13世紀末に一然が編修した『三国遺事』に初めて現れる神話に過ぎないとの主張もある[要出典]
隣国中国の強大な王朝との関係性から、この檀君朝鮮建国年の紀元前2333年以来日清戦争1895年までの4228年間、朝鮮は中国に支配され続けていたとする記事もある。例えば、スペインの有力紙『エル・ムンド』は、「朝鮮は4228年間にわたって中国の植民地だった」「朝鮮半島は長い歴史のなかで数多くの侵略を受けてきた。中国に1895年まで属していたが、1910年日韓併合までの15年間にわたって独立を味わったりもした」と報道したことがある[3]

武王 (周)箕子を朝鮮侯に封じ、箕子が殷の遺民を率いて東方へ赴き建国したのが箕子朝鮮である。燕 (春秋)の将軍だった衛満が、衛氏朝鮮を建てるが、に滅ぼされ漢四郡が置かれる。高句麗が興るが、これを中国の地方政権とするか、朝鮮の歴史に含めるかについては議論がある(高句麗#歴史論争:高句麗の歴史帰属をめぐる問題)。

紀元後[編集]

公孫氏 (遼東)が朝鮮を支配し帯方郡を置くが、その後、楽浪郡と帯方郡は魏 (三国)から西晋に引き継がれる。また、朝鮮半島東南部の辰韓は秦からの移民ともいわれる。

  • 12年 王莽が高句麗王を殺し[4]瑠璃明王#中国歴史書の記述)、高句麗を下句麗とする。
  • 32年 高句麗が後漢に入貢し、王と称する[4]
  • 168年 玄菟郡の太守が高句麗を討つ[4]
  • 204年 公孫氏が帯方郡を置く[4]
  • 238年 魏が公孫氏を滅ぼし、帯方郡を支配[4]
  • 244年 魏の毌丘倹が高句麗の都である丸都城(集安市)を占領[4]
  • 294年 鮮卑慕容廆が高句麗を攻撃[4]
  • 313年 高句麗が楽浪郡を滅ぼし、帯方郡も滅びる[4]
  • 342年 前燕慕容皝が高句麗を討ち丸都城を占領[4]
  • 372年 前秦から高句麗に仏教伝来。
  • 377年 高句麗と新羅が前秦に入貢[4]
  • 384年 東晋から百済に仏教伝来。
  • 436年 北燕王の馮弘が高句麗に亡命するが翌年殺される[4]
  • 458年 百済の蓋鹵王宋 (南朝)から鎮東大将軍の爵号を受ける。
  • 472年 百済の蓋鹵王が北魏に使者を送り、高句麗出兵を求めるが、出兵を得られず。

高句麗はからの攻撃は撃退したが、と新羅が同盟(唐・新羅の同盟)を結び、百済と高句麗を滅ぼした。

  • 598年 第1次隋の高句麗遠征
  • 612年 第2次隋の高句麗遠征。
  • 613年 第3次隋の高句麗遠征。
  • 614年 第4次隋の高句麗遠征。
  • 624年 高句麗に道教公伝。
  • 644年 第1次唐の高句麗出兵
  • 648年 新羅が唐に救援を求める。
  • 650年 新羅が独自の元号を廃し唐の元号を用いる。
  • 660年 唐と新羅が百済を滅ぼす。(唐・新羅の同盟
  • 661年 第2次唐の高句麗出兵。

白村江の戦い後[編集]

高句麗の系統が新羅(後の朝鮮民族の母体)と金(後の満州族の母体)に分割され、渤海の系統が金に発展している

唐は、熊津都督府安東都護府鶏林州都督府を置いて朝鮮全体を支配しようとするが、唐・新羅戦争の結果、唐は撤退し、新羅が朝鮮半島の中南部を支配する。一方、渤海が興り、高句麗の旧領土の大部分を支配する。渤海については、大韓民国では朝鮮の一部として南北国時代と称しているが、中華人民共和国では中国の少数民族による地方政権とする(渤海 (国)#歴史論争:渤海の歴史帰属をめぐる問題)。新羅は中国の制度を取り入れ、人名も中国風に変えた。張保皐が中国から朝鮮にわたる海上勢力を作った。

10世紀初に唐が滅んだ後、渤海も滅び、高麗が新羅に代わる。高麗は渤海からの遺民を多く受け入れた。高麗は五代やに服属していたが、契丹)に攻められ遼に服属する。高麗は渤海が滅んだ後の地にいた女真を侵略して領土を北に広げるが、女真がを建て遼を滅ぼすと、高麗は金に服属する。

  • 926年 渤海を滅ぼし、東丹国を置く[4]
  • 933年 高麗が後唐の冊封を受ける。
  • 963年 高麗がに服属[4]
  • 993年 契丹の高麗侵攻 、高麗は遼に服属するが、江東6州を得る。
  • 1010年 契丹が高麗の都である開京を占領。
  • 1016年 高麗がまた宋の年号を使う[4]
  • 1018年 契丹がまた高麗に侵入するが大敗する(亀州大捷)。
  • 1022年 高麗が契丹の年号を使う[4]
  • 1033~1044年 契丹に備え千里長城を建設[4]
  • 1080年 『小華集』
  • 1107年 高麗の尹瓘女真を侵略し東北九城を築くが、翌年に女真に返して撤退する。
  • 1126年 高麗がに服属する[4]

モンゴルによる侵攻後[編集]

高麗は13世紀にモンゴル帝国(元)の侵攻を受け支配下に入った。代々の高麗王の世子(世継ぎの太子)はモンゴル貴族や皇族の婿となって元朝の宮廷で暮らし、父の死後、高麗王に任命されるのが習慣となる。高麗王の母は、みなモンゴル人となり、4代の高麗王は元皇帝の娘婿となる。元は高麗を服属させた後に征東等処行中書省(征東行省)を設置し、朝鮮半島全土に及ぶ行政・政治・軍事の執行機関とした。また元は朝鮮半島北西部に東寧府を、北東部に双城総管府を、済州島に耽羅総管府を置いて支配した。

元が衰えると独立と北方の領土を回復した。が興ると高麗に代わって親明を掲げる李氏朝鮮が建国され、明に朝貢した。当初は明から権知朝鮮国事とされ、国王にはしてもらえなかった。李氏朝鮮の国王は、中国皇帝がいる北京の方向に向かって遥拝する望闕礼という儀式を行っていた。李氏朝鮮は女真を侵略し、北部に領土を広げた。

大航海時代後[編集]

大清帝国皇帝に三跪九叩頭の礼をする仁祖を記録する大清皇帝功徳碑(1639年)
大清帝国の使者を迎えるための迎恩門

16世紀に豊臣秀吉に国土の大半を征服されるが、明の救援と秀吉の死去により国土を回復した。17世紀には女真族が建てた清の侵攻を受け、大清皇帝功徳碑を築くなどの屈辱的な条件で降伏し、冊封体制・羈縻支配下に入った。しかし朝鮮では「崇明反清」の思想が強く、自らを明の後を継ぐ小中華とし、清をオランケ、野蛮人として侮蔑していた。明が滅び清に冊封されても、私的には崇禎永暦などの明の年号を使い続け、大報壇を作って明の皇帝を祀っていた。朝鮮の一部では清の学問を学ぶ北学も生まれたが、広まる事はなかった。また清から朝鮮にキリスト教(西学)が流入したが、何回も弾圧を受け多くの犠牲者が出た。

19世紀末には日本、清、ロシアが朝鮮半島をめぐって対立する。日清戦争の日本の勝利のおかげで、朝鮮は中国との長きにわたる冊封体制から離脱。朝鮮から大韓帝国に国号を変更して独立する。それまでの漢文に変わってハングルが公的に使われるようになる。朝鮮国王は皇帝に昇格し、それまで中国皇帝だけが行っていた祭天儀式を行うため圜丘壇を建てた。また間島などに朝鮮人が移住していった。

日清戦争後[編集]

太平洋戦争後[編集]

第二次世界大戦後、朝鮮半島は米国とソ連が分割占領し、大韓民国朝鮮民主主義人民共和国ができた。朝鮮戦争には中国も参戦し、大きな被害を出した。

大韓航空機爆破事件は北朝鮮が国家ぐるみで実施したテロ行為だった。これはソ連や中国といった旧“東側”の有力国家のコントロールを離れて行ったものであり、その上で朝鮮半島有事には中ソの支援を要求するという身勝手ぶりにソ連と中国は北朝鮮と距離をとるようになった。当初ボイコットをほのめかしていたソウルオリンピックに北朝鮮以外の東側国家が参加を表明したのも、この一連の流れが原因である。

  • 1990年 中国政府の提案[7][8]で構想されたUNDPの図們江開発計画が頓挫。
  • 1991年 金日成が生涯最後の外遊で中国を訪問し、鄧小平の説得で羅津・先鋒経済貿易地帯を設置[9]
  • 1992年 韓国が台湾と断交して中国と国交樹立して盧泰愚が韓国の大統領で初めて訪中し、中国の銭其琛が訪朝して金日成と意見調整[10]
  • 1997年 理論面で北朝鮮の体制を支えてきた黄長燁が北京の韓国大使館から亡命。
  • 2000年5月 金正日が初外遊で中国を訪問し、江沢民南北首脳会談前の意見調整[11]
  • 2001年1月 金正日が中国を再び訪れて上海を視察して改革開放に意欲を示す[12]
  • 2002年11月 新義州特別行政区行政長官だった中国人の楊斌が中国で逮捕。
  • 2003年8月 第1回6カ国協議が北京で開催。
  • 2008年12月 第1回日中韓首脳会談福岡で開催。
  • 2010年10月 周永康が訪朝し、金正日の隣で軍事パレードを見物。
  • 2013年2月 親中派の朴槿恵が韓国大統領に就任。
  • 2013年7月 李源潮が訪朝し、金正恩の隣で軍事パレードを見物。
  • 2013年12月 金正恩の後見人であり、親中派で中国との経済交流を取り仕切っていた張成沢が処刑。
  • 2014年7月 習近平が韓国を訪問。
  • 2015年12月 中国と韓国の自由貿易協定(中韓FTA)が発効[13]

国交樹立以後の経済交流拡大で中国は韓国最大の貿易相手国となり、韓国国債の最大保有国にもなるも[14]、一方で蘇岩礁(離於島)の領土問題がある。

また、前出の張成沢粛清後を境に中朝関係が停滞しており、北朝鮮の貿易の9割超[15][16]を占めてきた対中貿易への依存は続くも中朝貿易は減少傾向にあり、民間でも度重なる核実験や朝鮮人民軍の脱北兵士による越境犯罪で中朝国境で北朝鮮に対する住民感情や中国世論は厳しくなっており[17][18][19]、中国各地では反北朝鮮デモも起きている[20][21]。習近平総書記はより中韓関係を強化した南北等距離外交を行っており、中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典では韓国の朴槿恵は習近平の隣に座り、北朝鮮が派遣した崔竜海は端に座らされ、金日成の所属した東北抗日連軍の模範部隊を参観した[22][23]。さらに朴槿恵は中国政府が費用全額負担で改修した大韓民国上海臨時政府庁舎の再開館式にも出席した[24]。その後の劉雲山訪朝で中朝は再接近したが、牡丹峰楽団公演の中止にはじまり核実験で再び冷え込み、軍事パレードを金正恩の隣で閲兵した劉雲山の姿が北朝鮮の記録映画から削除された。金正恩が2018年3月25日に訪中して習近平との初めての首脳会談を行って以降、中朝関係は徐々に改善に向かいつつある。

  • 2016年7月8日 アメリカと韓国は、在韓米軍THAADミサイルの配備を決定。配備に対し中国は「強烈な不満と断固たる反対」の意思を表明し[25]、対抗措置として反韓政策の禁韓令が採られるようになった[26]
  • 2017年2月 中国政府が庇護していた金正日の長男・金正男マレーシアで暗殺される。
  • 2017年4月 ドナルド・トランプアメリカ合衆国大統領が中国の習近平総書記との首脳会談において「中国とコリア(朝鮮半島)の数千年の歴史について話した中で、コリアは中国の一部だったとレクチャーされた」と明かし、韓国政府ならびマスコミが猛反発する[27][28]
  • 2017年4月14日 中国国際航空は、2008年から週3便体制で運航してきた北京-平壌線を利用客の減少を理由に同月17日から停止することを表明[29]
  • 2017年5月4日 北朝鮮の労働新聞は「朝中親善がどれだけ大事でも命のような核と交換してまで乞う我々ではない」と異例の名指しで中国を批判する個人名義論評を掲載し、中国の環球時報も中朝友好協力相互援助条約の見直しを主張して応酬[30]
  • 2017年9月3日 中国は北朝鮮からの留学生の受け入れを中止し、国内の北朝鮮留学生を監視して大学の研究室などへの出入りを禁止したと報じられる[31]。北朝鮮の科学者は論文発表の9割近くが共同研究であり、そのうち80.9%を中国人科学者が占める[32]ことから中国は科学技術の流出を懸念したとされる[31]
  • 2017年9月23日 中国人民銀行が北朝鮮の個人や企業の取引停止を中国の五大銀行に指示したことが報じられる[33]
  • 2017年9月28日 米中協議[34][35]で可決してきた北朝鮮の核実験に対する国際連合安全保障理事会の制裁決議に基づき、北朝鮮人の雇用に罰金を課すことや強制送還も行うことが通達され[36]、中国商務省と国家工商総局は、中国国内で北朝鮮が設立した合弁企業などを閉鎖する措置を決定[37]。これにより貴重な外貨獲得源だった世界に約130店ある北朝鮮の食堂事業のうち中国にある100店が閉鎖されることになり[38]、中国にあった世界最大の北朝鮮レストランも閉館した[39]
  • 2017年10月2日、2016年4月に南シナ海問題を巡る対立で香港への寄港を中国政府から拒否されていた原子力空母ロナルド・レーガンが3年ぶりに香港寄港を認められ、北朝鮮を牽制した[40]。寄港中には第七艦隊司令官と中国人民解放軍幹部の会談も調整され[40]、空母レーガンは米軍が戦略兵器を集結させてる朝鮮半島に向かって大規模な合同軍事演習を行った[41]
  • 2017年11月17日 中国共産党第十九回全国代表大会の報告を目的に習近平総書記の特使として中国共産党中央対外連絡部部長の宋濤が訪朝。朝鮮労働党副委員長の崔竜海との会談が行われた[42]ものの、金正恩との会談は明らかにされなかった[43]
  • 2017年12月12日レックス・ティラーソンアメリカ合衆国国務長官は金正恩体制崩壊や米朝戦争のような朝鮮半島有事を想定した核の確保と難民対策や38度線を越えた米軍の撤退など具体的対応を中国と協議してることを初めて表明した[44][45][46]。同時期、中国による中朝国境での難民収容所の建設[47]中朝友誼橋の一時閉鎖[48]、放射線対策や国境統制の強化が伝えられ[49]、実施された中国軍30万人の軍事演習も韓国語の学習から北朝鮮を占領する訓練と報じられた[50]
  • 2017年12月13日、韓国の文在寅大統領が中国を公式訪問して大統領では初めて重慶の大韓民国臨時政府の跡地[51]にも訪れた。国賓であったが、会談内容や格式、日程等が韓国側が望んでいた水準ではなかったと報道された[52]
  • 2017年12月22日 中国と米国の協議[53]により領海での制裁違反の可能性がある船舶に対する臨検及び拿捕などの義務化や石油精製品輸出の9割を削減して新たな核実験とミサイル発射があればさらに北朝鮮への石油供給制限も行うとする表現などを初めて記載した国連安保理決議が全会一致で採択された[53]
  • 2018年3月12日、韓国の鄭義溶国家安全保障室長が訪中して米朝首脳会談に向けた交渉での習近平総書記の果たした重要な役割に対する文大統領からの謝意を伝えた際[54]、座席配置が「皇帝式接見」として韓国で再び物議を醸した[55]
  • 2018年3月25日 金正恩は最高指導者就任後初の外遊として中国を訪れて習近平総書記と最高指導者就任後初の外国との首脳会談を行い、訪中を「命のように大事な朝中親善を引き継ぐ私の崇高な義務」と演説[56][57]、北朝鮮国内で金正恩が現地指導で部下にメモを取らせる姿と対照的[58][59]な習近平総書記の発言をメモに書き留める金正恩の姿は記録映画から削除されていた[60]
  • 2018年4月13日 公演を行う中国芸術団とともに中国共産党中央対外連絡部部長の宋濤が訪朝。異例である2度の会談を金正恩と行った[61]
  • 2018年4月24日 黄海北道で中国人観光客が犠牲になった交通事故を受けて金正恩が中国大使館と負傷者を治療してる病院を訪問し、負傷者などを乗せた特別列車を編成させて被害者に見舞金も送金するなど北朝鮮国内の事故を公表して最高指導者自らが謝罪する異例の対応を行い[62]、責任者は銃殺刑に処される[63]
  • 2018年5月2日 中国外相として11年ぶりに訪朝した王毅が金正恩と会談を行った[64]
  • 2018年5月7日 初めて航空機を外遊に利用して金正恩が中国の大連を訪れて習近平総書記と会談を行った[65]。朝鮮中央放送で中国の習近平総書記に面会した金与正が韓国の文大統領に直立で握手した時と対照的な2度も90度近くお辞儀した姿が報じられたことが話題となる[66][67]
  • 2018年6月10日 米朝首脳会談のため、金正恩が中国国際航空政府専用機を利用してシンガポールを訪問[68]
  • 2018年6月13日 米朝首脳会談から金正恩は中国機で平壌に帰国[69]
  • 2018年6月15日 習近平総書記の誕生日への祝電を金正恩が花籠とともに5年ぶりにおくり、「血で結ばれた朝中友好をこの上なく大切に思う」と述べる[70]
  • 2018年6月19日 金正恩は三度目の中国訪問を行い、習近平総書記を「偉大な領袖」「偉大な指導者」と称え[71][72]、「中朝は一つの家族同然であり、古今東西に例のない関係」と演説[73]

脚注[編集]

  1. ^ 歴史の胎動(先史時代~古朝鮮) - KOREA.net
  2. ^ 歴史の胎動(先史時代~古朝鮮) - KOREA.net
  3. ^ スペイン紙「韓国4228年間、中国の属国」中央日報2004年9月27日
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk 亀井高孝ほか編『標準世界史年表』吉川弘文館
  5. ^ p203 大韓民国の物語 李榮薫永島広紀文藝春秋 2009/02 ISBN 4163703101
  6. ^ “【秘録金正日(47)】中国の改革解放を「共産主義捨てた」と一蹴 トウ小平は「なんてばかなやつだ」と激怒”. 産経新聞. (2015年10月23日). http://www.sankei.com/premium/news/151020/prm1510200004-n1.html 2018年2月14日閲覧。 
  7. ^ 「図們江開発構想」丁士晟著、金森久雄監修、創知社
  8. ^ 「北東アジアの経済協力と企業の役割」小樽商科大学国際コンファレンス1995、小樽商科大学
  9. ^ 五味洋治「中国は北朝鮮を止められるか: 中朝愛憎の60年を追う」第5章151-159頁 2010年6月 晩聲社 ISBN 978-4891883485
  10. ^ “<特集>中国・韓国の国交回復秘話(4)”. Record China. (2007年2月19日). http://www.recordchina.co.jp/b5872-s0-c30.html 2017年12月19日閲覧。 
  11. ^ “金正日の訪中の目的が以前とは正反対”. デイリーNK. (2010年4月1日). http://dailynk.jp/archives/8839 2017年12月19日閲覧。 
  12. ^ “北‘新義州(シンウィジュ)特区’霧散 9年ぶりに経済協力 再始動”. ハンギョレ. (2011年6月8日). http://japan.hani.co.kr/arti/PRINT/8294.html 2018年2月1日閲覧。 
  13. ^ “中韓FTAが発効、一部関税撤廃”. 日本経済新聞. (2015年12月20日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM20H2J_Q5A221C1FF8000/ 2017年12月19日閲覧。 
  14. ^ “韓経:中国、韓国国債の「最大保有国」に”. 中央日報. (2016年3月18日). http://japanese.joins.com/article/401/213401.html 2017年12月19日閲覧。 
  15. ^ “北朝鮮、中国への貿易依存度90%超”. 中央日報. (2015年1月1日). http://japanese.joins.com/article/298/195298.html 2017年12月14日閲覧。 
  16. ^ “北朝鮮の昨年貿易額 中国が9割超占める”. 聯合ニュース. (2017年4月6日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2017/04/06/0300000000AJP20170406002200882.HTML 2017年12月14日閲覧。 
  17. ^ “中朝国境、広がる不信…吉林省図們市朝鮮族”. 毎日新聞. (2017年9月5日). https://mainichi.jp/articles/20170905/k00/00m/030/120000c 2017年12月30日閲覧。 
  18. ^ “人身売買に人質事件…中国で金正恩氏のイメージ悪化”. デイリーNK. (2016年8月27日). http://dailynk.jp/archives/73003 2017年12月30日閲覧。 
  19. ^ “中国が北朝鮮問題に強い危機感、情報統制の一方で外相が戦争勃発の可能性に言及”. Record China. (2017年3月21日). http://www.recordchina.co.jp/b172832-s111-c10.html 2017年12月30日閲覧。 
  20. ^ “中国の「反北朝鮮デモ」、全国的に拡散”. 東亜日報. (2013年2月10日). http://japanese.donga.com/List/3/all/27/420503/1 2017年12月30日閲覧。 
  21. ^ “中国:江蘇省揚州で反北朝鮮デモ、国境核実験に抗議”. ロイター. (2016年10月4日). https://jp.reuters.com/article/idJP00093300_20161004_00720161004 2017年12月30日閲覧。 
  22. ^ “朴大統領、戦勝軍事パレードで金日成が属した東北抗日連軍も参観”. ハンギョレ. (2015年9月1日). http://japan.hani.co.kr/arti/politics/21805.html 2017年12月19日閲覧。 
  23. ^ “英雄模範部隊隊列が観閲を受ける”. 人民日報. (2015年9月4日). http://j.people.com.cn/n/2015/0904/c94658-8945613.html 2017年12月19日閲覧。 
  24. ^ “パク大統領 上海臨時政府庁舎再開館式に出席”. Korea.net. (2015年9月4日). http://japanese.korea.net/NewsFocus/Policies/view?articleId=129754 2017年12月19日閲覧。 
  25. ^ 韓国に迎撃ミサイルシステム「THAAD」配備決定 中国は「強烈な不満」 huffingtonpost(2016年9月5日)2017年12月3日閲覧
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関連項目[編集]