山口放送

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山口放送株式会社
Yamaguchi Broadcasting Co., Ltd.
Kry logo.svg
KRY (Yamaguchi Broadcasting).JPG
山口放送 社屋(周南市)
種類 株式会社
略称 KRY
本社所在地 日本の旗 日本
745-8686
山口県周南市大字徳山5853-2(公園区)
設立 1956年昭和31年)3月6日
(株式会社ラジオ山口)
業種 情報・通信業
法人番号 6250001009332
事業内容 放送法に基づくテレビラジオ放送
代表者 岩田幸雄(代表取締役社長)
資本金 2億3000万円(2017年3月期)
発行済株式総数 460000株
売上高 61億7344万8千円
経常利益 4億8624万6千円
純利益 5億8320万1千円
純資産 114億3416万4千円
総資産 142億1340万2千円
従業員数 123人
主要子会社 株式会社KRYプロモーション
外部リンク http://kry.co.jp/
特記事項:経営指標などは2017年3月期、有価証券報告書より
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山口放送
基本情報
英名 Yamaguchi
Broadcasting Co., Ltd.
略称 KRY
本社 〒745-8686
山口県周南市徳山5853-2(公園区)
演奏所 本社と同じ
公式サイト http://kry.co.jp/
ラジオ
放送対象地域 山口県
系列 NRN・JRN系
愛称 KRYラジオ
呼出符号 JOPF
呼出名称 やまぐちほうそう
開局日 1956年4月1日
親局 / 出力 周南 765kHz /  5kW
主な中継局 下関 JOPM 918kHz他
周波数の項参照
テレビ
放送対象地域 山口県
ニュース系列 NNN
番組供給系列 NNS
呼出符号 JOPF-DTV
呼出名称 やまぐちほうそう
デジタルテレビジョン
開局日 1959年10月1日
リモコンキーID 4
デジタル親局 周南(大平山) 20ch
アナログ親局 周南(大平山) 11ch
ガイドチャンネル 11ch
主な中継局 下関 20ch他
主なアナログ中継局 下関 JOPM-TV 4ch他
アナログ放送の項参照
特記事項:
○テレビの下関(関門)中継局は、1964年9月30日まで

本局(周南)とは別内容の編成だった。

○2006年10月1日に地上デジタル放送を開始。
(親局は周南局のみ)
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山口放送株式会社(やまぐちほうそう、Yamaguchi Broadcasting Co., Ltd.)は、山口県放送対象地域とした中波放送(AM放送)事業とテレビジョン放送事業を行っている特定地上基幹放送事業者である。

目次

概要[編集]

県内初の民間放送局にして唯一のラジオ・テレビ兼営局である。テレビネットワークはNNN/NNS日本テレビ系列)で、ラジオはNRNJRNクロスネット局。略称のKRYは、1956年にラジオ専業局として開局した当初、「株式会社ラジオ山口」(KK.RADIO YAMAGUCHI)という社名であったことに由来する。テレビ放送開始後の1961年に現在の社名となった。

本社(演奏所)は開局当初から県東部の周南市(旧・徳山市)にあり、県庁所在地山口市ならびに県内最大の都市である下関市には支社は設けているものの、放送機能としては報道スタジオがあるのみで演奏所の機能を有しない。ただし、かつての関門テレビジョン放送局(下関市)は、番組編成上の経緯(詳細後述)からコールサインを持った独立した親局だった(放送内容は一貫して本社で制作)。

開局当初朝日放送 (ABC) から支援を受けていた関係で、ANNテレビ朝日系列)との関連もあり、1978年10月にテレビ山口 (tys) がテレビ朝日系列(ニュースネットワークのANNには非加盟)から離脱してから1993年山口朝日放送 (yab) が開局するまでは、日本テレビ系列とテレビ朝日系列のクロスネット局であった[注釈 1]。ANNへは入中や素材送りがメインで、年末のANN特番である「全国おもしろニュースグランプリ」にも参加していた。

開局以来基本的にCIを行っていない。ラジオ山口開局当初は徳山局の"JOPF"をモチーフにしたもの。"J"の頂点から6つの輪を放射線状に描き電波をイメージ、"J"の横に"OPF"を表記したロゴがあった。略称ロゴは1994年当時小文字の "kry" を平行四辺形で囲んだものであった。現在は大文字 (KRY) ベースの斜体で表記しており、"Y" の字が小文字の "y" をモチーフとしたものとなっている。

局データ[編集]

山口放送 山口支社

資本構成[編集]

企業・団体は当時の名称。出典:[1][2][3][4][5]

概要[編集]

テレビ放送のキー局である日本テレビ放送網が筆頭株主。関連自治体である山口県周南市防府市、さらには周南市に主力拠点を置くトクヤマ出光興産東ソーなどが大株主として参加している。山口フィナンシャルグループの2社(山口銀行、ワイエムリース)で9.04%の株式を保有する実質第2位の株主となる。山口放送会長の赤尾嘉文が5.32%を保有している。なお、宇部興産はテレビ山口、トクヤマは山口朝日放送の大株主でもある。また、フジテレビジョンが山口放送の上位株主だった一方、読売新聞大阪本社が一時期フジテレビ系列でもあったテレビ山口の大株主という新聞資本と加盟系列のねじれが発生していた時期もある。

2015年3月31日[編集]

資本金 授権資本 1株 発行済株式総数 株主数
2億3000万円 8億円 500円 460,000株 467
株主 株式数 比率
日本テレビ放送網 48,000株 10.43%
山口県 40,000株 08.69%
周南市 36,800株 08.00%
赤尾嘉文 24,450株 05.31%
トクヤマ 24,000株 05.21%
山口銀行 23,000株 05.00%
ワイエムリース 18,600株 04.04%
宇部興産 17,200株 03.73%
出光興産 16,000株 03.47%
東ソー 16,000株 03.47%
防府市 16,000株 03.47%

過去の資本構成[編集]

沿革[編集]

周南地区に位置する徳山市(現・周南市)・下松市光市の3市は、1951年頃から公営ラジオ局の設立を構想していた。しかし先例となったはずだった「姫路市営放送」(兵庫県)が、予備免許が交付されながらも開局出来なかったことから(開局を断念した放送局一覧を参照)、下松・光両市は「実現は困難」として離脱、残された徳山市は単独で計画を進め、免許申請に至ろうとした矢先、ラジオ九州(現在のRKB毎日放送)が防府市に中継局設置を計画。ここで調整が長引いた結果、全国的にも後発となる1956年の開局となった。

  • 1956年
    • 3月 - 徳山市(当時)に「株式会社ラジオ山口」設立。当時の略称はJOPFだった。
    • 4月1日 - 全国38番目の民放ラジオ局として放送開始。
    当初は、徳山市久米(くめ)に本社・送信所・ラジオアンテナがあり、当時現地に残っていた旧海軍通信学校の建物を改修した社屋だった[6]。当時の久米を象徴する建物と言われていた。当初の周波数は 560kc(のちに940kc)
  • 1957年9月4日 - 略称をJOPFからKRYと改める。
1961年頃の本社屋(当時:徳山市公園区)

ラジオ[編集]

周波数[編集]

AM放送
親局 呼出符号 周波数 出力 備考
周南 JOPF 765kHz 5kW
予備送信所 - 1kW
中継局 呼出符号 周波数 出力 備考
山口 [※ 1] 765kHz[※ 2] 300W[※ 3]
須佐田万川 - 765kHz 300W
JOPL 1485kHz 1kW
下関 JOPM 918kHz
岩国 JOPN
FM補完放送(エフエムKRY[10]
エリア 中継局呼出名称 周波数 出力 備考
瀬戸内側 KRY山口FM 92.3MHz 1kW TV併設
KRY柳井FM 100W
KRY岩国FM 100W
KRY下関FM 100W [※ 4]
KRY阿東FM 100W[※ 5] 2017年9月23日開局。
[※ 6]
KRY宇部FM 100W[11] 2018年4月11日開局。[11]
KRY山口鴻ノ峯FM 100W[12] 2018年11月12日開局。[12]
KRY周防大島FM 20W[13] 2018年12月5日開局。[13]
中継局は東和TV局と同一[14][15]
日本海側 KRY美祢FM 86.4MHz 100W 独立新設
KRY長門FM 20W
KRY萩FM 100W
KRY豊浦FM 20W[※ 7] 2017年10月30日開局。[※ 8]
KRY須佐田万川FM 50W[16] 2018年8月29日開局。[16]

備考

  1. ^ かつてはJOPOが割り当てられていた。
  2. ^ 2009年4月27日に1458kHzから変更。
  3. ^ 2009年4月27日より100Wから増力。
  4. ^ 下関市及びその周辺地域でAMラジオの難聴が解消 <山口放送のFM補完中継局の免許を付与> - 中国総合通信局 2017年5月15日
  5. ^ 山口市阿東地区でFM補完放送を実施 < FM放送によりAMラジオの難聴を解消 > - 中国総合通信局 2017年9月20日
  6. ^ KRYラジオのツイート
  7. ^ 山口県下関市豊浦地区でFM補完放送を実施< FM放送によりAMラジオの難聴を解消 > - 中国総合通信局 2017年10月20日
  8. ^ KRYラジオのツイート
  • AM局の予備送信所のアンテナは山口放送の本社屋上にある。2012年4月12日に免許を受けた[17]
  • 山口FM局は、2015年6月16日予備免許を受け[18]、同月22日 9:00に試験放送を、7月21日より本放送を開始した[19][8]。「FM補完放送」の愛称として首都圏で使用されている「ワイドFM」も並行して使用している。
  • FM補完中継局として、山口(周南 / 92.3MHz・1kW[20]、美祢が総務省の補助金事業になっている[21][22](美祢地区では地形の関係上AMラジオがほぼ受信(聴取)が不可能)。また、長門なども夜間は韓国波の混信でAMがほぼ聴こえないため、補助金を利用した[23][24]

なお、FM補完放送ではあるが、美祢・長門・萩の各局は90MHz以下の周波数帯である[25]

2018年12月5日の周防大島FM放送開始をもって、FM補完中継局は13局運用開始している。

ラジオネットワークの変遷[編集]

全国ラジオネットワーク (NRN) とジャパン・ラジオ・ネットワーク (JRN) の両方に加盟しているが、NRNには1965年5月3日の結成とともに加盟。これは、山口放送がラジオ山口として開局した頃に、ニッポン放送朝日放送(ABCラジオ)九州朝日放送KBCラジオ)からの協力を多く受けていたことに起因する。この中でも、隣の県にある九州朝日放送との結びつきが強く、当初はKBCラジオ発のニュースをサイマルネット(後述)していた。

一方、JRNへの加盟は開局時に軋轢のあったRKB毎日放送も幹事社となっていることもあり長らく実現しなかったが、ラジオ関東(現・RFラジオ日本)が独占していたプロ野球読売ジャイアンツ主催ゲーム(ラジオ日本ジャイアンツナイター#JRN・NRNとの関係参照)のラジオの放送権が、1979年4月以降、JRNにも与えられたことでクロスネットへの動きを強める。山口放送三十年史によると、1982年のJRN加盟に向けては周囲の系列局の判断が必要であったが、山口放送のテレビのメインネットがNNNであるのに対し、まわりのラテ兼営局である山陰放送中国放送、RKB毎日放送の各局は、テレビ部門がいずれもJNN系列であるため、難航が予想された、とある[要ページ番号]。加盟が実現したのは1982年10月26日(JRNラインネットがスタートするのは1983年4月1日)のことである。

ラジオニュース[編集]

元は、朝日新聞毎日新聞中国新聞の3社が提供していた。一時期、平日11時、12時、16時、22時、0時などの「朝日新聞ニュース」は、九州朝日放送KBCラジオ)とのサイマル放送で、KBCラジオのニュースをそのまま放送していた。これは、放送開始当初に山口放送に全国ニュースを集めるまでの力がなく、当時、開局や制作に協力のあったニッポン放送や九州朝日放送の力を借りたもののうちのひとつである。しかしその後、1976年に毎日新聞の提供が終了、1993年には朝日新聞も規模を大幅に縮小し(事実上撤退)、その穴を埋めるように読売新聞も提供するようになり、現在は読売新聞をメインとしている。

現在放送中の番組[編集]

  • 放送時間は日曜 25:00 - 28:00を除く24時間(月曜のみ4:00開始、他は5:00基点)。選挙特番や年末年始は臨時の終夜放送を行うことがまれにある。
  • 放送時間は2019年4月現在時点のもの(参考:KRYラジオ基本番組表

ラジオ自社制作番組[編集]

平日
土曜日
日曜日
不定期・特別番組

ネット番組[編集]

※は別番組内に内包

TBSラジオ制作
文化放送制作
ニッポン放送制作
かしわプロダクション制作
地方民間放送共同制作協議会(火曜会)制作
その他各局制作番組

過去に放送した番組[編集]

自社制作番組[編集]

1年以上継続した、または放送時間が1時間以上の番組を掲載する。

朝ワイド
  • 採れたて生出荷!勝津正男の情報畑(月曜 - 木曜、1993年10月 - 1995年3月)
  • 池内博子の風に吹かれて(金曜、1993年10月 - 1995年3月)
  • 朝は採れ生パパラジオ(1995年4月 - 1999年4月)
  • 勝津正男・徳本恵子の情報畑〜勇気栽培〜(1999年4月 - 2002年3月)
昼ワイド
  • 歌謡曲リクエストタイム(1969年2月 - 1973年9月)
  • KRYジョイジョイ・アフタヌーン(1973年4月 - 1988年3月)
  • あんたのんたの昼からワイド(1988年4月 - 1993年9月)
  • 治美のそれっちゃそれそれ!!→それッチャ Sole! Sole!(1993年10月 - 1999年3月)
  • KRYわくわくワイド“ひるらじ”(1999年4月 - 2001年6月)
  • きららWave(2001年7月 - 2002年3月)
  • 昼休みほっとサイト(2002年4月 - 2003年3月)
  • ホットバザール〜ランチのあとで〜(2002年4月 - 2003年3月)
  • 宇宙船かたつむり発進!!(1993年11月 - 2001年3月、放送開始時は平日のみの帯番組。のちに週末の放送も開始。下記参照。)
  • 吉田治美の今日もハッピー(2001年4月 - 2003年9月)
その他平日の番組
  • KOIKAN(第1期:1999年4月 - 2000年3月、第2期:2007年4月 - 2009年3月)
  • KRYミュージックセンター(1962年5月 - 1965年12月)
  • マツダハイウエイミュージック(1965年8月 - 1993年10月)
  • きのうかな!きょうかな?(1978年4月 - 1981年3月)
  • ミッドナイトブレイク(1982年4月 - 1999年9月)
週末の番組
  • 土曜の午後はあなたごのみの演歌大行進(1979年4月 - 1993年9月)
  • 演歌パラダイス(1993年10月 - 2005年3月)
  • もっとパラダイス(2005年4月 - 2011年3月)
  • サタデーミュージックコミック(1993年10月 - 1997年3月)
  • 宇宙船かたつむり発進!!土曜スペシャル 週刊サタデーストリーム(1998年4月 - 2002年3月)
  • Oh!家ィ(2002年4月 - 2005年3月)
  • KRYナビ(2005年4月 - 2007年3月)
  • さたてん(2002年4月 - 2009年3月)
  • 土曜電話リクエスト「キッスオンザフォン」(1979年10月 - 1984年3月)
  • サタデー音楽でNIGHT(1986年10月 - 1988年3月)
  • 大きなくすの木学校で(1990年10月 - 1992年4月)
  • 電リクZACBARAN!(1992年10月 - 1995年3月)
  • 電リクjamjamjam(1995年4月 - 2000年3月)
  • Neo Colla!〜ネオコラ〜(2001年10月 - 2002年3月)
  • 笑福亭小つるのネットDEドタキャン(1998年4月 - 2000年4月1日)
  • ヤスベェの沸騰王-フッキン-(2000年4月 - 2002年3月)
  • VOICE(2002年4月 - 2003年3月)
  • STUDIO C2 SQUARE(1991年4月 - 1994年3月) - TBSラジオ発の企画ネット番組
  • クラクラ&ひろこのDo Hot Wave(1994年4月 - 1995年3月) - 上記の引継ぎとなるTBSラジオ発の企画ネット番組。クラクラは現在記者の倉重悟、ひろこは池内博子
  • Coke Teens Club Wヒロのスクールデイズ OH!(1995年4月 - 1998年) - 上記のスポンサードを引き継いだニッポン放送発の企画ネット番組
  • Gon(1994年4月 - 1995年3月)
  • なべ&やすべぇの向かうところ敵なし(1994年4月 - 1997年3月、当初はGonに内包されていた)
  • ラジQ(1995年4月 - 1997年3月)
  • 宇宙船かたつむり発進!!日曜スペシャル KRYウィークリーチャート SUNDAY KISS(1998年4月 - 2002年3月)
  • からくりじゃもん(2000年10月 - 2003年3月)
  • やまぐち(西暦)(ラジオドキュメント)
  • Swing Saturday ねぎって行こう!(1975年10月 - 2006年9月23日)
  • Boon!Boon!(2003年 - 2006年10月)
  • 治美姫じゃ(1977年6月 - 1981年7月)
  • わっしょい!にちようび(1981年12月 - 1993年10月3日)
  • 日曜治美ランド(1995年4月 - 2002年3月)
  • こりゃーえーが(2000年1月 - 2011年)
  • オールウェイズ・フォーク
  • 友ラジ(2013年 - 2014年)
  • 京太郎・噂のラジオ(2000年4月 - 2016年3月)
  •  なべ&ヤスベェの元・motto・みゅーじっく(2015年4月 - 2017年9月)
  • 丹黑香奈子のGOKU旅!→丹黑香奈子のGOKUナビ!

ネット番組[編集]

テレビ[編集]

県内での視聴率は、ゴールデンタイムプライムタイム全日ノンプライムの4部門すべてにおいて第1位で、年度視聴率で1996年度から16年連続で首位を達成している[27]

ジャーナリストの坂本衛によれば、1960年3月から極一時期、子供たちの夜更かしをしての視聴を極力控えることを目的に、20時の時報の前に「子供の皆さんの時間はおわりました」との字幕フリップを表示したことがあったという[28]

山口県内のテレビ局の中では自社制作番組の比率が比較的高く、平日朝は『Oha!4 NEWS LIVE』『ZIP!』を差し替えて、『KRYさわやかモーニング』を放送しているほか、夕方は10年以上自社制作枠としている。また、かつてはNNN全国ネット番組の制作も手がけており、1999年10月からは「ZZZ」枠で全国ネットの深夜番組『三宅裕司のワークパラダイス』を制作。2000年4月からは同枠で『三宅裕司のドシロウト』( - 2006年3月)を放送していた。1991年には、開局35周年記念事業の一環として、2時間ドラマ『炎の如く 吉田松陰』(風間杜夫主演)を制作、水曜グランドロマン枠で全国放送された。

ドキュメンタリー制作にも力を入れており、NNNドキュメントの自社担当分については幾度か日本民間放送連盟賞を受賞している。

テレビアニメの放送に関しては、「丸久サンデー劇場」のタイトルでフジテレビ系のテレビアニメを時差放送していた以外は原則日本テレビ系同時ネット番組のみとなっていた。2010年春の改編で、『それいけ!アンパンマン』のネット再開とあわせて、初のUHFアニメクプー!まめゴマ』の放送を開始、既存の『夢色パティシエール』(NNS同時ネット番組、番組そのものは2009年10月から放送されていた)とあわせて「日曜朝はKRYのアニメをどうぞ」とPRしていた。深夜アニメについては、『デジタル所さん』、『NANA』、『花田少年史』、『ONE PIECE』、『HUNTER×HUNTER』、『銀河機攻隊 マジェスティックプリンス』と計6作放送している。

送信所[編集]

日本テレビ系列のリモコンキーID地図

リモコンキーID:4

アナログ放送[編集]

2011年7月24日停波時点

関門局

テレビネットワークの変遷[編集]

山口放送は地理的状況から、複雑なネットワーク変遷をたどった。

開局当初[編集]

開局当初は、日本テレビ系列をメインとしたオープンネットであった。そのため、ニュースも各系列から供給された。

ラジオ山口テレビの開局当時、山口を通る電電公社ネットワーク回線は2本しかなく、広島では中国放送 (RCC) が、福岡ではRKB毎日放送 (RKB) がそれぞれ本線を使用し、かつ両局ともメインネットがラジオ東京系列(当時。今のTBS/JNN系列)だったため、順当に行くならば、山口放送はラジオ東京の系列を選ばざるをえない所であった。

ただ、仮にラジオ東京系列に入ると、県東部では中国放送、県西部ではRKB毎日放送がよく入るため、山口放送と番組がかぶることとなり、営業上こうした点が危惧された。そのため、「四国周りで九州を経由する」という複雑な回路ではあったものの、日本テレビ系列に入ることを決めた。山口放送が利用する回線が四国周りとなったのは、四国の先発局がすべて日本テレビ系列だった[29]ため。なお、九州地方の先発局はサガテレビを除きすべてTBS系列となっている。

関門テレビ局開局[編集]

下関をエリアとする関門テレビ局は、1961年7月14日下関市火の山で4chの予備免許を受けたが、その際に電波と番組に規制が入った。主な規制は、以下のとおり。

  1. 少ない電波事情から、RKB、RCCなど他局4チャンネルの視聴者を保護するため、西と南方向の電波を規制する。
  2. 徳山(現・周南)本局からのフィルム番組・自主制作番組を、50%以上放送する[30]
  3. エリアを共通とする他地域の民放局(RKB毎日放送 (RKB、TBS系)、テレビ西日本 (TNC、当時は日テレ系)、九州朝日放送 (KBC、当時はフジ系・NET系クロス))と内容を同じくする番組は、1日の放送時間に対して3分の1以下とする。

こうして、関門局は徳山本局と異なる番組を放送する独立した親局となり、民放一社が2つの独立する親局を受け持つ(1局2波体制)という、全国初の出来事となった[31]。そのため、当時の県内向けの新聞のラテ欄は、『山口テレビ(徳山・萩・岩国)』と『山口放送関門』のように並列で掲載され、全国でも前例のない事態になった。

関門局は、当初40%の番組がマイクロネットだったが、次第に減り、2〜3年後にはすべてフィルム番組となり、山口放送の経営をかなり圧迫した。この事態は1964年10月1日にTNCが日テレ系を離脱し、徳山本局と同じ番組が流せるようになるまで続いた[32]

この当時のニュースも、徳山本局と関門局とで別のものが放送された。

周南・関門局編成一本化[編集]

1964年10月1日にテレビ西日本がフジテレビ系列にネットチェンジし、九州朝日放送がNETのフルネット局になったことで福岡県から日本テレビ系列局が消滅。これにより関門テレビの番組規制が無くなったため、山口放送テレビの番組は、徳山本局・関門テレビ同時ネットになった。1969年福岡放送 (FBS) が開局するまでは、事実上福岡県での日テレ系列を補完する役割を持っていた。

これに伴い、北部九州地区へカバーする目的で日本テレビは山口放送と業務協定を結んだ[33]。なお、九州におけるNNNのニュース取材については福岡放送が開局するまで日本テレビが福岡に九州分室を設置していた[34]

当時の名残はその後も残り、山口放送からのコールサインは、『JOPF-TV山口放送テレビジョン』『JOPM-TV山口放送関門テレビジョン』と並列してアナウンスされる状態が1990年代後半まで続き、関門テレビでも、ごく一部ではあるが、番組差し替えが行われていた[35]。24時間放送開始後も、「オープニング」「クロージング」画面上は、『JOPF-TV』『JOPM-TV』と、周南・関門両局のコールサインが並列表示されていた。

しかし、地上デジタル放送では周南本局のみが親局となったため、2011年7月24日のアナログテレビ終了をもって、関門テレビ『JOPM-TV』の歴史に幕が下ろされた。

1970年代以降、ネットの変動・NNNとの関係[編集]

※テレビ山口と山口朝日放送の英表記の小文字変更は2005年以降のため、この項では開局当時の大文字を使用する。

  • 1970年4月、テレビ山口(当時TYS、現tys。)が開局した。同局はTBS系列メインのフジテレビ系列およびNET(現テレビ朝日)系列のトリプルネットとして開局したため、以降山口放送では日本テレビを中心に、テレビ山口の編成から漏れたフジテレビ・NET・TBSの番組も放送する形態となった[36]
  • 1972年1月、NNNニュース大改編に伴い、18時台の『テレビ夕刊』(第II世代、12分)を軸に昼前、午後にそれぞれ、「KRYニュース」をおいた。
  • 1975年6月、山口県出身の佐藤栄作首相が死去した際、山口放送はNNNキー局の日本テレビに報道特別番組の制作を打診したが、当初はNNNでの報道特番制作の予定はなかった。この間に早々とFNN(フジテレビ系)で2時間の報道特番が放送されることが決定し、山口放送は「FNN特番のネットを了解してほしい。その際にニュースのネットを求められれば応ぜざるを得ない」旨を申し合わせのうえ伝えた。これを受けた日本テレビは急遽報道特番を制作。当然のことながらKRYはNNNの報道特番を同時ネットした。
  • 1976年、KRYテレビ夕刊(第III世代)が、30分に拡大。『毎日新聞ニュース』終了。
  • 日本テレビで放映されていた『11PM』(平日23時台に他局に先駆けて始めたワイド番組)、『ウィークエンダー』、『ミセス&ミセス[37](朝のワイドショー番組)、『お昼のワイドショー[38]などの内容が、「エロ(チック)」や「グロ(テスク)」なものが多く、低俗化が進んでいることを訴えた(「山口放送三十年史」では「エログロ低俗化」と表現した[39])が改善されなかった。打ち切りに対して日本テレビ側が善意を尽くしたものの、山口放送は最終手段として1978年に『11PM』[40]と『ミセス&ミセス』[41]の放送を打ち切った(『ウィークエンダー』はゴールデンタイム番組のため継続、『お昼のワイドショー』は打ち切り保留[42])。なお、朝番組のネット再開は1979年4月スタートの『ルックルックこんにちは』から、深夜11時台の日テレバラエティのネット再開はテレビ朝日系脱退(クロスネット解消)に伴う『EXテレビ』放送開始からである。
  • その後山口放送では『11PM』の後番組として、当時テレビ山口 (TYS) がクロスネットを組んでいたフジ系の『プロ野球ニュース』をネットした。これと同様の処置が当時フジ系のない地域の日本テレビ系の局(高知放送など)でも取られたが、フジ系のある地域はやむなく『11PM』のネットを続けた局が多い[43]
    山口放送でこうした措置を取ることができたのは、当時テレビ山口はTBS系メインのクロスネット(ただしフジ系は番組ネットのFNSのみの加盟)で、この時間帯にJNN協定適用番組の『JNNスポーツデスク』を編成していた時期がある他、『JNNニュースデスク』が編成によっては繰り下がるケースがあり、『プロ野球ニュース』の編成が物理的に難しかったことや、当時山口放送がフジテレビとも資本関係があったためとも考えられる。ただし、山口放送は系列外であることから周辺系列局から難色を示された他、『きょうの出来事』との間に別番組を挟まず、5分間のディレイネットを行うために遅れ放送の時間を調節するための機械[44]をこの為に開発したという必要に迫られるなど、ネットは予想以上に難航した。
  • 1978年10月、テレビ山口のネット系列からANB(全国朝日放送)が外れる。そのため、昼間のANNニュースなどの新規ネット開始とともに、テレビ山口で放送されていたANB系列番組の一部が翌年4月までに山口放送へ移行してくる。逆に山口放送で放送されていたTBS系列の番組が全てテレビ山口へ移行する。
  • 1993年10月1日、ANNマストバイ局である山口朝日放送(当時YAB、現yab。)が開局したことにより、民教協関係以外のテレビ朝日制作の番組が全て山口朝日放送へ移行。これを以って、山口放送は日本テレビのマストバイ局となった。
  • 氏家齊一郎と親交のある赤尾嘉文(現会長)が社長に就任して以降、日本テレビとの関係は急速に改善された。赤尾は日本テレビの社外取締役も務めたことがある。
  • フジテレビの社長・会長を務めた浅野賢澄が、系列外でありながら一時山口放送で社外取締役を務めたことがあった。また、フジテレビがテレビ山口にFNN加盟を打診したことで端を発したテレビ山口のFNS脱退の際、それと前後する形でフジテレビは山口放送にFNS-FNN加盟を打診したことがあったという[45]

現在放送中の番組[編集]

山口放送が現在放送している基本編成に関しては「KRY基本番組表」を参照。

自社制作番組[編集]

ブロックネット番組
ローカル番組

ネット番組[編集]

日本テレビ系列局制作番組・時差ネット[編集]

  • 全国高等学校サッカー選手権大会/サッカー魂(日本テレビ制作) - 山口代表が出場する日の試合と準々決勝以降の試合の生中継を受ける。「サッカー魂」は一部局向けのハイライト番組。
  • イオンモールカップ高等学校書道パフォーマンスグランプリ中四国大会<決勝大会>(2月第1土曜 10:30 - 11:25、西日本放送制作)

フジテレビ系列局制作番組[編集]

  • なお、上記以外のフジテレビ系の番組は、テレビ西日本・テレビ新広島・山陰中央テレビ・テレビ愛媛(一部地域のみ)及び衛星放送のBSフジ・フジテレビワンツーネクスト(それぞれ一部番組のみ)でも視聴可能である。

テレビ東京系列局制作番組[編集]

民間放送教育協会(民教協)制作番組[編集]

その他[編集]

過去に放送した番組[編集]

自社制作番組[編集]

全国ネット番組(レギュラー、いずれも東京支社制作)[編集]
ローカル番組[編集]

ネット番組[編集]

※印は現在も放送している番組。 〇印は「マルキュウサンデー劇場」枠での放送

NNS系列局制作番組(時差ネットのみ)[編集]
フジテレビ系列局制作番組[編集]
テレビ東京系列局制作番組[編集]

ほか多数

テレビ朝日系列局制作番組[編集]

☆は山口朝日放送開局と同時に山口朝日放送へ移行された番組。

ほか

TBS系列局制作番組(テレビ山口開局前)[編集]
TBS系列局制作番組(テレビ山口開局後)[編集]
民間放送教育協会(民教協)制作番組[編集]
その他[編集]

ケーブルテレビ再送信局[編集]

以前は以下のケーブルテレビで区域外再送信が行われていたが、いずれもアナログ放送のみだったため2011年7月24日の終了と同時に廃止された[55]

アナウンサー・レポーター等[編集]

在籍中[編集]

☆は山口県出身者

気象予報士

パーソナリティ(アナウンス室に掲載されている人物)

以前の在籍者[編集]

●は元アナウンス部長。

男性[編集]

女性[編集]

イメージキャラクター[編集]

  • マウとミウ
    「マウ」は放送開始40周年の時に制定(1995年8月25日)。
    「ミウ」は2001年に放送開始45周年を記念してマウのガールフレンドとして登場。名前は視聴者からの一般公募で命名された。

キャッチフレーズ[編集]

  • 「地域果汁100%」
    放送開始40周年の時に制定
  • 「夢中・熱中・放送中」
    「ミウ」の登場時に変更。(2001年には「夢中・熱中・感謝中」とアレンジ)
  • 「TRY KRY」
    2009年春の改編時に変更。
  • 「ギュッ!っとやまぐちKRY」
    2015年春の改編時に開局60周年記念として変更。現在使用中。


情報カメラ設置ポイント[編集]

  • 本社屋上(周南市・2001年に発生した芸予地震でカメラが落下してしまい、発生から数ヶ月間設置していなかった。2007年10月からHD)
  • 海峡ゆめタワー(下関市) - 1996年7月の開業と同時に設置(2007年2月からHD)
  • 萩本陣(萩市)
  • 山口支社屋上(山口市) - 1985年1月設置
  • 和木ゴルフ倶楽部(場所は和木町だが、主に岩国市内を映す)
  • 山口宇部空港(宇部市)
  • やまぐちフラワーランド(柳井市) - 2006年の開業と同時に設置
  • 大平山(防府市) - 2008年3月17日設置
  • 笠戸島(下松市)‐ 2012年設置※
  • 岩国国際観光ホテル(岩国市) - 錦帯橋周辺を映す 2013年1月23日設置※
  • 岩国医療センター(岩国市) - 岩国周辺を映す。2013年に設置
  • 仙崎(長門市) - 仙崎周辺を映す。2013年に設置。※
  • NTT徳山ビル(周南市) - 周南冬のツリーまつりの期間中のみ設置※
  • 長野山(周南市) - 2013年設置(冬季のみ)※
  • 徳山医師会病院(周南市) - 2014年6月設置
  • 東京スタジオ - 2014年6月設置
かつての設置場所

映画[編集]

近年、山口放送は映画制作にも積極的に参加している(実写映画はいずれも佐々部清監督作品)。

このほか、2016年には開局60周年記念事業として、過去に放送したドキュメンタリーを再構成した映画「ふたりの桃源郷」を制作している。

脚注[編集]

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注記[編集]

  1. ^ 「山口放送三十年史」によれば、山口放送はあくまでも「日本テレビ系列局」として、1978年当初はニュースネットワークとしてのANNには加盟していない、としている一方、1983年9月30日付「毎日中学生新聞」の新番組案内別刷りでは、「ANN加盟20社」の中に山口放送も掲載されていた。

出典[編集]

  1. ^ 有報リーダー”. Lafla. 2016年1月1日閲覧。
  2. ^ 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑2015』コーケン出版、2015年11月20日、401頁。
  3. ^ 日本民間放送連盟『日本放送年鑑'78』洋文社、1978年12月、283頁。
  4. ^ 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑'92』コーケン出版、1992年11月、391頁。
  5. ^ 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑2003』コーケン出版、2003年11月、414頁。
  6. ^ 写真アルバム 周南・下松・光の昭和 樹林社 210頁
  7. ^ 親局以外はすべて中継局扱いとする
  8. ^ a b KRYラジオ【公式】 - 2015年7月21日
  9. ^ パソコン・スマホでKRYラジオが聴ける!radiko.jp KRY山口放送
  10. ^ エフエムKRY 中継局の概要
  11. ^ a b 総務省|中国総合通信局|宇部市及びその周辺でFM補完放送が始まります、2018年4月11日閲覧。
  12. ^ a b 総務省|中国総合通信局|山口市の一部地区でFM補完放送が始まります、2018年12月5日閲覧。
  13. ^ a b 総務省|中国総合通信局|山口県周防大島町の一部地区でFM補完放送が始まります、2018年12月5日閲覧。
  14. ^ [1]
  15. ^ 試験電波の段階では「東和FM」としていた。
  16. ^ a b 総務省|中国総合通信局|萩市須佐田万川地区でFM補完放送が始まります 〈山口放送株式会社のFM放送補完中継局に免許〉、2018年9月15日閲覧。
  17. ^ 2012年04月度 - 山口放送番組審議会
  18. ^ 山口県内のAMラジオ難聴対策でFM補完中継局に予備免許 - 中国総合通信局 2015年6月16日
  19. ^ FM補完中継局「KRY山口FM」放送開始!|KRY山口放送
  20. ^ FM方式によるAMラジオ放送の補完中継局の概要 - 総務省
  21. ^ 広島県及び山口県内のAMラジオ難聴地域をFM方式で解消 - 中国総合通信局 2014年12月1日
  22. ^ 山口県美祢市周辺のAMラジオ難聴地域をFM方式で解消 - 中国総合通信局 2015年2月13日
  23. ^ KRYラジオ【公式】 - 2015年7月21日
  24. ^ “「地域公共ネットワーク等強じん化事業費補助金」及び「無線システム普及支援事業費等補助金」の交付を決定” (プレスリリース), 総務省中国総合通信局, (2015年6月8日), http://www.soumu.go.jp/soutsu/chugoku/hodo_2015/01sotsu08_01000392.html 2016年12月29日閲覧。 
  25. ^ KRYラジオ【公式】 - 2015年12月1日
  26. ^ [2]
  27. ^ 19年度連続3冠YBC・16年KRY 日テレ系、FCT・NKTらGP2冠など 2012年4月5日(木) 第57巻 第13785号 日刊合同通信。
  28. ^ 放送お騒が史1960~1969――局や局員の事件事故・規制・放送中止・不祥事・テレビ珍事件を読む放送年表。
  29. ^ これは四国側の根幹を押さえていた四国放送が日本テレビ系列であり、結果的に各局とも日テレ系に入ったことによる
  30. ^ 当時他社では、80%のマイクロネットが通常だった。
  31. ^ 当時、日テレ系の番組はTNCが押さえていたため、フジ系とNET系のクロスネットだったKBCの編成から漏れた番組のマイクロネットが多かった。
  32. ^ 1964年9月時点の関門局の番組編成は、徳山本局と比べて日本テレビ系からのマイクロネットは少なく、他系列については徳山局とほぼ同じで、それに代わり自主的なフィルム番組が半数に至る(徳山本局は平均並み)編成であった。(東京放送のあゆみ・1965年東京放送
  33. ^ 日本テレビ放送網 『大衆とともに25年 -沿革史-』、1978年、186頁。 
  34. ^ 日本テレビ放送網 『大衆とともに25年 -沿革史-』、1978年、137頁。 
  35. ^ デジタル化された現在は解消している
  36. ^ ほとんどが番販であったが、『ズバリ!当てましょう』、『サザエさん』、『キンカン素人民謡名人戦』、『ナショナル劇場』等、スポンサードネットで放送されたものもあった。
  37. ^ 当枠本番組以降)は、NNSに加盟していた新潟総合テレビテレビ大分鹿児島テレビ放送はNNS加盟期間中も放送されていない。
  38. ^ 当枠は、NNSに加盟していた新潟総合テレビテレビ大分鹿児島テレビ放送はNNS加盟期間中も放送されていない(「暮らしのヒント」、「ごちそうさま」、「昼下がりのカルチャー」のコーナーのみのネットを除く。)。
  39. ^ 背景には在阪局において『23時ショー』(当時はMBSがネット)を打ち切るなどのエログロ排除路線が浸透していったこともある。高橋信三#エログロ排除路線も参照。
  40. ^ 11PM1978年3月打ち切り
  41. ^ ミセス&ミセス1978年9月打ち切り
  42. ^ 当時(1978年)、裏番組笑っていいとも!1982年10月4日開始)が放送開始していなかった。
  43. ^ 11PMプロ野球ニュースに差し替えた局は、テレビ静岡、山口放送、四国放送高知放送テレビ長崎、テレビ熊本、テレビ宮崎。尚、『NNNきょうの出来事』はテレビ静岡では放送しておらず(FNNニュース番組を放送)、テレビ長崎、テレビ熊本は『NNNきょうの出来事』を途中でネット終了した(FNNニュース番組に差し替え)ため、1994年4月1日の『プロ野球ニュース』の『ニュースJAPAN』内包以降も『プロ野球ニュース』のネットが継続されたが、1994年4月1日の時点で『きょうの出来事』をネットしていた局のうち、山口放送は1993年10月のNNSマストバイ化時に『プロ野球ニュース』を打ち切っており(『EXテレビ』に差し替え(旧『11PM』枠のネット再開))、四国放送、高知放送、テレビ宮崎においては1994年3月31日をもって『プロ野球ニュース』の放送を打ち切っている(テレビ宮崎のみ土日のみ継続)。(これは『プロ野球ニュース』の平日のネットが『ニュースJAPAN』未ネット局では事実上不可能となったため。)これに伴い、旧『11PM』枠は四国放送、高知放送、テレビ宮崎は『どんまい!!』より再開しており、また、静岡県熊本県ではそれぞれ1978年7月1982年4月の静岡けんみんテレビ(現:静岡朝日テレビ)(後に1979年7月開局の静岡第一テレビに移行)、熊本県民テレビの開局(『11PM』の途中)より本枠のネットを再開、また長崎県では1991年4月長崎国際テレビ開局(『EXテレビ』の途中)より本枠(テレビ長崎で1990年9月に打ち切られた『きょうの出来事』も)のネットを再開している。その一方で、『プロ野球ニュース』は高知県では1997年4月の高知さんさんテレビの開局に伴いネットを再開している。
  44. ^ 放送中の番組を録画しつつ数十分遅れで放送させる装置で最大二時間前後まで可能だった。現在の家庭用レコーダー等でも使用されている追っかけ機能の放送機器版。「山口放送三十年史」によれば、2つのリールテープ(片方はカラのもの)を装置にはめ込み、片方のリールでFNSのネットワーク上に流れてくる『プロ野球ニュース』を録画し、山口放送側の放送時間になったら、右側のリールを回転させながらオンエアに乗せる、というもの
  45. ^ 出典:山口放送三十年史
  46. ^ ジョイ企画
  47. ^ なお、作品によってはテレビ山口(tys。JNN系列)で放映されることがある。一例で2010年1月期の「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命- 2nd Season」を、そのテレビ山口で、同年5月3日-13日集中放映された。当社、山口放送では代行として同じ2010年1月期の「泣かないと決めた日」(当時、火曜21:00 - )を、同年4月15日 - 6月3日、毎週木曜24:38 - 25:33に放映した。
  48. ^ 1965年から1969年福岡放送開局までの間、福岡県にNNS/NNN系列がなかったため、それを補完する意味で放送された。
  49. ^ 放送枠の関係上、準々決勝以降の中継にとどまった。山口朝日放送開局に伴い、1994年度より移管。山口放送ラジオでは引き続き中継。
  50. ^ 山口放送の本社と同じ徳山市(現・周南市)内に、番組スポンサーの出光興産の事業所があり、山口放送にも大株主として出資するなど関係が深かった事から、同社が山口放送での放送を求めたという事情もあったものと見られる。
  51. ^ 山口放送では、第5シリーズの前半まで放送
  52. ^ 但し、提供クレジットとエンドカードはブルーバックで、自社で送出していた。
  53. ^ 1970年4月のテレビ山口開局後も、スポンサーの意向で「水戸黄門・第9部」までは、本放送・再放送共に、引き続き山口放送で放送していた。
  54. ^ a b 西日本新聞、1973年6月2日(土曜日)、16ページ、テレビ・ラジオ欄。
  55. ^ http://kuikigai.sokowonantoka.com/pages/fbs-rkbc.htm#yab
  56. ^ “磯野恭子さん死去 83歳 山口放送で反戦番組”. 中国新聞 (中国新聞社). (2017年8月3日). http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=74698 2017年9月23日閲覧。 
  57. ^ “訃報:磯野恭子さん 83歳=前岩国市教育長、元KRY山口放送常務取締役”. 毎日新聞山口東版 (毎日新聞社). (2017年8月3日). https://mainichi.jp/articles/20170803/ddl/k35/060/497000c 2017年9月23日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

過去