平成教育委員会

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平成教育委員会
HEI!SAY!A BOARD OF EDUCATION
Wangan Studio.jpg
ジャンル 教育クイズバラエティ番組 / 特別番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ(企画制作)
イースト・エンタテインメント(制作著作)
企画 北野武(ビートたけし)
演出 上西浩之・斉田泰伸
(共にイースト・エンタテインメント)
プロデューサー 柴田裕正
(イースト・エンタテインメント)
出演者 北野武(ビートたけし)
逸見政孝学級委員長)
中井美穂(学級委員)
小島奈津子(初代助手
高島彩(2代目助手)
ナレーター 島津冴子石丸博也平野文
野沢雅子(2015年5月のみ)
音声 ステレオ放送
2011年10月2日放送分から)[1]
字幕 文字多重放送
2000年1月3日放送分から)
外部リンク 公式サイト
たけし・逸見の平成教育委員会【第1シリーズ】
放送時間 土曜日 19:00 - 19:55(55分)
放送期間 1991年10月19日 - 1994年9月
エンディング 主題歌を参照
平成教育委員会【第2シリーズ】
放送時間 同上(55分)
放送期間 1994年10月 - 1997年9月27日
エンディング 同上
平成教育委員会【特別番組】
放送時間 下記参照
放送期間 2000年1月3日 - 現在(37回)
エンディング JAMES日の丸&MOMO-CHANG
『こども天国』

特記事項:
企画協力:オフィス北野
スタツフは現在の担当者
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平成教育委員会』(へいせいきょういくいいんかい、英字表記:HEI!SAY!A BOARD OF EDUCATION)は、1991年10月19日から1997年9月27日まではレギュラー番組として、2000年1月3日からは年数回の特別番組としてフジテレビ系列で放送されている、教育クイズバラエティ番組である。略称は一定しないが「平成教育」とする場合が多い。

番組開始から1994年9月までの正式タイトルは『たけし・逸見の平成教育委員会』(たけし・いつみの -)であり、ビートたけし(番組では本名である“北野武”名義)と逸見政孝冠番組であったが、その後は逸見の死去、そしてたけしの交通事故による休養により、1994年10月より『平成教育委員会』が正式タイトルとなった。のちに兄弟番組として『平成教育予備校』および『熱血!平成教育学院』がレギュラー放送となった(後述)。

番組概要[編集]

小中学生の勉強する内容を大人達が悪戦苦闘しながら解き、マルチビジョンを用いて答え合わせを行なう。理科の授業では直前に実験を行なうことも多い。オープニングは国語、オーラスの問題は特別授業か算数(文章題1問)が多い。その日の番組終了時には最優秀生徒を決定し表彰する、というのが番組開始時から続く基本的なスタイル。レギュラーとしては全220回放送され、平均視聴率は16.2%を記録。

問題作成協力には学習塾日能研などが関わり、主に私立中学校入学試験問題、またはそれを基本に改訂した問題が出題された。レギュラー放送では、当初ツムラが前半30分程度に限り一社提供を務めていた[2]が、その後同社を含めた複数社提供となった[3]。ちなみに1994年4月からレギュラー回での最終回までは、セールス上によりスポンサーが大幅増大[4][5]したため、ツムラを含めた複数社の提供となっていた。

北野がフライデー襲撃事件で半ば謹慎状態となっていた時期、娘の教科書を拾い読みし、教育番組を見て教育としての学業に無味乾燥なものを感じ取る。北野はここで「基礎から勉強し直そう」と思い立ち、小・中学生が解くようなドリルを使って勉強。そこで、北野は大人・芸人としての知識や常識と、義務教育で習得し、その後もどこかで有用であるはずの「一般常識の基礎」とのギャップに気づいた。事務所やテレビ局に各科目の問題集を持ち込んでスタッフらに設問や解を解かせ、北野が採点すると腹を抱えて笑う解答が続出。これを番組原案として出したところ、面白がられて番組が誕生した、というものである[6]日本PTA全国協議会による、2006年度「子供とメディアに関する意識調査」によると、「親が子どもに見せたい番組」第9位、2007年度では第4位に上昇している。

出演者[編集]

司会・進行[編集]

司会[編集]

担当 氏名 備考
先生 北野武(ビートたけし)
特別講師 杉本高文 北野がバイク事故により入院していた際の代理司会
所ジョージ
大橋巨泉

アシスタント[編集]

担当 氏名 担当期間 備考
学級委員 学級委員長 逸見政孝 初回 - 1993年11月 当称号は逸見のみの“永久欠番”
学級委員長代理 中井美穂 1993年12月 逸見の代役として出演
学級委員 1994年1月 - 1996年9月 逸見の逝去に伴う後任
1996年10月より生徒として引き続き出演(レギュラー最終回まで)
臨時学級委員長 須田哲夫 1993年 なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル』のみの参加
学級委員長 みのもんた 2010年 『平成教育委員会2010年新春ウル寅授業スペシャル』のみ参加。
教育実習生 川端健嗣 1994年10月 - 1996年10月 隔週交代で担当
福井謙二
助手 初代 小島奈津子[7] 1997年1月 - 2003年1月
2代目 高島彩[7] 2003年8月 - 「平成教育予備校」→「熱血!平成教育学院」→「1年1組 平成教育学院」も兼任

生徒(解答者)[編集]

氏名 備考
渡嘉敷勝男 最年長レギュラー、レギュラー時代の出席回数トップ
磯野貴理子  
清水圭
井戸田潤
小沢一敬
宇治原史規
ロザン
最優秀生徒5回・3連覇の特番最多記録
劇団ひとり  
水道橋博士
玉袋筋太郎 「玉ちゃん」名義
麻木久仁子  
西川史子
菊川怜
平山あや
ガダルカナル・タカ たけし軍団最多出演
ダンカン  
つまみ枝豆
ラッシャー板前
山本モナ
江口ともみ

ここで記述する「生徒」はスペシャル版以降も出演しており、後述の卒業生はレギュラー版終了時の最終回に出席した生徒及び以降の出演の無い生徒を示す。生徒は、学級委員を含め、男女を問わず全て「○○君」と呼ばれる。SPではその時期に放送されるフジテレビの連続ドラマの出演者が、番組の宣伝を兼ねて出演している。磯野貴理子に対し番組中でカンニング疑惑が浮上したため、全席にカンニング防止のフィルターが貼られることになった。

卒業生[編集]

以下、五十音順に列挙している。

氏名 備考
アグネス・チャン  
赤坂泰彦
天本英世
安藤和津
石黒賢
糸川英夫
伊原剛志
うじきつよし
内田有紀
大島渚
岡本夏生
奥山佳恵
小田島雄志
加山雄三
河合美智子
北野大 北野武の実兄
木村拓哉 出演当時SMAPのメンバー
桂三枝  
城戸真亜子
黒鉄ヒロシ
獣神サンダー・ライガー
ジュディ・オング
寿美花代 俳優・高島忠夫の妻
太平サブロー 元「太平サブロー・シロー
太平シロー
立河宜子  
島田洋七
高田文夫
髙田万由子
高橋洋子
田代まさし その後不祥事により芸能界追放
辰巳琢郎  
田中康夫
どんと
中條かな子
沼田真理子
浜田卓二郎
浜田マキ子
早坂茂三
早坂好恵
ピーター・フランクル
福井敏雄 気象解説者
藤田敏八  
藤田弓子
藤原弘達
舛添要一 東京都知事
三谷幸喜  
柳生博
山口弘美
山田雅人
ラサール石井
若林正人
渡辺えり子
渡辺文雄

ラサール石井・辰巳琢郎・田中康夫は正解率が高く、とくに辰巳琢郎はパーフェクトを達成することもあった。逆に渡嘉敷勝男と岡本夏生は珍解答を続出していた。レギュラー時代末期は寿美花代・ラサール石井・田代まさしの3人が班長を務めるグループ戦になった。

レギュラー番組期の内容[編集]

たけし・逸見の平成教育委員会[編集]

逸見学級委員長時代[編集]

番組進行

特筆すべき点として、助手が解答者と一緒に解答する点が特徴的である。当時は、「教師」役である司会の北野武と、「学級委員長」役で助手の逸見政孝が番組を仕切っており、「学級委員長」役の逸見も問題に解答者として参加していた。各教科の例題などでは、逸見は北野と共に例題問題解説などの進行を務め、本問に移ると自席に戻り、自席にある「ただいま考え中」の札を上げて他の生徒と共に解答に専念するという、他のクイズ番組では例のない役割を担っていた。

各時間の授業で優秀生徒になると「たけしおとし」という、天神様(菅原道真)を模した北野の人形を、ダルマ落としのように横に輪切りしたパーツを下部より獲得。このパーツを下より重ね、10個すべて集めて人形を完成させると(最終的には扇子に「あんたはえらい!」と書かれる)、世界一周留学旅行を獲得することができた。

全教科の解答を終えて、その日の成績がトップの生徒もしくは先生の裁量で「最優秀生徒」として認められた場合、番組オリジナルブレザーが授与された。初の優等生は藤原弘達であった(北野曰く「早めにあげておかないと、あげられなくなっちゃうかもしれないから」)。

出題内容

出題内容は、実際に使用された国・公・私立中学校入試問題から一般企業入社試験、公務員試験、番組オリジナルの問題まで多岐に亘っていた。後に放送されることになる特別番組や兄弟番組『教育学院』よりも、「国語・算数(数学ではない)・理科・社会」[8]といった、「国・公・私立中学校入試問題」「小学校の実力テスト」レベルの、義務教育で当然教わっているような問題が重点的に出題されていた。また、解答できないことによるジレンマ、先生・学級委員長と生徒とのギャグの応酬も特徴だった。時折、本問の前に過去の珍解答が引き合いに出されることもあった。

番組開始からしばらくは前述のような科目だったが、1992年の「学問の秋スペシャル」から、私立幼稚園の入試問題や○×問題が5問連続で出題される「○×テスト」が実施されるようになった(後述のリニューアルまで)。

開始当初は、フジテレビ系列で独占中継している『バレーボールワールドカップ』中継に伴い、1991年11月 - 12月に番組休止が相次いだこともあった。しかし、1992年と1993年のFNSの日は平成教育委員会メインとして『平成教育テレビ』が放送され、1995年まで平成教育委員会の雰囲気を残し制作された。当時のフジテレビの番組対抗特番だった『FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル』のBブロックの全問題の出題を、1992年春から1994年春まで担当した。1996年春・秋に放送された『FNS超テレビの祭典』もこの番組をメインとして放送された。

なお当時の特番では、授業の合い間の「給食」で立食パーティー風の軽食をとる形式をとっていた。

国語を得意とする逸見が国語の問題で不正解であると、生徒である高田文夫渡嘉敷勝男太平サブローなどに突っ込まれると言う「図式」で、笑いを誘い番組を盛り上げていた。逸見は国語と社会を得意とする一方で、算数を相当苦手としていた。逆に北野は国語を苦手としており、うっかり大ヒントを口走ってしまったり、正解ではないと思ってオープンした解答が、実は正解であったと言うケースが多々あった。

国語の授業で、「『くさい』の反対語を答えなさい」(正解:かぐわしい、など)に対して、ラサール石井が「くさくない」と解答[9]。以降、この類いの問題では北野が予め「言っときますけど、『○○らしくない』『○○ない』とか言う答えは駄目ですよ。早めに青少年の非行の芽を摘み取っておかないと」などと、ギャグにすることが恒例化した。

「『水』を使った慣用句を答えなさい」との設問で、うっかり逸見が次の問題の解答を言ってしまったことがある。

北野が言うには「理科や算数の問題は、答えが1つしかないんですから。あれこれ後から言われても、駄目なものは駄目です!」と、生徒達が答えの導き方や正解を説明されても合点がいかずに駄々をこねる場合に言っている。設問では「理由も併せて答えなさい」と言う例はほとんどないと言ってもよく、たけしもその点を考慮して「答えがあっていればいい」「あてずっぽうでもいいんですよ」とも発言している。

前記の様な例を逆手にとり、国語や社会であれこれ言ってくる生徒が多い時には「もうこれからは1時間目から算数の授業にしましょうか」「算数の授業4連発なんかいいですね。ああだこうだ言っていたのが、急におとなしくなりますからね」と、北野が冗談半分で生徒に釘をさす場面もみられた。

不正解の解答のレベルや解答した生徒によっては、「ここは笑点お笑いマンガ道場じゃあないんですから。ウケりゃあいいっていうものじゃないから」と、北野が他テレビ局の番組タイトルを引き合いに出し、嘆くフリをする事があった。

視聴者から「シンキングタイムは実際にはオンエアより長いのでは?」と、局に問い合わせがくると言う事があった。それに対して逸見が「実際にオンエアとほぼ同じ時間です。ただし、スタジオ内が一瞬静まりかえる事があります」との裏話をしていた。北野が言うには「算数の解答時間は、逸見君の解答時間が標準です」との事で、逸見が問題を解き終えるかサジを投げた時点で解答時間終了となっていた。

1993年3月末にて、「第1期」卒業生を北野と逸見が送り出すことになる。卒業証書授与にて、久々に藤原弘達も登場。卒業生が退席した後、北野と逸見はたそがれる教室でそれまでの労を互いにねぎらい、4月からも頑張りましょうと語り合った。

たけし・逸見時代の番組内での面白かった会話などは1994年12月30日に放送された特別番組『たけし大全集'94 〜たけしが愛した101人〜』の中で「たけしの一言」としてダイジェスト紹介されていた。

逸見の癌死[編集]

1993年10月に逸見政孝が治療のために降板し、同年10月2日に放送された「秋祭りスペシャル」(19時 - 20時54分)では解答者の小林完吾、渡嘉敷勝男、奥山佳恵、ラサール石井が国語、理科、社会、算数とグループ学習と教科ごとに級長代理を務めた後[10]、しばらくは北野が単独で司会を担当する。その後同年12月より当時同局アナウンサーだった中井美穂が「学級委員長代理」として出演する。しかし復帰の願いも空しく、逸見は同年12月25日に死去。当日19時からは追悼特番が放送された。ちなみに当日は、奇しくも放送日である土曜日であった。当初、この日は当番組を予定したが、1994年1月15日に一部再編集して放送した。

逸見の死後[編集]

逸見死後の最初の放送は、1994年1月8日の「入試直前スペシャル」(19時 - 20時55分)。こちらも一部再編集された。

逸見の後任として翌1994年1月より中井が正式に「学級委員」に抜擢され、「学級委員」は逸見のみの永久欠番となった。

逸見亡き後も番組タイトルは、しばらくの間『たけし・逸見の平成教育委員会』のままであった[11]。なお、CM入りの際のタイトルテロップからは『たけし・逸見の』という文字は外されていた。

平成教育委員会 毎回がスペシャル[編集]

1994年8月に北野が交通事故で入院して一時降板したことにより、同年10月から翌1995年2月まで『平成教育委員会 毎回がスペシャル』というタイトルで放送された。

北野の代役として、明石家さんま(本名の「杉本高文」名義で出演)、所ジョージ大橋巨泉などが週替わりで「特別講師」として担当した。また「教育実習生」として、福井謙二川端健嗣(ともにフジテレビアナウンサー)がサポートするスタイルとなった。また授業も国語や算数といったものではなく、ゼミやコースなど大学のような授業タイトルとなった。

このころは、統計の上位数項目を当てる「統計テスト」、幾つかの項目を指定された順番に並べ替える「選択テスト」、表に並べられた文字を拾って指定された言葉を作る「単語テスト」、国語の問題で一部分だけ表示されている状態から四文字熟語を当てる形式の問題等、徐々にクイズ形式の問題が増加していった。また教科ごとの成績優秀者などに与えられるものがたけしおとしから番組特製の懐中時計に代わり、これを10個集めれば海外留学ということになっていたが、この間は出なかった。また、問題ごとの点数は1点から最大10点になった。

特別講師が趣味・得意としている分野を題材にしたクイズコーナー『○○ゼミ』(○の部分に講師の苗字が入る)が設けられ、雑学をベースにした問題が出題された。

この間の『平成教育委員会』としては、1994年12月17日に生放送『全国○×王決定戦』(「FNSの日」と「平成教育テレビ」で定期的に行なわれていた企画、司会は所が担当)も行なわれた。また翌年の1995年1月7日には杉本が担当した『平成教育委員会 今回が本当のスペシャル』と称したスペシャル版(これまでのスペシャル版同様の2時間編成であるため)、その翌週の1月14日には大橋巨泉が担当した中学受験を間近に控えた小学生向けの2時間スペシャルがそれぞれ放送された。また巨泉が担当したこの回は2部構成になっており、1部は巨泉が担当、2部がラサール石井の進行担当となった。

平成教育委員会(たけし復帰後)[編集]

北野復帰直後[編集]

1995年3月4日の放送から北野が復帰し、タイトルが正式に『平成教育委員会』となった。この回の視聴率は35.6%(ビデオリサーチ 関東地区調べ)で、ビデオリサーチ「クイズ・ゲーム」部門の史上高視聴率番組・第6位に記録し、1990年代以降のクイズ番組では最高視聴率である[12]

北野が復帰したこの回は番組開始からすぐにの登場ではなく、所ジョージが進行の下で進められ、番組後半部分に差し掛かったころに北野が笑いをとるための扮装した姿で登場するという形であった、その翌週も所ジョージが進行で北野は解答者として参加する形式で、同年3月18日に晴れて先生へ復帰を果たした(同時に班別コース以外での成績優秀者などに与えられるものとして、たけしおとしが復活)。その翌週放送の春のスペシャルからは、のちの特番でも恒例の「給食」の時間が始まった。

1994年秋以降[編集]

北野復帰後も1994年秋以降の構成が継続された。

1995年秋頃から1997年1月までは独創力テスト、ひらめきパズル等、クイズ形式のコーナーがメインになっていた。同時に「たけしおとし」は消滅した。

主なコーナーは、早抜け形式の頭の体操「IQ早押し(後に回転力テストに変更)」、従来通り授業形式で行われる「北野ゼミ」、答えが複数ある問題が出題されて他の人(北野も含む)と被らない答えを書いていく「独創力テスト」、提示されたテーマに当てはまらない言葉が読み上げられたら目の前のえんぴつのオブジェを素早く奪取する「瞬間判断力テスト」(このコーナーは後に『ロンQ!ハイランド』でリメイクされた)、チームメイトがカズーで吹いた曲を当てる「音楽リレーテスト」、二つの値を3秒以内に比較する「等号・不等号テスト」、漢字のブロックを並べ替えて二文字熟語のしりとりを完成させる「漢字しりとり」、早書きクイズの「ひらめきパズル」などがある。

また最大10点から200点(1996年4月の放送時間拡大時には400点)までに変更された(また逆に200点減点の大目玉を食らう生徒もいた。この体制はレギュラー終了まで続いた)。ラサール石井はオープニングに登場せず、10点の問題に正解したものの200点減点の大目玉を食らった。本人によると、本番前に「トイレの大きい方」に行っていて、ラサール不在のままオープニングが始まったという。

クイズ形式のリニューアル[編集]

一時期、ハンデ制が導入され(この時期は得点制だったため)、過去の成績などを元にハンデを設定していた。そのため渡嘉敷は常に500点からのスタートだったが、優勝できなかった。

この頃は、本編とは別にエンディングで早抜け方式の問題が1問出題されて、時間内に抜けられなかった生徒は放課後残されるという演出があった。

まれに北野も解答に参加することがあり、「瞬間判断力テスト」で優勝したために、最終的に優勝してしまったことも一度あった。

レギュラー版末期[編集]

1996年10月に3チームの対抗戦(田代班・席は青、ラサール班・席は緑、寿美班・席は赤)になり、10月 - 12月は生徒が12人から9人に減らされた。これに伴い、中井美穂は司会兼業から解答者専任となった。

この頃は、レギュラー放送でも「給食」が実施されるようになったが、パズルを解くのではなく、制限時間以内に指定されたテーマの言葉やしりとりを5つ答えていくクイズ形式になっていた(正解したらダッシュして、ベルトコンベアで流されていくプレートを取る。取ったプレートに書かれている人前分の料理が食べられる)。

1997年1月に、新たに助手役として小島奈津子(当時フジテレビアナウンサー)が登場。授業も国語や算数といったものに戻され、初期に近い形となる。

しかし、以前からのマンネリ化や、裏番組の『筋肉番付』が人気を上げていき、もちろん、『スーパースペシャル』にも負けて、視聴率は低迷していったため、1997年9月に終了することになった。

1997年9月27日の最終回では、ラサール石井や清水圭などの優秀な生徒32人が総出演(この時の解答席は青・緑・赤に橙の4色だった)。これまで出題した難問を総復習し、優等生と成績最不良の生徒を決定した。最後に生徒代表として田代まさしとラサール石井が謝辞を読み上げ、出演生徒全員が一人ずつ北野に薔薇の花を渡した。北野もこの番組に対して想いが深かったこともあって、感極まり涙を見せた。と見せかけておどけて締めくくった。

エンディングでは第1回放送の放課後の映像が流れ、北野と逸見が語り合い、お互いに肩を組んで教室を去っていくシーンで番組を締めくくった。

こうして1997年9月にレギュラー放送は終了し、いったん幕を下ろすこととなる。なおこの当時は番組をスペシャル版で継続することまで視野に入れていなかった。

備考[編集]

レギュラー最終回時点での歴代優等生ベスト5

順位 氏名 回数
1位 ラサール石井 25回
2位 辰巳琢郎 11回
田代まさし
4位 清水圭 8回
5位 田中康夫 6回

北野も「優秀先生」として一度だけ(無理矢理に)優勝している(その時の生徒トップは奥山佳恵の610点。たけしは1000点)。

レギュラー最終回時点での出席回数ベスト5

順位 氏名 回数
1位 渡嘉敷勝男 149回
2位 ラサール石井 127回
中井美穂
4位 田代まさし 126回
5位 奥山佳恵 100回

レギュラー最終回時点での正解率ベスト5(最終回出演者のみ)

順位 氏名 正解率
1位 清水圭 59.5%
2位 石黒賢 58.5%
3位 ラサール石井 58.4%
4位 宮崎淑子 55.6%
5位 大塚範一 51.5%

レギュラー最終回時点での正解率ワースト5(最終回出演者のみ)

順位 氏名 正解率
28位 出川哲朗 23.8%
29位 松村邦洋 21.1%
30位 岡本夏生 21.0%
31位 渡嘉敷勝男 20.5%
32位 薬師寺保栄 14.3%
  • レギュラー時優等生の賞品
    • 初期〜中期:ブレザー
    • 後期:金の鉛筆と消しゴム
    • 末期:懐中時計

特別番組として復活[編集]

2000年1月3日、主に毎年1月2日に放送された『オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!』を年末特番に切り替え、代わって視聴者の復活の要望が大きかった『平成教育委員会』が特番として3年ぶりに復活。2000年を記念して再び開講された。これが20%近い視聴率だったことから、以降毎年1月3日前後には特別番組が放送された。復活当初の何回かは考え中の音楽、CMアイキャッチ音、エンディング曲などは各時間ごとに「初期→中期→後期」と順番に再現する趣向が行われていたが、やがて全時間、初期のものに統一された。唯一オープニングのみ別のものとなっている。

2003年からは夏休み期間中にあたる8月最終日曜日にも、2004年からは5月のゴールデンウィーク11月3日前後にも放送されるようになった。レギュラー番組の『予備校』『学院』とも連動する形での季節ごとの特番として放送されている。

なお、助手役はレギュラー放送時代から引き続き小島が担当していたが、2003年8月の夏休みスペシャルからは高島彩(当時フジテレビアナウンサー、2011年1月のフリー転向後も出演を継続)が担当している。さらに小島とは異なり、高島の就任後は助手風の衣装での出演になっている。

放送開始から長きに渡ってモノラル放送(モノステレオ放送)の状態であったが、2011年10月のスペシャルよりステレオ放送を実施している。

特別番組版での授業[編集]

基本的には入試問題から出題するものの、番組オリジナル問題も多い。改編期特別番組では、国語→理科→給食→社会の順に行われることが多い。

1時間目は国語であることが恒例となっている。問題は漢字や慣用句に関するものが多い。理科の授業は、物理学の分野から問題が出題されることが多く、化学生物学地学の分野が問題になることは少ない。科学的論拠がなくても結果的に正解であればよいので、偶然当たるということも多い。中学程度の物理知識がないと解けない問題もある。

5時間目に算数が行われることがあるが、1問しか出題されないため、北野の独断で優等生を決定することが多い。その際、論拠の正確さはあまり考慮されていない。

2005年からは通常の書き問題の他にも、国語で早押し形式の問題、社会で3つのヒントから連想される人物や場所を当てる問題といった特殊な問題が出題されることが多くなった(『予備校』『学院』の方でも同様の問題が出題がある)。お正月スペシャルの社会の時間は去年を振り返る「○○年重大ニュース」が恒例となっている。

2004年正月スペシャルまでと2005年正月スペシャルには実力テストという筆記試験が行われていた(2009年5月の特番にて復活)。生徒の実力を示すテストであり、本授業の成績には影響しないが、後述の「給食・団体戦」でのスタッフによるチーム編成の資料となる。この結果を基に各チームの力が公平になるように編成された。なお、このテストは問題作成者以外のスタッフも受験しており、最後のエンドロールで点数が発表された。

夏休みスペシャルは、北野と高島が課外授業を行うコーナーが毎年恒例となっている。北野扮するおじさんの家に小学生役の高島が遊びに行くというコント仕立てだが、必ず北野が高島に「風呂入ろう」と誘うものの逃げられてしまうというオチがついている。近年は、ロケーション撮影が行われていない。

復活以降は各授業の優秀生徒(成績トップになった生徒、複数いる場合は基本的にジャンケンで決定されるが、北野の独断によって決定されることもある)になると、豪華商品(授業にちなんだものであることが多い)が与えられるようになった。また温泉などの旅行がどれか一つの授業に入っていた。しかし、2008年以降に優等生制度が廃止された。

さらに最優秀生徒(総合成績でトップになった生徒)には賞状などが贈呈される。副賞は海外旅行だが、2009年5月-2010年10月は以下のとおりになっていた。

  • 2009年5月 大手家電メーカーの最新ハイビジョン液晶テレビ4台セット
  • 2009年8月 最新式のエアコン・冷蔵庫・薄型テレビの3点セット(エコポイント対応)
  • 2009年10月 マッサージチェアー・デジタルビデオカメラ・大画面液晶テレビの3点セット
  • 2010年1月 3D映像対応大画面薄型テレビ
  • 2010年5月 同上およびブルーレイプレーヤーの2点セット
  • 2010年8月 最新式薄型3Dテレビ
  • 2010年11月 ノルウェーオーロラ見学旅行

なお、複数いる場合は優等生の場合に準じる。

2012年からは、早押しや筆記式など様々な趣向のテストで生徒(チーム)の数を絞っていき、最後に最優秀生徒を決めるサバイバル方式に内容が改められた。

助手の高島が出産による産休に入った2014年は放送がなかったが、産休から復帰後の2015年5月に久しぶりに放送され、その後も2015年10月・2016年1月・4月・2017年1月・3月に放送された。形式も初期のものに近い形式に戻された。

給食[編集]

正解しないと高級料理が食べられない「給食」も恒例企画となっている。個人戦方式と4人1班で4班に分かれての判別対抗戦方式の2タイプあり、どちらも早抜け制となっている。個人戦は正解した生徒が過半数の8人正解、班別対抗戦は3班が正解した時点で終了となる。正解できないと“おあずけ”になる。知識を問う問題は少なく、パズル的な問題が多い。

2005年正月スペシャル以降は、4班による判別対抗が中心となり、パズル問題に加え以下の企画が行われている。

リレーおみくじ
各班の代表者1名が問題カードを1つ選んで、カードに書かれた問題に答える。正解なら襷を次の代表者に渡し、4人全員が正解すれば勝ち抜けで給食獲得。最後に残った1班は給食おあずけ。なお、2〜3枚だけ「大吉」があり、それを引けば問題免除で襷を渡すことができる。
花火大会・問題駅伝
「リレーおみくじ」の夏バージョン。「大吉」のくじは無く、3番目に抜けた班は給食が1品しか貰えない。
初夢すごろく
代表1人が双六の駒になり、残り3人が○×クイズに答え、正解した人数だけ駒を進めることができる。途中で“おみくじチャンス”のマスがあり、おみくじによって出題された問題に正解してすればさらに1マス進むことが出来るが、おみくじの中には「凶」が入っているため、それを引いてしまうと「ふりだしに戻される」「最下位のチームと入れ替え」など一気に不利になるペナルティが課された。双六を上がった先着3班が、給食を獲得できる。
みんなでドリルスペシャル
『学院』で行われている「みんなでドリル」の拡大版。
班別対抗みんなで音楽ドリル
「みんなでドリル」のアレンジ版で出題されるのは音楽のみ。スタジオでの生演奏を使用し、曲名や作曲者名などを早押しで答える内容だが、前述のほか歌の続きを答える問題や楽器を用いて正しい音を出す問題もあった。リレーおみくじなどと同様に4班で対戦し、4人全員正解で給食獲得となり最後に残った1班は給食おあずけとなる。演奏は2009年10月SPでは東京ブラススタイル、2010年1月SPではさいたま市立蓮沼小学校ブラスバンド部が担当した。
8人VS8人早押しバトル
8人一組で対戦し、国語・算数・理科・社会・保健体育・家庭科のジャンルから問題を選び、早押しで答える内容で先に8問正解した班が給食を獲得できる。

2009年5月のスペシャルでは今までの方針から一変し、全教科終了後に成績順に発表された上位8名のみが獲得できる方式に変更された。一方、敗者は3択クイズに挑戦して正解すれば一品ではあるが食べられるようになっていたが、最終的には不正解だった人も食べることができていた。ただし、不正解者向けには高級食材は使用されていなかった。

2010年8月のスペシャルでも全教科終了後に成績順に発表される方式が取られた。全員が獲得できたがA-Fにランク分けされ、ランクごとにグレードが違っていた。

2010年11月のスペシャルでは、事前に行われたテストの成績別に料理の質が変わる。また、一問多答問題に正解すれば、成績に関係なく料理を食べることができた。

2011年10月のスペシャルでは、恒例企画の「給食」は行われなかった。

2012年9月のスペシャル以降は、一次テストと連動しており、勝ち抜けた生徒から給食を配っている別スタジオに移動、順次給食を食べられるシステムになっている。また一次テスト敗者も、給食スタジオに移動して、敗者復活戦を実施(ここで復活した生徒も給食を食べられる)。

2013年9月のスペシャルでは、3人一組10チームで各ラウンド毎に脱落チームが発生し、四次ラウンドで3組までに絞った(この時、脱落ルームで勝手に寿司を食べていた生徒がいた。)。

給食に登場する店については、番組内で北野が、「美川憲一うつみ宮土理らと、“おいしいものを食べよう会”という会を作って、そのメンバーで行ったお店だ」と語ったことがある。

特番での歴代最優秀生徒[編集]

タイトル 最優秀生徒 備考
平成教育委員会2000年正月スペシャル 内田有紀  
平成教育委員会2001年正月スペシャル ラサール石井
平成教育委員会2002年正月スペシャル 清水圭
平成教育委員会2003年正月スペシャル 片山晋呉
平成教育委員会2003年夏休みスペシャル 斉藤仁
平成教育委員会2004年正月スペシャル 水野真紀
平成教育委員会2004年1年生スペシャル ミムラ
平成教育委員会2004年夏休みスペシャル 水道橋博士 白眞勲とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2004年学問の秋スペシャル 江川達也  
平成教育委員会2005年正月スペシャル 永田寿康
平成教育委員会2005年1年生スペシャル 笹岡隆甫
平成教育委員会2005年夏休みスペシャル 八代英輝
平成教育委員会2005年学ぶ門には福が来るスペシャル 清水圭
平成教育委員会2006年正月スペシャル 黒田知永子
平成教育委員会2006年祝!新学年 学問の道一直線スペシャル 勝谷誠彦 村主章枝とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2006年夏休みスペシャル 宇治原史規
平成教育委員会2006年学問の道スペシャル 京本政樹 麻木久仁子東ちづるとのプレーオフで勝利
平成教育委員会2007年入試直前スペシャル 山本博 アーチェリー選手
平成教育委員会2007年難関中学校スペシャル 湯浅卓 陣内孝則、清水圭とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2007年真夏の林間学校スペシャル 清水圭  
平成教育委員会2007年秋真っ盛りスペシャル 麻木久仁子
平成教育委員会2008年今年も考えチュースペシャル 市川亀治郎 岡島秀樹とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2008年春の最新中学入試スペシャル <スーパークイズウィーク> 千代大海  
平成教育委員会2008年真夏の頂上決戦スペシャル 市川亀治郎
平成教育委員会2008年秋インテリ大激突スペシャル 宇治原史規 中田敦彦とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2009年モ〜勉強スペシャル 宇治原史規  
平成教育委員会2009年最新中学入試スペシャル 宇治原史規
平成教育委員会2009年暑気笑い!!夏休みスペシャル ガダルカナル・タカ 宇治原とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2009年秋の学問大収穫スペシャル 八田亜矢子  
平成教育委員会2010年新春ウル寅授業スペシャル みのもんた
平成教育委員会2010年祝たけし先生勲章受章 春の連休ボケ解消スペシャル 林家正蔵 宇治原とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2010年たけし先生がお手伝い 夏休み自由研究スペシャル 宇治原史規  
平成教育委員会2010年全世代参加一斉テスト 秋の学力大収穫祭スペシャル 宇治原史規 丸川珠代とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2011年合格祈願!!受験生必見 大人も学べる入試スペシャル 黒谷友香 宇治原とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2011年ニッポンを学ぼうスペシャル 三浦奈保子  
平成教育委員会2012年最強国語王決定戦スペシャル(所属芸能事務所別対抗戦) ホリプロチーム(船越英一郎宮崎美子西川史子  
平成教育委員会2012年芸能界最強テスト王決定戦スペシャル 京本政樹  
平成教育委員会2013年ニッポンの頭脳決定戦スペシャル 中野信子  
平成教育委員会2013年チーム対抗サバイバル授業スペシャル めざましテレビチーム(三宅正治軽部真一長野美郷
平成教育委員会2015春 今ドキの小学生に負けるなSP 浅野ゆう子
平成教育委員会2015秋 今ドキの小学生に学べ!ニッポンまるわかりSP 川村優希 船越とのプレーオフ(ジャンケン)で勝利
日曜ファミリア「平成教育委員会2016 来たぞ新年!!入試直前!小学生は知っている!ニッポンの明日はスゴイぞSP」 高橋克典
平成教育委員会2016春 ニッポンの頭脳も悪戦苦闘!?小学生には負けられない!最新中学入試に挑むぞSP 長沼毅
平成教育委員会2017お正月だよ!家族そろって初笑い!ニッポンまるわかりSP 関根勤
平成教育委員会2017春 芸能人ならこのくらいは出来なきゃねSP(3人1組の12チーム対抗戦) イケメンチーム(鈴木勝大志尊淳大倉士門

兄弟番組の誕生[編集]

2005年1月3日のスペシャルの放送の際、北野が「あまりに生徒(解答者)の成績の出来が悪いので、いっそのこと予備校を設立して、そこで優秀な生徒に委員会に出席してもらいたい」ということから、2005年1月16日から『平成教育2005予備校』をスタートさせ、専任講師(司会)としてユースケ・サンタマリアを招くこととなった。

2006年10月から『熱血!平成教育学院』に改題、1時間番組に拡大され、2011年4月から9月までは『1年1組 平成教育学院』として再リニューアルを行った。

当初は「『予備校』もしくは『学院』での成績優秀者は『教育委員会』の出演を果たし、逆に『教育委員会』で成績の芳しくないものは『予備校』『学院』に送られる」というシステムだったが、次第にそれらの設定は無くなっていった。しかし、『予備校』『学院』の生徒が『教育委員会』に毎回出演しており、出演への足掛かりという点では維持されていた。

2016年4月8日深夜未明25時25分〜26時25分には、2016年4月10日に放送される春のSPの前座と称し、スピンオフとして、『お笑い平成教育委員会 夜間部』が放送された。内容は普通の『平成教育委員会』ではまず出題されないであろう、とてもくだらない問題に芸人達が体を張って解答する。尚セットは通常の『教育委員会』と全く同じ物を二次利用してるが、予算の関係上、映像を見る巨大モニターがセットの葉っぱで隠されている、ネームプレートや出題パネルが手書きのフリップ、解答モニターがスケッチブックに変更されたりと、上記のことを踏まえた形でたけしが「予算がない」等と自虐ネタにしていた。解答者はダンカンラッシャー板前ダチョウ倶楽部上島竜兵肥後克広寺門ジモン)、小峠英二バイきんぐ)、飯尾和樹ずん)、永野、平井“ファラオ”光(馬鹿よ貴方は)の9名。助手として山崎夕貴アナウンサーが出演。

たけしと逸見の親交[編集]

この番組をきっかけに、司会を務めた北野武と逸見政孝は唯一無二の親友として交友を深め、家族ぐるみでの交流をもっていた。逸見に癌が見つかった際には、北野は全快を祈って酒断ち(逸見の告別式の日まで続いた)をし、お祓いを受けたパジャマを逸見にプレゼントしていた。ワイドショーのインタビューにも北野は「気持ちは直接伝えてある。テレビを通じて気持ちを伝えるほど離れた仲じゃない」とだけ答え、これを聞いた逸見は感激していたという。また逸見が亡くなる直前に家族以外で面会を許された数少ない人物の1人が北野であったという。面会の際の逸見の変わり果てた姿にショックを受けた北野は、それ以降逸見の告別式の日まで仕事をすべてキャンセルしたという。

番組最終回の直後の記者会見で北野は、逸見の名を出し「最後まで逸見さんと一緒にやりたかったなぁ…それが心残りです」という言葉で締めくくっている。

なお、北野と逸見はこれ以前にも、「オレたちひょうきん族」などでも、何度か共演している。

BGM[編集]

テーマ音楽やCM入りジングル、シンキングタイム(考え中)の楽曲は大島ミチルによるオリジナル。

パロディウスだ!』や『スーパーマリオブラザーズ』、『スーパーマリオワールド』、『熱血硬派くにおくん』、『ウィザードリィ』などレトロゲームのBGMや効果音の使用が多い。2006、2007年に発売されたニンテンドーDSのゲームソフトでも『スーパーマリオブラザーズ3ファミコン版)』の効果音をほぼそのまま使用している。

マスコットキャラクター[編集]

勉強小僧[編集]

担当声優
鈴村健一1年1組 平成教育学院)他はボイスチェンジャーを使用したものだった。

番組開始時から登場している、番組のマスコットは勉強小僧(べんきょうこぞう)と呼ばれる学生服にメガネ姿の少年を模したキャラクターである。勉強小僧は様々な語彙をもって番組の進行をフォローする。セリフにはいろいろなパターンがあるため、独立項目として列挙する。

なお、勉強小僧は発音がはっきりしており、たとえば「必要」の「う」は、通常では「0(オ)」に近い音になるが、「U(ウ)」と発音する。

  • 「始まりだよ」 - 番組オープニング時、CGからスタジオ放映へ画面が移る時に言う。
  • 「今日の生徒」 - オープニングで先生と逸見のトークを終え「起立、礼」の号令の後、出席生徒を紹介する際に言う。生徒名も「○○○君」と、君づけで勉強小僧が紹介する。
  • 「1時間目、国語」 - 2時間目算数、3時間目社会…と言った時間割に準じたセリフもある。
  • 「問題」 - 問題提示時。
  • 「ビックリしたなぁ〜もう」 - 先生が問題の答えを思わず口走りそうになったり、すぐに解ってしまうような大ヒントを思わず口にしてしまった時。また、生徒が気づかずに、すぐ正解とわかるような質問を先生にした時など。もともとは三波伸介の持ちギャグの一つである。
  • 「考え中」 - シンキングタイム曲と共に。2013年秋が最後の使用となり、2015年から廃止された。
  • 「中学校入試だよ」 - 上記「考え中」と共に、シンキングタイムのジングルと一緒に。
  • 「小学生に負けるな」 - 上記「考え中」と共に、シンキングタイムのジングルと一緒に。
  • 「終わり」 - シンキングタイムの終了と同時に。
  • 「時間がない!」「早く〜」「早くして〜」 - シンキングタイムが終了してもなお、考えている生徒がいる時。また、『平成教育テレビ』の「全国一斉模擬試験」にて各系列局の会場からの中継にてアナウンサーが制限時間の1分を超えても紹介を続けている時。
  • 「CM、だよ」 - シンキングタイム終了時にCMに入る場合にかつて使われていた。
  • 「正解は、CMの後で」 - 上と同じくかつて使われていた。代わって問題のヒントを言ってCMに入ることが多くなった。
  • 「まだ○○」 - 初期に使用。○○の部分には教科名が入り、1つの教科がCMをまたいだ際、CM明けで使われた。
  • 「○○君の答え」 - 個別の生徒の解答を画面に出す場合。
  • 「ちがうよ」 - 生徒の解答が間違っている時。また、平成教育学院及び2007年1月のスペシャルより不定期でブザーが鳴ることもある(おもに、お手つきや同じような答えを言った時に鳴ることが多い)。
  • 「ちがう!」 - 同上。また、例題問題の解説時、逸見が打ち合わせにない、辻褄の合わない説明をした時。
  • 「全員の答え」 - 全員の答えをオープンする時。
  • 「変なの」 - 生徒がポイントのずれた解答をした場合に言う。
  • 「正解者はこちら!」 - 正解者の答えを赤く表示する。
  • 「正解者に拍手! よくできました よくできました」 - オープンした生徒の解答が正解だった場合、または全員の解答をオープンして正解者がいた場合。このときの「よくできました」は必ず二回繰り返す。
  • 「(○○君、)お見事〜」 - 正解者が1人〜2人である場合。または全員正解の場合。
  • 「やっぱり、ダメ〜」 - 正解が取り消される場合。
  • 「はずれ。はずれ。」「全員はずれ」 - 全員不正解だった場合。2013年秋が最後の使用となり、2015年から廃止された。
  • 「よくわかる解説!」 - 理科・算数などの解答の解説VTRを流す際に使われる。
  • 「おめでとう、おめでとう」 - 各時間の授業での最多正解者または優等生になった場合。
  • 「諦めてください」 - 不正解を書いた生徒が先生に食い下がっているときに使われることがある。
  • 「何を言ってもダメ! 諦めなさい」 - 不正解を書いた生徒が先生に食い下がっているときに使われることがある。
  • 「諦めなさい!」 - 上記と同様。
  • 「仲良くやろうね!」 - 北野・逸見が揉めている時。
  • 「豪華な賞品、あた〜り〜」 - 生徒が賞品を獲得したときに使われる。
  • 「美味しい料理を、召し上がれ」 - 給食で正解者が出たときに使われる。
  • 「(間違い、間違い)席に戻って、やり直し!」 - 個別に解答を提示する場面で誤答となった場合に使われる。
  • 「もう一度考えてみてください」 - 上に同じ。
  • 「惜しいっ!」 - 生徒の解答が惜しいときに使われる。繰り返す場合あり。
  • 「そろそろ終わりましょう」 - 算数など時間がかかる問題の解答中に使われる。
  • 「おまけかな」 - おまけで正解にする場合に使われる。
  • 「先生、お願い!!」 - 北野・逸見が行うスタジオ実験が上手くいかない時。
  • 「実験失敗!!実験失敗!!」 - 北野・逸見が行うスタジオ実験が失敗、スタジオが水浸しになった時。
  • 「○○君、分かったかな?」 - 生徒が解説を見・聞いて、理解したか確認するために使われる。
  • 「○○君、すごい!」「おみごと〜!」 - 生徒の解答が見事である時(正解者がごく少数の場合など)。2回連続で「おみごと〜! おみごと〜!」の場合もある。
  • 「さすが、学級委員長!」 - 視聴者向けに出される「宿題」の解説を、逸見が難儀をしながらも見事説明し切った際に、勉強小僧が逸見を賞賛する。
  • 「宿題のヒント」「月曜日までにポストに入れてね」 - 番組ラストに視聴者向けの宿題が出題される際の言葉。「たけし・逸見」時代は、土曜日19時台に放映されていたので、宿題の答えを書いた葉書を投函する日の期限が月曜日とされていた。

北野は編集後のビデオや放送をあまり見ていなかったため、番組開始から暫くの間、勉強小僧の存在を知らなかった。放映開始から半年以上経過した時に「こないだビデオを観ていて、こいつが勉強小僧か、と知りましたよ」と発言。それまでは「勉強小僧が…」と出席生徒たちが話しているのを聞き、北野が「勉強小僧って何ですか?」と問い返す場面(1992年6月27日放送)[13]があった。

レギュラー終了後の特番「2000年正月スペシャル」の際、実際に勉強小僧の姿をした少年が登場、時間ごとの優等生及び最優秀優等生に目録を手渡す役目を担った。

勉強小僧のナレーションの中でも、「正解は、CMの後で」というCM予告は、『たけし・逸見』時代によく使用されていたが、同時期の土曜日のクイズ番組である『世界・ふしぎ発見!』(TBS系列)でも同様の台詞が使用されていた(こちらは現在も放送中で、CM予告も従来通り)。

解説政孝君[編集]

視聴者プレゼント用の問題が番組ラストで「宿題」として出題され、また最初期の内容は主に理数系の問題や公務員試験に出されるような問題が多かった。はじめは逸見が前回の宿題の解説及びその回の宿題の出題をしていたが、その解説は「おぼろげながら」と北野が指摘するように、いつもの逸見らしからぬ言動で、解説文を時に大汗をかきながら行うものだった。プロのアナウンサーで「平成教育委員会の学級委員長」を務め、模範的キャラクターとされた逸見が、違った一面をのぞかせるエピソードであった。

1992年「学問の秋スペシャル」より、難解な説明を要する宿題の解説にはCGで作成された図や表入り画面とともに、逸見に似せたキャラクターが登場。勉強小僧の「解説政孝く〜ん」の掛け声と共にCGに切り換わって解説するケースがあった。実際の逸見のように解説に詰まる演出も見られた。

関連グッズ[編集]

主題歌[編集]

歴代エンディングテーマ[編集]

※現在特番でも流れている「こども天国」以外は全てレギュラー放送時代のみ。 ※1994年10月 - 1995年9月まではエンディングテーマを設けなかった。

スタッフ[編集]

レギュラー放送時代[編集]

  • ナレーター:島津冴子(レギュラー時代前期から後期手前まで)、喜多道枝(島津冴子の代役)、石丸博也(レギュラー時代中期のみ)、平野文(レギュラー時代後期 - 現在)
  • 企画:北野武鈴木哲夫(フジテレビ)、水口昌彦(フジテレビ・1994年まで)
  • 構成:原すすむ、川崎良下尾雅美、恒川省三
  • 音楽:大島ミチル
  • 音楽プロデューサー:伊藤圭一
  • アシスタント:広田有美、浅井ゆえ、長谷川訓子、八須美絵子 → 大沢まり、松田泉子、甲斐美貴恵
  • CG:DELICIOUS
  • 技術:水越行夫
  • カメラ:細野克雄(初期)、足立篤己 → 阿部智昭(最終回は技術) → 水間淳一(後期)
  • VE:石垣強、曽根田三男(初期)、花田慎太郎(初期)→ 山本豊
  • VTR(初期のみ):大和田謙一
  • 照明:夏井茂之、岩岡正、高橋章、床井弘一 → 五十嵐和昭
  • 音声:倉上宏之(ブル・初回 - 後期)→ 西森公二(ブル・後期 - 最終回)
  • 音響効果:有馬克己(初回 - 1994年9月)→ 橅木正志(1994年10月から)
  • 美術デザイン:金子俊彦
  • 美術制作:丸山覚(1996年から美術プロデューサー)
  • 装飾:菊地誠、東山浩美 → 増田豊、竹原丈二
  • 装置:青沼哲雄、長嶺和弘、水田利明、茂 進、中尾健一、近藤紀幸
  • 特殊メカ:佐藤政仁、増岡武宏、北澤篤也
  • システム開発(後期のみ):和賀井 隆、丸山将、久浦昭広、安藤哲也
  • 電飾:清水久敏
  • 衣裳:高野知子
  • メイク:アーツ
  • スタイリスト:佐藤ミサキ
  • VTR編集:大内一学・石丸健一・吉野雅久(RVC)→ 長南敏直・柴崎弘・細川敬志・岡村正信(ビームテレビセンター)
  • MA:松元祐二(RVC)→ 澤田朋子(ビームテレビセンター)
  • タイムキーパー:三田真奈美
  • ディレクター:立川英弘、小林俊博、笠原裕明、中山高嘉、村山学、神宮字真、木村通利 ほか
  • 演出:上川伸廣(途中抜けるが最終回は総合演出)、今井康之、上西浩之、安藤正俊、河合優、安井健 ほか
  • プロデューサー:小川晋一・高橋松徳 → 斎藤秋水 → 原田冬彦和田行(以上5名フジテレビ)/波多野健(初回〜1994年中頃まで)・越真一(初回〜1993年まで)・角井英之(越真一の死去以降引き継ぎ1993年から担当)
  • 出題協力:日能研、日本教育アカデミー、スペースエムワイ
  • 技術協力:東通ティ・エル・シー、東京チューブ(中部システム)、エイケイ、RVC・六本木ビデオセンター(初回 - 1996年3月まで)、ビームテレビセンター(1996年4月以降)、SATT SOFTWARE、フジミック、東京サウンド企画 → ジャイロ → スカイウォーカー
  • 美術協力:アックス
  • 収録スタジオ:渋谷ビデオスタジオ(収録一回目のみ「目黒スタジオ」)
  • 企画協力:オフィス北野三木プロダクション
  • 制作:イースト、フジテレビ

特番放送時代[編集]

2017年3月放送現在[編集]

  • 企画:ビートたけし(2005年1月以前は北野武名義)
  • 構成:原すすむ、川崎良、恒川省三、塚田ゆみ、矢野了平
  • 音楽:大島ミチル
  • TD:高瀬義美(以前はTP)
  • SW:長瀬正人
  • カメラ:木俣希
  • VE:水野博道
  • 音声:森田篤
  • 照明:小野村宗則
  • 音響効果(以前は効果と表記):橅木正志
  • LED(以前はマルチと表記):楠本竜大、村松裕章
  • 美術プロデューサー:林政之(以前は美術進行)
  • 美術デザイン:邨山直也(フジテレビ)
  • 美術進行:太田菜摘
  • 大道具:浅見大、茂 進(大道具操作)
  • 装飾:荒川直史、武田正邦
  • 電飾:蓮田容市
  • アクリル装飾:下平唯治、堀内重彰
  • スタイリスト:佐藤みさき(以前は佐藤ミサキと表記)
  • 編集:金児良介、斉藤良太
  • MA:志村武浩
  • TK:後藤有紀
  • CG:宮門裕、山田健介
  • イラスト:中村サトル
  • WEB制作:斉藤由希
  • データ放送:八田孝志(フジテレビ)
  • 編成企画:清水泰貴(フジテレビ)
  • 広報:山本麻祐子(フジテレビ)
  • 解答解説協力:日能研
  • 出題リサーチ:TWINS、One by One Plus、PEEPS
  • 協力:フジアールニユーテレス山田かつら、COMIZMA、インターナショナルクリエイティブ、レモンスタジオヌーベルアージュ(2014年まではヌーベルバーグと表記)、スカイウォーカー、Lefty's、VISION ほか
  • 企画協力:オフィス北野
  • AP:柴垣早智子
  • ディレクター:立川英弘、安藤正俊、高橋恵理香、山本慶太、渡邊清太、清水優司
  • 演出:斉田泰伸(以前はディレクター)/上西浩之(総合演出)
  • プロデューサー:角井英之(一時期降板していた)、柴田裕正(以前は演出)
  • 企画制作:フジテレビ[15]
  • 制作著作:イースト・エンタテインメント(2010年8月までがイーストと表記)[15]

過去のスタッフ[編集]

  • 構成:下尾雅美
  • 出題リサーチ:スペースエムワイ、桐原弘明
  • 技術:阿部智昭(東通)
  • SW:横山政照(ニューテレス・以前はカメラ)
  • カメラ:水間淳一(東通)/藤江雅和(ニューテレス)
  • VE:山本豊(東通)
  • 照明:五十嵐和昭(ティエルシー)/小井手正夫、渡辺啓史、鈴木喜雅(FLT
  • 音声:西森公二(ブル、2006年まで)/本間祥吾(ニューテレス)
  • LED(以前はマルチ):林博実、小神野徹、芦木久宗、金城正治、北畠大、中島一博
  • 美術プロデューサー:丸山覚、藤井豊(アックス)、本田邦宏
  • 美術デザイン:金子俊彦(アックス)/坪田幸之、今長和宏(フジアール)
  • 装置:鈴木匡人、春日茂夫/福田智広(大道具)
  • 装飾:芳賀基広、野呂利勝/中山大吉、西村怜子
  • 電飾:井上大華/中みつ子
  • 特殊効果:白鳥保夫
  • アクリル装飾:松浦由佳
  • アートフレーム:菅沼和海、曽根原潤
  • 視覚効果:鈴木希、中溝雅彦
  • 衣裳:高野知子、山崎夏実
  • メイク:木村真弓/和田菜穂
  • 編集:長南敏直、小柳大悟、津口聡(ビームテレビセンター)→ 荒井和紀(オムニバスジャパン)→ 渡辺篤(ラフト)、涌井真史(ビーグル)、加藤裕也
  • MA:澤田朋子、大江善保、鈴木雅子(ビームテレビセンター)→ 水落洋一郎(オムニバスジャパン)→ 横山圭美、元木綾美、安河内隆文(ヌーベルバーグ)
  • TK:黒岩ゆかり
  • CG:小倉ヨシヒロ
  • イラスト:楠川浩之、うちはらあきこ
  • データ放送:山田博昭(フジテレビ)
  • フジテレビ編成→編成企画:大辻健一郎、成河広明、高盛浩和、塩原充顕、田中孝明、野崎理、情野誠人、清水麻利子、矢野哲慈
  • フジテレビ広報:小出和人、谷川有季、瀧澤航一郎
  • AP:梅野真未
  • ディレクター:花土昌紀、高橋愛子、福永忠史、林裕之、相川侑輝、山下哲
  • プロデューサー:小竹実千代
  • 出題リサーチ:T2ファージ、ライターズ・オフィス
  • 技術協力:東通(2006年まで。以降はニューテレスに)、ティ・エル・シーFLTfmt、ビームテレビセンター、オムニバス・ジャパン赤坂ビデオセンター(一時期のみ)、エイケイ、東京チューブ
  • 美術協力:アックス

その他[編集]

  • 「たけし・逸見」時代の1992年4月4日放送「新学期スペシャル」に視聴率29.9%(当時の最高視聴率)を記録したが、これについて逸見は、「0.1%違う(つまり30%)だけでぜんぜん印象が違うんですね。」と同年7月19日未明に放送平成教育テレビカルトQSPで語っている。なお、この数字は、当日のフジテレビのゴールデン・プライムタイムの番組でも、最も高い数字[16]だった。
  • 1992年7月19日の「平成教育テレビ」内で、出演者から校長先生について触れられた際、たけしが「ハナ肇さんにしちゃうのはどうだろう?」と言ったところ、逸見が「謎のままの方がいいんじゃないですか?」と切り返すシーンがあった。

ネット局[編集]

系列は当番組終了時(1997年9月)のもの。

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
関東広域圏 フジテレビ フジテレビ系列 制作局
北海道 北海道文化放送 同時ネット
青森県 青森テレビ TBS系列 遅れネット 1996年9月まで
青森放送 日本テレビ系列 1996年10月から
岩手県 岩手めんこいテレビ フジテレビ系列 同時ネット
宮城県 仙台放送
秋田県 秋田テレビ
山形県 山形テレビ テレビ朝日系列[17] 1993年3月打ち切り[18]
さくらんぼテレビ フジテレビ系列 1997年4月開局から
福島県 福島テレビ
新潟県 新潟総合テレビ
長野県 長野放送
山梨県 テレビ山梨 TBS系列 遅れネット
山梨放送 日本テレビ系列
静岡県 テレビ静岡 フジテレビ系列 同時ネット
富山県 富山テレビ
石川県 石川テレビ
福井県 福井テレビ
中京広域圏 東海テレビ
近畿広域圏 関西テレビ
鳥取県
島根県
山陰中央テレビ
広島県 テレビ新広島
山口県 テレビ山口 TBS系列 遅れネット 1996年3月まで[19]
山口放送 日本テレビ系列 1996年10月から
岡山県
香川県
岡山放送 フジテレビ系列 同時ネット
愛媛県 テレビ愛媛
高知県 高知放送 日本テレビ系列 遅れネット 1996年9月打ち切り[20]
高知さんさんテレビ フジテレビ系列 同時ネット 1997年4月開局から
福岡県 テレビ西日本
佐賀県 サガテレビ
長崎県 テレビ長崎
熊本県 テレビくまもと
大分県 テレビ大分 日本テレビ系列
フジテレビ系列
遅れネット [21]
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
同時ネット
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列 遅れネット
→同時ネット
[22]
沖縄県 沖縄テレビ 同時ネット

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ それまではモノラル放送(モノステレオ放送)を実施した。
  2. ^ もともと土曜19時代が30分枠の2本立てだったため、前半は前番組『ツムラTIME 所さんのただものではない!』からの引き継ぎに相当する。また製薬会社のため、業界の紳士協定で30分を超えた一社提供ができない。
  3. ^ 。フジテレビ系列ではカンテレ制作の月曜22時枠(現『SMAP×SMAP』 かつては水曜22時、火曜22時だった時代もある)でも同様の処置として2010年3月まで、前半がロート製薬単独、後半はロート以外の複数協賛社提供としていた(特番など例外的に1時間を通してロート製薬を含めた複数協賛扱いとなる場合もあった)が、2010年4月からはロートは冠協賛から外れて複数協賛社(各社扱い)の一つに降格。
  4. ^ 事実上、『ビートたけしのつくり方』までの木曜夜8時枠の提供枠(6分)と同番組枠(4分30秒)の交換
  5. ^ ツムラなどの複数社(3分)と全て30秒の複数社(3分)と毎週入れ替え。この体制は2011年3月5日の「(株)世界衝撃映像社」まで続いた。
  6. ^ 朝日新聞より。また、2010年8月29日2012年1月18日放送のスペシャルでも若干このことに触れている。
  7. ^ a b 小島も高島も当時、『めざましテレビ』のメインキャスターを務めていた。
  8. ^ まれに「音楽・家庭科・道徳」などもあった
  9. ^ 『たけし・逸見の平成教育委員会 2』 - 株式会社フジテレビ出版(平成4年12月20日 初版第1刷)ISBN4-594-01076-8 p.201・p.204より
  10. ^ 『朝日新聞』1993年10月2日付東京版朝刊、テレビ欄。
  11. ^ 逸見の死後も『たけし・逸見の-』という番組名で続行されていたのは、「逸見とその家族への配慮があったこと、何よりたけしが逸見の回復・復帰を願っていたからである」と、週刊誌などで伝えられている。
  12. ^ [1]
  13. ^ 1992年7月19日放送の平成教育テレビ「カルトQ」スペシャルから
  14. ^ ウィルソン・ピケットの楽曲『ダンス天国』(Land of 1000 Dances)をアレンジしたもの。後継番組の『熱血!平成教育学院』では、原曲のほうをテーマ曲としていた。
  15. ^ a b 2010年9月まではフジテレビ・イーストエンターテインメントは2社共同制作の形を取っており、クレジットも「制作」(著作表記はなし)でくくられていたが、2010年10月以後、著作権は外部制作プロダクションのみの表示に改められている。
  16. ^ 2番目に高かったのは、ゴールデン洋画劇場ダイ・ハード」の22.6%。
  17. ^ ネット打ち切りまではフジテレビ系列で、その後1993年4月よりテレビ朝日系列。
  18. ^ テレビ朝日系列へのネットチェンジにより打ち切り、以後4年間山形県では本番組は未放送となった。ただし、ケーブルテレビなどで近隣のフジテレビ系列局(仙台放送・福島テレビ・秋田テレビ・新潟総合テレビ)を受信できた場合は4月以降も引き続き視聴可能だった。
  19. ^ 番組開始当初は不定期放送。1992年は小学校の夏休み及び冬休みに平日の午前10:00から3ヶ月〜9ヶ月遅れで毎日1放送分が放送されていた。1993年4月頃から遅れネットで週1回放送になる。
  20. ^ 土曜16:00から放送されていたが、高知さんさんテレビの開局内定に伴う系列番組移行準備の為途中打ち切り。
  21. ^ 当該放送時間帯が日本テレビ系列の同時ネット枠だった関係で、番組終了まで平日夕方に遅れネットで放送。開局から1993年9月30日まで、テレビ朝日系列にも加盟。
  22. ^ ネット開始はキー局よりも半年遅れの1992年4月から。1994年3月までの2年間は当該放送時間帯が日本テレビ系列の同時ネット枠だった関係で、日曜正午に遅れネットで放送(但し、クロスネット期間中の1992・1993年の『FNSの日 平成教育テレビ』は同時ネット)。その後、鹿児島読売テレビ(KYT)開局に伴い、1994年4月から同時ネット化。開局から1994年3月31日まで、日本テレビ系列にも加盟。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

フジテレビ系列 土曜19時台
前番組 番組名 次番組
たけし・逸見の平成教育委員会

平成教育委員会・毎回がスペシャル

平成教育委員会
フジテレビ系 土曜19:54 - 19:55枠
花丸チェック
(19:55 - 20:00)
【土曜版一旦休止】
平成教育委員会
(1996年1月 - 9月)
【1分拡大して継続】
花丸チェック
(19:54 - 20:00)
【土曜版再開】