文在寅

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文在寅(ムン・ジェイン)
문재인
Moon Jae-in May 2017.jpg
青瓦台での就任会見(2017年5月10日

韓国の旗 韓国
第19代大統領
任期 2017年5月10日[1][2]
首相 黄教安(2017年5月10日~5月11日)
柳一鎬(首相権限代行:2017年5月11日~5月31日)
李洛淵(2017年5月31日~)

任期 2015年12月28日2016年1月27日

任期 2015年2月9日 – 2015年12月27日

任期 2012年5月30日 – 2016年5月29日

出生 (1953-01-24) 1953年1月24日(64歳)
韓国の旗 韓国 慶尚南道巨済郡(現・巨済市)巨済面明珍里694-1[3](明珍1キル27)[4]
政党 民主統合党民主党新政治民主連合共に民主党
出身校 慶煕大学校法学部法律学科
配偶者 金正淑[5]
署名 Moon Jae In Signature.png
文在寅
各種表記
ハングル 문재인
漢字 文在寅
発音: ムン・ジェイン
日本語読み: ぶん ざいいん
ローマ字 Mun Jae-in(2000年式
Mun Chaein(MR式
英語表記: Moon Jae-in
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文在寅(ムン・ジェイン、韓国語문재인1953年1月24日 - )は、韓国政治家弁護士市民活動家。第19代大統領

弁護士として市民運動や人権運動に参加した後、盧武鉉政権で大統領側近として活躍した。その後、国会議員に当選、新政治民主連合代表や共に民主党代表を務めた。2012年12月19日大統領選挙では朴槿恵に惜敗したが、朴槿恵の弾劾・罷免に伴う2017年5月9日大統領選挙で当選し、同年5月10日に大統領に就任して在任中。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1953年1月24日に巨済島慶尚南道巨済郡、現・巨済市)の巨済面明珍里南井村[3][6]で二男三女の長男(姉(1949年生まれ)が1人、妹が2人(1955年生まれと1957年生まれ)、弟(1959年生まれ)が1人[7])として生まれた。両親(父・1920年生まれ、母・1928年生まれ[7])と姉は朝鮮戦争中の1950年12月に現在の北朝鮮の咸鏡南道咸興市興南区域(当時は興南市)から興南撤収作戦朝鮮語: 흥남_철수_작전)の際に、米国の貨物船「メレディス・ヴィクトリー英語版号」に乗り脱北した避難民[8]。祖父母は北に残したままだった。父は巨済島捕虜収容所朝鮮語: 거제도_포로수용소)で労働者として働き、母は鶏卵売りの行商をした[9]

小学校入学前[10]の6歳の時[7]1959年[4])、釜山市影島区瀛仙洞に一家で転居。在寅の母と下の妹は2017年5月現在も影島に住んでいる[7][11]。一家が釜山にきてから父は統営馬山麗水木浦などを回って[12]靴下卸しの商いをしたものの最終的に失敗、母が救援物資として得られた服を売る屋台や練炭配達で家計を支えた[11]。この経緯から家は貧しく、トウモロコシのお粥の給食が一日の食事の全てで、月謝が払えず授業中に教室から追い出されたこともあったという[13]。釜山の南港小学校韓国語版慶南中学校韓国語版慶南高校韓国語版を卒業。慶南高校の同期には詩人・劇作家・演出家の李潤澤、建築家の承孝相朝鮮語: 승효상)がいる。文在寅と李潤澤は同じクラスだった[14][15]

現在の私邸は慶尚南道梁山市梅谷洞およびソウル市西大門区弘恩洞にある。

高校3年生の時はソウル大学校の受験に失敗し[16]、高校卒業後、ソウルの予備校・鍾路学院韓国語版(入塾試験の成績が1位で受講料を免除された[9]。)で1年浪人生活をして、4年全額奨学金のあった慶煕大学校法科大学(法学部)法学科に志望校を変更し、首席で合格して1972年に入学[16]

民主化運動参加と妻との出会い[編集]

慶煕大学3年生の時(1974年)、大学祭でのちに妻となる2学年後輩[17]の慶煕大学声楽科の学生・金正淑1954年11月15日生まれ)と出会う。当初は単なる先輩・後輩だったが、翌1975年に文在寅が当時の朴正煕政権に反対する民主化デモに参加して、朴政権側が放った催涙ガスの直撃を受けた際に金が看病したことがきっかけで仲が深まったという[18]。慶煕大学在学中の1975年、朴政権に反対する民主化運動に係わった容疑で逮捕され[19]、ソウル市の西大門刑務所に収監された。

兵役[編集]

通常なら兵役に就く時期は一定期間内から選ぶことができるが、この時代には民主化運動を行って逮捕された者はただちに強制入隊させられるという慣習があったため、文も釈放後すぐに入隊し、厳しい訓練で知られる特戦司令部第1空挺旅団に配属された。爆破任務を担う優秀な軍人だったといい、司令表彰も受けている[19]

1976年には板門店で北朝鮮と韓国および国連軍の軍事衝突「ポプラ事件」が起こり、文の部隊が解決のために投入されている[20]。軍隊での最終階級は兵長だった[21]

弁護士[編集]

1978年除隊後、父が心臓発作で59歳(数え年)で急死[11]、突然この世を去った父に息子が出世する姿を見せてあげられなかったという悔恨の念から司法試験の準備をすることを決意[22]全羅南道海南郡大屯寺司法試験の勉強に集中[10]1980年慶煕大学校を卒業した後、合格率2.9%と言われた第22回司法試験に合格。全斗煥率いる軍部が民主化運動を弾圧した光州事件に伴う非常戒厳の全国拡大措置による予備検束で逮捕され、司法試験合格通知書は拘置所で受け取った。司法修習の同期には、2011年10月からソウル市長を務めている朴元淳がいる[10]司法修習中の1981年に金正淑と結婚(1982年に長男、1983年に長女が誕生)。文本人が語ったところによると、プロポーズは金からで、文が友達と一緒にいたところに金が来て、突然「在寅、あなたは私と結婚するの?しないの? 早く答えて!」と言われ、びっくりして「わかった」と答えたという[18]1982年に司法修習を次席で修了したが、デモと運動家としての経歴のため、志望していた裁判官になれず[22]、弁護士になった。「法律家は庶民を助けるべきだ」との考えからキム&チャン法律事務所韓国語版など大手の法律事務所からのオファーを断り[23]、釜山で活動していた弁護士・盧武鉉の法律事務所に入所し、「弁護士盧武鉉・文在寅合同法律事務所」を開設。その後、釜山地方弁護士会人権委員長や釜山YMCA(キリスト教青年会)理事など要職を務める傍ら、時の全斗煥政権に反対する民主化運動に取り組んだ。

民主化直後の1988年には、金泳三から盧武鉉、金光一朝鮮語: 김광일_(1939년))とともに同年4月の国会議員選挙への出馬を勧められ、二人は決意したが文だけは政界入りを断った[24](盧武鉉と金光一は国会議員に当選した)。

1996年に起きた「ペスカマ号事件韓国語版」の弁護を担当。遠洋漁船で働き始めた中国朝鮮族の船員たちが、雇用主の韓国人船員の暴力に耐えかね暴発した事件を「人権という立場」から捉えなおし、死刑から無期懲役への減刑を実現した[8]

その後も政界入りの誘いを受け続け、2002年6月の第3回全国同時地方選挙の際には、当時大統領候補だった盧武鉉から数回、釜山市長選挙出馬を勧められたが固辞した[23]

盧武鉉政権[編集]

2002年12月に行われた大統領選挙に盧武鉉が立候補した際、釜山地域における選挙対策本部長を務めた。盧が大統領に当選した後も文は何度か弁護士業務に復帰したいという意思を示したが、翌2003年2月に盧武鉉政権が発足すると、大統領府(青瓦台)民情首席に就任。1年で辞任したが、2004年3月、ヒマラヤへ登山旅行中に盧が国会に弾劾訴追されたことを知り[10]、急遽帰国して盧の弁護団幹事となる。2004年5月に盧に対する弾劾訴追が憲法裁判所韓国語版に棄却されると、市民社会首席として青瓦台に復帰、2007年には大統領秘書室長となるなど、盧武鉉大統領の側近として活躍した。

常に盧武鉉の側にあったことから「盧武鉉の影法師」の異名をとった[25]

下野、そして政界入り[編集]

2008年2月に盧武鉉が大統領の任期を終えて退任すると、文は慶尚南道梁山市の私邸に戻り、釜山で弁護士業務を再開した[25]2009年5月23日の盧武鉉の自殺時、国民葬を葬儀委員会常任執行委員長として取り仕切った。また盧の死後に設立された盧武鉉財団の理事(後に理事長)に就任した[25]

盧武鉉の死後、金大中が死去(2009年8月18日)の約2ヶ月前に文在寅、朴智元丁世均安熙正らを呼び[26]金大中に「必ず政権交代を果たしてほしい。私は年老いて病気で先が長くない。あなたたちがしなければならない」と言われ、文は政界入りを決意[27]。政治の前面に乗り出すことになったときの心境を、「あなた(盧武鉉)はもう運命から解き放たれましたが、私はあなたが残した宿題に縛られることになりました」と語った[22]。以後政治活動を活発化させ、2011年9月には「革新と統合」(以下、革統)を結成し、常任共同代表に就任した[28]

2012年6月8日

翌2012年4月の第19回総選挙では民主統合党(前年12月に民主党や革統などが合同して結成。以下、民主党)の候補として釜山市沙上区選挙区(小選挙区)から立候補し、当選を果たした。

2012年大統領選出馬[編集]

6月17日、12月の大統領選挙への出馬を表明する[29]

民主党の公認候補を選ぶ予備選挙では8月25日から行われた全国13地域の全てで1位を獲得、最後に投票された9月16日のソウル市も含めて累積得票数34万票7000票余、得票率56.5%となり、孫鶴圭金斗官朝鮮語: 김두관)、丁世均らを大差で破って民主党の大統領候補に選出された[30]。同じく立候補を表明していた野党系の安哲秀(無所属)との間で候補を一本化[31]、安が出馬断念を発表した[32]。12月19日の本選では左派政党の進歩正義党の支援も受けた(進歩正義党の公認候補として立候補予定だった沈相奵朴槿恵の当選を阻止するために立候補辞退して文を支援)。20代~40代の支持で与党セヌリ党候補の朴槿恵を大きく上回り、民主党の地盤の全羅道(光州市全羅北道全羅南道)で朴槿恵を圧倒、ソウル市でも勝利し、全国で14,692,632票・得票率48.02%を得たが、15,773,128票・得票率51.55%を得た朴槿恵に3.5ポイント差で惜敗した。

野党議員として[編集]

2012年大統領選後、次期大統領選挙へは出馬せず、野党陣営の基盤作りを表明したが[33]、2013年11月、記者との懇談会の場で「大統領選挑戦に執着はしないが機会が来たら回避はしない」として、次期大統領選挙への再挑戦の意思を明らかにした[34]

2014年9月、同年7月の国会議員再補選で新政治民主連合(3月に民主党と安哲秀率いる新政治連合が統合して発足。略称: 新政治連合)が惨敗し党指導部が総辞職後に発足した非常対策委員会の委員に就任。2015年2月8日の全国代議員大会で行われた党代表選挙に出馬、朴智元などを僅差で抑えて代表に選出された[35]。しかし、同年4月末の補選において新政治連合は全敗、また党運営を巡って対立していた安哲秀、朴智元らの離党が相次ぐなど党勢は低迷[36]。新政治連合から「共に民主党」に党名改称した直後の2016年1月27日に党代表を辞任した[37]

2016年1月15日、金鍾仁韓国語版の記者会見で。右から二人目が文で、三人目が金鍾仁である。

2016年4月に行われた第20回総選挙には出馬せず、首都圏を中心とした応援遊説を行なった。総選挙で「共に民主党」は議席を増やし、朴槿恵政権与党のセヌリ党を上回って第1党となり勝利したものの、文が「政界引退」まで公言し力を入れた全羅道光州市全羅北道全羅南道)では安哲秀朴智元鄭東泳千正培朝鮮語: 천정배)らが属する国民の党に惨敗した[13]

選挙後の10月6日、ソウル市内で行われた集会の場で次期大統領選挙への事実上の出馬宣言を行なった[38]

崔順実ゲート事件が発生して国民の朴槿恵政権への不満が高まる中の2016年10月15日に「民心が何を望んでいるのかは明白になりました。光化門広場で国民が口にした『これが国なのか?』という嘆きは、大統領の下野だけでは治癒できない、絶望感の表現です。大統領の退陣を超えて、時代を交替させ、国家の根本を一気に変えよという峻厳な命令です」「大統領が無条件退陣を宣言するまで、私は国民とともに全国的な退陣運動に乗り出します」との声明を発した[39]

2016年11月26日、同じ「共に民主党」所属の国会議員表蒼園韓国語版(手前)とともに弘大入口駅前の反朴槿恵政権集会に参加した文(奥)

以降2017年3月の憲法裁判所の大統領弾劾決定まで毎週土曜日に開かれた朴槿恵退陣要求デモに参加し続けた[40]

2017年大統領選出馬、そして当選[編集]

2016年12月9日に朴槿恵が国会に弾劾訴追された後、12月22日の野党候補らによる討論会では「弾劾以降の課題」について、「親日と独裁が受け継がれ、常に韓国社会の主流に成りすましてきた偽保守の時代をもう終わらせなければならない」とし、各分野における「積弊の清算」を強調、「公正社会の出発は検察改革などを通じて権力機関を正常化すること」「財閥改革、行政改革、入試改革など、不公正な構造と慣行を正さなければならない」「特に兵役逃れ、不動産投機、偽装転入、脱税、論文剽窃など5大不正の関連者は高位公職から排除すべきだ」と述べた。経済問題については「最初の課題は不公正な財閥経済を打破すること」「財閥関係者が市場に反する重大な犯罪を犯した場合、執行猶予が不可能になるように法定刑を引き上げ、赦免を禁止して法執行の公正性を確立しなければならない」と話した。この他に循環出資・相互出資に対する根本的な手術、懲罰的損害賠償制の強化など不公正取引の根絶、非正社員の差別禁止特別法の制定などを提案した[41]

2017年3月10日に朴槿恵が憲法裁判所韓国語版罷免され失職し、大統領選挙が早期に行われることが確定。4月3日に「共に民主党」の大統領選挙公認候補を選ぶ党内予備選挙で忠清南道知事の安熙正京畿道城南市長の李在明らを大差で破り、党の大統領候補に選出された[42]

4月12日に選挙公約を発表した。公共部門に81万人の雇用創出、民間にも要請して50万の雇用創出、最低賃金1万ウォンといった雇用対策を前面に掲げた。また財閥改革として財閥大企業への経済力の集中を防ぐために持ち株会社要件の強化、子会社所有に必要な出資比率の引き上げなどを行うとともにショッピングモール規制などで中小零細企業を保護することを公約した[43]

選挙期間中は各社世論調査で支持率で首位を固めるなど選挙戦を優位に進め、5月9日の投開票の結果当選を果たした[44]。前回2012年の大統領選では朴槿恵の当選を阻止するために立候補辞退して文在寅を支持した安哲秀沈相奵が今回はそれぞれ立候補したこともあり、得票数・得票率では前回を下回ったものの、全国で13,423,800票・得票率41.08%を獲得し、2位の自由韓国党洪準杓(7,852,849票・得票率24.03%)に557万0951票・得票率17.05ポイントの大差をつけて圧勝した。この557万0951票差は、2007年大統領選での李明博鄭東泳の531万7708票差を上回り、1位と2位の票差として歴代の韓国大統領選挙史上最大となった。

前回も勝利したソウル市では、市全体の総得票のみならず市内25区全区で1位となった。前回大統領選では朴槿恵を圧倒したものの前年の国会議員選挙では「共に民主党」が国民の党に大敗した全羅道(光州市全羅北道全羅南道)では、前回大統領選同様に全ての市・郡・区で1位となった上、国民の党安哲秀を大きく引き離し圧勝した。前回は朴槿恵に敗れた仁川市京畿道、忠清道(大田市世宗市忠清北道忠清南道)、済州道江原道釜山市蔚山市でも1位となった。江原道で民主党系の大統領候補(1956年申翼煕1960年趙炳玉1963年1967年尹潽善1971年1987年1992年1997年金大中2002年盧武鉉2007年鄭東泳2012年2017年の文在寅自身)が1位になったのは1963年尹潽善以来54年ぶり2度目[45]釜山市蔚山市で民主党系の候補が1位になったのは韓国大統領選挙史上初めて[46]のことである。慶尚南道でも巨済市金海市梁山市昌原市城山区義昌区鎮海区で勝利し、道全体でも洪準杓に得票数にして約1万票、得票率にしてわずか0.5ポイント差まで迫った。釜山市蔚山市慶尚南道(旧慶尚南道、いわゆるPK地域)の得票の合計では洪準杓を上回り、民主党系候補として大統領選挙史上初めてPK地域の総得票で1位となった[47]大邱市慶尚北道(いわゆるTK地域)では洪準杓を下回ったものの得票数・率ともに前回を上回った。

大統領として[編集]

2017年5月10日の就任式。夫人とともに
2017年5月10日の就任式。夫人とともに

通常は大統領当選後2か月の政権移行期があるが、朴槿恵前大統領の弾劾による罷免に伴う選挙だったため、2017年5月10日午前の中央選挙管理委員会の会合での文の当選確認をもって即時に第19代大統領に就任した[48]。与党の共に民主党は比較第一党だが国会で過半数を得ていないため、政権運営は野党の協力が必要不可欠となっている(2012年に改正された国会法により与野党対立法案の本会議への上程は5分の3が必要と定められており、この数には共に民主党国民の党正義党の議員全員の協力に加え、革新系無所属議員2名を得ても足りず、保守野党の自由韓国党正しい政党からさらに14名の議員の賛成が要る)[49]

国会での就任演説では「すべての国民の大統領になる」として国内統合を強調した。外交では緊張の高まる北朝鮮核問題の解決のため「必要ならば直ちにワシントンに飛んで行く。北京東京にも行き、条件が揃えば平壌にも行く」と積極外交を宣言した。経済については「何よりも先に働き口を作る」「同時に財閥改革にも先頭に立つ」「政経癒着という単語を完全になくす」と述べた。また「権威的な大統領文化を清算する。準備を終え次第、大統領府から出て光化門大統領時代を開く」と宣言した[50]

5月12日、朴槿恵前大統領が教科書の左派色を減退すると称して推進したが、朴槿恵の父親の朴正煕政権の独裁を美化しているなどと批判され[51][52]、結局使用されなかった[53][54][55]国定歴史教科書の廃止を命じた[56]

同日、訪問した仁川空港公社で「任期内に公共部門の非正規職ゼロ時代を切り開く」と明らかにした。また各省庁に公共部門で勤務する非正規労働者の全面的実態調査と非正規問題を解決するためのロードマップの作成を指示、公共機関における非正規職問題を解決する強い姿勢を示す形となった[57]。この文大統領の訪問と宣言を受けて仁川空港公社社長が関連企業の1万人の非正規雇用従業員を正規雇用に切り替えると表明した[58][59]

5月18日、光州事件から37周年の5.18民主化運動記念式における演説で、「文在寅政府は光州民主化運動の延長線上に立っています。」「新政府は5.18民主化運動とろうそく革命の精神を仰ぎ、この地の民主主義を完全に復元します。光州の英霊たちが心安らかに休めるよう成熟した民主主義の花を咲かせます。」「光州精神を憲法に継承する真の民主共和国時代を開きます。」「5.18精神を憲法前文に含める改憲を完了できるようこの場を借りて国会の協力と国民の皆様の同意を丁重に要請します。」と述べた[60][61]

5月23日、盧武鉉元大統領の8周忌追悼式の式辞で、「民主主義と人権と福祉が正常に機能する国、地域主義と理念の葛藤、差別という非正常が無い国」を作るという「盧武鉉の夢は目覚めた市民の力で復活しました。私たちが共に見た夢が私たちをここまで連れてきてくれました。私たちはもう、二度と失敗しないでしょう。私たちは李明博、朴槿恵政権だけでなく、金大中、盧武鉉政権まで、去る20年間のすべてを省察し、成功の道へと向かっていきます。」「私はこれから任期中に(盧武鉉)大統領を胸の中にだけしまっておきます。現職の大統領としてこの場に参席するのは今日が最後になります。」「必ず成功する大統領になって任務を果たした後にまたうかがいます。」と述べ、スローガンである「参与政府(盧武鉉政権)を超える完全に新しい国」を実現する強い意気込みを示した[62]

5月24日には政府組織改編案で中小企業庁を中小ベンチャー企業部(省)へ昇格させることを発表し、大企業中心から中小企業中心の政治に転換させる意思を示す形となった[63]。5月26日には李明博政権が推進した四大河川改修事業のせいで「水質が悪化した」として事業で整備されたせきの一部の開放と事業の監査を指示し、「違法行為が明らかとなれば相応に対処する」と述べた[64]

6月4日には国家情報院改革に着手し、政府機関やメディアの監視を行っていると批判されていた国内情報担当官(IO)制の廃止を指示した[65]

6月5日には11兆2000億ウォンの財政緩和によって公共部門の雇用創出、若年層への求職促進手当の拡大、若年層を雇用する中小企業支援、育児休職給与の増額、認知症安心センターの増設といった雇用対策を図ることを主な内容とする2017年度補正予算案を打ち出し、これを「雇用補正予算案」と位置付けた[66]。6月12日に国会で行った施政方針演説では、スクリーンに失業の苦しみを訴える若者たちの映像を流しながらこの補正予算案についての説明を行い、国会各派の理解を求めた。大統領が補正予算案を直接国会で説明するのも、大統領の施政方針演説にスクリーンが使われるのも初めてだった[67]

6月16日には朴槿恵前大統領が労働組合の反対運動を押し切って推進した公共機関における成果年俸制の廃止を決定した。文自身は成果年俸制に反対しつつ「単純な年功序列も望ましくない」として職務の難易度や性格によって賃金が代わる職務級制を持論としているが、新たな賃金形態は各公共機関それぞれごとの労使合意に任せることとした[68][69]

同日、韓国・済州島で開かれたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の第2回年次総会に出席し、ホスト国大統領として開幕の演説を行った。これが大統領になって初めての国際会議デビューとなった[70]

6月22日、文が任命した公正取引委員長・金尚祖韓国語版[71]の主導により、経済改革第一弾として中小納品会社に「カプチル(弱者への強者の論理の押し付け)」をして摘発された大型のデパートやスーパーマーケットに対して、これまでの不当利得よりも大きな課徴金を課することとした[72]

2017年6月30日、ホワイトハウスでトランプ大統領と共同記者会見

6月28日に大統領就任後初の外遊先となるアメリカに向かい、6月30日にはトランプ大統領と会談した。高高度防衛ミサイル(THAAD)配備に環境影響評価を行うとして配備を先延ばしする文政権に対してトランプ大統領は不快感を表明したことが伝えられていたが、会談ではその懸案は先送りとなり、両国の同盟関係が確認された。「反米的」という米国からの疑念を一応払しょくできた形となった[73]

2017年7月7日、ロシアのプーチン大統領と会談

7月5日にはG20出席のため、ドイツを訪問した[74]。7月7日に日本の内閣総理大臣安倍晋三と初の首脳会談を行った。会談では懸案の慰安婦問題について双方とも激しい主張を避け、両国首脳が定期的に会談を行う「シャトル外交」を再開させることで一致した[75]。またトランプ大統領・安倍総理とともに日米韓共同声明を発し、北朝鮮に挑発行動を自制させて対話の場に復帰させるために最大限の圧力をかけること、対北圧力にあいまいな態度を取る中露にも働き掛けていくことで一致した[76]。7月6日には中国国家主席習近平[77]、7月7日にはロシアのプーチン大統領とも会談を行い、対話と圧力によって北朝鮮を対話の場に出すことで北朝鮮非核化を目指すことで一致した[78]

略歴[編集]

  • 1953年1月24日:慶尚南道巨済郡(現・巨済市)に生まれる
  • 1959年:釜山市影島区に一家で転居
  • 1965年:南港小学校韓国語版卒業
  • 1968年:慶南中学校韓国語版卒業
  • 1971年:慶南高校韓国語版卒業
  • 1972年:慶煕大学校法科大学(法学部)法学科入学
  • 1975年4月:朴正煕政権に反対する民主化運動で投獄、西大門刑務所に収監(6月に釈放)
    • 8月:兵役の任務に就き陸軍に入隊、特殊戦司令部第1空挺特戦旅団第3特戦大隊に配属
  • 1978年:陸軍兵長(特戦司令部第1空挺部隊特戦旅団)満期除隊
  • 1980年:慶煕大学校法学部卒業
  • 1980年:第22回司法試験合格、光州事件に伴う非常戒厳の全国拡大措置による予備検束で逮捕され、拘置所で司法試験合格通知書を受け取る
  • 1981年:結婚(1982年に長男、1983年に長女が誕生)
  • 1982年:弁護士になり、釜山で盧武鉉弁護士(当時)と「弁護士盧武鉉・文在寅合同法律事務所」を開設
  • 以降、釜山NCC人権委員、仏教人権委員、天主教(カトリック)人権委員会人権委員、釜山市教育庁行政審判委員、釜山地方労働委員会公益委員などを務めながら、全斗煥政権に反対する民主化運動に取り組む
  • 1984年:海洋大学校海事法学科講師
  • 1985年:釜山民主市民協議会常任委員
  • 1987年:釜山民主憲法争奪国民運動本部常任執行委員
  • 1988年:ハンギョレ新聞創刊委員・釜山支社長
  • 1989年:釜山民主抗争記念事業会副理事長(~2002年)
  • 1995年:「法務法人釜山」設立、代表弁護士(~2003年)
  • 1995年:民主社会のための弁護士会(民弁)釜山支部・慶南支部代表
  • 1995年:釜山地方弁護士会人権委員長
  • 1996年:釜山YMCA理事
  • 2001年:「労働者のための連帯」共同代表(~2002年)
  • 2002年:盧武鉉大統領候補釜山地域選対本部長
  • 2003年:大統領府(青瓦台)民情首席(2003年2月~2004年2月)
  • 2004年:盧武鉉大統領弾劾審判被請求人代理人団幹事(2004年3月~5月)
  • 2004年:大統領府市民社会首席(2004年5月~2005年1月)
  • 2005年:大統領府民情首席(2005年1月~2006年5月)
  • 2006年:大統領政務特別補佐官
  • 2007年:大統領秘書室長(2007年3月12日~2008年2月24日)、第2次南北頂上会談(首脳会談)推進委員会委員長
  • 2009年:盧武鉉前大統領国民葬儀委員会常任執行委員長
  • 2010年:盧武鉉財団理事長
  • 2011年:「革新と統合」常任共同代表
  • 2012年:
    • 民主統合党常任顧問
    • 第19代国会議員(釜山市沙上区選挙区選出)(5月30日~2016年5月29日)
    • 民主統合党大統領候補
    • 代表権限代行(11月18日~12月28日)
  • 2014年
    • 新政治民主連合非常対策委員(9月21日~2015年2月8日)
  • 2015年
    • 新政治民主連合代表(2月9日~12月27日)
    • 共に民主党代表(12月28日~2016年1月27日)
  • 2016年
    • 共に民主党常任顧問
  • 2017年
    • 共に民主党大統領候補
  • 第19代大統領就任[48](5月10日~)
出典:문재인 프로필(文在寅プロフィール)(文在寅ホームページ)、프로필(プロフィール)大韓民国憲政会)。いずれも2012年9月13日閲覧

    文在寅プロフィール(文在寅ホームページ)、文在寅ブログ。いずれも2017年5月9日閲覧

人物・思想[編集]

2014年11月12日

身長は172cm[79][12]、体重は67キロ(2017年時)[80][12]、血液型はB型[79][12]。趣味は読書[80]登山[79][12]囲碁[21]。好きなスポーツはスクーバダイビングスキンダイビング[21]。信仰はローマ・カトリックである[80][12]。好きな食べ物は刺身や海産物[12]、座右の銘は「困難な時ほど原則に戻れ」[79][21]。尊敬する人物は丁若鏞韓国語版[81][12]世宗大王[21]フランクリン・ルーズベルト[12][21]。好きな芸能人は歌手のイ・ウンミ朝鮮語: 이은미_(1966년))、俳優のソン・ガンホ[12]。好きな映画は『王になった男[12]。幼少期の夢は歴史学者だった[12]。息子をアメリカに、娘を日本に留学させている[82]

その政治的立場は「革新」[83][84]、「リベラル」[85]、「左派」[86][87]、「中道左派」[88]、「極左」[89]、「親北」[90]、「従北」[91]、「反日」[91]などメディアによって様々に表現される。このうち「従北」というレッテルについて文は「特殊戦司令部出身の私に従北という人たちが本当の従北」と述べて反発している[92]

その半生は保守派との闘争に彩られているが[91]保守主義全般については必ずしも否定的ではなく、保守思想を「家族、国家と民族、共同体をより大事にし、そのために犠牲になり献身するもの」と肯定的に定義している[8]。2012年大統領選挙の時には参拝を忌避した[93]顕忠院を2017年4月に訪問し、李承晩朴正煕の墓地を順に参拝しており、芳名録に「国民すべての大統領!」と書いている[94]。「真の保守」と「偽保守」を峻別して「偽保守」を批判している[8]

2012年1月にバラエティ番組に出演した際、メディアに付けられたニックネームの中で最も気に入っているのは「盧武鉉の影法師」であると語り、「盧武鉉大統領が亡くなっていなければ政治の道に入ることはなかっただろう」と述べた[95]

活動・言動[編集]

憲法改正問題[編集]

”大統領の権限を分散させる分権型改憲と5年単任制の弊害を克服するための4年重任制改憲”に賛成[96]

また憲法前文に光州事件の民主化運動の精神を盛り込むことを公約している[60]

議会改革[編集]

公認改革は、国会議員公認権の市・道党への移譲と基礎議会政党の公認廃止、地域別比例代表制の導入と地方区・比例代表議席数の調整などの比例代表公認改革を約束[96]

「積弊清算」[編集]

2期9年間の保守政権(李明博政権朴槿恵政権)で積み重なった弊害(不正や不公平な社会構造)を正すという意味の「積弊清算」をスローガンに掲げている[97][98]

セウォル号事件[編集]

セウォル号事件」では、朴槿恵政権(当時)を「国民を守らず、真相究明を求める遺族の決死の抗議も無視し続けた」と批判した[8]。セウォル号事件の際の朴大統領の動向がはっきりしない所謂「空白の7時間」問題についても「他にどんな大事な要件があるのか、いったい何をしていたのか」と批判した[99]。大統領選挙出馬後には「朴槿恵政権は国民の心の中からセウォル号を消そうとしたが、政権交代でできる新政府は違う」と述べ、セウォル号事件の真相究明に力を注ぐことを宣言した[100]

2015年、正義党代表沈相奵とともに

しかし文のセウォル号をめぐる朴政権批判について、正義党沈相奵代表は、安哲秀の”朴槿恵赦免関連発言”について「あいまいな態度を取っている」と批判している[101]

また大統領選挙戦中、文陣営の選挙カーがバイクと交通事故を起こしてバイクに乗っていた男性を死亡させる事件を起こしたが、当初文陣営が誰も遺族に謝りにいかなかったことが遺族やネットから批判され、事故発生から文が弔問に行くまでの時間がセウォル号事件と絡めて「空白の31時間」と揶揄された[99]

環境・原発・エネルギー政策[編集]

韓国では中国から飛来してくる黄砂やPM2.5の被害に加え、国内の石炭火力発電所が59基と多いため、ソウル市内などでばいじんによる健康被害が深刻化しており、文は大統領選挙戦中に大気汚染問題に取り組むことを公約した[102]。また「脱原発」にも熱心であり[103]、原子力発電所について「全面見直し」を公約に掲げた[104]。文は「我々は、もはや安全とクリーンなエネルギーを目指すことについて遅れをとっていられない。石炭火力と原発を減少させ、再生可能エネルギーと天然ガスの発電を増やしていく」と述べている[102]

大統領就任後の2017年5月15日に稼働から30年以上の老朽化石炭火力発電所は、6月中に一時停止し、翌年以降も大気中の粒子状物質の濃度が跳ね上がるシーズンである3月から6月にかけては停止することを発表。また任期中に10基の老朽化石炭火力発電所を閉鎖し、クリーンエネルギーに転換していくとした[103]。原発についても老朽の物は順次閉鎖していき、建設中のものは見直しを行って今後40年のうちに原発ゼロを実現するとした[102]。「韓国水力原子力発電会社韓国語版」は、こうした文の脱原発の姿勢を忖度するように慶尚北道に建設予定だった原発2基の計画を中断した[103]

2017年6月19日には老朽化した古里原子力発電所1号機の運転停止宣言式に出席し、「脱原発国家スタート宣言」を発した。その中で文は新規の原発建設計画はすべて白紙に戻し、運転期限がきた原発の稼働延長は認めず閉鎖し、また新古里5号機や6号機の工事は中断し、月城1号機も閉鎖することを宣言した[105]。文は脱原発をしなければならない理由について、2011年に日本で起きた東京電力福島第1原発事故、2016年9月に起きた慶州地震、古里原発の半径30キロ以内に人口約380万人が密集していることなどを指摘したうえで「韓国はもはや地震安全地帯ではない。地震は原発の安全性に致命的である」と論じた[106][107]。またセウォル号事件にも絡めて「設計寿命が尽きた原発の稼動を延長することは、船舶運航の船齢を延長したセウォル号と同じだ」「安全な大韓民国はセウォル号の子供達との固い約束だ」と述べた[105]。そして「脱原発は逆うことのできない時代の流れだ。数万年この地で生きて行く私たちの子孫のために、今始めなければならない」と語った[105]

兵役について[編集]

自身の良心に基づいて軍隊へ入ることを拒否する良心的兵役拒否者のために代替服務制を導入することに賛成している[108]

また保守政権の高官が兵役逃れしているとしてこれを「安保の積弊」と批判している。「李明博-朴槿恵政権の国家安全保障会議(NSC)メンバーの相当数が軍免除であり、これら高位公職者本人と息子の現役入営率は一般人に比べて顕著に低い。兵役不公正は安保に穴をあける利敵行為であり、必ず根絶しなければいけない」と述べている[92]

対北朝鮮姿勢[編集]

対北朝鮮融和派といわれ、アメリカの新聞は文の北に対する融和的な姿勢について、金大中の「太陽政策(サンシャイン・ポリシー)」と文の姓のアルファベット表記である「Moon(=月)」を掛け合わせて「月光政策(ムーンシャイン・ポリシー)」と名付けている[109]

西岡力によると、大統領秘書室長当時の2007年、国連における北朝鮮人権決議案への賛否を北朝鮮に事前に問い合わせた上で、棄権の判断を下したことが、盧武鉉政権時に外交通商部長官を務めた宋旻淳の回顧録『氷河は動く』から判明したという[110]。日本の保守系新聞である産経新聞記者の野口裕之は、文は紛う事なき北朝鮮の内通者だと主張している[111]。これに対して、当時統一部長官だったイ・ジェジョンは2016年10月16日、ハンギョレ新聞との電話インタビューで、「韓国政府の立場は、すでに2007年11月15日に(ペク・ジョンチョン大統領府外交安保室長の主宰で)開かれた安保政策調整会議で(棄権に)決まっており、翌16日には議論内容を盧に報告し、『棄権』を最終決定した」として、「すでに結論が出ているのに、北朝鮮の立場をなぜ聞くだろうか」と話した。「11月18日の会議」についても「決定内容を覆すためのものではなく、『決議案に賛成すべきだ』と主張していた宋が盧に再検討を主張したため、彼をなだめるために集まった」と話した。回顧録で、当時北朝鮮の立場を確認することを主導した人物として書かれた金万福(キム・マンボク)元国家情報院長も「そうした事実は全くない」として、「(与党が)国会情報委員会への出席を求めるなら、国家情報院の承認を受けて出席し、質問に誠実に答えるつもり」だと話した[112]

2017年1月25日江原道を訪問した際に、「平昌冬季五輪が北朝鮮の参加で平和五輪として注目されれば、成功的な開催はもちろん、南北関係改善の契機になるだろう。釜山アジア大会も当初はあまり注目されなかったが、北朝鮮応援団の電撃的な参加で、成功した大会となった」と述べた。さらに文は「相手がいてのことだから、思う通りにはいかないかもしれないが、南北共同応援団や共同トレーニング、平昌冬季五輪の前夜祭を金剛山で開催する案などが実現すれば、冬季五輪が南北関係を解決する誘い水となり、江原道は平和特別自治道になるだろう」と話した。しかし、北朝鮮側は天安沈没事件からの制裁の解除を五輪参加の条件とし、文が例に出したピンポン外交も「スポーツより政治が先行した」とする見解を示した[113]

2017年3月12日「北朝鮮の核問題解決に向けて、北朝鮮を圧迫するにしても、制裁するにしても、金正恩を実体として認めざるを得ない」と述べた[114]開城工業団地の早期再開を主張していたが、大統領選中の2017年4月に北朝鮮核危機が高まると慎重な姿勢に転じた[115]

保守キリスト教団体韓国キリスト教総連合会(韓キ総)のコ・チャンゴン牧師からの「NLLに対する立場と愛国歌も歌わず、国旗の前で挨拶さえしない人と政治的パートナーになろうとする特別な理由があるか」 という問いに対して、「NLLに対する意志が弱いのではないかという考えは誤解」「過去の国民政府の時も、二回西海海戦を行い、北朝鮮側の挑発を断固として撃退した。そんな精神を持っている」「国旗や愛国歌を否定するような精神には全く賛同しない」「そうした政治勢力と政治的連帯などをするつもりも全くない」「NLLは1992年、盧泰愚政府の時に南北基本合意書上で『南北間の海上不可侵境界線』と南北が明示して合意した」「憲法上朝鮮半島と附属島嶼すべてが大韓民国の領土であり、法的に領土線という言葉を使うのは ちょっとあれだが、事実上、領海線であり領土線だ。その部分(領土線)を断固 として守る」「10.4共同宣言で、南北共同漁撈区域に合意したのも、NLLを守るためだった」「NLLを基点として共同漁撈区域を設定したのは、北朝鮮が NLLに特に主張もできないように基本的に防ぎ、紛争や偶発的な衝突の可能性も防ごうということが南北共同漁撈区域」と答えている。

2017年5月14日に行われた北朝鮮のミサイル実験の際は北朝鮮を「敵」と呼んで武力挑発には報復すると発言し[116]、この文在寅政権の姿勢に対して北朝鮮の対韓窓口機関朝鮮アジア太平洋平和委員会は「憎たらしい朴槿恵前政権を思い起こす」と反発した[117]。また、中国の一帯一路国際協力サミットフォーラム英語版での文在寅政権初となる南北の要人接触でもミサイル実験への抗議がされた[118]。同年5月26日に民間の北朝鮮人道支援団体に北朝鮮との接触許可を出した。これについて韓国統一省は「民間交流は、国際社会の対北制裁の枠を傷つけない範囲内で柔軟に検討する」としている[119]。しかし、北朝鮮は韓国政府が国連安保理の対北制裁強化決議に賛成したことを理由にこの民間団体の訪問と人道支援を拒否した[120]

同年6月15日に「6・15南北共同宣言17周年記念式」に出席した文は「歴代政権で推進した南北合意は、政権が変わっても必ず尊重されなければならない重要な資産」「南北問題と朝鮮半島問題解決の方法をこれまでの合意から見出していく」「最近、北朝鮮が6・15共同宣言と10・4南北首脳宣言の尊重と履行を求めている。しかし、核とミサイルの高度化により、言葉と行動が異なるのがまさに北朝鮮」「私たちは私たちなりに努力する。北朝鮮もそうすべき」「北朝鮮の核放棄の決断は、南北間の合意履行の意志を示す証票だ。これを実践するならば積極的に支援する。北朝鮮が核とミサイルの追加挑発を中止するならば、北朝鮮と条件なく対話に乗り出すことができる」と述べた[121]。6月16日のAIIB年次総会で文は国際会議デビューし[70]、非加盟国である北朝鮮へのインフラ投資の可能性を演説するもAIIB総裁の金立群から慎重な発言が出された[122]

7月6日G20出席のための訪独中、「条件が整い、半島の緊張と睨み合いの局面を転換させる契機になれば、いつでもどこでも北の金正恩朝鮮労働党委員長と会う用意がある」と述べ、南北首脳会談を呼びかけた[123]。この呼びかけに対して北朝鮮は「寝言のような詭弁」と批判した[124]

7月17日には南北軍事会談を提案するも、北朝鮮は文在寅政権を「同じ民族との対決を追い求め、民族の和解と団結に障害をもたらしてる」と非難した[125]

対米姿勢[編集]

2017年3月10日にニューヨークタイムズに掲載されたインタビュー記事の中で「韓米関係は今後はさらに堅固に発展させていかなければならないが、その関係が過度に一方的であってはならない」とし、「米国にノー (no) と言えなければならない」という趣旨の発言をしている[114]

対日姿勢[編集]

2012年6月8日

2012年の大統領選挙に立候補した際には、選挙戦を通じて「親日清算をしたい」という表現を使用している。また、真実と和解委員会を設置。過去史の整理作業を締めくくりたいと述べている[126]。同選挙戦中に「独島(竹島)挑発に決して妥協しない」「慰安婦問題について日本政府に法的責任を問う」などから成る「対日5大歴史懸案」を掲げている[91]

2014年10月に産経新聞ソウル支局長加藤達也が朴槿恵大統領の名誉を棄損したとして在宅起訴された事件が発生。加藤によれば、当時野党議員だった文は政争の具にしようという意図もあって当初は加藤を起訴した朴政権を批判する立場に立ってくれたという。ところが反日世論が高まってくるや文は一転して加藤から手を引いたという。文が加勢してくれたと期待していた加藤はその時「オイオイ」と思ったという。加藤は「人権派弁護士のバックボーンを持ちつつも、法の精神より世論を優先する。それが文氏です」と論じている[127]

慰安婦問題をめぐって[編集]

2015年12月に結ばれた慰安婦問題日韓合意については「問題の本質は10億円ではなく、法的責任認定と公式謝罪だと国民は考えている」として批判的である[128]

2016年12月28日釜山市東区当局が日本領事館前に設置された慰安婦像を不許可として強制撤去した件をめぐっては、Facebookで「少女像は生きている歴史教科書だ。釜山市民の少女像設置は、本物の独立宣言だ。釜山東区庁とその背後勢力は、設置を恐れた。清算されていない親日行為に他ならない」と区当局の対応を批判した[129]。その後市民からの批判が殺到したことで区当局は12月30日に一転して設置を許可し、慰安婦像は元の場所に戻された[130]。日本政府はこれに対抗して駐韓大使長嶺安政らを一時帰国させたが、それについて文は「韓国が詐欺でも働いたように主張している」として日本政府の対応を批判した[128]。2017年1月20日には文自身も慰安婦像を訪れ、「像が寂しがらないよう、共に関心を持って守っていこう」と市民に呼びかけた[128]

大統領選挙で共に民主党候補に選出された直後の2017年4月4日、韓国政府が「旧日本軍従軍慰安婦」と認定しているイ・スンドクが死去するとFacebookで「おばあさん(イ・スンドク)に代わり、必ず日本から謝罪を受ける」という決意を述べるとともに日韓合意を「朴槿恵政権による屈辱的な合意」と批判して「間違った交渉は必ず正す」と宣言した[131]。大統領選挙の終盤戦となる2017年5月8日にも「日本との慰安婦合意は間違っている。」と発言した[132]

大統領就任後の2017年5月11日には日本の内閣総理大臣安倍晋三と電話会談を行い、その中で慰安婦合意について「国民の大多数が心情的に合意を受け入れられないのが現実」と伝えた[133]。同月5月17日には、文喜相が大統領特使として親書を携えて訪日。A4判2枚にまとめられた親書には、「北朝鮮問題における協調強化」、「慰安婦合意は、韓国国民の大多数が受け入れられずにいる」との2点が盛り込まれていたとされている[134]

竹島問題をめぐって[編集]

大統領就任前の2016年7月25日に竹島(韓国名独島)に上陸し、芳名録に「東海のわが領土」などと書き込んだ[135]。次期大統領選の準備のためとみられるが、文側は竹島上陸の目的について「(日本の植民地支配からの解放日とされる)『8・15』を前に、我々の領土主権を確固たるものにすべきとの考えで訪問した」としている[136]。これを受け8月9日に、慰安婦問題日韓合意に関する会談において金杉憲治外務省アジア大洋州局長による抗議がなされた[137]

THAAD配備問題[編集]

THAAD配備が既成事実化しても中華人民共和国と関係改善することが韓国外交の最優先事項と主張しており[138]、共に民主党議員団の訪中を牽制した韓国大統領府を「情けない政府」と批判しているものの[138]、自身の主張としては賛成とも反対とも明らかにせず、全面的な再検討を行うべきと述べるにとどまり、曖昧な態度であるとの批判を受けている[139]。 2016年12月22日の討論会では、「次の政権で議論して決めればよい」、「次の政権でリーダーシップが確立されたらその状況で国益を優先して再検討し、その結果によって外交的手順を踏む」としている[41]。 2017年1月15日に報道されたNEWSISとのインタビューでこれまで「公論化および再検討→配備手続き中止および次期政府へ移管」と修正してきたのを「THAAD問題の解決策は次期政権が講じなければならないが、韓米間ですでに合意がなされたことを取り消すことができるとは思っていない」とした[140]。 2017年3月12日の会見では、「中国が懸念し、反対意見を出すことは十分理解できるが、THAAD配備は韓国の安保に関する問題であり、韓国の主権事項」だとしたうえで「中国が反対意見を表明することを超えて、反対意見を貫くために過度な圧迫を加えるのは正しくない」とした[114]

その他の主張[編集]

  • 韓国の建国年について2016年8月15日にフェイスブックを通じて「憲法は大韓民国が3・1独立運動によって樹立した大韓民国臨時政府の法の正統を継承すると明示している」として、「制憲憲法は3・1運動によって大韓民国が樹立されたと明らかにした」としている。さらに「(したがって)今まで大韓民国の歴代政府は1948年8月15日を建国の日ではなく、政府樹立日として公式に表記してきた」とし、「最近、大韓民国が1948年8月15日に樹立したためその日を建国節として記念すべきだと主張する人々がいる。歴史を歪曲し憲法を否定する反歴史的、反憲法的な主張だ。大韓民国の正統性を自ら否定する間の抜けた主張」としている[141]
  • 歴史教科書の国定化については、「(朴槿恵政権は)国民と歴史の前に贖罪する姿勢で民心を敬わなければならない」として「その始まりは歴史国定教科書など朴槿恵印の政策の執行を直ちに中断すること」だとしている[142]
  • 崔順実ゲート事件をめぐって逮捕された前大統領朴槿恵やサムスン副会長李在鎔に恩赦を与える考えはないことを表明している[143]

脚注[編集]

  1. ^ “韓国大統領選、投票進む 深夜以降に大勢判明”. アサヒ・コム. 朝日新聞社. (2017年5月9日). http://www.asahi.com/articles/ASK592TJ6K59UHBI006.html 2017年5月9日閲覧。 
  2. ^ 韓国大統領選 当選認定して即任期開始…異例づくめの移行手続き - 産経新聞・2017年5月9日
  3. ^ a b ““거제서 두번째 경사… 명진(明珍)한 대통령 되소서” 고향마을 잔치("巨済から二番目の慶事…明珍である大統領になった"故郷の村 宴)”. 東亜日報. (2017年5月10日). http://news.donga.com/View?gid=84285804&date=20170510 2017年5月15日閲覧。 
  4. ^ a b “문재인 대통령 생가 있는 명진리는 거제도 계룡산·선자산이 감싸 안은 ‘명당·길지’로 알려져(文在寅大統領の生家がある明珍里は巨済島鶏龍山・ソンジャサンが抱え'明堂・吉地'として知られて”. 慶南新聞. (2017年5月10日). http://www.knnews.co.kr/news/articleView.php?idxno=1214110 2017年5月15日閲覧。 
  5. ^ “【韓国新政権】前例なき慌ただしい船出 文在寅大統領、当選と同日就任 祝典も簡素”. 産経ニュース. (2017年5月10日). http://www.sankei.com/smp/world/news/170510/wor1705100053-s1.html 2017年5月12日閲覧。 
  6. ^ “社説 文大統領、国民と共に「国らしい国」作りを”. ハンギョレ. (2017年5月10日). http://japan.hani.co.kr/arti/politics/26966.html 2017年7月16日閲覧。 
  7. ^ a b c d “화려한 인맥과 거리 먼 문재인 가족…부모·형제·자녀 모두 ‘소시민’(華麗な人脈とかけ離れた文在寅の家族:両親・兄弟・子ども皆'小市民')”. ハンギョレ. (2017年5月10日). http://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/794131.html 2017年5月15日閲覧。 
  8. ^ a b c d e 「書評」大韓民国が尋ねる -完全に新しい国、文在寅が答える(2頁)”. 韓国大統領選2017 (2017年2月7日). 2017年4月15日閲覧。
  9. ^ a b “대선 재수에 성공한 문재인, 그는 누구인가(大統領選挙浪人に成功した文在寅、彼は誰なのか)”. 市民の声. (2017年5月10日). http://www.siminsori.com/news/articleView.html?idxno=85008 2017年5月30日閲覧。 
  10. ^ a b c d “「2017 시민의 선택」독재와 싸운 ‘실향민의 아들’ 노동·인권변호 앞장…반문 정서 딛고, 두 번의 도전 끝 ‘미완의 숙제’ 풀어(「2017市民の選択」独裁と闘った'失郷民の息子' 労働・人権弁護先頭に…反文情緒乗り越えて、二度の挑戦の末'未完の宿題'解く)”. 京郷新聞. (2017年5月10日). http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201705100150005 2017年5月15日閲覧。 
  11. ^ a b c “「2017 시민의 선택」연탄 배달로 생계 꾸린 어머니·동생 뒷바라지한 큰누나…구치소 생활 뒷바라지 여학생, 평생 ‘든든한 조력자’로(「2017市民の選択」練炭配達で生計を立てた母・弟の世話をしてきた長女…拘置所生活世話した女子学生、生涯'心強い助っ人'に)”. 京郷新聞. (2017年5月10日). http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201705100152005 2017年5月15日閲覧。 
  12. ^ a b c d e f g h i j k l “ムン・ジェイン、歴史学者を夢見た避難民の息子…維新反対デモで拘束◆ ムン・ジェイン時代/誕生から司法試験合格まで ◆”. もっと!コリア. (2017年5月10日). http://mottokorea.com/mottoKoreaW/KoreaNow_list.do?bbsBasketType=R&seq=54349 2017年5月15日閲覧。 
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  17. ^ 文在寅は1953年の早生まれなので1952年度の生まれ、金正淑は1954年度の生まれで、2人とも1年浪人して慶煕大学に入ったので大学でも2学年後輩となった。
  18. ^ a b “「포토사오정」 문재인, 피난민 아들에서 대통령까지(「ポートサオジョン」文在寅、避難民の息子で大統領まで)”. 中央日報. (2017年5月10日). http://news.joins.com/article/21557140 2017年5月15日閲覧。 
  19. ^ a b 澤田克己,pp.36
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参考文献[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
朴槿恵
(大統領代行黄教安
Presidential Standard of the Republic of Korea.svg 第19代韓国大統領
2017年5月10日 - 在任中
次代:
現職
党職
先代:
結成
Logo of the Minjoo Party of Korea.svg 共に民主党代表
2015年12月28日–2016年1月27日
次代:
金鍾仁韓国語版
先代:
安哲秀
金ハンギル
Npad logo.svg 新政治民主連合代表
2015年2月9日–2015年12月27日
次代:
共に民主党に改組