会寧市

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会寧市
Birthplace of Kim Jong-suk.jpg
金正淑生家
位置
DPRK2006 Hambuk-Hoiryong.PNG
各種表記
チョソングル: 회령시
漢字: 會寧市
日本語読み仮名: かいねいし
片仮名転写: フェリョンシ
ローマ字転写 (MR): Hoeryŏng-si
統計
行政
国: 朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国
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会寧の街

会寧市(フェリョンし、회령시)は、朝鮮民主主義人民共和国咸鏡北道に在る都市である。

地理[編集]

豆満江沿岸に位置し、中華人民共和国吉林省延辺朝鮮族自治州龍井市と接する。

行政区画[編集]

19洞・28里を管轄する。

  • 江岸洞(カンアンドン)
  • 鶏林洞(ケリムドン)
  • 弓心洞(クンシムドン)
  • 南門洞(ナンムンドン)
  • 東明洞(トンミョンドン)
  • 望陽洞(マンヤンドン)
  • 甫乙洞(ポウルトン)
  • 産業洞(サノプトン)
  • セマウル洞(セマウルトン)
  • 城川洞(ソンチョンドン)
  • 細川洞(セチョンドン)
  • 水北洞(スブクトン)
  • 新川洞(シンチョンドン)
  • 駅前洞(ヨクチョンドン)
  • 鰲山徳洞(オサンドクトン)
  • 遊仙洞(ユソンドン)
  • 中島洞(チュンドドン)
  • 仲峯洞(チュンボンドン)
  • 七月八日洞(チルォルパリルトン)
  • 渓上里(ケサンニ)
  • 渓下里(ケハリ)
  • 窟山里(クルサンニ)
  • 金生里(クムセンニ)
  • 南山里(ナムサンニ)
  • 大徳里(テドンニ)
  • 徳興里(トクンニ)
  • 洛生里(ラクセンニ)
  • 龍川里(リョンチョンニ)
  • 茂山里(ムサンニ)
  • 防垣里(パンウォンニ)
  • 碧城里(ピョクソンニ)
  • 沙乙里(サウルリ)
  • 城東里(ソンドンニ)
  • 城北里(ソンブンニ)
  • 松鶴里(ソンハンニ)
  • 新興里(シヌンニ)
  • 永綏里(ヨンスリ)
  • 五柳里(オリュリ)
  • 五鳳里(オボンニ)
  • 元山里(ウォンサンニ)
  • 仁渓里(インゲリ)
  • 蒼苔里(チャンテリ)
  • 彰孝里(チャンヒョリ)
  • 豊山里(プンサンニ)
  • 鶴浦里(ハクポリ)
  • 行営里(ヘンヨンニ)
  • 鴻山里(ホンサンニ)

歴史[編集]

古くは、豆満江沿岸六鎮の一津に数えられていた。現在では、北朝鮮最大の強制収容所である「第22号管理所」があることで知られており、そこには5万人の収監者がいるとされている。

李氏朝鮮の時代には流罪の地とされており、西人東人の党争において、ささいな罪で流されたものも少なくなく、その多くが国政に怨みを抱いていた。文禄・慶長の役の際、鞠景仁朝鮮語: 국경인)という者が配流されており、不満分子を糾合して府使や二人の王子(臨海君順和君)を加藤清正に差し出した。この功により鞠景仁が市政を任されることになった[1]

年表[編集]

この節の出典[2]

  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、咸鏡北道会寧郡の一部(観海面)が富寧郡に編入。会寧郡に以下の面が成立。(8面)
    • 会寧面・碧城面・雲頭面・鳳儀面・昌斗面・龍興面・八乙面・花豊面
  • 1931年4月1日 - 会寧面が会寧邑に昇格。(1邑7面)
  • 1939年 - 雲頭面・鳳儀面が合併し、甫乙面が発足。(1邑6面)
  • 1947年 - 茂山郡永豊面の一部を編入。(1邑7面)
  • 1949年 - 会寧邑が会寧面に降格。(8面)
  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、咸鏡北道会寧郡会寧面・昌斗面・花豊面および八乙面・碧城面の各一部、富寧郡西上面の一部、鍾城郡南山面の一部地域をもって、会寧郡を設置。会寧郡に以下の邑・労働者区・里が成立。(1邑1労働者区15里)
    • 会寧邑・徳興里・豊山里・茂山里・蒼苔里・元山里・仁渓里・鶴浦里・細川里・大徳里・彰孝里・五鳳里・金生里・弓心里・沙乙里・新興里・望陽労働者区
  • 1953年 - 徳興里の一部が遊仙郡永綏里に編入。(1邑1労働者区15里)
  • 1954年10月 - 細川里が細川労働者区に昇格。(1邑2労働者区14里)
  • 1961年5月 - 弓心里が弓心労働者区に昇格。(1邑3労働者区13里)
  • 1974年5月 - 遊仙郡遊仙邑・永綏里・松鶴里・城北里・五柳里・南山里・城東里・渓下里・碧城里・鴻山里・龍川里・渓上里、鍾城郡洛生里・行営里・防垣里・窟山里・仲峯労働者区を編入。(1邑5労働者区28里)
    • 遊仙邑が遊仙労働者区に降格。
  • 1989年7月 (1邑7労働者区28里)
    • 会寧邑・大徳里の各一部が合併し、南門労働者区が発足。
    • 金生里の一部が分立し、水北労働者区が発足。
  • 1991年7月 - 会寧郡が会寧市に昇格。(18洞28里)
    • 会寧邑が分割され、鰲山徳洞・城川洞・駅前洞・東明洞が発足。
    • 遊仙労働者区が分割され、遊仙洞・鶏林洞・甫乙洞が発足。
    • 南門労働者区が分割され、南門洞・産業洞が発足。
    • 細川労働者区が分割され、細川洞・新川洞が発足。
    • 水北労働者区が分割され、水北洞・七月八日洞が発足。
    • 五鳳里・徳興里の各一部が合併し、江岸洞が発足。
    • 五鳳里・徳興里の各一部が合併し、セマウル洞が発足。
    • 望陽労働者区が望陽洞に昇格。
    • 弓心労働者区が弓心洞に昇格。
    • 仲峯労働者区が仲峯洞に昇格。
  • 1992年12月 - 大徳里の一部が分立し、中島洞が発足。(19洞28里)

遊仙郡[編集]

  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、咸鏡北道会寧郡甫乙面・永豊面および碧城面の一部、茂山郡茂山面の一部地域をもって、遊仙郡を設置。遊仙郡に以下の邑・里が成立。(1邑14里)
    • 遊仙邑・永綏里・松鶴里・城北里・五柳里・南山里・芝草里・城東里・明臣里・渓下里・西湖里・碧城里・鴻山里・龍川里・渓上里
  • 1953年 - 会寧郡徳興里の一部が永綏里に編入。(1邑14里)
  • 1954年10月 - 西湖里・芝草里が茂山郡に編入。(1邑12里)
  • 1965年 - 明臣里が松鶴里に編入。(1邑11里)
  • 1974年5月 - 遊仙郡廃止。
    • 遊仙邑・永綏里・松鶴里・城北里・五柳里・南山里・城東里・渓下里・碧城里・鴻山里・龍川里・渓上里が会寧郡に編入。

工業[編集]

食品工場、日用品生産の化学工場白杏の加工工場及びに山羊牧場など。

交通[編集]

著名な企業[編集]

  • 青年山羊牧場︰牛乳類の加工品を生産し、市民に供している。
  • 会寧白杏加工工場:生産品である「白杏仁酒」は会寧の特産となっている。

特産品[編集]

  • 会寧白杏
  • 会寧陶器

観光スポット[編集]

  • 金正淑同志革命事跡館:1974年10月に開館。北朝鮮の抗日女性英雄とされる金正淑金正日の母)の資料を展示。
  • 鰲山徳:市の中心部に在る小丘。金正淑の銅像と事績の碑がある。ここから出産される白杏はかつて全朝鮮の特産物として名声を受けたことがある。風光明媚なことから、かつては「咸北名勝」の美称を受けていた。
  • 會寧橋頭:会寧市の中心部から西北部に約5kmの場所に位置するコンクリート製の道路橋中華人民共和国吉林省龍井市と繋がっている。
  • 会寧人民図書館:会寧市城川洞にある図書館1993年12月24日に開館。建物が華麗とされている。
  • 観光ホテル:
    • 会寧ホテル:会寧市の中心から東南部に約3kmの場所にある。客室は34室。
    • 鰲山慣行ホテル:鰲山徳の脇にある。客室は21室。

著名な人物[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 上垣外憲一 『文禄・慶長の役 空虚なる御陣講談社学術文庫 ISBN 978-4061595415、106p
  2. ^ 함경북도 회령시 역사