AC長野パルセイロ

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AC長野パルセイロ
原語表記 AC長野パルセイロ
呼称 AC長野パルセイロ
愛称 パルセイロ
クラブカラー      オレンジ[1]
創設年 1990年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J3リーグ
クラブライセンス J2[2]
ホームタウン 長野県長野市など15市町村
ホームスタジアム ひ南長野運動公園総合球技場
収容人数 15,000[1]
運営法人 株式会社長野パルセイロ・アスレチッククラブ[1]
代表者 堀江三定[1]
監督 日本の旗 三浦文丈
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社長野パルセイロ・アスレチッククラブ
Nagano Parceiro Athletic Club Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
381-0021
長野県長野市大字屋島北屋島3300[1]
設立 2007年1月15日[3]
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営他
代表者 堀江三定
資本金 7,900万円[4]
売上高 4億2,600万円 (2014年12月期)[4]
営業利益 800万円 (2014年12月期)[4]
経常利益 800万円 (2014年12月期)[4]
純利益 800万円 (2014年12月期)[4]
純資産 3,300万円 (2014年12月期)[4]
総資産 8,600万円 (2014年12月期)[4]
決算期 12月期
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AC長野パルセイロ(エーシーながのパルセイロ)は、日本長野県北信地方詳細後述)をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ (Jリーグ) に加盟するサッカークラブである。

概要[編集]

1990年創設の長野エルザサッカークラブが前身。2007年より商標登録の関係から一般公募で選ばれた「AC長野パルセイロ」に名称を変更した。ACはAthletic Clubの略[1]、「パルセイロ」はポルトガル語で「パートナー」の意味であり、地域社会とクラブがパートナーとして共生する「地域密着協働型スポーツクラブ」を目指すことを意味している[1]。運営会社は株式会社長野パルセイロ・アスレチッククラブである[1]

クラブカラーのオレンジは長野県旗の色であり、紺色と共に長野県国体選抜チームのユニフォームカラーでもある[5]。クラブエンブレムは旧称の「エルザ」に由来する雌ライオンに、長野のシンボルであるリンゴの花を対で組み合わせて「パートナー」の意味を表している[5]。ホームスタジアムは南長野運動公園総合球技場[6]、2014年シーズンは同球技場が改築中であったため、暫定的に佐久総合運動公園陸上競技場を使用した(詳細は#スタジアムを参照)。練習場は千曲川リバーフロントスポーツガーデン、千曲市サッカー場である[1]

ホームタウンは準加盟承認時は長野市1市であった[6] が、Jリーグに入会した2013年11月に長野地域北信地域にある4市と埴科郡上高井郡下高井郡上水内郡下水内郡の10町村を加えた15市町村(長野市、須坂市中野市飯山市千曲市坂城町小布施町高山村山ノ内町木島平村野沢温泉村信濃町飯綱町小川村栄村)に変更している[1]

歴史[編集]

1990年 - 2010年(長野県/北信越リーグ[編集]

1990年、長野県立長野南高校サッカー部OBを中心に長野エルザサッカークラブとして発足し、同年の長野県北信リーグ、長野県地域リーグ決勝大会を優勝。長野県リーグ昇格入替戦も勝ちあがり、長野県リーグへ昇格した。

エルザは1996年に長野県リーグで優勝し、北信越フットボールリーグに昇格した。北信越リーグでは松本金沢JAPANサッカーカレッジ(JSC)らと争い、2002年に初優勝。全国地域サッカーリーグ決勝大会(以下「地決」)に初出場している。2004年には全国社会人サッカー選手権大会(以下「全社」)、天皇杯に初出場するが、いずれも初戦で敗れた。

2005年、支援組織としてAthle-naganoが発足した。2006年にはチームフロント内の「長期的視野に立ち、地元出身者を活かし、高いレベルの指導者により、選手を育成しながらJを目指したい」という考えから、イラン代表元監督のヴァルデイル・バドゥ・ヴィエイラが監督に就任。要田勇一貞富信宏の2人のプロ契約選手の獲得や、天然芝グラウンド(千曲川リバーフロントスポーツガーデン)への練習拠点の移転、クラブハウスの設置、更には選手が半日就労後に行う2部練習の体制等を発表するなど、ヴィエイラの方針に則った練習環境の整備が行われた。

2007年1月15日に運営組織を株式会社化。また商標登録の関係から新たなクラブ名を公募し、名称を長野エルザサッカークラブからAC長野パルセイロへ改称。2008年2月には長野市千曲市須坂市中野市の4市や競技団体など30団体で構成するホームタウンながの推進協議会が発足した。

クラブは2008年の北信越リーグおよび第44回全社で優勝するが、第32回地決1次ラウンドで敗退した。翌2009年も北信越リーグではJAPANサッカーカレッジ (JSC) に次ぐ2位で、JFL昇格はならず。ヴィエイラはシーズン終了後に退任した。ヴィエイラの後任には、コーチから薩川了洋が昇格した。

2010年シーズンはJSCから移籍してきた諏訪雄大宇野沢祐次の活躍もあり、北信越リーグを無敗(12勝2分)で制す。9月の鈴木政一ジュビロ磐田元監督)の強化本部長就任を経て、続く第46回全社第34回地決をともに準優勝し、同年12月8日に日本フットボールリーグ(JFL)理事会でJFLへの入会が承認された[7]。薩川は2012年まで監督を務め[8]、JFLで2年連続2位の成績を収めた。

2011年 - 2013年(JFL)[編集]

2011年
チームスローガン:DO OUR BEST!

JFL昇格初年度。リーグ最少失点(27失点)、13試合連続無敗(前期第16節 - 後期第9節(東日本大震災で順延となった8月17日の前期第4節と8月21日の前期第5節も含む))といった記録を残し、SAGAWA SHIGA FCに次ぐ2位の成績を収めた。

長野県サッカー選手権大会天皇杯長野県予選)は準決勝より出場、上田ジェンシャンを破るが決勝で松本にPK戦の末敗れた。

2012年
チームスローガン:Run All

2月にJリーグ準加盟の審査を受け[9][10]、同年7月23日にJリーグ準加盟クラブとして承認された[11][12]。なお、ホームスタジアムとして登録した南長野運動公園総合球技場がJリーグ規格に満たないため、J2ライセンスの申請を見送っており、J2・JFL入れ替え戦への出場は見送られた。2012年シーズンV・ファーレン長崎に次ぐ2年連続の2位。

第92回天皇杯県予選は決勝から出場、アルティスタ東御を下し8年ぶりに長野県代表として出場(パルセイロに改名後は初)し、2回戦でJ1コンサドーレ札幌にPK戦で勝利した。

2013年
チームスローガン:結心

徳島ヴォルティス元監督の美濃部直彦が監督に就任。開幕5連勝でリーグ戦をスタートし、一時3位に後退するも第9節から第32節まで24試合連続無敗(そのうち第26節から第32節まで7連勝)を記録。第26節終了時にカマタマーレ讃岐に代わって首位に浮上し、第32節ブラウブリッツ秋田戦に勝利して初のJFL優勝を決めた。同年11月19日には日本プロサッカーリーグの理事会でJリーグへの入会と、2014年のJ3リーグ参加が承認され、同時にホームタウンを長野市など15市町村に変更した。シーズン途中の8月よりホームスタジアムの南長野が改修工事のために閉鎖され、第24節より佐久陸での開催となった。詳しくはスタジアムの項を参照。

第93回天皇杯の2回戦でJ1・名古屋グランパスエイトに勝利。3回戦でJ2・ギラヴァンツ北九州にPK戦で勝利してベスト16に進出した。なお、4回戦はJ1・横浜F・マリノスに延長戦で敗れた。アマチュアチームで最高位の成績となったため、翌年の第94回天皇杯の予選免除権を獲得した。

2014年 - (J3)[編集]

2014年
チームスローガン:頂戦

美濃部体制2年目。藤田信平島崇堤隆裕鯨岡佑太保戸田春彦木下正貴小川裕史がチームを去った。補強は、甲府から元日本代表の伊東輝悦栃木SCから勝又慶典町田から向慎一を完全移籍で獲得。シーズン途中には山田晃平長崎から期限付き移籍で獲得した。

リーグ戦は2位の成績でJ2・J3入れ替え戦に回ったが、1分1敗の成績でJ2・21位のカマタマーレ讃岐に敗れてJ3残留が決まった。

第94回天皇杯は2回戦でJ2・千葉に敗れた。

2015年
チームスローガン:Strong 心・信・進

美濃部体制3年目。旗手真也野澤健一高野耕平が引退、松尾昇悟川邊裕紀田中恵太下村悠太畑田真輝川鍋良祐がチームを去った。補強は、長崎から金久保彩相模原から菅野哲也盛岡から土井良太京都から内野貴志を完全移籍で、岡山から仙石廉を期限付き移籍で獲得。鮫島晃太の期限付き移籍期間が延長され、山田晃平が期限付き移籍から完全移籍に移行した。

リーグ戦開幕直前に福岡から光永祐也を期限付き移籍で獲得。リーグ戦開幕後は、パク・ゴンが福岡から、近藤祐介北九州から、金信泳釜山アイパークから加入、ムリロ・アルメイダ大分から(7月2日契約解除)、小山内貴哉札幌から期限付き移籍で獲得した。一方で、吉田実成都滋賀へ移籍、平岡将豪沼津高慶汰が盛岡へ期限付き移籍、井上寛太が退団した。また、8月5日、美濃部監督が健康上の問題を理由に監督を辞任。後任には衛藤元ヘッドコーチが就任した。

リーグ戦は、昨年同様昇格争いをしていたが3位に終わり昇格を逃した。第95回天皇杯は2回戦でJ1・神戸に敗れた。

シーズン終了後、衛藤監督が退任した。

2016年
チームスローガン:共超

新監督に福岡のヘッドコーチだった三浦文丈が就任。大橋良隆諏訪雄大が引退、鮫島晃太高橋駿太土井良太金信泳向慎一伊東輝悦光永祐也小山内貴哉がチームを去った。補強は、群馬から夛田凌輔大分から阪田章裕荒田智之岐阜から関田寛士横浜FMから天野貴史、長崎から東浩史から三浦龍輝松本から塩沢勝吾を完全移籍で、長崎から碓井鉄平愛媛から渡辺亮太を期限付き移籍で獲得。期限付き移籍から高慶汰平岡将豪が復帰、仙石廉が期限付き移籍から完全移籍に移行した。

成績[編集]

タイトル[編集]

リーグ戦[編集]

カップ戦[編集]

個人[編集]

スタジアム[編集]

ホームスタジアムは南長野運動公園総合球技場である。南長野の改修工事に伴って2013年1月に佐久市と佐久総合運動公園陸上競技場を準本拠地と位置付ける協定を締結し2014年は同競技場をホームスタジアムとして登録した。過去のホームゲーム開催スタジアムは下表の通りである。南長野の改修に関する詳細は当項目を参照のこと。

年度別入場者数[編集]

  • スタジアム欄の太字は、ホームスタジアムに登録されている競技場
  • 入場者数の太字は、所属リーグ毎の歴代最多および最少
  • 試合数および入場者数データはリーグ戦のみ。
年度 所属 合計
入場者数
最多入場者数 最少入場者数 平均
入場者数
試合数 ホームゲーム
開催スタジアム
入場者数 相手 会場 入場者数 相手 会場
2011 JFL 36,494 3,849 松本 南長野 1,030 ロック 南長野 2,281 17 南長野17
2012 44,963 4,127 YS横浜 1,803 長崎 2,811 16 南長野16
2013 39,768 3,213 讃岐 1,418 MIO 2,340 17 南長野11、佐久6
2014 J3 64,701 8,011 J-22 長野 1,655 藤枝 佐久 3,594 18 佐久11、長野6、味フィ西1
2015 94,665 8,681 相模原 南長野 3,159 相模原 南長野 4,733 20 南長野20
2016 15 南長野15

アカデミー・下部組織[編集]

レディース[編集]

ジュニアユース[編集]

2005年に前身の長野エルザジュニアユースとして設立。2013年現在U-15長野県ユースサッカーリーグ・トップ1部に所属し、同年第22回長野県クラブユースサッカー選手権大会(U-15)で優勝した。

スクール・アカデミー[編集]

U-10(小学校3・4年)、U-12(小学校5・6年)世代を対象にパルセイロサッカースクールを、U-6(年中・年長)、U-8(小学校1・2年)を世代を対象に信濃グランセローズと共同で設立したNico Sports Academy(ニコスポーツアカデミー)での指導を行なっている。また上記とは別に、長野市を中心とした北信、東信地域の幼稚園、保育所、小学校などでの指導も行なっている。

アイスホッケーチーム[編集]

2008年に中学生のチームを立ち上げ、現在は小学生から社会人までの各チームを有している[13]

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) オレンジ
FP(2nd)
GK(1st)
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

  •      オレンジ、    

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
ホクト HOKUTO 2015年 - 2011年 - 2014年は袖
背中上部 長野都市ガス 長野都市ガス 2016年 - 2010年 - 2014年は胸
2008年 - 2009年・2015年は袖
背中下部 松田・南信 松田・南信 2016年 -
デンセン Densen 2016年 -
パンツ 信濃毎日新聞 信濃毎日 2007年 - 2008年
2010年 -

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサーとユニフォームサプライ年表[編集]

年度 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
2005 - 八幡屋
礒五郎
解禁前 - サニーヘルス DELL'ERBA
2006 AOKIホール
ディングス
みすずコーポレーション
2007 - 信濃毎日
2008 長野
都市ガス
2009 MJマガジン 八幡屋
礒五郎
長野平青学園
2010 長野
都市ガス
鈴木 信濃毎日
2011 ホクト
2012
2013 炭平グループ DUELO
2014
2015 ホクト - 長野都市ガス
2016 長野都市ガス 松田・南信 Densen PENALTY

備考[編集]

  • 2014年より2013年JFL優勝による星マークがエンブレムの上に付けられている。

メディア[編集]

テレビ[編集]

  • NHK長野放送局
    • 『イブニング信州』 (マンデースポーツ、スポーツコーナー「スポしん」)
  • テレビ信州
    • 『スポーツジェネレーション』(毎週火曜 21:54 - 22:00)
  • 信越放送
    • 『オレンジ魂週刊パルセイロ』(毎週木曜 18:55 - 19:00)
  • 長野放送
    • 『アスリートG』(毎週水曜 22:54 - 23:00)

ラジオ[編集]

  • FMぜんこうじ -「キリンビール・フォルサ!!パルセイロ!!」(毎週金曜 17:30 - 17:40)

新聞・雑誌[編集]

インターネット[編集]

  • ルーツ(主にアウェーの試合の動画を掲載)
  • 愛TVながの(すぽ魂NAGANOにて選手のインタビュー動画を掲載)

映画[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j プロフィール:AC長野パルセイロ”. 日本プロサッカーリーグ. 2015年9月9日閲覧。
  2. ^ “クラブライセンス交付第一審機関 (FIB) 決定による 2015シーズン Jリーグクラブライセンス交付について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2014年9月29日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00006061.html 2014年9月30日閲覧。 
  3. ^ “Jリーグ入会審査(J2およびJ3)結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2013年11月19日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00005487.html 2013年11月23日閲覧。 
  4. ^ a b c d e f g 2014年度(平成26年度)Jクラブ個別情報開示資料”. 日本プロサッカーリーグ. 2015年9月9日閲覧。
  5. ^ a b クラブビジョン「市民会議プレゼンテーション資料」 (PDF) - AC長野パルセイロ公式サイト2012年10月24日
  6. ^ a b “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2012年7月23日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00004604.html 2012年12月5日閲覧。 
  7. ^ “「日本フットボールリーグ、新入会チームについて」” (プレスリリース), 日本フットボールリーグ, (2010年12月8日), http://www.jfl.or.jp/jfl-pc/view/s.php?a=162 2014年1月25日閲覧。 
  8. ^ 薩川監督勇退のお知らせ”. AC長野パルセイロ公式HP (2012年11月8日). 2012年12月5日閲覧。
  9. ^ Jリーグ準加盟審査の結果について”. AC長野パルセイロ (2012年2月21日). 2012年7月24日閲覧。
  10. ^ AC長野準加盟「審議継続」 Jリーグ理事会”. がんばれ!信州サッカー. 信濃毎日新聞 (2012年2月22日). 2012年7月24日閲覧。
  11. ^ Jリーグ準加盟審査結果について”. Jリーグ公式サイト (2012年7月23日). 2012年7月24日閲覧。
  12. ^ Jリーグ準加盟が承認されました。”. AC長野パルセイロ (2012年7月23日). 2012年7月24日閲覧。
  13. ^ チーム概要”. AC長野パルセイロアイスホッケーチーム. 2015年10月30日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]