ロンドン大学
![]() ロンドン大学本部 (Senate House)
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学校種別 | 国立 | |||||
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設立年 | 1836年 | |||||
理事長 | アン王女 | |||||
副総長 | Sir Graeme Davies | |||||
学生数 | 161,270 所属18大学合計)[1] 52,000(通信課程)[2] |
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所在地 |
イギリス ロンドン |
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キャンパス | 都市 | |||||
スクールカラー |
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ロンドン大学(ロンドンだいがく、英:University of London)は、1836年に設立された、イギリスのロンドン市中心部、ラッセル・スクウェアに本部を置くカレッジ制の連合大学である。各カレッジは通常は個別の大学として扱われることが多く、ロンドン大学という大学が単体で存在する訳ではない。日本では「ロンドン大学連合」とも呼ばれるが、市内にある全ての大学が所属している訳ではなく、加盟は研究実績などの審査を通して行われる。各カレッジはそれぞれの設立理念・教育研究方針に基づき、学生の入学審査・学校運営・教員採用などを独自に行っており、独自の学位を授与しているカレッジもある。この点一つの大学として扱われるオックスフォード大学、ケンブリッジ大学、ダラム大学の学寮を意味するカレッジ制とは異なる。現在、18のカレッジ・研究機関が所属し、学生数は合計で16万人を超える。また通信課程でも5万人以上の学生が学んでいる。
目次
概要[編集]
ロンドン大学はユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン (UCL) とキングス・カレッジ・ロンドン (KCL) の学生に学位を授与する機関として19世紀中頃に設立された。20世紀になり、所属カレッジは増えていったが、各カレッジは高い独立性を維持しつつも、時には結束して政府に対してロビー活動を展開していた。しかし、1990年代末、巨大化したロンドン大学に不満を持つカレッジが出るようになる。同じロンドン大学の学位を授与していながら、カレッジごとのレベル・役割の違いが明確になってきたためである。例えば、バークベック・カレッジはその前身がロンドン職工組合(London Mechanics' Institute)であったこともあり社会人のためのpart-timeコースが多く、UCL、KCL、インペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)、クイーン・メアリー(QMUL)はラッセル・グループに加入し、研究型の大学としての地位を固めていく。一方、小規模の単科カレッジは財政的にロンドン大学への依存を深めていった。そんな中、ICLが2007年にロンドン大学から脱退し、独立した。
ロンドン大学の際だった特色は「人々のための大学」という伝統である。この伝統は、ロンドン大学の基礎団体のUCLが英国国教会の信徒にのみ進学が許されていたオックスフォード大学とケンブリッジ大学に対抗して、人種、宗教、政治的信条に関わりなく広く学問への門戸を開くため設立されたことに起因する。また、イギリスで初めて女性に学位を授与したのもロンドン大学 (UCL) である。このような伝統を現在のロンドン大学で最も強く引き継いでいるのは通信教育課程 (External System) であろう。1858年に世界初の通信教育を開始したロンドン大学はチャールズ・ディケンズに「真に人々のための大学だ。屋根裏で勉強している靴職人にも教育の機会を与えている。」と賞賛されている。また、この通信教育で投獄中のネルソン・マンデラも学んでいる。グローバル化した今日においてもこの「人々のための大学」の価値は揺るがず、世界180ヶ国50,000人以上がこの通信教育で学んでいる。
ロンドン大学の各カレッジ所属の学生は、ロンドン大学生協 (現Student Central, 旧University of London Union ( ULU)) や各カレッジにある大学生協を相互利用することができる。同様に、図書館の相互利用やロンドン大学本部にある図書館も利用可能である。カレッジ共同の学生寮も複数整備されている。もっとも、ロンドン大学本部から遠い場所にあるカレッジの学生はこのような特典を利用しづらいのが難点である。
構成[編集]
所属カレッジ[編集]
ロンドン大学の構成カレッジおよび所属研究所は、以下の通りである(アルファベット順)
- 学生数は2017年度のもの。
ロンドン大学指定機関[編集]
指定機関 (Listed Body) とは、独自に学位を認定する権限は持たないが、所与の条件を満たせばロンドン大学により学位の認定を受けられる教育・研究機関である。ロンドン大学には以下の指定機関がある。
- University of London Institute in Paris(ロンドン大学パリ研究所)
- School of Advanced Study(ロンドン大学先端研究所)
- University Marine Biological Station Millport(ミルポート海洋生物研究所)(グラスゴー大学の指定機関でもある。)
ロンドン大学通信課程が起源の大学[編集]
- イングランドのUniversity of Nottingham(ノッティンガム大学)
- イングランドのUniversity of Southampton(サウサンプトン大学)
- イングランドのUniversity of Leicester(レスター大学)
- スリランカ民主社会主義共和国のUniversity of Ceylon(セイロン大学)
ロンドン大学が特別支援したイギリス連邦の大学[編集]
ロンドン大学は1946年から1970年の間、イギリス連邦内の複数の大学を学術・大学運営の両面で特別支援していた。支援を受けた大学は以下の通りである。
- ジンバブエ共和国のUniversity of Zimbabwe(ジンバブエ大学)
- ナイジェリア連邦共和国のUniversity of Ibadan(イバダン大学)
- ケニア共和国のUniversity of Nairobi(ナイロビ大学)
- 西インド諸島のUniversity of the West Indies(西インド諸島大学)
ロンドン大学本部[編集]
ロンドン大学はブルームスベリー地区に160ほどの建物を所有している。この中心にあるのがラッセル・スクウェアに面したロンドン大学本部である。ロンドン大学が設立された19世紀当時、本部はピカデリー・サーカスにほど近いバーリントン・ガーデン(現在の王立芸術院の所在地)にあった。20世紀以降、ロンドン大学に加盟する教育機関が増え、1908年にはイギリス最大の大学となったため業務が増し、手狭になった本部はサウス・ケンジントンなど数カ所を転々とした。そこで、ロンドン大学はロックフェラー財団の援助を受けてベッドフォード公爵 (Duke of Bedford) から大英博物館にほど近い土地を本拠地として購入した。1933年に国王ジョージ5世が建築開始の儀式を行い、その後4年の歳月が流れた1937年、チャールズ・ホールデン設計のロンドン大学本部が完成した。約70年前に完成したこのロンドン大学本部には現在、食堂や学生に住居を斡旋する部署、ロンドン大学先端研究所が入居している。また前述のロンドン大学本部図書館もこの本部にある。この図書館は大英図書館、LSEの図書館に次いでロンドンで3番目に大きな図書館で、約300万冊の書籍を保有している。
関係者[編集]
ロンドン大学は80人以上のノーベル賞受賞者とジョン・F・ケネディ、アウンサンスーチー等60人以上の各国元首・大統領・首相を輩出している。マハトマ・ガンジーや南アフリカのツツ元大主教も含まれる。
ロンドン大学は日本との関係も大変深い。毎年沢山の日本人がロンドン大学の各カレッジに留学している。また歴史的にも日本人の留学を最も早い時期に受け入れたのが現在のUCLで、その中には後に日本最初の内閣総理大臣になる伊藤博文、あるいは井上馨など長州五傑がいる。その後、夏目漱石もUCLに国費留学している。現代では小泉純一郎、麻生太郎がそれぞれUCLとLSEに留学経験がある。ただし、伊藤博文、夏目漱石、小泉純一郎、麻生太郎のいずれもロンドン大学の学位は持っていない。また、同大東洋学部(現SOAS)では東南アジア戦線での対日本戦略のために約650名の特別選抜学徒兵が日本語習得の特訓を受け、駐日英国大使のヒュー・コータッツィや歴史学者のイアン・ニッシュなど、日本占領時からその後の日英関係で活躍した人物が多数いる[3]。
大学関係者一覧[編集]
ギャラリー[編集]
- ロンドン大学の各校・研究機関
脚注[編集]
- ^ HESA http://www.hesa.ac.uk/index.php/component/option,com_datatables/Itemid,121/task,show_category/catdex,3/#institution
- ^ University of London External System http://www.londonexternal.ac.uk/about_us/index.shtml
- ^ 『戦中ロンドン日本語学校』大庭定男、中央公論社(1988/02/25)
外部リンク[編集]
- ロンドン大学公式サイト (英語)
- ロンドン大学本部図書館 (英語)
- ロンドン大学学生生協 (英語)