改革開放

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改革開放(かいかくかいほう、拼音: gǎigé kāifàng)とは、中華人民共和国鄧小平の指導体制の下で、1978年12月に開催された中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議で提出、その後開始された中国国内体制の改革および対外開放政策のこと。

市場経済への移行期(1978年 - 1992年)[編集]

毛沢東時代の大躍進文化大革命で疲弊した経済を立て直すため、現実派の小平は「四つの近代化」を掲げ、市場経済体制への移行を試みる。基本原則は先富論に代表されるように、先に豊かになれる条件を整えたところから豊かになり、その影響で他が豊かになればよいという考え方である。

これはそれまでの絶対平等主義(ネガティブウェルフェア)を切り離した象徴といえる。これに則り、農村部では人民公社が解体され、生産責任制、すなわち経営自主権を保障し、農民の生産意欲向上を目指した。都市部では外資の積極利用が奨励され、広東省福建省アモイなどに経済特区が、上海天津広州大連などの沿岸部諸都市に経済技術開発区が設置される。華僑や日欧米資本を積極的に導入することで、資本や技術の移転など成し遂げる一方、企業の経営自主権の拡大などの経済体制の改革が進んだ。

改革開放政策は、同時に中国社会に大きな矛盾を生み出した。農村部と都市部、沿岸部と内陸部における経済格差が拡大し、官僚の汚職や腐敗が一層深刻なものになった。インフレや失業も目立つようになり、共産党に対する不満は高まっていった。1989年には天安門事件が発生、改革開放は一時中断することになる。

北京大学張維迎教授は「最初の15年間は価格自由化に終始した」と分析している[1]

社会主義市場経済(1992年 - )[編集]

1992年以降、再び改革開放が推し進められ、経済成長は一気に加速した。しかし、都市と農村、沿海部と内陸部の地域格差は深刻化し、とりわけ農民の不満が高まった。社会主義市場経済体制のもとで、江沢民朱鎔基政権は格差是正と一層の経済改革に取り組むことになる。格差是正のための西部大開発、国営企業改革に伴う失業者の増大、民工潮三農問題といった新たな問題も発生した。このような問題を抱えながらも、今や中国経済は「世界の工場」と呼ばれるまでに成長し、生産大国としてだけではなく、日米欧に次ぐ第4の市場としても期待されている。2001年には、悲願だったWTO加盟を果たす。

2002年から、胡錦涛政権が発足。2020年GDPを、2000年の4倍にし(年平均7.2%成長)、中進国となる戦略を打ち出し、さらに全面的な「小康社会」を建設することを新たに目標に掲げた。「小康」とは、いくらかゆとりがあることを指す中国語で、ここでは、衣食がなんとか間に合う状態から、さらに生活が向上し、衣食が足りた状態に達することを指す。沿岸部だけでなく、内陸部の経済水準を引き上げることが狙いである。

2003年には全国人民代表大会(全人代)で温家宝が首相に選出され、朱鎔基の経済改革を継承することとなった。2004年には、私有財産権保護を明記した憲法改定案が全人代で採択され、株式制度、企業統治制度など、国有企業の改革のための政策も打ち出されている。また、2007年の全人代では、私有財産の保護を明記した物権法、国内企業と外資企業の所得税率の格差を是正する企業所得税法が採択された[2][3]2008年北京オリンピック2010年上海万博開催も決定し、改革開放政策はより一層進展するものと思われる。

更に胡錦涛政権は和諧社会という各階層間で調和の取れた社会の実現も目指している。

開放政策[編集]

中国政府は1978年経済体制の改革を決定すると同時に、対外開放政策も計画した。1980年から順次、広東省珠海汕頭福建省アモイ及び海南省に5箇所の経済特区を設置した。1984年にはさらに大連秦皇島天津煙台青島連雲港南通上海寧波温州福州広州湛江北海の14沿海都市を開放した。

1985年以降、長江デルタ珠江デルタ、閩南トライアングル(アモイ・泉州)、山東半島遼東半島河北省広西チワン族自治区を経済開放区として沿海経済開放地帯を形成した。

1990年、中国政府は上海浦東新区の開発と開放を決定し、一連の長江沿岸都市の開放をさらに進め、浦東新区を竜頭とする長江開放地帯を形成した。1992年以降は辺境都市や内陸の全ての省都と自治区首府を開放した。さらに一連の年に15箇所の保税区、49箇所の国家級経済技術開発区と53箇所のハイテク技術産業開発区を設定している。

このように中国は沿海、沿江、沿辺、内陸地区を結合して全方位、多次元、広領域の対外開放構造を形成している。対外開放地区ではさまざまな優遇政策を実施し外向型の経済、輸出拡大、先進技術導入などの面で大きな役割を果たしている。

脚注[編集]

  1. ^ ヒト・モノ・カネで中国経済成長を総括するとJBpress2009年5月7日)
  2. ^ 中華人民共和国物権法(人民日報HPより中国語版)[1]
  3. ^ 読売新聞HP[2]

関連用語[編集]