老舎
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| 老舎 | |
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老舎(1960年より前の撮影) | |
| プロフィール | |
| 出生: | 1899年2月3日 |
| 死去: | 1966年8月24日 |
| 出身地: |
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| 職業: | 作家 |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 老舎 |
| 簡体字: | 老舎 |
| 拼音: | Lǎoshě |
| 和名表記: | ろうしゃ |
| 発音転記: | ラオシャー |
老舎(ろうしゃ)は中華人民共和国の小説家、劇作家。本名は舒慶春、字は舎予。老舎とはペンネームで、苗字の「舒」の字の偏をとったものとされる。北京出身。満州族(正紅旗)。北京の町と人々をこよなく愛し、「北京之花」「人民芸術家」「語言大師」と称された。文化大革命で犠牲となった代表的な著名人でもある。
代表作に小説『駱駝祥子』『四世同堂』『正紅旗下』(遺作)、戯曲『龍鬚溝』『茶館』。
略年譜[編集]
- 1899年、北京の満州旗人の家で5人兄弟の末子として生まれる。
- 1900年、義和団の乱で父が死亡してから母が他家の雑用、洗濯女などをして貧しい少年時代をすごす。慈善家の縁から私塾に入学したのをきっかけに、新制小学校、北京師範学校を卒業
- 1918年、19歳で小学校長赴任。その後北京北郊勧学員などを務める。
- 1922年、洗礼を受け、キリスト教に入信。
- 1924年、英語学習のため聴講していた燕京大学のイギリス人教授の紹介で渡英、ロンドン大学東方学院(the School of Oriental Studies、東洋アフリカ研究学院(SOAS)の前身)で中国語講師をする傍ら、創作活動を始めた。
- 1926年、処女長編小説『張さんの哲学』(老张的哲学)を発表。
- 1930年、帰国。済南大学・山東大学で教鞭をとりつつ作家活動を展開。
- 1936年、作家活動に専心するため山東大学を辞職、同年『駱駝祥子』を発表。翌1937年の盧溝橋事件以後、「中華全国文芸界抗敵協会」の事実上の責任者として尽力、抗日を題材に多く作品を発表した。
- 1944年、抗日戦争を題材にした大河小説『四世同堂』執筆開始。
- 1946年、アメリカ国務省の招きを受け、渡米。『四世同堂』第三部を脱稿。
- 1949年、帰国。
以後、新しい人民生活を反映する作品を中心に創作活動を続けた。
- 1950年、『龍鬚溝』発表、翌年北京人民芸術劇院(旧)で焦菊隠の演出により上演される。
- 1957年、『茶館』を発表。翌年北京人民芸術劇院で上演される。演出は焦菊隠・夏淳。
- 1966年、文化大革命の初期、紅衛兵たちに暴行され、入水自殺した。(中国当局からの公式発表のため、暗殺説あり)
- 1978年、名誉回復。
- 1979年、未完の自伝的小説『正紅旗下』が発表される。『茶館』が北京人民芸術劇院により再演される(再演指導は夏淳)。これ以後2015年の今日まで繰り返し上演され、海外公演も行われ、曹禺『雷雨』とともに中国話劇最高の作品との栄誉をかちとる。
「ノーベル文学賞候補」との主張[編集]
「1968年(もしくは1966年)にノーベル文学賞候補となるが、本人が死去していたため受賞できなかった」とする主張が存在する[1]が、ノーベル文学賞選考委員であるヨーラン・マルムクヴィストはそのうわさを否定している[2]。ノーベル賞の選考経過やそれに関する資料は50年間の守秘義務がある。2017年、ノーベル財団はウェブサイトで1966年度ノーベル文学賞の候補者リストを公表したが、老舎の名はなかった[3]。1967年度の候補者リストにも老舍の名は見えない[4]。2019年1月に1968年の選考資料が公開され、最終候補に老舎が含まれていなかった(受賞した川端康成のほか、アンドレ・マルロー、W・H・オーデンの2人)ことが明らかになり、少なくとも最終選考対象には至っていなかったことが確定した[5]。
日本語訳[編集]
- 「大悲寺外」猪俣庄八訳『支那現代文学叢刊』第2輯 伊藤書店, 1939
- 『小坡の誕生日』興亜書局編輯部訳 興亜書局, 1940
- 「ちやお・つう・ゆえ」奥野信太郎訳『現代世界文学叢書』中央公論社 1943 のち筑摩書房
- 『駱駝祥子』竹中伸訳 新潮社、1943 のち文庫
- 『四世同堂』鈴木択郎等訳 月曜書房 1951-52 のち角川文庫
- 『離婚』竹中伸訳 山根書店, 1952
- 「離婚」伊藤敬一訳 『中国現代文学選集 第6 (老舎・曹禺集)』平凡社, 1962
- 『牛天賜物語』竹中伸訳 筑摩書房, 1953
- 『張さんの哲学』竹中伸訳 筑摩書房, 1953
- 『張さんの哲学 近代中国庶民達のフィロソフィー』呉綿季,石川正人共訳 武田書店, 2002
- 『東海巴山集 小説』千田九一訳 岩波新書 1953
- 『龍鬚溝』中沢信三訳 未来社, 1953
- 『ろん・しゆい・ごう(龍鬚溝) 戯曲』黎波訳 創元社, 1953
- 『春華秋実』黎波訳 弘道館 1954
- 『老舎作品集』岡本隆三訳 青木書店 1955
- 『文章入門』趙樹理,胡万春共著 駿台社編集部訳 駿台社 1960
- 『猫城記』(マオチョンチ)(1980 サンリオSF文庫 稲葉昭二訳)
- 『まほうの船』君島久子訳 ほるぷ出版 1981
- 『老舎小説全集』(全10巻)(1981〜1982 学習研究社)
- 第1巻 張さんの哲学・離婚 竹中伸訳
- 第2巻 趙子曰・ドクター文 / 中山時子訳
- 第3巻 馬さん父子・小坡の誕生日 / 竹中伸,斎藤喜代子訳
- 第4巻 猫の国・牛天賜物語 / 日下恒夫,竹中伸訳
- 第5巻 駱駝祥子 (ロートシャンツ) 満洲旗人物語 竹中伸訳
- 第6巻 老舎自選短篇小説選 / 竹中伸訳
- 第7巻 火葬・私の一生 / 平松圭子,日下恒夫訳
- 第8-10巻 四世同堂 / 竹中伸、蘆田孝昭訳
- 『戯曲老舎珠玉』(1982 大修館書店、『龍鬚溝』『茶館』『西望長安』収録 黎波訳)
- 『老舎のロマン 近代中国文豪編』石田達系雄訳 文芸タイムス社 1995
- 『老舎幽黙詩文集』中山時子監修 斉霞監訳 老舎を読む会訳 叢文社, 1999
- 「黒李と白李」下出鉄男訳『中国現代文学珠玉選 小説 1』二玄社, 2000
参考文献[編集]
- 舒乙『北京の父老舎』中島晋訳、作品社 1988
- 舒乙『文豪老舎の生涯 義和団運動に生まれ、文革に死す』林芳編訳、中公新書 1995
- 柴垣芳太郎『老舎と日中戦争』東方書店 1995
- 杉本達夫 『日中戦期老舎と文芸界統一戦線―大後方の政治の渦の中の非政治』 東方書店 2004
- 吉田世志子 『老舎の文学 清朝末期に生まれ文化大革命で散った命の軌跡』好文出版 2014
脚注[編集]
- ^ 文潔若「老舎とノーベル文学賞」『人民中国』2001年8月号。この記事ではノルウェーの中国研究者であるエリザベス・エイドの証言としている。
- ^ “马悦然曾谈老舍:英译《骆驼祥子》诋毁了小说本意”. 新华网 (2014年10月21日). 2016年2月2日閲覧。
- ^ Nomination Database - ノーベル賞ウェブサイト(英語。プルダウンで「Nober Prize in Litrature」を選択し、年号に「1966」を入力して「List」ボタンを押すと1966年の文学賞候補者が表示される)
- ^ 1967年ノーベル文学賞候補者リスト (PDF) - ノーベル財団(スウェーデン語)
- ^ “川端は「日本文学の代表」 68年ノーベル賞の資料開示”. 日本経済新聞(共同通信). (2019年1月2日) 2019年1月3日閲覧。