ツエーゲン金沢

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ツエーゲン金沢
原語表記 ツエーゲン金沢
呼称 ツエーゲン金沢
クラブカラー    [1]   [1]   [1]
創設年 1956年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J2リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 金沢市[1]野々市市[1]かほく市[1]
津幡町[1]内灘町[1] を中心とする
石川県全県[1]
ホームスタジアム
Ishikawa-Seibu160604-1.jpg
石川県西部緑地公園陸上競技場[1]
収容人数 20,261[1]
運営法人 株式会社石川ツエーゲン[2]
代表者 米沢寛(代表取締役社長)
西川圭史(代表取締役GM)
監督 日本の旗 柳下正明
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社石川ツエーゲン
Isakawa Zweigen Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 未上場
本社所在地 920-0059
石川県金沢市示野町西2[1]
設立 2010年12月5日[3]
業種 サービス業
法人番号 3220001014965
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 米沢寛[1]
資本金 1億5,000万円[4]
売上高 5億8,400万円(2016年1月期)[4]
営業利益 1,100万円(2016年1月期)[4]
経常利益 1,000万円(2016年1月期)[4]
純利益 800万円(2016年1月期)[4]
純資産 1億0,200万円(2016年1月期)[4]
総資産 2億8,400万円 (2016年1月期)[4]
決算期 1月期
主要株主 米沢電気工事[5]
北國新聞社[5]
北國銀行[5]
北陸電力[5]
澁谷工業[5]
三谷産業[5]
外部リンク www.zweigen-kanazawa.jp
特記事項:2017年1月1日、株式会社ツエーゲンから商号変更[2]
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ツエーゲン金沢 (ツエーゲンかなざわ、Zweigen Kanazawa)とは、日本の金沢市野々市市かほく市津幡町内灘町を中心に石川県全県をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブである。

概要[編集]

1956年創設の「金沢サッカークラブ」が前身。2006年に「ツエーゲン金沢」へ名称を変更した。2013年Jリーグ準加盟クラブとして承認され[6]、2014年にJリーグに入会した。運営会社は株式会社石川ツエーゲンである。なお、同社設立までの運営母体であった一般社団法人石川フットボールクラブは「ツエーゲン金沢後援会」の運営などを手掛けている[7]

ツエーゲン (Zweigen) は、ドイツ語のツヴァイ (zwei=2) とゲーエン (gehen=進む) から、「チームとサポーターが共に進んでいく」を意味し、金沢弁で「強いんだっ!」を意味する「つえーげん!」の意味も有する[1]。エンブレムのデザインは石川県の県花であるクロユリをモチーフとしている[5]。マスコットは「県鳥」のイヌワシをモチーフにしたマスコットキャラクターの「ゲンゾー」である[8]

ホームスタジアムは石川県西部緑地公園陸上競技場[1]、練習場は津幡運動公園陸上競技場[1]白山市松任総合運動公園グラウンド[1] などである(詳細は#スタジアム・練習場他を参照)。

歴史[編集]

前史[編集]

2006年 - 2009年(北信越リーグ)[編集]

2006年

小川雅己が選手兼任で監督に就任した。リーグ戦は松本JAPANサッカーカレッジ(JSC)、長野と優勝を争ったが、4位に終わった。また、石川県サッカー選手権大会の準決勝でテイヘンズFCに敗れ、天皇杯本戦出場も逃した。

2007年

運営母体の「石川フットボールクラブ」を任意団体から有限責任中間法人へ移行。元日本代表池田司信が監督に就任した。リーグ戦は松本、JSC、長野に次ぐ4位の成績。全社は2回戦でYS横浜に敗北。2年ぶりの出場となった天皇杯は3回戦で水戸に敗れた。

2008年

池田体制2年目。リーグ戦は長野・JSCに次ぐ3位の成績。また、全社の北信越大会でも、長野にリーグ戦と合わせて3度目の敗戦を喫し、全国地域リーグ決勝大会出場は成らなかった。天皇杯は3回戦でFC岐阜に敗北。シーズン終了後に池田が監督を退任した。なお、同年中に「石川フットボールクラブ」が有限責任中間法人から一般社団法人へ組織改組した。

2009年

京都元ヘッドコーチの上野展裕が監督に就任。Jリーグチームから新たに選手を補強するだけでなく、ブラジル人コーチの招聘や、ブラジル州リーグ所属の選手を獲得しシーズン開幕を迎えた。リーグ戦はJSC・長野に次ぐ3位の成績。全社で準優勝。第33回全国地域サッカーリーグ決勝大会は3位に入り、JFL17位・FC刈谷との入れ替え戦に出場。入替戦は1勝1分の成績でFC刈谷に勝利し、2010年からのJFL昇格が決まった。

2010年 - 2013年(JFL)[編集]

2010年

上野体制2年目。元日本代表久保竜彦を獲得した。4月9日にJリーグ準加盟を申請した[9]。12月15日、株式会社ツエーゲンを設立して、トップチームの運営を「石川フットボールクラブ」から移管した[10]

2011年

上野体制3年目。再度準加盟を申請したが継続審議となった。東日本大震災の影響でシーズン日程が変更され、リーグ戦は中盤に暫定で首位に立ったが、最終成績は7位。シーズン終了後に上野が監督を退任した。また、マイケル・ジェームズニュージーランド代表に選出され、クラブ初のA代表選出となった。

2012年

福岡元ヘッドコーチの森下仁之が監督に就任。ホームスタジアムの改修やクラブの資本金増資の遅延により、2012年2月審査の準加盟申請は見送られた[11]。また、クラブ事務所を、ホームスタジアムである西部緑地公園そばのカフェ併設の事務所に移転し、開幕前に地元政財界人の経営参加と運営会社に8千万円の増資が行われた[12]

2013年
チームスローガン:団結エーゲン

森下体制2年目。2013年2月、Jリーグ準加盟が承認された[6]。天皇杯の2回戦で横浜FCに勝利した(3回戦で清水に敗北)。11月19日、日本プロサッカーリーグの理事会でJリーグへの入会と、2014年のJ3リーグ参加が承認された[3]

2014年(J3)[編集]

2014年
チームスローガン:やっぞ!! CHALLENGE OF ZWEIGEN 2014

森下体制3年目。ソニー仙台FC元監督の田端秀規が強化部長、長崎元監督の東川昌典がアカデミーダイレクターおよびユース監督にそれぞれ就任した。またJリーグ経験のある太田康介原田欽庸辻正男作田裕次が加入した。シーズン中に元大分辻尾真二が完全移籍で、金子昌広姜成浩水永翔馬期限付き移籍で加入する一方、本田真吾Honda FCに期限付き移籍した。

リーグ戦は長野町田らと昇格を争ったが、第21節からの7連勝(第28節の引き分けを挟み最終的には13試合負けなし)で2位以下を突き放した。11月16日、第32節FC琉球戦に勝利して優勝を決めた。11月19日、Jリーグ理事会でJ2昇格が承認された[13]

2015年 - (J2)[編集]

2015年
チームスローガン:創力戦 Do our best.

森下体制4年目。栃木SCからチャ・ヨンファン清水から廣井友信を完全移籍で、CAメトロポリターノからジャーン・モーゼル山形から秋葉勝を期限付き移籍で獲得。玉城峻吾星野有亮が新加入し、金子昌広水永翔馬が完全移籍で加入した。

また、シーズン途中にユニオンECからメンデス甲府から野田紘史を完全移籍で、仙台から茂木駿佑が期限付き移籍で加入。

リーグ戦は序盤戦から好調で6連勝という快進撃を見せ、一時は首位に立ったが、後半戦19試合勝ちなし(11分8敗)と低迷。それでも第39節で20試合ぶりの白星を挙げ、終盤戦は2勝1分け1敗の成績を見せ、最終成績は12位。

2016年
チームスローガン:勇轟 FUSION

森下体制5年目。前年のチーム得点王である清原翔平C大阪へ、前年のJ2最優秀ゴール賞を受賞した佐藤和弘水戸へ、田中パウロ淳一秋葉勝岐阜辻正男YS横浜ジャーン・モーゼル栃木へ移籍。また、チャ・ヨンファンが契約満了で退団。

一方で湘南から安東輝横浜FMから熊谷アンドリュー川崎から可児壮隆安柄俊を期限付き移籍で、山形から山崎雅人群馬から小柳達司札幌から古田寛幸CRヴァスコ・ダ・ガマからロマリーニョ鳥取から馬渡和彰を完全移籍で獲得、尚州尚武FCU-18からキム・テソン、別内ユナイテッドからキム・ヨンホンが入団した。

また、シーズン途中にアル・オロバからダビを完全移籍で、鳥栖から中美慶哉が期限付き移籍で加入。また、岐阜に移籍していた秋葉勝が期限付き移籍で再加入した。

J2リーグ戦では、第1節終了時の15位タイが最高順位で、第3節以降は、第5、24、37、38各節終了時に20位になった以外常に21位以下、かつその大半が最下位で、第41節終了時でも最下位であったものの、最終節、引き分けでも優勝となる首位札幌と引き分けたことにより、同節で敗れた21位北九州を逆転し21位でJ2・J3入れ替え戦へ出場、J3リーグ2位の栃木SCに2戦2勝となりJ2残留を決めた。シーズン終了後に森下が監督を退任した。

2017年
チームスローガン:ONE ACTION つかみたい明日のために、ひとつになれ。

監督に元新潟柳下正明が就任。馬渡和彰徳島安柄俊熊本阪本翔一朗アルビレックス新潟シンガポール辻尾真二相模原玉城峻吾がJFL・今治へ移籍、吉川翔梧が契約を更新せず期限付き移籍していたJFL・八戸へ移籍、水永翔馬北九州古田寛幸秋田へ期限付き移籍、安東輝熊谷アンドリュー可児壮隆は期限付き移籍期間満了、大橋基史は引退、ロマリーニョダビHonda FCへ期限付き移籍していた本田真吾が契約満了で退団した。

一方で、松本から白井裕人長崎から佐藤洸一仙台から杉浦恭平鹿島から大橋尚志を完全移籍で、磐田から石田崚真新潟から宮崎幾笑、鹿島から垣田裕暉を期限付き移籍で獲得した。また秋葉勝が完全移籍に移行した。

また、シーズン開幕直前にキム・ヨンホン福井へ期限付き移籍。開幕後には榎本滉大福島県1部いわきFC山藤健太が北九州へ期限付き移籍、メンデスが契約解除(後に栃木へ加入)したが、G大阪から田尻健C大阪から庄司朋乃也を育成型期限付き移籍で、清水からビョン・ジュンボンを期限付き移籍で、沼田圭悟大宮から完全移籍で獲得した。また、来シーズンの加入が内定している島津頼盛特別指定選手として加入した。

J2リーグ戦では一時は10試合未勝利という苦しい時期があったが、白井が正守護神として、佐藤がエースストライカーとして活躍した事に加え、大橋や石田や宮崎、そして途中期限付き加入した庄司など出場機会に恵まれなかった若手選手が主力として活躍。特に庄司は金沢に期限付き加入後、22試合に出場した。シーズンが進むにつれ、柳下監督が目指すアクションサッカーが徐々に浸透し、終盤戦では7試合負けなしで締めくくった。またこの年3位だった名古屋から2勝した。結果は13勝10分19敗、得失点差-18で最終順位は17位となった。

2018年

柳下体制2年目。太田康介今治へ移籍、阿渡真也秋葉勝富田康仁嶺岸佳介星野有亮原田欽庸Honda FCへ期限付き移籍していた大町将梧秋田へ期限付き移籍していた古田寛幸北九州へ期限付き移籍していた水永翔馬が契約満了で退団、大槻優平が引退した。

一方で、毛利駿也山本義道島津頼盛谷口遼弥が新加入した。

成績[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

個人[編集]

その他[編集]

スタジアム・練習場他[編集]

ホームスタジアム[編集]

ホームスタジアムは石川県西部緑地公園陸上競技場である。なお、過去のホームゲーム開催スタジアムは当項目を参照のこと。

スタジアムDJ[編集]

練習場[編集]

練習場は石川県西部緑地公園補助競技場[1]津幡運動公園陸上競技場[1]白山市松任総合運動公園グラウンド[1]、金沢市安原スポーツ広場多目的グラウンド (金沢市)[1]、石川県サッカー・ラグビー場 (能美市)[1] となり、その他に北陸大学フットボールパークも使用している[14]

2016年1月、金沢市安原スポーツ広場多目的グラウンドにて、専用のクラブハウスが完成。黒をベースにした外装になっている。着工日は2015年9月30日で、完成日は2016年1月18日。クラブハウスの完成により、選手達が腰を据えて練習に取り組める環境が確立。スタッフルームや多目的ルーム、メディカルルーム、休憩室、ロッカールーム、浴室、トレーニングルーム、ランドリールーム等が整備されており、食事面を含めた体作りやケア等、心身を鍛えながらリフレッシュできる体制になっている。なお、クラブハウスの外壁には、建設における支援金の募集に参加したサポーターやファン、スポンサーのネームプレートが飾られている[15]

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st) 水色 水色 水色
GK(2nd) グレー グレー グレー
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

  •    [1]   [1]   [1]

ユニフォームスポンサー[編集]

提出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
北國新聞 北國新聞 2011年 - 2009年はパンツ、
2010年は背中
背中上部 北國銀行 北國銀行 2011年 - 2006年 - 2008年は背中、
2009年 - 2010年は胸
背中下部 澁谷工業 澁谷工業 2016年 -
米沢電気工事 米沢電気 2010年 - 2009年は背中
パンツ サンキュー 100満ボルト 2015年 -

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
2006 エー・オー・シー 北國銀行 解禁前 シーピーユー NTTドコモ PUMA
2007 ウイル・コーポレーション AOC
2008 ウイルコ
2009 北國銀行 米沢電気 北國新聞
2010 北國新聞 米沢電気 かいてき薬局
2011 北國新聞 北國銀行
2012 A-LINE
2013
2014 UNDER ARMOUR
2015 100満ボルト
2016 澁谷工業 adidas
2017

アカデミー[編集]

2009年金沢市津幡町にサッカースクールを設立、U-12年代での人材の育成と、地域におけるサッカーの普及・サッカー文化の発展を目指している。また、ツエーゲン金沢U-18を発足させた他、2010年にツエーゲン金沢 津幡U-15、2011年七尾市にツエーゲン能登ジュニアユースを設立した。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z プロフィール:ツエーゲン金沢”. 日本プロサッカーリーグ. 2017年1月1日閲覧。
  2. ^ a b 社名変更のお知らせ, , ツエーゲン金沢, (2017年1月1日), http://www.zweigen-kanazawa.jp/Contents/news/%e7%a4%be%e5%90%8d%e5%a4%89%e6%9b%b4%e3%81%ae%e3%81%8a%e7%9f%a5%e3%82%89%e3%81%9b/ 2017年1月1日閲覧。 
  3. ^ a b “Jリーグ入会審査(J2およびJ3)結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2013年11月19日), http://www.jleague.jp/release/article-00005487/ 2016年12月4日閲覧。 
  4. ^ a b c d e f g 2015年度(平成27年度)Jクラブ個別情報開示資料”. 日本プロサッカーリーグ. 2016年8月20日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g クラブ紹介”. ツエーゲン金沢. 2014年1月31日閲覧。
  6. ^ a b サポーターの皆様へ(準加盟承認のご報告), , ツエーゲン金沢, (2013年2月26日), http://www.zweigen-kanazawa.jp/news2012/newsDetail693.html 2013年2月26日閲覧。 
  7. ^ 2015ファンクラブ会員募集開始します!”. ツエーゲン金沢 (2014年11月22日). 2014年12月20日閲覧。
  8. ^ 2011年2月18日付クラブリリース「ツエーゲン金沢にマスコットキャラクターが誕生しました!」
  9. ^ “Jリーグ準加盟申請について” (プレスリリース), ツエーゲン金沢, (2010年4月11日), http://www.zweigen-kanazawa.jp/news/newsDetail104.html 2015年4月10日閲覧。 
  10. ^ “Jリーグ準加盟申請について” (プレスリリース), ツエーゲン金沢, (2011年1月7日), http://www.zweigen-kanazawa.jp/news/newsDetail353.html 2015年1月6日閲覧。 
  11. ^ 「Jリーグ準加盟申請」について記者会見を行いました(2011年11月27日付ツエーゲン金沢オフィシャルHP)
  12. ^ 「Jリーグ加盟へ経営強化 ツエーゲン金沢」 北國新聞(2012年2月9日2時52分更新)
  13. ^ “湘南ベルマーレ、松本山雅FCのJ1昇格およびツエーゲン金沢のJ2昇格審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2014年11月19日) 
  14. ^ 第16節 vsツエーゲン金沢 前日練習”. J3リーグ (2014年6月13日). 2014年12月20日閲覧。
  15. ^ “クラブハウス完成の御礼と支援金募集期間延長のお知らせ” (プレスリリース), 公式サイト, (2016年2月3日), http://www.zweigen-kanazawa.jp/Contents/news/%e3%82%af%e3%83%a9%e3%83%96%e3%83%8f%e3%82%a6%e3%82%b9%e5%ae%8c%e6%88%90%e3%81%ae%e5%be%a1%e7%a4%bc%e3%81%a8%e6%94%af%e6%8f%b4%e9%87%91%e5%8b%9f%e9%9b%86%e6%9c%9f%e9%96%93%e5%bb%b6%e9%95%b7%e3%81%ae/ 2017年8月26日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]