中朝友誼橋
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| 中朝友誼橋(鴨緑江第二橋梁) | |
|---|---|
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丹東から見た中朝友誼橋(左・上流側)。右は鴨緑江断橋(旧・鴨緑江橋梁)。 | |
| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 |
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| 交差物件 | 鴨緑江 |
| 建設 | 1937年4月-1943年4月 |
| 座標 | 北緯40度06分34秒 東経124度23分43秒 / 北緯40.10944度 東経124.39528度 |
| 構造諸元 | |
| 材料 | 鉄 |
| 全長 | 946.2m |
| 地図 | |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
| 中国語表記 | |
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| 各種表記 | |
| 繁体字: |
中朝友誼橋 鴨綠江大橋 |
| 簡体字: |
中朝友谊桥 鸭绿江大桥 |
| 拼音: |
Zhōngcháo Yǒuyíqiáo Yālù Jiāng dàqiáo |
| 発音: |
ヂョンチャオ ヨウイーチャオ ヤールージャン ダーチャオ |
| 日本語読み: |
ちゅうちょうゆうぎきょう おうりょくこうおおはし |
| 英文: |
Sino-Korean Friendship Bridge Yalu River Bridge |
| 朝鮮語表記 | |
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| 各種表記 | |
| チョソングル: |
조중우의교 압록강철교 |
| 漢字: |
朝中友誼橋 鴨綠江鐵橋 |
| 発音: |
チョジュンウイギョ アムノッカン チョルキョ |
| 日本語読み: |
ちょうちゅうゆうぎきょう おうりょくこうてっきょう |
| MR式: 2000年式: |
Cho-Chung uŭikyo Amnokkang ch'ŏlkyo Jo-Jung uuigyo Amnokgang cheolgyo |
中朝友誼橋(ちゅうちょうゆうぎきょう)は、中華人民共和国遼寧省丹東市と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)平安北道新義州市を結び、鴨緑江に架かる橋。全長946.2m、橋脚12。下流側を鉄道、上流側を道路が通る鉄道道路併用橋である。
1990年10月に中朝両国の合意に基づき現在の橋の名前となる。鴨緑江大橋[1](中国側)・鴨緑江鉄橋(朝鮮側)などとも呼称される。
AH1 アジアハイウェイ1号線の一部となっている。
概要
[編集]橋の上には道路や線路(単線)が通っており、有効な出入国書類(パスポートやビザ、中朝辺境地区出入境通行証など)があれば、自動車や鉄道で中朝国境を行き来できる。なお原則、歩行者が歩いて橋を渡ることはできないため、後述のタクシーを利用することになる。
中朝友誼橋を通る鉄道には旅客列車(北京 - 平壌間の国際列車、列車番号:(中)K27/K28 (朝)6/5又は丹東 - 平壌間)がかつては毎日定期運行(朝鮮行きは朝、中国行きは夕)されており、貨物列車も毎日運行されていた。時刻表上の所要時間は10分であるが、丹東・新義州両駅では入国審査や税関検査などのための停車時間が非常に長い。
また、中朝双方の税関には国境間のみ営業を許されている特別な乗り合いタクシーがあり、行商人や旅行者が利用することができる。政治的な事情、特殊な事情がない限り、双方の国境は国慶節や旧正月の時期でも完全に閉鎖されるということはなく、土日曜日も含め、中国標準時の8時頃から17時頃まで開いている。
- 国際列車時刻表(2012年)
歴史
[編集]新義州・丹東(旧・安東)間の鴨緑江に架けられた最初の橋は鴨緑江橋梁といい、道路と鉄道(単線)を通していた。この橋の日本統治時代の朝鮮側の新義州市は、新義州駅前の市街地から発達した国境都市である。日中戦争が勃発すると中国大陸への鉄道の複線化が課題となり、鴨緑江橋梁の上流側に鴨緑江第二橋梁が建設された。鴨緑江に架かるこの2本の橋は、朝鮮戦争中にアメリカ軍の爆撃を受けた。現在使用されている中朝友誼橋は、かつての鴨緑江第二橋梁である。
鴨緑江橋梁
[編集]鴨緑江橋梁は、韓国統監府の鉄道当局(のち朝鮮総督府鉄道局)によって1909年に着工された。韓国と満洲を結ぶ重要な橋であった一方、日本が鴨緑江に架橋することを正当化する根拠が無かったことから(当時の満洲は清の統治下にあったため)橋は韓国側から着工され、当初は清に無断で工事が進められた。1910年4月に日本と清の間に覚書が成立したことにより清の了承を得て1911年10月に完工。1911年11月1日に開通式を行って京義線(現・朝鮮民主主義人民共和国鉄道省平北線)と安奉線(南満洲鉄道)が接続された。この橋は全長944.2メートル、幅11メートルで、12連のトラス橋で構成され、船舶の通行を阻げないように中央部分が水平方向に90度回転する可動橋(旋回橋)となっていた。なお、開閉は1934年3月に終了した。
第二次世界大戦における日本の降伏後、新義州を含む朝鮮半島北部では対日参戦したソ連の影響下で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が建国された。朝鮮戦争で北朝鮮が反撃に晒されていた1950年11月8日、アメリカ軍機の爆撃によって破壊され、そのまま修復されなかった。鴨緑江断橋と呼ばれて現在はプロパガンダ用に整備されており、爆撃を受けた時のままの先端の破断面を見ることができる。
鴨緑江第二橋梁
[編集]鴨緑江第二橋梁は鴨緑江橋梁の上流約60メートルに建設され、1943年4月に完成した。朝鮮戦争中は鴨緑江橋梁(断橋)同様、第二橋梁もアメリカ軍機の爆撃を受けたが、のちに修復されて「鴨緑江大橋」と改められた。1990年10月23日に「朝中友好橋」と命名された[2]。
2016年、橋の北朝鮮側で穴が開きトラックが横転する事故があった[3]。 2017年11月24日、中国外務省は、橋を近日中に臨時的に閉鎖し、北朝鮮側が橋の路面の補修作業を行うことを発表[4]。
2020年1月、北朝鮮は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の国内流入阻止を目的に国境を事実上閉鎖。中朝友誼橋を使用した往来も無くなった[5]。この閉鎖は、2022年1月16日に北朝鮮側からの貨物列車が往来を完全に再開するまで、丸2年間続いた[6]。だが同年3~4月頃に中朝友誼橋を通して国境間で少数の貨物トラックが通過していることが確認され、中国に入った運転手は2週間の検疫措置が取られた[7]。
2026年3月12日には旅客列車の通過が約6年ぶりに再開された[8]。
新鴨緑江大橋
[編集]鴨緑江のさらに下流に新鴨緑江大橋の建設が進んでいて、2010年12月に鍬入れ式を終り、2011年5月に建設開始儀式をしている。片側2車線の車道のつり橋で、丹東の新開発区浪頭と新義州の南にある龍川を結び、全長は川をまたぐ前後も含めて20.4キロメートルの工事とされている。
2014年秋に橋本体と中国側の接続道路が完成したが、北朝鮮側の接続道路、税関施設の建設については、中朝関係の悪化などから目処は立っておらず、開通は無期限延期となっている。2019年12月の時点では北朝鮮側通関施設の建設は確認できなかったが、橋本体につながる道路の盛り土は数キロメートルにわたり造成されている[9]。
2023年には、北朝鮮の建国以前から存在する中朝友誼橋の著しい老朽化と輸送再開による混雑が問題として再燃したことを受け、未開通のまま放置されている新鴨緑江大橋を開通させるために北朝鮮が中国に通関機器の送付や追加資金を要請し、中国側も税関設備の整備などへの投資を検討しているとされた。北朝鮮の平安北道の住民によると、新鴨緑江大橋が開通すれば対中貿易量が増加して北朝鮮の国家経済が更に成長するという見解をしている[10]。
登場作品
[編集]- 実際と同じく、北朝鮮の新義州と中国の丹東を結んでいる。プレイヤーの選択次第では爆破することになる。
ギャラリー
[編集]脚注
[編集]- ↑ 鴨緑江大橋 百度百科(中国語)
- ↑ アジア経済研究所編『アジア動向年報 1990 - 1999 朝鮮民主主義人民共和国編』
- ↑ 「中朝貿易の橋、閉鎖 新しい橋は北朝鮮が負担渋り未開通」朝日新聞デジタル(2017年12月11日)2017年12月11日閲覧
- ↑ 「中朝国境の橋、補修で一時閉鎖へ=鴨緑江またぐ物流の大動脈」AFP(2017年11月24日)2017年12月3日閲覧
- ↑ “コロナ恐れ、静まり返る北朝鮮 中国と往来なし、国境封鎖1年超”. 時事通信 (2021年4月19日). 2021年11月9日閲覧。
- ↑ “「中国の物品を載せた北朝鮮列車きょう戻る」…2年ぶり開かれる国境”. 中央日報 (2020年1月17日). 2022年1月17日閲覧。
- ↑ “Chinese trucks cross the Sino-North Korean Friendship Bridge” (英語). Daily NK English (2020年4月5日). 2026年3月10日閲覧。
- ↑ 「中朝間列車 6年ぶり再開/外貨獲得 北、観光客受け入れ焦点」『読売新聞』朝刊2026年3月13日(国際面)
- ↑ 新鴨緑江大橋、北朝鮮側道路を造成 産経新聞ニュース(2019年12月27日)2026年3月21日閲覧
- ↑ Korean, Son Hyemin for RFA (2023年10月18日). “China agrees to finish bridge to North Korea” (英語). Radio Free Asia. 2026年3月10日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 百年の鉄道旅行 - 京義線鴨緑江鉄橋の絵はがきと解説