京都放送

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株式会社京都放送
Kyoto Broadcasting System Company Limited
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本店
種類 株式会社
略称 KBS
本社所在地 日本の旗 日本
602-8588
京都市上京区龍前町600番1号
設立 1951年6月26日
(京都放送株式会社として)
業種 情報・通信業
法人番号 4130001004198
事業内容 一般放送事業など
代表者 代表取締役/会長 中澤隆司
代表取締役/社長 千代正實
資本金 20億6200万円(2011年3月31日時点)
従業員数 129人(2015年4月1日時点)
決算期 3月
主要株主 京セラカンテレオムロン京都新聞社任天堂京都銀行吉本興業JR西日本月桂冠宝ホールディングスなど
主要子会社 KBS京都プロジェクト・京都放送カルチャーセンター・京都メディアセンター
外部リンク 公式サイト
特記事項:1964年10月に京都放送株式会社から株式会社近畿放送に社名変更。1995年10月に株式会社近畿放送から株式会社京都放送へ社名変更
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京都放送
基本情報
英名 Kyoto Broadcasting
System Company Limited
略称 KBS
本社 〒602-8588
京都府京都市上京区龍前町600番1号
演奏所 本店と同じ
公式サイト 公式サイト
ラジオ
放送対象地域 京都府
滋賀県
系列 NRN系
愛称 KBSラジオ
KBS京都ラジオ
KBS京都
呼出符号 JOBR
呼出名称 きょうとほうそう
開局日 1951年12月24日
親局 / 出力 久御山町 1143kHz /  20kW
テレビ
放送対象地域 京都府
ニュース系列 -
番組供給系列 全国独立放送協議会
愛称 KBSテレビ
KBS京都テレビ
KBS京都
呼出符号 JOBR-DTV
呼出名称 きょうとほうそうデジタルテレビジョン
開局日 1969年4月1日
リモコンキーID 5
デジタル親局 京都 23ch
主な中継局 舞鶴・福知山・宮津 23ch
特記事項:
テレビ大阪が開局するまでは、テレビ東京の番組の大半を、ネットしていた。
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株式会社京都放送(きょうとほうそう、Kyoto Broadcasting System Company Limited)は、京都府滋賀県放送対象地域とする中波放送事業と、京都府を放送対象地域とするテレビジョン放送事業を兼営する特定地上基幹放送事業者である。

略称はKBS[1]で、テレビ・ラジオともに愛称の「KBS京都」(ケービーエスきょうと)と呼ばれることが比較的多い[2]。滋賀放送局による放送内で「KBS滋賀」を使用することがある。

概要[編集]

1951年にラジオ局として開局。「京都放送株式会社」(愛称:ラジオ京都。現在とは逆に、「株式会社」が末尾に付く)として設立された。 1964年10月に社名を近畿放送に変更。1969年4月にテレビ局を開局(愛称:近畿放送テレビ。ラテ兼営局としては日本国で最後)。 1994年9月22日会社更生法の適用を申請し、事実上倒産したが、放送自体は途切れることなく継続し、1995年10月に社名を「株式会社京都放送」に変更し現在に至っている(詳細は後述)。

現在の「KBS京都」の愛称は、1981年の開局30周年に際し制定された。[3]

2006年4月から、局初のラジオ・テレビ共通マスコットキャラクターとして、賀茂なすをモチーフとしたカモン・ナスが採用されている。それまでは、ラジオに限り「ラジタン」(黄色の男の子)と「ラジリン」(ピンク色の女の子)が使用されており、2011年1月には新キャラクターの登場が告知されたが、2014年3月現在も現行の「カモン・ナス」がそのまま使われている。過去には、チャレンジするハチのマークが使用されていた。

ラジオ・テレビ共通のスポーツテーマ音楽は、フランツ・フォン・ブロン作曲の「ヨーロッパ万歳(Heil Europa Marsch)」であった。

事業所[編集]

資本構成[編集]

企業・団体の名称、個人の肩書は当時のもの。出典:[7][8][9][10][11]

2009年3月31日 - 2015年3月31日[編集]

資本金 授権資本 発行済株式総数
20億6200万円 30億円 52,480株
株主 株式数 比率
京セラ 7,500株 14.29%
関西テレビ放送 5,000株 09.52%
京都新聞社 2,600株 04.95%
オムロン 2,600株 04.95%
ワコール 2,600株 04.95%
任天堂 2,600株 04.95%
フジ・メディア・ホールディングス 2,500株 04.76%
京都銀行 1,600株 03.04%

過去の資本構成[編集]

沿革[編集]

KBS京都のあゆみを参照。
  • 10月 - 株式会社近畿放送(略称KBS)に社名変更。
  • 5月 - 新社屋が京都新聞社ビル(中京区少将井町)に完成。それまでは烏丸通(国道367号)を隔てて向い側にあった。
  • 12月24日 - テレビ放送試験電波の送信開始(JOBR-TV、34ch、映像出力10kW)。
  • 1980年 - テレビ、民間放送初のゴールデンタイムの情報番組『タイムリー10』を放送開始。
  • 1981年 - 創立30周年記念キャンペーン「We Love Beautiful KYOTO」(環境に取り組む特別番組)
  • 4月 - 開局30周年を機に、本店を現在地へ新築移転(地上5階・地下1階建て)。同時にKBS京都の呼称を採用[14]
  • 1983年 - 白石英司社長(兼京都新聞社社長。京都新聞社のオーナー・白石古京の長男)が急死し、内田和隆が後任社長に就任。遺産相続の過程で、当社と京都新聞社に、白石英司社長が進めていた不動産投資の失敗による約70億円の簿外債務が発覚。京都新聞社グループに調査委員会が設けられるも、明確な方針を立てることができなかった。これが後の経営破綻の序章となる。
  • 1984年
  • 5月 - 簿外債務処理などを巡り、京都新聞社が内田和隆社長の解任要求を明らかにするが、株主総会招集直前に撤回。白石浩子(白石英司前社長の妻)が京都新聞社、白石英司の母(白石古京夫人)が当社を支持し、京都新聞社と当社(および白石一族内)の確執が表面化。大株主である京都信用金庫常任顧問の山段芳春[15]が白石浩子側についていたとされる。
  • 1985年 - 1988年 - この頃、簿外債務処理のために当社が切った約束手形闇金融に流れる。当社は、山段芳春の知人で、闇金融に顔が利くと言われていた許永中に事態収拾を依頼し手形回収に成功。当社は許永中を同社の資産管理会社の一つ「KBSびわ湖教育センター」の代表取締役に就任させる。
  • 1989年
  • 6月 - 資本金を10億円から20億円に増資。京都信用金庫傘下のノンバンクであるキョート・ファンド(会長は山段芳春)が筆頭株主になり、関西新聞(前出の許永中が事実上のオーナーと言われた。)も資本参加。また、福本邦雄が社長に就任(内田和隆前社長は副社長として残留)。新社長は画商が本職だったが、のちに許永中がイトマンに売ることになる絵画骨董類を福本邦雄に売るなどの仲となっていた。京都新聞社は取締役派遣を取りやめ、のちの再建による出資までの間当社と絶縁状態になる(報道協定は継続しており、当社が放送する「京都新聞ニュース」は継続された)。
  • 12月 - ダイエー傘下のダイエーファイナンス(現・セディナ)が当社本店の土地と建物に146億円の根抵当権を設定していた事が発覚[16]。福本邦雄社長就任直後に設立された不動産会社の「KBS開発」に対する融資の担保とされていた。経営陣は従業員に対する説明をせず、労働組合は翌年より経営陣およびダイエーなどへの抗議を展開。「京都唯一の民間放送局を守ろう」との掛け声の下、リスナーやパーソナリティも参加しての広範な運動に発展[17]
  • 9月22日 - 親会社の京都新聞社にも跨る経営陣の内紛、およびイトマン事件に巻き込まれるなどで経営が悪化し、労働組合員有志が賃金未払いを理由に京都地方裁判所会社更生法適用を申請して経営破綻、事実上倒産する。免許事業である放送業者としては日本国初の事例となったが、申請の数年前から存続運動が行われていたこともあり、放送は継続され、免許停止の危機は逃れた。
  • 9月30日 - 京都地方裁判所が財産保全命令を出す。
  • 11月 - 京都地方裁判所が更生手続開始を決定。
  • 8月 - イトマン事件関係者を排除するための100%減資、および100%増資の同時実施を柱とする更生計画案を京都地方裁判所に提出。
  • 10月 - 京都地方裁判所が更生計画を認可。
  • 10月 - 社名を株式会社京都放送[18]に変更。
  • 9月 - 当社を支援してきた市民や視聴者らが、労働組合と協力して「KBS京都アクセスクラブ」を発足。
  • 1999年-会社更生法による更生計画開始。
  • 2月 - 更生計画に基づき減資、増資を実施。京都新聞社が筆頭株主に復帰。任天堂ワコールオムロン京セラなど京都府に本店を置く大手企業が出資し、新資本による新生KBSがスタート。同時に京都府京都市も出資。これは当社の史上初である。
  • 1月 - メキシコ合衆国の広告代理店との契約で問題が発生したとして、テレビサの番組の放送を中断。これにより社長が引責辞任、副社長、常務取締役などが役員報酬カットとなる。更生会社となった1995年度以降初の赤字となった。なお当社の番組がテレビサで放送されたとの報道はなかった。
  • 4月1日 - テレビのデジタル放送(JOBR-DTV、23ch、出力1kW、リモコンキーID5)の本放送を開始。1920×1080のフルハイビジョン放送。
  • かたつむり大作戦、第30回放送をもって終了。
  • 7月 - 千代正實(ちしろまさみ)副社長が社長に昇格。元カンテレ専務取締役で社長を6年間務めた中澤隆司社長は代表取締役のまま会長に就任。
  • 10月12日 - 本配信へ移行。当初の配信は京都府のみだった。
  • 2014年
  • 4月1日 - 「radikoプレミアム」として全国配信(有料)を開始。
  • 10月1日 - 通常配信(無料聴取)のエリアを滋賀県に拡大した(滋賀県で聴取の場合も滋賀放送局ではなく、京都放送局の内容を配信)。
  • 10月 - 番組宛メールアドレスのドメイン名を「kbs.ne.jp」から「kbs.kyoto」に変更[22]。ウェブサイトのドメイン名「kbs-kyoto.co.jp」は変更なし。

ラジオ・テレビの主な番組[編集]

ラジオ[編集]

概要[編集]

全国ラジオネットワーク(NRN)に加盟しており[23]近畿地方ではラジオ大阪と共に基幹局的な役割を担っている。

05:00を基点とする24時間放送を実施している[24][25]。また、ステレオ放送は行っていない。

前述の通り、滋賀放送局では「KBS滋賀」という愛称を使用しており、一部の時間帯で全エリア向けの番組や滋賀県向けのローカル番組を放送している。ただし、2006年4月の改編以降は大幅に縮小され、2016年現在は全エリア(京都・舞鶴・福知山の各放送局)向けの番組を制作している。その他、全国高等学校野球選手権滋賀大会全国高等学校野球選手権大会の滋賀県代表の試合を独自に京都府の各局とは別に放送している。

一方、舞鶴放送局と福知山放送局はかつて『両丹ニュース』を平日に放送していたが、のちに『京都新聞北部ニュース』として京都府全域向けの内容に統一された。現在は定期放送のローカル番組は編成されていないが、滋賀放送局と同様に全国高等学校野球選手権京都大会と全国高等学校野球選手権大会(京都府代表が両放送局放送対象地域に所在する場合のみ。京都放送局では放送はしない。</ref>をそれぞれ放送している。

かつては「Media-Mix」と題し、平日の日中にテレビとの同時放送(ラジオ番組をベースに、スタジオにカメラを設置して放送)したり、東京支社から遠藤泰子を起用した生ワイド番組を編成していたこともある。

また、一時期は全ての曜日で自社制作の深夜生番組も多数編成し、各時代の聴取者の支持を集めていた。しかし、2000年代半ば以降は自社制作番組は減少傾向にある[26]。なお、2009年1月5日より月 - 木曜の『レコメン!』を3時間全てネットすることになり(全編フルネットは全国初)、平日の自社制作の深夜番組が完全に消滅したほか、自社制作番組が大幅に縮小した。

スタジオは本店に第1(サンシャインスタジオ)、第2(ふれあいスタジオ)、第3と3個ある。また、滋賀放送局、滋賀支社、東京支社にも設置されている。

ラジオ大阪CRKWBSと、「地震等の大規模災害時の相互援助協定」を締結。

平日12:00のみ、時報CM王将フードサービス(本店:京都市山科区)がスポンサーで、片山光男の「『餃子一日、200万個・餃子の王将』が正午をお知らせ致します」というナレーションのあと、「ポッ・ポッ・ポッ」の後に餃子を焼く際の「ジューッ」という音が流れる。

放送局[編集]

京都放送局の送信所(久御山町
高さ137m。中波放送単独の設備としては日本国では数少ない「自立型タワー」である。写真
コールサイン 周波数 出力 備考
京都放送局 JOBR 1143kHz 20kW
舞鶴放送局 JOBO 1215kHz[27] 2kW[28] [29]
福知山放送局 JOBE 1485kHz 100W
滋賀放送局 JOBW 1215kHz[30] 1kW 通称:KBS滋賀[29]

可聴エリア[編集]

公式サイト内に掲載されている「エリア図」によると、近畿地方の民間の中波放送局で唯一、近畿2府4県全域をカバーしている。自由国民社の季刊『Run Radio』(廃刊)でも「近畿全域をカバーする唯一のラジオ局」と謳う広告を出稿していた。しかし大阪府南部では興趣しづらく、和歌山県、兵庫県では通常では聴取できない。

テレビ[編集]

概要[編集]

全国独立放送協議会に加盟。リモコンキーIDは「5」。

24時間放送は実施しておらず、02:00台(日曜日は03:00台)には全ての番組を終える[31]放送休止中は基本的に、台風接近時もしくは地震発生時などを除いて停波するかカラーバーを流す[32]。また、朝は05:55より放送開始する。

兵庫県サンテレビとは古くから関係が深い。2001年には業務協定を結んでおり(三都ネット)、これに伴い翌2002年度は生放送の同時ネット番組「らぶかん」も放送したことがある。

2007年4月に結成された東名阪ネット6にも、同社と共に参加している。

自社制作の他は、5大ネットワーク各社が制作した番組のうち、在大阪府の系列社で放送されていない番組のネットや、時差放送を行っている。特に2000年代フジテレビと資本提携を結んだ関係で、同社の番組が複数放送されている。また、同社系列のカンテレも株主であり、共同で番組を制作したり、『関西テレビ☆京都チャンネル』(廃局)に番組を供給していた。また、開局から1年間に限り『NHKニュース』を朝・昼・夜に同時ネットで放送していた。

また、地方では珍しくドラマ制作を手掛けており、その多くが大学との産学連携によるものである。また、台湾大韓民国などの外国のドラマも積極的に放送をしており[33]2004年にはメキシコ合衆国のドラマを放送したこともある(前述のとおり、放映中止となる。)。

2010年2月19日バンクーバーオリンピック中継で字幕放送を初めて実施し、同年6月よりアメリカ合衆国のドラマ『デッド・ゾーン』より定期番組でも開始した。対象番組で表示するテロップは、当初「字幕(左段)・多重(右上)・放送(右下)」というもので、2011年7月のアナログ放送終了までは「デジタル放送では字幕多重放送もお楽しみいただけます」というテロップが表示されていた。後に長方形枠に「字幕放送」という表示になった。なお、番組購入により放送しているものは、制作社が実施していても、一部を除き行われていない。

ネットワークの変遷[編集]

テレビ東京との関係[編集]

現在は独自編成を原則としているが、テレビ大阪の開局前は東京12チャンネルの番組が多数同時ネットで放送していたほか、サンテレビも制作に参加していた『こんにちは!奥さん2時です』など共同制作番組も手掛けていた。

同社の開局以降は、協定により原則としてテレビ東京の番組を同時ネットできなくなったが[34]、テレビ大阪の総務省から認可された放送対象地域が大阪府のみであり、京都府で視聴できない地域が多いため[35]テレビ東京系列のごく一部[36]の番組を時差ネットで放送している。

1980年代には、自社制作のニュース番組『タイムリー10』において全国ニュースを放送しており、素材はテレビ東京から提供された(該当する項目で「協力:テレビ東京」のテロップを表示)。また、2000年代には、プロ野球日本シリーズの中継をサンテレビと共に何度か同時ネットしたことがある[37]

また、『夏樹静子トラベルサスペンス』や『大江戸捜査網』などテレビ東京系列での放送終了から一定期間が経ち、著作権が制作会社に移行したドラマ作品も放送されているが、オープニングやエンディングが差し替えの番組もある(前者の場合、原作者が共通のカンテレ作品と共に「夏樹静子劇場」として枠を再構成しているため)。

この他、自主制作の中央競馬中継(現在は『うまDOKI』)においても、関西以外の地方でのメインレースはテレビ東京や系列各社からの中継を受けている。これは、テレビ大阪の開局前から番組を制作している既得権によるもので、テレビ大阪では中継をしていない。また、同番組は西日本の一部テレビ東京系列局、および、テレビ東京との取引関係がある他系列局[38]でも同時放送されている。

なお、テレビ東京の菅谷定彦社長(当時)は2007年5月31日の定例記者会見で、アナログ放送が終了する2011年からを目途に、放送対象地域が大阪府に限定されているテレビ大阪について、兵庫県や京都府へも拡大する構想を発表したが、その後は特に動きはない。

関西テレビ・フジテレビとの関係[編集]

2002年平成14年)の株式割り当て増資の際、フジテレビ関西テレビから資本強化の提供を取り付けた[19]

これに合わせ、当時関西テレビが運営していた専門チャンネル関西テレビ☆京都チャンネル』において番組を共同で制作・放送するようになった。2009年(平成21年)4月30日に同チャンネルは閉局したが、2013年現在も祇園祭・山鉾巡行の生中継をBSフジ同時放送するなど、両局との関係は続いている。

Jリーグ中継スカパー!向けの放送では、Jリーグが各地元放送局などに制作を委託する形を取った2007年-2012年まで、KBSが京都サンガF.C.主管試合の製作を担当していた(2012年には地上波でも放映)。また、2011年からはセレッソ大阪の主管試合を関西テレビが担当している。

なお、関西テレビのアナウンサーがKBSテレビに出向出演したこともある(岡安譲杉山一雄中島優子ら。なお、フジのアナウンサーがKBSに出向するパターンや、逆にKBSのアナウンサーが関テレ・フジに出向出演するケースはほとんどない。)。このほか、関西テレビの元アナウンサーで現在は関連会社に所属するフリーアナウンサーの桑原征平が『おもしろ京都検定』の進行役を務めたことがある。

KBS京都におけるアニメ番組放映事情[編集]

KBS京都では、1990年代には夕方を中心に多くのアニメ番組を放送しており、平日の17時台から18時台もしくは18時台から19時台にかけて、番組販売を通じて購入した他局制作の旧作を複数放送していた[39][40]が、2003年(平成15年)春に廃止されている[41]。それ以降、しばらくは土曜日と日曜日のみの編成となったものの、2006年(平成18年)4月より『アニメでおはよう』(後に『アニメでおはよっ!』に改題)と題した番組枠が設けられ、事実上の復活となった。2013年(平成25年)4月からは火曜日19時台にテレビ朝日制作の特撮番組(2013年(平成25年)4月から2015年(平成27年)9月までは他局で放送した旧作アニメ)を、2015年(平成27年)4月からは月曜日19時台に新作アニメを放送する枠が設けられている。

2000年代後半以降は、主に深夜帯に放送されている。深夜帯での放送を始めて間もない頃は、キー局で放映された一部の番組(主にフジテレビテレビ朝日で本放送されたもの)を近畿圏で唯一ネットする例がしばしばあった[42]。現在は、独立放送局を中心に放送する作品群(いわゆるUHFアニメ)が中心となっている。また、かつては他局で深夜帯に本放送される番組を、土曜日の朝や昼前に放送していた時期があった[43]

1998年(平成10年)からは、時間帯を問わず視聴時の注意喚起のテロップが表示されている[44]。また、2007年(平成19年)4月中旬から2008年(平成20年)7月までの間は、日中の番組(一部除く)の「本編開始前」と「Bパート開始前」にわかさ生活マスコットキャラクター「ブルブルくん」による視聴上の注意を促すCMが放送されていた(テレビ大阪やTOKYO MXでも同時期に放送)。なお、続く2008年(平成20年)8月から2009年(平成21年)9月までの間にも、同社の通常の商品CMが番組直前に流れていた

2007年(平成19年)12月10日に地上デジタル放送(地デジ)対応のマスターの運用を開始して、デジタル放送において画面比16:9のSD画質制作の番組もフルサイズで放送するようになった(額縁放送の解消[45])。

2009年(平成21年)3月まではテレビ東京の『ワールドビジネスサテライト』を同系列での本放送終了直後に時差ネットしていたが、同系列での放送が特別編成などで繰り下げられる場合(スポーツ中継などで変更が見込まれる場合も含む)、本局では同番組直後の25時台の番組と順番を入れ替え、1時間前倒して放送することが度々あった(繰り下げ時間が60分を超える場合は、26時以降の番組も25時に前倒し)。また、同番組自体が放送時間を拡大した場合やテレビ東京で世界卓球等の長時間にわたるスポーツ中継が行われた場合、同番組はその日の最終番組とされるため、アニメ番組を24時台に放送した例もあった。

ドラマと同様に、KBSが自ら制作に参加したアニメ作品もいくつかある。これらの作品は、放送期間中の天気予報の背景映像として使用されるのが慣例となっている。

天気予報の背景映像に使用されたアニメ作品

地上デジタル放送移行について[編集]

2009年平成21年)以降は、アナログ放送においてレターボックスが付加される番組では、デジタル放送と同様にウォーターマークが表示されていた(一部の番組を除く)。また、同時期から民放各局で行なわれていた、画面右上の「アナログ」のウォーターマークはCM明けに1分間(当初は10秒間)のみ表示していた(一部の番組では非表示)。

さらに、2010年7月5日より同様に各局で行なわれていた、アナログ放送の全番組へのレターボックスの付加は、前述の「アナログ」表示と画面下のアナログ放送終了告知と共に、2011年1月12日より行なっていた。なお、画面比4:3で制作された多くの番組では、画面左右の黒帯の部分に番組のタイトルなどを記した独自のサイドパネルを付けて放送していた。

2011年7月1日から各局で行なわれていた、画面左下のアナログ放送終了までの日数カウントダウンは、7月5日より実施した。その前日(7月4日)までは、画面上端に「ご覧のアナログ放送終了まであと○○日!」、画面下端にコールセンターの問い合わせ番号を表示していた(24時以降の番組と、いわゆる完パケ番組を除く)。

そして、2011年7月24日正午をもって地上アナログ放送を終了した。この時は祇園花月の寄席中継を放送していたが、アナログ放送ではデジタル移行の案内アナウンスの途中(コールセンターの電話番号を紹介する直前でまず画面がカットアウトし、数秒後音声も電話番号の読み上げを前にカット)で終了となった。ブルーバックでのアナログ放送終了画面に切り替えられた後、17時頃に停波した。

送信所[編集]

「※」を付した局は、垂直偏波で送信している。

ケーブルテレビ再放送局[編集]

以下の京都府外のケーブルテレビでは区域外再放送が行われている。

地上デジタル放送への完全移行後も、大多数の局が再放送を継続している。

可視聴エリア[編集]

公式サイト内に掲載されている「エリア図」によると、京都府を初め、大阪府、滋賀県のほぼ全域と奈良県、兵庫県、福井県の一部でも視聴が可能で、デジタル放送の放送区域内世帯数は約125万世帯に上る。

特記事項[編集]

ラジオ・テレビ共通[編集]

アナウンサー[編集]

男性
女性
契約キャスター
過去の所属者

ラジオ[編集]

サテライトスタジオ[編集]

  • 銀座ポップスタジオ - 東京支社の応接室の一角をガラス張りにしてスタジオにした。「ふれあい情報にしひがし」などを放送。2016年7月11日「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」ショッピングで使用
  • 長浜まちづくり役場内KBSサテライトスタジオ - 滋賀県長浜市元浜町6-12
  • 夢京橋あかり館サテライトスタジオ - 滋賀県彦根市本町1丁目2-3 夢京橋あかり館内
過去のサテライトスタジオ

α-STATIONとの合同企画[編集]

  • 2006年平成18年)11月3日の10時から16時までの6時間、同じ京都のFM局・α-STATIONとの共同企画「KYOTO RADIO DAY」を実施した。これは、KBSラジオの開局55周年とα-STATIONの開局15周年を記念したもので、この時間帯には双方で同じ内容の番組を同時に放送するという、AMとFMの垣根を越えた特別番組を放送した。本局からは森谷威夫村上祐子ら同社のアナウンサー森脇健児、梶浦梶子などが、α-STATION側からは佐藤弘樹、茂山千三郎、森夏子谷口キヨコらが出演した。
  • この間のニュースは、本局の『京都新聞ニュース』がジングル付きでそのままα-STATIONでも放送された。交通情報天気予報も本局のものだったがBGMはα-STATIONのものを使用し、天気予報はラインキャスターの百鳥秀世がKBSに出向き担当した。また、CMも同じものが放送された(なお、テレビで事前に放映された番組宣伝は、KBSテレビとα-STATION双方に出演中の谷口が担当した)。
  • 2007年(平成19年)9月24日の10時から16時までの6時間、環境と文化をテーマに『ECOES』が放送され、放送はグリーン電力を用いて行われた。堀ちえみなどがゲスト出演した(月曜の放送のため、fm osakaでレギュラー番組のある谷口は出演していない)。
  • なお、2006年(平成18年)の放送時に両局は「同一地域に本社を置くAM局とFM局が同一番組を県域規模で放送するのは日本初」としていたが、過去に同様の前例がいくつか存在している[50]

テレビ[編集]

テレビのオープニング・クロージング[編集]

オープニング
「おはようございます。近畿放送です」のアナウンスが入ったものだった。
  • 1981年(昭和56年)にKBS京都の呼称が採用されてからは、開始時はブルーバックで親局の周波数と、中継局テロップのみのシンプルなものだった。また、1995年平成7年)10月1日放送分からは最初の画面が「京都放送 KBS京都TV」の表示にマイナーチェンジ[51]され、その後テロップの書体が変更された(音楽は変更なし)。
  • 2001年平成13年)6月からは、社屋と京都府内の日中に撮影した風景映像を被せた形になった。BGMは、両バージョン共にcobaの『プシュケ』。
  • 2008年(平成20年)4月からは映像とBGMが変更され、湖の映像に親局と中継局のテロップを被せたものになった。BGMは宮本文昭の『明日の記憶』。
  • 2010年(平成22年)11月からは親局・中継局テロップとBGMが変更された(映像は変更なし)。BGMはスキマスイッチの『蕾のテーマ』
クロージング
  • 開局 - 1970年代半ば(映像内容は不明)
  • 1970年代後半 - 1981年昭和56年)3月(映像内容はサイコロ状にKBSと書かれたオブジェをバックに近畿放送テレビ〈改行〉JOBR-TVが書かれた物 → ブルーバック「近畿放送テレビ 本日の放送はすべて終了しました。」 → 本社と京都市内の夜景をバックに技術情報と中継局テロップ → 火の元、戸締まりを喚起する画面→ラジオのご案内)
「近畿放送テレビの番組をご覧頂きましてありがとうございました。今日の番組はこれで終了させていただきます。おやすみなさい・・・」というアナウンスが入ったものだった。BGMはアール・クルーの「Julie」。バックの夜景は市電廃止後も市電の走行風景が映されていた。
  • 1981年(昭和56年)4月 - 1997年平成9年)頃までは、KBSホール(社屋内)のステンドグラスの映像を写しながら親局の周波数と中継局をテロップで紹介した後、京都市内の夜景に映像が切り替わり終了するものであった。その後、1998年(平成10年)頃から2001年(平成13年)5月頃までは、京都市内の夜景をバックに、親局の周波数と中継局をテロップで紹介するものに変更された。いずれのバージョンともBGMは、ゲオルゲ・ザンフィルパンフルートによる、映画『ライムライト』のテーマ曲『テリーのテーマ(エタナリー)』が長年にわたり使用されていた。
  • 2001年(平成13年)6月 - 2008年(平成20年)3月頃までのものは、新たに撮影された京都市内の夕暮れと夜景の映像が流れた後、スタジオの照明が消灯して終了する、というものであった。BGMは服部克久の『STAR DREAMER』であった。
  • 2008年(平成20年)4月 - 2010年(平成22年)10月までのものは、映像が京都市内の夜景の新ヴァージョン、BGMは内田奈織の『再会』であった。
  • なお、いずれのバージョンでも、2009年(平成21年)3月頃までは、日曜日の深夜(月曜日の未明)を除き、最後に「このあとはKBS京都ラジオでおたのしみください。」というテロップが流れていた。
  • 2010年(平成22年)11月からは親局・中継局テロップとBGMが変更された(映像は変更なし)。BGMは押尾コータローの『カノン』である。
  • 2011年(平成23年)7月25日からクロージングの時間が2分から1分に短縮された。映像は京都市内の夜景が一部カットされた。BGMは変更無いが、それまでとは別の部分のメロディーが流れている。
  • 2008年(平成20年)7月から、アナログ放送の終了告知画面を1分間放送していた(無音)。当初は他局と比べてブルーバックの色が濃く、文字が小さいもので、アナログ放送のみクロージング後の1分間流れていたが、2009年(平成21年)7月より地デジカのイラストが入った画面となり、クロージング後に加えオープニング前にアナログ放送・デジタル放送共に流れ、EPGにも番組として掲載されるものとなった。なお、クロージング後はデジタル放送が先に停波していた。
  • 2006年(平成18年)4月1日から地上デジタル放送が開始されたのに伴い、本局のテロップが一部変更され「JOBR-TV(きょうとほうそうテレビ)アナログ34ch 出力 映像:10kw(定格)音声:2.5kw(定格)JOBR-DTV(きょうとほうそうデジタルテレビジョン)デジタル23ch 出力:1kw(定格)」とアナログ、デジタルのコールサイン、チャンネルを併記していた(アナログ放送終了まで)。
  • アナログ放送が終了しデジタル放送に一本化された後は、映像の開始とほぼ同時に「JOBR-DTV(きょうとほうそうデジタルテレビジョン)デジタル23ch 出力:1kw(定格)」と表示されるようになり、それまでの「おはようございます 京都放送 KBS京都テレビ」(オープニング時)、「本日のプログラムは終了しました」(クロージング時)の表記は無くなった。

放送事故[編集]

  • 放送事故発生時に流れる映像は、「しばらくお待ち下さい」という文字の下に、怪我をして包帯を巻いた熊のイラストが配されたものである。また、1990年代にはヨットのイラストが配されたものが使われていた。
  • 2001年平成13年)2月3日の11時過ぎ、本社で電源設備の更新作業を行っている最中に、本来なら後日通電する予定だった負荷開閉器を作業員が誤って通電してしまったため、局舎内の電気系統に過大な電圧がかかり、テレビ・ラジオの放送番組の送出停止事故が発生した。
    • その後、ラジオは11時40分頃に再開した。テレビも12時過ぎに競馬中継用に準備していた京都競馬場の映像を使って再開し、競馬中継の終了した16時30分から定時放送に戻した。しかしテロップを表示することができなくなり、スタッフが画用紙に手書きしたフリップを映したり、競馬のレース結果発表時には競馬場内向けのモニター画像を利用したりした。
    • この日の競馬中継では、メインレースの配信元であるTVQ九州放送小倉競馬場)やテレビ東京東京競馬場)からの中継が受信できなくなったため、映像はJRAの公式映像(グリーンチャンネルと同一内容)を、音声はラジオたんぱ(現在のラジオNIKKEI)から供給を受けて対処した。
    • またCMバンクも故障したため、競馬中継内ではCMを省略したほか、以降の番組でもACJAROといった公共CM、競馬中継の関係で映像を借りることができたJRAのCMが頻繁に流れることとなった。
    • 翌日にはテロップの表示機能が回復したが、番組開始時に映像が出ないなどの事故がたびたび続いた。また、翌々日の月曜日深夜には当時遅れネットしていた『ワールドビジネスサテライト』が放送できなくなるなど、完全復旧には3 - 4日程を要した。
  • アニメ番組におけるもの
    • 2003年(平成15年)7月放送の『ダイバージェンス・イヴ』では、番組内であらかじめ挿入されているテロップと局側が表示する視聴上の注意喚起のテロップが重なって表示されてしまった。番組終了後、改めて第1話から再放送された。
    • 2005年(平成17年)3月4日放送の『まじかるカナン』では、当日は第9話を放送予定であったが、テープのスタンバイミスにより誤って次の第10話を先行して放送してしまった。一方で、キューシートは第9話のもので進行したために番組パートの矛盾が生じ、提供テロップが遅れて表示されたり、Aパート終了後CMが流れずに画面が暗転し、Bパート開始のアイキャッチ直後に流れたりしてしまった。翌週に第9話と第10話を連続で放送する措置がなされたほか、お詫びのテロップも表示された。
    • 2006年(平成18年)10月4日放送の『となグラ!』第13話(最終回)では、CMの切り替えで障害が発生。翌週月曜の深夜に振り替えて放送された。
    • 1995年(平成7年)頃の18時台に編成されていた旧作の再放送でも、画面が暗転して音声しか流れなくなるという事故が頻発していた。

関連書籍[編集]

  • 『よみがえれKBS京都』(つむぎ出版、1996年平成8年)8月刊行、ISBN 978-4876681099) - KBS京都存続問題をテーマにした単行本。
  • 『守った放送の灯 -KBS京都再建への道-』(かもがわ出版、2009年(平成21年)8月刊行、ISBN 9784780302981) - KBS京都再建への道のりをテーマにした単行本。

脚注[編集]

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  1. ^ かつて社名が近畿放送だった頃は「Kinki Broadcasting System」の略称だったが、現社名になってからは「Kyoto Broadcasting System」の略称となっている。
  2. ^ 2000年代初めまでは、オープニング・クロージングや懸賞等の宛先などのテロップで「KBS京都TV」と表記していた(現在も公式サイト内などで使用。ラジオは「KBS京都Radio」)
  3. ^ テレビ情報誌(一部)や神戸新聞デイリースポーツ中日新聞滋賀版などの一部の新聞では、局名表記を一般的な『KBS京都』と表記しているが、新聞のラテ欄などでは、(放送内では使用されていないが)京都テレビと表記されることがある。なお、ラジオについては『KBS京都』『京都 KBS』『京都』と各紙によって表記が異っている。
  4. ^ 専用郵便番号が導入される前は、住所を「京都市上京区烏丸上長者町」と告知していた。
  5. ^ 同じビルに、FM彦根が入居している。
  6. ^ 同じビルに、京都新聞社が入居している。
  7. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2015』 コーケン出版、2015年11月20日、363頁。
  8. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2009』 コーケン出版、2009年11月27日
  9. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2003』 コーケン出版、2003年11月、362頁。
  10. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑'92』 コーケン出版、1992年11月、339頁。
  11. ^ 日本民間放送連盟 『日本放送年鑑'78』 洋文社、1978年12月、234頁。
  12. ^ 近畿放送 取締役/会長
  13. ^ 京都新聞社 社主
  14. ^ 採用後も一部の放送機材などでは近畿放送時代の旧ロゴがそのまま使われていた。
  15. ^ 京都信用金庫および京都銀行、京都府の政財官界に影響力を持ち、暴力団ともつながりがあったといわれていた。
  16. ^ TVカメラ等放送機材にも抵当権が設定されていた。
  17. ^ 当時α-STATIONは開局していなかった。開局は1991年7月
  18. ^ 設立当初はいわゆる後株で「京都放送株式会社」で登記されたが、今回は前株で「株式会社京都放送」での登記。
  19. ^ a b なお、ラジオは元々フジサンケイグループ文化放送ニッポン放送とネットワーク (NRN) を結んでおり、カンテレはもともと前述のとおり当社がかかわり設立されたという経緯がある。
  20. ^ 発覚は2008年2月の新聞報道だった。
  21. ^ 以前は一部番組を除きCM明けに1分間、画面右上に「アナログ」テロップを表示していた。
  22. ^ KBS京都の番組メールアドレスが変わります!
  23. ^ プロ野球ナイター中継のみ、当初はRFから日曜日、土曜日に限ってのネットしていた(1978年年よりNRNのに変更された(また、同年4月に、01:00以降の『オールナイトニッポン』のネットを開始した)。
  24. ^ 毎週月曜未明の03:00 - 05:00は、メンテナンスのため放送休止となる(2013年1月現在。それ以前の日曜は02:00、あるいは00:00に放送を終了していた。
  25. ^ 毎週月曜日の05:00の放送開始前には、尾崎亜美が歌うイメージソング『マイ・シャイニー・タウン』がフルコーラスで流れる(美化活動推進のスポット枠でも放送)。また、月曜未明の放送休止中のフィラー音楽の合間(04:37頃)には、村上祐子元アナウンサーによる「こちらは、京都放送、KBS京都です。京都からは、JOBR、周波数1143kHz、出力20kW。舞鶴からは、JOBO、周波数1215kHz、出力2kW。福知山からは、JOBE、周波数1485KHz、出力100W。そして滋賀からは、JOBW、周波数1215KHz、出力1kWで、機械調整のため、試験電波を発射しています。」という告知が入る。かつてこの告知は『マイ・シャイニー・タウン』の後に流れており、BGMにフランク・ミルズ詩人と私」が使われていた。
  26. ^ 2005年4月より文化放送の『ニュース・パレード』(ネット開始と同時に、京都府と滋賀県の取材担当もラジオ大阪から移管)、同年10月からは同社の『レコメン!』とニッポン放送の『福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ』のネットを開始した(『レコメン!』と『オールナイトニッポンサタデースペシャル』は、在大阪府のラジオ局ではネットされていない。なお、『レコメン!』は2009年7月6日からABCラジオでもネットが開始されている)。
  27. ^ 以前は1062kHzだった。
  28. ^ 以前は1kWだった。
  29. ^ a b 舞鶴放送局と滋賀放送局は周波数が同一であるため、特に夜間は、いずれかでローカル放送が行われる際には混信することがある。
  30. ^ 1983年12月15日にこの周波数に変更。それまでは、1110kHz(1960年5月25日 - 1978年11月22日)→1107kHz(1978年11月23日 - 1983年12月14日)で送信していた。
  31. ^ サンテレビのプロ野球ナイトゲームの中継をネットする日は、試合の進捗によって、03:00 - 04:00台にかけても放送が続くことがある。
  32. ^ 1969年のテレビ開局以来40年間にわたり、お天気カメラなどのフィラーは一切行なわれていない。
  33. ^ 特に大韓民国のドラマは、全話終了後に別枠で再放送をしている。なお、字幕版である。
  34. ^ 『mitaテクノピア』や『パソコンサンデー』などの例外あり。
  35. ^ テレビ大阪の親局送信所は、NHK2波および、在大阪府広域民間放送のように生駒山上ではなく、大阪府寄りに少し下った場所で、なおかつ、アンテナが下向きに傾いているため、京都府方向へのスピルオーバーがほとんどない。南部ではCATVでの区域外再送信で視聴可能であるが、北部では受信困難な地域が多いため、ほぼ無理である。
  36. ^ アニメポケモンシリーズ(2016年12月時点は『サン&ムーン』)や妖怪ウォッチゴルフの真髄などや権利切れ番組
  37. ^ 2003年九州放送制作の第7戦、2005年の第2戦、2006年テレビ北海道制作の第4戦、2007年の第2戦、第5戦が該当。このうち、2003年と2005年についてはリーグ優勝したタイガースからの要請で、放映権を与える条件として、テレビ東京にサンテレビと当社への同時ネットを付けられたため。
  38. ^ TXN系列は全国でも6社しかなく、主要都市以外は他系列局に番組販売されている。
  39. ^ 主にキー局制作の作品だが、何度かWOWOW作品OVA、海外の作品を放送したこともあった。もっぱら月曜日から金曜日まで、3番組を連続して編成していたが、2000年(平成12年)秋より数を減らしていた。
  40. ^ 在京キー局(特にテレビ朝日とフジテレビ制作)の番組については、番組の放送終了後すぐに放送時間や曜日を変え第1話に遡り、再放送を数回繰り返すヘビーローテーション形態の番組が多かった。
  41. ^ この時期はサンテレビで『らいむいろ戦奇譚』の放送時刻について問題が起きた時期と重なる。
  42. ^ サンテレビのみの場合や、本局とサンテレビの両方でネットされることもあるが、現在は本局のみでネットされる事例は減っている(2014年現在、竹書房制作のミニアニメなどに事例あり)。
  43. ^ 例として、『アニメ魂』(末期は『アニメスピリッツ』)枠の作品は初期の頃のみ土曜日の朝に本放送され、2005年(平成17年)6月までは深夜帯で一つ前の作品の再放送も行われていた。
  44. ^ 2005年平成16年)1月から2006年(平成18年)7月までを除く。ただし、日中の番組(『とっとこハム太郎』と『ポケットモンスター』)ではこの期間中も表示。また、2009年(平成21年)10月21日から2010年(平成22年)7月5日までは深夜帯の番組では表示していなかった。
  45. ^ 近畿圏では、他にMBSテレビ読売テレビ(ytv)テレビ大阪(TVO)でも実施。
  46. ^ 1983年に運用が終了した旧中継局は52chで送信されていた。
  47. ^ 大阪府の一部の地域ではデジタル放送(もしくはアナログ放送も)の再送信を行なっていないことがある。なお、eo光テレビと提携している奈良県のKCNについては、先述のようにデジタル放送を含めて配信している。サービス開始当初は、大阪市の北部(北区以北)や滋賀県内ではデジタル初期は再送信されていなかったが現在は大半の地域で再送信されている。
  48. ^ 9.京都放送労組、回答日9日に誠実に回答せよ!(地連情報) - 民放労連近畿地方連合会(2012年10月31日閲覧) ※京都放送労働組合『組合ニュース』 No.11-200 (6866) 2011年11月4日付より抜粋。
  49. ^ 当時の印刷物(番組表など)にも誤記があったが「知徳」ではない。
  50. ^ 1985年昭和60年)8月30日北海道内の民放テレビ・ラジオ全局がサッポロビールをスポンサーに一村一品運動と地域活性化を目的とした「おおーい北海道」キャンペーンの同時放送を行っており、以降5年間続いた。このほか、2003年(平成15年)8月6日に、鹿児島県NHK鹿児島放送局ラジオ第1放送)と南日本放送(県域AM局)および鹿児島シティエフエムコミュニティFM局)との同時放送を実施している(詳細は、南日本放送#鹿児島県内他民放ラジオ局と同時編成を参照)ほか、2005年(平成17年)11月には、福岡県の5局中4局の県域民間ラジオ局が『天神ラジオパラダイス』を、2006年(平成18年)3月には同じく5局が『ライフサポーター あなたを守る防災ラジオ』を放送している。
  51. ^ 登記上の社名が“京都放送”に戻ったため

関連項目[編集]

中央競馬の重賞レースで、「KBS京都賞」の冠が称される。

外部リンク[編集]