ルックルックこんにちは

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ルックルックこんにちは
日本テレビ麹町分室.JPG
番組の生放送が行われていた日本テレビ旧本社
(東京・麹町
ジャンル ワイドショー番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本テレビ
出演者 沢田亜矢子
岸部シロー
斉木かおり
米森麻美
笛吹雅子
松永二三男
ほか
1979年4月から1986年4月まで
1994年1月から2001年3月まで
放送時間 月-金曜 8:30 - 10:25(115分)
放送期間 1979年4月2日 - 1986年4月18日
1994年1月4日 - 2001年3月30日
1986年4月から1993年12月まで
放送時間 月-金曜 8:30 - 10:00(90分)
放送期間 1986年4月21日 - 1993年12月24日

特記事項:
NNSマストバイ局では1986年4月21日 - 1993年12月24日は『朝の連続ドラマ』放送の為、西日本の放送局では25分の時差ネットとなっていた(下記参照)。
一部NNS非マストバイ局及び一部TBS系列局では9:30 - 10:25に1時間遅れの時差放送(一部コーナーをカット、時差放送は1995年3月まで)。
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ルックルックこんにちは』は、日本テレビ系列局ほかで放送されたワイドショー。制作局の日本テレビでは1979年4月2日から2001年3月30日までの22年間にわたって放送された。

正式名称は『ワイドショー・ルックルックこんにちは』で、後期では『ルックLOOK』を通称タイトルとしていた。

番組の歩み[編集]

同番組開始前の日本テレビ系列の朝のワイドショー番組は、1969年10月より放送が開始された『奥さまハプニングサロン』を皮切りに『朝のワイドショー ○○と90分(○○には司会者の名前が入る)』、『あなたのワイドショー』、『ミセス&ミセス』と目まぐるしく変遷、朝の時間帯の抜本的な改編は積年の課題となっていた。その中で1979年、それまでは子供向け番組の時間だった午前7時台に、全国の各ネット局と中継回線で繋げていきながら番組を進めてゆくという異色の情報番組として『ズームイン!!朝!』を投入したのに続き、司会にまだ30代になったばかりだった沢田亜矢子を抜擢し、『ミセス&ミセス』で打ち出された「女性による、女性のための番組」という路線をさらに全面に押し出す形でスタートしたのが本番組であった。

曜日別コーナーは特色のあるコーナーが多かった。初期においては評論家の竹村健一による時事解説コーナー「竹村健一の世相講談」(1979年 - 1985年3月)や、レオタード姿のインストラクター・ジェニー中尾がエアロビクスをレクチャーする「アロービックダンシング」(1982年 - 1984年頃)などがあったが、コーナーは岸部シロー(現:岸部四郎)が司会に就任した後にまもなく終了した。

名物コーナーである水曜日の「ドキュメント・女ののど自慢」(司会:なべおさみ夏木ゆたか)、木曜日の「突撃・隣の晩ごはん」(リポーター:ヨネスケ、その後も『ザ!情報ツウ』→『NNN Newsリアルタイム』→『おもいッきりDON!1155』→『DON!』の中で放送され、現在はBS日テレ真麻のドドンパッ!』にて放送されている)、『あなたのワイドショー』時代より続く金曜日の「テレビ三面記事」(『ウィークエンダー』を主婦向けの内容にした)、「涙のご対面」(『それは秘密です!!』の企画を受け継いだコーナー)。

また、開始時間が8:30開始となったことで、本番組の放送時間に関しても1978年3月までの『ミセス&ミセス』以来となるマストバイ局(開始当時のマストバイ局は日本テレビ・札幌テレビミヤギテレビ中京テレビ読売テレビ西日本放送広島テレビ福岡放送の8局)は同時ネットでなおかつフルネットでの放送、それ以外の非マストバイ局(日本テレビ系がメインのクロスネット局も含む)は時差ネットでなおかつ55分の短縮版での放送と、マストバイ局と非マストバイ局と放送時間が基本的に振り分けられ、本番組開始3か月後の1979年7月には静岡第一テレビ開局に伴い、静岡県民放送(現:静岡朝日テレビ、1979年6月までは日本テレビ系列とのクロスネット局)から放映権移行を受ける形で静岡県における放送が静岡県民放送での時差ネットから静岡第一テレビでの同時ネットに変更された。

本番組開始9か月後の1980年1月には、当時テレビ朝日系列とのクロスネット局だったテレビ岩手が、それまで放送していた『モーニングショー』を打ち切って、本番組の放送時間を時差ネットから同時ネットに変更した。テレビ岩手にとっては1979年10月の『アフタヌーンショー』(テレビ朝日)打ち切り並びに『お昼のワイドショー』ネット開始に次ぐテレビ朝日系ワイドショーから日本テレビ系ワイドショーへのネット切り替えとなった[1]。このケースはテレビ朝日制作月-金曜朝のワイドショーをネットしていた非マストバイ局(日本テレビ系がメインのクロスネット局も含む)はもちろんのこと、テレビ朝日制作月-金曜朝のワイドショーをネットしていたTBS系列局を含めてテレビ朝日系新局開局に伴わずにテレビ朝日制作月-金曜朝のワイドショー自体を打ち切って本来の系列(クロスネット局に関してはメイン系列)の番組の同時ネットに切り替えた初のケースとなった。

1981年4月にはテレビ新潟開局に伴い新潟県における放送を開始し、同年10月には福島放送の開局に伴いマストバイ局となった福島中央テレビが時差ネットから同時ネットへ変更され、1982年4月にはくまもと県民テレビ開局に伴い、熊本県における放送がそれまでの熊本放送(TBS系列)での時差ネットからくまもと県民テレビでの同時ネットへ変更され、1983年4月にはそれまで香川県のみをエリアとしていた西日本放送岡山・香川の第二次電波相互乗り入れに伴い岡山県における放送を開始し、この時点で本番組の同時ネット局は13局と増加していった。

1984年9月に沢田が降板、同年10月からの後任には岸部シロー(現:岸部四郎)が起用された[2]

1986年4月からは同時ネット局であるマストバイ局13局中、『朝の連続ドラマ』(読売テレビ製作)開始に伴い、西日本の一部NNSマストバイ局とそれ以外のNNSマストバイ局との放送時間が振り分けられた(後述)。

1989年10月には『モーニングショー』を山陰放送(TBS系列)と2局同時放送していた日本海テレビがANN脱退・NNSマストバイ局化に伴い、『モーニングショー』を打ち切って、本番組の放送時間を時差ネットから読売テレビとの同時ネットに変更した。

日本海テレビは、1972年9月の鳥取・島根の電波相互乗り入れ以降、『モーニングショー』の同時ネット並びにテレビ朝日系月-金曜正午枠時差ネットを山陰放送と2局同時放送していたため、当該時間帯の日本海テレビの実質的な裏番組は『小川宏ショー』→『おはよう!ナイスデイ』などの山陰中央テレビフジテレビ系列)の番組のみであるなど、長年問題となっていた。

1989年4月に鳥取県の地元紙日本海新聞がこの問題を取り上げたことから、これを受けて日本海テレビは同年10月にANNを脱退し、NNSマストバイ局化に踏み切った[3]。また、テレビ朝日系新局開局に伴わずにテレビ朝日制作月-金曜朝のワイドショー自体を打ち切って本来の系列(クロスネット局に関してはメイン系列)の番組の同時ネットに切り替えたケースは前述のテレビ岩手に続いて2例目となった。

1992年10月には秋田朝日放送の開局に伴い、NNS非マストバイ局である秋田放送が放送時間を時差ネットから日本テレビとの同時ネットへ変更。またこの時期になると、日本テレビ系新局(テレビ金沢長崎国際テレビ鹿児島読売テレビ)開局や、『モーニングショー』→『スーパーモーニング』(テレビ朝日)のテレビ朝日系新局開局に伴う放映権移行で本番組を同時ネットで開始する系列局(青森放送山形放送テレビ信州山口放送)が増加していく。

1994年1月には長年に亘り放送してきた『朝の連続ドラマ』終了と同時に『朝の連続ドラマ』を先行放送していた西日本のNNSマストバイ8局が日本テレビとの同時ネットに再度移行され、日本海テレビと長崎国際テレビの2局は初めて日本テレビとの同時ネットとなった。同年4月にはそれまで金曜日のみ9:55までの放送となっていた青森放送が全曜日フルネットでの放送となり、鹿児島読売テレビ開局による鹿児島県におけるネット再開と合わせてNNSマストバイ21局と秋田放送における全曜日における放送時間が完全に統一された。1995年3月には最後まで時差放送を行っていた福井放送が本番組の時差ネットを終了したのに伴い、NNSマストバイ局における時差放送も廃止された。

1995年4月3日から、長年に亘り完全ローカルセールス枠だったものを、前半の30分のみネットワークセールス枠に移行(主にアデランス・エステー化学(現:エステー)、最末期にはトキノ(現:ソノコ)など、30秒提供も多数登場)した(この流れは2006年4月から当該枠で放送している『スッキリ!!』まで生かされており、9:00台前半にネットセールス枠を設けている)。同時に愛媛朝日テレビ開局に伴う形でNNSマストバイ局となった南海放送も同時ネットで放送を再開したと同時に、前述の時差放送廃止に伴い、2011年3月31日までの本枠(『レッツ!』、『ザ!情報ツウ』、2011年3月までの『スッキリ!!』も同様)はNNSマストバイ22局と秋田放送のNNS23局での放送となった。

1995年10月6日からは、金曜日の10:30の30分再放送枠が廃枠されたのに伴い、金曜のみ30分拡大して10:55までの放送となったが、1996年秋の改編で10:30に『峰竜太のホンの昼メシ前』(月 - 木は10:30 - 11:25、金のみ10:30 - 11:00)を設置するため、1996年10月以降の金曜放送は元の10:25までに戻された。

年末については、曜日配列によっては大晦日まで放送(且つ11:25までの拡大版)していた。

1998年4月6日、岸部は長年の事業や趣味への過剰な投資の付けが回り自己破産を申し立て、13年半司会を続けた本番組を突然降板した。岸部降板の翌日7日からは3代目司会者として松永二三男が就任したが、新番組『レッツ!』を立ち上げるために2001年春に22年の歴史に幕を閉じた。なお、岸部は最終回に出演した。

放送時間の変遷[編集]

NNSマストバイ局
期間 放送時間
1979年4月2日 - 1986年4月18日 月曜 - 金曜 8:30 - 10:25(115分)
1986年4月21日 - 1993年12月24日 月曜 - 金曜 8:30 - 10:00(90分)
(東日本)
月曜 - 金曜 8:55 - 10:25(90分)
(西日本)
1994年1月4日 - 1995年9月29日 月曜 - 金曜 8:30 - 10:25(115分)
1995年10月2日 - 1996年9月27日 月曜 - 木曜 8:30 - 10:25(115分) 金曜 8:30 - 10:55(145分)
1996年9月30日 - 2001年3月30日 月曜 - 金曜 8:30 - 10:25(115分)
NNS非マストバイ局・TBS系列局(1時間遅れで一部コーナーをカットして放送)
期間 放送時間
1979年4月2日 - 1995年3月31日 月曜 - 金曜 9:30 - 10:25(55分)

出演者[編集]

司会者・ニュースコーナー[編集]

期間 司会者 新聞コーナー ニュースコーナー[4]
メイン アシスタント 月 - 水 木・金
1979年4月2日 - 1984年9月28日 沢田亜矢子 (出演なし) (コーナーなし) (コーナーなし)
1984年10月1日 - 1987年3月27日 岸部四郎
1987年3月30日 - 1991年5月31日 斉木かおり
1991年6月3日 - 1993年12月24日 米森麻美
1994年1月4日 - 1995年3月31日 金子茂
1995年4月3日 - 1996年3月29日 笛吹雅子 笹尾敬子 石田昭彦
1996年4月1日 - 1998年4月6日 野口敦史 小栗泉
1998年4月7日 - 1998年6月26日 松永二三男
1998年6月29日 - 1999年4月2日 若林健治
1999年4月5日 - 1999年12月31日 高田元広
2000年1月4日 - 2001年3月30日 高田元広 庭野めぐみ

コーナー出演者・リポーター[編集]

コーナー一覧[編集]

番組ロゴ[編集]

  • 初代:1979年4月 - 1998年10月
    • 目をモチーフにしたロゴ
  • 二代目:1998年10月 - 2001年3月
    • 番組のイメージ一新のため変更した。ルックLOOKの「ッ」の部分に目が描かれている(「こんにちは」は付かない)。

番組テーマ曲[編集]

  • 初代、アール・クルー-リヴィング・インサイド・ユア・ラブ(1979年から1984年まで)
  • 2代目、アール・クルー-ドック(1984年から1989年まで)
  • 3代目、渡辺貞夫-POGO(アルバム「GOOD TIME FOR LOVE」に収録)

(1989年から1998年まで)

(1998年から2001年まで)

放映ネット局[編集]

※系列は放送終了(途中打ち切りは打ち切り時)のもの。太字はネットワークセールス化された1995年4月以降のネット局(後継番組の『レッツ!』・『ザ!情報ツウ』・2011年3月31日までの『スッキリ!!』も同様)。◎は一時期読売テレビと同一の編成をしていたNNSマストバイ局。○は『モーニングショー』→『スーパーモーニング』(テレビ朝日)から本番組の同時ネットに切り替えた系列局。

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
関東広域圏 日本テレビ 日本テレビ系列 制作局
北海道 札幌テレビ 日本テレビと同一編成
青森県 青森放送 ○1991年10月よりネット開始
1994年1月から3月までの金曜は自社制作番組『金曜ワイドあおもり』放送のため9:55で飛び降り[6]
岩手県 テレビ岩手 時差放送
→1980年1月より日本テレビと同一編成
○1980年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局[1]
宮城県 ミヤギテレビ 日本テレビと同一編成
秋田県 秋田放送 時差放送
→1992年10月より日本テレビと同一編成
[7]
山形県 山形放送 時差放送
→一時期打ち切り
→1993年4月より日本テレビと同一編成
○1980年4月から1993年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
福島県 福島中央テレビ 時差放送
→1981年10月より日本テレビと同一編成
○1981年9月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
山梨県 山梨放送 時差放送 1980年代に打ち切り
新潟県 テレビ新潟 日本テレビと同一編成 1981年4月開局から
長野県 信越放送 TBS系列 時差放送 1980年9月まで
テレビ信州 日本テレビ系列 時差放送
→1991年4月1日より日本テレビと同一編成[8]
○1980年10月開局から
1991年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局(NNS非加盟)
静岡県 静岡県民放送
(静岡けんみんテレビ)
テレビ朝日系列
日本テレビ系列
時差放送 現:静岡朝日テレビ
1979年6月まで(NNS非加盟)
静岡第一テレビ 日本テレビ系列 日本テレビと同一編成
→読売テレビと同一編成
→日本テレビと同一編成
◎1979年7月開局から
富山県 北日本放送 時差放送 1994年3月打ち切り[9][10]
1995年9月6日放送は坂本弁護士一家殺人事件遺体捜索の中継のため1日限り放送した
石川県 テレビ金沢 日本テレビと同一編成 1990年4月開局から
福井県 福井放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
時差放送 1995年3月打ち切り[10]
1989年3月までは日本テレビ系単独加盟局
中京広域圏 中京テレビ 日本テレビ系列 日本テレビと同一編成
→読売テレビと同一編成
→日本テレビと同一編成
近畿広域圏 読売テレビ ◎1986年4月から1993年12月まで『朝の連続ドラマ』を8:30 - 8:55で放送していたため、
8:55 - 10:25の時差放送だった
鳥取県
島根県
日本海テレビ 時差放送
→1989年10月より読売テレビと同一編成
→日本テレビと同一編成
◎○1989年9月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局[3]
広島県 広島テレビ 日本テレビと同一編成
→読売テレビと同一編成
→日本テレビと同一編成[11]
山口県 山口放送 時差放送
→一時期打ち切り
→1993年10月より日本テレビと同一編成
○1993年9月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
徳島県 四国放送 時差放送 1980年代打ち切り
香川県
岡山県
西日本放送 日本テレビと同一編成
→読売テレビと同一編成
→日本テレビと同一編成
愛媛県 南海放送 時差放送
→一時期打ち切り
→1995年4月より同時ネット
高知県 高知放送 時差放送 1993年3月打ち切り[10]
福岡県 福岡放送 日本テレビと同一編成
→読売テレビと同一編成
→日本テレビと同一編成
長崎県 長崎放送 TBS系列 時差放送 1982年に自社制作番組開始に伴い打ち切り
長崎国際テレビ 日本テレビ系列 読売テレビと同一編成
→日本テレビと同一編成
◎1991年4月開局から
熊本県 熊本放送 TBS系列 時差放送 1982年2月26日打ち切り
くまもと県民テレビ 日本テレビ系列 日本テレビと同一編成
→読売テレビと同一編成
→日本テレビと同一編成
◎1982年3月29日のサービス放送開始から
大分県 大分放送 TBS系列 時差放送 1980年代後半に打ち切り
宮崎県 宮崎放送 1984年10月に自社制作番組開始に伴い打ち切り
鹿児島県 南日本放送 1982年10月の鹿児島放送開局に伴う番組改編で打ち切り[12]
鹿児島読売テレビ 日本テレビ系列 同時ネット 1994年4月開局から
沖縄県 琉球放送 TBS系列 時差放送 1993年3月打ち切り[10]

ネット局に関する備考[編集]

  • 同時ネット局は秋田放送[7]と1980年1月 - 3月のテレビ岩手[1]を除いて、全てNNSマストバイ局である。
  • 時差放送の局では、8:30 - 9:30にテレビ朝日製作の『モーニングショー』(北日本放送と福井放送は1993年4月から『スーパーモーニング』を9:30飛び降り)を放送し、9:30 - 10:25に放送していた(いずれもJST)。そのため、時差放送から同時ネットに変更したり、一時打ち切り後同時ネットで放送再開した局は『モーニングショー』を打ち切って本番組の同時ネットに変更したテレビ岩手と日本海テレビ、1993年4月の山形テレビフジテレビ系列からテレビ朝日系列へのネットチェンジに伴うフジテレビ製作『おはよう!ナイスデイ』から『モーニングショー』への切り替えに伴い、本番組のネットを同時ネットで再開した山形放送を除いて、全てテレビ朝日系新局開局に伴う『モーニングショー』→『スーパーモーニング』をテレビ朝日系新局へ放映権移行の上で本番組の同時ネットになっている。なお、北日本放送は1994年3月に、福井放送は1995年3月にそれぞれ『スーパーモーニング』の9:55終了化に伴い時差ネット打ち切りとなっている。
  • このほか、1996年夏 - 2000年9月にスカイパーフェクTVの「CS★日テレ」でも一部フィラー映像を挟んで放送されていた。また、中京テレビや読売テレビは、夏休み期間や冬休み期間は途中で飛び降りしてアニメの再放送を流したこともある。

読売テレビ制作「朝の連続ドラマ」放送による「ルック」の編成状況[編集]

上記の通り、1986年4月から1993年12月にかけて、読売テレビが『朝の連続ドラマ』(以下「ytv帯ドラマ」)を制作・放送していた(この間は「ルック」の放送時間も115分から90分に短縮された)。また、月-金曜 8:30 - 10:25のNNSマストバイセールス枠について、日本テレビと同一の編成とする局と読売テレビと同一の編成とする局に分かれていた(放映ネット局の節で「日本テレビと同一編成」もしくは「読売テレビと同一編成」と記述しているネット局)。太字は当該番組制作局と同時ネットとなった番組とその放送時間。

CMを流す時間の枠を含めて「ルック」を流す時間帯を部分的にした場合、主な例は以下の通り。

  • 日本テレビなど 8:30 - 8:40、読売テレビなど 8:55 - 9:05
  • 日本テレビなど 8:55 - 9:05、読売テレビなど 9:20 - 9:30
  • 日本テレビなど 9:20 - 9:30、読売テレビなど 9:45 - 9:55
  • 日本テレビなど 9:50 - 10:00、読売テレビなど 10:15 - 10:25

日本テレビと同一の編成としていた局[編集]

  • 「ルック」8:30 - 10:00・「ytv帯ドラマ」10:00 - 10:25[13]
    • 「ルック」は同時ネット、「ytv帯ドラマ」は完全な遅れネットだった。
放送対象地域 放送局 備考
関東広域圏 日本テレビ 「ルック」制作局
北海道 札幌テレビ
青森県 青森放送 1991年10月から
日本テレビとの同一編成は月 - 木曜のみ
金曜は『金曜ワイドあおもり』の直後枠にドラマを放送していたが、後に枠を反転させている。
岩手県 テレビ岩手
宮城県 ミヤギテレビ
秋田県 秋田放送 NNS非マストバイ局
1992年10月から[7]
山形県 山形放送 1993年4月から
福島県 福島中央テレビ
新潟県 テレビ新潟
長野県 テレビ信州 1991年4月から
静岡県 静岡第一テレビ ドラマ開始直後からしばらくの間は読売テレビと同一編成。
途中からルックの同時ネットに移行。
石川県 テレビ金沢 1990年4月の開局から
中京広域圏 中京テレビ 一時「ytv帯ドラマ」の日テレと同一の編成としていた局向けの送出局[14]
山口県 山口放送 1993年10月から

読売テレビと同一の編成としていた局[編集]

  • 「ytv帯ドラマ」8:30 - 8:55・「ルック」8:55 - 10:25
    • 「ytv帯ドラマ」は同時ネット、「ルック」は制作局の日本テレビより25分遅らせるというネットだった。
放送対象地域 放送局 備考
近畿広域圏 読売テレビ 「ytv帯ドラマ」制作局
読売テレビと同一の編成としていた局向けの送出局
中京広域圏 中京テレビ [14]
鳥取県・島根県 日本海テレビ 1989年10月から[3]
岡山県・香川県 西日本放送
広島県 広島テレビ ただし、『花いちばん』のみ日本テレビと同一の編成としていた。
昭和天皇の病状の関係で『吉野物語』開始直後も日本テレビと同一の編成としていた。
福岡県 福岡放送
長崎県 長崎国際テレビ 1991年4月の開局から
熊本県 くまもと県民テレビ

脚注・出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c 『モーニングショー』を1979年12月で打ち切って、本番組の同時ネットに切り替えた。なお、テレビ岩手は『2時のワイドショー』(読売テレビ製作)に関しては初回からネットしていたほか、1980年3月にANNを脱退、同年4月からNNSマストバイ局になっている。
  2. ^ 司会候補には岸部と上岡龍太郎が挙がったが、上岡の「宇治は京都とは認めない」との発言が宇治出身のプロデューサーの怒りを買い最終的に岸部が選ばれた。
  3. ^ a b c 日本海テレビは1972年9月までの放送エリアは鳥取県のみ。鳥取・島根の電波相互乗り入れ後も山陰放送と2局同時放送していたテレビ朝日の『モーニングショー』を1989年9月で打ち切って、1989年10月より読売テレビと同一の編成に切り替えると同時に、同じく山陰放送と2局同時放送していた14:00から時差ネットしていたテレビ朝日系月-金曜正午枠も同時に打ち切って『2時のワイドショー』(読売テレビ製作)のネットを開始した。なお、『モーニングショー』並びにテレビ朝日系月-金曜正午枠は、1989年10月から山陰放送に放送局が一本化された。
  4. ^ ニュースコーナー担当者は全員『NNNニュースジパング』を兼務。
  5. ^ 後を受けている『レッツ!』→『ザ!情報ツウ』→『スッキリ!!』にも続投。
  6. ^ テレビ朝日系列とのクロスネットだった1991年9月までは『モーニングショー』の同時ネット並びに9:30から『金曜ワイドあおもり』を放送していたため未放送だった。なお、前身の「ミセス&ミセス」は、9時30分からの時差放送を実施していた。
  7. ^ a b c 1992年10月から2011年3月まではNNS非マストバイ局で当該枠の唯一の同時ネット局(後番組の『レッツ!』・『ザ!情報ツウ』・2011年3月までの『スッキリ!!』も同様)。
  8. ^ 1991年4月1日 信濃毎日新聞 テレビ欄
  9. ^ 「ytv帯ドラマ」放送期間中に、日テレより1時間遅れとなる9:30 - 11:00に時差でフルネットしていた時期あり。
  10. ^ a b c d 『スーパーモーニング』を9:55まで放送することに伴う打ち切り。
  11. ^ 昭和天皇の病状によっては日本テレビと同一の編成としていた。
  12. ^ 打ち切り後は本来の系列局の番組である『モーニングジャンボ奥さま8時半です』に切り替えた。
  13. ^ ただし、日本テレビでは第2作『花姉妹』のみ11:00 - 11:25に放送されていた。
  14. ^ a b 時期によって編成が異なっていた。最初は日本テレビと同一、次に読売テレビと同一、その次には日本テレビと同一に戻った。
日本テレビ系列 月-金曜午前のワイドショー枠
前番組 番組名 次番組
ルックルックこんにちは
日本テレビ 月-金曜8:30 - 10:00枠
スター訪問!!
(再放送)
※8:30 - 8:55
レースガイド
※8:55 - 9:00
竹村健一の世相講談
※9:00 - 9:30
(当番組の1コーナーとして継続)
ミセス&ミセス
※9:30 - 10:55
ルックルックこんにちは
(1979年4月 - 2001年3月)
レッツ!
※8:30 - 10:25
日本テレビ 月-金曜10:00 - 10:25枠
ミセス&ミセス
※9:30 - 10:55
ルックルックこんにちは
(1979年4月 - 1986年3月)
朝の連続ドラマ
(ここから読売テレビ製作)
朝の連続ドラマ
(ここまで読売テレビ制作)
ルックルックこんにちは
(1994年1月 - 2001年3月)
レッツ!
※8:30 - 10:25
日本テレビ 金曜10:25 - 10:55枠
ハイハイよちよち
※平10:25 - 10:30
(金のみ30分繰り下げ)
ぶらり途中下車の旅
(再放送)
ルックルックこんにちは
(1995年10月 - 1996年9月)
ハイハイよちよち
※平10:25 - 10:30
(金のみ再び30分繰り下げ)
峰竜太のホンの昼メシ前
※10:30 - 11:00
(月 - 木は11:25まで)