李克強
| 李克強 李克强 Li Keqiang | |
|---|---|
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李克強 | |
| 生年月日 | 1955年7月1日(63歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | 北京大学 |
| 現職 |
国務院総理 国務院黨組書記 党中央政治局常務委員会委員 党中央国家安全委員会副主席 |
| 所属政党 |
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| 配偶者 | 程虹(大学教授)[1] |
| 内閣 | 李克強内閣 |
| 在任期間 | 2013年3月15日 - |
| 国家主席 | 習近平 |
| 在任期間 | 2007年10月22日 - |
| 党総書記 | 胡錦濤 →習近平 |
| 内閣 | 第2次温家宝内閣 |
| 在任期間 | 2008年3月17日 - 2013年3月15日 |
| 国家主席 | 胡錦濤 |
| 在任期間 | 1993年5月10日 - 1998年6月23日 |
| 党総書記 | 江沢民 |
| 李克強 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 李克強 |
| 簡体字: | 李克强 |
| 拼音: | Lǐ Kèqiáng |
| 和名表記: | り こっきょう |
| 発音転記: | リー・クーチアン |
| 英語名: | Li Keqiang |
李 克強(り こっきょう、り こくきょう、リー・クーチアン、漢族、1955年7月1日 - )は、中国の政治家。第7代国務院総理(首相)、第17期・第18期・第19期中国共産党中央政治局常務委員、中国共産党中央国家安全委員会副主席。中国共産党での序列は習近平党総書記に次ぐ第2位。胡錦濤と同じく中国共産主義青年団(共青団)出身。習近平とともに、中国共産党第5世代の指導者の一人と目されている[2]。
略歴[編集]
安徽省定遠県生まれ。胡錦濤とは、戸籍上は同郷人である[3]。1974年3月から1978年3月にかけて安徽省鳳陽県大廟公社で労働に従事。この間の1976年5月、中国共産党に入党。同年11月より、大廟公社大廟生産大隊党支部書記を務める。文化大革命が終息した1970年代末に全国普通高等学校招生入学考試が復活すると鳳陽県の首席(高考状元)となり、1978年3月に北京大学法律系(法学部)に入学する。在学中は全校学生会責任者を務めた。
1982年2月に大学を卒業し、法学学士号を修得。同月から翌年12月にかけて、北京大学共青団委員会書記・共青団中央常務委員・共青団中央学校部部長兼全国学校連合会秘書長を務めた。1983年12月、共青団中央書記処候補書記となり、1985年11月に共青団中央書記処書記に就任。李が共青団中央書記処入りしたこの時期、胡錦濤もまた先任の書記として在籍しており、1984年から1985年にかけて共青団中央書記処第一書記の地位にあった。1985年、青年団副団長として団長の胡錦涛に同行して日本を訪問し、安倍晋太郎外務大臣と当時その秘書官であった安倍晋三らと晩餐会をともにした[4]。李は1986年6月、全国青年連合会副主席を兼任。1988年9月から1994年12月にかけて、在職のまま北京大学経済学院経済学専攻大学院に学び、経済学修士号・博士号を修得する[5]。指導教官は北京大学光華管理学院の初代院長である厲以寧だった[6]。この間、1991年9月から11月にかけて中国共産党中央党校でも学ぶ。1992年には岩手県の小沢一郎の自宅にホームステイした[7]。
1993年3月、共青団中央書記処第一書記に昇格し、中国青年政治学院院長を兼ねた。同月、安徽省代表として第8期全国人民代表大会常務委員会委員・全人代常務委員会代表資格審査委員会委員に選出される。その後、第9期(1998年 - 2003年)・第10期(2003年 - 2008年)・第11期(2008年 - )の全人代代表(議員)に選出される。
1997年9月の第15回党大会で党中央委員に選出された李は、1998年6月、共青団中央書記処第一書記兼中国青年政治学院院長を退き、党務に転じて河南省に赴任し、河南省党委員会副書記に就任した。翌月には河南省副省長を兼任。その後、省長代理を経て、1999年2月には正式に河南省省長兼省党委副書記・省政府党組書記に就任した。2002年11月、第16回党大会で中央委員に再選。翌月、河南省党委書記に就任。2003年1月、兼任していた河南省省長を退任し、河南省人民代表大会常務委員会主任を新たに兼務する。次いで2004年12月、遼寧省党委書記に転じた。これに伴い、翌年1月に河南省人代常務委員会主任を辞任した。2005年2月27日、遼寧省人民代表大会常務委員会主任を兼務。
政治局常務委員[編集]
2007年10月の第17回党大会で中央委員に再選。10月22日の第17期党中央委員会第1回全体会議(第17期1中全会)で二段飛びの政治局常務委員に選出された。同様に政治局常務委員となった習近平とともに第18期以降を支える第5世代の核心と目されているが、胡錦濤が江沢民元総書記時代に就いていた中央書記処常務書記には習近平が任命され、李は国務院党組副書記・中央財経領導小組成員として温家宝総理の補佐となったため、胡錦濤の後継者に一番近いのは習近平で、李は温家宝の後継と目された。2008年3月17日、第11期全国人民代表大会第1回会議において国務院常務副総理に任命された。
2012年11月15日、第18期1中全会で政治局常務委員に再選され、党内序列第2位となる[8]。同月21日、李は北京の中南海で開催された改革開放に関する座談会を主宰し、「人民がさらに良い生活を送れるようにするためには、改革開放が必要だ」と述べ、多くの改革を進めれば既得権益層の打破などにつながると主張して、習李体制の10年間で改革を進める姿勢を示した[9]。
李克強とロシア首相ドミートリー・メドヴェージェフ(2012年4月)
国務院総理[編集]
2013年3月15日、李克強は第12期全国人民代表大会第1回会議において国務院総理(中国の首相)に選出された[10]。翌日には閣僚の任命が行われて、正式に李克強内閣が発足した[11]。
2018年5月8日、日中韓首脳会談への出席のために総理就任後初めて訪日し、9日に東京の迎賓館での安倍晋三内閣総理大臣との会談で日中防衛当局間のホットラインである海空連絡メカニズムの運用開始、一帯一路に基づく第三国での共同インフラ整備を具体化させる官民協議体の設置、通貨スワップ協定再開や共同映画製作協定と社会保障協定の締結などで合意し[12][13]、天皇とも懇談した[14]。また、北海道への視察には安倍首相も同行し、日中知事省長フォーラムに出席した他[15]、牧場のえこりん村で昼食をともにし、トヨタ自動車の工場も訪れて豊田章男社長に出迎えられた[16]。
李克強とフランス首相マニュエル・ヴァルス(2015年7月)
李克強とロシア大統領ウラジーミル・プーチン(2016年11月)
人物像[編集]
部下を決して怒鳴りつけることはせず、公私で他人の悪口を言わず、周囲に常に笑顔を見せているという。共産主義青年団にいた頃は胡錦濤と行動をともにすることが多かった。胡錦濤は李克強の人柄を見込んで青年団書記候補に抜擢した。青年団時代の幹部によると、李克強は敵を作らない、という。学校部長であった頃にある部長との意見の相違で対立したことがあり、李克強が中央第一書記になると、その部長は報復を恐れていたが、ある日、李克強は彼を呼び寄せ、人事異動の際に彼の昇格を伝え、新しい官舎の鍵を渡したという[17]。
元来あまり身体が丈夫でなく、腎臓・肝臓の疾患や糖尿病を患っていると報じられることがある。[18][19][20][21]
家庭[編集]
- 程虹夫人は首都経済貿易大学の英文科教授。2014年5月に外交デビューを果たした。二人の間に一女がいる。
脚注[編集]
- ^ (日本大百科全書(ニッポニカ))
- ^ 張丹紅 (2007年10月22日). “十七大閉幕:陳規俗矩下的依稀曙光(中国語)” (中国語). 德国之声. オリジナルの2011年2月3日時点によるアーカイブ。 2007年10月22日閲覧。
- ^ 中国共産党の公式発表では、胡錦濤の出身地は「安徽省績渓県」であるが、本当は上海市の生まれである。
- ^ “日中韓サミット・日韓首脳会談・日中首脳会談等”. 首相官邸. (2018年5月9日) 2018年5月10日閲覧。
- ^ (高橋 & 21世紀中国総研 2009, p. 730)。
- ^ “國師厲以寧教李克強李源潮”. 蘋果日報. (2013年3月16日) 2017年4月22日閲覧。
- ^ “李首相、知日派の顔も=若手時代に交流経験-日中韓”. 時事通信. (2018年5月10日) 2018年5月10日閲覧。
- ^ 「中国共産党第18期中央委員会第1回全体会議コミュニケ」人民網日本語版、2012年11月15日付配信記事(2012年11月29日閲覧)。
- ^ 「中国新首相予定の李氏、『改革開放』決意を強調」『読売新聞』2012年11月23日付記事(2012年12月7日閲覧)。
- ^ 川越一「李克強氏を首相に選出 習・李体制本格始動」『産経新聞』2013年3月15日付記事(2013年3月17日閲覧)。
- ^ 川越一「中国新内閣が発足 新外相に元駐日大使の王毅氏」『産経新聞』2013年3月16日付記事(2013年3月17日閲覧)。
- ^ “李克強・中国国務院総理の訪日 日中首脳会談及び晩餐会”. 外務省. (2018年5月9日) 2018年5月10日閲覧。
- ^ “日中首相会談の要旨”. 日本経済新聞. (2018年5月9日) 2018年5月9日閲覧。
- ^ “陛下、初訪中時に「温かい歓迎、懐かしく」 中国の李克強首相とご懇談”. 産経ニュース. (2018年5月10日) 2018年5月10日閲覧。
- ^ “日中知事省長フォーラムに安倍晋三首相と中国の李克強首相出席”. 産経ニュース. (2018年5月11日) 2018年5月11日閲覧。
- ^ “北海道で安倍晋三首相、李克強首相をおもてなし 帰国見送る”. 産経ニュース. (2018年5月11日) 2018年5月11日閲覧。
- ^ (祁 & おうち 2002, p. 247)。
- ^ Li Keqiang on the way out? Rumors fly fast and thickejinsight.com
- ^ 金子秀敏 風前の灯ともしびリコノミクス 習・李ツートップの危機特集:世界株高の落とし穴 中国 「週刊エコノミスト」、2015年5月5・12日合併号
- ^ (謝 2014)
- ^ 李克強首相に健康不安説、北京市民はPM2.5よりも高い関心―中国のリスク要因に?レコードチャイナ 2015年4月16日
参考文献[編集]
- 祁英力 『胡錦涛と現代中国』 おうちすえたけ 編訳、辻康吾 監修、勉誠出版、2002年11月。ISBN 4-585-05070-1。
- 謝凡平 『總理爭奪戰』 財大出版社、2014年12月9日(中国語)。ISBN 9781940063249。
- 高橋博、21世紀中国総研 編著 『中国重要人物事典』 蒼蒼社、2009年10月1日。ISBN 978-4-88360-086-1。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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