崔竜海

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崔 竜海
최룡해
生誕 1950年1月15日(64歳)
朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮
黄海南道信川郡
所属組織 朝鮮人民軍
軍歴 1967年 -
最終階級 次帥
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チェ・リョンヘ
各種表記
ハングル 최룡해
漢字 崔龍海
発音: {{{nihonngo-yomi}}}
ローマ字 Choe Ryong-hae
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崔 竜海(チェ・リョンヘ、崔龍海1950年1月15日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国政治家軍人朝鮮民主主義人民共和国国防委員会副委員長、朝鮮労働党政治局常務委員、同党中央軍事委員会副委員長、朝鮮人民軍総政治局[1]朝鮮人民軍における軍事称号(階級)は次帥

略歴[編集]

1950年1月15日黄海南道信川郡出身。父親は元人民武力部長の崔賢1967年に朝鮮人民軍に入隊し、金日成総合大学で政治経済学を学び、その後は軍人よりも党人として出世し、金日成社会主義青年同盟委員長、黄海北道党責任書記などを務めた。

2010年9月の第3回朝鮮労働党代表者会で党政治局員候補、党書記、党中央軍事委員会の委員となり政治局、書記局、軍事委員会の全てに職務を得る。この前日には朝鮮人民軍最高司令官である金正日の命令で正日の三男金正恩などとともに人民軍大将となっている。党幹部の中で比較的年齢が若いこともあり、いずれ発足するであろう新たな金正恩体制の有力幹部と目された。

2012年4月9日、前年末に死去した金正日の朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長就任19周年記念の中央報告大会の報道で出席幹部中序列3位で紹介された。金正日死去時では18位であり、破格ともいえる大幅な序列の上昇が、新たな金正恩体制で要職へ抜擢されることを意味するのではないかと見られた。そして翌10日の労働党中央軍事委員会と国防委員会主催の宴会で人民軍総政治局長の肩書で演説、人民軍総政治局長就任が判明した。また大将から次帥に昇進したことも明らかとなった。主に党人として歩み、目立った軍歴がほとんどない人物としては異例の人事であった。更に翌11日の朝鮮労働党第4回党代表者会で党政治局常務委員、党中央軍事委員会副委員長に選任された[2]。そして同月13日に開催された最高人民会議において国防委員会委員に選任され、同日に行われた金日成国家主席と金正日総書記の銅像除幕式で、金正恩の右隣に立ち、李英鎬金正覚より上位の軍ナンバー2に位置づけられたと見られている[3]

2012年10月頃から11月頃にかけて軍に対する大規模な監察が行われ、この際に軍首脳部の10数人が解任された。この際に崔竜海も降格されたと見られており[4]、2012年12月17日に金正日の中央追悼大会で朝鮮人民軍を代表して演説を行った際に、次帥ではなく大将と紹介されていた[5]。しかし、その後、次帥に復帰していたことが2013年2月5日に判明しており[6]、崔竜海と同時期に大将から中将に降格されていた金英哲偵察総局長も同時に大将に復帰していることから、この2者が改めて金正恩の信任を得たと見られている[4]

崔竜海は、金正日体制下では張成沢の最側近であり、金正恩体制発足に伴い、張成沢の力添えで金正恩の最側近となり最も昇格した人物であるとも見られていたが[7][1]、2013年12月に張成沢が粛清処刑された際には、一部メディアから崔竜海と張成沢の間に権力闘争が発生した可能性や[8][9]、張成沢を失脚させるために、超延俊と共に張の不正の証拠を収集するなどして暗躍した可能性があると報じられた[10]

2014年2月16日を最後に動静が分からなくなったため、一部から崔竜海も粛清、あるいは軟禁されているのではとの憶測が流れた。しかし2014年3月5日、朝鮮中央テレビが放映した映像の中で、崔竜海の名前が紹介され、同月に行われた第13期最高人民会議代議員選挙で代議員に選出されたたため、政治的に健在であることが判明している[11][12][13]

2014年4月9日に開かれた第13期最高人民会議第1回会議で国防委員会副委員長に選出された[14]

出典[編集]

  1. ^ a b “「金正恩の男」崔竜海が降格”. 東亜日報. (2012年12月17日). http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2012121717748 2012年12月17日閲覧。 
  2. ^ 北朝鮮の崔竜海党書記 朝鮮人民軍総政治局長に、聨合ニュース 2012年4月12日
  3. ^ 崔竜海氏、軍ナンバー2か=北朝鮮、時事通信、2012年4月14日
  4. ^ a b 金英徹総局長、降格から3カ月で大将に復帰、朝鮮日報 2013年2月27日
  5. ^ “平壌で中央追悼大会…金正日総書記死去から1年”. 読売新聞. (2012年12月17日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20121216-OYT1T00555.htm 2012年12月17日閲覧。 
  6. ^ 金英徹総局長、降格から3カ月で大将に復帰、朝鮮日報 2013年2月27日
  7. ^ 張成沢失脚情報の衝撃 ワールド&インテリジェンス 2013年12月4日
  8. ^ 北序列2位失脚:張成沢氏と権力闘争、崔竜海氏とは 2013年12月4日
  9. ^ 金正恩、張成沢勢力粛清で権力固め(1) 中央日報 2013年12月4日
  10. ^ 張成沢氏の失脚・処刑 軍実力者の崔竜海氏らが主導か 聨合ニュース 2013年12月13日
  11. ^ “金正恩氏、軍訓練を視察 崔竜海氏の健在確認”. 産経新聞. (2014年3月7日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/140307/kor14030712160003-n1.htm 2014年3月7日閲覧。 
  12. ^ “軟禁説のあった崔竜海、再び表舞台に登場”. 中央日報. (2014年3月7日). http://japanese.joins.com/article/652/182652.html 2014年3月7日閲覧。 
  13. ^ 北朝鮮の最高人民会議選挙、粛清説出ていた崔竜海氏が当選 ロイター 2014年3月11日
  14. ^ 최룡해, 장성택 자리 메우고 명실상부한 '北 2인자'로 朝鮮日報 2014年4月10日

関連項目[編集]