文在寅

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韓国の旗 韓国の政治家
文 在寅
문재인
Moon Jae-in crop.jpg
生年月日 1953年1月24日(63歳)
出生地 韓国の旗 韓国慶尚南道巨済郡巨済面
出身校 慶煕大学校
前職 盧武鉉財団理事長
現職 国会議員
所属政党 民主統合党→民主党→新政治民主連合→共に民主党
公式サイト moonjaein.com

韓国の旗 韓国国会議員
選挙区 釜山市沙上区
当選回数 1回

Npad logo.svg新政治民主連合代表
在任期間 2015年2月9日 - 2015年12月27日

더불어민주당 로고.jpg共に民主党代表
在任期間 2015年12月28日 - 2016年1月27日
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文 在寅(ムン・ジェイン、1953年1月24日 - )は、韓国政治家弁護士市民活動家。

概要[編集]

第19代国会議員。盧武鉉政権(2003年2月~08年2月)では青瓦台の民政首席や大統領秘書室長など盧武鉉大統領の側近として活躍した。2012年韓国大統領選挙における民主統合党の大統領候補。民主統合党代表代行(2012年11月18日~12月28日)。新政治民主連合代表(2015年2月9日~12月27日)、共に民主党代表(2015年12月28日~2016年1月27日)。 

来歴[編集]

慶煕大学校在学中の1975年、当時の朴正煕政権に反対する民主化運動に係わった容疑で逮捕され、ソウル市の西大門刑務所に収監された。釈放された後、兵役の任務に就き特戦司令部空挺部隊に配属、1978年に除隊。1980年に慶煕大学校を卒業した後、第22回司法試験に合格。1982年、弁護士であった盧武鉉と共に合同法律事務所を開設、釜山地方弁護士会人権委員長や釜山YMCA(キリスト教青年会)理事など要職を務める傍ら、時の全斗煥政権に反対する民主化運動に取り組んだ。

2002年12月に行われた大統領選挙に盧武鉉が立候補した際、釜山地域における選挙対策本部長を務めた。翌2003年に盧政権が発足すると、青瓦台(大統領府)民政主席を皮切りに市民社会主席や大統領秘書室長などを歴任、盧の側近として活躍した。2009年の盧の自殺時、国民葬を葬儀委員会常任執行委員長として取り仕切った。

盧の死後、政治活動を活発化させ、2011年9月には「革新と統合」(以下、革統)を結成し、常任共同代表に就任した[1]。翌2012年4月の第19回総選挙では民主統合党(前年12月に民主党や革統などが合同して結成。以下、民主党)の候補として釜山市沙上区から立候補し、当選を果たした。

6月17日、12月の大統領選挙への出馬を表明する[2]。民主党内の予備選では8月25日から行われた全国13地域の全てで1位を獲得、最後に投票された9月16日のソウル市も含めて累積得票数34万票7000票余、得票率56.5%となり、民主党の大統領候補に選出された[3]。同じく立候補を表明していた野党系の安哲秀(無所属)との間で候補を一本化[4]、安が出馬断念を発表した[5]。12月19日の本選では進歩正義党など左派系政党の支援も受けたが、与党セヌリ党候補の朴槿恵との接戦の末に敗れた[6]。今後の活動については、選挙後は次期大統領選挙へは出馬せず、野党陣営の基盤作りに尽力することを表明していたが[7]、2013年11月、記者との懇談会の場で「大統領選挑戦に執着はしないが機会が来たら回避はしない」として、次期大統領選挙への再挑戦の意思を明らかにした[8]

2014年9月、同年7月の国会議員再補選で新政治民主連合(3月に民主党と安哲秀率いる新政治連合が統合して発足。略称:新政治連合)が惨敗し党指導部が総辞職後に発足した非常対策委員会の委員に就任。2015年2月8日の全国代議員大会で行われた党代表選挙に出馬、朴智元などを僅差で抑えて代表に選出された[9]。しかし、同年4月末の補選において新政治連合は全敗、また党運営を巡って対立していた安らの離党が相次ぐなど党勢は低迷[10]。新政治連合から「共に民主党」に党名改称した直後の2016年1月27日に党代表を辞任した[11]

2016年4月に行われた第20回総選挙には出馬せず、首都圏を中心とした応援遊説を行なった。選挙後の10月6日、ソウル市内で行われた集会の場で次期大統領選挙への事実上の出馬宣言を行なった[12]

略歴[編集]

  • 1953年1月24日:慶尚南道巨済郡(現・巨済市)に生まれる
  • 1971年:慶南高等学校卒業
  • 1972年:慶煕大学校法科大学入学
  • 1975年:学生運動で投獄、西大門刑務所に収監
  • 1978年:陸軍兵長(特戦司令部第1空挺部隊特戦旅団)満期除隊
  • 1980年:慶煕大学校法科大学卒業
  • 1980年:第22回司法試験合格
  • 1981年:結婚
  • 1982年:盧武鉉弁護士(当時)と合同法律事務所を開設
    • 釜山地方弁護士会人権委員長、釜山YMCA理事
    • 民主社会のための慶南弁護士会代表
    • 釜山NCC人権委員、仏教人権委員、天主教(カトリック)人権委員会人権委員
    • 「労働者のための連帯」代表、釜山市教育庁行政審判委員
    • 釜山地方労働委員会公益委員、海洋大学校海司法学科講師
  • 1985年:釜山民主市民協議会常任委員
  • 1987年:釜山国民運動本部常任執行委員
  • 1995年:法務法人設立
  • 2002年:盧武鉉大統領候補の釜山地域選対本部長
  • 2003年:青瓦台民政主席( - 2005年)
  • 2004年:青瓦台市民社会主席
  • 2007年:青瓦台秘書室長、第2次南北頂上会談(首脳会談)推進委員会委員長
  • 2009年:盧武鉉前大統領国民葬儀委員会常任執行委員長
  • 2010年:盧武鉉財団理事長
  • 2011年:「革新と統合」常任共同代表
  • 2012年:
    • 民主党常任顧問
    • 第19代国会議員
    • 民主統合党大統領候補
    • 代表権限代行(11月18日 - 12月28日)
  • 2014年
    • 新政治民主連合非常対策委員(9月21日~2015年2月8日)
  • 2015年
    • 新政治民主連合代表(2月9日~12月27日)
    • 共に民主党代表(12月28日~2016年1月27日)
出典:문재인 프로필(文在寅プロフィール)(文在寅ホームページ)、프로필(プロフィール)大韓民国憲政会)。いずれも2012年9月13日閲覧

活動[編集]

北朝鮮人権法案を巡って[編集]

西岡力によると、大統領秘書室長当時の2007年、国連における北朝鮮人権決議案への賛否を北朝鮮に事前に問い合わせた上で、棄権の判断を下したことが、盧武鉉政権時に外交通商部長官を務めた宋旻淳の回顧録から判明した[13]。産経新聞記者の野口裕之は、文は紛う事なき北朝鮮の内通者だと主張している[14]

竹島上陸[編集]

2016年7月25日、次期大統領選の準備のため竹島に上陸し、芳名録に「東海のわが領土」などと書き込んだ[15]。これを受け8月9日に、慰安婦問題日韓合意に関する会談において金杉憲治外務省アジア大洋州局長による抗議がなされた[16]

脚注[編集]

  1. ^ “「革新と統合」が発足 選挙に向け野党統合目指す”. KBSワールドラジオ. (2011年9月7日). http://rki.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=40671 2012年9月13日閲覧。 
  2. ^ “文在寅氏 大統領選挙への出馬表明”. KBSワールドラジオ. (2012年6月18日). http://rki.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=44095 2012年9月13日閲覧。 
  3. ^ “大統領選 民主統合党の候補に文在寅氏”. KBSワールドラジオ. (2012年9月16日). http://rki.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=45270 2012年9月16日閲覧。 
  4. ^ “単一化に合意した文在寅-安哲秀 "雰囲気良好"”. ハンギョレ(日本語版). (2012年11月6日). http://japan.hani.co.kr/arti/politics/13239.html 2012年11月11日閲覧。 
  5. ^ “韓国大統領選、事実上一騎討ちに…安氏が突然辞退”. 読売新聞. (2012年11月23日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20121123-OYT1T00733.htm 2012年11月23日閲覧。 
  6. ^ “韓国大統領選、文在寅候補が敗北宣言=聯合ニュース”. ロイター (ロイター). (2012年12月20日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE8BI00H20121219 2012年12月20日閲覧。 
  7. ^ “大統領選で敗れた文氏 野党陣営の基盤づくり助力へ”. 聯合ニュース(日本語版). (2012年12月20日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2012/12/20/0900000000AJP20121220003800882.HTML 2012年12月20日閲覧。 
  8. ^ “문재인 "2017년 정권교체 어떤 역할도 회피하지 않겠다"(文在寅“2017年政権交代どのような役割も回避しない”)”. 京郷新聞. (2013年11月29日). http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201311292228301&code=910100 2013年11月30日閲覧。 
  9. ^ “韓国最大野党 新代表に文在寅氏=盧元大統領側近”. 聯合ニュース(本国版). (2015年2月8日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2015/02/08/0900000000AJP20150208001000882.HTML 2015年2月8日閲覧。 
  10. ^ “安哲秀氏「新たな政治勢力つくる」 最大野党を離党=韓国”. 聯合ニュース. (2015年12月13日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2015/12/13/0200000000AJP20151213000700882.HTML 2016年8月13日閲覧。 
  11. ^ “韓国最大野党代表が辞任 「総選挙に向け最善尽くす」”. 聯合ニュース. (2016年1月27日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/pgm/9810000000.html?cid=AJP20160127004500882 2016年1月27日閲覧。 
  12. ^ “韓国 大統領選に野党元代表が出馬宣言…共に民主党・文氏”. 毎日新聞. (2016年10月6日). http://mainichi.jp/articles/20161007/k00/00m/030/082000c 2016年10月30日閲覧。 
  13. ^ 西岡力「朴氏疑惑を最も喜んだのは誰か? 崔順実で霞むもう一つのスキャンダル」(ironna)
  14. ^ [1]
  15. ^ 「大統領選にらみ竹島上陸=韓国最大野党の前代表」時事通信2016/07/26
  16. ^ 「日韓、慰安婦支援財団巡り協議 金杉局長「一定の前進」」日本経済新聞電子版2016/8/9

参考文献[編集]