中国朝鮮関係史

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朝鮮歷史
朝鮮の歴史
考古学 櫛目文土器時代 8000 BC-1500 BC
無文土器時代 1500 BC-300 AD
伝説 檀君朝鮮
史前 箕子朝鮮
辰国 衛氏朝鮮
原三国 辰韓 弁韓 漢四郡
馬韓 帯方郡 楽浪郡

三国 伽耶
42-
562
百済
前18-660
高句麗
前37-668
新羅
前57-
南北国 熊津安東都護府
統一新羅
鶏林州都督府
676-892
安東
都護府
668-756
渤海
698
-926
後三国 新羅
-935

百済

892
-936
後高句麗
901
-918
女真
統一
王朝
高麗 918-
遼陽行省
東寧双城耽羅
元朝
高麗 1356-1392
李氏朝鮮 1392-1897
大韓帝国 1897-1910
近代 日本統治 1910-1945
現代 連合軍軍政期 1945-1948
大韓民国
1948-
朝鮮民主主義
人民共和国

1948-
Portal:朝鮮
箕子

中国朝鮮関係史(ちゅうごくちょうせんかんけいし)は、中国朝鮮との関係の歴史である。なお、どの範囲を中国や朝鮮とするかについても議論があるが、その点についても説明する。また、など中国の征服王朝も含める。

古代から現代に至るまで、朝鮮は中国の圧倒的に大きな影響を受け続けてきた。政治的には、朝貢冊封関係を続け、元号も中国の元号を使っていた。そこから脱するのは、日清戦争で日本の勝利による。朝鮮は日清戦争結果によって独立門が建てられた。 文化的には、朱子学小中華主義などがある。朝鮮は長い間朝鮮語を表す独自の文字を持たず、15世紀にようやく訓民正音を作った後も、漢文を正式とし、訓民正音は諺文と呼ばれ下等なものとされ続けた。日本統治時代になって朝鮮語の辞書や正書法が作られ訓民正音はハングルとして普及した。

紀元前[編集]

漢四郡

そもそも、朝鮮の歴史は、中国の植民地として始まった。韓国人(朝鮮人)が主張する建国年の紀元前2333年から日清戦争1895年までの4228年間、中国に支配された[1]。例えば、スペインの有力紙『エル・ムンド』は、「朝鮮は4228年間にわたって中国の植民地だった」「朝鮮半島は長い歴史のなかで数多くの侵略を受けてきた。中国に1895年まで属していたが、1910年日韓併合までの15年間にわたって独立を味わったりもした」と報道したことがある[1]。他にCNNは、「朝鮮が元々中国植民地だった」と報道し、ヒストリーチャンネルは、「平壌は中国植民地」と紹介したこともある[1]

大韓民国では、檀君王倹が紀元前2333年に檀君朝鮮を建てたと称しているが、これは13世紀末に一然が編修した『三国遺事』に初めて現れる神話に過ぎない。武王 (周)箕子を朝鮮侯に封じ、箕子が殷の遺民を率いて東方へ赴き建国したのが箕子朝鮮である。燕 (春秋)の将軍だった衛満が、衛氏朝鮮を建てるが、に滅ぼされ漢四郡が置かれる。高句麗が興るが、これを中国の地方政権とするか、朝鮮の歴史に含めるかについては議論がある(高句麗#歴史論争:高句麗の歴史帰属をめぐる問題)。

紀元後[編集]

公孫氏 (遼東)が朝鮮を支配し帯方郡を置くが、その後、楽浪郡と帯方郡は魏 (三国)から西晋に引き継がれる。また、朝鮮半島東南部の辰韓は秦からの移民ともいわれる。

  • 12年 王莽が高句麗王を殺し[2]瑠璃明王#中国歴史書の記述)、高句麗を下句麗とする。
  • 32年 高句麗が後漢に入貢し、王と称する[2]
  • 168年 玄菟郡の太守が高句麗を討つ[2]
  • 204年 公孫氏が帯方郡を置く[2]
  • 238年 魏が公孫氏を滅ぼし、帯方郡を支配[2]
  • 244年 魏の毌丘倹が高句麗の都である丸都城(集安市)を占領[2]
  • 294年 鮮卑慕容廆が高句麗を攻撃[2]
  • 313年 高句麗が楽浪郡を滅ぼし、帯方郡も滅びる[2]
  • 342年 前燕慕容皝が高句麗を討ち丸都城を占領[2]
  • 372年 前秦から高句麗に仏教伝来。
  • 377年 高句麗と新羅が前秦に入貢[2]
  • 384年 東晋から百済に仏教伝来。
  • 436年 北燕王の馮弘が高句麗に亡命するが翌年殺される[2]
  • 458年 百済の蓋鹵王宋 (南朝)から鎮東大将軍の爵号を受ける。
  • 472年 百済の蓋鹵王が北魏に使者を送り、高句麗出兵を求めるが、出兵を得られず。

高句麗はからの攻撃は撃退したが、と新羅が同盟(唐・新羅の同盟)を結び、百済と高句麗を滅ぼした。

  • 598年 第1次隋の高句麗遠征
  • 612年 第2次隋の高句麗遠征。
  • 613年 第3次隋の高句麗遠征。
  • 614年 第4次隋の高句麗遠征。
  • 624年 高句麗に道教公伝。
  • 644年 第1次唐の高句麗出兵
  • 648年 新羅が唐に救援を求める。
  • 650年 新羅が独自の元号を廃し唐の元号を用いる。
  • 660年 唐と新羅が百済を滅ぼす。(唐・新羅の同盟
  • 661年 第2次唐の高句麗出兵。

白村江の戦い後[編集]

高句麗の系統が新羅(後の朝鮮民族の母体)と金(後の満州族の母体)に分割され、渤海の系統が金に発展している

唐は、熊津都督府安東都護府鶏林州都督府を置いて朝鮮全体を支配しようとするが、唐・新羅戦争の結果、唐は撤退し、新羅が朝鮮半島の中南部を支配する。一方、渤海が興り、高句麗の旧領土の大部分を支配する。渤海については、大韓民国では朝鮮の一部として南北国時代と称しているが、中華人民共和国では中国の少数民族による地方政権とする(渤海 (国)#歴史論争:渤海の歴史帰属をめぐる問題)。新羅は中国の制度を取り入れ、人名も中国風に変えた。張保皐が中国から朝鮮にわたる海上勢力を作った。

10世紀初に唐が滅んだ後、渤海も滅び、高麗が新羅に代わる。高麗は渤海からの遺民を多く受け入れた。高麗は五代やに服属していたが、契丹)に攻められ遼に服属する。高麗は渤海が滅んだ後の地にいた女真を侵略して領土を北に広げるが、女真がを建て遼を滅ぼすと、高麗は金に服属する。

  • 926年 渤海を滅ぼし、東丹国を置く[2]
  • 933年 高麗が後唐の冊封を受ける。
  • 963年 高麗がに服属[2]
  • 993年 契丹の高麗侵攻 、高麗は遼に服属するが、江東6州を得る。
  • 1010年 契丹が高麗の都である開京を占領。
  • 1016年 高麗がまた宋の年号を使う[2]
  • 1018年 契丹がまた高麗に侵入するが大敗する(亀州大捷)。
  • 1022年 高麗が契丹の年号を使う[2]
  • 1033~1044年 契丹に備え千里長城を建設[2]
  • 1080年 『小華集』
  • 1107年 高麗の尹瓘女真を侵略し東北九城を築くが、翌年に女真に返して撤退する。
  • 1126年 高麗がに服属する[2]

モンゴルによる侵攻後[編集]

高麗は13世紀にモンゴル帝国(元)の侵攻を受け支配下に入った。代々の高麗王の世子(世継ぎの太子)はモンゴル貴族や皇族の婿となって元朝の宮廷で暮らし、父の死後、高麗王に任命されるのが習慣となる。高麗王の母は、みなモンゴル人となり、4代の高麗王は元皇帝の娘婿となる。元は高麗を服属させた後に征東等処行中書省(征東行省)を設置し、朝鮮半島全土に及ぶ行政・政治・軍事の執行機関とした。また元は朝鮮半島北西部に東寧府を、北東部に双城総管府を、済州島に耽羅総管府を置いて支配した。

元が衰えると独立と北方の領土を回復した。が興ると高麗に代わって親明を掲げる李氏朝鮮が建国され、明に朝貢した。当初は明から権知朝鮮国事とされ、国王にはしてもらえなかった。李氏朝鮮の国王は、中国皇帝がいる北京の方向に向かって遥拝する望闕礼という儀式を行っていた。李氏朝鮮は女真を侵略し、北部に領土を広げた。

大航海時代後[編集]

大清帝国皇帝に三跪九叩頭の礼をする仁祖を記録する大清皇帝功徳碑(1639年)
大清帝国の使者を迎えるための迎恩門

16世紀に豊臣秀吉に国土の大半を征服されるが、明の救援と秀吉の死去により国土を回復した。17世紀には女真族が建てた清の侵攻を受け、大清皇帝功徳碑を築くなどの屈辱的な条件で降伏し、冊封体制・羈縻支配下に入った。しかし朝鮮では「崇明反清」の思想が強く、自らを明の後を継ぐ小中華とし、清をオランケ、野蛮人として侮蔑していた。明が滅び清に冊封されても、私的には崇禎永暦などの明の年号を使い続け、大報壇を作って明の皇帝を祀っていた。朝鮮の一部では清の学問を学ぶ北学も生まれたが、広まる事はなかった。また清から朝鮮にキリスト教(西学)が流入したが、何回も弾圧を受け多くの犠牲者が出た。

19世紀末には日本、清、ロシアが朝鮮半島をめぐって対立する。日清戦争の日本の勝利のおかげで、朝鮮は中国との長きにわたる冊封体制から離脱。朝鮮から大韓帝国に国号を変更して独立する。それまでの漢文に変わってハングルが公的に使われるようになる。朝鮮国王は皇帝に昇格し、それまで中国皇帝だけが行っていた祭天儀式を行うため圜丘壇を建てた。また間島などに朝鮮人が移住していった。

日清戦争後[編集]

太平洋戦争後[編集]

第二次世界大戦後、朝鮮半島は米国とソ連が分割占領し、大韓民国朝鮮民主主義人民共和国ができた。朝鮮戦争には中国も参戦し、大きな被害を出した。

大韓航空機爆破事件は北朝鮮が国家ぐるみで実施したテロ行為だった。これはソ連や中国といった旧“東側”の有力国家のコントロールを離れて行ったものであり、その上で朝鮮半島有事には中ソの支援を要求するという身勝手ぶりにソ連と中国は北朝鮮と距離をとるようになった。当初ボイコットをほのめかしていたソウルオリンピックに北朝鮮以外の東側国家が参加を表明したのも、この一連の流れが原因である。

国交樹立以後の経済交流拡大で中国は韓国最大の貿易相手国となり、韓国国債の最大保有国にもなるも[10]、一方で蘇岩礁(離於島)の領土問題がある。

また、前出の張成沢粛清後を境に中朝関係が停滞しており、北朝鮮の貿易の9割超[11][12]を占めてきた対中貿易への依存は続くも中朝貿易は減少傾向にあり、民間でも度重なる核実験や朝鮮人民軍の脱北兵士による越境犯罪で中朝国境で北朝鮮に対する住民感情や中国世論は厳しくなっており[13][14][15]、中国各地では反北朝鮮デモも起きている[16][17]習近平総書記はより中韓関係を強化した南北等距離外交を行っており、中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典では韓国の朴槿恵は習近平の隣に座り、北朝鮮が派遣した崔竜海は端に座らされ、金日成の所属した東北抗日連軍の模範部隊を参観した[18][19]。さらに朴槿恵は中国政府が費用全額負担で改修した大韓民国上海臨時政府庁舎の再開館式にも出席した[20]。その後の劉雲山訪朝で中朝は再接近したが、牡丹峰楽団公演の中止にはじまり核実験で再び冷え込んでいる。

金正恩委員長の訪中と習近平総書記の訪朝時期の目処は立っていない情況である。

  • 2016年7月8日 アメリカと韓国は、在韓米軍THAADミサイルの配備を決定。配備に対し中国は「強烈な不満と断固たる反対」の意思を表明し[21]、対抗措置として反韓政策の禁韓令が採られるようになった[22]
  • 2017年2月 中国政府が庇護していた金正日の長男・金正男マレーシアで暗殺される。
  • 2017年4月 習近平中国総書記がドナルド・トランプアメリカ合衆国大統領との首脳会談において「中国とコリア(朝鮮半島)の数千年の歴史について話した中で、コリアは中国の一部だった」と述べたことで、韓国政府ならびマスコミがヒステリックに反論する[23][24]
  • 2017年4月14日 中国国際航空は、2008年から週3便体制で運航してきた北京-平壌線を利用客の減少を理由に同月17日から停止することを表明[25]
  • 2017年9月3日 中国は北朝鮮からの留学生の受け入れを中止し、国内の北朝鮮留学生を監視して大学の研究室などへの出入りを禁止したと報じられる[26]。北朝鮮の科学者は論文発表の9割近くが共同研究であり、そのうち80.9%を中国人科学者が占める[27]ことから中国は科学技術の流出を懸念したとされる[26]
  • 2017年9月23日 中国人民銀行が北朝鮮の個人や企業の取引停止を中国の五大銀行に指示したことが報じられる[28]
  • 2017年9月28日 北朝鮮の核実験に対する国際連合安全保障理事会の制裁決議に基づき、中国商務省と国家工商総局は、中国国内で北朝鮮が設立した合弁企業などを閉鎖する措置を決定[29]。これにより貴重な外貨獲得源だった世界に約130店ある北朝鮮の食堂事業のうち中国にある100店が閉鎖されることになり[30]、中国にあった世界最大の北朝鮮レストランも閉館した[31]
  • 2017年10月5日 中朝貿易の7割が通過する中国丹東市の政府が北朝鮮人の雇用に罰金を課すことが報じられる[32]
  • 2017年11月17日 習近平国家主席の特使として宋濤中国共産党対外連絡部長が訪朝。崔竜海朝鮮労働党副委員長との会談が行われた[33]ものの、金正恩朝鮮労働党委員長との会談は実現しなかった[34]
  • 2017年12月12日レックス・ティラーソンアメリカ合衆国国務長官は金正恩体制崩壊や米朝戦争のような朝鮮半島有事を想定した核の確保と難民対策や38度線を越えた米軍の撤退など具体的対応を中国と協議してることを初めて表明した[35][36][37]。同時期、中国による中朝国境での難民収容所の建設[38]中朝友誼橋の一時閉鎖[39]、戦争に備えた中国軍の宣誓式[40]や中国共産党機関紙の核戦争防護マニュアル[41]も報じられる。
  • 2017年12月13日、韓国の文在寅大統領が中国を公式訪問して大統領では初めて重慶の大韓民国臨時政府の跡地[42]にも訪れた。国賓であったが、会談内容や格式、日程等が韓国側が望んでいた水準ではなかったと報道された[43]

世界各国の教科書における中朝関係の描写[編集]

  • 「韓国は数百年間中国の属国だった」(カナダの教科書)[44][45]
  • 「朝鮮は近代に至るまで、その国内での抵抗にかかわらず、中国と日本の属国だった」(オーストラリアの教科書)[46]
  • 「韓半島は古代から中国の植民地であった」(インドネシアの教科書)[47]
  • 「韓国が17世紀に中国の支配に入っていて、これは中国が弱くなった19世紀末まで続いた」(タイの教科書)[45]
  • 「韓国は中国の属国だった」「1600年代初め、中国が韓国を再び支配した。300年間、韓国は中国の統治下にあった」(アメリカの教科書)[48][45][46]
  • 「韓半島のあらゆる歴史は中国と日本の侵略威嚇として綴られた」(フランスの教科書)[44]
  • 独裁及び傀儡国家」「政治的、軍事的に帝国主義に依存している」(チェコの教科書)[44]
  • 「かつてロシアの植民地で、日本の植民地でもあった国家」(シンガポールの教科書)[49]
  • 中国語を使用している国家」(ウルグアイの教科書)[49]
  • 「韓国は中国語使用地域」(アルゼンチンの教科書)[50]
  • 「韓国の宗教は儒教」「公用語は中国語と日本語」(クウェートの教科書)[51]
  • 「清は18世紀なかごろに(略)朝鮮・ベトナム・タイ・ミャンマーを属国とする大勢力となった」(日本・山川出版社 『詳説世界史』)
  • 「いっぽう清国も、朝鮮を属国あつかいにした」」(日本・東京書籍 『日本史A』)
  • 「(日清戦争で)日本の勝利となり、下関条約が結ばれ朝鮮の独立が認められた」(『中等世界史』 韓国・英志文化社 1959年
  • 「朝鮮は清の半属国だった」(『高等世界史』 韓国・教友社 1962年
  • サミュエル・P・ハンティントンは彼の著書『文明の衝突』で、わが国を中国の文明に抱含させている。外国人の目には、わが国の文化が中国とあまり差異なく見えるようだ」(『高等学校世界史』 韓国・教学社 2003年
  • 『世界史A』(実教出版、46頁)は、モンゴル帝国の発展を示す地図のなかに安南高麗を含め、『世界史B』(実教出版、145頁)と『高校世界史B』(実教出版、86頁)は、モンゴルの最大版図の外側に安南と高麗を同じ色刷の斜線で図示[52]
  • 世界の1億人を対象にした教科書を出版しているピアソン・エデュケーションは、韓国を中国の属国に定義付ける世界史の試験問題を出題[53]
  • 1478年から現在まで、アメリカをはじめ、日本カナダ中国など世界約50か国で教科書を出版しているオックスフォード大学の出版社が制作している中学校課程教科書は、古代中国の領土を表記した「古代の世界」の1ページで、朝鮮半島全体を中国領土に抱含[53]
  • アメリカの世界史教科書では万里の長城鴨緑江近隣までのびている地図が掲載され、「1640年代に韓国は中国・清王朝の属国になった」と記述[54][55]
  • アメリカの大部分の教科書は韓国が「中国と日本の属国」と記述[56]
  • アメリカの教科書は、古代の中国地図に朝鮮半島を中国の領土と表記[51]
  • アメリカのマクドゥーガル・リトル出版社が発行している教科書に収録された1850~1910年に分割占領された中国領土地図[1]には、朝鮮半島が中国領土であるかのように領域圏を明示したうえで、朝鮮半島と台湾を日本が植民地化したものと図示[57]
  • メキシコの教科書は、韓国を1910年以前の中国領と表記し、韓国人ではない他民族の写真を掲載[51]
  • アメリカ14州で教科書に採択しているホルト・ラインハルト&ウィンストン出版社の「世界史、人間と国家」は、高句麗渤海高麗朝鮮等も中国の一部であるかのように記述し、「中国の韓国統治は韓国文化にどのような影響を及ぼしたか」という回答を誘導[58]
  • 全世界の学生の韓国に対する認識を形成させる外国の教科書は、「韓国を中国や日本の属国で貧しい農耕国家」と記述[59]
  • アメリカの教科書は韓国関連の内容を少なく扱い、韓国を中国・日本の周辺国と描写しており、韓国が中国と日本の支配を順に受けたかのように記述しており、「1600年代から中国が朝鮮を300年間支配した」と記述[60]
  • 外国の世界史の教科書の50%以上は韓国史を半ページ程度紹介しているだけで、10ページ余り近い日本、中国史の20分の1の水準である。ワールド・ヒストリー・ピープル&ネーションズの教科書は、紀元前87年の漢の領土が漢江の南まで下っている。万里の長城豆満江までつながり、13世紀の高麗はモンゴルの属国、朝鮮は清の植民地として描写。ワールド・ヒストリー&ユーの教科書は、日本・中国と違い、韓国史は朝鮮戦争から叙述。ロンリー・プラネットの教科書は、「韓国人男性は本能的に外国人男性に排他的だ。これは女性を奪いに来ていると誤解しているため」と叙述され、これをモンゴル侵略以後に膨らんだ心理状態と描写[61]
  • 小中高の教科書と旅行関連書籍、マルチメディア教育用CDロムタイトルを米国、豪州、ニュージーランド、インド、ドイツ、南アフリカ、カナダに供給する世界最大規模の多国籍教科書および旅行関連書籍を発行するイギリスに本部を置く出版社DK社が発行する教科書に韓国の公用語は中国語とハングルと表記[62]
  • 香港の中学1年の歴史教科書の150ページは、三国時代の記述で、初期の高句麗領土に該当する地域を魏の領土として色分けする[63]
  • 村井友秀は、1953年発行の中国政府の国定教科書には、かつての朝貢国インドシナ半島朝鮮半島)は、「外国に奪われた中国の領土である」と記述していることを指摘している[64]
  • スペインの教科書は、韓国の文字を中国文字、韓国の人種を中国-モンゴル人種として表記して、スペイン、オーストリアオランダカナダの教科書は、韓国に対する叙述が近・現代史に限定され、中国と日本・米国と旧ソ連の至大な影響の下、被侵の歴史が染み付いた弱小国という印象が非常に濃厚に滲み出る[65]
  • 延世大学教授の柳錫春は、インドネシアフィリピンタイの教科書では、韓国の歴史を日本や中国の一部と記述している[66]
  • トルコの高校地理教科書は、「韓国の民族は大部分韓国人だが、残りは中国人と日本人で構成されている」と記述[67]
  • 全世界の大部分の教科書では、朝鮮の歴史が中国・ロシア・日本の植民地と紹介され、大部分の外国の子供たちは朝鮮史は中国の植民地と認識している。また、外国の教科書には、「韓国は中国と日本というの間に挟まれた海老」だと載っている[68]
  • アメリカをはじめとする多くの国家で日本中心の歴史観をそのまま借用し、「中国と日本の属国として綴られている歴史を持っている」という記述が主流となっている[44]
  • アメリカの中等学校の社会科の教科書『世界地理‐世界的観点』には、「彼ら(韓国)は中国の文字表記法を借用し、多くの中国の語彙を改造して使用した」と叙述[69]。これについて韓国教育課程評価院のパク・ソンミ研究委員は、「アメリカの教科書執筆者らが、韓国文化が中国文化圏に属しているという考えを持っているためであるようだ」と指摘[69]
  • アメリカの世界史の教科書には中国と韓国の間の朝貢秩序を、韓国を中国の属国と見なす内容がある[69]。国教育開発院の李讃熙博士は「韓国の歴史を主体的に扱っておらず、中国、日本などの歴史叙述のために付随的に挿入されているケースが多い」と指摘[69]
  • アメリカの教科書は、韓国関連の内容を「中国の周辺」という節でモンゴルの次に紹介し、主に中国と日本に焦点が合わされ、日本に関する内容は学年に関係なく多い反面、韓国に関する内容は得にくい状態となっている[48]
  • アメリカの教科書は、東洋の代表的文化といえば中国と日本だけしか書かれず、また、朝鮮は中国と日本の子分と書かれ、万里の長城が平壌まで引かれ、朝鮮が清朝の領土になっている[70]。具体的にアメリカの教科書に、「朝鮮は独自の豊かな文化をもつ東アジアの国である。その長い歴史の大半を、朝鮮は周辺の大国に支配されてきた。なかでも中国や日本は頻繁に朝鮮を政治的に支配してその文化に影響をおよぼした。(中略)朝鮮半島の北方地域は、中国皇帝の領土となった。西暦1年ごろから900年まで朝鮮は三つの王国にわかれていた。中国の文化は朝鮮半島の北方にある王国に強い影響をおよぼした。この時期に仏教儒教、そして漢字が朝鮮半島に入ってきた。日本の文化は、南方にある二つの王国にたいして中国以上の影響をおよぼした。(中略)高麗の王たちは独自に朝鮮を治めていたが、モンゴル帝国朝貢しなければならなかった。(中略)朝鮮人は、科挙制度をはじめさまざまな中国の文物を取り入れ、中国文化にのめりこんでいった。(中略)満州族の影響。朝鮮人は日本との戦いで疲弊した。その結果、1630年代、満州からきた新しい侵略者は全土をあっというまに征服した。李王朝の統治者は権力を維持したものの、満州族の政府に服属した。中国の満州族政府は日本の影響力が強まることを望まなかった。満州族は李王朝に対する統制をよりいっそう強固なものにしようとした。(中略)日清戦争終結後の1895年末、中国は朝鮮の独立を認めた。日本はこうして満州族の朝鮮支配を終焉させた。(中略)朝鮮は第二次世界大戦で日本帝国が敗れる1945年まで独立できなかった。現在も朝鮮は、中国、日本、アメリカのような大国の影響下から抜け出せずにいる」と記述[70]。これについて金完燮は、朝鮮が明朝清朝の属国だったことは事実であるため、朝鮮半島を明朝、清朝の領土というのも自然であり、「朝鮮が独立国だったかのように教える韓国の教科書が異常なのだが、(中略)私たちが日本の助けで1897年に初めて独立国になったという事実を知らない」と述べている[70]
  • スイスの小学校地理教科書は韓国を中国の領土として表記しいる[71]

脚注[編集]

  1. ^ a b c スペイン紙「韓国4228年間、中国の属国」中央日報2004年9月27日
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk 亀井高孝ほか編『標準世界史年表』吉川弘文館
  3. ^ p203 大韓民国の物語 李榮薫永島広紀文藝春秋 2009/02 ISBN 4163703101
  4. ^ 「図們江開発構想」丁士晟著、金森久雄監修、創知社
  5. ^ 「北東アジアの経済協力と企業の役割」小樽商科大学国際コンファレンス1995、小樽商科大学
  6. ^ 五味洋治「中国は北朝鮮を止められるか: 中朝愛憎の60年を追う」第5章151-159頁 2010年6月 晩聲社 ISBN 978-4891883485
  7. ^ “<特集>中国・韓国の国交回復秘話(4)”. Record China. (2007年2月19日). http://www.recordchina.co.jp/b5872-s0-c30.html 2017年12月19日閲覧。 
  8. ^ “金正日の訪中の目的が以前とは正反対”. デイリーNK. (2010年4月1日). http://dailynk.jp/archives/8839 2017年12月19日閲覧。 
  9. ^ “中韓FTAが発効、一部関税撤廃”. 日本経済新聞. (2015年12月20日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM20H2J_Q5A221C1FF8000/ 2017年12月19日閲覧。 
  10. ^ “韓経:中国、韓国国債の「最大保有国」に”. 中央日報. (2016年3月18日). http://japanese.joins.com/article/401/213401.html 2017年12月19日閲覧。 
  11. ^ “北朝鮮、中国への貿易依存度90%超”. 中央日報. (2015年1月1日). http://japanese.joins.com/article/298/195298.html 2017年12月14日閲覧。 
  12. ^ “北朝鮮の昨年貿易額 中国が9割超占める”. 聯合ニュース. (2017年4月6日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2017/04/06/0300000000AJP20170406002200882.HTML 2017年12月14日閲覧。 
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関連項目[編集]