ノーベル文学賞
| ノーベル文学賞 | |
|---|---|
| 受賞対象 | 文学への顕著な貢献 |
| 国 | スウェーデン |
| 授与者 | スウェーデン・アカデミー |
| 初回 | 1901年 |
| 最新回 | 2018年/2019年 |
| 最新受賞者 |
オルガ・トカルチュク ペーター・ハントケ |
| 公式サイト | https://www.nobelprize.org/ |
ノーベル文学賞(ノーベルぶんがくしょう、スウェーデン語: Nobelpriset i litteratur)はノーベル賞6部門のうちの一つ。文学の分野において理念をもって創作し、最も傑出した作品を創作した人物[1]に授与される。原則として定数1名のみ受賞されるが、これまでに1904年のフレデリック・ミストラル、ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレや1917年のカール・ギェレルプ、ヘンリク・ポントピダン、1966年のシュムエル・アグノン、ネリー・ザックス、1974年のエイヴィンド・ユーンソン、ハリー・マーティンソンが2人同時受賞となっている。
目次
概要[編集]
アルフレッド・ノーベルは少年時代から文学に関心を持っており、特にバイロンとシェリーの詩に熱中して自らも詩を書いていた。また母語であるスウェーデン語に加えて、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語に堪能であり、外国の文学作品の翻訳を趣味としていた。晩年になっても戯曲「ネメシス」を執筆しており、創作文芸全般に強い関心を抱いていた。
このためノーベル賞の構想時にも、科学だけでなく文学も人類にとって重要であると認識し、遺言の中で「理想的な方向性の (in an ideal direction)」文学を表彰の対象に含めた[2][3]。
ノーベル文学賞はその作家の作品、活動の全体に対して与えられるものであって、一つの作品に対して与えられるものではない。ただし、特に代表的な作品や選考の上で評価された重要な作品などの名前が賞記に記されることもある。原則として選考の時点で生存している作家が対象であり、追贈は行わない。資格を持っている各地のペン・クラブや大学、文学者などから候補が推薦され[4]、これをスウェーデン学士院が選考する[5]。
他の科学賞や平和賞の趣旨と歩調を合わせて人類の進歩、発展に寄与する理想主義的、人道主義的な文学者に授与されることが多かった。第二次世界大戦後は「理想」あるいは「理想主義」と関係が薄れ、既存の社会に対して批判的な作家または左派的な作家に対して贈られるケースが増加した。さらに、1947年にアンドレ・ジッドが受賞したように、世界的に著名で高齢の文豪が選ばれる傾向が強くなった。それまでは比較的若く、以後の創作が望まれる作家が選ばれる傾向があった[3][6]。1970年代以降はパトリック・ホワイトをはじめ前衛的な作家が選ばれ得るようになり、広い地域から受賞者が生まれた[7]。ノーベル自身が体現してきた、科学技術による人類の進歩・発展に寄与する、理想主義的・人道主義的な文学範囲を含む、広義の意味での、ジャンル小説としてのSFの作家が受賞したことはないものの、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の例があるように、受賞した作家が必ずしもSFを書かなかったということはなく、創作文芸全体が受賞の対象である。
過去には歴史家のモムゼン、哲学者(オイケン、ベルクソン、ラッセル)など、文学者以外の受賞者もいたが、政治家のチャーチルの受賞を最後に文学者のみが対象と決められた[3][8]。しかし、2016年にシンガーソングライターのボブ・ディランが受賞した。
これまでにボリス・パステルナークとサルトルの2人が受賞を辞退している。しかし、辞退を余儀なくされたのはパステルナークだけで、作家自らが「公的な賞はすべて辞退すること」を理由に書簡[9]へ記したのはサルトルただ一人である。
ノーベル文学賞のメダルは、表面にはアルフレッド・ノーベルの横顔(各賞共通)、裏面にはギリシャ神話の女神であるミューズが歌う姿と月桂樹の下に座りながらそれを書き留める若い男(Inventas vitam juvat excoluisse per artes,の文字は各賞共通)がデザインされている[10]。
選考[編集]
第1回の選考の際にはトルストイが存命で有力候補とされていたが、フランスのアカデミーが推薦した詩人シュリ・プリュドムが選ばれた。この選考結果に対して、スウェーデン国内で一部の作家たちが抗議を行うなど世論の批判があったが、トルストイの主張する無政府主義や宗教批判が受け入れられず、翌年以降も選ばれることは無かった[11]。1901年 - 1912年のノーベル文学賞受賞者は「立派な人物像」が大きな要素であり、受賞者は文学作品の価値だけではなく、その賞に値するようなモラルと生活態度、また社会的な地位も大切であると考えられていたが、その後は作家の生活や趣向などは審査の対象外とし、作品自体の文学性を公平に審査基準とするように努められるようになった[12]。
1913年には、インドのタゴールがヨーロッパ以外の地域から初めて選ばれた。タゴールはベンガル語で詩を作り、『夕べの歌』の出版以来、高い評価を得ていた。子供の頃から英語を学び、イギリス留学の経験もあるため英語に通じていたタゴールが自分自身で詩を英語に訳したところ、アイルランドの詩人イェイツなどの協力によって英語で出版され、ヨーロッパでも好評を得た[13]。
1914年の選考ではカール・シュピッテラーが候補になっていたが、第一次世界大戦の勃発により授賞は中止された。1916年の11月に、1915年のロマン・ロランと1916年のヴェルネル・フォン・ヘイデンスタムの2人への授賞が発表された。式典自体は戦争が終結する1918年まで実施されなかった[14]。
1925年に選ばれた劇作家バーナード・ショーは当初受賞を拒否していたが、説得により賞を受け、賞金はイギリスにおけるスウェーデン文学のための財団設立に投じられた[15]。
第二次世界大戦が始まると4年の間、ノーベル文学賞は中止された。1945年に1944年の受賞者ヨハネス・イェンセンと1945年の受賞者ガブリエラ・ミストラルが同時に発表された。1945年の選考ではフランスのポール・ヴァレリーに決まりつつあったが、正式決定前の7月にヴァレリーが死亡したため、ミストラルの南米初の受賞が決まった[16]。
1958年のソ連のボリス・パステルナークは政府からの圧力により、辞退を強要された[17]。パステルナークは1960年に死亡し、1988年に息子がメダルを受け取っている[18]。
サルトルは1964年に選ばれたが、辞退した。サルトルは公的な栄誉を否定しており、過去にもフランス政府による勲章などを辞退していた。公式な声明ではノーベル賞の辞退は個人的な理由としているが、この賞が西側中心のものであることへのサルトルの批判として受け止められた[19][20]。
セクハラ問題[編集]
MeToo運動が世界に広がった2017年、ノーベル文学賞の選考機関であるスウェーデン・アカデミーの会員の夫が複数の女性に性的暴行を加えていたとの疑惑が報道された。また当該人物が受賞者の名前を事前に漏洩していた事実も判明し、アカデミーは混乱に陥り、2018年の同賞の選考を見送ることを発表した[21][22]。
この発表見送りに対してスウェーデンの文学関係者による市民団体「ニュー・アカデミー」は2018年の1回限りとなる代替賞「ニュー・アカデミー文学賞」を創設。マリーズ・コンデ(フランス海外県)へ授賞する事が10月12日に発表された[23]。この賞はショートリスト4名が公表され、コンデの他に、ニール・ゲイマン(イギリス)、キム・トゥイ(ベトナム)、村上春樹(日本)が候補に入ったが、村上は選考時点で自ら辞退を申し出た[24]。
歴代受賞者[編集]
1900年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1901年 | シュリ・プリュドム | 詩 | フランス人初の受賞者 初代受賞者 | ||
| 1902年 | テオドール・モムゼン | 歴史 | ドイツ人初の受賞者 | ||
| 1903年 | ビョルンスティエルネ・ビョルンソン | 詩 | ノルウェー人初の受賞者 | ||
| 1904年 | フレデリック・ミストラル | 詩 | フランス人として2人目の受賞者 プロヴァンス語での著作 ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレと共に受賞 | ||
| ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレ | 戯曲 | スペイン人初の受賞者 フレデリック・ミストラルと共に受賞 | |||
| 1905年 | ヘンリク・シェンキェヴィチ | 小説 | ポーランド人初の受賞者 | ||
| 1906年 | ジョズエ・カルドゥッチ | 詩 | イタリア人初の受賞者 | ||
| 1907年 | ラドヤード・キップリング | 小説 | イギリス人初の受賞者 ノーベル文学賞最年少受賞者(41歳) | ||
| 1908年 | ルドルフ・クリストフ・オイケン | 哲学 | ドイツ人として2人目の受賞者 | ||
| 1909年 | セルマ・ラーゲルレーヴ | 小説 | スウェーデン人初の受賞者 女性初の受賞者 |
1910年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1910年 | パウル・フォン・ハイゼ | 小説 | ドイツ人として3人目の受賞者 | ||
| 1911年 | モーリス・メーテルリンク | 戯曲・詩 | ベルギー人初の受賞者 フランス語での著作 | ||
| 1912年 | ゲアハルト・ハウプトマン | 戯曲 | |||
| 1913年 | ラビンドラナート・タゴール | 詩 | インド人初の受賞者 アジア人初の受賞者 ベンガル語での著作 | ||
| 1914年 | 受賞者なし | ||||
| 1915年 | ロマン・ロラン | 小説 | フランス人として3人目の受賞者 | ||
| 1916年 | ヴェルネル・フォン・ヘイデンスタム | 詩 | スウェーデン人として2人目の受賞者 ノーベル物理学賞など、他の賞が全て受賞者なしだった年の唯一の文学賞受賞者 | ||
| 1917年 | カール・ギェレルプ | 詩 | ヘンリク・ポントピダンと共にデンマーク人初の受賞者 | ||
| ヘンリク・ポントピダン | 小説 | カール・ギェレルプと共にデンマーク人初の受賞者 | |||
| 1918年 | 受賞者なし | ||||
| 1919年 | カール・シュピッテラー | 詩 | スイス人初の受賞者 ドイツ語での著作 |
1920年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1920年 | クヌート・ハムスン | 小説 | ノルウェー人として2人目の受賞者 | ||
| 1921年 | アナトール・フランス | 小説 | |||
| 1922年 | ハシント・ベナベンテ | 戯曲 | スペイン人として2人目の受賞者 | ||
| 1923年 | ウィリアム・バトラー・イェイツ | 詩・戯曲 | アイルランド人初の受賞者 英語での著作 | ||
| 1924年 | ヴワディスワフ・レイモント | 小説 | ポーランド人として2人目の受賞者 | ||
| 1925年 | ジョージ・バーナード・ショー | 戯曲 | アイルランド人として2人目の受賞者 英語での著作 | ||
| 1926年 | グラツィア・デレッダ | 小説 | イタリア人として2人目の受賞者 女性として2人目の受賞者 | ||
| 1927年 | アンリ・ベルクソン | 哲学 | |||
| 1928年 | シグリ・ウンセット | 小説 | ノルウェー人として3人目の受賞者 女性として3人目の受賞者 | ||
| 1929年 | トーマス・マン | 小説 |
1930年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1930年 | シンクレア・ルイス | 小説 | アメリカ人初の受賞者 | ||
| 1931年 | エリク・アクセル・カールフェルト | 詩 | スウェーデン人として3人目の受賞者 受賞前に死亡していたため死後受賞 | ||
| 1932年 | ジョン・ゴールズワージー | 小説 | イギリス人として2人目の受賞者 | ||
| 1933年 | イヴァン・ブーニン | 小説 | ロシア人初の受賞者 | ||
| 1934年 | ルイジ・ピランデルロ | 戯曲 | イタリア人として3人目の受賞者 | ||
| 1935年 | 受賞者なし | ||||
| 1936年 | ユージン・オニール | 戯曲 | アメリカ人として2人目の受賞者 | ||
| 1937年 | ロジェ・マルタン・デュ・ガール | 小説 | |||
| 1938年 | パール・S・バック | 小説 | アメリカ人として3人目の受賞者 | ||
| 1939年 | フランス・エーミル・シランペー | 小説 | フィンランド人初の受賞者 |
1940年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1940年 | 受賞者なし | ||||
| 1941年 | 受賞者なし | ||||
| 1942年 | 受賞者なし | ||||
| 1943年 | 受賞者なし | ||||
| 1944年 | ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセン | 小説 | デンマーク人として3人目の受賞者 | ||
| 1945年 | ガブリエラ・ミストラル | 詩 | チリ人初の受賞者 ラテンアメリカ圏初の受賞者 | ||
| 1946年 | ヘルマン・ヘッセ | 小説 | ドイツ出身 | ||
| 1947年 | アンドレ・ジッド | 小説 | |||
| 1948年 | T・S・エリオット | 詩・評論 | イギリス人として3人目の受賞者 アメリカ出身 | ||
| 1949年 | ウィリアム・フォークナー | 小説 | 1949年には受賞者がなく、1950年11月に49年度受賞者として決定[25] |
1950年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1950年 | バートランド・ラッセル | 哲学 | |||
| 1951年 | ペール・ラーゲルクヴィスト | 小説 | |||
| 1952年 | フランソワ・モーリアック | 小説 | |||
| 1953年 | ウィンストン・チャーチル | 伝記 | 首相初の受賞者 | ||
| 1954年 | アーネスト・ヘミングウェイ | 小説 | |||
| 1955年 | ハルドル・ラクスネス | 小説 | アイスランド人初の受賞者 | ||
| 1956年 | フアン・ラモン・ヒメネス | 詩 | スペイン人として3人目の受賞者 | ||
| 1957年 | アルベール・カミュ | 小説・戯曲 | |||
| 1958年 | ボリス・L・パステルナーク | 詩 | ロシア人として2人目の受賞者 受諾後、ソ連政府の意向により辞退させられたが、死去後に遺族が受け取った | ||
| 1959年 | サルヴァトーレ・クァジモド | 詩 |
1960年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1960年 | サン=ジョン・ペルス | 詩 | |||
| 1961年 | イヴォ・アンドリッチ | 小説 | ユーゴスラビア人初の受賞者 セルビア・クロアチア語での著作 | ||
| 1962年 | ジョン・スタインベック | 小説 | |||
| 1963年 | イオルゴス・セフェリス | 詩 | ギリシャ人初の受賞者 | ||
| 1964年 | ジャン=ポール・サルトル | 哲学・小説・戯曲 | 受賞辞退 | ||
| 1965年 | ミハイル・ショーロホフ | 小説 | ロシア人として3人目の受賞者 | ||
| 1966年 | シュムエル・アグノン | 小説 | イスラエル人初の受賞者 ネリー・ザックスと共に受賞 | ||
| ネリー・ザックス | 詩 | ドイツ出身。 シュムエル・アグノンと共に受賞 | |||
| 1967年 | ミゲル・アンヘル・アストゥリアス | 小説 | グアテマラ人初の受賞者 | ||
| 1968年 | 川端康成 | 小説 | 日本人初の受賞者 | ||
| 1969年 | サミュエル・ベケット | 戯曲・小説 | アイルランド人として3人目の受賞者 英語とフランス語での著作 |
1970年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1970年 | アレクサンドル・ソルジェニーツィン | 小説 | |||
| 1971年 | パブロ・ネルーダ | 詩 | チリ人として2人目の受賞者 | ||
| 1972年 | ハインリヒ・ベル | 小説 | |||
| 1973年 | パトリック・ホワイト | 小説 | オーストラリア人初の受賞者 | ||
| 1974年 | エイヴィンド・ユーンソン | 小説 | ハリー・マーティンソンと共に受賞 | ||
| ハリー・マーティンソン | 詩 | エイヴィンド・ユーンソンと共に受賞 | |||
| 1975年 | エウジェーニオ・モンターレ | 詩 | |||
| 1976年 | ソール・ベロー | 小説 | |||
| 1977年 | ビセンテ・アレイクサンドレ | 詩 | |||
| 1978年 | アイザック・バシェヴィス・シンガー | 小説 | イディッシュ語での著作 | ||
| 1979年 | オデッセアス・エリティス | 詩 | ギリシャ人として2人目の受賞者 |
1980年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1980年 | チェスワフ・ミウォシュ | 詩 | ポーランド人として3人目の受賞者 | ||
| 1981年 | エリアス・カネッティ | 小説 | ブルガリア人初の受賞者 ドイツ語での著作 | ||
| 1982年 | ガブリエル・ガルシア=マルケス | 小説 | コロンビア人初の受賞者 | ||
| 1983年 | ウィリアム・ゴールディング | 小説 | |||
| 1984年 | ヤロスラフ・サイフェルト | 詩 | チェコ人初の受賞者 チェコ語での著作 | ||
| 1985年 | クロード・シモン | 小説 | |||
| 1986年 | ウォーレ・ショインカ | 戯曲 | 英語での著作。ナイジェリア人初の受賞者 アフリカ人初の受賞者 黒人初の受賞者 アメリカに亡命 | ||
| 1987年 | ヨシフ・ブロツキー | 詩 | |||
| 1988年 | ナギーブ・マフフーズ | 小説 | エジプト人初の受賞者 アラブ圏初の受賞者 | ||
| 1989年 | カミーロ・ホセ・セラ | 小説 |
1990年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1990年 | オクタビオ・パス | 詩・評論 | メキシコ人初の受賞者 | ||
| 1991年 | ナディン・ゴーディマー | 小説 | 南アフリカ人初の受賞者 英語での著作 | ||
| 1992年 | デレック・ウォルコット | 詩 | セントルシア人初の受賞者 カリブ海諸国初の受賞者 | ||
| 1993年 | トニ・モリソン | 小説 | |||
| 1994年 | 大江健三郎 | 小説 | 日本人として2人目の受賞者 | ||
| 1995年 | シェイマス・ヒーニー | 詩 | 英語での著作 | ||
| 1996年 | ヴィスワヴァ・シンボルスカ | 詩 | |||
| 1997年 | ダリオ・フォ | 戯曲 | |||
| 1998年 | ジョゼ・サラマーゴ | 小説 | ポルトガル人初の受賞者 | ||
| 1999年 | ギュンター・グラス | 小説 |
2000年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2000年 | 高行健 | 小説・戯曲 | 華人初の受賞者 フランスに亡命 | ||
| 2001年 | V・S・ナイポール | 小説 | |||
| 2002年 | ケルテース・イムレ | 小説 | ハンガリー人初の受賞者 | ||
| 2003年 | J・M・クッツェー | 小説 | 南アフリカ人として2人目の受賞者 英語での著作 | ||
| 2004年 | エルフリーデ・イェリネク | 小説・戯曲 | オーストリア人初の受賞者 | ||
| 2005年 | ハロルド・ピンター | 戯曲 | |||
| 2006年 | オルハン・パムク | 小説 | トルコ人初の受賞者 | ||
| 2007年 | ドリス・レッシング | 小説 | ノーベル文学賞最年長受賞者(88歳) | ||
| 2008年 | ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ | 小説 | |||
| 2009年 | ヘルタ・ミュラー | 小説 |
2010年代[編集]
| 年 | 肖像 | 受賞者 | 国籍 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2010年 | マリオ・バルガス=リョサ | 小説 | ペルー人初の受賞者 | ||
| 2011年 | トーマス・トランストロンメル | 詩 | |||
| 2012年 | 莫言 | 小説 | 華人として2人目の受賞者 中国籍の作家としては初の受賞者 | ||
| 2013年 | アリス・マンロー | 小説 | カナダ人初の受賞者 英語での著作 | ||
| 2014年 | パトリック・モディアノ | 小説 | |||
| 2015年 | スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ | ノンフィクション | ベラルーシ人初の受賞者 ジャーナリストとして初の受賞者 ロシア語での著作 | ||
| 2016年 | ボブ・ディラン | 詩 | シンガーソングライターとして初の受賞者 | ||
| 2017年 | カズオ・イシグロ | 小説 | 日系人として初の受賞者 | ||
| 2018年 | オルガ・トカルチュク | 小説 | セクハラ問題(先述)による混乱のため、翌年に2018年の受賞者として決定[21][22]。 | ||
| 2019年 | ペーター・ハントケ | 小説・戯曲 | オーストリア人として2人目の受賞者 2018年の受賞者と同時に発表 |
受賞者の執筆言語[編集]
(2019年現在。サミュエル・ベケットは英語・フランス語両方に加えた)
- 29人 - 英語
- 15人 - フランス語
- 14人 - ドイツ語
- 11人 - スペイン語
- 7人 - スウェーデン語
- 6人 - ロシア語、イタリア語
- 5人 - ポーランド語
- 3人 - デンマーク語、ノルウェー語
- 2人 - 中国語、日本語、ギリシア語
- 1人 - トルコ語、ハンガリー語、ポルトガル語、アラビア語、チェコ語、イディッシュ語、ヘブライ語、セルビア・クロアチア語、アイスランド語、フィンランド語、ベンガル語、プロヴァンス語
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- 柏倉康夫『ノーベル文学賞 : 作家とその時代』丸善、1992年。ISBN 4-621-05064-8。
脚注[編集]
- ^ Nobel Media AB. “Full text of Alfred Nobel's Will”. 2011年10月22日閲覧。
- ^ 柏倉、2-3頁。
- ^ a b c 戎崎俊一監修『ノーベル文学賞と経済学賞 : 暮らしと心を豊かにした人びと』ポプラ社、2003年。ISBN 4-591-07516-8。、2-3頁 16頁。
- ^ The Asahi Shimbun Company. “ノーベル文学賞 選考の地を訪ねて〈上〉”. 2011年10月22日閲覧。
- ^ 柏倉、4-7頁。
- ^ 柏倉、104-105頁。
- ^ 柏倉、179-180頁。
- ^ 柏倉、79頁。
- ^ “サルトルのノーベル賞辞退の背景、書簡間に合わず 新資料で判明”. www.afpbb.com. 2019年7月30日閲覧。
- ^ “ノーベル賞のメダル”. アワードプレス. 2017年10月4日閲覧。
- ^ 柏倉、8-9頁。
- ^ 大木ひさよ、「「川端康成とノーベル文学賞 スウェーデンアカデミー所蔵の選考資料をめぐって」『京都語文』 2014年 第21号 p.42-64
- ^ 柏倉、15-23頁。
- ^ 柏倉、42-43頁。
- ^ 柏倉、56-59頁。
- ^ 柏倉、99-101頁。
- ^ Nobel Media AB. “Nobel Prize Facts”. 2011年10月29日閲覧。Four Nobel Laureates have been forced by authorities to decline the Nobel Prize!
- ^ 柏倉、141-147頁。
- ^ Nobel Media AB. “Nobel Prize Facts”. 2011年10月29日閲覧。Two Nobel Laureates have declined the Nobel Prize!
- ^ 柏倉、148-151頁。
- ^ a b 下司佳代子 (2018年5月4日). “ノーベル文学賞、今年の選考見送り レイプ疑惑で混乱”. 朝日新聞 2018年5月4日閲覧。
- ^ a b 矢野純一 (2018年5月4日). “ノーベル賞 文学賞選考延期 セクハラ・情報漏えい疑惑で”. 毎日新聞 2018年5月5日閲覧。
- ^ “今年限りの文学賞にカリブの女性作家 スウェーデン”. 日本経済新聞. (2018年10月12日) 2018年10月12日閲覧。
- ^ “村上春樹さん、文学賞候補を辞退 ノーベル賞代わり”. 日本経済新聞 (2018年9月16日). 2018年10月16日閲覧。
- ^ ノーベル文学賞、今年は見送り=選考機関、性犯罪疑惑で混乱-スウェーデンAFP 2018年5月4日閲覧
外部リンク[編集]
- ノーベル文学賞受賞者の一覧 - 公式サイト (英語)
- データベース・ノーベル文学賞
- THE NOBEL PRIZE IN LITERATURE: PORTRAITS OF LEGENDARY LAUREATES - Life TIME.com(ライフ画像アーカイブ)。2013年10月15日閲覧。
- 平岡敏夫、ノーベル文学賞の選考基準について : なぜ川端康成が選ばれたか 『日本文学』 2002年 51巻 6号 p.42-44, doi:10.20620/nihonbungaku.51.6_4
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