文在寅

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文在寅(ムン・ジェイン)
문재인
Moon Jae-in May 2017.jpg
青瓦台での就任会見(2017年5月10日

韓国の旗 韓国
第19代大統領
任期 2017年5月10日[1][2]
国務総理 黄教安
柳一鎬(首相権限代行)
李洛淵(指名)

任期 2015年12月28日2016年1月27日

任期 2015年2月9日 – 2015年12月27日

任期 2012年5月30日 – 2016年5月29日

出生 (1953-01-24) 1953年1月24日(64歳)
韓国の旗 韓国 慶尚南道巨済郡(現・巨済市)巨済面明珍里694-1[3](明珍1キル27)[4]
政党 民主統合党民主党新政治民主連合共に民主党
出身校 慶煕大学校
配偶者 金正淑(キム・ジョンスク)韓国語版[5]
署名 Moon Jae In Signature.png
文在寅
各種表記
ハングル 문재인
漢字 文在寅
発音: ムン・ジェイン
日本語読み: ぶん ざいいん
ローマ字 Mun Jae-in(2000年式
Mun Chaein(MR式
英語表記: Moon Jae-in
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文在寅(ムン・ジェイン、1953年1月24日 - )は、大韓民国政治家弁護士市民活動家。第19代大統領

弁護士として市民運動や人権運動に参加した後、盧武鉉政権で大統領側近として活躍した。その後、国会議員に当選、新政治民主連合代表や共に民主党代表を務めた。2017年5月9日の大統領選挙で当選し、2017年5月10日に大統領に就任して在任中。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1953年1月24日に巨済島慶尚南道巨済郡(現・巨済市))の巨済面明珍里ナムジョン村[3]で二男三女の長男(姉(1949年生まれ)が1人、妹が2人(1955年生まれと1957年生まれ)、弟(1959年生まれ)が1人)として生まれた。両親(父・1920年生まれ、母・1928年生まれ)と姉は朝鮮戦争中の1950年12月に現在の北朝鮮の咸鏡南道咸興市興南区域から興南撤収作戦朝鮮語: 흥남_철수_작전)の際に、米国の貨物船「メロディス・ビクトリー号」に乗り脱北した避難民[6]。祖父母は北に残したままだった。父は巨済島捕虜収容所朝鮮語: 거제도_포로수용소)で労働者として働き、母は鶏卵売りの行商をした。小学校入学前[7]の6歳の時[8]1959年[4])、釜山市影島区瀛仙洞に一家で転居。在寅の母と下の妹は2017年5月現在も影島に住んでいる[8][9]。一家が釜山にきてから父は統営馬山麗水木浦などを回って[10]靴下卸しの商いをしたものの最終的に失敗、母が救援物資として得られた服を売る屋台や練炭配達で家計を支えた[9]。この経緯から家は貧しかった。ハンギョレ新聞によれば、トウモロコシのお粥の給食が一日の食事の全てで、月謝が払えず授業中に教室から追い出されたこともあったという[11]。釜山の南港小学校韓国語版慶南中学校韓国語版慶南高校韓国語版を卒業。慶南高校の同期には詩人・劇作家・演出家の李潤澤、建築家の承孝相朝鮮語: 승효상)がいる。文在寅と李潤澤は同じクラスだった[12][13]

現在の私邸は慶尚南道梁山市梅谷洞およびソウル市西大門区弘恩洞。

高校を卒業した後1年浪人して、1972年慶煕大学校法学部に入学。大学3年生の時(1974年)、大学祭でのちに妻となる2学年後輩[14]の慶煕大学声楽科の学生・金正淑(キム・ジョンスク)韓国語版1954年11月15日生まれ)と出会う。当初は単なる先輩・後輩だったが、翌1975年に文在寅が当時の朴正煕政権に反対する民主化デモに参加して、朴政権側が放った催涙ガスの直撃を受けた際に金が看病したことがきっかけで仲が深まったという[15]慶煕大学校在学中の1975年、朴政権に反対する民主化運動に係わった容疑で逮捕され、ソウル市の西大門刑務所に収監された。釈放された後、兵役の任務に就き特戦司令部第1空挺旅団に配属。1976年には板門店で北朝鮮と韓国および国連軍の軍事衝突「ポプラ事件」が起こり、文の部隊が解決のために投入される[16]

弁護士[編集]

1978年除隊後、父が心臓発作で59歳(数え年)で急死[9]、突然この世を去った父に息子が出世する姿を見せてあげられなかったという悔恨の念から司法試験の準備をすることを決意[17]全羅南道海南郡大屯寺司法試験の勉強に集中[7]1980年慶煕大学校を卒業した後、合格率2.9%と言われた第22回司法試験に合格。全斗煥率いる軍部が民主化運動を弾圧した光州事件に伴う非常戒厳の全国拡大措置による予備検束で逮捕され、司法試験合格通知書は拘置所で受け取った。司法修習の同期には、2011年10月からソウル市長を務めている朴元淳がいる[7]司法修習中の1981年に金正淑と結婚(1982年に長男、1983年に長女が誕生)。文本人が語ったところによると、プロポーズは金からで、文が友達と一緒にいたところに金が来て、突然「在寅、あなたは私と結婚するの?しないの? 早く答えて!」と言われ、びっくりして「わかった」と答えたという[15]。司法修習を次席で修了したが、デモと運動家としての経歴のため、志望していた裁判官になれず[17]1982年に弁護士になり、釜山で活動していた弁護士であった盧武鉉の法律事務所に入所し、「弁護士盧武鉉・文在寅合同法律事務所」を開設、釜山地方弁護士会人権委員長や釜山YMCA(キリスト教青年会)理事など要職を務める傍ら、時の全斗煥政権に反対する民主化運動に取り組んだ。

1988年には、金泳三から盧武鉉、金光一朝鮮語: 김광일_(1939년))とともに国会議員選挙への出馬を勧められ、二人は決意したが文だけは政界入りを断った(盧武鉉と金光一は国会議員に当選した)。

1996年に起きた「ペスカマ号事件」の弁護を担当。遠洋漁船で働き始めた中国朝鮮族の船員たちが、雇用主の韓国人船員の暴力に耐えかね暴発した事件を「人権という立場」から捉えなおし、死刑から無期懲役への減刑を実現した[6]

その後も政界入りの誘いを受け続け、2002年6月の第3回全国同時地方選挙の際には、当時大統領候補だった盧武鉉から数回、釜山市長選挙出馬を勧められたが固辞した。

盧武鉉政権[編集]

2002年12月に行われた大統領選挙に盧武鉉が立候補した際、釜山地域における選挙対策本部長を務めた。盧が大統領に当選した後も文は何度か弁護士業務に復帰したいという意思を示したが、翌2003年2月に盧武鉉政権が発足すると、大統領府(青瓦台)民情首席に就任。1年で辞任したが、2004年3月、ヒマラヤへ登山旅行中に盧が国会に弾劾訴追されたことを知り[7]、急遽帰国して盧の弁護団幹事となる。2004年5月に盧に対する弾劾訴追が憲法裁判所韓国語版に棄却されると、市民社会首席として青瓦台に復帰、2007年には大統領秘書室長となるなど、盧武鉉大統領の側近として活躍した。

下野、そして政界入り[編集]

2008年2月に盧武鉉が大統領の任期を終えて退任すると、文は慶尚南道梁山市の私邸に戻り、釜山で弁護士業務を再開した。2009年5月23日の盧武鉉の自殺時、国民葬を葬儀委員会常任執行委員長として取り仕切った。盧の死後、金大中が死去(2009年8月18日)の約2ヶ月前に文在寅、朴智元丁世均安熙正らを呼び[18]金大中に「必ず政権交代を果たしてほしい。私は年老いて病気で先が長くない。あなたたちがしなければならない」と言われ、文は政界入りを決意[19]。政治の前面に乗り出すことになったときの心境を、「あなた(盧武鉉)はもう運命から解き放たれましたが、私はあなたが残した宿題に縛られることになりました」と語った[17]。以後政治活動を活発化させ、2011年9月には「革新と統合」(以下、革統)を結成し、常任共同代表に就任した[20]

2012年6月8日

翌2012年4月の第19回総選挙では民主統合党(前年12月に民主党や革統などが合同して結成。以下、民主党)の候補として釜山市沙上区選挙区(小選挙区)から立候補し、当選を果たした。

6月17日、12月の大統領選挙への出馬を表明する[21]。民主党の公認候補を選ぶ予備選挙では8月25日から行われた全国13地域の全てで1位を獲得、最後に投票された9月16日のソウル市も含めて累積得票数34万票7000票余、得票率56.5%となり、孫鶴圭金斗官朝鮮語: 김두관)、丁世均らを大差で破って民主党の大統領候補に選出された[22]。同じく立候補を表明していた野党系の安哲秀(無所属)との間で候補を一本化[23]、安が出馬断念を発表した[24]。12月19日の本選では左派政党の進歩正義党の支援も受けた(進歩正義党の公認候補として立候補予定だった沈相奵朴槿恵の当選を阻止するために立候補辞退して文を支援)。20代~40代の支持で与党セヌリ党候補の朴槿恵を大きく上回り、民主党の地盤の全羅道(光州市全羅北道全羅南道)で朴槿恵を圧倒、ソウル市でも勝利し、全国で14,692,632票・得票率48.02%を得たが、15,773,128票・得票率51.55%を得た朴槿恵に3.5ポイント差で惜敗した。

2012年大統領選後、次期大統領選挙へは出馬せず、野党陣営の基盤作りを表明したが[25]、2013年11月、記者との懇談会の場で「大統領選挑戦に執着はしないが機会が来たら回避はしない」として、次期大統領選挙への再挑戦の意思を明らかにした[26]

2014年9月、同年7月の国会議員再補選で新政治民主連合(3月に民主党と安哲秀率いる新政治連合が統合して発足。略称: 新政治連合)が惨敗し党指導部が総辞職後に発足した非常対策委員会の委員に就任。2015年2月8日の全国代議員大会で行われた党代表選挙に出馬、朴智元などを僅差で抑えて代表に選出された[27]。しかし、同年4月末の補選において新政治連合は全敗、また党運営を巡って対立していた安哲秀、朴智元らの離党が相次ぐなど党勢は低迷[28]。新政治連合から「共に民主党」に党名改称した直後の2016年1月27日に党代表を辞任した[29]

2016年1月15日、右から二人目が文。

2016年4月に行われた第20回総選挙には出馬せず、首都圏を中心とした応援遊説を行なった。総選挙で「共に民主党」は議席を増やし、朴槿恵政権与党のセヌリ党を上回って第1党となり勝利したものの、文が「政界引退」まで公言し力を入れた全羅道光州市全羅北道全羅南道)では安哲秀朴智元鄭東泳千正培朝鮮語: 천정배)らが属する国民の党に惨敗した[11]

選挙後の10月6日、ソウル市内で行われた集会の場で次期大統領選挙への事実上の出馬宣言を行なった[30]

崔順実ゲート事件が発生して国民の朴槿恵政権への不満が高まる中の2016年10月15日に「民心が何を望んでいるのかは明白になりました。光化門広場で国民が口にした『これが国なのか?』という嘆きは、大統領の下野だけでは治癒できない、絶望感の表現です。大統領の退陣を超えて、時代を交替させ、国家の根本を一気に変えよという峻厳な命令です」「大統領が無条件退陣を宣言するまで、私は国民とともに全国的な退陣運動に乗り出します」との声明を発した[31]。以降2017年3月の憲法裁判所の大統領弾劾決定まで毎週土曜日に開かれた朴槿恵退陣要求デモに参加し続けた[32]

2017年大統領選出馬、そして当選[編集]

2016年11月26日、同じ「共に民主党」所属の国会議員表蒼園韓国語版(手前)とともに弘大入口駅前の反朴槿恵政権集会に参加した文(奥)

2016年12月9日に朴槿恵が国会に弾劾訴追された後、12月22日の野党候補らによる討論会では「弾劾以降の課題」について、「親日と独裁が受け継がれ、常に韓国社会の主流に成りすましてきた偽保守の時代をもう終わらせなければならない」とし、各分野における「積弊の清算」を強調、「公正社会の出発は検察改革などを通じて権力機関を正常化すること」「財閥改革、行政改革、入試改革など、不公正な構造と慣行を正さなければならない」「特に兵役逃れ、不動産投機、偽装転入、脱税、論文剽窃など5大不正の関連者は高位公職から排除すべきだ」と述べた。経済問題については「最初の課題は不公正な財閥経済を打破すること」「財閥関係者が市場に反する重大な犯罪を犯した場合、執行猶予が不可能になるように法定刑を引き上げ、赦免を禁止して法執行の公正性を確立しなければならない」と話した。この他に循環出資・相互出資に対する根本的な手術、懲罰的損害賠償制の強化など不公正取引の根絶、非正社員の差別禁止特別法の制定などを提案した[33]

2017年3月10日に朴槿恵が憲法裁判所韓国語版罷免され失職し、大統領選挙が早期に行われることが確定。4月3日に「共に民主党」の大統領選挙公認候補を選ぶ党内予備選挙で忠清南道知事の安熙正京畿道城南市長の李在明らを大差で破り、党の大統領候補に選出された[34]

4月12日に選挙公約を発表した。公共部門に81万人の雇用創出、民間にも要請して50万の雇用創出、最低賃金1万ウォンといった雇用対策を前面に掲げた。また財閥改革として財閥大企業への経済力の集中を防ぐために持ち株会社要件の強化、子会社所有に必要な出資比率の引き上げなどを行うとともにショッピングモール規制などで中小零細企業を保護することを公約した[35]

選挙期間中は各社世論調査で支持率で首位を固めるなど選挙戦を優位に進め、5月9日の投開票の結果当選を果たした[36]。前回2012年の大統領選では朴槿恵の当選を阻止するために立候補辞退して文在寅を支持した安哲秀沈相奵が今回はそれぞれ立候補したこともあり、得票数・得票率では前回を下回ったものの、全国で13,423,800票・得票率41.08%を獲得し、2位の自由韓国党洪準杓(7,852,849票・得票率24.03%)に557万0951票・得票率17.05ポイントの大差をつけて圧勝した。この557万0951票差は、2007年大統領選での李明博鄭東泳の531万7708票差を上回り、1位と2位の票差として歴代の韓国大統領選挙史上最大となった。

前回も勝利したソウル市では、市全体の総得票のみならず市内25区全区で1位となった。前回大統領選では朴槿恵を圧倒したものの前年の国会議員選挙では「共に民主党」が国民の党に大敗した全羅道(光州市全羅北道全羅南道)では、前回大統領選同様に全ての市・郡・区で1位となった上、国民の党安哲秀を大きく引き離し圧勝した。前回は朴槿恵に敗れた仁川市京畿道、忠清道(大田市世宗市忠清北道忠清南道)、済州道江原道釜山市蔚山市でも1位となった。江原道で民主党系の大統領候補(1956年申翼煕1960年趙炳玉1963年1967年尹潽善1971年1987年1992年1997年金大中2002年盧武鉉2007年鄭東泳2012年2017年の文在寅自身)が1位になったのは1963年尹潽善以来54年ぶり2度目[37]釜山市蔚山市で民主党系の候補が1位になったのは韓国大統領選挙史上初めて[38]のことである。慶尚南道でも巨済市金海市梁山市昌原市城山区義昌区鎮海区で勝利し、道全体でも洪準杓に得票数にして約1万票、得票率にしてわずか0.5ポイント差まで迫った。釜山市蔚山市慶尚南道(旧慶尚南道、いわゆるPK地域)の得票の合計では洪準杓を上回り、民主党系候補として大統領選挙史上初めてPK地域の総得票で1位となった[39]大邱市慶尚北道(いわゆるTK地域)では洪準杓を下回ったものの得票数・率ともに前回を上回った。

大統領として[編集]

2017年5月10日、夫人とともに。

通常は大統領当選後2か月の政権移行期があるが、朴槿恵前大統領の弾劾による罷免に伴う選挙だったため、2017年5月10日午前の中央選挙管理委員会の会合での文の当選確認をもって即時に第19代大統領に就任した[40]。与党の共に民主党は比較第一党だが国会で過半数を得ていないため、政権運営は野党の協力が必要不可欠となっている(2012年に改正された国会法により与野党対立法案の本会議への上程は5分の3が必要と定められており、この数には共に民主党、国民の党正義党の議員全員の協力に加え、革新系無所属議員2名を得ても足りず、保守野党の自由韓国党正しい政党からさらに14名の議員の賛成がいる)[41]

国会での就任演説では「すべての国民の大統領になる」として国内統合を強調した。外交では緊張の高まる北朝鮮核問題の解決のため「必要ならば直ちにワシントンに飛んで行く。北京東京にも行き、条件が揃えば平壌にも行く」と積極外交を宣言した。経済については「何よりも先に働き口を作る」「同時に財閥改革にも先頭に立つ」「政経癒着という単語を完全になくす」と述べた。また「権威的な大統領文化を清算する。準備を終え次第、大統領府から出て光化門大統領時代を開く」と宣言した[42]

5月12日、朴槿恵前大統領が教科書の左派色を減退すると称して推進したが、朴槿恵の父親の朴正煕政権の独裁を美化しているなどと批判され[43][44]、結局使用されなかった[45][46][47]国定歴史教科書の廃止を命じた[48]

同日、訪問した仁川空港公社で「任期内に公共部門の非正規職ゼロ時代を切り開く」と明らかにした。また各省庁に公共部門で勤務する非正規労働者の全面的実態調査と非正規問題を解決するためのロードマップの作成を指示、公共機関における非正規職問題を解決する強い姿勢を示す形となった[49]。この文大統領の訪問と宣言を受けて仁川空港公社社長が関連企業の1万人の非正規雇用従業員を正規雇用に切り替えると表明した[50][51]

5月24日には政府組織改編案で中小企業庁を中小ベンチャー企業部(省)へ昇格させることを発表し、大企業中心から中小企業中心の政治に転換させる意思を示す形となった[52]。5月26日には李明博政権が推進した四大河川改修事業のせいで「水質が悪化した」として事業で整備されたせきの一部の開放と事業の監査を指示し、「違法行為が明らかとなれば相応に対処する」と述べた[53]

略歴[編集]

  • 1953年1月24日:慶尚南道巨済郡(現・巨済市)に生まれる
  • 1959年:釜山市影島区に一家で転居
  • 1965年:南港小学校韓国語版卒業
  • 1968年:慶南中学校韓国語版卒業
  • 1971年:慶南高校韓国語版卒業
  • 1972年:慶煕大学校法学部入学
  • 1975年:朴正煕政権に反対する民主化運動で投獄、西大門刑務所に収監
  • 1978年:陸軍兵長(特戦司令部第1空挺部隊特戦旅団)満期除隊
  • 1980年:慶煕大学校法学部卒業
  • 1980年:第22回司法試験合格、光州事件に伴う非常戒厳の全国拡大措置による予備検束で逮捕され、拘置所で司法試験合格通知書を受け取る
  • 1981年:結婚(1982年に長男、1983年に長女が誕生)
  • 1982年:弁護士になり、釜山で盧武鉉弁護士(当時)と「弁護士盧武鉉・文在寅合同法律事務所」を開設
  • 以降、釜山NCC人権委員、仏教人権委員、天主教(カトリック)人権委員会人権委員、釜山市教育庁行政審判委員、釜山地方労働委員会公益委員などを務めながら、全斗煥政権に反対する民主化運動に取り組む
  • 1984年:海洋大学校海事法学科講師
  • 1985年:釜山民主市民協議会常任委員
  • 1987年:釜山民主憲法争奪国民運動本部常任執行委員
  • 1988年:ハンギョレ新聞創刊委員・釜山支社長
  • 1989年:釜山民主抗争記念事業会副理事長(~2002年)
  • 1995年:「法務法人釜山」設立、代表弁護士(~2003年)
  • 1995年:民主社会のための弁護士会(民弁)釜山支部・慶南支部代表
  • 1995年:釜山地方弁護士会人権委員長
  • 1996年:釜山YMCA理事
  • 2001年:「労働者のための連帯」共同代表(~2002年)
  • 2002年:盧武鉉大統領候補釜山地域選対本部長
  • 2003年:大統領府(青瓦台)民情首席(2003年2月~2004年2月)
  • 2004年:盧武鉉大統領弾劾審判被請求人代理人団幹事(2004年3月~5月)
  • 2004年:大統領府市民社会首席(2004年5月~2005年1月)
  • 2005年:大統領府民情首席(2005年1月~2006年5月)
  • 2006年:大統領政務特別補佐官
  • 2007年:大統領秘書室長(2007年3月12日~2008年2月24日)、第2次南北頂上会談(首脳会談)推進委員会委員長
  • 2009年:盧武鉉前大統領国民葬儀委員会常任執行委員長
  • 2010年:盧武鉉財団理事長
  • 2011年:「革新と統合」常任共同代表
  • 2012年:
    • 民主統合党常任顧問
    • 第19代国会議員(釜山市沙上区選挙区選出)(5月30日~2016年5月29日)
    • 民主統合党大統領候補
    • 代表権限代行(11月18日~12月28日)
  • 2014年
    • 新政治民主連合非常対策委員(9月21日~2015年2月8日)
  • 2015年
    • 新政治民主連合代表(2月9日~12月27日)
    • 共に民主党代表(12月28日~2016年1月27日)
  • 2016年
    • 共に民主党常任顧問
  • 2017年
    • 共に民主党大統領候補
  • 第19代大統領就任[40](5月10日~)
出典:문재인 프로필(文在寅プロフィール)(文在寅ホームページ)、프로필(プロフィール)大韓民国憲政会)。いずれも2012年9月13日閲覧

    文在寅プロフィール(文在寅ホームページ)、文在寅ブログ。いずれも2017年5月9日閲覧

人物・思想[編集]

2014年11月12日

身長は172cm[54][55]、体重は67キロ(2017年時)[56][55]、血液型はB型[54][55]。趣味は読書[56]登山[54][55]囲碁[55]。好きなスポーツはスクーバダイビングフリーダイビング[55]。信仰はローマ・カトリックである[56][55]。座右の銘は「困難な時ほど原則に戻れ」[54][55]。尊敬する人物は丁若鏞韓国語版[57]世宗大王[55]フランクリン・ルーズベルト[10]。好きな芸能人は歌手のイ・ウンミ朝鮮語: 이은미_(1966년))、俳優のソン・ガンホ[10]。好きな映画は『王になった男[10]。幼少期の夢は歴史学者だった[10]

その政治的立場は「革新」[58][59]、「左派」[60][61]、「中道左派」[62]、「極左」[63]、「親北」[64]、「従北」[65]、「反日」[65]などメディアによって様々に表現される。このうち「従北」というレッテルについて文は「国民を分裂させる偽保守勢力」が使っているもので「特殊戦司令部出身の私に従北という人たちが本当の従北」と述べて反発している[66]

その半生は保守派との闘争に彩られているが[65]保守主義全般については必ずしも否定的ではなく、保守思想を「家族、国家と民族、共同体をより大事にし、そのために犠牲になり献身するもの」と肯定的に定義している[6]。2017年4月には顕忠院を訪問し、李承晩朴正煕の墓地を順に参拝しており、芳名録に「国民すべての大統領!」と書いている[67]。「真の保守」と「偽保守」を峻別して「偽保守」を批判している[6]

活動・言動[編集]

憲法改正問題[編集]

”大統領の権限を分散させる分権型改憲と5年単任制の弊害を克服するための4年重任制改憲”に賛成[68]

また憲法前文に光州事件の民主化運動の精神を盛り込むことを公約している[69]

議会改革[編集]

公認改革は、国会議員公認権の市・道党への移譲と基礎議会政党の公認廃止、地域別比例代表制の導入と地方区・比例代表議席数の調整などの比例代表公認改革を約束[68]

セウォル号事件[編集]

セウォル号事件」では、朴槿恵政権(当時)を「国民を守らず、真相究明を求める遺族の決死の抗議も無視し続けた」と批判した[6]。セウォル号事件の際の朴大統領の動向がはっきりしない所謂「空白の7時間」問題についても「他にどんな大事な要件があるのか、いったい何をしていたのか」と批判した[70]

2015年、正義党代表沈相奵とともに

しかし文のセウォル号をめぐる政権批判について、正義党沈相奵代表は、安哲秀の”朴槿恵赦免関連発言”について「あいまいな態度を取っている」と批判している[71]

また大統領選挙戦中、文陣営の遊説車両がバイクと交通事故を起こしてバイクに乗っていた男性を死亡させる事件を起こしたが、その件で文陣営が当初誰も遺族に謝りにいかなかったことが遺族やネットから批判され、事故発生から文が弔問に行くまでの時間がセウォル号事件と絡めて「空白の31時間」と呼ばれた[70]

対北朝鮮姿勢[編集]

対北朝鮮融和派といわれ、アメリカの新聞は文の北に対する融和的な姿勢について、金大中の「太陽政策(サンシャイン・ポリシー)」と文の姓のアルファベット表記である「Moon(=月)」を掛け合わせて「月光政策(ムーンシャイン・ポリシー)」と名付けている[72]

西岡力によると、大統領秘書室長当時の2007年、国連における北朝鮮人権決議案への賛否を北朝鮮に事前に問い合わせた上で、棄権の判断を下したことが、盧武鉉政権時に外交通商部長官を務めた宋旻淳の回顧録『氷河は動く』から判明したという[73]。日本の保守系新聞である産経新聞記者の野口裕之は、文は紛う事なき北朝鮮の内通者だと主張している[74]。これに対して、当時統一部長官だったイ・ジェジョンは2016年10月16日、ハンギョレ新聞との電話インタビューで、「韓国政府の立場は、すでに2007年11月15日に(ペク・ジョンチョン大統領府外交安保室長の主宰で)開かれた安保政策調整会議で(棄権に)決まっており、翌16日には議論内容を盧に報告し、『棄権』を最終決定した」として、「すでに結論が出ているのに、北朝鮮の立場をなぜ聞くだろうか」と話した。「11月18日の会議」についても「決定内容を覆すためのものではなく、『決議案に賛成すべきだ』と主張していた宋が盧に再検討を主張したため、彼をなだめるために集まった」と話した。回顧録で、当時北朝鮮の立場を確認することを主導した人物として書かれた金万福(キム・マンボク)元国家情報院長も「そうした事実は全くない」として、「(与党が)国会情報委員会への出席を求めるなら、国家情報院の承認を受けて出席し、質問に誠実に答えるつもり」だと話した[75]

2017年1月25日江原道を訪問した際に、「平昌冬季五輪が北朝鮮の参加で平和五輪として注目されれば、成功的な開催はもちろん、南北関係改善の契機になるだろう。釜山アジア大会も当初はあまり注目されなかったが、北朝鮮応援団の電撃的な参加で、成功した大会となった」と述べた。さらに文は「相手がいてのことだから、思う通りにはいかないかもしれないが、南北共同応援団や共同トレーニング、平昌冬季五輪の前夜祭を金剛山で開催する案などが実現すれば、冬季五輪が南北関係を解決する誘い水となり、江原道は平和特別自治道になるだろう」と話した。

2017年3月12日「北朝鮮の核問題解決に向けて、北朝鮮を圧迫するにしても、制裁するにしても、金正恩を実体として認めざるを得ない」と述べた[76]開城工業団地の早期再開を主張していたが、大統領選中の2017年4月に北朝鮮核危機が高まると慎重な姿勢に転じた[77]

保守キリスト教団体韓国キリスト教総連合会(韓キ総)のコ・チャンゴン牧師からの「NLLに対する立場と大韓民国愛国歌も歌わず、国旗の前で挨拶さえしない人と政治的パートナーになろうとする特別な理由があるか」 という問いに対して、「NLLに対する意志が弱いのではないかという考えは誤解」「過去の国民政府の時も、二回西海海戦を行い、北朝鮮側の挑発を断固として撃退した。そんな精神を持っている」「国旗や愛国歌を否定するような精神には全く賛同しない」「そうした政治勢力と政治的連帯などをするつもりも全くない」「NLLは1992年、盧泰愚政府の時に南北基本合意書上で『南北間の海上不可侵境界線』と南北が明示して合意した」「憲法上朝鮮半島と附属島嶼すべてが大韓民国の領土であり、法的に領土線という言葉を使うのは ちょっとあれだが、事実上、領海線であり領土線だ。その部分(領土線)を断固 として守る」「10.4共同宣言で、南北共同漁撈区域に合意したのも、NLLを守るためだった」「NLLを基点として共同漁撈区域を設定したのは、北朝鮮が NLLに特に主張もできないように基本的に防ぎ、紛争や偶発的な衝突の可能性も防ごうということが南北共同漁撈区域」と答えている。

2017年5月14日に行われた北朝鮮のミサイル実験の際は北朝鮮を「敵」と呼んで武力挑発には報復すると発言し[78]、この文在寅政権の姿勢に対して北朝鮮の対韓窓口機関朝鮮アジア太平洋平和委員会は「憎たらしい朴槿恵前政権を思い起こす」と反発した[79]。また、中国の一帯一路国際協力サミットフォーラム英語版での文在寅政権初となる南北の要人接触でもミサイル実験への抗議がされた[80]

対米姿勢[編集]

2017年3月10日にニューヨークタイムズに掲載されたインタビュー記事の中で「韓米関係は今後さらに堅固に発展させていかなければならないが、その関係が過度に一方的であってはならない」とし、「米国にノー (no) と言えなければならない」という趣旨の発言をしている[76]

竹島上陸[編集]

2016年7月25日、次期大統領選の準備のため竹島に上陸し、芳名録に「東海のわが領土」などと書き込んだ[81]。これを受け8月9日に、慰安婦問題日韓合意に関する会談において金杉憲治外務省アジア大洋州局長による抗議がなされた[82]

対日姿勢[編集]

2012年6月8日

2012年の大統領選挙に立候補した際には、選挙戦を通じて「親日清算をしたい」という表現を使用している。また、真実と和解委員会を設置。過去史の整理作業を締めくくりたいと述べている[83]。同選挙戦中に「独島(竹島)挑発に決して妥協しない」「慰安婦問題について日本政府に法的責任を問う」などから成る「対日5大歴史懸案」を掲げている[65]

2015年に結ばれた慰安婦問題日韓合意については「問題の本質は10億円ではなく、法的責任認定と公式謝罪だと国民は考えている」として批判的である[84]。2016年12月、釜山市東区が日本領事館前の慰安婦像設置を不許可とした件をめぐっては、Facebookで「少女像は生きている歴史教科書だ。釜山市民の少女像設置は、本物の独立宣言だ。釜山東区庁とその背後勢力は、設置を恐れた。清算されていない親日行為に他ならない」と市当局を批判した[85]。その後市当局が設置を許可すると「像が寂しがらないよう、共に関心を持って守っていこう」と訴えた。慰安婦像設置に対抗して日本政府が駐韓大使を一時帰国させたが、それについて「韓国が詐欺でも働いたように主張している」として日本政府の対応を批判した[84]

大統領選挙で共に民主党候補に選出された直後の2017年4月4日、韓国政府が「旧日本軍従軍慰安婦」と認定しているイ・スンドクが死去するとFacebookで「おばあさん(イ・スンドク)に代わり、必ず日本から謝罪を受ける」という決意を述べるとともに日韓合意を「朴槿恵政権による屈辱的な合意」と批判して「間違った交渉は必ず正す」と宣言した[86]。大統領選挙の終盤戦となる2017年5月8日にも「日本との慰安婦合意は間違っている。」と発言した[87]

大統領就任後の2017年5月11日には日本の内閣総理大臣安倍晋三と電話会談を行い、その中で慰安婦合意について「国民の大多数が心情的に合意を受け入れられないのが現実」と伝えた[88]。同月5月17日には、文喜相が大統領特使として親書を携えて訪日。A4判2枚にまとめられた親書には、「北朝鮮問題における協調強化」、「慰安婦合意は、韓国国民の大多数が受け入れられずにいる」との2点が盛り込まれていたとされている[89]

THAAD配備問題[編集]

THAAD配備が既成事実化しても中華人民共和国と関係改善することが韓国外交の最優先事項と主張しており[90]、共に民主党議員団の訪中を牽制した韓国大統領府を「情けない政府」と批判しているものの[90]、自身の主張としては賛成とも反対とも明らかにせず、全面的な再検討を行うべきと述べるにとどまり、曖昧な態度であるとの批判を受けている[91]。 2016年12月22日の討論会では、「次の政権で議論して決めればよい」、「次の政権でリーダーシップが確立されたらその状況で国益を優先して再検討し、その結果によって外交的手順を踏む」としている[33]。 2017年1月15日に報道されたNEWSISとのインタビューでこれまで「公論化および再検討→配備手続き中止および次期政府へ移管」と修正してきたのを「THAAD問題の解決策は次期政権が講じなければならないが、韓米間ですでに合意がなされたことを取り消すことができるとは思っていない」とした[92]。 2017年3月12日の会見では、「中国が懸念し、反対意見を出すことは十分理解できるが、THAAD配備は韓国の安保に関する問題であり、韓国の主権事項」だとしたうえで、「中国が反対意見を表明することを超えて、反対意見を貫くために過度な圧迫を加えるのは正しくない」とした[76]

その他の主張[編集]

  • 大韓民国の正統性については、2016年8月15日フェイスブックを通じて「憲法は大韓民国が3・1独立運動によって樹立した大韓民国臨時政府の法の正統を継承すると明示している」とし、「制憲憲法は3・1運動によって大韓民国が樹立されたと明らかにした」としている。さらに「(したがって)今まで大韓民国の歴代政府は1948年8月15日を建国の日ではなく、政府樹立日として公式に表記してきた」とし、「最近、大韓民国が1948年8月15日に樹立したためその日を建国節として記念すべきだと主張する人々がいる。歴史を歪曲し憲法を否定する反歴史的、反憲法的な主張だ。大韓民国の正統性を自ら否定する間の抜けた主張」としている[93]
  • 歴史教科書の国定化については、「(朴槿恵政権は)国民と歴史の前に贖罪する姿勢で民心を敬わなければならない」として「その始まりは歴史国定教科書など朴槿恵印の政策の執行を直ちに中断すること」だとしている[94]

脚注[編集]

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  37. ^ 1963年大統領選における尹潽善の所属政党であった民政党は民主党系政党の源流には含まれないと考えた場合は史上初。
  38. ^ 1987年大統領選における金泳三も民主党系候補に含まれると考えた場合は、釜山市で1位になったのは30年ぶり2度目(蔚山市では盧泰愚金泳三を上回っていたのでいずれの解釈でも史上初)。なお、1992年大統領選における金泳三民主自由党自由韓国党の源流のひとつ)の候補者であるため、民主党系候補と位置づけられることはない。
  39. ^ 1987年大統領選における金泳三も民主党系候補に含まれると考えた場合は30年ぶり2度目。なお、1992年大統領選における金泳三民主自由党自由韓国党の源流のひとつ)の候補者であるため、民主党系候補と位置づけられることはない。
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参考文献[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
黄教安
(大統領権限代行)
Presidential Standard of the Republic of Korea.svg 大韓民国大統領
2017年5月10日 -
次代: